2017年06月13日

奮闘記・第1035回 見聞録/三重県&岐阜県&愛知県

●2017年● 三重県鈴鹿市&岐阜県不破郡垂水町&愛知県名古屋市


愛知の神々と交信する(その2)

【ご近所の三重や岐阜の神様もコアラもやって来た!】



というかこちらから行ったんですがそれは(笑)。さて、一夜明けた次の日である。

我々は、ホテルで朝食後、車で椿大神社(つばきおおかみやしろ)を目指した。こちらは、三重県鈴鹿市にある式内社(小)のとされ、伊勢国一の宮の神社である。一般に、猿田彦大本宮とも呼ばれ、猿田彦大神を祀る神社の総本社とされている。


●笠寺のワシントンホテルプラザの朝食●.jpg

●笠寺のワシントンホテルプラザの朝食●



佐藤も、過去参拝したことがある。今回、「せっかく名古屋まで来たからには、ぜひとも、こちらにもごあいさつに行きたい」ということもあり、高速道路を利用して行ってみた。もちろん、ナビ様がいるので迷うことはない。

この日は、朝からあいにくの小雨。鈴鹿ICあたりは通常通り渋滞していた。「ひゃ〜参謀」は、遅くまでお仕事で、今朝早かったということもあり、助手席でお休み中(気絶?)であった(笑)。いやいや、デミオが空を飛ばんよう気をつけないといかん。

【伊勢国一の宮・椿大神社】
神社駐車場に着くころには、「ひゃ〜参謀」も目覚め、雨も上がりつつあった(ちなみに「ひゃ〜参謀」は強力な晴れ男であるwww)。

鳥居をくぐると、大きな樅の木まえに、やしろがある。やしろの横にある立て札には、庚龍(かのえりゅう)神社と書かれていた。ご祭神は、金龍龍神・白龍龍神・黒龍龍神とある。

なんでも、この庚龍神社は、樹齢四百年と伝えられる樅(もみ)の木に龍神様が宿り、ご域全般を守っているという伝承がある。ほう、龍神様達がタッグを組んで守っているとな。ぜひ、佐藤もあやかりたい、あやかりたい、いや〜あやかりたい。ということで、ますはこちらから参拝させていただいた。


●椿大神社の入り口にある庚龍神社●.jpg

●椿大神社の入り口にある庚龍神社●


●椿大神社の参道●.jpg

●椿大神社の参道●



ここの椿大神社のご祭神は、もちろん猿田彦大神だ。この神様は、天照大神との幽契により、天孫を先達啓行、皇大神宮の永久御鎮座の大宮どころを定めたことから、地上に生きとし生けるものの平安と幸福を招く「みちびきの祖神さま」として崇敬されている。

ご利益も地球国土、土地家屋敷安泰守護、地鎮祭をはじめ、建築、方災解除、厄除開運、家内安全、無病息災、交通安全、旅行安全、商売繁昌、家運隆昌、良縁子孫繁栄、進学修業、事業成就などに多岐にわたっている。素晴らしい。

●椿大神社拝殿●.jpg

●椿大神社拝殿●



また、別宮の椿岸神社には、天之鈿女命(アメノウズメノミコト)がご祭神としていらっしゃるのだ。この天之鈿女命は、天照大神が天岩戸にお隠れになった時に、天岩戸の前で踊りを披露し、天照大神が、戸を開くきっかけを作った神様であり、芸能の神様として有名なのだ。


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●別宮・椿岸神社を参拝●



ここ、椿大神社の本殿に続く参道は木々に覆われ、凛とした空気に包まれていた。佐藤が、参道を登っていくと、拝殿から神職の祝詞が聞こえてきた。この日は、お日柄もよく、すでに朝から昇殿してご祈祷されている方がいるのだ。

我々は、ご祈祷のお邪魔にならないように、静かに手を合わせた。こういう他者のご祈祷の折りに立ち会うとなかなか縁起がいいそうだ。

ただし、神職による神との交信内容が聞こえてくる。そこはそれ、ほれ。神様に、住所・氏名をお伝えせねばならず、不要な個人情報が(笑)・・・、耳に入ってくる。まぁ仕方がないのだが、内容からするとどうやら、家内安全のご祈祷しているらしい。

神職が、神様にそれはそれは丁寧にお伝えしており、これらの内容を聞いているご家族は、改めてお互いの存在を大切にしたくなるのだろうなぁ(願望)と思いました。いやぁ、ほんと、いいですねぇ。

佐藤はもちろん、より良い仕事への導きをお願いしたしだいです。さてさて、こちらでのおみくじは末吉、「ひゃ〜参謀」は、“大吉”であった。へへんだ!

その後、別宮の椿岸神社へ参拝である。なんと、こちらでは、結婚式が行われていました。そこで、我々は、お式を妨げないように静かに静かに参拝をした。

そして、こちらの社務所にておみくじ(別宮・椿岸神社ですよ、別宮・椿岸神社分)にチャレンジ!!

結果はうほほほほ、“大吉”。さすがわが天之鈿女命である。この神様は芸能をつかさどる神様であり、佐藤にも重要な神様である。そんでここでも絵馬を奉納した。

「ひゃ〜参謀」が「大将(佐藤)は、《笑いの神様》なら常駐なんだがな、と。

(やかましい。)

さて、この椿岸神社横に「かなえの滝」という、いわゆるパワースポット(いまいちな表現だが)がある。

これは、椿岸神社の右奥にある金龍明神滝(夜間に神職の禊が行われるらしいところ)の流れをいただく滝なのだ。開運成就・恋愛成就など願いを叶えると云われていることから名づけられたという。恋愛成就ということは、むかしは呪殺のスポットであったのだろうな。

佐藤もこちらの滝に水を手に取り、願いを託してみた。そして、先ほど書いた絵馬を絵馬かけにかけちゃいましたぜ。

ちなみに、この「かなえの滝」の写真を携帯電話の待ち受けにしておくと運気があがるという。まさにミーハー的な所業ではあるが、若い女性陣がつぎつぎと携帯で写真を撮っていった。そこで、佐藤も写真に納めた次第であった。ん? 何か問題が?


●かなえ滝の神水をいただく●.jpg

●かなえ滝の神水をいただく●


●大吉ゆえ絵馬を奉納する●.jpg

●大吉ゆえ絵馬を奉納する●



気持ち良く境内を散策しているうちに、結婚式が無事に終了した(らしい)。白無垢姿の花嫁と、はかま姿の花婿が、しずしずと会館へ向かった。それをみていた参拝客が「おめでとう」と祝福の言葉を伝えていました。ハハハ。いろいろありますよ、これから。

ううん、でもこのような風習がいいですねぇ。さてさて、我々は次を目指して移動開始。ここからは一般道を北上し、南宮大社(いざ関ヶ原)を目指すのだ。約1時間半の道のりである。

一般道と言っても、こちらも、道幅が広く、行き交う車や、前後を走る車は、「超高速」遵法速度wwwで走っており、快適なドライブであった。途中、田園風景が広がり、町中を通ったりと飽きることがない。

ただし、先ほどから、お腹の虫がうるさい。佐藤の腹の虫はほんとうに大きい声なのだ(笑)。さて、どこかで何か食べられないかなぁ〜と眺めながら移動した。

あるのは、ラーメン、そば、うどん屋さんなど。別にこれらの食事が嫌というのではありませんが、関が原でラーメンかよ、という気分。せっかく来たのだから、“これはちーと関が原”というものを食べたいのは無理ないことだろう。

そんなことを考え、山道をくねくね移動していると、いなかの風景に興味のない、「ひゃ〜参謀」は諦めて寝ているしかない。

すると、おお、ついに岐阜県に入った! ここは大垣市というベタな看板を過ぎたころ、大曲のカーブにさしかかると、ひらひらした幟に、ピッツァの文字がはためいているではありませんか!(ピッツァに反応し過ぎ?)。

佐藤は、瞬時に教習所時代でもやらない、バックミラーを確かめ、後方の車がいないことを確認してブレーキをかけ、ハンドルを切って、店の前の空き地に車を置いた。

佐藤:ふう。部長、ここならどうよ?(佐藤は「ひゃ〜参謀」を部長と呼ぶ。注1*仇名です。) ウッデイな造りで、なんとも素朴。しかも薪窯でつくるピッツァとのこと。
参謀:ほう、ピッツァですかい。よろしいんじゃないですか、関が原っぽくて。
佐藤:関が原っぽい・・・・・。


●CAFE あめんぼに立ち寄る●.jpg

●CAFE あめんぼに立ち寄る●


●石窯ピザをいただく●.jpg

●石窯ピザをいただく●



困ったときのピザ屋ということでドアを開けて中に入った。お店の中は、広々とした空間が広がっていて、木のぬくもりが漂っている。我々は、案内された席について、メニューを眺めた。

すると、ここ(関が原近辺?)でしか味わえないような素朴な品が並んでいた。佐藤は、迷わず、きのこと野菜の里山ピッツァ、なりゆきで選ぶ「ひゃ〜参謀」は、シチリアーナ風里山ピッツァを注文した。

車でなければなぁ〜。赤ワインでいきたいところだが、我慢、我慢。ピッツァは、普通サイズとラージサイズで選択できる。やはり浅草のジャンボメロンパンだな(関係なし)。我々は、それぞれがラージサイズを注文した。

もちろん、ピッツァは注文を受けてから作り、石窯に入れられ、焼かれる。「毎日毎日・・・・いやんなっちゃうよ(子門真人風)。

窯の前では、女性が、木製のピザピールを使用してピッツァの焼き具合をみている。ううん、匠の技って感じだ。

さらに、さらに、佐藤の目を楽しませてくれたのは、そこ、ここ、にある絵本たち。「人食い青虫とかはないの?」とは「ひゃ〜参謀」。「ねーよ、そんなもん」と佐藤。

まぁ、佐藤は、前世、いやそんな昔ではない、その昔、保母(今でいうところの保育士)でしたからねぇ。このようなメルヘンチックな絵本が置かれているだけで、好印象なのだ。

そして、運ばれてきたピッツァは、予想をはるかに上回る(失礼)素晴らしいものであった。だいたい、「ピッツァ」(イタリアン)というか「ピザ」(アメリカのピッツァモドキ)ですらないものが多いからねぇ。

生地は見ての通り、ふっくらとボリューミー。具もチーズもたっぷりと入っている。我々は、半分ずつ分け、ふたつの味を楽しんだ。こうすると食べれんものは、前の皿にポンポン押し付けやすいのだ(笑)。

見た目こってりと見えますがわりとあっさり。鳴きまくる胃に優しい。佐藤も、ぺろりと平らげた。

この稿を書くために、あちこちで調べたところ、どうやらイベントでjazz音楽を楽しむ機会もあるお店のようだ。お店は、大垣市上石津町「緑の村公園」入口あたりにある。土日は子連れのお客さんで賑わっているらしい。

庭には、ヤギや鶏もいて、なんとものどかでいい。東京で“住むなら大垣市”と書かれたトラックを見かけますが、佐藤はその文字をみるたびに思い出しますよ、ハイwww.

●CAFE あめんぼ・お店データ
所在地  〒503-1623
     岐阜県大垣市上石津町上多良1?1
TEL  0584-45-3608
駐車場  20台。
営業時間 10:00〜16:00 
定休日  (水)(木)


【美濃国一の宮・南宮大社】
さてさて、その後、お腹も満ちて幸せ気分一杯で、快適に走行し、無事に南宮大社に着いた。南宮大社は、岐阜県不破郡垂井町にある神社で美濃国一の宮である。

ご祭神は、金山彦命(カナヤマヒコノミコト)です。全国の鉱山・金属業の総本宮でもあり、島根県の金屋子神社と同系統の神様である。


●南宮大社の参道●.jpg

●南宮大社の参道●



ホームページによると、ここは、慶長5年(1600年)の関ヶ原合戦の兵火によって焼失している。その後、春日局の願いにより寛永19年(1642年)、三代将軍・徳川家光公が再建したものという。

ここの特徴は、楼門から始まり、拝殿・本殿などが、すべて朱塗りであるというところ。午後の光に照らし出され、朱が神々しく輝いていた。

我々が、ついた時には、丁度参拝客が途切れたところで、境内は静けさが漂っていた。こちらでも今後の繁栄をお願いし、おみくじをゲット。残念ながら絵馬かけには至りませんでした(笑)。

その後、しばし境内を散策。すると、高舞殿から、誰から佐藤を呼んでいるではないですか
「おーいっ、ここだよって」(笑)

見れば、上部にある蟇股(かえるまた)に干支が、彫り込まれていた。どうやら、干支たちが自分たちをみてけよって誘っていたらしい。

佐藤も自分の干支を探して眺めていた。なかなか、こういう所って、見ないからね、少しだけゆるゆる出来て良かった。


●南宮大社の高舞殿と拝殿●.jpg

●南宮大社の高舞殿と拝殿●


●南宮大社拝殿前でスカンツがご機嫌●.jpg

●南宮大社拝殿前でスカンツがご機嫌●



さて、三重県も、岐阜県も散策できたので大満足。ささ、名古屋に戻りましょうかね。ここからは高速でひとっ飛び。ひゅるひゅるひゅるひゅるひゅるひゅると、名古屋市東山動植物園に向かった。

【東山動植物園】
我々がついたのは、午後3時過ぎ、それでもこれから入館する人も多くいた。ここはコアラに会える人気のスポットである。しかも、入館料が大人500円なのだ。まさにお得であろう。

東山動植物園は、約60hの広さがあり、緑ゆたかな動物園、植物園、遊園地、東山スカイタワーなどが集っている。我々が行った日は、中を改装している真っ最中であった。


●東山動物園に来ました!●.jpg

●東山動物園に来ました!●



まずは、コアラ舎を目指す。途中、サイウ、たまに人を食べる(嘘)恐竜オブジェ、キリンなどを眺め、ようやくコアラ舎に到着。

サイは、まさしく動く鎧という感じ。かっちょいい。ゾウは、見物客に愛想をふるっていた。

壁のそばまで来たり離れたり、そして近づくと、なんと、壁際で若人のいる真ん前で、ボーン!ボーン!ボーン!と、ロケットランチャーのような爆発音のような音で、見事な○ンチをして見せ、これには驚愕した。キリンは、高台にいて、ゆるゆると動いている。

でも、肝心のコアラは、というと、予想通り爆睡中www。まぁ、上野動物園のパンダといい、こちらのコアラといい寝るのも商売ですからな。その寝姿もかわいいが、やはり目をあけた姿をみたかったなぁ〜。


●コアラ舎に入るが・・・●.jpg

●コアラ舎に入るが・・・●


●皆さんお昼寝中●.jpg

●皆さんお昼寝中●



その後はクマなどをみて歩いた次第である。この時間は、動物たちも、くたびれているようで、早く部屋に戻りたい様子であった。

とにかく、ここは、動物の他にも、植物園、遊園地もあり、更に東山スカイタワーもある。残念ながら、スカイタワーにはいけません(気力がない)であったが、次回は行ってみたいところである。でも東京スカイツリーも行ってないんだよなぁ、だって高くて雲がなくても下が見えそうにないんだもの(笑)。

さてさて、これにて今回の見聞録は終了。次回は、どちらの見聞録になるかは神のみぞ知る(笑)。梅雨でも寒い時がある。ご自愛ください。ではまた!



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●ヴィッツ君お疲れさまでした●


(現代版のシルクロード経済圏構想「一帯一路」は「一退一路」になりかねんな。そんなバスに乗ろうとするには、よほどの裏金でももらってんだろうなぁ、どこかの幹事長さんなんかはさ。本当ならただの売国奴!To Be Continued!!)
posted by さとうはあまい at 15:38| 島根 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 見聞録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月08日

奮闘記・第1034回 見聞録/愛知県

●2017年● 愛知県名古屋市&一宮市&津島市

愛知県の神々様と交信する(その1)

【ちゅうちゅうたこかいな、大吉は1枚】


名古屋の皆さま、その後もお元気でしょうか(アバウト過ぎ?)。さて、今回は愛知県の神社の見聞録(その1)でございます。まぁ、必ずしも(その2)があるとは限りませんが、粛々と準備はしておりますよ、はい。

この日は、トヨタレンタカー名古屋駅太閤口店で借りた。ちなみに、トヨタレンタカーには新幹線口店もある実はここ、駅よりかなり離れている。よく間違えるようで、この日もこの店舗に来て、「ここじゃなく・・・」と説明されていた集団を見た。

かくいう佐藤も、以前、その新幹線口店で車を借り、揚々とここの店舗を訪ねると間違いが判明。そちらに移動したが、なかなか距離があって大変だった。だから、新幹線を利用するならば、この太閤口店がお勧めで〜すよ。まぁ、なんか間違いを誘っている気がしないでもないな、あんなに離れて居て「新幹線口店」という、店名は不親切だろう。

でも、さすがに名古屋はトヨタのおひざ元。駅前はそれだけでも、町(街ではない)ごとにでも1社くらいはある。しかも他地域の同社と比べてサービスが悪い(他地域は親切。それに比べて、名古屋は本社からの通達らしく(どこもぼやかしてしかいわないが)、地図などのサービスはも全くない。

まぁ、できれば名古屋ではトヨタで借りない方がいい・・・、といっても、自民党と同じで選択肢がない。駅レン〇などは、客層が悪いのか、対人恐怖の社員が多いのか、「〇〇されたら、すぐ(警察に)通報します!」のような張り紙があった。

こりゃとても客商売とは言えないシロモノ。それ以後、数年借りてないから、今はどうか定かではないが、返す駐車場も駅地下のはずれだったな。まだ、名古屋でもトヨタのほうがまし。

とは言え、トヨタレンタの太閤口店も駅前のビルが立ち並ぶ一角にあり、入口が狭くて出車も入車も、てんてこ舞いである。車が配車されるまで、下手すりゃ20分くらい待つのだ(返しも同じ)。

まぁ、待つのは仕方ない。接客自体は、そこはそれ、世界のトヨタ(系)。係の方々が丁寧に応じてくれるので気持ちよく借りられるのだ。なんだかんだといっても、やはり接客業は、人と人との関わりなのだ。ちなみに「ひゃ〜参謀」は親のー方が名古屋系の人らしい。


佐 藤:「名古屋の人ってどうよ?」
ひゃ〜:「最悪」
佐 藤:「じゃあ、東京人は?」
ひゃ〜:「最低」(ちなみに「ひゃ〜参謀」は東京生まれ)


とのこと(笑)。住んでいるといろいろありますからねぇ。

さて、本日の車はヴィッツ君。よろしくねぇ。まずは、熱田神宮を目指すのだ。例によって、助手席には、神様の申し子? 名古屋に厳しい「ひゃ〜参謀」が同乗している。道先案内は、参謀に一任である(丸投げとも)。


ひぇ〜佐藤:ねぇ、この先、左車線でいいんだよね?
ひゃ〜参謀:そうですそうです。この先まっすぐ行って左側!
ひぇ〜佐藤:この信号より先だよね?
ひゃ〜参謀:先生、ほら、そこそこ!そこ!そこ入ってくださ〜い!
ひぇ〜佐藤:ああ、ここね。ふう、着いたぁ。
ひゃ〜参謀:まったく何回来ても覚えないんですねぇ!!!



ハハハ。知るか! だから毎日が新鮮なのだよ。これがJR郡山駅JR燕三条駅などの駅レンタだと最悪ですぞ。車を戻すところがなかなか見つからず、わかっても難しい。だから、毎回佐藤は殺気立ってしまい、当り散らすのだ(爆笑)。その点はやはりマイカーにはかなわんなぁ。

ちなみに「ひゃ〜参謀」は私のことを「先生」(または「大将」)と勝手に呼ぶ。別に呼ばせているわけではない(笑)。

とにもかくにも、無事、熱田神宮に到着した。この日は朝からあいにくの雨。レンタカーの事業所で借りた傘を持ち、鳥居をくぐった。

【熱田神宮】
式内社でもちろん名神大社である。尾張国三の宮ではあるが、それは国府からの距離の順である。本来は一の宮の別宮なのかな、と。その後、官幣大社にして別表神社。良くも悪くも、天皇家の歴史と密接で謎の神社であるが、そこはブログでも散々書いたのでここでは突っ込まない。


●熱田神宮を参拝しました!●.jpg

●熱田神宮を参拝しました!●



我々が車を置いたのは、西駐車場である。参道に入ると、すぐ左に手水舎がある。ここも外国人の方々が多いのだが、東京などと比べて礼儀正しい感じがする。そもそも、東京は(どこの出身かまではわからんが)とにかく、奇声を発する人が多い。

小池さん、東京都はとても東京五輪なんてやるような環境じゃないんですが。これ以上、(良い人はともかく)変な人が増えると大変ですよ。来ていただく皆さんにも危ないしね。自国にも、舛添さんとか石原さんとか変な人ばかりなんだから。まぁ、都知事が彼らでないのが、まだ、まだ、まだですよ、多少救いかな、と。

さて、手を清め、参道を進む。すると、早朝ということもあり、関係者が参道を掃き清めている。その方々に「おはようございます!」と無理やりあいさつをしながら先へ進む。

そして、最後の鳥居をくぐり、いよいよ境内へ入る。拝殿前の空間は、ご神気が漂いおごそかな雰囲である。警備員が立っていることでさらにその感が増すのだ。

熱田神宮
主祭神は、基本・熱田大神であり、相殿には、天照大神・素盞嗚尊・日本武尊・宮簀媛命・建稲種命をお祀りしている。

まぁ、ここは、天照大神の持ち物の三種の神器の1つ、《草薙剣》(クサナギノツルギ)が御神体であるから、素直に持ち主の天照大神か、それを献上した素盞嗚尊で良いと思うのだが、現在は相殿としてどちらも入れている折衷案である。

草薙剣命(クサナギノツルギミコト)= 草薙の剣が「神格化」したもの、などという馬鹿げた案でなくて良かったとは思う。

もしですよ、織田信長の持ち物の刀剣を神社に祀るとしますと、そのご祭神名は、織田信長(命)あたりに落ち着くと思う。

しかし、それが織田信長のことではなく、織田信長の刀剣が神格化された「織田信長剣命」(オダノブナガノツルギノミコト)などとされたら、馬鹿馬鹿しくて議論する気になれないでしょう。

香取神宮・石上神宮などでそういう記述をみることがあるが、特殊な例はあるだろうが非常に残念である。

結局、神様は自分の遺品の数だけ、伊邪那岐命(イザナギミコト)のように、世の中に「〜ノミコト」をまき散らして亡くなることになりかねない。

実際は、この地域の尾張氏の祖神・天火明命(アメノホアカリノミコト)あたりを本命にしておくと外れにくいのかも知れない。それにしても相殿に存在する神々様は謎の「主祭神候補」からは抜いておかんとな。

そんなこんなで、参拝客が途切れた拝殿前には空間が広がっていた。そこで、我々はしずしずと拝殿前に進み、二礼二拍手一礼の作法に則り、参拝をした。

ひゃ〜:むかし、先生、観音様の前で拍手打ってましたっけねぇ」
佐 藤:「  」

お願い事は、言わずもがな「新刊の大ヒット祈念」である。

ちなみに、神々様と交信するときには、まずは、常日頃の無事に感謝を伝え、こちらに来られたことのお礼を申し上げ、最後にお願い事を伝えています。もちろん、住所・氏名を言わないと「誰の頼み」かわからないから伝えないと。ええ、ちゃんと聞いてくれているかは・・・・(強制終了)

参拝後は、もちろん、おみくじタイム。シャカシャカシャカシャカ! おお、久しぶりの熱田神宮での大吉。早々に絵馬を書き、奉納致しました。

本日は時間にゆとりがあったので、神宮内を散策。本宮後方にある、一之御前神社を参拝。


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●一之御前神社を参拝です●



こちらには、天照大神荒魂が祀られている。なんでも、この神社は、2012年12月までは、一般人の立ち入りが禁止されていた。

まぁ、立ち入りは許可されても、立ち退きはできないというのも困る。あるいは入場はタダだが、退場は有料だとか(それじゃほとんど詐欺である)。

入り口前には、守衛さんがいるので、ちと緊張する。入り口で一礼し、境内へ入る。そして、社の前で手を合わせる。すると、なんともあったかい物にくるまれたような気分になった。

ちなみに、本宮の裏手には、「こころの小径」があり、本宮をひとまわりできるようになっています。途中にある清水社のそばを流れる清水は肌に良いとされている。佐藤も、ペタペタつけさせていただきました。

しかし、その際、水場でいきなり、しゃがんで水をすくうと、「ひゃ〜参謀」から指摘があった。そう、長めの羽織ものをまくらずに座ったので、その裾もぺったり水場につかっていた(笑)。ご注意くだされ。

ここは、木々に囲まれており、ご神気に充ちた空間でした。お時間のある方は静かに歩いていただきたい。


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●絵馬を奉納●



さて、次は、一宮市にある尾張国一の宮・真清田(ますみだ)神社を目指す。愛知県一宮市は、愛知県の北西部に位置しており、岐阜県との境にあるのだ。

この一宮という地名は、尾張国一の宮である真清田神社があるということに由来しているらしい(もう1つ一の宮もある)。先に参拝した熱田神宮からは約30キロ近く離れている。いやなぁに、高速道路もあるのだ。と思いきや、この日はなんと、ETCカードをすっかり忘れてきていた。そこで我々は一般道をゆるゆると行くことなった。

それにしても、愛知県の道路は広い。東京都の道と比べ物にならない。元々、地下鉄を作る際に商店街の多くを地下に入れ、道路を広くしていた。さらに愛知万博を開催するときに、長く、広く拡張工事を行ったという。なんせ、トヨタ社があるところですからねぇ。

さらに、運転される方が、皆さん優しい。なんせ、左右にウインカーをあげるだけで、後方の車がスピードを緩めて入れてくれるのだ。東京都だったらクラクションを鳴らしたり、わざと前につめられたりする。なかなか気持ちよく入れてくれる車は少ないからねぇ(笑)。

その代わり皆さんの運転も高速ハイパー運転で、さらに暗黙のトヨタ・ルールでもあるのか、ローカル・ルールになかなか難しいが、なんとたまに車が公道で裏返っていること(一般道ですよ)もしばしばみる。

そんなこんなで気分良くドライブを楽しんでいたが、どうにもお腹が空いてきた。ということでレストランを探す。

すると、カウボーイ家族の看板を発見した! するするするすると引き寄せられ、駐車場に車を置いた。

そのレストランは、何と日産プリンスの2階にあった。このレストランの特徴はメイン料理を注文すれば、後は、スープ・サラダ・ご飯・デザート(ソフトクリーム)まで食べ放題である。ちなみに、メイン・メニュー(ステーキやハンバーグなど)は好みや予算(笑)によって量を選択できる。

周囲のお客さんを観察してみると、なんと、お皿にご飯を乗せて、その上にカレーをかけていたり(笑)、はたまた、スパゲッティを盛り付けている! 違う場所では、お皿に山盛りのパイナップルを乗せてほうばっていた。おお、素晴らしいぜ!

我々関東代表(?)も負けてはならぬと、コーンスープやら、サラダやらをお皿に取り、待っていると、やがて熱々の手鉄板にのった、ハンバーグが運ばれてきた。「いや〜、食べれねぇーよ」とは「ひゃ〜参謀」。これだけでも満腹だ。

とは言え、もちろん、ハンバーグを食べた後は、デザートにゼリーと共にソフトクリーム(自分で盛り付ける)をいただいたのは言うまでもない。

ううん、恐るべし、カウボーイ家族(の客?)!ということでお店データを乗せておきたい。ちなみに、このお店はチェーン店で東京などでもみかけられる。皆さまのお近くにもあるやも知れませんぬ。


●昼食はカーボーイ家族●.jpg

●昼食はカーボーイ家族●


●お店データ
カウボーイ家族 名岐バイパス店
 愛知県北名古屋市中之郷天神8-1
 日産プリンス2階
0568-26-1020
 営業時間
平日 11:00-15:30(ラストオーダー15:00)
    17:00-22:30(ラストオーダー22:00)
土日祝 11:00-22:30(ラストオーダー22:00)
 座席数33テーブル144席(※全席禁煙)
 駐車スペース有 90台

【尾張国一の宮・真清田神社】
佐藤は、ナビ様に導かれ、無事に境内にある駐車スペースへ車を置くことができた。まずは、境内を通り抜け、楼門横より、外へ出る。

そして、改めて楼門より境内の中へ入った。この楼門は昭和36年に竣工されたものだという。

こちらでも手水で手を清め。拝殿にて参拝を行う。こちらのご祭神は、まさに、天火明命(アメノホアカリノミコト)であり、公式的には天照大神の孫神様である。この神社の詳細は当ホームページのコーナーでもご覧くだされ(笑)。


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●真清田神社をの神門●


こちらでも、本のヒットと、再びこちらに来ることができるようにお願いをした。こちらの拝殿前には、「仕事守」を案内する立て看板が置かれていた。ハハハ魅惑的である。某連敗中の某球団のファンは、その某球団の選手に送ったほうがいいかも。

そう言えば、以前にもいただいたようないただかないような・・・。本来ならば古いお守りをお返しして、新しいお守りをいただくところなのだが、どうも(以前からだが)記憶がさだかではない。仕方がない。佐藤は、新しいお守りをいただいていた。


●仕事守で運気アップ●.jpg

●仕事守で運気アップ●


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●真清田神社拝殿●



その後、境内にある、服織神社を参拝。こちらのご祭神は、萬幡豊秋津師比賣命(ヨロズハタトヨアキツシヒメノミコト)を奉祀している。

こちらでは、一宮七夕まつりにミス七夕・ミス織物が参列し御衣奉献祭が斎行されるそうな。境内には歴代のミス七夕やミス織物の写真が掲示されていた。

女性が着ている服や髪型が、その時代を醸し出している。ううんん、昭和の時代が懐かしいなぁとしばし眺めておりました。そして、おみくじは中吉、「ひゃ〜参謀」が大吉

さて、最後は津島神社を目指す。

【津島神社】
地図で見ると津島市は、一宮市から右斜め下に位置している。鎌倉時代から、木曽三川を渡って尾張と伊勢を結ぶ要衝「津島湊」として発展したところ。この津島は、長崎県対馬市の「つしま」が由来という。そこに素戔嗚尊が現れたのだ。

しかも、出雲の須佐神社に和魂を、そして、こちらに荒魂えお鎮めてという伝説もある。真偽はともかく、スサノオ信仰は、神道や仏教以外の宗教の影響もあるのか、一の宮とされる神社で、人気が高い神様の素戔嗚尊がご祭神な神社は、2社(備後素盞嗚神社・氷川大社)しかない。古い信仰だが、単純に、神道、修験道、神仏習合と割り切れないところが多いのだ。

ともかく、ここは全国天王信仰の中心地である。その鳥居前町として、一時は尾張一豊かな町として知られていた。その後、戦国時代に織田信定がこの地を押さえて、信長までの織田氏3代の経済的基盤が築かれたところでもあった。

真清田神社から一般道を走っていくと、車窓には田園風景が広がる。悠久の時代から、人々が田を耕し、米を作り、野菜を育てていた。そんな過去の出来事を思い出させるのどかな街並みが続く。そして我々はナビ様に導かれて無事に津島神社の駐車場に車を入れた。

ホームページによると、この津島神社は創建時の社名は津島社でしたが、神仏習合の影響により、ご祭神を牛頭天王に改めたことにより江戸時代までは津島牛頭天王社となり、明治の神仏分離により津島神社に改められた。
(・・・・まぁ、明治になるまで「神社」号はありませんでしたからねぇ。)

今でも地域の方々からは「津島の天王さま」と呼ばれており、全国約3,000社の天王信仰の総本社である。もちろん、ご祭神は、建速須佐之男命である。ご鎮座以来、貧富の差もなく広く尊崇されており、特に、織田信長・豊臣秀吉・尾張徳川家から厚く信仰され、社領の寄進や社殿の造営等が成されている。屋根はそれはみごとな檜皮葺であった。


●津島神社の楼門●.jpg

●津島神社の楼門●


●津島神社の境内●.jpg

●津島神社の境内●



佐藤は、拝殿前で仕事の無事を祈願。その後、境内を散策して、後方にある荒御魂神社を参拝その案内板には、由緒として、もとは、蛇毒神社と称し、八岐大蛇の御霊を祀っていたと伝えられているという。

そうですかそうですか。八岐大蛇さまはこちらにもいらっしゃいましたか! 佐藤は、心静かに手を合わせた。さてさて、本日の神社参拝はここまで。


●荒御魂神社を参拝●.jpg

●荒御魂神社を参拝●



いや〜、久しぶりに愛知県の神々様と交信をさせていただきました。ただ、どの神も、お願い事は「わかった」とおっしゃいました。おみくじでも大吉をいただけましたし。登り調子(笑)のようですから、落ちないように踏ん張りますわい。

佐藤は、高速道路を利用して無事に名古屋市に戻ったのでありました。愛、いや愛知県(だけじゃないんだな)の見聞録は続きます(笑)。ご自愛いください!



(茨城県大洗町の作業員が被曝した事故は、またまた想定外の事故だというが、想定できるから自分たちじゃやらないんだろうよ!To Be Continued!!)
posted by さとうはあまい at 13:38| 島根 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 見聞録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月29日

奮闘記・第1033回 研修会のツボ/愛知県

●2017年● 愛知県名古屋市


名古屋市南区通所介護事業所交流会

「居宅サービス事業所が提供している“介護”とは何か」
〜ICF生活機能分類を意識したかかわりとは〜


隠岐の島の近海にミサイルが飛んでくる昨今、いかがおすごしでしょう。まことに心配だがいかんともしがたい。くだらない法律はサクサク通おそうとするくせに、肝心なことは無策。「断じて許すことはできない」のは無能政府も同じである。マスコミもおかしのカールの心配をしているどころではあるまいに。

さて、各種の怒りはともかく、今回は名古屋で行われた研修会のツボのお話。

この研修は、名古屋市南区の通所介護施設で活躍している人々の交流会及びスキルアップを図ることを目的に開催された。

佐藤は久しぶりに名古屋の方々と交流ができるということで、朝からウキウキ。何と、東京駅を7時台出発の新幹線に乗り込み、一路名古屋を目指した。今回は久々(?)に横には、神社解説担当の「ひゃ〜参謀」が鎮座していた。

もちろん、研修の開始時間は皆さんの仕事が終了する18:30からで、後からの新幹線でも十分間に合うのだが・・・。

まぁ、ではあるのだが、名古屋にただ着けばよいわけというわけではない。なんせ、名古屋にいらっしゃる神々様にできる限り。新刊完成のご報告と販売促進に尽力していただかないといけませんからねぇ。

ということで、研修までの間に、熱田神宮真清田神社津島神社を参拝した。ハハハ。神様との交信の様子は見聞録に譲るとして、今回はまずは研修の報告から。


●桶狭・・・いや研修前に熱田神宮で参拝●.jpg

●桶狭・・・いや研修前に熱田神宮で参拝●



今回、この研修の依頼を受けた株式会社フィーリング・代表取締役の樽石氏。氏とは、かれこれ10年くらい前に、東京で仕事をさせていただいた経緯がある。

そして、この度は、名古屋市南区通所介護事業所交流会の研修と相成った。会場は、名古屋市南区にある通所介護事業所のホールである。


●ジャスミンの香りが漂う名古屋市南区役所●.jpg

●ジャスミンの香りが漂う名古屋市南区役所●



佐藤が到着した時には、すでに、通所介護のホールには、テーブルが部屋の片隅に寄せられ、参加者が座れるように椅子が配置されていた。

会場が、通所介護事業所となると、現場から常日頃の介護の雰囲気がびんびんと伝わってくる。また、契約書や重要事項説明書なども掲示されているため、おおよそのサービス内容もわかるというわけである。

そこから、こちらの事業所で、個別機能訓練が充実していることがわかった。壁には、利用者さんが作成した作品が展示されており、こういう雰囲気の中で行う研修って現場に即しておりなんだか落ちつきますねぇwww。

さてさて、会場には、仕事をおえた人々が続々とかけつけて、いつしか椅子は満席状態。結果、40〜50くらいの方が参加していただいたようである。


●通所介護事業所のホールで開催●.jpg

●通所介護事業所のホールで開催●


●熱心に耳を傾ける参加者●.jpg

●熱心に耳を傾ける参加者●



■研修会で行ったこと
(1)介護とは何か
(2)生活機能分類について:事例を通して考える。
(3)今後チャレンジしたいこと


佐藤は、自己紹介の後、皆さんに研究所の出張マスコットたちをご案内。はじめに、赤い胴に“金運”がトレードマーク研究所のマスコット、宇宙人ダルマの《スカンツ弟》(兄貴がいる)。次に、「すみ〇っこぐらし」代表(?)《富士山》(大山ではない)。

そして、このたびめでたく里帰りを果たした、名古屋市マスコットキャラクターの《はち丸君》を紹介した。おや、はち丸君の反応が薄いが大丈夫か名古屋!

とにかく、皆さんは、初めて見るそれらに興味津津www。いや〜ある意味強引な「すりこみ」(笑)を行った後、いよいよ本題に入る。

出た〜!「これ何だ?」さんである。佐藤得意のちょっとした、たとえ話であるな(笑)。


●参加者と語り合う佐藤●.jpg

●参加者と語り合う佐藤●



ある日、サトウおばあさんは、「これ、何だ」さんを抱えて、アナタに「これは恐いものなんだよ〜」とのたまう(「ひゃ〜参謀」《未熟な介護技術講師、しかも本を出す奴》をあげていたが無視)。

そしたらアナタはどのように応じてくれるだろう? どうするだろうか? 

「ねえねえ、これ怖いんだよ」

すると、心優しき職員さんが、「どうして怖いの?」「どこが怖いのかしら?」などなど、と手堅く応じてくれた。そうそう、佐藤は、この反応を待っていた(笑)。ありがとうねぇ〜!

そして、「これ何だ」さんの種明かし。「これ何だ」さんは、星の王子様に出てくるあのヘビさんであった(「ひゃ〜参謀」はなんだ《手あたりしだい手を付けるGHの種うま》かと思ったと言ってたがこれも無視)。


●研修を見守る樽石氏●.jpg

●研修を見守る樽石氏●


●今後チャレンジすることを考える●.jpg

●今後チャレンジすることを考える●


●「これ何だ」さんは、いつも同じとは限らない(笑)●.jpg

●「これ何だ」さんは、いつも同じとは限らない(笑)●



さすれば、ここからが本題。皆さんがしている介護ってなんであろうか? 魔法の呪文、声かけ声かけ声かけ声かけ声かけ声かけ声かけと、七回唱えましょう(嘘)。

余談ですが、他にも、その人らしくその人らしくその人らしくその人らしくその人らしくその人らしくその人らしくその人らしく、という呪文もありますwww。「介護の目的を曖昧にできる」素晴らしい呪文ですぜ(嘘)。まぁこういうお題目を多用する講師を信用するのは危険というもの(ホント)。

まずは、自分で考える。その後、隣近所で語り合って頂いた。佐藤は例のごとく《かえるくん》のストップウォッチを持ち、タイムを測っていた。常日頃を介護を提供している猛者でも、いざ考えると難しい。

皆さんが話している内容に耳を傾けてみると利用者さんがしていることを維持できるようにかかわること。その人らしく生活ができるように支援すること。他者と交流することで楽しみを持っていただくこと。

などなどなどなど。

そうそう、実は、それらは、皆さんが“介護”をした結果によるもの。じゃぁ介護って何だろう?

さてさて、ここからは、実質、介護の質を低下させるべく構成されている、社会保障審議会の資料や事例を通して、国際生活機能分類(ICF)について簡単に説明を行った。

なんせ、生活機能分類の種類は3000以上もあるのだ.そんなの説明できっこなかろう。あくまでも、佐藤は概念としての「心身機能・活動・参加・環境」を意識することを説いているに過ぎない。

【通所介護における、各生活機能に対する援助とは】
「心身機能」に対する援助
健康チェックと言われるもので、血圧、体温、体重測定などの数値の変動観察。その他に、食事量や、排せつ量、はたまた皮膚の状態の観察。服薬に関する援助など。

「活動」に対する援助
日常生活動作能力の維持や、向上に向けた取り組み。移動動作時の安全確保。入浴・排泄・食事など一連の行為における自立度の向上ん向けた支援。

「参加」に対する援助
他者との交流。利用者同士のコミュニケーションがうまくできるように言葉の橋渡し。エプロンたたみや、タオルたたみ、片づけなど、利用者にあわせた役割の提供。

「環境」に対する援助
送迎車に寄る送迎の実施。家族介護者に対する相談助言。地域の方々との交流。家族者教室へ案内。などなど、様々。

これらの内容を説明した後、実際に通所介護で行われている援助を、通所時から、退所時までの1日のスケジュールを用いて、《ひとり寸劇》を交えながら解説を行った。

すると、参加者からは、要所要所において、大きくうなづかれたり、すう〜と息をのみこまれたりと、様々な反応を見せつつ、話に参加していただいた。いや〜、この現場でいただく反応が何よりもありがたい。

ここで佐藤が説いたのは、《通所介護の介護》とは、

送迎時に、職員が、利用者の荷物を持って歩くことではなく、利用者が自分の荷物を持って所定の場所まで無事に着けることを見守ることであること。

食事の時には、テーブルについている利用者にお膳を運ぶことではなく、利用者が、自分のお膳を持って、自分の席に着けるようにそばに付き添い見守ること。

入浴時には、利用者自身が着替えを持って移動し、途中で、お手洗いによって、用を済ませることができるように援助すること。

また、タオルたたみや、エプロンたたみや、片づけなど、利用者ができることを依頼(お手伝い)して、協力をしてくれた時には「ありがとう」と感謝を伝え労をねぎらうこと。

【結果:通所介護においての介護とは】
@利用者が体の痛みを訴えたら、どこが痛いのかを伺い、痛みに共感し、無理をしないように伝えること。
A利用者のそばに付き添い、転ばないように注意を喚起すること。
B自分ができることを、している時には、うまくできたことを共に喜び称賛すること(自信が持てる・やる気につながる)。
C利用者の能力を把握した上で、できることを依頼し、協力動作には感謝を伝えること(感謝を伝えることが意欲の向上につながる)。
D家族介護者に対しては、できないことばかりを伝えるのではなく「できたこと」「頑張っていること」を伝えることである。

さてさて、皆さんが佐藤の話を傾聴して下さったため、あっという間に時間が経過した。最後20分かけて、本日の研修を受けて、気づいたことや、これからチャレンジしてみたいことについて再度グループで語り合った。

まずは、自分で考える。次に、お隣同士で語り合ってみる。佐藤は、この間、会場を巡り皆さんの感想を伺って歩いた。

すると、

@今までは、利用者の安全を優先するばかりに、ついつい手を出していたように思う。
A荷物を持つことが自分の仕事だと思っていました。
B利用者さんが、しようとすることを制止し、自分がしていたように思います。
Cただし、転ばれると困る。
D今まで、いくつもICFの研修に参加してわからなかったけど、今回は自分たちのしていることをもとに説明してもらったので良くわかった。これなら、個別の通所介護計画が書けそうです。
EICFって、難しいと思っていたけど、今日の話を聞いて、なんだ、自分たちがしていることだとわかり、安心しました。今後は意識することが必要だと思った。

などなど。いやはや、皆さん素晴らしい。もちろん、佐藤が話したことを、すぐに実行することは難しい。またいきなりでは、利用者さんも戸惑うであろう。

まずは、自分たちの支援をどのようにしたいのか。そのためには、何を変革すれば良いのか、考えてから、できる所から初めて欲しいと思う。

また、どこかで会えるといいなぁ〜。けっこうこれが逢うんですよwww。梅雨を迎える時期です。どうぞ、ご自愛くださいませ。



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●樽石氏より今後の取り組みについて案内がある●


(ケント・ギルバート氏いわく、「〇国には嘘が恥ずかしいという概念がないのか」、その他大勢、「ないでしょうねぇ…」って決まってるじゃないですか!To Be Continued!!)
posted by さとうはあまい at 15:06| 島根 | Comment(0) | TrackBack(0) | 研修会のツボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月16日

奮闘記・第1032回 見聞録/千葉県

●2017年● 千葉県香取市&館山市


房総半島を駆け巡るのだ!
【香取海と安房海の神々様への神頼みルート《377q》を制覇】



でも、飛ばすと危ないですよwww。今回は、千葉県での見聞録のお話です。

佐藤は、出張などのお出かけ前には早朝に起きる。そうでなくても早くに起きるから、まぁ歳なんでしょうよ(笑)。

その日、家事をサクサクと済ませ、なんとなく17号に立っていた「ひゃ〜参謀」を研究所のカナメイシ君の助手席に捕獲して押し込み、千葉県を目指した。

この日は、あいにく朝から霧雨。毎回壮大な姿をヒョロっと見せる東京スカイツリーも足元から霧まみれである。

上層部に回転しているフロアの明かりだけが水色に浮かび上がっていた。これがミサイルなら、ロシア極東ウラジオストクの海まで飛んでいきそうだ。

カナメイシ君の前後左右には、大型のコンテナを積んだトラックが居眠りしながら(嘘)、所狭しと幅寄せをしてくる。

そうなると、車内では「近づかないで〜!来ないでって言ってるでしょう!!」などという、イカンザメよろしく、雄叫びがとどろく(笑)。

そうこう怒鳴っているうちに、車は狭い首都高速から3車線ある関東自動車道へ移動した。ふふふ、ここからは、前後左右に少しはゆとりがあるからね。

Uターンだってできそうだぜ。(←ダメ、絶対)

そこで、先ほどまで、コワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ!と叫んでいた「ひゃ〜参謀」も、車窓の移りゆく景色に安心したようで、ようやく音楽のCDを聴く気になったようだ。そう、「ひゃ〜参謀」はBGMの担当でもあるのだ。

音楽っていいねぇ。以前聞いた場所をいろいろ思い出す。ああ、HANZOさんお元気かな? 「てっぺん」いい曲ですよ。相変わらず聞いてます。

となりで「ひゃ〜参謀」「〜あったかいんだなぁぁ、母のこえ〜」となんだかわからない歌を唄っていましたがwww。

車はやがて、新緑に包まれた下総国一の宮香取神宮の駐車場に無事に着いた。朝霧は晴れるとはよく言ったもので、我々が駐車場に着いたときは、雨はあがっていた。ささ、参拝しますか。

今日のお供は、チーバ君、ご当地ベアの落花生ベア君、ピーナッツ猫のぴーにゃっつ君である。そして、バックの中には、できたてほやほやの新刊の拙著『ケアプラン 困ったときに開く本』(技術評論社)を入れてあるのじゃ(覚えているときに告知しておかないと、ほったらかしになりやすいのでお許しくだされ)。

この本は、魔女スープのごとくいろいろなエッセンスがつまっていて、美肌にも良いとか悪いとか(どっちなんだよ!)。

まぁ、この本はネタの盛り込み過ぎと過酷日程(あちらさまの事情だが)で、担当者はジョーとの試合後のホセ・メンドーサ状態になったらしいから、健康には良くないかも知れないですな(なんの話やねん)。

さて、香取神宮の詳細は、当研究所のホームページに譲りたい。だって何度もきてますやんwww。まずは奥宮参拝である。

奥宮への道は、緋色の鳥居に向かった参道の茶店の並びが切れるあたり、その左側にある。奥宮は小高い丘の上にある。そのため、そちらと続く道はいきなり坂道となる(大駐車場の横にある、別の坂道をフゥゥゥーン!と上がって行く車をたまに見る)。今日も元気だマムシがこわい。

若竹と春草の生えそろう中、ウアアアアアアアアと言いながら登る(けっこうきつい)。坂道を登り切ると分岐点に立つ。左手に「奥宮」と書かれた案内板がある。その鳥居の前で、呼吸を整え、いざ参拝。

もちろん、奥宮の神は、いちおう、経津主大神(香取神宮のご祭神)の荒魂ということになってますが、本当は・・・ということです(笑)。さて、その神様にもこちらの本を見せました。

「こんなんできましたけど。ええ、そうですそうです。ええ、よろしくお願いします!」

「まかしとき!」

と交信しあっさり快諾(笑)。


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●下総国一の宮・香取神宮奥宮にご報告●



その後は、要石さんにも当然ご報告。すると、佐藤の体に、蚊が寄ってくるではないか?どうやら、香取の蚊は赤ワインがお好きな様子(もちろん前日ですよ、ええ)。「ひゃ〜参謀」が、そこ、ここでかく語りき。

ひゃ〜参謀:「ほら、写真を撮るから動かないでください。蚊? そんなんほっといて!」
佐藤:「」

皆さま。これからの時期は、しっかりと防虫対策が必要ですぞ。さて、いよいよ、香取神宮の境内へ。境内も賑やかである。まぁでも1日と15日はねぇ・・・。


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●要石さんにもご報告●



我々が境内に入ったときには、運よく拝殿前ががら空き、その隙に、す〜と前に進み、賽銭箱の上に作った本を置く。

佐藤:「これ作りました」
香取の神様:「・・・らしいな」
佐藤:「たくさん売れるようにお力添えをお願いします」
香取の神様:「ハハハ。しょうがないな」
佐藤:「頼みましたよ」
香取の神様:「ハハハ」
佐藤:「ハハハじゃなくて・・・」
香取の神様:「わ・か・っ・たwww」

と心をこめて交流し、謹んでお願いしたところ(どこがじゃ)、こちらでも快諾を得た。


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●こちらが香取神宮本殿●



まずは、こちら(本宮分?)のおみくじかあr。拝殿横にあったおみくじ箱から取り出すと、結果は「末吉」。が〜ん! 《願い叶い難し》ですっと?

経津主大神様、約束が違うでしょう? これじゃ困るんですよ。簡単に譲れませんて! そんな時には、他の神様にも《根回し》するに限る。

おお、そうそう、思い出した。奥宮の神様の分のおきくじを引かんといかんなwww。まず、本殿左から、時計回りに境内をめぐり(←ココ大事)、最後に社務所前に戻りあるおみくじに再挑戦。

すると、どうであろう。奥宮からすっとんで来た神様と摂社の神様とヒソヒソ話し合っていたせいか、今度は「大吉」であった(笑)。

さっそく社務所にて、お守りと絵馬を頂き、そして、めでたく絵馬を奉納したのでありました。ううん。気分は最高!


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●絵馬を奉納する●



さて、帰りは、もみじがみどり一色に垂れこむ参道を、ジャリジャリと小石を踏みならし、降り、参道入り口の亀甲堂さんにて、甘辛だんごと今回は味噌田楽(小ぶりの串6本)を頂いた。それにしても、亀甲堂さんのお団子はうまい。今回は食べないが食事も一押し。


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●亀甲堂さんで甘辛団子と三色田楽●



次は、房総半島の先端、安房国一の宮安房神社だ。東関道から千葉方面へ向かい、館山道に入り、終点まで目指す。

車での移動の楽しみは、何と言っても途中にあるパーキング(サービス)エリアや道の駅であろう。

今回のお勧めは、市原サービスエリア。正面の看板には「BOSO FUNCLUB」と書かれ、なんとも南国ムードが漂っていた。一歩間違うと出来の悪い暴〇〇のたまり場と思われかねん。でも昼間は全然問題ない(夜は知らんが・・・)。

お店の中は、千葉の名物ピーナッツクリームやら、枇杷のお菓子やら、それぞれ種類も豊富にそろっている。また、磯遊びのグッズも充実していて、何とも遊び心を震わせる。

我々はミルク味とプリン味のジェラードをゲット! ううん、うまい。ひさびさに頭がキーンとなった。


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●市原サービスエリアのジェラート、なかなか移動できず●



さて、いよいよ館山道も終盤。ここにも見逃せない穴場がもう1つ。富楽里PAである。ここは、上り・下りのいずれからでも入れるハイウェイオアシスであり、「道の駅 富楽里とみやま」が併設されている。

道の駅とPAは、中でつながっている。そのため一般道から訪れるお客さんもいて、周辺住民の憩いの場としてもよく使われているそうな。

このPAで一押しなのが、海鮮レストラン 網納屋(あみなや)さんの豊富なメニューである。まぁ、定置網でとれた新鮮な魚介類が調理され、出でくるのであるから、お魚好きにはたまらない。我々も以前来たときに数回ノックアウトされているwww。

今回は、「ひゃ〜参謀」《定置網でとれた海鮮丼》、佐藤は《バラチラシ丼》を所望した。そして、出てきたのがこれらの品物(写真参照)


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●道の駅・富楽里の海鮮レストラン 網納屋さんのらちらしじゃ!●



「ひゃ〜参謀」のどんぶりに比べると、見た目に量が少ないように見えるのだが、これがどうしてどうして、具もご飯もぎっしりである。

本日の《バラチラシ》は漬け丼であった。これがまたマグロだけではなく、数種類の魚が入っており、様々な風味や歯ごたえを楽しむことができる。うううう。

お腹が満足、心も大満足。こうして心置きなく、安房神社へ行ける。こちらも、お日柄が良いため、駐車場は満杯状態。佐藤は、鳥居前への駐車を断念し、境内入り口まで、車で向かった。

手水舎で手を清め、ゆるゆる階段を登り、拝殿前に進む。お賽銭箱の上にまたまた本を置き、2礼2拍手の作法に則り、手を合わす。そして神様に心の中からお願い事をお伝えした。

すると、佐藤の後方から風が舞い上がり、その風は佐藤の体を撫であげて、上空へと登っていった。よくあることではあるが、今回も良好に安房の神々様とも交信ができたな、と思える瞬間であった。


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●安房国一の宮・安房神社の神様にもご報告●



さて、おみくじ結果は「大吉」。ひぇ〜神様ありがとう(笑)。「ひゃ〜参謀」は、なんと「凶」

「ひゃ〜、帰りに高速道路で横転して、次々に対向車にぶつかって、外に投げ出されて轢かれて死にそうだ。もちろん、車は廃車」って、それじゃこちらの大吉が全然大吉じゃないだろうが!

その後、境内をひとまわりして、最後に社務所で今度は下社分のおみくじ(先ほどは上社)。
なんと、今度も結果は「大吉」。こちらでも、当然絵馬を奉納させて頂いた。


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●もちろん、絵馬を奉納●



ということで千葉県の見聞録はここまで。今週末からまた暑くなるそうですね、皆さまご自愛くださいませ!

追伸というか宣伝
あんまし自著は宣伝していないんですが、『ケアプラン 困ったときに開く本』は、あした本屋さん店頭に並ぶらしいです。よろしかったら手に取り、更によろしかったらお買い上げいただけると喜びます。


(某国のミサイルの発射しまくりは、隣りの国家主席の顔に泥というか、パイを投げつけたようなもんだからな。どの国への挑戦なのかってわかりそうなもんだが!To Be Continued!!)
posted by さとうはあまい at 16:23| 島根 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 見聞録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月01日

奮闘記・第1031回 見聞録/東京都

●2017年● 東京都北区&文京区

根津神社《つつじ祭り》 ああ、おそかりしの巻

〜はたして、おみくじ結果はその後の運命を変えるのか?〜



皆さま、お元気ですか。5月になりましたwww。

東京は、桜の花も散り、花水木の花が満開を迎えております。さて、研究所の車“カナメイシ君”はエンジンをかけるとあいさつ代わりに、

「今日は何の日」かを教えてくれる。そう、聞かなくても教えてくれるのです(笑)。

しかもそれほど、メジャーと言う感じがしない、やや無理っぽいものも散見する。ひゃひゃひゃ。本日もそれを楽しみにエンジンをかけて、得意の傾聴です。

《今日は、5月1日 メーデーです》と。

「ノーマルやんけ!」

まぁ、そうですね。だから?って、思わないでもないですが、そうそう毎日無理も言えんし。今日は「ひゃ〜参謀」の日www。迎えに行かんといけない。

本日はお一日(ついたち)ということは、新たな月がはじまるということ。氏神様に先月の無事についてお礼を述べ、はたまた今月の無事も祈念する日ですねぇ。

ということで、佐藤は「ひゃ〜参謀」を拾った。

以下は、王子神社(東京都北区)を参拝したときのお話を中心にした見聞録である。

さて、今日も境内は多くの参拝客で賑わっていた。

佐藤は、手水舎で体を清め、参拝客の列にに並ぶ。相変わらず、シャカシャカ繰り返し繰り返し列に並んで鳴らしている。

基本的には家の呼び鈴と同じはずだから、間断なく並んでいるなら、先頭が鳴らしたら、しばらく鳴らさんでも良い気がする。まぁ、あまりうるさいことは言わんが鈴自体がうるさいw。

そして、佐藤の番(でも、やはり鳴らしちゃうんだょなぁ)。

拝殿前にて、先月の無事に感謝を伝え、今月はどうよ?って感じで無事を祈念した。

さて、東京神社庁では、毎月「生命の言葉」と称して、偉人が残した言葉を短冊として下賜しており、その短冊は拝殿横の机に置かれているのだ。

佐藤は、その短冊を自分のスケジュール帳に貼っている。最近はどうも選者も困っているのか。伊勢神宮の神官系や皇族系の方々の、ややし〇ぼい系の歌(あくまで私的判断)が多く、どうもなぁ〜と思っていた。ちなみに先月は倭姫の御歌でなかなか良かった。

今月の言葉は、

“進んで名を求めず 退いて罪を避けず”

孫子(そんし)様のお言葉である。これは、『成功しても名誉を求めることはなく。失敗しても責任を回避しない。』という意味である。

そうそう、上に立つ者。名誉を求めるものは多いが、失敗しても責任を回避するものは少ないよねぇ・・・。

どっかの団体で、何何の質の向上がなんだと言っても、下のものに費用を出させて宴会してたり、そもそも、会費や税金を着服に近いかたちで使っていて、内通されたら、辞任すれば済むと思っているようだ。恥かしいというか、人間として気持ちが悪い。即刻消えてほしい。

佐藤も、この言葉を戒めとして受けつつ、身を引き締めた次第である。

社務所に向かい、おみくじを引く、シャカッシャカシャカシャカ。スー!

なんと、引き出した棒には横に1本のすじがあるだけ。つまりは第一番! 神社の方に番号を告げる。

ちなみに「ひゃ〜参謀」は二十八番。横で果てて居たwww。

「一番は一番良いのですよ」

と言いながらおみくじを渡してくれた。もちろん、結果は大吉である。息を吹き返した「ひゃ〜参謀」いわく、

「あったりめぇだろうがwww」


と江戸っ子的(まぁ江戸っ子なのだが)暴言を吐きつつ、半吉を受け取った。まぁ熱田神宮(愛知県)や長浜神社(島根県)では第一番といえども吉ですから油断は禁物。「ぬか喜びさせる系おみくじ」もないではないからな!

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●王子神社を参拝、大吉www●



さて、佐藤は「ひゃ〜参謀」から、根津神社のつつじ祭りが、5日までということ聞いていた。今日は1日ということで、ほほほ、王子神社の勢いで、根津神社を目指した。

この時期、根津神社は混んでいる。ものすごく混んでいる。

もし、地方在住の方で、都会風激混みを体験したいなら渋谷や新宿をお勧めするが、下町的混み方(ところてん式間断ない混み方)を体験希望の方はこちらがお勧め。細い道で、車がイライラしながら、人混みの中を移動している光景が楽しめる(大変危ないけど)。

案の定、根津神社の駐車場は満車である。ナビ様を頼りに駐車場を探す。

「ひゃひゃひゃポータブルトイレ(P印)がたくさん!」

「駐車場じゃ!」

とブツブツ言い合いながら、何とか近場に置いた(遠くに置いて歩いて行くと、近くのPが空くんだよなぁ・・・)。

そんで、日本医科大学の裏手を通っていると、なんと、そこには、あの、夏目漱石先生の旧居跡があったのだ。

しかも、川端康成先生による揮毫(きごう)の石碑が置かれていた(ある意味豪華)。近くの壁の上には、猫の石像が「歩いて」いたのだ。

ちなみにこの猫の家は、愛知県犬山市にある「明治村」に移築され公開されている。そういえば、明治村で見た見た見た(笑)。佐藤は、しっかり、石碑と猫と一緒に記念写真を撮った(前がゴミ置き場みたいになっているにが気になったが・・・)。


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●夏目漱石《猫の家》の跡地●



根津神社の境内には屋台が立ち並んでにぎわいを醸し出していた。しかし、残念なことにたい焼きや大判焼き屋さんは、まだ、店を開いていない。えええ・・・。

そこで、空腹を抱えつつ、神門前に立つ。ちなみに神社の前庭は、つつじ苑になっており、本来であれば赤・白・紫など、大小様々な花弁が咲きほこっている・・・はず。

ところがじゃ。、今年は、何と、3月終わりから4月上旬のポカポカ陽気に誘われて、半月も早く満開を迎えたそうな。そして、どうやら、見どころは過ぎてしまったらしい。

とはいえ、それでも、本日はお一日。境内は参拝客で長蛇の列ができていた。後列で話をする人々も、「もう、つつじはおしまいのようねぇぇ」と残念がっている声も聞こえてきていた。

やがて、参拝の順番が来た。佐藤は、今月発売される『ケアマネ困った時に開く本』が多くの方に読まれるように祈念した!



●根津神社を参拝、末吉・・・●.JPG

●根津神社を参拝、末吉・・・●


●つつじ苑のツツジの盛りは過ぎていた・・・●.JPG

●つつじ苑のツツジの盛りは過ぎていた・・・●


●神社前の車道脇に植えられたオオムラサキは満開なんだが・・・●.JPG

●神社前の車道脇に植えられたオオムラサキは満開なんだが・・・●



その後、社務所に出向き、打ち出の小槌型のおみくじボックスをがシャカシャカと振っておみくじ棒を引き出す。

すると、・・・・30番www。神職に番号を告げると、神職は二つ折りにして、ニャリとはしないが、おみくじを運んできてくれた。

はやる気持ちをおさえつつ、紙を開くと、結果は「末吉」(爆殺)。

な、なんと、「売り買い利少なし」だってさ! そのままやんけwww。

まぁ、神様からのお告げを謙虚に受け止め、しっかりと販売活動に精を出すことにしますよ、ええ。王子神社の神様が付いとりますさかいに。ちなみに「ひゃ〜参謀」大吉であった。

その後、根津珈琲店で、ハンバーグ・プレートを頂き、帰路についた。現在、この稿を書いていると、空はにわかにかき曇り、雷がゴロゴロゴロゴロ!本日は、不安定な天気で竜巻注意報まで出ている始末である。晴れのち竜巻。どんな天気ですかい!



●根津珈琲店の外観●.JPG

●根津珈琲店の外観●


●昼はハンバーグ・プレート●.JPG

●昼はハンバーグ・プレート●


●車中で柏餅味噌餡を頂く●.JPG

●車中で柏餅味噌餡を頂く●



まさしく今の佐藤の心境である。大吉のち末吉。人生も商売も上がったり下がったりするものである。ささ、新たな月、何事も用心しながら過ごしましょう。

ゴールデンウイーク後半も無事にお過ごしくださいませ!


(全日制の都立高で「地毛証明書」などを出させていたらしい。学校側は「染めているのを地毛だと言い張る生徒」対策で写真や保護者に書類を出せていた。おいおい。生徒よりむしろ教師たちの頭の程度が心配だ。教師資格は精神鑑定を必須にしてほしいな!To Be Continued!!)
posted by さとうはあまい at 17:33| 島根 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 見聞録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月23日

奮闘記・第1030回 見聞録/山梨県

●2017年● 山梨県笛吹市

春はあけぼの桃色の絨毯風に舞う!

〜佐藤流プチ散歩の巻〜


いや〜、南岸低気圧がもたらした熱風で気温が上昇春待たず夏が来たという感じでしたね。皆さまは体調を崩されていませんか。佐藤は相変わらず元気ですよwww!

今回は、その夏日が来る前のお話。

その日は、調布・府中・国立といわゆるJR中央線沿線のお仕事。佐藤は研究所の車でお出かけ。

その日の仕事が午前中と、ずれて夕方。午後からすっぽりと空き時間ができた。とは言え、研究所に戻るのもねぇ・・・、けっこう遠い。

天気も良い事であるからして、暇つぶしに高尾山へでも行きますかい(笑)。ということで、例によって、車ので冬眠していた「ひゃ〜参謀」の意識を回復させ(笑)、とりあえず高尾山口を目指した次第ですが、何か問題でもwww。

またまた、ところである。高速道路の沿線には、桜吹雪が舞い散り、なんとも気持ちが良い。そうなると、佐藤の遊び心に火がついてしまった(Light My Fire?)わけであった(笑)。

“そうだ。山梨へ行こう! 甲斐国一宮(浅間神社)あたりなら、丁度良い散策コースですぜい!”と。

「ひゃ〜参謀」にささやいたわけですよ、ええ。

“へ? いいけど、なんで山梨なんだって話ですが(笑)。でも時間までに帰ってこられますかい?”と。

“of course! もちろんでっせ!!!”

むかしむかし、《国づくり》がおわったとき、大国主神様が少彦名神様に、もう、終わりだね〜。きみがぁ小さく見ぇぇえるぅぅと歌っていたっけ。そしたら、もともと小さいんだよ!って怒ってたなwww(嘘)。

そこで、石川パーキングエリア(下り線)にて、ナビ様に甲斐国一の宮をインプット!

遵法速度でするするするするするするするするするする、ビューンとひた走る。まぁ、春の交通安全週間ですから、どこに幕府の役人が目を光らせているか、わながあるかわかりませんからねぇ(笑)。

下り線の石川PAは、東京みやげと甲斐土産が充実している。なんと、JALのSOBA DE SKY(そばですかい)シリーズが、5点セットで売っていたりもする。また、孫御用達(?)の東京ばななシリーズや、ひよこシリーズ、スタジオジブリのグッズ、信玄餅などがあったりとする。

東京方面へのお父さんたちの〇ラ出張対策も万全である。東京みやげも、山梨土産も手に入れることができるのだ。意外と混んでいるから、ゆるゆると停車して眺めてみてほしい。

さらにさらに、イートインコーナーの「麺や石川」八王子ラーメンが一押しである。

しょうゆスープに玉ねぎのみじん切りがたっぷり入っている優れもの。まぁ最初は、

「八王子らぁあめん?そんなの〇△□✕〇に決まってるじゃん!」

とタカをくくっていた。高速を降りてもめぼしいお店を探すのは大変(あるにはあるのだが・・・、ひろくてね・・・八王子ってさ)。

初めて食べたときにゃ

「何これ? おお、長ねぎじゃなくて玉ねぎじゃないか!!」

とスープと玉ねぎをすくいシャリシャリシャリシャリ。麺にからめて、これまたシャリシャリシャリ。玉ねぎの食感が美味しさを倍増する。ハハハ、これには参りましたよ。


●石川PA(下り)八王子ラーメンが一押し!●.jpg

●石川PA(下り)八王子ラーメンが一押し!●



さて、話題は再び中央道に戻る。

この日は平日だというのに珍しく混んでいた。まぁ、渋滞することはないが、車の列が連なっていた。佐藤もお行儀よく列に並び進む。すると、行く手に談合坂SA(下り線)が見えてきた。

ふふん、高速走行には、ソフトクリームが付き物である(エネルーギィ、おお、エネルーギィ)。そういうことで、こちらで一休み。

すると、どうだろう?こちらに、かのサーティワンアイスクリーム(31)がオープンしているではないか(いつの間にか「2倍」に近いが・・・)。ソフトクリームには悪いが、サーティワンが相手となれば、そちらが勝つからな!(そうなんだ・・・)。

そこで、佐藤はするするすると、お店の前に移動したのであった。すると、そこには、外国人のカップルがすでにアイスクリームをゲットする瞬間であった。

我々も、負けずとレギュラーサイズダブル(カップ入り)を注文。佐藤がチョイスしたアイスクリームは、ホッピングシャワーとキャラメルリボンの2種だ。

ちなみに、ホッピングシャワーは、外国人さんが食べていたのを真似た。これがまた、ポップロックキャンディとやら、細かくクラッシュされた色とりどりのキャンディが、口の中で次々に弾ける楽しいフレーバーであった。


●談合坂SA(下り)では31アイスクリームのダブルですぞ●.jpg

●談合坂SA(下り)では31アイスクリームのダブルですぞ●



「ひゃ〜参謀」も、しぶしぶお付き合い。ツインベリーチーズとパイナップルナッツである。しかし、いつ食べても同じようなモノしか選ばんな…・・・。でもおいしかったらしい(笑)。

さて、笹子トンネルを出て、勝沼インターにて高速を降りる。国道20号のバイパスを山から降りていくと、山肌や道路の両側に、ピンク色の花畑が現れた。これがああ、桃の花なのだ。さすが桃の生産日本一の県だけのことはある(知るか)。うん?

それはそれはみごとであった。この景色も春のこの時期だけしか見ることができないからねぇ……。なんだか得した気分だな。

桃の花に癒されつつ、ナビ様に導かれるままに、甲斐国一の宮浅間(あさま)神社に着いた。境内に入ると、多くの人がいて、境内を掃き清めていた。

みれば明日がお祭りだとか。何でも伝統のあるお祭りで甲斐国一の宮浅間神社大神幸祭(おみゆきさん)という祭りらしい。ハハハ。素晴らしい。2日違えばまさに後の祭り。

拝殿では、祭りの主人公である御神輿に飾りつけが行われていた。我々は準備の邪魔にならないように密かに参拝をさせて頂いた。


●甲斐国一の宮・浅間神社に立ち寄る●.jpg

●甲斐国一の宮・浅間神社に立ち寄る●


●ミヤマツツジも満開●.jpg

●ミヤマツツジも満開●



ご祭神は、いちおう木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)とされる。なんでも、清和天皇の貞観7年、富士山大噴火の翌年(865年)12月9日、木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)現在地にお遷ししてお祀りされたという。

古来山火鎮護、農業、酒造の守護神、又婚姻、子授安産の霊徳神として崇敬を集めている。「いちおう」というのは、この境内からは富士山がみえないこと、八ヶ岳の方をむいていること、武田信玄公の性格からして、木花開耶姫命という優しいタイプの女神様を祀るかということ、はたまた、「せんげん」ではなく、「あさま」と読ませていることなどから、実は武神の建御名方神(たけみなかたのかみ)じゃないかという都市伝説もあるが不明。

さて、気になるおみくじである。
じゃがジャン! 中吉・・・。

佐藤:「    」!

しばし、人々の動きを追いつつ境内を見渡す。すると、ちと向こうに、大国様の石像を発見した。おお、いつでもどこでも大国(大黒)様・・・。

この稿を書くのにホームページを見たら、下記のように案内されていた。

・・・・・この特大石像大黒様は、笛吹市石和町の 英雅堂 志村社長様より、御奉納頂いたものである。当社では、淺間神社御鎮座1150年事業の結びとして、東森整備事業の一環で据え付けさせて頂きました。

とのこと。・・・ほう。

大黒様は言わずもがな、食物・財福を司る神として、室町時代以降は大国主命(おおくにぬしのみこと)」の民族信仰と習合され、広く知られている。我らが大国様ですからな!

なんと、その大国様のそばには絵馬かけがある。事業繁栄・商売繁盛と、わな、いやご利益が書かれているではないか。これはこれは、ぜひとも絵馬を奉納したいもの。

ということで、社務所にて絵馬を手に入れ、新たなご祈願。

“いま制作中の書籍が150万部(村上春樹かい!)いや15万部は売れますようにwww”

「ひゃ〜参謀」が恒例のひゃちゃまイラスト(笑)を力を込めて書いてくれた。

そして、再び、おみくじを引くとジャジャジャジャーン、大吉であった。

これで大ヒット間違いなしじゃ。わくわく・・・。

ひゃ〜参謀:「     」!

・・・・さて、そろそろ帰りましょうかね。


●大国様に絵馬を奉納●.jpg

●大国様に絵馬を奉納●


●まぁこちらがその大国様なのですよ●.jpg

●まぁこちらがその大国様なのですよ●


●あのピンクがすべて「桃の花」なんですよ●.jpg

●あのピンクがすべて「桃の花」なんですよ●



ただ、まだお日様は高い位置にある。高速じゃ無くても良いのでは!ということで国道20号線をひたすら行くことにした。

いやはや、これがですね。なんと、私の前を落…いや若葉マークの初心者が行くわけですよ。はじめは寛大な気持ちでおりましたよ。佐藤もね!!

でもだめ。なんせ、国道20号線のこの辺りは、山道なので、はみ出し禁止の黄色い線が永遠と続くのである。だから、追い越しができない。しかも…鈍い。ほとんどカーチェイス状態。追跡してるみたい。

佐藤も、はみ出さないように、ゆとりを持って後方について行く。あまりにも安全運転過ぎて、危険www。いまにも停まりそうなんですよ、また。

だから、途中から

「ここ、40キロは出していいのよ、って出さんかい!」
「えっ、ここでブレーキをかけるか?」
「後方が電車状態でラッシュ!そろそろ、コンビニかどこかで休んでやり過ごしなさいな!」


とブツブツつぶやく始末(うるひゃい?)。大月を過ぎて相模湖を過ぎたころようやく横道へ入ってくださいました。

その後、高尾山をぐるぐると廻り、何とか都内に入った。「ひゃ〜参謀」は、道の駅・甲斐大和の標識マグネットを手に入れてご機嫌であった。

「渋滞? おお、いいんじゃないの」ってな感じでしたなwww。

これにて、今回のプチ散策は終了。

いや〜、春はあけぼの、隣は何をする人ぞである(笑)。皆さまくれぐれもご自愛ください。ではまた!


●無事に東京に戻りジョナサンで夕食●.jpg

●無事に東京に戻りジョナサンで夕食●


●翌日は、いきつけのニュージュンタラ、ナンがでかいのさ!●.jpg

●翌日は、いきつけのニュージュンタラ、ナンがでかいのさ!●


(秋葉原駅構内のトイレで爆発物騒ぎ。見つかったのは爆発物ではなく、トイレの芳香剤を自動噴霧装置。清掃員が不審物を見つけたと駅員から110番通報・・って、被害がなかったのは良いがお前さん達が管理してんじゃないのかい!To Be Continued!!)

posted by さとうはあまい at 16:17| 島根 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 見聞録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月09日

奮闘記・第1029回 見聞録/東京都

●2017年● 東京都北区

OH!TOKYO 桜の名所

「飛鳥山公園」プチお花見の巻



やや旧聞なるやもしれんが、焚火で暖めた甲斐あってか(嘘)、靖国神社の標本木が満開になったというのを聞いたときのお話。

「そうかいそうかい。ならば花見をせねばなるまいて」


と思い立ち、「ひゃ〜参謀」を道連れにして、やってきました飛鳥山公園ですよ、ええ。なんせ近いからね!(笑)

公園内の至る所に、ブルーシートが敷かれ、花見の場所とりをしている人々がいた。サラリーマン系の方々が朝から待機し、数人でカードゲームをしている。まぁどういう部署なんだか(笑)。でもスマホを眺めていないのがまだいいかな。

外国人の方々もたくさん来ており、ピンク色に広がる桜の花びらの下、思い思いのポーズをとりシャッターを切っている。今朝もニュースで外国人の花見客を取り上げていたが、日本の桜の花は結構有名でわざわざこの時期を見計らい、日本へ来ているという。

素晴らしいですねぇ、渋沢先生。高崎に帰るために列車を引かせただけはある(笑)。まぁ、第一国立銀行や東京証券取引所などの設立・経営に関わって「日本資本主義の父」ともいわれる近代日本のリーダーとして猛烈な仕事ぶりであったからそれぐらいはかまわんかな。


●渋沢資料館「青淵文庫」●.jpg

●渋沢資料館「青淵文庫」●



その、渋沢栄一先生は、現在の埼玉県深谷市のお生まれ。でも、もともと志士(今ならテ〇リストか)で将軍になる前の徳川慶喜公を討ちに行って、家臣となってしまい、幕臣になったお方。

でも、これが寝返ったとか、裏切ったっていうわけじゃないんだなぁ、これが(笑)。なんだかんだで、将軍・徳川慶喜の代理として、弟の昭武公の随員として、パリの万国博覧会に同行し、フランスへと渡航。

このおりに、ヨーロッパ各地で先進的な産業・軍備・社会状況を見てまわるのだ(下水道まで降りて見たという)。これが明治の近代日本に役立ったのだが、向こうであちこち廻りながらも、日本では兄貴の慶喜公が大政奉還するなど、情勢が激変。

なにしろ、幕府崩壊後、少ない手持ち資金の増やし方や、調達の仕方はものすごいのだ。帰国して、経済人として、政治家としても活躍したが、渋沢財閥のような自己利益グループを作らなかった。いやそんな暇すらなかったのだろうその時点で、新国家の存亡がかかった場面ばかりにいたのだから。

その「偉人」のお屋敷が今も庭もろとも渋沢史料館として残されている(入館できる)。まぁけっこうこの飛鳥山にある博物館はみどころがあるのだが、あまり見られているような気がしないのが残念でもある。


●飛鳥山公園内の遊具で一休み●.jpg

●飛鳥山公園内の遊具で一休み●



佐藤は、実家の深谷市の渋沢栄一記念館も見たが、それを紹介していると、花見というよりも、「幕末の巨人・渋沢先生の巻」で終わってしまうのでここまで。

飛鳥山公園は、時はぐ〜んと戻ったその昔。第8代将軍・徳川吉宗公(恐縮だがわかりにくいので西暦で、1684〜1751年)が享保の改革の一環として整備・造成を行った公園である。

ふるさとの地名(紀伊藩、今のおおむね和歌山県)をふんだんに割り振った(笑)。吉宗公の治世時、江戸近辺の桜の名所は寛永寺あたりしかなかった。

この、お祭りをするということは、当然風紀が乱れる。というか祭り自体が厳しく規制された農村社会での、年に数回の「男女のガス抜き」の場でも有るからにして当たり前でもある。

古代日本における歌垣(うらがき)で、老若男女が集って宴会をしながら、歌を読み合う呪的信仰とされ、互いに求愛歌を読み、カップルになって〇〇関係になる(さて?)。東国では、筑波山の嬥歌(かがい)なども同じようなものである。

とは言え、政治が落ち着いてくると、「それ」ばかりに興味のない方、「それ」ばかりを考えていない方々も現れてくる。花見自体を楽しむようになってくると、庶民も安心して花見ができる場所を求めるようになった。それがここ、飛鳥山なのだ。

飛鳥山開放時には、吉宗公が自ら宴席を設け(つまり暇)、新名所としてアピールを行った。幕府の財政をいったんは建て直し、いろいろ良い改革も行った。

しかし、結局大増税をしたため、農民一揆が頻発。目安箱を設置して意見を聞いため、幕府の権威の失墜に繋がった。そりゃ聞かれれば文句もいいたくなるわいな・・・。


●桜なめこちゃんと花見じゃ●.jpg

●桜なめこちゃんと花見じゃ●



さて、飛鳥山公園内にひっそりと、佐久間象山先生の「桜の賦の碑」や、「老農・船津伝次平の碑」などもある。

北区飛鳥山博物館(ホームページ)によれば、桜の賦(ふ)とは、佐久間象山(さくましょうざん)先生の作の文章とされる。以下、その説明文。

佐久間象山は、松代藩士で儒者であったが、後に西洋の学問を学び進歩的考えをとなえ、明治維新前後の日本に大きな影響を与えた人物である。この賦で象山は、「桜の花が陽春のうららかな野山に爛漫と光り輝き人々の心を動かし、日本の全土に壮観を呈しその名声は印度、中国にまで響き、清く美しいさまは他に比類がない」と言い、当時象山は門弟吉田松陰の密出国の企てに連座(れんざ)松代に蟄居(ちっきょ)中であったので、「深山幽閉中で訪れ来る人もないが自ら愛国の志は堅く、この名華の薫香のように遠くに聞こえる」と結んでいる。

この賦は象山50歳(万延元年、西暦1860年)の作と云われ、2年後の文久2(1862)年、孝明天皇の宸賞(しんしょう)を賜った。象山は蟄居赦免(ほうめん)なり、翌年京に上り公武合体開国論を主張してやまなかった。

ただ、この無謀な行動から、一徹な尊皇攘夷(そんのうじょうい)論者によって刺され、元治元(1864)年7月11日54歳の生涯を閉じた。

この碑は遺墨(いぼく)をもとに門弟勝海舟の意によって同門・北沢正誠(まさなり)の文で書は日下部鳴鶴(くさかべめいかく)である。明治14年11月15日と刻まれている。この下に挿袋(そうたい)石室が埋蔵されている。


佐藤は、遙か彼方の時代に、開国を唱えた佐久間象山先生の碑に手を合わせ、今後の平和を祈念した次第である。ハーン先生と同じく、享年54歳なんだよな・・・。


●佐久間象山先生の「桜の賦の碑」の解説●.jpg

●佐久間象山先生の「桜の賦の碑」の解説●


●同郷の先達・佐久間象山先生に手を合わせる●.jpg

●同郷の先達・佐久間象山先生に手を合わせる●



象山先生は、開国といっても、外国の武力・武器にいまはかなわんから、ノウハウや技術を盗んで力を蓄え、それから戦えばよいという現実派である。

松陰先生のように「とにかく討つ」「とにかく(外国に行きたい)」という、まわりに人達にとって困った先生ではなかった。その松陰先生は象山先生の弟子でもあったのだが。

挿袋石室の中には、象山先生の襲われた時に着ておられた上着を勝海舟公(妹君が象山先生の嫁)ら弟子たちが埋めたものだそうだ。明治の世でこそ、活きるはずの人材がこうして兇徒によって失われた。


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●青い空に桜が映える●



ひとしきり、公園内を散策し、西ヶ原まで来た。もう少し足を伸ばして、平塚神社を参拝した。

平塚神社のホームページによれば、起源は平安後期元永年中。八幡太郎源義家公が奥州征伐の凱旋途中にこの地を訪れ、当時の領主の豊島太郎近義公に鎧一領を下賜したという。この「豊島」がもちろん、今の豊島区の命名につながる。「負けて滅びた者の名前が残る」のは日本の慣習であろう。

近義公は、拝領した鎧を清浄な地に埋め塚を築き、自分の城の鎮守とし、塚は甲冑塚とよばれ、高さがないために平塚とも呼ばれたという。

近義公は、社殿も建てて義家・義綱・義光公の三兄弟を「平塚三所大明神」として祀り、一族の繁栄を願ったが・・・、残念ながらご一族は滅びてしまった。

徳川時代には、平塚郷の山川城官貞久公が平塚明神に出世祈願をして江戸へ出たところ検校(目がみえないエライ方)という高い地位を得て、将軍・徳川家光公の近習となり立身出世を果たした。その後、家光公が病に倒れた際も病気平癒を祈願で快癒し、家光公も五十石の朱印地を平塚明神に寄進し、たびたび参詣に訪れたというお話。

ご神徳は、言わずと知れた、勝ち運、病気平癒、開運厄除、騎馬上達(交通安全)、武芸(スポーツ)上達、立身出世(就職・昇進)、事業繁栄、魔除け、心願成就である。


●上中里・平塚神社を参拝●.jpg

●上中里・平塚神社を参拝●



我々は、四十雀がツピーツピーとさえずる中、平塚神社の境内を歩き、拝殿に参拝。そして、社務所前に、どうぞ、どうぞ、まぁ1つでも2つでも引いていってくだされ的に置かれている、おみくじ箱にすり寄り、おみくじを引いた。結果はなんと、2人とも大吉であった。まぁいい神社であった(笑)。

その後、前もって検索しておいた「榎本ハンバーグ研究所」なるところに移動。こちらは地下鉄南北線西ヶ原を出て、造幣局の真ん前にあるお店。

11:00開店という話だが、我々が入店した11:10過ぎには、すでに3組のお客さんがい鎮座していた。カウンター席とボックス席は手前に3個、奥に2個くらいかな。比較的狭いイメージかな。


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●榎本ハンバーグ研究所外観●



さて、この「榎本ハンバーグ研究所」のホームページによれば、榎本ハンバーグ研究所は、世界中にハンバーグ好きな仲間を1人でも多く増やすことを目指しているらしい。そう、では我々にはぴったりのお店というわけだ(笑)。

そこで、様々なハンバーグを研究し、その中から選りすぐりの品を提供しているという。ちなみにハンバーグは150g・200g・250gから選択でき、ライスの量も小盛り・並盛り・大盛りから選択できる。

我々は、チーズハンバーグを所望。これは、なんと、ハンバーグの上にポーチドエッグをのせ、その上に溶けたチーズがのっているというシロものである。

茶色に輝くデミグラスソースがかかったハンバーグにですぞ、白いポーチドエッグがのっかり、更に黄色のチーズが鎮座しているのだ。見た目も可愛いく、なんとも美味しそうではないか。

我々は言葉を失いつつ、はくほぐはくほぐ(熱いですからねぇ)頂いた。その間にもお客さんは次々と訪れ、結局満席。我々も外で待っている人のために席を譲ることにしました。

いや〜、思い立ったが吉日!とはよく言ったものである。

あたたかい日差しの中で花見もできたし、平塚神社で大吉もゲットした。逸品のハンバーグも頂けたし、大満足であった。結果、午後の執筆活動も無事に終了した。

さてさて、その日は夕方から雷雨であった。寒くもなったし、あのブルーシートの方々はどう過ごされたのでしょう・・・。結局この後は、関東はあんまし天気が良くないから、いいときに行けた。

皆様の地域でもどうか花粉をさけて、お花見をお楽しみください。重ねてご自愛下さい。



●チーズハンバーグを頂く(150g)●.jpg

●チーズハンバーグを頂く(150g)●


(「カップヌードル ぶっこみ飯」がある。自分でご飯を入れればいいのになぜ買うという問いがあるが、本家のカップヌードルは「353kcal」、ぶっこみ飯は「346kcal」なのだ。自分で作って飯を足したら延々と足して、何百kcal になるのか見当がつかないぜ!To Be Continued!!)

posted by さとうはあまい at 15:01| 島根 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 見聞録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月16日

奮闘記・第1028回 研修会のツボ/広島県

●2017年● 広島県広島市

広島市域訪問介護事業者連絡会

サービス提供責任者研修
「サービス提供責任者の業務と責務」
〜介護保険制度のPDCAを介護事例から学び実務に活かす〜



皆さまお久しぶりです。今回は帰りたてのほやほや? 超高速? 広島県での研修会のツボですwww

広島市域訪問介護事業者連絡会さんは、平成13年4月に広島市域訪問介護事業者連絡会は広島市との連携し、訪問介護事業者相互の研鑚によって、訪問介護サービスの質の向上を図ると共に、事業者としての共通課題の社会的提案等を行うことを目的とし発足したそうな。

本会の研修事業においては、経営者・管理者、サービス提供責任者、訪問介護員などへの階層別の研修や地域密着型研修として、区別にリーダーをおき、研修会を開催している。

そこでは日頃の活動において解決すべき課題や問題点を、グループワークごとにチームで改善できる環境づくりを行っている。このような活動が今回の研修にもつながっているわけである。

佐藤が、広島市域訪問介護事業者連絡会さんと関わったのは、かれこれ10年以上前であったと記憶している。あれは介護予防訪問介護がスタートして、「介護予防訪問介護計画」作成についての研修であった。そして次年度には、コミュニケーション研修を行っている。

当時の参加者は100名を超えており、この事業者連絡会の仲間作りの力強さを感じていた。まぁ広島の「リーダー」は他県と比べて求心力があると思う(当社比?)。まぁ毛利元就公の出たところでもあるからな。

その会の担当者から約10年ぶりに連絡を頂いた時には、ああ、私を覚えていてくださったとか、と感激した。そして、内容は、ずばり「サービス提供責任者研修」である。

佐藤は、まずはメールにて研修担当の武廣氏(二代目?)と、研修内容やその手法について調整を行った。

そして、いよいよ当日を迎えるが、研修は14:00から(〜17:00)。今回は、翌日に仕事を入っている関係で、飛行機での日帰り1人出張となった。移動にあたふたしながらも、何とか会場へ着いた。

そして、担当の武廣氏と事前の打ち合わせ、なんと会場には総勢120名を超える方々が集結しているというのだから驚いた。まさに関が・・・はともかく、さすが、地域に根付いている事業所連絡会の力は素晴らしい。


●研修がスタート!●.jpg

●研修がスタート!●



■研修会で行ったこと
(1)自己紹介・研修の進め方。
(2)サービス提供責任者の業務と責務。
  (自分のしていることを書いてみよう。)
(3)居宅サービス事業所に求められている役割。
  (事例を基にICFを案内。)

1.自己紹介・研修の進め方
はじめに、まずは自己紹介から。佐藤は、毎年のようにシルバーサービス振興会さんからの依頼で広島県に来ている。そちらでも、「サービス提供責任者研修」を行っていることもあり、参加者の方々に「以前私と会ったことがあるか」を伺ってみた。

すると数名の方が手をあがった。いやぁ有り難いですねぇ。サービス提供責任者に介護福祉士及び厚労省が定めた一定の資格要件が課せられる傾向から、法人などの組織とすれば、有資格者の確保が大変だったと思われる。

そこで、同法人内の施設等で働いていた有資格者が「経験あり」ということから、サービス提供責任者に《抜擢》されたというケースが多いと思われる。

その結果(というか以前からの傾向で)、サービス提供責任者研修の参加者の多くが経験年数は数年から数か月しかたっていない(いわゆるドシロウト)という方も多いのはやむを得ないだろう。

つまり、多くの参加者が新任のサービス提供責任者の方々ということ。そうとなれば、サービス提供責任者のマニュアルについての説明が必要だ。佐藤は徐々に皆さんにとくとくとエネルギーを注いでいくこととした(お酒か?)。

2.サービス提供責任者の業務と責務
ここでは、サービス提供責任者の業務と責務について、現在自分がしていることシートに書き出して頂いた。中には、すらすらと書いている方もいるが、まさしく何も書けない方もいた。聞けば、サービス提供責任者の見習いさんとのことである。はい、よくよく聞いて帰ってくださいませ。

その後、介護過程の展開(PDCAについての解説)を図を用いて解説した。ただ、本来は、このような手順を踏んで行われることではあるが、実は入り口部分に問題が生じてしまうのだ。その原因は、ずばり介護支援専門員側にある。

まぁ、これは今に始まったことではない。介護保険の歴史の中で、常態化している問題なのだが。その問題とは、ずばり、「サービス担当者会議のあとで、サービス提供事業書が契約を結ぶ」こと。

ではなぜ、これが問題か改めておさらいすると、そもそもサービス担当者会議というのは、「居宅サービス計画」に登場するサービス事業書が一堂に会するわけだ。

そして、介護支援専門員が作成した「居宅サービス計画」(原案)を評し、専門家からの見地(みたて)からの意見を伝えて、「居宅サービス計画」の妥当性をはかる場所であるはずなのだ。これ、佐藤も、もう十何年も言い続けてきたのだが・・・。

であれば、「居宅サービス計画」(原案)に位置づけられているサービス提供事業者は、サービス担当者会議の前には、少なくとも利用者さんに会い、提供されたサービス内容に対してのアセスメントを行ってあるはずで、目標を達成するための具体的なサービス内容を考える必要があるはずだ。

しかるに、介護支援専門員は、サービス担当者会議の席上で、「居宅サービス計画」(原案)を配布するという、関が原でのまさかの小早川秀秋公ばりの暴挙(こちらは戦術的にはアリなのだが)。

であれば、専門家からの見地(みたて)の意見など言えるはずもない。そこはただの顔合わせの場となり、最後はサービス提供事業所との契約の場と化すのである。

そうなれば、利用者だって、各サービス事業書からの説明なんて聞く余地は残っていない。もともとヘロヘロでなんとかしてほしいのだ。

とは言え、その後、サービスを利用してみると、「こんなはずでは・・・」と思っても仕方がないのである(そこからでも変えられるのであるがなにしろヘロヘロなわけで・・・)。

ただし、このような仕組みがあるということも、新任のサービス提供責任者にはわからないし、説明も受けていなければ知らないし、知って居てもいかんともしがたいことであろう。

佐藤は、指定基準をひもときながら、サービス提供責任者の業務と責務を皆さんがしている言葉に置き換えながら、説明していった。

今回も100名を超える参加者が、佐藤の説明に合わせて、資料にマーカーを引いたり、言葉を追記したり、それはそれは熱心に参加して下さった。


●自分がしている事を書き出す●.jpg

●自分がしている事を書き出す●


●課題の導き出し方を案内●.jpg

●課題の導き出し方を案内●



3.居宅サービス事業所に求められている役割(事例を基にICFを案内)
さて、後半はサービス提供事業所に求められている役割として、「心身機能の維持・向上」「活動(日常生活動作)の維持・向上」「参加(他者との交流・役割の獲得)の促進」「環境(介護者の負担の軽減)」があること。

ここに挙げられた言葉は、「生活機能分類」(ICF)《構成相互間》の言葉であり、人間を全人的に捉える考え方であることなどを簡単に説明した。

そして、「玉前さん事例」を基に、「居宅サービス計画」が作成されてくる状況や、「訪問介護計画」の作成手順などをじっくりと案内した。

皆さんは、「居宅サービス計画」をしげしげとながめ、「こんなプランはみたこともない」とつぶやいていましたねぇ(笑)。

そうでしょうねぇ・・・。介護支援専門員研修も、参加して受ければそれでおおむね良いわけですから、スキルが学べるとは限らない。その傾向はだんだん強くなり、今はまさにスタンプラリーに近い。

まして、指導をしている人々は、その地域で活動している(他地域では活動できない能力とも)諸先輩ばかりですからねぇ、お忙しいから・・・というのは建前で、下手くそで、出たらめなことをいっても、受講生もなかなか文句も言えないのが現状ですよ。

これじゃ自分のスキルも構築できないでしょうし、ましてや後輩どころじゃない。これは、サービス提供責任者でも、他人事ではないのである。

まず自分自身の能力を向上させて、介護支援専門員と対等に語り合えるようにならないとね。でも、これは「張り合う」のではなく、「相手に丸投げしない」ということ。

いつまで経っても、「ケアマネさんの言う通り」だったり、「だってケアマネさんが変更してくれないんだもの」「組織にマニュアルが無い」などと、他人まかせで嘆いてばかりではいけませんよ。

中原中也の詩じゃないが、「ああ おまえはなにをして来たのだと」言いたくなるな。

自らも働きやすいようにマニュアルを作成し、管理者に提示してみるとか。ケアマネさんが聞いてくださるように伝え方を変えてみる、自分でも考えて行動すると言うことも重要なのだ。

さてさて、これにて、今回の研修も終了!


●熱心に聞いてくださるのでこちらも熱くなった●.jpg

●熱心に聞いてくださるのでこちらも熱くなった●



広島の主催者、参加者の皆さま、有り難うございました。今回も、佐藤は、《佐藤流のエッセンス》をたっぷり皆さんに振りかけて来ました(笑)。今後は、皆さん、1人ひとりが、学んだ種を熟成し、育てていく番です。

当然、そこには、ヘルパーさんという強い味方に、管理者(弱い味方、じゃなくて頼りにならないと嘆かない!頼りにしてあげて)もいます。1人で育てるのは大変だけど、皆さんを巻き込んでくださいませ。

新年度も迎えるので、帳票の整理をしてみるのも気分転換になるかも知れませんねぇ。くれぐれもご自愛くださいませ。

さて、今回の移動についてです。

広島県などの遠距離の場合、泊まりなどのゆるゆると過ごせるようにスケジュールを組むのですが、研修前後に仕事が入ってしまったので、日帰りという強硬なスケジュールとなってしまいました(お早めに声をかけてくだされば助かります!)。

佐藤の1人旅の朝。家事をばたばた済ませ、研究所の車、カナメイシ君とともに、羽田空港へ向かう。そして、カナメイシ君は、羽田空港で待機。羽田空港発、9:45の広島空港ゆき(11:15)着の便に乗った。

広島空港からはリムジンバスでの移動である。通常はレンタカーを使用するので、切符売り場もわからない。買い方もわからない。右往左往していると、親切な係の方(もちろん男性)がてきぱきと教えてくださり、無事にバスに乗ることができた。

バスの中でしきりにスマホの地図ナビを利用して、本日研修場所への移動方法を改めて確認。やはり事前検索でしてきたように、広島駅から西広島駅へ出て、そこからタクシーで移動するのが最短であることを確認する。

そこで、リムジンが広島駅新幹線口に着くやいなや、改札口へ向かい、お兄さんへ「西広島に行きたいのですが!」と伺うと、「それなら、1番線岩国方面ですね」とのこと。

みれば後、10分しかない。あわてて切符を購入し、構内へ入った。すると、ややや、1番線は遙か向こうにあるぞ! 佐藤、毎度のパターンである(泣)。

いや〜、バックを抱え構内を走りに走り、何とか1番線へ付いた。3両編成の電車は緩やかに走り、無事に西広島駅に着いた(これを無事というならば)。


●西広島駅前の風景●.jpg

●西広島駅前の風景●


●カフェ&バー ルイージ●.jpg

●カフェ&バー ルイージ●



ここからは、会場までは、タクシーで行ける距離、へへんだ。そこで、西広島駅に近接されているお店に入り、やっとランチをとった。

お店の名前はカフェ&バー ルイージ。ベーコンとホウレンソウのクリームスパゲテイとドリンクセット(コーラ)を頂いた。

そして、ゆとりを持って会場へ行こうと思い、サクサクとタクシーに飛び乗り、会場名を伝えた。だが、しかし、この運転手さん、「知らんなぁ〜」とおっしゃるではないか(モグリ?)。

じゃ違うタクシーに乗り換えようと思うや否や、そのまま車はスタート。慌てた佐藤はスマホを取り出し、地図ナビで場所を確認「あの〇〇ガソリンスタンドの手前にあるみたいですぅぅぅ」と伝える。

「おお、わかった。じゃあそこだ」というが、どうも、地図とは反対方向へ入っていくじゃないか(〇すぞ!)。

そして、「あれ、ここじゃないかな?」という。佐藤は「もう、大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫です。ここで結構です。大丈夫大丈夫大丈夫から!」とそそくさと料金を支払って車を降りた。

あとは、このスマホ君だけが頼り、自分のいる位置と目的地を結ぶ線を頼りに先を急ぐ。すると、ようやく会場を見つけることができた。ふう、けっこう来るまでがこんな感じである。

さて、無事に17:00に研修を終え、佐藤が岡崎《ジョージ!》会長にお礼を伝え、これから広島駅新幹線口からリムジンで空港へ向かうことを告げると、「ううん、間に合うかな? タクシーで広島駅に行くのが1番かなぁ。ハハハ」と言う。担当の武廣氏と一緒に道路に出て、タクシーを停めて頂いた。

感謝感激である。あのまま1人で外に出たら、心細くて途方に暮れたかも知れない。本当、広島の男性は優しいですよ。偉くなり過ぎると知らんが。

実はこのタクシーの運転手さん、私たちが道ばたでタクシー待ちをしていることを気づき、わざわざUターンをしてきてくれたのだ。

こちらの事情を伝えると、そこはほら、専門家。するするするすると非合法的バージョンすれすれで車を進めていただき、予定通りに広島駅に着けてくれた。ハハハ。まさに超高速。

さてさて、これで今回の研修のご報告は終了です。皆さま、ご自愛ください。



●広島空港におかれているマツダ車赤が映える●.jpg

●広島空港におかれているマツダ車赤が映える●


(「一番強い男」と噂された、俳優の渡瀬恒彦さんが亡くなりました。まぁ、暴力自体は肯定できないが、優しさが伴えば、時には必要かな、そう思わせるような温かみがありました。ご冥福を祈ります!To Be Continued!!)

posted by さとうはあまい at 16:36| 島根 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 研修会のツボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月24日

奮闘記・第1027回 研修会のツボ/東京都

●2017年● 東京都足立区

足立区社会福祉協議会

サービス提供責任者仕事術
〜訪問介護の専門性を発揮しよう〜

【プラス長野県研修会予告編(?)】



皆さま、寒暖の差が激しい今日この頃ですが、いかがお過ごしでしょうか?
佐藤は、本日は長野県塩尻市に出没しております。雰囲気が大変良いのでチラと雰囲気をご紹介しちゃいましょう(予告編?)。


●会場は塩尻市である●.jpg

●会場は塩尻市である●


●JA長野県くらしのセンターさんでお弁当を頂きました●.jpg

●JA長野県くらしのセンターさんでお弁当を頂きました●


●担当者の計らいで語らいながらお弁当●.jpg

●担当者の計らいで語らいながらお弁当●



担当の山田さんから「寒いですよ」とは伝えられてはいましたが(っていうかそもそも佐藤は信濃人なのだがwww)、やはり長野県は、寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒いですねぇ(笑)。

この頃は、介護現場で働く職員さんとたくさん関わっており、今回も通所介護や訪問介護など現場で活躍している方々と関わっています。詳しくは、恐らく、別の機会(研修会のツボ)に(汗)。

さて、そう言いつつ、今回は足立区で行った研修のご報告を致しましょう(キリっと変わります)。


足立区社会福祉協議会さんでは、毎年このサービス提供責任者を対象とした研修を行っている。なかなか、23区でも現場の教育に熱心な区である。

しかも、会場には、リピーターの方もちらほら出没して頂いていた。さらに、今回はリピーターさんから、一緒に行こうと誘われて参加したという方もいて、「楽しみに来ました」というのですよ、ハハハこりゃ責任重大ですよ!

主催者からは、この研修は常日頃、訪問介護の要として活躍しているサービス提供責任者の方々が、この研修に参加して、自分たちのしている事を再確認して、していることに自信を持って、明日からの活力につながるような、そのような研修をして欲しいという要望であった。まぁ、そうですねぇ・・・。リピーターさんもいることですから、その方々の力を頼りに張り切りましょう。

■研修で行ったこと
(1)サービス提供責任者マニュアルについて。
(2)総合支援事業においてのサービス提供責任者の役割について。
(3)ICFと訪問介護計画書作成法について。
(4)情報交換・質疑応答。


1.サービス提供責任者マニュアルについて
はじめに、皆さんに訪問介護の展開方法について、図を用いて説明したあと、佐藤が作成した「サービス提供責任者の業務マニュアル」を解説し、その時々にすることを伝えて、自分たちが現在していることと、一致していること、そうでないことの違いを明確にしました。

《一致していること》
@利用者の状況を踏まえ、「居宅サービス計画書」に沿って訪問介護計画を作成し、介護支援専門員へ提出している。
A毎月モニタリングを行い、その結果を介護支援専門員へ送っている。
Bサービス提供責任者の経過記録がある。

《一致していないこと》
@事前訪問を行い、サービスの提供方法を説明し、同意を得ること。
(サービス担当者会議の後に契約を締結しているそうな。)
Aサービス担当者会議の前に「居宅サービス計画書(原案)」が示されていない。
(事前に見せて貰っていないのに、専門家からの意見なんて言えんぞな、もし)
Bサービス担当者会議の前に、検討する項目が提示されない。
(会議の前にはねまわしがあって当然。そうでないから時間ばかりかかってしまう。)

おいおい、これってもしかして、介護支援専門員さんがその役割を発揮しないからこうなっているのではないのか? うううん、これができていないのは、サービス提供責任者だけに問題があるようには思えないのだが(笑)。

まぁ、今年度の東京都が使用している「実務研修のテキスト」でも、サービス事業所がアセスメントを行い、個別援助計画を作成するのは、サービス担当者会議のあとと、恥かしくなく、堂々と記載されていましたからねえ(笑)。


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●研修風景(その1)●


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●研修風景(その2)●



介護保険制度は、たとえ建前上だけでも、利用者さんに選んで頂くサービスであるはず。一応は、サービス担当者会議の前に、我々が候補にあがっているが、よろしきや?(そんなエラそうには言わんが)と、前もって、訪問介護事業所の基本的ルールや利用料金について説明する機会を確保すること、「居宅サービス計画書(原案)」に沿ったサービス提供が可能かどうかをあらかじめ調査する必要があるはずなのだが・・・。

もしかして、私の考えはおかしいのであろうか?と思うときもあるwww。

そこで、「現状とは合わない」かも知れないが、このようなマニュアルを作成したので、よろしければ、事業所において、参考にして頂ければということを伝えた。


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●研修風景(その3)●


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●研修風景(その4)●



2.総合支援事業においてのサービス提供責任者の役割
いよいよ、総合支援事業の猶予期間(介護保険制度の終焉? )が、残り1年となりました。この間、足立区では、現在のサービス提供所が総合支援事業所としてみなすというやり方でサービスを継続している。

ここでは、今後の動向も踏まえて、国が目指している方向について資料をもとに解説を行った。それは、国はなるべく要介護状態にならないような状況を目指している。そして、現在要支援の方々には、元気になって頂き、要支援状態からの脱却を図って、支援を受ける側から、支援を提供する側にまわって頂こうと考えている。まぁそううまくは・・・・。

訪問介護が行う総合支援事業とは、ずばり、利用者さんのしていること、できていることを継続して、それが長く維持できるように支援するということであり、現状より少しでも改善に向けた取り組みを行うことであろう。

だから、今までのように、掃除ができないから掃除をしましょうとか、調理ができないから調理をしましょうとかではないのだ。つまりは、訪問介護員の援助は、利用者がしている掃除方法を認めて称賛し、さらには上手くできるようにアドバイスしたり、時には一緒に工夫したやり方でやってみたり、とにかく、訪問介護員が関わることで、利用者の意欲を向上させることがねらいと思われる。

その結果、利用者が要介護状態に陥ることなく、さらに、要支援状態を卒業し、「一般の高齢者」(つまり、ふつうの爺さま・婆さま)となり、やがては、支援者側にまわるという。足立区でも、たしか、元気な高齢者として、様々名活動に参加すると《ポイント》が付くと伺っている。

だから支援している我々も、もうそろそろ、要介護度が軽く出た場合(出ちゃったではない)は、「サービス量が減る」と嘆かずに、利用者の状態が良くなったことを、ともに喜び、その状態を継続できるように励ます(できそうでできんが)。そんなサービス提供者となることが求められている、と説明した。


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●研修風景(その5)●


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●研修風景(その6)●



3.ICFと「訪問介護計画書」作成法について
ここでは、「東京都子さん事例」を用いて、「居宅サービス計画書」の作成法について解説した。なにしろ、東京都では、介護支援専門員に対して「保険者と介護支援専門員が共に行うケアマネジメントの質の向上ガイドライン」を定め、「リ・アセスメント支援シート」なるものを作成し、介護支援専門員の実務研修等で指導を行っている。

そこで、佐藤も、こちらでは、リ・アセスメント支援シートを使用して、居宅サービス計画書を作成した事例をひもときながら、居宅サービス計画書の作成方法を解説していった。もちろん、リ・アセスメント支援シートを使用しても、佐藤のアウトプット方法は、常にICFを意識しているのだ。

そこで、佐藤が作成した居宅サービス計画書は、「心身機能」に関する課題、「活動」に関する課題、「参加」に関する課題、「環境」に関する課題と4つの課題が抽出されているということ。

さすれば、居宅サービス事業所に提供されるサービス内容も、「心身機能」に関するサービス内容、「活動」(日常生活動作能力)に関するサービス内容、「参加」(役割や社会性の維持)に関するサービス内容、「環境」(家族等)に関するサービス内容と分類することができるのだ。

参加者は、このあたりから、身をのり出して、佐藤の話を聞き入ってくれている。さすが、利用者の生活に寄り添ってサービスを提供しているだけのことはある。そう、ICF(生活機能分類)などというと難しく捉えるかも知れないが、実は、すでに皆さんが実践されていることなのだ。

そこで、具体的なサービス内容には、「老計第10号」に記載されているような《サービス行為》だけではなく、訪問介護員が行っている「説明や同意を得ること」「注意を喚起すること」「できていることを認め、励ますこと」など、具体的な支援方法を記述する必要があるということを説明した。

ただ、我々はすでに、「声かけ」「見守り」「自立支援」「陰部洗浄」「清拭」などの《専門用語もどき》が、身につき過ぎているからねぇ・・・。これって、《専門用語》というよりも、むしろ業界内でしか通用しない《隠語》に近いと思う。

これらの悪しき慣習のもとは、現場を見たことも見る気もない。根拠なく自らの頭だけが素晴らしいと、見苦しい誤解をしている「学者もどき」「コンサルもどき」(もちろん、ホンモノの学者もコンサルもごくごく少数はいる)が湧き過ぎたことが大きい。

佐藤もたまにこれらの連中に《接近》されるが、多くが「あんたもこうするべき!」という、傲慢な押し付け人間がほとんどである。メールするかね?そんな要件で。やるなら自分たちのテリトリーでやればいいだろうに害毒を外部にまき散らしちゃいかんよ。

みな、まともな挨拶や礼儀も知らんし。学歴だけのそういう人間から《何を習べ》というのかねぇ(笑)。

それはさておき、そのような野蛮な慣習、隠語的「言語」からの脱却はなかなか難しい。浅薄なプライド持った人間が減らないからね。足立区には関係ない話ではあるけれど。

今回は、佐藤が作成した記入例も付いています(笑)ので、今後の計画作成の参考にして頂ければと考える。

4.情報交換・質疑応答
最後は、前後、左右に座っている人同士が集まって、お互いの情報交換を行った。佐藤もグループ内に割り込み、質疑応答を直接行った。皆さんからの訴えで多かったのは、ヘルパーがいないので、自分が仕事に入らざるを得ず、帳票を作成する時間がなかなかとれないという悩みであった。そうそう、とにかく今は人がいないというのはどこでも耳にしますな。

これも、いたしかたがないことである。つきつめれば、キチンとした、人材育成に必要な研修体制を構築していないと難しい。ただ、研修を組めばいいというわけではないからだ。

管理者と一緒に、対策を考えるのと同時に、やはり、事務に関しては、月ごとの行動計画を立て、事務処理をする日を確保すること。その必要性についてもお話しした。

さて、いよいよ、都内では、公園の沈丁花の花もほころび、早咲きの桜が咲き始めました。
春は、そこまで来ています! 利用者さんに春の香りを届けて下さいませ。ぜひぜひ皆さまご自愛ください。


(昔、イチローがレッドソックスに入団し、ドヤ顔的な松坂投手に対して、「深いところでなめてやってるだろ!」と注意した。これ、介護関係の役所の面々にも言いたい問題なんだなぁ!To Be Continued!!)
posted by さとうはあまい at 15:22| 島根 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 研修会のツボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月16日

奮闘記・第1026回 見聞録/群馬県

●2017年● 群馬県高崎市・渋川市・前橋市&安中市


上野国の神々様、榛名神社・赤城神社・咲前神社・貫前神社を参拝

〜新年のご挨拶と今年の無事を願う〜



佐藤は、本日群馬県前橋市にて、サービス提供責任者の方々とかかわっております。この研修の様子はまた後日に載せる予定でありまする。

今回は「昨日」のホヤホヤの見聞録のご報告しましょう。早く載せないと、覚えていないからなぁ。

佐藤は、例のごとく、早朝に東京を抜け出し、関越道を爆走し群馬へ移動。もちろん、助手席には「ひゃ〜参謀」が、

「安全運転安全運転安全運転安全運転安全運転安全運転安全運転安全運転安全運転安全運転安全運転安全運転!」

と念仏のようにつぶやいていたwww。

群馬県には、《上毛三山》といわれる赤城山・榛名山・妙義山や浅間山や谷川岳も見える。特徴的な山々のまさに宝庫である。


●群馬をめざせ!●.jpg

●群馬をめざせ!●



主要な市町村をを取り囲むように高い山々が連っている。空気の澄んでいるこの時期はその山々が車窓に大パノラマを映し出すのだ(はーっと白い息)。

そうそう、研究所の怪しき名車(?)にして、2代目・カナメイシ君は、冬場はもちろんスタッドレスタイヤを装着している。いや〜着けると使いたくなるねぇ(笑)。

今回は、いよいよそのタイヤが活躍することになるだろう(確信)。なぜならば、ふふふ、佐藤は、榛名神社・赤城神社の参拝を予定だからだ。

いよいよ車は、関越自動車道で、上里PAを過ぎ、神流川を渡り(来た来た)、そして群馬県に入った。

すると、フロントガラスの左前方には雪化粧を施した、浅間山が見えてくる。また、右前方には、赤城山。正面には榛名山。その左横には、妙義山がそびえ立っている。

隣りに座る「ひゃ〜参謀」は、

「凄いぜ凄いぜ凄いぜ凄いぜ〜」

と言いつつ、その景色をカメラに収めている。

今回は、榛名山から。しかし、群馬県の山々には、群馬県版のアルクマがいるやも知れん。

ナビ様は、渋川伊香保インターチェンジで降りるようにとの指示。それに従い、先を急ぐ。途中、伊香保温泉街を通るルートである。いや〜、あるある(笑)、徳冨蘆花記念文学館竹久夢二伊香保記念館も健在である。

伊香保温泉も、冬はドカ雪があるやも知れない場所なんだが、今回は道路に雪はなかった。「ここから榛名へ向かうぞ!」という道路標識の下には、《榛名湖へ向かう方はチェーン必要よん!》と書かれた看板があり。

佐藤は、いよいよ雪!雪!雪!雪!雪!  (となりでは危ない!危ない!危ない!危ない!) 

でもチェーンが必要だったら、引き返しちゃうもんね、とつぶやきつつ進んで行った。

ところがだ。道路は除雪が行き届き、雪は榛名湖周辺まで大してなかった。伊香保温泉から榛名湖へ向かう道路上にある、「《メロディーライン》(静かな湖畔)」を聞くことができたくらいだ。

雪があったら、スピードなんか出ない。このシステム、50キロくらいで、そちら(例えば榛名湖畔)へ向かう側の車線を走ると「ご当地の音楽」が鳴るというもの。つまり、双方向の道路では鳴らないのだ。群馬県はバリバリに力を入れていて、高崎市の《静かな湖畔》の他にも、以下のものがあるそうだ。

《いつも何度でも》(中之条町)
《星に願いを》(高山村)
《四季の歌》(みなかみ町)
《うさぎとかめ》(桐生市〜みどり市)
《チューリップ》(前橋市)
《こいのぼり》(神流町)
《雪山讃歌》(嬬恋村)
《正調草津節》(草津町)
《うれしいひなまつり》(上野村)



戻るとき、高崎市にある「君が代橋」を通ったので、《君が代》が鳴ることを期待したが鳴らなかったwww。

余談だが、たまに車で「モ〇ラの歌」(笑)をかけることがある。すると「ひゃ〜参謀」が、

「いや〜、大将(佐藤ですよwww)が、ザ・ピーナッツのように双子で、くねくね踊りながらあの歌ったら、あのモス〇もゴジ〇と戦わないで、「つかまれ!」みたいな感じでゴジ〇を連れて飛んで逃げていくだろうな。それはそれで、まぁ大解決なんだけど(笑)」

「・・・・」

榛名湖から左折して、いよいよ榛名山榛名神社の神域へ入る。以前、群馬県に来始めのころ、沼田市の榛名神社へ間違えて行き、「おかしいな、遠くに榛名の山々が見えてる」なんて言ってたものである(笑)。

さて、我々は、例によって、榛名神社の入口にある、某資料館の下方の駐車スペースに車を置いた。さすがに外は寒いぜ。マフラーを首に巻き付け、いざ出発。

榛名山榛名神社(式内社にして、上野国六の宮)の参道は、山肌をうにうにと登っていくのであるが、こちらにも大した雪はなく、シャカシャカと歩くことができた。

途中、木々の間を胸にオレンジ色の羽毛が輝くヤマガラが、数羽の群れを成しピーピーとさえずりながら道案内をしてくれたが、いかんせん寒い。参道にあるシャクナゲの葉っぱも縮こまっていた。

さらに、先へ進むと、手水舎から見えるはずの《瓶子の滝》(みすずのたき)は、寒さゆえ氷柱となっていた(笑)。

ぶるぶるしながら階段を登り、境内へ入る。もちろん、雪は上に登るにつれて増えてくる。この日、2月15日は、御神楽(みかぐら)始祭であり、太々(だいだい)御神楽を奏上するという日であったのだ。

こちらのご祭神は、火産霊神(ホムスビノカミ)・埴山毘賣神(ハニヤマヒメノカミ)であるが、まぁ《特定のお名前》を持つ神々様と考えるよりも、修験道の方々に呼ばれた(?)山々の神々様と考えた方がいいのかも知れない。

祭祀者が変われば、当然その名前も変わったりもする。とにかく、開運の神、五穀豊穣土の神なのである。現在はさらに金運の神でもあるwww。

さて、拝殿前の神楽殿には幕が張られていた。準備が刻々と進んでいるようだ。我々は「今年も1年無事に過ごせますようにぃぃぃ」と拝殿で新年のご挨拶をした。


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●榛名神社参道入り口●


●榛名神社の本殿と巨石●.jpg

●榛名神社の本殿と巨石●



その後、しばし境内に留まり、ご神気を頂き、社務所にておみくじを引いた。いや〜しかしなんだね、おみくじ番号は《第1番》であったから、「ほうほう、これは幸先が良いぞ!」なんて思い込み、おみくじを開くと、なんとそこには「」という文字が躍っていたのだ。


「〇△××! おいおい、「大」はどこ行った? 「大」がないじゃないか!(笑)」

とは佐藤。

「ちょっと、ちょっと、ちょっと! S'il vous plait! 第1番なのに大吉じゃないですよぉぉぉ」

身悶えする佐藤に「ひゃ〜参謀」は、すでに大吉を手に入れていた。

「ひゃ〜参謀」は、落ち込む佐藤を気の毒に思ってか、《酉》が付いた根付を分けてくれた。持つべきものは参謀である。ハハハ。

さて、次は大沼の赤城神社である。途中初見の道の駅・こもちに立ち寄る。ここは、室町時代中期に、関東管領上杉氏の配下であった長尾氏が築いた白井城の城下町として栄えた白井宿の一角に位置している。

こちらの食創庵という食事処で、我々はこちらで上州豚のカツ丼を頂いた。いやはや、これがなんと、カツの肉厚がよく、しかも柔らかく旨みがあるのだ。しかも、このボリュームでお値段は810円でしよ。素晴らしい! 大満足でした。

さて、再び我々は赤城神社へと向かう。佐藤は、上毛パノラマロードを爆走し、やがて赤城山の斜面に入った。

標高が増すにつれ、雪の量は増えて行き、標高1,300mを越えの大沼周辺は除雪された雪道路の左右に壁を作っていた。

大沼は完璧に氷結していた。湖上には色とりどりのテントが立てられ、名物ワカサギ釣りが行われているところであった。

●榛名湖と榛名山●.jpg

●榛名湖と榛名山●


●道の駅・こもちの食創庵●.jpg

●道の駅・こもちの食創庵●



佐藤は、雪道を慎重に進み、赤城神社の駐車場に無事に車を置いた。神社は当然雪の中。ふう、寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒いと連発しながら、拝殿を目指した。沼にかかる赤い橋をなんとか渡ったものの、それ以上先は、雪雪雪雪雪雪雪雪雪。どうも歩ける道がない。


こりゃ車で拝殿近くの裏の駐車場近くに車を置かないと境内に入れないかも知れない。まぁ氷上でいけるらしいが、そう言われてもねぇ・・・・。

なんとか境内に入ると、

「ん?」

そこにはピンク色の、何やら、あまり動けない《物体》がいた。

「さては、レアなポケモンか?」

「実写版のポケモンの存在って、どーよ」


どうやら、何かの撮影をしているかのように見える。我々が近づくと、そのゆらゆらうごめく物体を支えていた方が、「お客さんよ」と道を開けるように指示。佐藤が近寄り、

「あの〜、こちらは(どなたですか)?」

と尋ねると、前橋のゆるキャラ《ころとん》だとのこと。

そうですか、そうですか。とにかく、まずは参拝なわけですよ。しばし我々は神々様と交信。再びここに来れたことの感謝を伝え、今回の道中安全を祈念。そして、深々と一礼し、振り向くと、なんと、先ほどの《ころとん》も一緒に頭を下げているではないかwww。



●赤城神社拝殿前●.jpg

●赤城神社拝殿前●


●地蔵岳と大沼は雪ですごいことに!●.jpg

●地蔵岳と大沼は雪ですごいことに!●



そして、振り向いた我々を近くの女性スタッフが呼び止めた。

彼女らは、前橋市の宣伝のために赤城神社へ来ており、参拝の模様を撮らせて頂いたが、その様子を前橋放送でオンエアしてよいかと言う問い合わせであった。もちろん。問題は有りません(笑)。

ということで、私も《ころとん》と記念撮影をさせて頂くことにした。ひゃひゃひゃ。まぁ、そのお体はふかふかしていて、かわいいったらありゃしないぜ。

しばし、ゆるキャラに癒されたのち、社務所にておみくじタイム!

・・・・結果は《第2番》である。

そりゃ、《第2番》で有ればさ、そりゃ期待が高まるというもの。しかし先ほどのこともあるからなぁ。でもねぇ、・・・・第2番だし。

パラリ、「」 。ああ、ああ、もうダメ〜(笑)。隣りのお方は・・・、再び大吉! ああ、そうですかい!! と言いつつも、佐藤は玄関に置く、酉の土鈴を購入した。


●赤城神社で「ころとん」に出会う●.jpg

●赤城神社で「ころとん」に出会う●


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●赤城神社で撮影中●



次は、安中市にある咲前(さきさき)神社を目指す。

赤城神社の周りの雪は、さきほどの榛名山の周辺とは桁(けた)違い。途中凍結しているところもあるし、すべってぶつかったらしい、車同士で止まっていた。佐藤はそれらの横をギアをダウンさせ、ゆるゆると下って行った。

前橋市では、まず中央にそびゆる群馬県庁に手を振りご挨拶www。さらに高崎市を通り過ぎ、安中市へ入ると、今度は長野県との県境辺りにある山並みが迫って来た。

右横には、まるでタンカーが座礁しているかのような、船の形をした荒船山が見えるのだ。


●遠くに見ゆるは荒船山●.jpg

●遠くに見ゆるは荒船山●


●上野国一の宮という格式にある神社●.jpg

●上野国一の宮という格式にある神社●



いや〜、この山並みは本当に幻想的な風景である。この大パノラマは、到底写真では表せない。しばし、景色を堪能しつつ、我々、無事咲前神社の駐車場に車を置いた。この神社もお馴染みの神社である。しかし・・・。

「ん?」



拝殿前の賽銭箱の上にある《お粥筒神事》の紙を押さえていたのは、なんと・・・貫前神社の黄金の「無事かえる」、金色に輝く蛙の置物であった。文鎮の代わり?

その蛙君にあいさつして、拝殿で手を合わす。そして、いよいよおみくじタイム。すると、今度は第11番。そうこなくっちゃねぇと思いつつ、おみくじを開くと結果はやはり、。が〜ん。いや、決して神々様は悪くはありませんよ(笑)。

●咲前神社にお参り●.jpg

●咲前神社にお参り●



しかもですよ、相方はまたまたまた、大吉ですよ、ええ大吉。ここまでくるとさすがの私も気分がいかん。ということで、久しぶりに出ました引き直し! 結果は大吉・・・。

お後がよろしいようで(笑)。ささ、次はその貫前神社へ参りましょうか。

貫前神社は、改装工事も終了し、本殿がきらびやかに輝いている。本殿の上窓に書かれている雷神様もご機嫌そう。

こちらでは、今日の無事を感謝し、今後の繁栄をお願いした。いやもう、今日はおみくじ結果には期待はしない、いやできない。そんで結果は末吉。徐々に良くなるらしいが・・・。

いやはや、今回はことごとく打ちのめされました(大げさ)。しかし、社(やしろ)に参拝した以上は、神々様」からパワーを頂いたことには間違いない。

ええ、ええ、これからも張り切りますよ、群馬県の神々様。引き続きよろしくねぇ!!

高崎市の常宿で荷をほどき、JR高崎駅にて、《ころとん》をゲットしました。研修会場で人気者となっておりますよ、ハイ! ちなみに翌日のおみくじは、第3番で大吉でしたwww。



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●JR高崎駅前も寒い●


(京都の叡山電鉄の鞍馬駅前にある《てんぐさん》像の鼻が大雪の重みで折れた。いや〜、てんぐさんで鼻が折られた日にゃ・・・、人間なんか何が折られるかわかりませんわ!To Be Continued!!)
posted by さとうはあまい at 16:32| 島根 | Comment(0) | TrackBack(0) | 見聞録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする