2019年02月15日

奮闘記・第1075回 見聞録/和歌山県

●2019年● 和歌山県御坊市


(株)ネクストビジョン 社内研修
【職員向け研修・編】
〜日本中、何処だって熱く繋がれるのだ!〜



皆さまお久しぶりです!

2月に入ったと思ったら、バレンタインデーとやらも過ぎました。確かブログって日記のような物だった気がするんですけど(笑)・・・。まぁ豚コレラにも気をつけながら、日々記録を付けるように頑張らんといけませんねぇ。

さて、今回も遅くなりましたが、今年の1月中旬に訪れた和歌山県で行ったある事業所での研修会の報告ですよ。


この「熱い依頼」は、実は以前に紹介した、長崎県五島市で電気自動車の充電中のときであった。充電しているとスマホから着信音が! そこには懐かしい方の名前が表示されていた。

電話を頂いた彼とは、もうかれこれ15年くらい会っていなかった。それはそれは佐藤が独立した直後なのだ。う〜ん、若いかったなぁぁ懐かし過ぎるぞwww。

挨拶もそこそこで話を伺うと、その頃とは別の会社で新たな事業を立ち上げたとのこと。そちらでの職員研修を依頼であった。もちろん、断る理由はない。

その後、メールでやり取りを重ね、無事に研修当日を迎えた。研修は場所にもよるが移動にゆとりを持ちたい性分なので、今回も前日から和歌山入りしていた。ふふん。


●よいっしょ!南紀白浜空港に到着●.jpg

●よいっしょ!南紀白浜空港に到着●


●研修風景(管理者向け)●.jpg

●研修風景(管理者向け)●



今回は、存在感はあまりないがよろずなんでも来いの所員・「ひゃ〜参謀」(冬場は「さやえんどう参謀」になる)もいちおう同行している。

研修内容は、交流分析のツールを使って自己に気づき、行動変容を促すことが目的。今回のの修は管理者向けと職員向けに分けて開催したが、以下は夕方から行った職員向け研修の報告である。研修会場には、昼間は利用者で賑わう通所介護事業所のフロアで行われた。


●ここが能楽の「娘・道成寺」でも有名なお寺である●.jpg

●ここが能楽の「娘・道成寺」でも有名なお寺である●


●御坊市の須佐神社を見つけたぁw●.jpg

●御坊市の須佐神社を見つけたぁw●



■研修テーマ:介護職員としての心構え〜自己理解を深め、他者との関わりを見つめ直す〜
(1)自己理解・他者理解
(2)自己理解を深める「エゴグラム・ストロークを理解する」


はじめに「これなんだ?」さんに登場して頂き、皆さんに問うてみた。

「これは何でしょう?」


参加された方々はどんな研修なんだと内心ドキドキ。それが、開口一番、得体の知れないものを見せられ、「何か?」とたずねられたのだ。まさに眼が点であろう。それでも一生懸命に考えている(参加者の心をわしづかみ?)。

人は自分の視覚でとらえた物が、みんなと一緒の物だと思うと安心するのだ。むしろ、違っていたら恥ずかしいのかも知れない。だからそれが正体のわからない物(得体の知れない物)だと不安になるし、考えるのって面倒なのだ。

でも・・・である。

人は、自分と同じ人がいないのと同じように、物事の見方、とらえ方、考え方、表現の仕方、受け取り方は千差万別である。そこでお互いに、どう見て、どうとらえて、何を考え、どう表現するのか。はたまたどのように受け取るのか。コミュニケーションが計られていくと言うわけだ。

さらに、対人援助をする人々は自分自身でも気づいていない「ものの見方、考え方、とらえ方、行動の仕方」によって拘束を受ける。それだけではなく、他者(自分)に様々な影響を与えていく、いや与えてしまうということを認識している必要がある。

さてさて、ここらで「これなんだ?さんの正体とその物語を伝えた」そうそう、「星の王子さま」が登場し、場が和んだところで本題に入る(いや〜まさかバルタン星人がねぇw・・・終了)。


■自分とはどのような人間か?
ここでは、皆さん1人ひとりが、自分と向き合い、「自分はどのような人間なのか?」を考えて書いて頂く。時間は5分。30秒に1つ書ければ、5分で10個の私を書き出すことができるわけだ。ハハハ。

佐藤は、そう言って「豚コレさんのタイマー」のスイッチを入れた。そして書いている皆さんの周りをうにうにと歩いて書いている文字をあるときはチラリと、あるときはジックリと眺めます。ハイ。

すると、始まってすぐにサラサラと書き進め、すぐに5個くらいかける方と、2個くらい書いたと思うと、「ふううう」とため息混じりになかなか進まない方もいる。

実はもうこの時点で物事の見方(ポジティブ、ネガティブ)が現れているのだが・・・。誰だって嫌なところばかり書きたくないからねぇ。やがて、豚コレさんタイマーが、会場にピッピッピッと鳴り響き、5分経過が告げられる。

そして、佐藤から皆さんに次の指示を出した。今、自分で書いた自分を眺めて頂き、自分の良いところや好きなところには○印。嫌いなところ、ダメなところには✕印を付けて頂いた。

皆さんは素直に佐藤の指示を聴いてくれる。ややややややややや、✕印を付ける人が多いな(笑)。その上で、○印と✕印どちらが多いかを聴いてみた。


「◯印の方が多い方」
「は〜い」

「✕印の方が多かった方」
「は〜い」



あれあれあれあれ多くの方が×印の方に手を上げてしまったではないか残念!いやいや、そうですかそうですか。自分に厳しい方が多いんだなぁ。問題は、そーいう人は他人にも厳しい方が多いことなのだ。

つまり、「今日の参加者」は物事を見るときに、《厳しい判定》をする傾向にあるということなのだ。


●夕方から全体で職員研修●.jpg

●夕方から全体で職員研修●


●研修風景(その1)●.jpg

●研修風景(その1)●



では、なぜ、そのようなことが起きるのだろうか? それは、その方を育んて来てくれた方の言霊による(愛の言霊?)。自分を育ててくれた方が、常にそのような言葉を使って「関わってくれた」ということである。

例えば、「まーったく、あんたは気が短いんだから!」とか、「もう!わがままで困った子だね!」などなど。

すると、→自分は短期 (✕印)
    →私はわがまま(✕印)

となるわけだ。でも・・・である。これとらえ方を変えると○印になるのだ。例えば、「自分はすぐに行動できる」「私は自分に正直に生きる」などだ。

つまり、関わり方や物事の見方、考え方、表現の仕方は、皆さんを育んで来た環境に原因があると言うわけ。では、そろそろ、そのルーツを探る旅に出発しょう。ここからはおなじみ、《ヒューマンスキル開発センター》が開発した、エゴグラムとストローク表を作成していく。

(カッパの女王はおカッパ!)


●研修風景(その2)●.jpg

●研修風景(その2)●


●研修風景(その3)●.jpg

●研修風景(その3)●



■チャレンジ・エゴグラム
これは(株)ヒューマンスキル開発センターによる心理テストである。自分のパーソナリティが測れるものである。

佐藤はそれを使用して、問題を読み、皆さんに答えを書いて頂き、それをグラフにして頂いて解説した。

先ほど、皆さんが書いた自分。その自分を表現した言葉は、実は皆さんを育んでくれた親、あるいは両親に変わる誰かから言われた言葉を、自分の物として取り込み、それを価値観や人柄としてとらえているものである。

批判的ペアレンツ(お父さん的役割)・保護的ペアレンツ(お母さん的役割)・アダルト(大人)・自由な子ども・順応な子ども・反発の子どもなどなど。

皆さんが該当箇所に点を入れ、折れ線グラフを作成。ここまで作成したら次の作業に移る。


●研修風景(その4)●.jpg

●研修風景(その4)●


■チャレンジ・ストローク
これも(株)ヒューマンスキル開発センターが開発した心理テストである。自分の他者(自分)との関わる傾向を測ることができる。

こちらも佐藤が問題を読み、皆さんに答えを書いて頂いてグラフ化した。「ストローク」とは自分の存在価値、他者の存在価値を認めて関わること。そして、その反対側には、ディスカウント(否定的に関わる)があるということを説明した。


■解説
最後は資料を使って解説した。すると、皆さんはお互いの図表を見つめて、「うんうん、あたっているねぇww」「そうか。そういう風にみえないけどwww」

ワイワイ、ガヤガヤ、お互いに感想を伝え合ったところで研修も終了した。最後に定番であるが「これなんだ?」さんが再登場する。

佐藤は再び皆さんに尋ねる。皆さん「これなんでしょう?」と。

すると、皆さんは「えっ?・・・・○○でしょう?」とさっき眼にしたことを口々に漏らす。ほらほら、みんなと同じだと安心してしまう。いかんね、いかんよ(笑)。

そこで佐藤は皆さんに「あなたはだあれ?と聞いてくださいな」と言った。すると、皆さんいっせいに「あなたは誰ですか?」と聞いてくれた(そこは素直)。

佐藤はおもむろに《その方》を紹介した。すると、会場は笑いの渦となった。


そうそう、我々は外見を見ただけで、「○○だ!」と決めてしまう。しかし、私たちが日々気持ちが変わるように、利用者さんも日々変わっていく。どうか明日からは、利用者さんに興味を持ち、挨拶をするときにも一言添えてくだされ。

「おはようございます。今日の○○さんはお元気ですか?」

なんてね。そうすると、そこから意外な関わりが始まるかも知れませんぞ。

さてさて、研修会はこれで終了。

その夜は皆さんと美味しいお酒を頂きました。御坊市も穏やかで良いところでした。研修前には、島根から勧請したという由来を持つ須佐神社や、「安珍清姫」の悲恋物語で有名な道成寺(どうじょうじ)も参拝しました。

帰りには、熊野那智大社那智の大瀧を参拝して、帰路に着きました。和歌山もまだまだ見どころがあります。皆さまもぜひ行ってみてください。

遅くなりましたが、五味さんや研修に参加し、協力して頂いた(株)ネクストビジョンの皆さま有り難うございました。くれぐれもご自愛しつつ、ご活躍ください!



●これぞ、名瀑・那智の大瀧!●.jpg

●これぞ、名瀑・那智の大瀧!●



(韓国の一連の暴挙についての抗議など、外相の重要な公務を考えない野党はどこの国の政党か?って意見もあるが、辻元氏を退けられない立憲民主党あたりに何を望むのかは知らんが枝野氏自体がもう退場してよって感じだから、政党ごと韓国に亡命・・・ああ石破氏もご一緒に!To Be Continued!!)

posted by さとうはあまい at 14:51| 島根 | Comment(0) | 研修会のツボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月02日

奮闘記・第1074回 見聞録/長崎県

●2019年● 長崎県五島市


日本の最西端、「みみらくのしま」・福江島をゆく!

〜 島中を電気自動車で、ゆらゆら南へ西へ(その2)〜



皆さま、新年あけましておめでとうごさいます!

昨年も新たな人々との交流もあり、充実した1年となりました。
今年も、昨年同様、対人援助スキルアップ研究所をよろしくお願いします。
昨年の漢字は“災”でした。今年は何としても“福”の年にしたいものですね。

今回のブログは、昨年(2018)の続き、長崎県五島列島、福江島での見聞録です。まぁ、2019年としながらも、昨年の話ですが笑納くださいませ。


この島は、長崎県五島列島の中では1番西南に位置し1番大きい島である。佐藤と研究所の「ひゃ〜参謀」と、“島の宿ごとう屋”での朝食後、電気自動車にて福江島を見聞して周るところから。


ちなみに、福江島や五島市の観光マップは長崎の本土でもなかなか手に入らない。時間があれば、福江港のターミナルに行くと充実していましたよ。


●ごとう屋の朝ごはん。丁度いいわ●.jpg

●ごとう屋の朝ごはん。丁度いいわ●



【鬼岳】
はじめに鬼岳をめざす。“鬼岳”は島の宿ごとう屋から6.5q・約17分にある。地元の人は「おんだけ」と呼ぶ。国土地理院での登録名は「おにだけ」である。まぁ日本語は標記が問題(最近それも怪しい)の国なので、読みなどはどうでもいいのだ(ホント)。

ここは、福江空港や福江港からもほど近い、標高315mの山である。全面が芝生に覆われ、その名とは裏腹に美しい流線形を描いている、堂々とした火山である。いまだに活動の兆候は微量だがあるらしい。島の方々定期的に野焼きをしているらしく、時期を誤ると火口を歩くと煤で真っ黒になるという噂。

我々が、鬼岳に着くと、そこには一足早く観光バスが到着していた。バスの中からは元気なバスガイドさんに続いて、元気とは必ずしも言えない、我々の「大先輩」が、「それなりに」ワイワイ、ガヤガヤと降りて来てガイドさんに続く。デイや特養の遠足かとも思える。

元気に歩く方、足腰をさすりさすり杖を突きつつ歩く方、それぞれがマイペースにバスガイドさんに続いて行く。

我々も息をひそめ(何で?)、一呼吸おいて後に続く、鬼岳には、展望台あたりまでは、なだらかな階段が備え付けられ、ルートに沿って登れる。その上には展望台があり、その隣りには鬼岳神社があった。我々はこちらの神々様にもごあいさつ。


●鬼岳神社にまず参拝●.jpg

●鬼岳神社にまず参拝●




そして、いよいよ鬼岳登山である(笑)。これが結構大変。なんせ、火山岩ですからねえ。あちこちごつごつしている溶岩がそこかしこにある。さらに芝生に映えている丈の長い草が足に絡みつくのよ。

“よいしょ、よいしょ”とかけ声をかけながら、遭難(笑)しないように互いに励まし合いながら登る。ここは火口の淵にあたる場所なのか、右手には、火口のような場所とカルデラのような盛り上がりがみえる。

とにかく、風が強く歩くのが大変。佐藤はぐるりと1周したい気持ちを諦め、下山(笑)した。


●鬼岳に登山中●.jpg

●鬼岳に登山中●


●「わが大将は山だけは空海上人のごとく黙々と登るのだ!」(ひゃ〜参謀)●.jpg

●「わが大将は山だけは空海上人のごとく黙々と登るのだ!」(ひゃ〜参謀)●


●鬼岳山頂から見る福江港。映画「二百三高地」的心境である●.jpg

●鬼岳山頂から見る福江港。映画「二百三高地」的心境である●



【五社神社】
次ぎにめざすは、五社神社である。鬼岳から北に5q 約13分である。佐藤は、ナビに導かれるまま、今回の愛車・三菱車電気自動車のiMiEV(アイ・ミーブ)君を走らせる。しかし、音は静かで快適なんだが、エネルギー(電気)が微妙な距離で切れる。というか切れそうになる。ちょっとばかり、ウルトラマンの気持ちがわかったような気がするww。

神社の案内板には、下記のように記載されていた。

市指定有形文化財「五社神社の筥崎鳥居」この鳥居は、八幡鳥居と呼ばれる形式である。慶長19年(1614)それまでの居城であった江川城を焼失した藩主五頭盛利は、石田陣屋の構築、福江城下町の造成などを企画し、五島における中央集権体制を目指した。

盛利は、五社神社に参詣して工事の無事成就を祈願した。“千早ぶる 神の御前の石鳥居 くちはさせまじ 八百万代も”という歌とともにこの鳥居を奉納した。

この時期は「大浜主水事件」と言われるお家騒動が持ち上がった時でもあり、これらの難題を一気に乗り越えようとした盛利の内面が伺い知れる史料でもあるそうな。福岡の筥崎宮の鳥居(一の鳥居)に似ていることからこの名があると言う。


五社神社は、持統天皇の御世(695年)に天照大神(あまてらすおおみかみ)・武甕槌神(たけみかづちのかみ)・経津主神(ふつぬしのかみ)の三柱を奉斎し、称徳天皇の御世(769年)に天児屋根神(あめのこやねのかみ)・姫神(ひめのかみ)を大和の春日大社から勧請して、合わせて「五柱の神」を祀ったらしい(単純明快)。他にも旧知の神様がたくさんいらっしゃった。


●五社神社の筥崎鳥居、本家も見たばっかり(笑)●.jpg

●五社神社の筥崎鳥居、本家も見たばっかり(笑)●



我々が付いた時は、神職さん達が境内を掃き清めているところであった。佐藤は、筥崎鳥居下で一礼をして中に入り、左にあった手水舎にて手を清めた。

すると、境内の側にある木々の間をメジロが黄緑色の体をくぐらせて飛んでいくのが見えた。ひゃ〜参謀にはカラス天狗が見えたとか(笑)。我々は参道をゆるゆると歩き、神門をくぐり境内に入る。

すると、そこにはご神気があふれ、凛とした空気が漂っていた。さすが、原・高天原(げん・たかあまがはら:実存のモデル)の候補地の1つとされるところでもある。

なんせ旧石器時代より、古墳に至るまでの貝塚・住居跡・甕棺埋葬群・祭祀遺跡が有ると言うのだ。なのに古墳がほとんどない。恐らく、何かの理由で集団で移動したとも考えられている。古墳は一族の移動と共に移動する。

応神天皇陵は元々福岡にあったと言われ、それが大阪まで移動して来たと言われる。だから、古墳や遺跡だけではなく、周りに同時代の遺構がどれくらいあるかが問題である。誰もいない所や、時期が合わない遺跡や古墳があったら怪しいでしょう?

宮崎でも福岡でも、中国はしばしば政権が変わり、その度に前政権とおなかよしだった国家は、安全な地へ移動する。いま穏やかな地方都市であっても、太古の昔からそうであったとは限らない。2500年前の江戸(東京)だってそう。何もない春を幾度迎えたかわからんし、いつから江戸と呼ばれたかすらわからないのだ。

右手には、焚き火ができる場所があり、そこで、女性が落ち葉焚きをしていた。「おはようございます」とあいさつを交し、拝殿前に立つ。参拝手順に沿って静かに手を合わせた。


神様、はじめてここに参拝します。佐藤と申します。

この島には昨日からあちこち見聞させて頂きました。

海岸線や、自然豊かで、景勝地にゴミひとつありません。

素敵な島ですね、来させてくださり有り難うございました。

また、参拝できますようにお導きください。

(ホホホ、長いなぁ〜。)


おみくじは、なんと“大吉”である。もちろん、絵馬を奉納したのは言うまでもない(笑)。そうそう、ちなみに佐藤の奉納する絵馬には、常にイラストが着いています。これは、「ひゃ〜参謀」からのメッセージなのだ(なんの?)。


●「大吉」なので絵馬●JPG.jpg

●「大吉」なので絵馬●



【大瀬崎灯台】
次は、大瀬崎灯台である。大瀬崎灯台は福江島の最西端に位置する灯台だ。五社神社からは西へ38q 約1時間の距離にある。

福江島を東西に横断する国道をゆるゆる行く。ナビ様に導かれ、行くと向こうに駐車場がみえてきた。そこには観光バスが駐まっていた。ナビはまだ先を案内している。ナビに示されるままに行くと、そこには空き地があった。

車から降りて周囲を見渡すと案内板が立っている。それを見ると、灯台まではここから徒歩で行くしかないようだ。しかもその距離が結構ありそうだ。そこで、灯台まで行くのを断念し、先ほどの駐車場に引き返した。

そして、遊歩道を歩いて行くと、眼下には断崖絶壁が広がった。ひゃ〜。遥か下方に真白い灯台を認めることができる。映画(「悪人」)で舞台になったらしい。


●遥か遠くに大瀬崎灯台が見える●.jpg

●遥か遠くに大瀬崎灯台が見える●



「あそこまで行けるのかな?」

「ホホホ。行けるらしいわよ。ほら、あそこに道があるでしょう?」

「あんなの道じゃない! おれは絶対行かないぞ。なんなら、大将ちょっと行ってきてくだされ。そんであそこ(灯台)から手を振ってくださいな」

「冗談じゃないわよ! あそこまで行ったら簡単に帰って来れないでしょう。往復4時間くらいかも!」



ということで断念。遙か彼方にある灯台を写真に納めて納得した。遠さは段違いだが、島根の隠岐の島町のローソク島に似ている。

ローソク島は船でしか行けないのだが、雨で行けなかった。いつかあそこは行きたいな。隠岐の村上さ〜ん、お元気ですか? 佐藤はまぁ元気です!

さて、今回我々が乗っている車は、電気自動車であるからにして、朝から福江島を右往左往して、合計80q程度走っている。そろそろ、充電が必要かな?

ということで、先ほど来る時に見つけて有った。玉之浦カントリーパーク前の充電所まで移動。この島には何か所か、島のどこからを起点にしても、短時間で行ける場所に充電所がバランスよく配置されている。この減り方だと充電所がまだまだ点在の本土ではなかなか心もとない。

とりあえず充電することにした。ただ、充電には30〜40分かかる。お腹も空いて来たから食堂でもあれば良いのだが・・・。ないのさ、これが。島にはまとまって施設があり、ここはない地域らしい。そんなこと言われてもな。

近くには、井持浦教会がある。かなり有名であるぞ。堂崎教会のようにもしかしたら、(近くに店があって)軽いお菓子でも手に入るかも!と言う甘い考えを思い浮かべつつ、教会に立ち寄った。


【井持浦教会(ルルド出現の聖母)】
もちろん、ここは教会であり、教会内にはむやみに入れる場所ではない。

「長崎の教会 五島」(http://www1.odn.ne.jp/tomas/gotou.htmによれば、明治28年(1895)全五島の司牧宣教を委ねられたフランス人宣教師・アルベルド・ペルー師の指導によって建立された聖堂で、島内における木造からレンガ造りへの移行のハシリとなった。

設立当初は両外側にアーケードを持つ、初のロマネスク風聖堂として名を馳せたが、大正13年(1924)室内拡張のためアーケードを堂内に取り組んだ。


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●井持浦教会の清楚な佇まい●



教会境内にあるルルドは、フランスのルルド(フランスで初めて聖母マリアが出現したといわれている地)を模倣して五島全域の信徒が島内の奇岩・珍岩を持ち寄り、明治32年(1899)に建設された。

聖母像は、本場ルルドの聖母像を求めて洞窟に収め、さらに本場の奇跡の泉から霊水を取り寄せ洞窟横の泉水に注ぎ入れた。日本最初のルルドで日本全国からの巡礼者は後を絶たないとある。そう、そのルルドを見学することはできる。


●「マリア様」にご挨拶●.jpg

●「マリア様」にご挨拶●



まぁ良し悪しというのでは全然ないが「聖なる場所のコピー」をいくら作っても、聖なる存在が降りて来てくれるかどうかは、また別問題のような気がしないでもない。

そう思いながら、教会の裏手に向かい、整備された場所に佇んだ。正面には泉があり、その泉を囲む洞窟には、マリア像が置かれている。「マリア様」は両手を合わせ、天を望んでいた。

こういうのをみると、キリスト教も仏教も、もちろん神道も、他の宗教も、神様に祈るという点では同じ、神聖な行為なのだなと思う。しかし、これを「人間を拝む」行為(たとえ聖人でも)に変えてしまうと急に胡散臭くなるね。

玉ノ浦は福江島の西の瑞に位置し、教会は波静かな入江の懐に抱かれるように小高い丘の上に建ち、出船・入船を見守っている。今でこそ、島内の道路網が完備し、不便を感じることもない・・・と言いつつ、いま大不便を感じているわけだが(笑)。

しかし、キリスト教迫害の嵐を逃れた時代、ここに住み着いた信徒はそれはそれは大変なことであり、相当なご苦労であったことであろう。キリシタンの迫害は、まさに「そこまでやるのか」というものだったからなぁ。我々は、「マリア様」に別れを告げ、車に戻った。まだフル充電とはなっていないが、その場を切り上げて次へ向かった。充電中も商売、商売(笑)。

なんせ、この日は夕方から仕事がある(第1073回にて報告済み)。充電後、再び福江島の中央へ戻った。


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●充電しながらも商談中である!●



【おっどん亭】
我々は、五島名物「五島うどん」を求めて、旅の宿ごとう屋のすぐ側にある「おっどん亭」に入った。

要するに、この界隈しか、飲み食い買う場所がまとまって存在しないのだ(笑)。先ほどいた、井持浦教会からここまでの移動距離は30q 約40分である。

ここ五島手延うどん・おっどん亭は、株式会社中本製麺の製麺所のすぐ隣に併設している食堂である。入り口には、お土産屋さんもある。われわれは食券を購入して席に着いた。佐藤はトリ天定食を注文。

できあがったら、カウンターまで取りに行く。すると、カウンター横には、「天かす」が置かれており、自由にうどんの上に載せることができる。ハハハ。「東京的自力天粕多目麺上散布謝謝」である。佐藤も天かすをたっぷりと入れて席に戻った。まぁふつう全然期待してないですよね、こういうタイプのお店(笑)。

しかし、「名物にうまいものなし」とは何処の言葉なのか? きっと、○△××県かな?(笑) ここのおうどんは細麺だがその分お出汁がからみ美味しい。

「いやこれ、ふつうにうまい。あふあふ」(「ひゃ〜参謀」

トリの天ぷらも美味である。ふう、満腹! ご馳走様でした。


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●五島うどん、おっどん亭。これがまた・・・●



【福江(石田)城】
「石田と名がつくモノにロクなモノはない」とは、「ひゃ〜参謀」の言葉であるが、その後、腹ごなしに、幕末、というか江戸期に幕府が作らせた最後のお城である(1年で役割を終えたが)。石田城こと、福江城まで行ってきた。

我々は再び福江港にある駐車場に車を置き、徒歩で城跡へ行ってきた。現在は、五島観光歴史資料館は福江城の二の丸跡に城の様相で復元されている。城壁はホンモノである。中には城山神社もある。

ここは、島内で一番安いおみくじ(ハハハ)で有名らしいが、本日はビニールでぐるぐる巻きに封印されて、おみくじBOXは使用できなかった。次回があれば、復旧をお願いしたいな。

五島観光歴史資料館は、秀逸で有る。まぁ、五島列島や倭寇、遣唐使などに関する情報は大変豊富であり、かなりいい出来で館内のVTRを見まくった。皆さまもお時間があれば、ぜひぜひご覧頂きたい。


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●五島観光歴史資料館●


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●福江城の守護社・城山神社にて●


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●福江城跡のお濠●



福江城は、幕末1863年に福江藩の最後の藩主・五島盛徳が完成させたお城である。いまでこそ、五島市の中心街であるが、当時は、三方を海に囲まれた海城であったという。幕府は「本気で」ペリーがこちらに来たら、砲撃させる気でいた。江戸から離れているから他人ごとなのだろう。そういう政府(といえるのかは疑問だが)だから滅びるのだろう。

幕末期の東シナ海の海上防衛や異国船の来訪に備えるため、城内にはフジテレビ近くの台場(これも同じ用途)よろしく、台場(砲台)が設けられていた。観たかったなぁ、その大砲。いまはこちらは敷地内に学校もできている。余談だが、関門海峡の下関側の川べりに硬貨を入れると「時間差で気の抜けた音が出る」大砲が思い出されるなぁ(笑)。

これにて、福江島の見聞は終了。佐藤は、その後、無事に仕事を終えた。次の日の朝、佐藤はホテルの送迎車で送って頂き、福江港から長崎に渡った。

おわりに、その福江港でのお話。

我々は例のしまとく通貨を2,000円位使えずに持っていた。お土産屋を散策して、朝食用のお弁当を買おうとすると、そこでもしまとく通貨が使えることがわかった。船は早い時間に出るのだが、お店はちゃんと早くからやっていたのだ。

そこで、佐藤はお土産に「五島 なんや餅」500円を2個購入した。このお餅、帰って家族と食べてみた。周りはしっとりとしたお餅で、中にはあんこがたっぷり。帰りがけにたまたま買ったお餅ではあったが、福江島の海を懐かしくなり、思い出して胸がキュンとなった瞬間であった。

福江島で関係して頂いた皆さま、有り難うございました。福江島は予想をはるかに凌ぐ、良いところでした。どうか皆さま本年もご自愛ください。


さて、今年も頑張ってブログを続けていきます。今年は、どんな出会いが待っている事やら楽しみです。ブログを見て頂いている皆さま、有り難うございます!ご自愛ください!

(「世界でもっとも美しい顔ベスト100」を批判し、某院長がのたまう。「美人かどうかは、コンピュータに任せるのが一番いいの。簡単だよ、コンピュータで顔認証して・・・」院長、全く正論ですが、それはそれでつまんないですよ!To Be Continued!!)
posted by さとうはあまい at 18:20| 島根 ☁| Comment(0) | 見聞録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月22日

奮闘記・第1073回 研修会のツボ/東京都

●2018年● 東京都町田市

町田市・町田市介護人材開発センター・共催
法令遵守研修 訪問介護におけるアセスメントのポイント

〜自助・共助・公助の観点から〜



皆さまお久しぶりですね! ずいぶん寒くなりました。今回のブログは先だって町田市で行った研修会のツボです。


この日、朝から、あちこちの神々様に今年1年の感謝を述べてまわり、最後に会場近くにある母智丘神社を参拝した。この母智丘神社(もちおじんじゃ)は、伊勢神宮の外宮の神様である豊受姫大神を主祭神とし、大歳神様と併せてお祀りしている神社で、創建は大正8年、五穀豊穣の神である。

会場の町田市健康福祉会館には、何回も来ているのだが、すぐ近くに神社があるとは知らなかった。

今回は「ひゃ〜参謀」が小耳にはさみ、


「親方! 近くに良い神社がありますよ」


と案内された。ほんとうに近くだった。

細い参道を通り抜け境内に入った。そして、参拝をしていると、今通ってきた参道から風が巻き起こり佐藤の後ろから体を撫でながら空へ吹き抜けていった。神社を参拝していると、たまにこのような現象に遭遇する。良いことがあるといいなぁ・・・。


●会場近くで見つけた母智丘神社に参拝●.jpg

●会場近くで見つけた神社に参拝●


●会場入り前に肉ダイニングで夕食を頂く●JPG.jpg

●会場入り前に肉ダイニングで夕食を頂く●


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●会場の町田市健康福祉会館●



夕食後会場入りし、時間が迫ったので、我々は近くのセブンイレブンで飲みものを購入して、会場へ向かった。駐車場前に開発センタ−の切れ者のセンター長・石原さんが待っていてくれた。

なんでもセブンイレブンに我々を認め、待っていてくれたとのこと(やはりただものではない)。このような心遣いは有り難いねぇ。


こうして、石原さんの案内で会場に入ると、そこには以前大変お世話になった上 静子さんが座っていたのだ! おお!!

佐藤は懐かしさから、上さんに駆け寄り握手をした。上さんは、介護福祉士の育成に力を注いでおられ、私が親しくして頂いていたのは、介護福祉士実務者講習会が盛んな頃であった。彼女はその他にも初任者研修など様々な講師を勤めていた。現在も介護保険関係の仕事をされているとのこと。素晴らしい! 私も頑張らないと。

さらに、なんと! 是枝祥子先生までも駆けつけてくれたのだ。彼女は現在はこの「一般社団法人町田市介護サービスネットワーク 町田市介護人材開発センター」の代表であり、知る人ぞ知る、東京都介護福祉士会の初代会長であり、大妻女子大学名誉教授なのだ。

佐藤が特別養護老人ホームで働いていたときに、小笠原祐次先生を囲んでの福祉寮母の会という研究会があった。その会に参加させて頂いたことがきっかけで、その後様々なご縁を通して、折に触れて佐藤を助けてくださった師匠のお1人であり、数年前、某・かいごの○〇のイベントで、佐藤のTAを見に来て頂いて以来かな? 佐藤は、是枝先生との再会を激しく喜んだ次第である。

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●なんと!是枝先生にお会いできました●



目的
介護保険法改正が行われ、サービス提供責任者の役割も多大になりました。「地域包括ケアシステム」の深化・推進が求められ、地域支援事業・介護予防・認知症施策の推進、地域共生社会の実現をめざし、訪問介護事業所、ケアマネジャー、高齢者支援センター等に加えて住民が参加、協働するネットワークの構築も求められています。そのためには各サービス事業所のアセスメント力が求められてきます。適正なサービスを提供していくために、訪問介護でのアセスメントは何を基本に聞き取っていけば良いのか学びを深めることを目的とします。

ふむ。今回の研修の主な対象者は、訪問介護事業所のサービス提供責任者である。町田市には、市が推奨している訪問介護のアセスメントシート及び訪問介護計画書がある。

今回はその帳票を使用して帳票の書き方を踏まえながら、訪問介護が行うアセスメントについて案内するのだ。

さて、研修は18:30から20:30まで。会場には仕事を終えたサービス提供責任者や介護支援専門員の方々が集まってきた。まずは区役所の担当の責任者から熱きご挨拶を頂き、その後、訪問介護事業所連絡会の会長さんよりご挨拶を頂く。どこでも同じなのだが、人材不足が話題となっていた。

●主催者からの熱きメッセージ●.jpg

●主催者からの熱きメッセージ●



研修で行ったこと
(1)居宅サービス事業所のサービスが果たす役割について
(2)町田市推奨のアセスメントシートの記入方法


今回は訪問介護アセスメントについての研修である。佐藤は研修には3種類の資料を作成した。

1.基本資料
2.介護支援専門員が作成する帳票
3.サービス提供責任者が作成する帳票

である。佐藤はこのような計画作成にかかる研修には、事例をひとつ作って説明するようにしている。もちろん、訪問介護計画とは、居宅サービス計画に沿って作成されるものなので、ケアマネが作成する帳票も作成しているのだ。

ただし、その帳票を一度に渡してしまうと、だいたいがその帳票を観ることに夢中になってしまい、私の話を聞いてもらえないことが多い。それでは寂しいので、資料は小出しにすることにした(笑)。


●会場の外は寒いけれど、会場では熱く語る佐藤●.jpg

●会場の外は寒いけれど、会場では熱く語る佐藤●



1.居宅サービス事業所のサービスが果たす役割について
まずは、基本資料とサービス提供責任者が作成する帳票である。はじめに基本資料を用いて、「居宅サービス事業所が果たす役割」を説明した。

居宅サービス事業所は利用者の「心身機能の維持向上」「活動の維持向上」「参加の促進」これらを果たすことで「介護者の負担の軽減」につながるとしている。

ちなみにこれ図表になっており、しかも平成27年の介護保険制度改正前に社会保障審議会で示された図なので、皆さんは十分に理解されているはずなのだが会場は静まり返っていたのがねぇ・・・。

そこで資料にもあるのだが、佐藤はホワイトボードを利用して、その内容を解説した。

「心身機能の維持向上」とは、利用者の健康状態に対する支援である。

訪問介護のサービスで言うところの、あいさつをして体調を伺う。服薬確認。栄養状態の把握(食事内容、水分量)排泄状況、排便の有無。体温測定や血圧測定を行い、数値を記録するなど。医療連携に関する支援である。

「活動の維持向上」とは、日常生活動作すなわちADLに対する支援である。

訪問介護の行為ごとの区分等(老計第10号)に示されている一連の行為に関する支援である。もちろん、掃除・洗濯・調理・買物などの家事活動もこの活動に入る。ただし、要介護1や2の方々はこの何気なくこなしている動作が思うようにできないのである。さすれば、その方々の家事活動はどこに入るかというと、「参加」に入るということになる。

「参加の促進」とは、他者との交流、生きがい、楽しみ、役割の提供などである。

訪問介護のサービスで、軽度者に対する家事活動の支援は役割の提供である。したがって、介護予防のときに流行った、本人ができることは本人にして頂き、できないところをヘルパーが行うなど、一見自立のようだが、いわゆる放置のような支援ではない。

役割の提供とは、ヘルパーと本人が相談しつつ、本人がしていることやできることを認め、ヘルパーがそのしていることやできることを本人に依頼する。そして、本人の側に付き添い、依頼した内容を本人にして頂けるように励まして、できたときには、協力動作に感謝を伝え、さらにうまくできたときには、その成果を共に喜び、労をねぎらうという支援なのである。

「家族介護者の負担の軽減」(環境への支援)
在宅へ訪問して行う訪問介護のサービスは、家族とのかかわりが重要なポイントになっている。家族の価値観、その方の価値観に沿った妻、夫、息子や嫁、娘など、介護者の今までしてきた介護に添うように支援すること。その結果、情報収集を行うときには、今までの在宅介護の流れを壊さないよう意識して支援に必要な情報を収集するのだ。

そう、ここで示された「心身機能」「活動」「参加」「環境」というのは、ICF(International Classification of Functioning, Disability and Health)、つまり、国際生活機能分類の中の言葉である。

この言葉を意識する必要があると言うことを伝え、いよいよ本日のメインであるアセスメントに付いてである。

●今日は座学が中心であった●.jpg

●今日は座学が中心であった●


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●会場に60人ほど参加して頂いた●


2.町田市推奨のアセスメントシートの記入方法
ここでは、基本資料に書く内容を示し、佐藤が事例として書き込んである帳票を用いて案内していった。

そもそもアセスメントとは何か。多くの方が、情報を収集することと捉えているようだが、アセスメントとは情報収集だけではない。

確かに現状把握は重要である。ただ、現状を把握しただけではアセスメントをしたとは言えない。アセスメントとは集めた情報を分析することなのである。

介護保険の利用者はアセスメントの段階が3回ある。

1回目は、認定調査である。ここでは、利用者の現状から要介護度を導き出している。
2回目は、介護支援専門員によるアセスメントである。介護支援専門員には、このアセスメント時に情報収集する内容を国が
定めている。それがいわゆる「課題分析標準項目」である。介護支援専門員は、ここから居宅サービス計画書を作成している。
3回目は、各サービス提供事業所によるアセスメントである。こちらには国が示した項目は無い。

ただし、通所介護には平成27年の法改正のときに「興味関心シート」と「通所介護計画の帳票」などが示されている。各サービス事業所はここから個別援助計画書を作成しているのだ。

ここ町田市では、訪問介護に対して、このアセスメントシートと、訪問介護計画書及び評価表の推奨版を出しているのである。市区町村では、監査に入りいろいろと指導はするが、なかなかそのような帳票を示すところは希有であると聞く。その分町田市のやる気が伝わって来るというもの。

佐藤は、アセスメントシートと解説を示しながら何処に何を記入すれば良いかを説明していった。


●研修風景●.jpg

●研修風景●



そして、いよいよ情報分析の段階である。アセスメントシートの裏面には、「情報」「情報の解釈(根拠)」「課題(必要な介護)」の欄が設けられいる。

「情報」には、健康状態・日常生活の状況・楽しみ・生活環境・生活習慣の項目がある。これって、まさしく「(国際)生活機能分類」ではないか。素晴らしい!!

でもここには、各項目は記載されているが、その他は白い空欄が広がっているのよねぇ・・・。佐藤の経験上、介護職も介護支援専門員までもが、白い空欄が広がっている所には、何を書いて良いのかわからなくなるみたいなのだ。

そこで、もしかしたら、佐藤が書き入れた内容が、何かのヒントになればと思い、事例を作成しているというわけ。まあ、書き方見本として参照して頂ければと思う。

情報の空欄には、各項目別に書く内容が示されているので、情報収集をしていく段階で重要だと思った情報を項目別に整理して記入していけば良い。この時の記入のポイントは、No.を付けて書いていくということ。

この情報欄で付けたNo.は、その後の「情報の解釈」や「必要な介護」の所で、同じNo.として流れていくからである。

例えば、日常生活の状況(ADL・IADL)(活動)

【情報】※bヘその上の健康状態から連動しているためBとなっている。
B腰や膝の痛みのために、移動につかまり所が必要。室内歩行器・屋外は押し車を使用している。痛みと付き合いながら本人のペースに沿った支援が必要。
Cトイレは自立。移動に時間がかかり漏れる程度の失禁はある。パッドを交換し、必要時には着替えている。

【情報の解釈(根拠)】
B自分のペースで動きたい気持ちが強い。
C自分でも早めに意向と思っているが間に合わないことがあるとのこと。

【課題(必要な介護)】
《活動の課題》
@歩行器を使用して転ばないで生活する。
A失敗しないためにも早めにトイレに行く
《必要な介護》
B転ばないように注意喚起が必要。移動時にはそばに付き添い、転倒しないように見守る。
C支援の前にはトイレ誘導が必要。

となるのである。そうそう、佐藤は訪問介護サービスの課題についても案内している。
訪問介護の課題となるのは、居宅サービス計画の「短期目標」である。

なぜならば、居宅サービス計画は、生活全般の解決すべき課題→長期目標→短期目標を導き出し、その短期目標を改善するための必要なサービス内容を決め、そのサービスを担当するサービス種別を決めるのである。

したがって、訪問介護の課題は、「短期目標」となり、モニタリングのときには、この短期目標の達成の度合いをモニターすることになるのだ。

佐藤は、この段階で、事務局に手伝って頂き、介護支援専門員が作成する帳票を配布して頂いた。ここで、問題となるのは、介護支援専門員が作成する「居宅サービス計画書」の課題が、必ずしも、国際生活機能分類を意識して作成されていない所である。

もちろん、佐藤が国際生活機能分類を意識し、作成した居宅サービス計画を示している。

したがって、心身機能の短期目標、活動の短期目標、参加の短期目標、環境(家族や地域)の短期目標が明記してある。そこで、この課題(必要な介護)欄の課題には短期目標を転記して、その下に具体的な援助方法を記入すれば良いということを伝えた。

ここまできたら、会場からため息混じりに「すごいね!」という声が聞こえてきた。そう、実際ヘルパーのしている介護は凄いことなのだ(笑)。

さてさて、もう残り時間が少なくなってきた。本日はここまで。

佐藤は、このアセスメントから導き出した、訪問介護計画書も作成してあり、すでに皆さんの手には渡っている。今回はそこまで説明ができなかったが・・・。

研修後記
指定基準・第24条には、サービス提供責任者は、「利用者の日常生活全般の状況及び希望を踏まえて、指定訪問介護の目標、当該目標を達成するための具体的なサービスの内容等を記載した訪問介護計画を作成しなければならない。」とある。

そこで、町田市推奨の訪問介護計画書の帳票に示されている、「援助目標」「長期目標」「短期目標」には、このアセスメントシートから導かれた、訪問介護の長期目標と短期目標を記載してある。その文面を転記しておく。

《長期目標》
@薬を確実に飲み、体重が目標数値まで減量できるように励ます。
A痛み具合を相談しつつ、現在していることやできること維持できるように支援する。
B本人の意向に沿った掃除を行い、バランスの良い献立を考え調理できるように励ます。
Cその時々の困りごとを解決できるように相談助言を行う。

《短期目標》
@体重を意識しながらバランスの良い食事を摂り、確実に服薬ができるように支援する。
Aトイレに間に合うようにお誘いし移動時には側に付き添い転ばないように支援する。
B一緒に掃除ができるように支援する。また、一緒に献立を考え調理する。
C他の支援者たちと情報を共有し、統一した支援を行う。

となる。もちろん、ここに示した数字は、@心身機能 A活動 B参加 C環境である。

さてさて、最後に理事の沼田裕樹氏(日本社会事業大学)より、皆さんに励ましのあいさつが有った。

この帳票の作成に自分の事例をあてはめて、まずは作って見ましょう。難しそうと思ったら前には進まない。でひチャレンジしてみてください云々。

そうそう、その通り、皆さんは現役のサービス提供責任者。実施の利用者さんが目の前にいるんですもの。ヘルパーさんや、利用者さんや家族を頼りに、どうぞ、これからも活躍してくださいませ。ど素人ではなく、プロフェッショナルですから、難しいからやらないはできませんもの。

参加して頂いた皆さま、町田市介護人材開発センターほか、ご協力頂きました皆さま、有り難うございました。

佐藤も、介護業界で学ばせて頂いたことを、次世代に伝えて行けるよう、まだまだ頑張ります。皆さまもご自愛ください!


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●外は真っ暗。石原さん、皆さまお疲れ様でした●



(介護保険改革、来年から議の本格化により、とうとうケアプラン有料化がテーマのひとつになります・・・って、もともとタダで作ってたわけじゃない。これからケアマネはコミュ力を発揮するかが問われますな!To Be Continued!!)
posted by さとうはあまい at 20:33| 島根 ☁| Comment(0) | 研修会のツボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月10日

奮闘記・第1072回 見聞録/長崎県

●2018年● 長崎県五島市


日本の最西端、「みみらくのしま」・福江島をゆく!

〜 島中を電気自動車で、ゆらゆら東へ西へ 〜



さあてと。いよいよ長崎県福江島の見聞録である。

福江島は、日本で2番目にでかい島である(1番は佐渡)。長崎県の西南(東京からは西)にあり、東京・羽田空港から長崎空港に行くと、島には空路と航路がある。

佐藤は、島への移動方法を最後の最後まで迷ったあげく、ゆきは空路で、帰りは航路にすることにした。これまで天気でいろいろあったから、とにかく島に入っておかないと気が済まない。仕事に間に合わないと困るし。もちろん、例の研究所員も同行するのだ。

出発の日の早朝、いつものように「ひゃ〜参謀」を車に押し込み羽田空港へ向かう。なんせ、今回は出雲空港から隠岐空港と同じく、飛行機を乗り継ぐ移動である。ただし、今回は、航空会社が違うという問題もある(今のところ、JAL好き?)。

まず、羽田空港のJALの荷物預かりカウンターで、係の方に(必殺仕事人w)のお姉さんに、

「長崎空港で、ANAに乗り換えて、福江島に向かいますがうんぬん」と告げる。

すると「仕事人」は、ノート(マニュアル?)を引き出して、手続きを始めた。そうありそうで、なかなかない手続きなのかもしれない。

「うーんこういう姿がかっこいい」(佐藤)

多分手続きは、頭に入っていると思うのだが。それでも、こうして、ノートを開いて、自分の行為を指差し確認して行く。そこには無駄な行為はない。しかし、結構時間がかかっているし、同じことを何回もやり直したり、聞かれたりする(笑)。

「たぶん、(プレッシャーで)頭が真っ白になったのだろう」(「ひゃ〜参謀」)


我々は、十分余裕をもたせて来ているので、別段嫌な顔はしていない。それより手違いで荷物がどうかなる方がよっぽど困るからだ。

しかし、一般の客は、空港の手続きでもたつくと、「何しとんのや!」「さっさとやってくれ」的なプレッシャーが多いのだろう。

途中で何かの不具合というか、お姉さんのやりかた自体に不具合があったと思われる(「ひゃ〜参謀」)様子。

「少々お待ちください!」

と我々には、ややひきつった笑顔で断りを入れてからビューんと奥へ引っ込んだ。そしてしばし待つと奥から駆け足でカウンターに帰ってきた。


「お待たせしてすみません!」

と言いながら、最初からやり直して行く、しかし何度もやり直すw。

ところが、佐藤は「仕事人」に聞かれないので、

「あの〜、荷物は飛行機(JAL系)から飛行機(ANA系)へ移すことはできますか?」

と尋ねた。しかし、ここでまた「頭が真っ白」になった(と思われる)。


この方は、仕事はキチンとできるのだろう。しかし、まだまだ、見た目も若いし、経験不足かまじめで融通が利きにくいのだろう。一度やり始めると、修正や追加がまだ随時うまくはいかないようだ。

我々に応対しつつ、パソコンの手を休めることはなく、頑張っていた。そしてなんとか手続きを終えた。

「荷物は飛行機(JAL系)から飛行機(ANA系)へ移動するように手続きしました。・・・ただし、長崎空港では一度外へ出てANAさんへの搭乗手続きが必要なのでよろしくお願いします」とのこと。

すべての手続きが終了後、彼女は時間のかかってしまったことを詫び、我々を笑顔で見送ってくれた。トラブル自体は誰にでも起こり得ることだし、大したことではない。

「でも、これほんとうは初めにキチンと聞いて、確認してから打てばいいと思うんだけどなぁ。そうすれば何度もやり直さんで済むし。何か言われるたんびに全部やり直しじゃ、(頭が)真っ白になるよね。別に自分が大変なだけだからいいけどw」(「ひゃ〜参謀」)

そう。通常は先に乗り継ぎの有無と、荷物の移動を確認する。でも、彼女が「できる」と思ったのは、頭が真っ白になってからの「思考の立て直し」の方法と実践である。

適時のマニュアルの確認し、上司への相談、指さし確認を行いながら思考を戻し、きちんと手続きを終えたのだ。実際に恙なく、荷物も別会社間のリレーで、福江島で受け取ることができた。

ここが、JALの教育システムの凄みであろう。介護業界のことを思うと、やや暗澹たる気持ちになったが・・・。我々は、久しぶりにプロの仕事(危機管理)ぶりを見せて頂き、満足であった。

さて、長くなったが、こうして無事にJALは長崎空港へ着陸した。そして我々は言われた通りANAへのトランジットやらで約1時間くらい待った。


●長崎空港に到着●.jpg

●長崎空港に到着●



乗り継ぐ飛行機はプロペラ機である。やがて、搭乗案内が流れた。我々は前の方々に付いていくと、滑走路上に出る。そう、ここは徒歩にて飛行機まで移動する。地上整備員の方々が笑顔で道案内もしている。

我々が、機体をバックに記念写真を撮っていると、それを大変うれしそうな顔でみていた。自分たちが手塩にかけた飛行機に興味を持たれているのだ。仕事に誇りがあればこその笑顔であろう。


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●あれに乗るのですよ●



我々は飛行機から伸びる、タラップを登り中に入る。キャビンアテンダントは、こぼれんばかりの笑顔で乗客を迎えている。このようなおもてなしが旅行客をうきうきさせるのだ。


「まるで悪霊島に行く、金田一耕助の気分だな!」(「ひゃ〜参謀」)
「悪霊島?・・・・・」(佐藤)

やがて、すべての乗客が乗り込むと、彼女はタラップを収納し、飛行機はプロペラの音を轟かせて滑走路から飛び立った。


●機内はこんな感じ●.jpg

●機内はこんな感じ●



佐藤は窓側だったので眼下の景色を眺めて見て、かなり高いところを飛んで行いて驚いた。なんせ、隠岐に行った時は、海や島を観ることが出来たのだが、こちらは海もかなり遠くに見えた。ううん、長崎にある米軍との制空権の問題かもしれない。その後、約30分程度の空の旅を終え、無事に福江空港(五島つばき空港)に着いた。


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●そろそろ着陸。けっこう高いところを飛んだ●



空港では、今回お世話になる島の宿 ごとう屋さんのお迎えの方が、プラカードを広げ待っていてくれた。
レンタカーも 同じ場所で借りられたし、「しまとく通貨」も使えた。

ここでしまとく通貨にも少し触れておく。これは長崎県内の複数の島の市町で共通に使用できる「プレミアム付き商品券(電子地域通貨)」である。

旅行やビジネス・観光で使える6000円分のしまとく通貨を5000円で購入でき、3万円購入すれば、6000円のプレミアムが付くのだ(上限は1人3万円まで)。今回はホテルとレンタカー分を、3万円+プレミアムで支払うことができた。

ホテルは宿風で、家庭的な雰囲気のホテルである。宿は平屋で奥に浴室・反対側に食堂がある。冷蔵庫がかなりシンプルで小さいので沢山入らないのと、部屋に姿見(大鏡)が無かったぐらいで十分コスパは良かった。

レンタカーは、三菱車電気自動車の、iMiEV(アイ・ミーブ)君だ。三菱車も、電気自動車もおそらく初めてである。早速、我々は福江港へ向かったのであった。目的は、もちろんお昼ごはんである(笑)。

福江港近くの駐車場に車を入れ港に向かう。福江港ターミナル内には、チケット売り場や乗船待合場所、お土産やさんや五島市観光協会の窓口などがあり、ある意味、福江島の活動拠点と言える、賑やかな場所である。

福江島はコンビニ(ポプラ)も数店あるし、ショッピングモールもある。しかし、それぞれがかたまって存在しているのため、同じ通りを用事に合わせて、何度も通り抜けることになる。

佐藤は、自分のしまとく通貨を使い切ったので、所員の分で新たにしまとく通貨を入手した。

まぁ15000円で18000円の買い物ができるのだが、残っても払い戻しができないのがねぇ・・・。使えるお店も指定されているし、曜日によって休みだったり、早く終わったりで、以外と残ることになる。

福江港ターミナルのお店で、ご当地を代表するゆるキャラバラモン君をゲットした。このバラモン君は、あのばらもん凧をマスコットにしたものなのだ。ちなみに「ばらもん」とは、同地の方言のばらか(元気な、活発な)に由来するそうな。


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●「もえる」ではなく、「もやす」という強固な意志を感じたw●



その後、福江港ターミナル2階にあるレストランの遊麺屋(ゆめや)さんに入った。ここは作先にチケットを券売機で購入するシステムだ。

佐藤は、「焼き魚定食」をゲット。運ばれてきたお膳には、ふっくらとした鯖が半身のっかっていた。

「おお、これぞ、島で食べるにふさわしいぜ!」

我々は大満足で車に戻った。駐車料金は0円! 1時間は無料なのだ。遅くなったがいよいよ見聞がスタートだ。


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●福江港のレストランでお昼●



【堂崎協会(with 巡礼カフェ オラショ)】
福江港から北へ約10 km。時間で20分弱。電気自動車の操作にも慣れ(?)、快適に進む。やがて、右側に教会に似た建物を発見した。おしゃれだなぁと思ったら、なんとそれはトイレであったw(むかしPトイレをアンティックな家具のイスと間違えた介護職いたが笑えない)。

今回、福江島を見聞してみて、感じたのは、観光地であろう場所が「観光化されていない」こと(人があまりいないとも)。そのような場所でも、何処にもきちんとトイレがあり、きれいに整備されていた。

まぁ、中・・・などの外国人らしき方々が頻繁に来るところは、きれいさが維持できていないようだが、基本的に他はすごくきれいであった。

トイレは観光地なら重要である。あちこちらにないのならば、観光地を名乗ってはいけないと思う。トイレの前には駐車スペースが設けてあったのでそちらに車を置く。駐車場の前は海である。その海の透明度が素晴らしかった。


さて、ここ堂崎天主堂は、江戸時代からのキリスト教禁教令廃止以降、五島列島で最初に建てられた聖堂であり、現在は堂崎天主堂キリシタン資料館となっている。ちなみにいまだにその組織も続いているという。

教会の中央には、祭壇が設けられマリア像がおかれている。内部は木造で、ステンドグラスの模様は椿をモチーフとしている。外には、日本二十六聖人の1人で五島出身の聖ヨハネ五島の像も建てられていた。某H吉公は、日本の偉人(?)かも知れないが、トップに立ってからは国内外でろくなことをしていない。


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●じゃ〜ん!ここが堂崎教会である●



駐車場から教会への向かう途中には巡礼カフェOratio(巡礼カフェ・オラショ)がある。店内は意外とひろく、普通にテイクアウトもできる上品なカフェである。

ちなみにオラショとは、ラテン語のOratio(祈祷文)が語源だそうで、日本のキリシタン用語として「祈り」「祈祷」と訳されている。

知らない言語を耳で聞き、カタカナで書いて(いわゆるディクテーション)いたこともあり、長いときを得て、日本独特のおまじないのようなものにもなっているが、おおむね内容は間違ってはいないらしい。さすがは外来文化の交流地点・長崎とでもいうべきか。

「ひゃ〜参謀」の調査によるとマドレーヌがうまいとのこと。本来であれば、店内で珈琲などと頂きたいのだが、先を急ぐ。我々は中マドレーヌを2個ゲットし車中で頂いた(マドレーヌには要飲み物、『失われたときを求めて』冒頭参照w)。 


【道の駅 遣唐使ふるさと館/白ヶ浜万葉公園】
今度は、進路を西へとり、島内唯一の道の駅、道の駅・遣唐使ふるさと館をめざす。移動距離約25qで、約40分。

 「ひゃ〜参謀」お目当ての品「道の駅のマグネット」がある(笑)。車の充電施設も完備されている。近くにある、白浜ヶ浜万葉公園に向かった。

そこには、遣唐使船を模した展望台がある。この船を観ることも目的のひとつだったが、行くと、なんとそこはアスレチックよろしく遊具もおかれていた。しかも他に誰もいない。


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●遣唐船のレプリカ●



佐藤は、緋色に輝く遣唐使船にのり、両手を広げ、白浜海岸を見下ろし、海風に吹かれた。その後は、約60mものローダースライダーに挑戦したw。置かれていたピンク色のシートを敷いて滑った。

「まさに《やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ》 (山本五十六大将の言葉)ですな。まぁやり過ぎの感も無きにしもあらずですが」


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●「やって見せ・・・」(山本五十六大将・名言)●



とは「ひゃ〜参謀」 。再び車に戻るが、まだまだ充電するには早いかな・・・。このタイミングが難しい。


【高浜海水浴場】
道の駅から南下すること約6q、7分の距離にある。ここは天然の海水浴場としては、日本一の美しさを誇る白砂の海浜であり、遠浅で澄みきった海で知られる五島市を代表する海水浴場なのだ。
我々が行ったのは、日も西に傾きはじめた時間。まぁ、冬でシーズンではないが、それでも観光客はまばらだがいる。この島は人口(3万くらい?)に比してなかなか広い。


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●日本屈指の高浜ビーチ!しかも人がいない●



駐車場には、わナンバーのレンタカーが何台か駐まっていた。その方々と行き違いに海辺から去って行き、この東シナ海に広がる広大な海岸がわれわれ2人しかいないのだ。入れ違いでまた人が来るのだが(笑)。

そうなると、この浜は断然広い。行けども行けども砂が広がり、波打ち際に行くには時間がかかりそう。砂地が結構ぬかるんでいるので、波打ち際に行くのは断念した。

砂地には、白やピンクや真珠色に輝く貝のかけらがそこかしこに落ちていた。また、中には、ピース型の動物の足跡がある。どうやら鹿の足跡のようだ。まぁアルくまやイノシシだったら、こうもしてはいられないが。

我々は青い海、白い波、誰もいない浜辺を満喫し、再び車に戻った。


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●海岸に鹿が来ている●



【空海記念碑:辞本涯の碑】
高浜海岸から北へ11km、約24分。そこは東シナ海へ突き出た岬にある。ナビ様に導かれて行くのだが、どんどん道幅が狭くなり、対向車が来たらとうてい避けられない(意外と得意?)という場所を進む。

「某島根の安田の兄さんが、一本道で結婚式の列に合って、バックで1q戻らされたことがあったよなw」 (「ひゃ〜参謀」)

おいおい(笑)。佐藤は例のごとく車の中心で「対向車よこないでー!」と叫びながらも、何とかその場所へたどり着いた。ここは、岬の開けた場所に、空海上人像と辞本涯の石碑が立てられている。


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●辞本涯の碑には悲壮感を感じない●



遣唐使にゆかりのある三井楽町と第16次遣唐使船で唐に渡った空海さんが深く関わりのあることを広く紹介しており、その偉徳を顕彰するために、地元の有志によってこの地に建立されたらしい。

記念碑に刻まれた「辞本涯」の文字は高野山清涼院住職さんの書により、「日本の最果ての地を去る」という意味。航路に変更はあったが、遣唐船の最後の停泊地であったという歴史がある。

三井楽は、現在の地名では「みいらく」と読むが、歴史的には、三井楽は「みみらくのしま」と呼ばれていた。古くは、美禰良久(みねらく)の崎、美弥良久の埼(『続日本後紀』)などとも書かれていた。

いろいろな漢字の当て方は、わが国には、耳で聞いた人が「好きに当てて良い」という法則があり、実は江戸時代でも続いていた。現代人には、いい加減に見えるかもしれないが「漢字」の知識とは、その人の教養そのものを現している。

関係ないが、昭和50年代までは、免許の名前でさえ、実際とは違っていた。悪しき当用漢字や常用漢字の問題であるがここでは深追いしない。

みみらくのしまは、「亡くなった人を甦らせ、見ることのできる、西方浄土の地」の代名詞として信じられてきた。島の向こうは海であり、異国(中国)があるため、憧れや未知の不安が入り混じった感情で考えられたのだろうか。

特に『蜻蛉日記』藤原道綱母・著、975年ごろ成立)などの古典文学の文中でも、「亡き人に逢える島」(みみらくのしま)として語られ、歌枕としても定着していた(現在、当時の雰囲気が残る風光明媚な景観として、平成26年10月に国の名勝に指定)。

あの緋色に輝く遣唐使船で、東シナ海をゆくのだから、生きて帰ってくる保障はなかっただろうし、わざわざ正月に中国皇帝に拝謁するために困難な時期に渡っていったから被害も拡大した。

でも、佐藤はこの海、この景色を見て、なぜか「わくわく感」を感じていた。空海さんをはじめ、船に乗った人々は、船旅に不安を抱えながらも、新たな地を見聞する自分を想像し、高鳴る胸の気持ちを抑えられなかったに違いない。


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●西の果てに陽は沈み、陽はまた昇る●



そんな海を眺める私たちの近くを、孫と犬を連れた老人が軽く会釈をして遠ざかっていった。おや? ここは「みみらくのしま」。もしや以前に会ったことがある人たちかも知れない。


最後にも余談だが、佐藤の近所の○○山公園に昼間でも「幽霊が出る」という噂があったという。知人から聞いたある人がそれを確かめに昼間に出かけた。しかし、公園には犬を連れたおば様がいただけであった。空しく帰ったその人は知人に、


「どんなのが出るんだよ!」
「ああ、犬を連れたおばさんらしいよ」
「・・・・」



東京にも「みみらくのしま」があるのかも知れないなw。

さてさて、こちらにはお土産屋さんらしきものはないが、きっちりとトイレが完備されていた。ほんと素晴らしい。西の最果ての果てに来たが、まだまだ陽は沈みそうにない。宮崎や浜田以上に陽が長い感じだ。まぁ完全に陽が落ちると完全な暗闇になることにのちに気づくことになる。そろそろ、宿の方に戻るとしょう。

ここで気がかりなのは、電気を半分消費したと言うこと。まだまだ、夜の島も散策したいしねぇ・・・。

ということで、道の駅に戻って充電した。先ほどの柏崎から道の駅までは約7q、17分程度だ。道の駅はすでにカラオケ大会も終わり、先ほどの賑やかさとはうってかわって静かであった。


●ただいま充電中!●.jpg

●ただいま充電中!●



外の売店にて最後のソフトクリームを頂き、車の中にて充電を待つことに。この間にとうとう陽が沈み、あたりは暗くなってきたし、道の駅の方々もお帰りになった。

佐藤はまだフル充電ではないが、鵺(ぬえ)でも出るといかんので、途中で終了し、夕食場所へ移動した。

移動途中、五島シティモールに立ち寄り、中にあったダイソーにてお買い物(笑)。なぜか100均って、あちこち観ていると飽きないので時間が経つのが早いよねぇ。

外に出たらすでに真っ暗になっていた。


【レストラン・ミッキーハウス】
佐藤は対向車の明かりと、車の明かりを頼りにお店を探した。ほんとうに暗いぞ。道の駅から約18km、28分。そして偉大なる暗闇の中、その店の看板を見つけた。

お店で聞いたところに車を停め、中に入ると、カウンター席と、4人掛けの席が3つ。我々は4人掛けの席にすわりメニューを見た。そして、「ひゃ〜参謀」はハンバーグとエビフライ定食。私はハンバーグとミニグラタン定食を注文する。

店内は名前のとおり、ディズニー一色である(笑)。あちこちに年代もののミッキーやミニーオブジェが飾られていた。待っていると、小鉢に入ったサラダとあつあつのコーンスープが運ばれて来た。

その後、おのおのの注文したものがテーブルに運ばれて来た。うん。「ひゃ〜参謀」の選択に間違いなかった。グラタンもあつあつで、文句なし。我々は無口になって美味しく頂いた。近所の方々らしき方々も来ていた。


●夕食はミッキーハウス!うん?●.jpg

●夕食はミッキーハウス!うん?●



会計時に「しまとく通貨でお願いします」というと、女将さんがスマホを操作して無事に会計を済ませた。しまとく通貨を使用すると、お店の方が、画面にスタンプを押してくれる。そこには、しまうまのマークが現れるのですがこれがめちゃ可愛いのだ!! ふう、ご馳走様でした。

さてさて、今回の見聞録はここまで。さらに島はめぐりが続きます。おそらく見聞録も続きますので、続きましたらご覧ください。

皆さま、寒くなりましたね。くれぐれもご自愛ください!


●しまの宿 ごとう屋データ●
住所:長崎県五島市吉久木町699-3
連絡先:0959-88-9569
営業時間:チェックイン15:00/チェックアウト10:00
定休日:年中無休
駐車場:あり。また、福江港および五島福江空港からの無料送迎あり(要事前予約)。
HPhttp://gotoya.jp


※なお2018年12月現在のデータです。


(「推定無罪」という法治国家の原則はなく、国家公務員の給与は5年連続引き上げで民間平均より246万円も高い。こういう感覚を持った政府のトップに憲法改悪はして頂きたくないな!To Be Continued!!)

posted by さとうはあまい at 12:31| 島根 ☁| Comment(0) | 見聞録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月30日

奮闘記・第1071回 研修会のツボ/長崎県

●2018年● 長崎県五島市

社会福祉法人五島会 主催・介護職員研修

「介護記録の書き方」


皆さま、お久しぶりです。朝夕は寒いし、昼間は暑いしで、着る物に困りますね。今回のブログは先だって研修を行った、長崎県の福江島にある、社会福祉法人五島会さんの主催による「介護記録の書き方研修」を報告しましょう。


さて、ここ福江島は、長崎県五島列島にある1番大きな島である。

佐藤は例のごとく、研究所員の「ひゃ〜参謀」と共に、前日に羽田空港から長崎空港、JALとANAを乗り継いで福江空港に降り立ち、無事に島に入れた。


●福江空港から入ります●.jpg

●福江空港から入ります●


●研修前に島内の五社神社に参拝●.jpg

●研修前に島内の五社神社に参拝●



そして電気自動車をレンタルして島内を見聞してみた。乗り心地は静かで穏やかにして、燃費というか距離があまり・・・。その内容は、おそらく書類に埋もれてなければ、後日見聞録にてたっぷり(さて?)報告する予定にして未定として、まずは研修会の報告からである。


目的:この研修は、社会福祉法人 五島会で働く介護職員を対象に、介護記録に求められる役割とは何か。その役割を残すために求められる介護記録とその書き方について、共通認識を図ることを目的とし、その上で、介護職員が記録を書くことに意欲と自信が持てるように支持する。

研修は、介護老人保健施設 五島福寿園さんにて開かれた。時間は18:30〜20:30。この日は夕方から雨が降り始めていた。そんな中、会場には、老人保健施設の介護職員の方々はもちろん、五島会さんが運営する、複数のグループホームの職員総勢70名余りが集まっていた。


●バラモンくんも参加●.jpg

●バラモンくんも参加●



■研修会で行ったこと
(1)大事なものは目に見えない「目配り・気配り・心配り」とは。
(2)記録が無いと困ること。実際どうしているか。
(3)演習問題から記録を考える。


今回の資料は、

 @基本資料(演習課題)
 A介護記録の書き方(演習の回答例)
 B提供して頂いた介護記録から

以上3本である。

@基本資料(演習課題)とA介護記録の書き方(演習の回答例)には、2017年10月に中央法規出版「おはよう21」の特集記事で掲載した内容をベースにした。

B提供して頂いた介護記録からは、施設長谷川氏)が、事前に各事業所で書いた記録を選抜し、コピーしたものを郵送して頂き、その記録内容を、佐藤が添削・改善例を作成し示したものである。


●佐藤の話を集中して聞く●.jpg

●佐藤の話を集中して聞く●


●記録には何を書くのか●.jpg

●記録には何を書くのか●



1.大事なものは目に見えない「目配り・気配り・心配り」とは
さてさて、「大事なものは目に見えないんだ(L'essentiel est invisible pour les yeux.)」
うん? どこかで聞いたセリフである。

そう、サン=テグジュペリの小説『星の王子さま(Le Petit Prince)』の中でのキツネさんのセリフである。佐藤は星の王子さまの本の中から、「ヒツジの絵に関する項目」の一部分を皆さんに伝えた。

お話の中で、僕(サン=テグジュペリ)は、不時着しておかしくなった飛行機を一生懸命直していた。

なんせ直さないと生きて帰れないからねえ。切羽詰まっていたのだ。
そんなところに、王子さまが現れていきなり「ヒツジの絵を描いて!」というのだ

僕は、飛行機を直すのに夢中になっていると、さらに大きな声で「ねえねえ、ヒツジの絵を描いてったら!!」というのだ。

そこで、僕は機械いじりの手を休め、ヒツジの絵を描いた。
すると、「これは、だめ! こういうのを描いて」という。

僕が、他のヒツジを描くと、「それもダメ!」という。
僕は、もう一匹のヒツジを描くが「それもダメ!!」という。
僕は、早く飛行機の修理に戻りたかったので、四角い箱に空気穴を付けた。

「君のヒツジはこの箱の中にいるよw」と箱の絵を描いて渡した。

すると、王子さまは、先ほどまでふさぎ込んでいた顔を上げて、箱をのぞき込み
「わー! 僕が欲しかったヒツジはこれだよ」というのである。

ここで、佐藤は、先ほど購入した四角い箱を取り出して、そう「大事なものは目に見えない」だからこそ、我々はその方と語り合ったり、そばに寄り添い、知ろうとすることが重要だという話をした。


次に、会の理念「私たちは、社会福祉法人五島会の全事業所における介護サービスの提供にあたって、利用者中心であることを基本とし、サービスを受ける利用者の満足、サービスを提供する職員の満足を追求するために、目配り・気配り・心配りの理念に基づいてサービスの提供を行うこととする。」とある。

まさしく「この目配り・気配り・心配り」というものこそ、目に見えないものではないか!
では、その目には見えないこれらの「目配り・気配り・心配り」であるが、皆さんが実際にしていることとはどのようなことなのかをを考えて頂いた。

演習「目配り・気配り・心配り」とは何か
まずは自分で考える(3分)。次に、お隣同士で考える(5分)を行った。

目配りとは、「体調が悪くないか、観察する」あるいは「転ばないかと見守る」、または「きちんと食べられたか把握する」など。

気配りとは、「寒くないかな」「トイレに行きたいのかな」「気持ちいいかな」等と気遣うことなど。

心配りとは、「辛いのかな」「楽しくしているかな」とか気分(精神的変化)を伺うなどなど。


皆さん自分で考え、他の方と語り合うことで、自分たちがしている「目配り・気配り・心配り」について確信が持てたようであった。

一方では、目配り・気配り・心配りのサービスを改めて考えると奥が深いなどとの意見も聞くことができた。


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●課題に取り組む参加者●


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●意見を交換する●



2.記録が無いと困ること。実際どうしているか
次に、「記録が無いと困ること。実際どうしているか」をワークのページを用いて書き込んで頂いた。

佐藤は先ほどから会場内を歩き回り、皆さんが書いている文章を見て歩いている。その時に思ったのは、皆さんがまじめに取り組んでいるということだ。

もちろん、研修に参加しているんだがら、「当たり前でしょう」と思うだろうが・・・。

いやはや、会場をめぐっていると、実際、佐藤の問い合わせの箇所に、全く何も書いていなかったり、他者とおしゃべりをしているなんてこともざらにあるのだ(笑)。

それが、ここでは皆さんは与えられた時間の中で一生懸命課題に取り組んでいる。

さてさて、「記録が無いと困ること」にあがってきたのは、下記内容(これは想定通り(笑))
・体温・血圧・その日の体調・食事量・入浴の可否・排便の有無などなど。

中には、「拒否のある方にどうやって食事を食べて頂けたのか」などの記述もあった。

ここからが、本題である。
佐藤は、介護保険の理念は「自立支援」であること。そのためには、利用者の生活機能を維持・向上する必要があることを説明した。

この生活機能とは、
「心身機能」「活動」「参加」を指していること。

「心身機能」とは、まさしく「体温・血圧・その日の体調・食事量・入浴の可否・排便の有無」等で利用者の健康に関する支援であること。
「活動」とは、「拒否のある方にどうやって食事を食べて頂けたのか」あるいは、「転倒予防」のためにしている具体的な援助方法であったり、さらには「していることやできること」に対する介護技術などであり、すなわち、日常生活動作に関する支援であること。
「参加」とは、レクリエーションの提供やお手伝いなど、他者との交流や、役割の提供、社会性の維持に関する支援であること。

しかし、介護記録を読むと、どうしても「心身機能」に重きをおいた記録が多くあるのだ。

もちろん、介護職にとっても、心身機能に対する支援も重要だが、その支援の専門家は介護職ではなく、医療職なのだ。

介護職の専門分野は、本来は活動や参加のはずであろう。すなわち、利用者の日常生活動作(活動)に対しては、利用者のしていること、できることを維持向上するために、介護職は、

「うまくできるようにもう少しだよと励ましていたり」
「転ばないように注意を喚起したり」
「うまくできるように見守っている」

のだ。さらには、例えばトイレにお連れしたときに「手すりにつかまってください」と協力動作を依頼し、本人がつかまり立ちをしてくださったことで、ズボンをうまくはけた場合などは「ありがとう」と感謝を伝えたりしている」のわけ。

また、Aさんと、Bさんが、うまくかかわることができるように間をとりもって、「言葉の橋渡し」などをしている。作品作り等をしていた時、うまくできたら「すごい!」「素晴らしい」「さすが」などと本人がしたことを認め称賛したりしてもいる・・・であろう。

つまり、記録には、これら介護職が「活動」に対してしている支援や、「参加」に向けて「提供した介護技術」についてを書く必要があるのだ。

また、利用者の生活機能には、背景因子といわれる、環境因(家族や地域の人々)と個人因子(価値観)がある。

特に、家族とのかかわりや、地域(ボランティア)とのかかわりは、「家族が来ました」や「○○さんと話していた」などの観察記録ではなく、自らその中に入り、話題を振ったり関われるように振る舞ったりし、どのようにしていたのかを具体的に書く必要があることを伝えた。

佐藤は、この部分を熱く熱く語ったので、皆さんも、時々大きくうなずかれたり、思い出し笑いをされたりしていた(うーん、まことに良い反応である)。


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●いよいよ記録ですよ●



3.演習問題から記録を考える
いよいよ演習問題である。

演習問題
心身機能・活動・参加・環境にに対する支援内容が、物語として書かれている。研修の残り時間は約1時間である。

佐藤は、グループホームの職員には、「参加」に関する問題を。施設の職員には「活動」に関する問題を取り組んで頂くことにした。

そして、それぞれの物語を読み上げた。皆さんは、佐藤が読み上げる文章を目で追いながら、実際の支援の場を思い出されているようであった。

それぞれを読み上げいよいよ記録を書いて頂く。

まずは自分で考える(5分)。隣同士で考える(5分)とした。

もちろん、佐藤は再度会場をめぐり皆さんが書いた内容を読んでいく。いやぁ。すると、皆さんのノートには、ちゃんと文章が描かれているではないか! これ、すごいことですよ。

なんせ、よく見かける「○○○」と声をかけたとか、転倒しないように見守るなどという簡素な、というかコピペ文章ではない。

それは「これから車いすへ移ることを説明し・・・」とか「壁飾り制作にお誘いすると・・・」などなどである。

すなわち、その場で介護職員が利用者に対して、何をしているのかがしっかりわかるように表現できていたのだ。


最後は、参加者からノートをお借りして、そこに書かれた文章を読み上げた。それは素晴らしい内容であった。これだけ書くことができれば良いのでは(笑)。会場からも拍手がおこった。

最後は、時間の許す限り「提供して頂いた介護記録から」を用いて、解説した。

皆さんが書いた記録は「事実を客観的に書いた」そのものの記録である。もちろん、事実が記載されているのだからこれが間違いというわけではない。

ただ、事実だけで、介護職がしている「目配り・気配り・心配り」が見えてこないのである。そこで、佐藤がその場面を想定して、文章に肉付けを施し「改善例」とした。

合計15個の改善例を作成した。もちろん、場面設定は佐藤が考えているので多いに違っていると思いますが・・・。

これにて、佐藤の研修は終了! 最後に職員が中心になって「介護記録の書き方マニュアル」を作成することも良いのでは無いかと提案した。


最後に質疑応答である。

司会者が参加者に質問を求めると、何と数人の方が手をあげられた(これもすごい)。なかなか、質問をといっても質問なんて出ないことがほとんどですからねぇ。

まぁそもそも、自社の研修風景をブログに載せてもよいですか?と尋ねると、「どうぞどうぞ」である。これも自信がなければできない。

以前の指導者なら、やれ、ああだこうだと、載せる前に原稿を見せろだの、都合の良い赤字を入れさせろだのという、ちょっと勘違いしていた方もいた(他者のブログに手を入れるなんて聞いたことがない)。しかも「大したレベルじゃなかったし」(ひゃ〜参謀)というのと比べて、現代の指導者層は進化している。


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●皆さんからの質問に答える●



佐藤は出された質問をため込み、一気に答えていく。

中でも「利用者からの乱暴な言葉」や「利用者同士の言い争いのときの言葉」(暴言対暴言)はどうしたら良いかという質問。

これは利用者の感情の表出として捉え、そのまま記述するように伝えた。さらに、重要なことは、そのようなことがあったときの職員のかかわり方が重要であるということ。

利用者から職員に向けられた暴言は、その言葉を出すにいたる原因があるはず。だから、その原因を書いてどのように対処したのかを書く必要があること。もしかしたらその暴言は「苦情」である可能性もあるので、暴言は慎重に取り扱う必要があることを伝えた。

また、利用者同士の暴言は、その多くは、職員が自分を看てくれないことから来る八つ当たり、あるいは焼きもちであったりする場合が多いことを説明。すると、他の参加者も大きくうなずいている。

まぁ、我々はどうしてもも手のかかる(依頼が細かい方や諦めない方。通称やかましい方)を優先してしまう。その半面、余り要望を言わない(表情に出さない穏やかな人)には、「ちょっと待っててください」といい、その仕事が終了した後で、もうそのことを忘れてしまった等ということもままあるだろう。

そして、そのようなことが蓄積していくと、あるとき「自分はずーと待っているんだ、バカ野郎」などとドカーンと怒り出すこともあるのだ(なくてそのまま蓄積されるのはさらにこわい)。

それをこちらの取り方で「暴言」と言い切ってしまうのも良くないだろう。

いずれにしても利用者の発した言葉はそのまま記載して良いこと。問題はそのことに対しての職員の対応(かかわり方)も、具体的に書く必要があると返答した。

さてさて、これにて研修は終了である。


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●熱心に語り合う●



次の日、施設長からメールを頂き、可能であれば、さらにステップアップした研修をとも書かれていましたし、お話もありました。こちらこそ、有り難いことです。

依頼を頂ければ、駆けつけます。また、鬼岳に登りたいなぁ(笑)。

東京からは西国に位置するとはいえ、寒い季節になります。皆さま、くれぐれもご自愛くださいませ!



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●ジョイフル 長崎五島店で夕食●


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●福江港から帰ります●



(広島カープの丸選手が予想通りFAで巨人に移籍らしい。これで広島の強さはもう少し伸びるかも知れない。何十億はともかく、6年契約なんて、呼んでくれた監督がいるかわからない。監督が代われば要らなくなることもあるからね!To Be Continued!!)
posted by さとうはあまい at 20:45| 島根 ☁| Comment(0) | 研修会のツボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月24日

奮闘記・第1070回 研修会のツボ/新潟県

●2018年● 東京都長岡市&新潟市


新潟県ホームヘルパー協議会

《訪問介護計画作成研修(団結の後期)》


皆様お疲れ様です。さて、前期研修から2週間、今回のブログでは研修はいよいよ後期研修へと突入するところです。

そんなわけで、佐藤は長野を爆走して走り抜けて、上越から中越を弥彦山💛を眺めつつ、新潟市入りを果たした。まずは新潟白山神社にご挨拶し、うにうにまわってホテル入りした。



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●やってきました新潟♪●


●まずは新潟白山神社にご挨拶●.jpg

●まずは新潟白山神社にご挨拶●


●そして夜はぐりるかんだ三昧(笑)●.jpg

●そして夜はぐりるかんだ三昧(笑)●



今回も新潟市と長岡市で2日ずつで移動するのだ。そんな研修会場の写真やその間ところどころに、朝夕立ち寄った神社や食事処をはさんでいきます。今回も写真も多めなので、基本的に「新潟会場」→「長岡会場」の順で写真が流れでガンガン入れて行きますから、ご注意ください(笑)。


●当日の朝はホテルのバイキング♪♪(新潟市)●.jpg

●当日の朝はホテルのバイキング♪♪(新潟市)●


●聖地・新潟ユニゾンプラザも、もはや秋の気配(新潟会場)●.jpg

●聖地・新潟ユニゾンプラザも、もはや秋の気配(新潟会場)●


●後半戦がスタート(新潟会場)●.jpg

●後半戦がスタート(新潟会場)●



さて、

「前期研修で学んだことを後期研修までに実践できましたか?」

という佐藤の問いかけに、参加者からは、

・利用者との再会が新鮮に思えた。
・今までと違った視点(自立支援)で対応するように心がけた。


などなど(あっさり・・・)。まぁでも仕事に前向きに取り組んで来た様子を伺うことができました。いや〜、この素直さは素晴らしい!

一方では、前期に完成しなかった「ICFの視点を用いた訪問介護計画書」を完成してくるように、宿題を出してあった。なぜならば、後期は、皆さんが持参している事例を用いて、各グループで事例検討をすることになっているからだ。

課題と向き合い、作成できた方はテーブルにスルスルと広げはじめる。逆にできなかった人は、「うわ。すごいね」と他者の書いてきた用紙を関心して眺めている(笑)。まぁ、しおしおになることはないし、介護支援専門員の実務研修じゃないんだから、作成できなくても仕方ないけどね、そもそも介護支援専門員も怪しいんだから・・・。

そして、事例検討が終了したら、その後に、各グループ内で1事例を選抜し、みんなで訪問介護計画を作成し発表するのである。


◆後期研修で行ったこと
(1)事例検討。
(2)苦情対応について。

はじめに、事例検討のデモを行う。佐藤は、皆さんからあらかじめ提出して頂いた事例を全件赤ペンチェックしていたことは前回のブログで報告した。その中から1事例を選抜し、事例作成者に、前もって後期研修にて、事例検討のデモに使わせて頂くことについて説明し、その同意いやさ了承を得ていた。

そして、その事例をこの研修にはなくてはならない《スーパー事務局》勢能さんが全員分コピーしてくださっていた。皆さんにその事例を配布したところで事例検討のデモがスタートした。

佐藤の事例検討の特徴は「質問をため込む」という手法だ。今の国会審議では無いが、矢継ぎ早に質問が続くと、答える方は「自己防衛」に走る。結局は後味の悪い結果に陥るという可能性もあるのだ。

まぁ国会は、与野党とも、自己防衛も何も、とにかく相手を口撃することしか頭にない。真っ先にAIがとって代われる仕事は国会議員なのではないだろうか・・・(平和になるだろうな、どこの国も)。

さてそこで、まずは発表し、次に質問を受け付け、その質問をホワイトボードに蓄えて、ある程度溜まったところで発表者に答えて頂くのだ。最後に発表者および参加者が事例を共有したり、助言をし合ったりするのだ。

グループ内での事例発表は1人40分かけて行うことにしているが、デモは約1時間20分ほどかけてぐいぐいと行った。

まず、事例作成者に佐藤の隣に座って事例を読み上げて頂く。他の皆さんは、配布された事例を帳票を見ながら、質問事項を考えて行く。

新潟会場・長岡会場とも、事例発表者は自らの事例を丁寧に説明することができた。これって結構緊張するものだけど、皆さんはずでに各グループに力強い助っ人がいるからねぇw。

ひと通り読み上げたところで、佐藤が会場より質問を募った。

「はい、○○さんの事例について質問を出してください」

と呼びかけると、数人がこちらを見る。実はこの顔を上げる人こそ、質問を抱えている人なのだ。

佐藤は、挙手は無いものの、その方々にマイクを向けると、元気よく質問があふれ出された。質問は、発表者と同じグループの方に書記を依頼してホワイトボードに書いて頂く。

いや〜、出るわ、出るわ。皆さんの質問の多くはその方の健康状態に関する質問である。やはり、支援するには病気などの情報は必須だからなぁ。次に多かったのは家族構成である。ヘルパーさんは在宅を訪問するから家族の存在は大きいのかも知れない。

皆さんの質問がで終わったところで、佐藤からの質問である。当然、佐藤からはホワイトボードに記載されていない部分を聞き出すことになる。

「この方は、どこで生まれ、どのような仕事をされてきましたか?」
「この方の家事活動でしていることや、できることはありますか?」


などなど。やがて、発表者は出された質問について粛々と答えていく。当然、発表者は、質問が蓄えられていく間に、冷静に答えを考えたり、探したりすることができる(はず)。だから、答えるときにも、どこぞの大臣のようにしどろもどろにならずに、きっちりと答えられるのだ。とくにまぁ女性大臣のあの方は・・・いや、やめとこう。

また、佐藤はその答えにかぶせ質問(関連質問)がある場合は、具体的な質問をして内容を膨らませていった。

当然、皆さんは、同様な経験を少なからずしている。だから、内容が深まっていくと、同調のうなずきや、そうそうなどの言葉が聞こえてくるのである。そして、佐藤が講評を述べる。

このときには、提出された、ケアプランおよびアセスメント、訪問介護計画書なども用いて「ここにこのようなことが書かれていると良かった」「ここは具体的に記載されていて良かった」などと解説。


最後は事例発表者から、発表を終えての感想を伝えて頂く。

すると、

「自分では気にしていなかったところが重要だということに気づいた」
「まだまだ知らないところがあったので今後深めて行きたい」
「時間に追われて本人のしていることやできることまで、ヘルパーがしてきたように思う。今後は本人のしていることやできることを認めて、ゆとりを持って援助していきたい」


など、多くの気づきや学びを得ることができたという。もちろん、参加者も事例を通して、同じように自分のケアを振り返ることができたのではないかと思う。

午後からは、各グループ内で、同様に事例検討を展開して頂くのだが・・・。

そこでは、各自の事例の投票はその方が持っているものだけなので、どうしても井戸端会議のようにワイワイガヤガヤになってしまう傾向があるため、いくつかの注意喚起を行った。


@発表者はみんなに帳票が見える位置に移動して発表すること。
A発表途中で質問しないこと。
B質問はため込み、その後に答えるようにすること。
C司会はとにかく議事進行を行うこと。



なんせ、顔を突き合わせての発表となると、発表途中で質問をしたくなったり、質問が出たらすぐに答えたくなるのは仕方が無い。司会者にはそのようなことがないように議事進行に専念して欲しいものだ。

さて、午後からは各グループで発表の順番を決めて事例検討がスタートした。佐藤は、それぞれのグループに入り、事例検討に参加した。

もちろん、佐藤は全件の事例を把握しているから、事前の評価を手元に持ちながら、各グループをまわり、助言をしていく。すると、参加者から、

「すべての事例を覚えているんですか?」

と聞かれた。

「もちろん、皆さんがつくってくれた事例ですもの無駄にはしたくないものね」


さて、1人40分かけての事例検討だが、なかなかルールを守るのは難しい(苦笑)。まぁ、それも仕方ないよね。お互い似たような事例を持っているから、ついつい話したくなっちゃうのだろうか。

それでも、佐藤が、グループに入ると、ルールに沿って展開するから、やはりまじめなんでしょう(笑)。こうして、あっという間に1日目の研修は終了してしまった。

2日目いよいよ研修ラストの日。今回は前期・後期と分けてしているが、いやいや、参加者同士の連帯感を素晴らしい。朝会場で会ったとたん、いろいろな情報が飛びかっているのだから。


【苦情対応について】
まずは1時間「苦情及び事故の取り扱い」について、テキストを用いて説明をした。当たり前のことではあるが、ヘルパーは、苦情や事故を起こそうと思って仕事はしていない。どこぞの大量なんとかをしでかした看護師とは違うのだ。

だけど、様々な人間模様の中で、こちらがそうは思っていないようなところが苦情となってしまっていたり、注意していても事故はポン!と起きてしまうもの。減らすことはできるが無くすことはまずできない。

そんな苦情や事故に遭遇したヘルパーに対して、事業所側はどのような対応をすれば良いのか? 佐藤は自分の体験談を熱く語った。

「苦情事例」(ファイル2101)
ある日、「ヘルパーがポータブルトイレを片付けてくれないから代えて欲しい」このような電話が入った。

この方のケアには複数のヘルパーが入っていたが、ベテランのAさんの日だけが、な・ぜ・だ・か、トイレを片付いていないというのだ。

この方は、途中で体調が悪化しており、トイレまで行くことが難しくなって、家具調のポータブルトイレ(←ここ大事)を購入した。

そこで、サービス提供責任者(佐藤)は、ケア手順に「ポータブルトイレ清掃」を追加して、担当しているヘルパーに伝えていたのだ。しかし・・・。

苦情を受けて、佐藤が訪問して事情を伺うと、

「Aさんが来たときだけ、ポータブルトイレが掃除されない。彼女を代えてください!!!」

とのたまう。まぁそりゃあお怒りはごもっとも。でも理由は確かめないといけない。そこで、佐藤は当該ヘルパーに同行して、一緒にケアをしてみた。

本来、この方は丁寧に仕事をする方で、この日も丁寧にケアがずんずんと進んで行った。最終的に記録を書く段階となった。うん? しかし、確かに彼女はポータブルトイレの掃除をしない・・・のだ。

そこで、そのヘルパーに、

「あの、ポータブルトイレの掃除が追加になっているはずですが、どうされましたか?」

すると、ヘルパーは

「ええ、ええ。でも、ポータブルトイレが見あたらないので娘さんが片付けたのかと・・・」

なるほど、そうか・・・。

そこで私は家具調のポータブルトイレのある場所・・・・、そこにはそのヘルパーが座って介助している。その椅子の座面を上げてバケツを取り出した。

ヘルパーは、

「ひゃ〜、それがトイレだったんですかぁ! 申し訳ありません! 私あの白いポータブルトイレだとばかり思ってましたので・・・」

とのこと。佐藤はヘルパーに、

「自分が同行して伝えなかったからいけなかった。ごめんなさいね」


と誤ったのだ。そう、これは佐藤の指導ミスが原因であった。誰もがお互いの「頭の中の住人」ではない。だからちゃんと説明しないと考えていることは必ずしも相手に伝わらない。あらかじめ知識の共有度を確認しなければいかなかったのだ。

その後、娘さんにそうなった原因を伝え、ヘルパー交代をせず、引き続き訪問させる旨を説明。すると娘さんも「原因がわかって良かった。○さんは丁寧にしてくれるのにおかしいなと思っていたんですよ、ほほほ。もちろん、引き続きよろしくお願いしますね」といってくださった。

事業所としては採るべきことは、まずは苦情にならないように最善策を講じることだ。「ヘルパーだから」「常勤だから」大丈夫などと思い込まないことであろう。

また、苦情が出たときであっても、本人に理由も告げずに、ヘルパー交代をさせないこと。なぜならば、ヘルパーは理由がわかれば、振る舞いを修正することができるが、理由を告げないと、同じことを繰り返すかも知れないし、いつまでも自分に自信が持てなくなる一因となり兼ねない。

そうなると、また、次の苦情が発生することになり、まさに苦情地獄である。

すると、他のヘルパーも「あの人は困った人」などと言い出す結果になったろ、そして本人は働きづらくなって辞めてしまうなんてことになるかもしれないのだ。この人で不足の中で辞められるのは本当にツライであろう。

そのような結果になるのは、もしや当の管理者やサービス提供責任者が困った人だからなのかも知れませんからね!

管理者や、サービス提供責任者は、ヘルパーを守ってあげないといけない。でもここで守るのは、甘やかしやごまかしでは無い。「ヘルパーは悪くないったら悪くない!」

これでは、自ら敵を作りまくり、事業所のお客さんを減らしているだけの「駄目ボス」である。


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●事例提供者が大活躍(新潟会場) ●




●質問はため込まないといけない(新潟会場)●.jpg

●質問はため込まないといけない(新潟会場)●


●お昼は人気上昇中の八彩茶屋(新潟会場)●.jpg

●お昼は人気上昇中の八彩茶屋(新潟会場)●


●メンバーの1人となる(新潟会場)●.jpg

●メンバーの1人となる(新潟会場)●


●恒例の肩もみですよ(新潟会場)●.jpg

●恒例の肩もみですよ(新潟会場)●


●皆さん断りは入れましたか?(新潟会場)●.jpg

●皆さん断りは入れましたか?(新潟会場)●


●行きつけの湊稲荷神社で狛犬さんがグルグルですよ(笑)●.jpg

●行きつけの湊稲荷神社で狛犬さんがグルグルですよ(笑)●



必要なのは「躾(しつけ)」をするということ。わが事業所のカラーに染まって頂くように躾ける(ある意味自分の「頭の中の住人」になって頂く)ことが重要だと説明した。

また、苦情や事故報告書は、本人と面談しながら作成することが、お互いの成長につながるということを説明。

参加者はいろいろな場面を思い起こして、頷いたり、顔を見合わせたりして、いろいろな気づきを得たようである。

その後、事例検討は無事に終了し、みんなで考える事例を選抜。約1時間半ぐらい頭を突き合わせて、意見交換を行い、どのグループも仕上げることができた。各グループで仕上げた作品は、事務局の勢能さんが、参加人数分をコピーしてくださり、皆さんにお返した。


●苦情や事故は波及的に進むと説明(新潟会場)●.jpg

●苦情や事故は波及的に進むと説明(新潟会場)●.


●ICFの視点で計画を作り上げた(新潟会場)●.jpg

●ICFの視点で計画を作り上げた(新潟会場)●


●縁の下の助っ人勢能さん(新潟会場)●.jpg

●縁の下の助っ人勢能さん(新潟会場)●


●佐渡島からも参加(新潟会場)●.jpg

●佐渡島からも参加(新潟会場)●


●さて新潟会場は終了。新潟市から長岡市へ移動●.jpg

●さて新潟会場は終了。新潟市から長岡市へ移動●


●こちらでお馴染みの長岡金峯神社(大吉)●.jpg

●こちらでお馴染みの長岡金峯神社(大吉)●



最後はみんなの前で発表。さらに1人ひとりに自己紹介と研修の感想を伝えて頂く。

ここでは、皆さんが作り上げた作品のほんの一部だが案内したい。こちらでは、枠組みを取り、縦に案内しますが、できあがりは写真のように横書きに書いた。

訪問介護の指定基準では、訪問介護計画の所にはこのように記されている。

第二四条 サービス提供責任者(第五条第二項に規定するサービス提供責任者をいう。以下この条及び第二十八条において同じ。)は、利用者の日常生活全般の状況及び希望を踏まえて、指定訪問介護の目標、当該目標を達成するための具体的なサービスの内容等を記載した訪問介護計画を作成しなければならない。

ここで用いている「心身機能」「活動」「参加」は生活機能を表す言葉であり、「環境」は背景因子を表す言葉であり、「心身機能」は利用者の健康状態に対する支援である。また、「活動」は利用者の日常生活動作に対する支援であり、「参加」は、他者と交流や役割の提供に対する支援である。そして、「環境」は家族や地域の方々や、家事代行に関する支援として理解して読み進めて頂きたい。

下記の援助は、老計第10号の1−2−3 全身浴と1−6 自立生活支援・重度化防止のための見守り的援助(自立支援、ADL・IADL・QOL向上の観点から安全を確保しつつ常時介助できる状態で行う見守り等)利用者と一緒に手助けや声かけ及び見守りしながら行う調理、配膳、後片付け(安全確認の声かけ、疲労の確認を含む)である。生活機能分類を意識して作成すると、サービス内容が具体的になり、利用者や家族がどのような援助を受けることが出来るかがわかると思いますがいかがだろうか?


訪問介護計画 サービス内容「入浴介助・共に行う調理」○時〜○○時まで身体2のサービス。

●心身機能
「課題(短期目標)」
体調管理に注意し、規則正しい生活を送る。

「訪問介護の目標」
健康状態を維持し、できるように支援します。

「具体的なサービス内容」
@挨拶後、ヘルパー名を告げて、感染予防のための手洗いを洗面所で行います。
A挨拶をして体調を伺い、体温を計って頂きます。体温の記録を残します。
B異常があった際はデイサービスの看護師に伝え、早期発見に努めます。

「備考」
居住スペースがデイサービスと併用しているので看護師に報告後は記録に残す。

●活動
「課題(短期目標)」
ヘルパーの援助を受け、シャワーを使い、身体を清潔にすることができる。

「訪問介護の目標」
入浴時にシャワーを使用できるように支援します。移動時は側に付き添い、転ばないように支援します。

「具体的なサービス内容」
@これからすることを説明し、同意を得ます。
A本人様がお風呂の道具を準備していますので、準備ができているかを確認します。足りないものがあるときには、助言し困ることがないように支援します。
Bシルバーカーを押し移動する際は、側に付き添い、注意を喚起し、転ばないように見守ります。
C本人様がシャワーの使い方がわからないため、使用方法を説明します。
Dご自身で洗身・洗髪は行えますが、手の届かない所は支援します。
Eできたことを共に喜び称賛します。

「備考」
一つひとつ説明をしながら入浴します。
移動時にある段差に注意を本人様に促します。

●参加
「課題(短期目標)」
掃除や調理の援助を受けながら日常生活を継続したい。

「訪問介護の目標」
@一緒にテーブル拭きや、ゴミ集めができるように支援します。
A一緒に献立を考え、調理します。

「具体的なサービス内容」
@ご本人様にゴミを集めて頂き、テーブルを拭いて頂いてる間にヘルパーは掃除機をかけさせて頂きます。
A冷蔵庫の食材を見ながら一緒に献立を考えます。食材の賞味期限を確認し、献立が決まったらできる作業を提案します。このときにもやり方については見本を示し、その都度説明を加えて行い、協力動作に感謝を伝え労をねぎらいます。常に疲労の確認をしながら無理のない範囲でできるように支援します。

「備考」
調理は、献立と手順を考え時間がかかる物を先に行います。

●環境
「課題(短期目標)」
息子の支援を受けられる。

「訪問介護の目標」
息子様の情報を交換して共有する。

「具体的なサービス内容」
@活動記録を通して、本人様のしていることなどをお知らせします。
Aご本人様の希望する品物があれば、メモなどにて息子様にお伝えします。
B生活の中で困りことがある場合には、関係機関に報告し解決ができるように支援します。

「備考」
その日の支援内容は記録のファイルにて記載します。活動記録を記入しますので、確認後印鑑を押して頂きます。


●これぞ大橋佳子氏の介護モジュールですよ(長岡会場)●.jpg

●これぞ大橋佳子氏の介護モジュールですよ(長岡会場)●


●こちらは長岡会場のハイブ長岡●.jpg

●こちらは長岡会場のハイブ長岡●


●長岡会場も盛大でした●.jpg

●長岡会場も盛大でした●


●皆さんの協力を得てデモを行う(長岡会場)●.jpg

●皆さんの協力を得てデモを行う(長岡会場)●


●JR長岡駅の主(ぬし)?・良寛さんに会いに行く●.jpg

●JR長岡駅の主(ぬし)?・良寛さんに会いに行く●


●今日は回転しない?回転寿司を頂く(長岡駅前)●.jpg

●今日は回転しない?回転寿司を頂く(長岡駅前)●


●FCが盛り上げ賑やかでした(長岡会場)●.jpg

●FCが盛り上げ賑やかでした(長岡会場)●


●長岡の締めはラーメンで!●.jpg

●長岡の締めはラーメンで!●



さてさて、以上で研修は終了。最後は、新潟県ホームヘルパー協議会より修了証が発行された。

さて、佐藤は、皆さんが、初日に会場に来たときと、今こうして修了証を受け取ったときでは、明らかに大きく成長したことを知っています。もう、新たな知識として注入された言語や考え方は、少しのことでは消えていかないでしょう。今意識できる言葉や振る舞い方をなるべく継続してくれると嬉しいです。


●ありがとう勢能さん!(長岡会場)●.jpg

●ありがとう勢能さん!(長岡会場)●



やはり、新潟に研修は写真がてんこ盛りですねwww。まぁしかたないけど。

さて、新潟県は、そろそろハンパない雪の頼りが聞こえて来そうです。皆さんの車もスタッドレスに履き替えているのでは無いでしょうか。
ヘルパーさんも冬に備えて、健康には十分に注意をしてください。

またどこかで会えることを楽しみにしています。ではまた。お元気で!
 


●越後国一の宮・弥彦神社の菊まつりを観て帰ります!●.jpg

●越後国一の宮・弥彦神社の菊まつりを観て帰ります!●



(ゴーン容疑者は「謙虚な人」と同情する声が外国であるようだ。でも謙虚かどうかではなく、犯罪をやったかやらないかが問われているのだ。好き嫌いの問題はない!To Be Continued!!)

posted by さとうはあまい at 17:52| 島根 ☁| Comment(0) | 研修会のツボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月06日

奮闘記・第1069回 見聞録/長野県

●2018年● 長野県長野市


関越道から上信越自動車道をひた走るのだ!

〜戸隠神社を参拝し、鏡池にて青空を仰ぐの巻〜



さてさて、皆さまお元気でしょうか? 佐藤はドドーンと新潟県に入り、現在新潟市におります。そして本日から新潟県ホームヘルパー協議会さんの「訪問介護計画作成研修」(怒涛の後期)を行っています。

でも新潟市は、立冬を迎えるというのにコートもいらないくらい暖かいのですよ。さらに会場は、皆さんが持ち寄った訪問介護計画書の事例検討ということで、外気に負けないくらい熱いのですが・・・。研修会の模様は、後日「研修会のツボ」にて報告したいと思います。


そんで今回は新潟県に来るまでに立ち寄った名勝などの見聞録(前篇もあり?)をお伝えしましょう(笑)。

さて、佐藤は、例のごとく、「ひゃ〜参謀」を車のトランク(?)に押し込み、一路関越道を爆走した。今回は、雪国仕様(いわゆるスタッドレス)のタイヤをはいている。へへんだ。

なんせ、暖かいと言えど、天気予報は水もの。しかし、「いや〜外れましたねぇ、ハハハ」では済まないのだ。実際、新潟も初雪や初霜の便りを伝えていたのだ。

そこで、移動中の不測の事態に備えつつ、タイヤの負担を考慮し、左側車線優先で走行してきた。東京を出る時に降っていた雨も、関越道の上里パーキングエリアではすっかりあがり、徐々に雲が開けてきたのだ。

とうとう、埼玉と群馬の県境を流れる神流川を渡るころには、すっかり晴れ陽光がまぶしくなっていた。我々は進路を西に向け、「上信越自動車道」へ入る。めざすは久しぶりの戸隠神社だ。

移動ルートは、戸隠神社中社(なかしゃ)を経て、妙高高原経由で越後国一の宮居多神社を参拝したのち、新潟市へ入る予定となっている。その距離、たかだか450q余り。何か問題でも?(笑)

【戸隠神社中社】
我々を乗せた、研究所の藍色のデミオ・カナメイシ君は、上信越自動車道長野インターを降りて信州大学の前を右折し、そこから一気に山道を掛け登る。

途中対向車に、「降りて来ないで〜」と叫びつつ、難所「七曲りの坂」を何とか登り、無事に中社の駐車場に着いた。戸隠神社は、戸隠山の麓に位置し、奥社・中社・宝光社・九頭龍社・火之御子社の五社からなっている。

戸隠神社のホームページに寄れば、その起こりは遠い神世の昔、「天の岩戸」が飛来し、現在の姿になったといわれる戸隠山を中心に発達し、祭神は、「天の岩戸開きの神事」に功績のあった神々様である。ここらへんのアバウトさがいい。


●戸隠神社中社に参拝●.jpg

●戸隠神社中社に参拝●



奥社には、天照大神がお隠れになった岩戸を、放り投げたとされる天手力雄命(あめのたぢからおのみこと)中社には、岩戸を開くきっかけ(岩戸神楽を創案)を提案した、天八意思兼命(あめのやごころおもいかねのみこと)が祀られている。これが神道でいうところの太々神楽になるわけだ。

天手力雄命は、長野県の冠着山(姨捨山)で、神代の昔に「天の岩戸」を背負って天翔けてきたが、この美しい峰にひかれ、ここで一休みして冠を着けなおしたという伝説もある。

余談だが、この神様(天手力雄命)は天岩戸事件後、須佐之男命(すさのおのみこと)を下界に「護送」する際に須佐之男命からスカウトされ、後の猿田彦命(さるたひこのみこと)になるという別伝説もあるのだ。

話を戻そう。


●御神籤は「吉」● .jpg

●御神籤は「吉」●



火之御子社には、岩戸の前で舞われた天鈿女命(あめのうずめのみこと)がお祀りされている。戸隠神社の太々神楽は、この神社に仕えていた社人によって古来より伝えられ、現在に至っているのだ。とは言え、すべての神々を参拝するためには、かなりの時間、戸隠に留まるしかないであろう。

そんで我々はその中でも中心を成している中社を参拝したのであった。奥社に行こうとしたら、信州名物・「リアル アルクマ」の目撃情報と警告があちこち貼られてたため、そちらへの参拝は断念した。

駐車場に車を置くと、そこには大阪県や兵庫県など、関西方面のナンバープレートを携えた車が多く停まっていた。早速、手水舎にて手を清める。その水は、戸隠山から湧き出るご神水であり、飲料可能とあった。我々はご神水を有り難く頂戴し、境内を歩いた。

境内には、子どもの成長を願う親子連れから、どんぐりの豊作を祈るクマの親子、登山客、外国人の姿もあった、って。ん?

佐藤は、今回の旅の無事とともに、再度こちらへ参拝に来ることができますようにとお願いをした。その後、恒例のおみくじタイムだ。

こちらは神職に寄るご祈祷みくじである。それは、神職に数え年(たいがいプラス1)を告げると、神職が社務所内に引きこもり、祭壇前らしきところにて、ムニャムニャムニャムニャムニャムニャ〜、祝詞祈念の後、PAN!PAN!PAN!と拍手を打ち、おみくじを引いて来て下さるのだ。

この「戸隠神社御神籤文」は、封筒におみくじが入っている。中には、その御神籤文が二つ折りにされ入っており、おみくじはお持ち帰りの上、日常の指標にしてくださいとあり。

開くと、御神籤番号と共に、天八意思兼命兆(あめのやごころおもいかねのみことのうらかたなり)と有り、結果は「吉」であった。

「是は万事思慮ふかく、人に用ひらるる幸い有るうらかたなり。されど、人の為に常々つかはるることありて見に苦労あるべし、随分こころをこめて、事を成す時には、必ず成就すべし、遠くおもひはかりて幸福を求むべし。」とあった。

佐藤にとっては、その通り!と腑に落ちるおみくじであった。お隣りの「ひゃ〜参謀」の結果は「平」らしいが、なんだかね。「ひゃ〜参謀」には、黄金の運気向上守を、自分ようには「芸能上達守」(赤)を所望したのだ。
その後、鏡池をズルズルとめざした。

【戸隠鏡池】
中社より、奥社に向かう道すがら、数分で、左側に「鏡池2q」の標識があった。佐藤は、標識に従い、左折し、山道を降りる。そこには紅葉を散策する人々姿が有った。ちなみに紅葉の時期の土日はマイカー規制がひかれ、車では入れないらしい。

ここは、映画「仮面ライダーアマゾンズ THE MOVIE 最後ノ審判」でも撮影に使われた。我々は平日だったので無事に鏡池の駐車場に車を置くことができた。

駐車場から鏡池に向かう道すがら「クマ出没注意」の札がかかっていた。そして鏡池の案内板の横にも、でかでかとクマ(リアル アルクマ)出没注意の立て看板が有った。

クマ出没というよりも、彼らの「生息場所」に、我々が出没しているのだ。であれば、そこは、ほら、くまさんには、登場して頂かないように願うしかないのだよ。我々は、鏡池の前の草原にたたずむ。ただ、佐藤は先ほどから、この草原(くさはら)に寝ころびたい衝動に駆られていた。


●リアル・アルクマ情報が・・・●.jpg

●リアル・アルクマ情報が・・・●



●死んだふり(?)●.jpg

●死んだふり(?)●



なぜだかわからないが、とにかく地球が呼んでいるのだから仕方がない。佐藤は、ひゃ〜参謀に「寝ころびたい」と打ち明けるとともに、草原に勝手にあおむけに寝ころんだ。


「クマに寝たふりは通用しませんよ」



とあきれる「ひゃ〜参謀」を横目に、大地に手をひろげる佐藤。「う〜ん」この大地のみなぎる力、青く澄んだ空、戸隠の山々なんて心地良いのだろうか。


●鏡池に写る戸隠の山々●.jpg

●鏡池に写る戸隠の山々●



その後、池のそばにたたずむと、確かに池に山が映り込んでいた。「ひゃ〜参謀」に写真を撮ってもらい、その場から離れると、なんと池の表面に風が吹き小波がたち、先ほどまで凪いで映っていた山の姿が消えてしまったのだ。

その一瞬の出来事は、神々のなせる技としか思えなかった。その後、鏡池を一望できる、カフェレストランどんぐりハウスにて食事となった。ここで摂れるガレットとは、フランス・ブルターニュ地方の伝統料理である。我々はメニューの中から、ハムとチーズとタマゴとサラダのガレットを選択。佐藤は紅茶と共に頂いた。

ガレット(仏galette)とは、円形のお菓子を意味するフランス北西部の郷土料理である。こちらのガレットは、そば粉100%の生地でできており、注文を受けてから1枚ずつ手焼きしているのだ。

真白い四角いお皿に、蕎麦色の生地と、レタスをふんだんに盛り付けたサラダが添えられている。中を覗けば、中央に目玉焼きが顔(笑)を出しているのだ。もちろん「ひゃ〜参謀」の分はまだ来ない。手焼きだからねぇ〜。


●カフェレストラン・鏡池どんぐりハウス●.jpg

●カフェレストラン・鏡池どんぐりハウス●




佐藤は、お先に頂くことに・・・。ナイフとフォークを使って、端の方を切り取り頬張る。鼻に抜ける蕎麦の香りと共に、カリカリとした食感ののち、モチモチさが口の中に広がって行く。“美味しい”。

やがて、 「ひゃ〜参謀」にもアツアツのガレットが運ばれて来た。チーズとハムとガレットの食感がたまらない。時々、レタスのパリパリ感を楽しむ。

見た目は、「これじゃ夜まで腹にたまらんな」と思うシロモノなのだが、いえいえ、これが意外にボリュームがある(笑)。ちなみに、お店でクマの出没状況を伺ったところ、最近はほとんどないとのこと。まぁ、しかし、それはアルクマさんのご都合しだいですからねぇ。

さてさて、お腹が膨れたところで、上越市めざすことに。上越自動車道に入る手前には、道の駅・しなのがある。ここは、研究所の仲間ナウマン君の生まれ(?)故郷(笑)。道の駅の真ん前には黒姫山があり、隣りには妙高山が聳えている。

そこの自動販売機には、このような案内が書かれていた。いやぁ〜、このような案内は旅をわくわくさせる力がありますねぇ。まだまだ旅は続きます!


●黒姫山をバックに(道の駅・しなの)●.jpg

●黒姫山をバックに(道の駅・しなの)●



●道の駅・しなのにて・・・・●JPG.jpg

●道の駅・しなのにて・・・・●



●新潟へ向かうのだ!●.jpg

●新潟へ向かうのだ!●



●新潟に到着し、朱鷺メッセにて、弥彦山と角田山を眺める●.jpg

●新潟市に到着し、朱鷺メッセにて、弥彦山と角田山を眺める●



■カフェレストラン 鏡池どんぐりハウスのデータ
長野県長野市戸隠2039-10
050-5595-5779 予約は不可
今シーズンは、11月23日頃~冬期休館。再OPENは4月下旬の予定毎月第3水曜日 
※5月、8月、10月は無休 (季節により時間変更 する場合あり)。詳しくはお出かけ前にネットなどでご確認ください。



(某区で「企業主導型保育所」で、保育士らの「一斉退職」が起こっていた。取材に対しトップは「給与の遅配はないが・・・」云々。でも辞めた側に取材すると「未払いあり」。これじゃ信用できんわな!To Be Continued!!)

posted by さとうはあまい at 15:53| 島根 ☀| Comment(0) | 見聞録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月30日

奮闘記・第1068回 研修会のツボ/新潟県

●2018年● 新潟県長岡市&新潟市


新潟県ホームヘルパー協議会

《訪問介護計画作成研修(怒涛の前期研修)》



皆さま、お元気でしょうか。暖かい(?)新潟から帰って参りました。でもなんか物足りない。さてなんだろう? 
こう、なんというか・・・。あれよあれ!なにかが足りない。ドカっと・・・こう、いや止めておきましょう。
どうも言霊はこわい。来週早々にも・・・。うーん!


それはともかく、この研修は、新潟県からの委託事業として新潟県ホームヘルパー協議会さんが開催している研修である。

この研修の目的は『新潟県訪問介護資質向上推進事業は、介護保険制度における在宅サービスの中心になる訪問介護サービスの資質向上のため、現に訪問介護保険業務を行っているものを対象に、高齢者の多様化するニーズに対応した介護の提供のために必要な知識技術的に関する研修を行うものである。』としている。

佐藤がこの研修に携わらせて頂いて、はや10年余りが経過している。有り難いことである。当初、この研修は4日間の連続研修で新潟会場のみ。

その後、研修会場を長岡会場新潟会場の2箇所で開催することになった。もちろん、会場には、新潟県ホームヘルパー協議会の会員皆様をはじめ、会員で無い方も参加していた。

とは言え、年々4日間連続しての研修参加が難しくなっているとの意向を受け、今年は、前半2日後半2日間で行うことになった。もちろん、佐藤は、長岡駅から新潟駅を移動して計4日間(前・後泊を含め、6日間)連続して滞在することに変わりはない。ハハハ。


●JR長岡駅の良寛さんに再会!●.jpg

●JR長岡駅の良寛さんに再会!●


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●長岡花火の花火玉、街中にいろいろなものがある(JR長岡駅にて)●



今回は前期研修の報告である。会場には、ホームヘルパー協議会の事務局を一手に引き受けている勢能さんが出迎えてくれた。どこの団体も、この事務局の力がないと研修は開催できないのだ。事務局は大切にしないとねぇ!

この研修では、参加者の方から1事例を提出して頂いている。勢能さんはその事例を取りまとめて佐藤に送ってくれ、佐藤は送られてきた事例を一つひとつ丁寧に読み込み、赤字で添削を行い、シュルシュルと当日持参した。

いや〜、事例といえど、皆さんが張り切って仕事をしていることが伝わって来る。佐藤にとってはかけがえのない、有意義な時間であった。

余談だが、せっかくの有意義な時間のあと、東京に帰って来ると、まぁ変なのに、某書類の文章を変なふうに書き替えられることがあって、晴れていた気分が塞いでしまった(笑)。そういうときこそ、「そうだ。新潟に行こう!」である。


●佐藤と応援する仲間たち●.jpg

●佐藤と応援する仲間たち●



さて、前期の研修は長岡会場新潟会場の順番で行われた。

◆前期研修で行ったこと

【第1日目】
(1)介護保険制度とサービス提供責任者の業務の理解
(2)訪問介護サービスの内容に関する管理及び指導業務(演習)
(3)訪問介護サービス内容(生活機能分類と訪問介護)

【第2日目】
(1)訪問介護計画の作成と展開(老計第10号について)
(2)緊急時対応と及びリスクマネジメント
(3)訪問介護サービス内容に関する管理及び指導業務(講義)


●長岡会場の研修風景●.jpg

●長岡会場の研修風景●



【第1日目】

1.介護保険制度とサービス提供責任者の業務の理解
訪問介護員であるならば「介護保険制度」について正しい知識を蓄えていて欲しい。そこで、はじめに、介護保険制度の歴史と、利用者さんが介護保険制度を利用するまでの仕組みを説明した。

@介護保険制度を利用するまでの道のり
ステップ 1
利用者が介護保険制度は申請制度により、利用する人々が、市区町村(保険者)に申請(利用を希望することを表明する)ことからスタートする。

申請を受け付けた保険者は、パンフレットなどを用いて、利用希望者に介護保険制度の仕組みを説明する(はず)。その上で、要介護認定を受ける必要があることを説明し、要介護認定申請書の提出を支援する。

ステップ 2
利用希望者は要介護認定の申請を行い、認定調査員による調査を受けた後、やがて(おおむね1か月)判定結果が届くのである。その要介護認定の結果は、新たな介護保険証と共に利用者に交付されるのだ。

その通知には、居宅介護支援事業所一覧(見たってわからんだろうに)が同封されており、介護保険制度を利用するためには、居宅サービス計画を作成する必要があること、その計画は居宅介護支援事業所の介護支援専門員が作成するので、自分で居宅介護支援事業所を選択するよう云々などと書かれているのだ。

ステップ 3
要介護認定が降りたのちには、居宅サービス計画を作成しないと介護保険はまぁ、利用できない。そのため、利用者は、居宅介護支援事業所に介護保険を利用したいということを相談する。現在は地域包括支援センターへの相談が多いようだが・・・。

相談を受けた居宅介護支援事業所は、介護保険の利用方法について説明し、介護保険制度を利用する意向の有無を確認する。

次に、介護支援専門員の役割について説明する。そして、利用者が居宅介護支援事業所を選択できるように支援するのだ(自社を選んで来たとしても、この時点で他の事業所も選択できることを説明しないといかんですよ)。

その上で、利用者の意向を受け、当該事業所の重要事項などを説明し、利用料金等について説明するのだ。

今は、居宅介護支援事業所の利用料金は、全額保険給付されているが、やがては利用料金が発生するような議論がなされているからね。お上は下々が困ることならなんでも導入するくらい考えておかないといけない。

本音はさておき、いくらかかるかをしっかり伝えないとね。もちろん、居宅サービス計画は自分でも作成できるということも説明しないと。

「ここまで」が利用者の介護保険制度を利用する際のいわゆる「入り口」の部分にあたる。

A介護支援専門員の役割
さて、新潟県が北陸地方ではなく、中部地方であるのと同じくらい、知っているようで、正しく理解されていないのが、介護支援専門員の役割ではないだろうか。でも岐、・・・やめておこう。

介護支援専門員は、利用者に居宅サービス計画を作成する。そして利用者とサービス事業所を結び付け、給付を管理するのが役割である。そこで介護支援専門員は、利用者等が市区町村へ「居宅サービス計画作成依頼書」を提出するように支援するのだ。

もちろん、市区町村への提出は利用者等の依頼を受けた介護支援専門員が代行できることを説明するのである。

市区町村へ「居宅サービス計画作成依頼書」が提出されると、担当する「居宅介護支事業所の名称」が記載された介護保険証が利用者宅に届くのである。結果、その居宅介護支援事業所が該当する利用者の給付管理ができるというか、まぁ「全振り」に近いのだが。

B居宅サービス計画作成の手順
契約が締結したら、介護支援専門員は利用者の家を訪問して、居宅サービス計画の作成方法について説明する。

介護支援専門員は、フェイスシートやアセスメントシートなどを用いて、国が定めた課題分析標準項目に沿って、利用者の現在の状態を把握する。

その上で、利用者及び、家族それぞれの困りごとを明確にしていく。そして、その困りごとをどうしたいのか? どうなりたいのか?の意向や要望を把握する。さらに、支援の専門職としての意見を伝え、それらをすり合わせて、生活全般の解決すべき課題を導き出すのである。

実は、この課題を導き出す方法が、介護支援専門員によって様々なのである(またはデ●ラメとも)。

なぜならば、国はインプット(課題分析標準項目)の内容は統一したが、アウトプット(課題を導き出す視点)を統一しなかったのである。わが国は全く・・・。

ここで、佐藤は、平成14年に「かなりわかりにくい」が、一応日本語訳にはなっている「生活機能分類」について説明した。まぁ聞く耳はともかく、この訳がもっとわかりやすかったら、もう少し普及していたかも知れない。

さて、平成27年度の介護報酬改定において、居宅サービス事業所が果たす役割として「心身機能の維持向上」「活動の維持向上」「参加の促進」生活援助(家事代行)介護負担の軽減が示されたことについても説明した。

であるならば、「生活全般の解決すべき課題」 「心身機能の課題」「活動の課題」「参加の課題」「環境(家事代行・家族・地域)などの課題」と分類することで、アウトプットが統一できるのではないか?と説明した。

さてさて、こうして「生活全般の解決すべき課題」を明確にしたのちには、「長期目標」を設定し、長期目標を達成するために「細分化された短期目標」を設定するのだ。

そして、その短期目標を達成するために「必要なサービス内容」を導き出す。その上で、そのサービス内容を担当するにふさわしい「サービス種別」を選出するのである。

介護支援専門員は、この時点で利用者に「サービス事業者一覧」などを示し、利用者がサービス事業者を選択できるように支援することを説明した。

いや〜、利用者がサービスを利用するまでは、このように本当に長い道のりがあるんですよ。お上は、よほど「使わせたくないんじゃないか?」と思ったほど。

でも、「持続可能な介護保険制度について、(少しでも)念頭にありましたか?」と聞いてみたくなるほど、ジャブジャブと介護保険を使わせたんだから、「使わせたくない」わけではなかったのだろう、ただ、医療保険の二の舞になっただけで・・・。

さてさて、利用者がサービス事業者を選択したら、介護支援専門員はその事業者にサービス提供が可能か否かの問い合わせを行う。

訪問介護事業所では、サービス提供責任者(サ責)が受託可能かどうか、「サービスの申し込みにおける調整」を行い、受託の可否を担当の介護支援専門員へ伝える。そして、受託可能な場合には「居宅サービス計画(原案)」を提示して頂くのである。

Cサービス提供責任者の役割
C−@サービス内容の説明及び選択に資する援助
さてさて、ここからがサービス提供責任者の業務と責務の説明である。
ここからは「居宅サービス等の事業の人員設備及び運営に関する基準」を用いて説明した。

本来であれば、管理者がサ責をはじめ、訪問介護員へ説明する責務があるのだが、なかなか浸透していない。まぁ無駄かも知れないが管理者の責務を全うして頂きたいと切に願う次第である。

居宅サービス計画(原案)を受け取ったのちは、利用者に事前訪問を行うための連絡を取る。そしてサ責として事前訪問を行い、利用者の選択に資する援助を行うのである。

サ責は、事前訪問にて重要事項説明書などを用いて、訪問介護の人員やサービス内容及び費用について説明を行い、利用者の選択に資する援助を行う。その上で、利用者からの選択(契約)を受けて、訪問介護計画の作成方法を説明するというわけである。

C−A訪問介護計画の作成の手順を説明する
サ責は、居宅サービス計画内で、提供された「サービス内容」に沿って「利用者のしていることやできることできないこと」を利用者と共に明らかにする(アセスメント)

そして、ヘルパーが行う「具体的なサービス内容(援助方法)」を明確にする。その上で事業所へ戻り、訪問介護計画を作成するのだ。

Dサービス担当者会議へ参加する
そして、居宅介護支援専門員が開催するサービス担当者会議に参加し、他のサービス事業者と情報を共有した上で、居宅サービス計画の承認が行われる。

サ責が、サービス担当者会議へ参加するのは責務のひとつである。ただし、サ責がサービス担当者会議へ参加しても、そのための介護報酬なぞはついていない。だから、会議は速やかに進め、スルスルと迅速に終了して頂きたい。

そのためには、事前準備が必要となる。

そこで2回目以降は、モニタリング後、担当ヘルパーとケアカンファレンスも行い、短期目標の達成の度合いをなんとか把握し、居宅サービス計画が更新されるように支援する必要がある。

そこで、モニタリング時には、利用者の「心身機能」「活動」「参加」「環境」について情報をまとめて参加するように心がけることを伝えた。

なんせ、生活機能を意識しないと、医療関係者に忖度し過ぎなのか?サービス担当者会議の検討する項目が、利用者の健康状態の推移に始終しかねないのだ。

Eサービスが開始される
サービス提供は、サ責がヘルパーにオリエンテーションをはじめることからスタートである。もちろん、サ責は初回訪問を行い、ケア手順などを明確にしておく必要はあるのだが・・・。

ヘルパーに対する利用者情報伝達の手立てには、「居宅サービス計画」「利用者の基本情報」「訪問介護計画」「ケア手順」である。

サ責が、ヘルパーと同行訪問を行い、利用者にヘルパーを紹介する。そして、サービスの提供方法を実践しながらヘルパーに注意事項などを伝達するのだ。ここまでできて、いわゆるOJT(実践研修)となる(これは研修であるからにして、ヘルパーには研修報告を書いて頂くことになる)。

Fその後定期的にモニタリングを行い利用者の状態の変化を把握して介護支援専門員へ報告をする
そして、利用者の状態の変化に応じて、居宅サービス計画が更新されるように支援する。その後、居宅サービス計画の更新ごとに、訪問介護サービス計画も更新されていくのだ。

この時点で、参加者は、介護支援専門員の役割やサービス提供責任者の役割を知って、介護保険を利用することがいかに時間を要することなのかを理解されたようである。

2.指導業務(演習)
ここでは対人援助をする人々に対して、「自己理解」を深めて頂いた。手法はもちろん交流分析である。皆さんは自分と向き合い、自分のパーソナリティや、他者と関わる傾向を数値やグラフで知り、一人ひとりが「なにか」に気づかれたようであった

3.訪問介護サービス内容(生活機能分類)とは何か
ここでは、再度生活機能分類について説明を行った。

心身機能の課題とは、健康状態についての課題であること。活動の課題とは、ADL日常生活動作。IADL手段的日常制活動作の課題であること。参加の課題とは、利用者の役割・他者との交流・趣味活動に関する課題であること。

そして、介護保険制度を利用している人々は、IADL(手段的日常制活動作)が必ずしも一人できるとは限らない。そこで、利用者に可能な範囲を手伝って頂きながら、一緒に掃除や洗濯や調理をするのであれば、それは利用者に役割を提供していることとなる。そこで、一緒に行う支援(役割の提供)は参加となるのだ。

環境の課題とは、家族や地域、及び家事代行に関する課題である。そもそも、家事代行(生活援助)は家族が担う部分である。

それが、一人暮らしや家族が病気などで家事ができない場合に、訪問介護の生活援助が提供されるのである。さすれば家事代行は環境整備の課題となるであろう。

また、介護には家族の力が不可欠であるし、利用者は地域の中の一員であるならば、地域とのかかわりも課題となる。

生活機能分類は、馴染みのうすい言葉でもあり、最初は抵抗があるかも知れないが、この程度に納めておけば、常日頃皆さんが支援している内容となるので、比較的理解しやすいのではないだろうか。


【第2日目】

1.訪問介護計画の作成と展開(老計第10号について)
ここでは、老計第10号について今年の介護報酬改定で見直された内容と、テキスト(拙著『よくわかり、すぐ使える 新訪問介護計画のつくりかた』(日本医療企画・刊)を併用して解説した。

そもそも「老計第10号」とは、平成12年3月17日付で、厚生省老人保健福祉局老人福祉計画課長から、各都道府県の各都道府県介護保険主管部(局)長宛に通知された訪問介護のサービス行為ごとの区分等である。

これが、現役の訪問介護員である皆さんも知らないということに、佐藤は驚いてしまった(だいたい知ってたけど)。介護支援専門員が知らないのは有名(これで介護保険の番人とは!)であるが、現役の皆さんまでが知らないとは・・・。

ここでも管理者にはしっかり説明して頂きたいのだが、まぁ管理者も知らなかったりする方が多いから、なんともなんとも・・・。

実は、このstrong>老計第10号が、<今回の介護報酬改定で、なんと設定以来、はじめて見直しが成されたのである。いや、長年「無かったこと」とされ、忘れ去られていたものが、突然発見されて、世界遺産になったようなものである。当然無視していた人々は驚愕(おおげさ?)しただろう。

つまり、平成30 年度介護報酬改定においては、訪問介護について、身体介護に重点を置いて報酬を引き上げるとともに、生活機能向上連携加算の見直し、「自立生活支援のための見守り的援助」の明確化。訪問回数の多い利用者への対応を行うことにより、自立支援・重度化防止に資する訪問介護を推進・評価することとしたのだ。

ここでは、佐藤が作成した「須藤さん事例」をもとに、生活機能を意識して作成した居宅サービス計画と訪問介護計画を説明した。その上で、佐藤が添削した皆さんの事例をこの段階で皆様にお戻した。すると、皆さんは、佐藤からのメッセージを、それはそれは、真剣に読まれていた(笑)。

次に佐藤が作成した「須藤さん事例」の訪問介護計画書を参考に、皆さん一人ひとりが持参した事例をもとに訪問介護計画書を「生活機能分類」を意識した計画に作成仕直して頂いた。

といいつつも、演習時間が短かったこともあり、結局宿題となってしまったのだが。参加者の皆さ〜ん! 日々のお仕事も大変だとは思いますが、ぜひ宿題を仕上げて後半に持参願いしますよ!!

午後からは、2つの項目をKJ法を用いて、わいわいがやがやと取り組んで頂いた。

2.緊急時対応と及びリスクマネジメント
リスクとは、文字通り「危険」なことを指す。訪問介護ならば、いわゆる介護事故であろう。まぁ、恐ろしいのは、介護職のヒヤリ・ハットは、たいがいがすでに「アウト」なのだが・・・。

そこで、訪問介護事業所では、リスク(介護事故)を回避するために「ヒヤリ・ハット」を残しヘルパー同士が共有できるようにしている。は、ヒヤリ・ハットの段階でヒヤリを未然に防ぐということをしていないからと考えられる。

そこで、ここではヒヤリ・ハットからそのヒヤリを未然に防ぐ手立てを考えて頂いた。そもそも、ヒヤリ・ハットは、「転倒したが怪我が無かった」などというものでは無い。怪我が無くても、側に付いていて、転倒したらそれはすでにアウト! そうもう事故なのである。

そこで、「ヘルパーならでは」のヒヤリ・ハットが続々と出てきた。例えば「ネズミの糞を見つけてヒヤリとした」「スズメバチが巣を作っていてヒヤリとした」など。

あるいは、「洗う前のお茶碗にヒビが入っていてヒヤリとした」とか。まぁ、出るわ出るわ。
一人の意見にみんなが重ねて、みるみる模造紙は、付箋でいっぱいになっていった。

佐藤は、付箋が出そろったところで次の作業を伝えた。

@皆さんが出した内容で似たような仲間を集めてひとまとまりとする。
Aそのヒヤリを眺めて、放置したら、考えられる「介護事故」を書き出す。
Bそのヒヤリや事故を未然に防ぐ手立てを考えて、介護事故の下に書く。

この作業をはじめると、皆さんジーッとはしていられなくなり、ついつい立ち上がる。この常日頃では体験できないところがいいよねぇ。

皆さんが作成した模造紙はホワイトボードに掲示して、それぞれにスマホ等のカメラで写して、各自お持ち帰りをして頂いた。


●「ヒヤリ」を書き出す●.jpg

●「ヒヤリ」を書き出す●


●想定される事故と対応策●.jpg

●想定される事故と対応策●


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●「ヒヤリ」が勢揃い●


●長岡会場の紅葉●.jpg

●長岡会場の紅葉●


●ヒヤリハットを共有●.jpg

●ヒヤリハットを共有●


●研修計画を作成し発表した●.jpg

●研修計画を作成し発表した●


●JR長岡駅でレルヒさんがお見送り!ん?●.jpg

●JR長岡駅でレルヒさんがお見送り!ん?●




3.訪問介護サービス内容に関する管理及び指導業務(講義・演習)
しかし、「ヒヤリ・ハット」を共有しても、事故を完全に防ぐことは難しい。しかし、減らすことはできるはずだが、できていない。その原因

さーて、2日目最後は、指導業務(スーパービジョン)について簡単に講義を行った。そして、皆さんは対人援助の専門職なので、一人ひとりがある時はスーパーバイジーであったり、またある時はスーパーバイサーになり得ることを説明した。

次に、各グループで研修計画を作成した。ここでも模造紙と付箋が大活躍。模造紙を12等分にして、いざ研修計画作成研修のスタートである。

付箋に書き出すこと
@ヘルパーが行くことで利用者が助かっていること。
A訪問介護員同士、お互いの支援に対して困っていること。

その次は、付箋を眺めて同じような内容に分類する。この時に12個にまとめるように指示を出した。そして、12等分した枠内に付箋を収めるように伝えた。

まず、模造紙に線を引き、12か月を入れ込み、付箋を眺めて、研修名を書くのだが、ありきたりの研修名では、ヘルパーさんの参加が見込めない。

そこで、ヘルパーさんが参加したくなるような「キャッチ・コピー」を考えるのだ。皆さんは、すでに先ほどのヒヤリ・ハット(のブレインストーミング)で頭を使い切っているようだ。

そのせいか、なかなか付箋が増えていかない。もしかして飽きてしまったのか?(笑) なんせ、フリーチャイルド(FC)は、まぁ瞬発力はあるが継続がなかなかできないからねぇ・・・。自己理解!自己理解!自己理解!

それでも「ブタさんタイマー」が時を刻むに連れ、模造紙は付箋でいっぱいになっていった。終了30分前には、見事に研修計画を作成できたのだ。


●さて、こちらは新潟会場●.jpg

●さて、こちらは新潟会場●


●自分の事例で計画を作成する●.jpg

●自分の事例で計画を作成する●


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●夢中になると立ち上がるらしい●


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●メンバ−4人でも頑張れる●


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●新潟会場のヒヤリハット●



佐藤は、ラスト30分を使って、皆さんにグループ発表をして頂いた。最初は会場の参加者に向けて、自分がどこから来たのか自己紹介を行う。その後、研修計画を発表するというわけだ。

ラストにマイクを持った人が、「ええ、まさか自分が発表者なのお?」という感じで他のメンバ−から押し出されて発表をするのだが・・・。どの方も、堂々としており、上手に発表されたのが印象深かった。これにて研修の前半戦が終了である。


●みんなで発表ドキドキ●.jpg

●みんなで発表ドキドキ●


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●男性が大活躍!●




皆さま、次回は11月6日からスタートです。今度は新潟会場から始まります。新潟の方々、宿題をやる期間が短いですが、どうぞ張り切ってくださいね。長岡の皆さま、宿題をする時間が新潟の方より少し長いです。どうぞ、頑張って仕上げてくださいませ!

佐藤は皆様との再会を楽しみにしています。ではでは!



(どこかの某国がまた暴走している。うるさいから一刻も早くビザを復活して、互いに入国制限の上、入国審査の厳格化がいい。そうすればお互い会わなくて済むし、互いに嫌な音楽も聞かなくて済むからな!To Be Continued!!)
posted by さとうはあまい at 13:07| 島根 ☀| Comment(0) | 研修会のツボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月21日

奮闘記・第1067回 研修会のツボ/東京都

●2018年● 東京都葛飾区


葛飾区高齢者総合相談センター

ケアマネジメント支援研修
〜 課題分析標準項目の書き方研修 〜



皆さまお久しぶりですね。気づけば、10月も20日が過ぎてしまいました。こういうのが歳をとる秘訣なんだよなwww。

佐藤はこのところの気温の変化ですっかり風邪をひいてしまったようですね。鼻声となり、しかも耳の聞こえも悪くなり(前から?)、マイクを通して聞こえてくる自分の声が聞きにくく難儀しております。

そのような中で、葛飾区で活躍している介護支援専門員の方々と関わって来ましたので早速ご報告しましょう。


【課題分析標準項目の書き方研修】
「あの、白い空欄には、いったい何を書けばいいのか?」
〜 書くことがわかれば、質問の方法もわかるというもの 〜


今回のお題は標記の通り、「課題分析標準項目」の、あの白い空間には何を書けば良いのかという研修です。

いつもどおり、亀有香取神社で必勝祈願した。ん? 境内にはおしゃれなカフェが出来ていた。ケーキがおいしいお店ですぞ。


●今日も亀有香取神社に立ち寄り●.jpg

●今日も亀有香取神社に立ち寄り●


●境内には、なんとカフェが!●.jpg

●境内には、なんとカフェが!●




それはさておき、佐藤はむかし、某県で介護支援専門員の実務研修を長らく担当していた。

某県の実務研修では、参加者は前期終了後に実習を行い、課題を作成する。その課題を決められた期日までに仕上げて、事務局へ提出することになっていた。

事務局では、提出された課題をまとめて佐藤の所に郵送し、佐藤は送られてきた課題を全件チェックして添削をしていたのだ。まぁ、良くも悪くも、参加者の作成した課題を全件チェックする講師など皆無に等しいであろう(笑)。

実はこの全件チェック、自分の講義が参加者にどのくらいわかりやすく伝わったのか? それを把握できるツールにもなっていたのだ。

そして、全件チェックをしていると、介護支援専門員の試験に合格したからといって、この課題分析標準項目がすらすら書ける物ではないということがわかった。まぁケアマネ業務もそうなのだが。

なぜあの試験ができるとケアマネ業務ができると思うのか? 国の考えもよくわからないのだが(笑)。

それはそれ。もちろん、記入方法はテキストに沿って伝えた。でも、いくら書く内容が理解できたとしても、その材料を入手しなければ書くことはできない。

その入手方法が、利用者及び家族とのコミュニケーション(相談援助や対人援助)なのだ。


●スタート前に現状把握する●.jpg

●スタート前に現状把握する●



●自分が持参した帳票を確認して頂く●.jpg

●自分が持参した帳票を確認して頂く●



■研修で行ったこと
(1)課題分析とはどうすることなのか。
(2)各項目を収集する視点について。
(3)資料を用いて書く内容を説明。
(4)参加者同士で情報共有。



研修時間は2時間。参加者は40名とのこと。主催した方々はこんなに参加することは珍しいと話されていた(昨年も全3回シリーズで研修をしたこともあり、皆さんが参加しやすかったのではとのこと)。佐藤は簡単に自己紹介の後、その後、一気に話に入った(笑)。


1.課題分析とはどうすることなのか
課題分析=真のニーズを見つけ出すということ。その手法は下記のような状態となる。重要な点は、@〜Cは重なり合っていることにある。

 @ 利用者の現状を把握する。
   A 現状においての困りごとを把握する(改善・維持・悪化の判断材料)。
     B 困りごとをどうしたいか・どうなりたいかを把握する(目標の把握)。
       C 介護支援専門員等の意見を記入する(必要な手立てを提案する)。


そこで、介護支援専門員が利用者の現在の状態を把握する時に、それぞれが偏った情報収集をしないように、国が情報収集する項目として定めた物がこの「課題分析標準項目」なのだ。


●説明に耳を傾ける参加者●.jpg

●説明に耳を傾ける参加者●



2.各項目を収集する視点について
この課題分析標準項目は、「基本情報に関する項目」と「課題分析(アセスメント)に関する項目」とに分かれている。

まずは、基本情報に関する項目や、アセスメントにに関する項目は、どのような内容なのかをしっかりと把握しておく必要がある。そして、これからする事を利用者やご家族に、この課題分析標準項目が記載された帳票をみせて、これらの情報を伺うことを、丁寧に説明する必要がある。

断りもなくいきなり紙を出して、メモられるほど不愉快なこともない。もちろん、利用者や家族は、ここまで来る過程で、そのような失礼な取り扱いにはうんざりするほど突き合って来ている。

介護支援専門員が、帳票をみせてこのような情報を入手したいと、丁寧に依頼すれば、利用者や家族も協力してくれるだろう。なんせ、ことを早く終わらせたいのはお互いさまなのだ。

すでに住所や氏名などは、ここまでに来る段階で入手しているであろう(なきゃこれないし、それ以前の問題だが)。それらの情報は前もって転記しておくと良いであろう。もちろん、書類を開いた段階で「これは○×包括支援センターの○○さんより伺いましたが・・・」などと説明しても良いのだが。

その後は自分が知りたい情報から入手する。この時に、落としどころ(生活全体の解決すべき課題)を見極めている必要がある。そう、この落としどころこそ、自立支援の視点と生活機能分類の視点なのである。

自立支援の視点は、本人のしていることやできることを奪わないということ。

もちろん、本人や家族は「できないこと」を中心に訴えて来る。時には怒涛のように訴えてくる。なんせ、困っているのだ。

そのできないことに振り回されず、その中でも「していること」「できること」を把握すること。その上で困りごとを具体的に聞き出し、「それをどうしたいと思うか」を把握するということである。
合わせて、家族のしていることやできることも奪わないことが重要。支援をしていると、介護者(妻や夫、娘や息子)などが、それはそれは丁寧な介護をしている場合がある。そのような方は、「介護が大変だ」という方と、「自分が介護をしたいから大丈夫」という方などとそれはそれは様々なのだ。

もちろん、家族は、介護支援専門員に介護の大変さを訴える。でも、それは代わりの物品がただ欲しくて訴えているというわけでは無い(中には物品やヘルプ自体を求める方もいる)。その多くの方は、「自分のがんばりを認めて欲しい、聞いて欲しい」と思っている。

介護支援専門員は、人さまの話を伺うこと(聞くこと)も商売のうちである。

聞くということは、すなわち、傾聴・共感・受容・感情の表出を支援するということ。間違っても、初回面接時に「そんなに大変ならばショートステイを利用したらいかがでしょうか?」なんて、いきなり御用聞きに変貌してはいけない。なんでも順序よいうものがある。


◆生活機能分類の視点とは
心身機能の課題・活動の課題・参加の課題・環境の課題を意識するということ。介護支援専門員の多くは、サービスを入れ込む視点はお持っているのだが、課題を振り分ける視点となると難しいようだ(笑)。

もちろん、研修でも、「関係性がある物はまとめましょう」とは言うには言うのだが。介護支援専門員の主観も入りまくるから、課題が多かったり少なかったりしてしまう。だったら、生活機能分類の4つの視点を持つことで、情報も得やすくなるというもの。

特に着目して欲しいのが「ADL」と「IADL」だ。

「ADL」は、主に基本的日常生活動作BADL、つまりBasic ADL)。「IADL」は、手段的日常生活動作である。

基本的日常生活動作は、生活機能分類では「活動」に分類される。手段的日常制活動作は、別名家事活動ともいわれ同じく「活動」に分類されている。

ここで、介護保険制度を利用している方々は、この家事活動に不自由さが出てくるのだ。ただ、ただ、自分の思いどうりにいかない、まどろっこしさや不自由さからは他者のやることに対して「不満」が出やすくなる。

そこで、ヘルパーさん達などに「こうして欲しい」「ああやって」「違うわよ! こうして欲しいの!!」などと要望を伝えてくることになる。

そこで「賢い方」は、その要望を出すということを利用者の役割として設定するのだ。役割は、生活機能分類ではいわゆる「参加」に分類される。

当然、利用者は自分の要望を伝えるときには、ヘルパーさんの側に付いてくる。そうなると、ヘルパーは一つひとつ確認したり、時には「どうやるのですか?」と伺ってお手本を示して頂いたりする。

このような支援は、「老計第10号(訪問介護のサービスごとの区分等)」の1−6自立支援のための見守り的援助となり、報酬区分は「身体介護」となるわけだ。

一方、重度の利用者さんは、自分の身体のことでもう精一杯。だから家事活動に要望を伝えることなんぞ諦めている。

そのような方に対しての支援は、生活援助(家事代行)となるであろう。その家事代行が「生活機能分類の何処に入るか?」というと、実は何処にも含まれないのだ。

そこで、本来は家族や支援をする方がいれば、必要の無い支援であり、環境に入れても良いであろう。


●体を張って伝える佐藤(平常運転?)●.jpg

●体を張って伝える佐藤(平常運転?)●



3.資料を用いて書く内容を説明
さて、落としどころを意識することを伝えたので、ここからは資料を用いて項目に沿って説明した。

実はここの内容は、2012年に出した摂著、『ケアマネジャー最強のアセスメント力養成講座』に基づいて再校正をかけて内容を展開した。ここではその内容は省略する。

皆さんは、マイク越しに響く佐藤の声を聞きながら、時々うなずき、時々「うーん」とうなりながら最後まで静聴して頂いた。限られた時間であるから、泣く泣くはしょったが、資料は良いできだと自負している。引き続き困ったら引っ張り出して確認して頂ければ幸いである。


4.参加者同士で情報共有
さてさて、今回は皆さんに自分が使用しているアセスメント用紙を持参して頂いている。そこで、残り30分はお互いに現実どうしているのかを語り合って頂いた。

佐藤もグループ内を渡り歩き、質問を伺ったり、答えたりした。持参されたものの中には「課題整理総括表」「リ・アセスメントシート」なども散見された。ウ〜ンさすが現役のケアマネさんだ。カッコいいね。


●グループからの質問に答えてまわる●.jpg

●グループからの質問に答えてまわる●



会場内を周りながら聞こえてきたのは、「ソフトに入っているのは、チェックを入れるだけなのよね。困りごとや、要望なんてかけないのよ」とのつぶやきや、「課題分析標準項目のシートだけでは、ニーズを引き出すことは無理よねぇ。だって現状だけでは根拠にならないもの」とか。

「すいません。別の質問なんですが、いいですか?」
「はいはい。いいですよ」
「居宅サービス計画原案は、サービス担当者会議の前に事業所に渡すと」
「はいそうですよ」
「そして、サービス事業所が、アセスメントを行うということですか?」
「はい、そうですね」
「そんなこと、相談員さんやサービス提供責任者さんができるのですか?」
「そうですね。指定基準ではそうなっているんですが」


など個別に対応。そして、残り5分になったところで、今、伺った質問内容を皆さんにもお返した。


(1)課題分析標準項目だけでは、現状把握に留まってしまう。
そこで、意図的に、困りごとや要望を聞き出して記録すること。まぁ、過去に使用した「アセスメントチェックポイントシートは使いやすかったですね」と補足した。

(2)サービス担当者会議の前に、居宅サービス計画原案を配布する事について。
各サービス事業所には「あらかじめ」利用者や家族に、サービス内容や重要事項(費用も含む)を説明の機会をとって頂く必要があること。その時には、利用者に対して「サービスの選択に資する援助をしてい頂くことが必要であることを説明しました(介護支援専門員は、居宅サービス事業所の指定基準も遵守しないと!)。

ちなみに、サービス担当者会議の前に、居宅サービス計画原案を配布することは、『八訂 介護支援専門員基本テキスト1巻 介護保険制度と介護支援』pp.204〜208にイラストで案内されているのでご確認くだされ。

さてさて、本日の研修はこれにて終了!


●さて、〆の時間です●.jpg

●さて、〆の時間です●



次回は「支援経過記録の書き方」について行います。ご自分の支援経過記録をお持ちくださいませ! くれぐれも皆さまご自愛ください。

追伸
新潟県のサ責の皆さま! 佐藤は、来週は長岡市・新潟市に研修で出没予定ですぞ! まさか雪はまだ降らない・・・ことを祈りつつ、お会いできるのを楽しみにしております!!



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●アリオのポムズファームでお昼●



(ドタキャンでもジュリーは意外と好印象。なんせ、さいたまスーパーアリーナは自分には大きすぎると事前に言ってたらしい。いろいろあるけど、ジュリーを見てケンタッキー・フライド・チキンが食べたくなったなというのがもっぱらの噂だぜ!To Be Continued!!)
posted by さとうはあまい at 16:01| 島根 ☀| Comment(0) | 研修会のツボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月13日

奮闘記・第1066回 見聞録/島根県

●2018年● 島根県松江市

新装!小泉八雲記念館を訪問するの巻

〜 館長が探求した曽祖父の面影 〜


皆さま、いかがお過ごしでしょう? 

すっかり寒くなってしまいましたねぇ。でもまぁあの暑さが懐かしくなることはまずありませんが・・・。

さてさて、前回紹介したハンザケ(オオサンショウウオ)君の子ども達であるが、ハンザケ自然館さんのブログによりますと、館内入り口に展示しているケージの中で、子ども達が、それぞれのたまごの中ですくすくと育ち、誕生間近とのこと。

もう、この館が近くにあったら毎日でもいきたいところですがね・・・。

近いどころか東京スカイツリーより高いビルをひっそり作っててもわからないくらい、のどかな良い場所ですから。それはまぁ羨ましいが。佐藤は自然館のブログを見ながら誕生を心待ちにしているのである。


今回まずは、そのころに立ち寄った小泉八雲記念館と小泉八雲旧居のお話。まあ、佐藤のブログでもおなじみの場所である。この記念館は2016年に改装している。であるからして、今回は改装してからは初めての訪問となる。

ここ、小泉八雲記念館は、昭和9(1934)年に、小泉八雲(ラフヵディオ・ハーン)先生とその妻・セツさんが、明治24年5月から11月までの6か月間新婚生活を過ごした小泉八雲旧居の西隣に新築された木造平屋建ての和風建築の館であり、松江市立の文学館なのだ。指定管理者制度により、今は、NPO法人松江ツーリズム研究会さんが管理・運営している。それはまぁいい。

それが2016年7月に、展示構成を拡充・一新し、ライブラリーやホール、ミュージアムショップを備えた小泉八雲記念館として、初代の小泉八雲記念館開館から82年、日本人・小泉八雲が誕生して120年の歳月を経て生まれ変わったのだ。もちろん、館長は島根県立大学教授の小泉 凡(こいずみ ぼん)先生である。先生は、小泉八雲(ハーン)先生のご曾孫である。

ちなみに

「私はその人を常に先生と呼んでいた・・・。私はその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ「先生」といいたくなる・・・。よそよそしい頭文字かしらもじなどはとても使う気にならない。」

これはまぁ某・夏目金之助先生の文章である。ハーン先生や司馬遼太郎先生など、文章が好きな作家の方々については、拙文のなどでも「先先」と付けてしまうので、そこんところはまぁスールーして頂きたい。

小泉八雲旧居に来るようになって数年の時。旧居に入る前に、「ひゃ〜参謀」のケータイに東京から電話があり、「今日、旧居に凡先生がいるら・・・」というところで切れた(笑)。

すると、たまたま旧居で、小泉 凡先生が、子供たちに、激しく「小泉八雲学」をレクチャーしている熱き凡先生を目の当たりにした。

全然違うのよ、ふだんは紳士なのにほんとうに熱く語ってたのよ。後に、凡先生にお話したら、「いや〜そうでしたか」と照れてましたが(笑)。

そう、佐藤は凡先生と、2013年に一度お会いしているのだ。そして、なんと彼が奏でるピアノを目の前で観たことがある(奮闘記・第901回)。

佐藤は、当時松江ツーリズム研究会さんが企画・運営していた伝説の「松江ゴーストツアー」に参加したことがあるのだ。もう、ほとんど追っかけ。

松江に通うようになってから松江駅前の松江テルサにあるチラシを手に取るようになり、その中の1枚にこの「松江ゴーストツアー」のチラシがあったのだ。それから、このツアーに参加したい、参加したいと思っていたのだが、なかなか日程が合わなかった。

それが、ある時、宿泊を前倒しにすれば参加できることがわかり、思い切って「ひゃ〜参謀」に同行を依頼。そしてそれがついに実現したのだ。

このツアーには、《カラコロコース》《へるんコース》があった。へるんコースでは、蓬莱吉日庵で、凡先生の講演を聴講し、そのまま蓬莱吉日庵で夕食を頂き、その後にカラコロコースの人々と合流し、『怪談』ゆかりの地を巡るというものであった(そのうち凡先生が多忙なのかへるんコースは無くなったようだ)。

なんと、この日の参加者は、我々ともうひと組のカップルのみ。チラシには参加人数が少ない場合は中止と書かれていたが、参加者が遠方からの場合は無碍にできないと案内をしてくれたかたが話してくれた。

ということで、我々は凡先生を独り占め状態(尋問に近い)にして、話を伺うことができたのだ(笑)。

いよいよスライドを交えた凡先生による講演が始まった。凡先生の講演は、ハーン先生の生い立ち、彼が歩んだ地域、その地域の方々(外国の方々)との細やかな出来事や関わりの報告が主な内容であった。

凡先生は、ハーン先生の足跡を現地に出向き、今でも恐らく丁寧に調査研究をしているという。曽祖父の軌跡が残る場所を踏みしめるように何度も訪問し、情報を更新しているのだ。いいよ、ほんと。

でも、昨今は、ヨーロッパもアメリカもテロが多過ぎて、凡先生が巻き込まれてないかが心配になるのだが。曽孫の凡先生が語るハーン先生の姿は、身内としての愛情がそこかしこにあふれていた。

凡先生は、自分が目にした風景を写真に撮り、それらを紹介しながら話を続けた。ハーン先生ゆかりの建物を訪れ、門前払いにされ、塩をまかれた話や、その同じ家で持ち主が変わると、家に入れて温かく迎え入れてくれてもらったりしたそうな。写真の日付がどんどん若返って行く。

ご存じのようにハーン先生は、アイルランド人の父と、ギリシャ人の母との間に生まれている。出身地は、レフカダ島(リューカディア)である。凡先生は、レフカダ島の写真を解説する。その写真に描かれた風景は、紫煙る靄にしまなみが浮かび、眺めていると、松江の宍道湖の風景と重なった。

その後、ハーン先生2歳の時、アイルランドのダブリンに移り住む。まもなく父母は離婚し、同じダブリンに住む大叔母に引き取られることとなる。これでは宍道湖の夕日と重ねるようなゆとりはないかも知れない。恐らく、ほんとうに単純に宍道湖が好きだったのかも知れない。

凡先生は、ハーン先生の母・ローザさんについて、こう語る。

「ギリシャ生まれの彼女は、イングランドの気候に慣れなかったのも離婚の一因ではないかと」話してくれた。まぁ、しかしあの気候に慣れるのは、日照時間の短い秋田県に関東人が住みにくいのと似ているかも知れない(笑)。つまり難しい。

また、画家・安野光雅氏が、ハーン先生の母親の面影を求めて ギリシャへと渡り、その親戚であるという女性の家を訪ねた。そこで彼女が写った写真の存在について調べ、情報を収集して、アドバイスを受けながら、一枚の肖像画を描いたという。その安野さんが描いたローザさんの肖像画もスライドで見せて頂いた。

凡先生によれば、ハーン先生は、2歳の時に別れた母・ローザさんのことを慕っており、ずーと会いたかったという。母の肖像画が存在するならば、全財産をつぎ込んでも手に入れたい、と語っていたという。

その後も、ハーン先生には、阪神タイガースのK前監督や八戸学院大学の監督さんのような不幸が重なっていた。

イングランドの神学校に在学中、16歳の時に左眼を失明し、父が病死。翌年に大叔母が破産するなどで学校を退学する。その前後にはフランスでも教育を受けているのだ。19歳でアメリカへ渡り、24歳の時には、新聞記者となる。凡先生は、アメリカでハーン先生が暮らした場所も詳細に調査し、写真に収めている。

ニューオーリンズにも、同じようにゴーストツアーが存在し、そのツアーを大人たちも進んで参加し、楽しんでいるという話も伺った。

その後、ゴーストツアーにちなんだ、西洋社会でのゴーストや精霊たちにまつわる話をしてくれた。ハーン先生が生まれたギリシャにも精霊たちの話があり、こちらではゴーストツアーもあるという。そのツアーも大人が参加し、定番になっているという。キリスト教の世界観ではちょっと考えにくいものである。

まぁ最終的にハーン先生は、日本の阿弥陀信仰(仏教)とキリスト教の類似点を見出し、総合的にキリスト教に回帰していったのだろうと勝手に思っているのだが。さて・・・。これはイエス様やお釈迦様が云々という観点ではわかりにくいかも知れないが、宗教はあんまり得意ではないのでここまで。

こうして凡先生は、約小1時間、ハーン先生の遍歴を織り混ぜながら、世界で、小泉八雲の功績が高く評価されていること、小泉八雲が晩年を過ごした日本でも、このゴーストツアーを行うことにより、小泉八雲こと、ハーン先生が日本に残してくれたものを継承したいと考えているようであった。

そして最後になんと凡先生がピアノを弾いてくれたのだ。しかもその曲は、聞き覚えのある曲であった。なんとも胸の奥から哀愁があふれ、思わず胸が熱くなっていた。

凡先生はピアノで2曲披露してくださり、講演は終了となった。

「実は僕、楽譜は読めないんですよ(笑)」

と照れながら話してくれた。真偽はともかく、とても素晴らしい演奏であった。

「凡先生が譜面が読めない? まさかそんなぁ。だって世田谷区生まれのボ・・・(強制終了!)。恐らく読めるはず」

とは「ひゃ〜参謀」www。危ない!


あれから5年。佐藤は、今回、新装・小泉八雲記念館を訪問して、あの日に凡先生が語ってくれたことを思い出していた。


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●新装・小泉八雲記念館である!●



今でこそ、ハーン先生がセツさんとは、晩年あまりうまくいっていなかっただろうこともわかるし、松江から出て以降、海に行くのも、たいがいは太平洋側、そう海の向こうにアメリカが恋しかったに違いない。おそらく穏便に別れられれば、アメリカには一雄さん(長男)を連れて帰りたいという願望があったのだろう。

ハーン先生は、日本の食べ物は得意ではなかったし、日本語もあまり覚えていない。これも当初は帰国する気であったからだろう。

でも、これは批難しているのではない。よく故郷に帰りたい思いの中でその不満を漏らさず、死ぬまで日本で頑張ってくれたなぁと感謝の気持ちしかないのである。欧米から日本に来るなんて、東京から島根に住むどころではないのだ。

しかし、ハーン先生は、日本人は口にしなければ、そして文章にも残さなければ、それらの(アメリカに帰りたいという)気持ちを「なかったもの」として考える性質であることを知っていた。

日本人は明治時代から「文献主義」(文字に残って居ないものは、存在しないという共同幻想)なのだ。ハーン先生は、良き日本の喪失に対する不満以外は、日本や日本人を批判する著作がないのを見てもわかる。先生は、それが母国や欧米でできなかったからこそ、各国を転々としていたのだから・・・。


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●館内は相変わらず写真ではお見せできません●



さて、館内には、3つの展示室と、2階へあがる階段のスペースを活用した階段展示があり、2階は多目的スペースと書庫となっていた。

展示室1は、「その眼が見たもの」「その耳が聞いたもの」「その心に響いたもの」というコンセプトのもとに、ハーン先生の生涯を編年で紹介している。

壁には、ハーン先生の生涯が、年表で綴られており、その周囲には関係者の写真などが掲示されている。これこそ、凡生生が長年、ハーン先生の面影を求めて、諸外国をまわったときに、実際にみた物、聞いたもの、心に響いたものだったのではないだろうか。

佐藤はハーン生生の人生を振り返りつつ、この軌跡を追い求めた、凡先生の姿を追っていたようにも思う。

それはまさしく5年前のあの蓬莱吉日庵で凡生生から直接話を聞くことがなかったら、このような思いは持たなかったであろう。まさしく時はつながっているんだな〜とつくづく思うのだ。

そして、展示室2には、ハーン先生の事績や思考の特色を「再話」「クレオール」「いのち」など8つの切り口から描き出している。ここには、ハーン先生が利用していた机や椅子と共に、静岡県焼津の山口乙吉さん宅が再現されていたのだ。


もちろん、佐藤は静岡県の焼津市の記念室へも行ったし、愛知県の明治村でもこの乙吉宅の部屋と、だるまをみている。また、島根県の隠岐の島の所縁の品々も展示されていて、すべてが懐かしく走馬燈のように私の周りを回ってた。

そうそう、展示室1から展示室2に入って。すぐの左には大人が2人程度が入れる空間がある。それが「再話コーナー」である。そこでは、なんと、『怪談』の朗読を聞くことができる。

ナレーターは、もちろん島根県出身・佐野史郎氏。静かな空間の中にあの声が響く(笑)佐藤は「かきつばた」を聞いてしまった。いやぁ。佐野さんの声がおどろおどろしく、暗闇から追いかけて来そうであった(笑)。

外国人向けの英語の解説だけではなく、英語のネイティブの朗読による『KWAIDAN』も聞くことができたら喜びます。

もしや外国人向けの解説の中に一部あるかもしれない。いや、知らないだけですでにあったのかも知れないが、それなら次回のお楽しみである。

On the Akasaka Road, in Tokyo, there is a slope called Kii-no-kuni-zaka・・・・.

これは、有名なハーン先生の原文の『KWAIDAN』MUJINA(むじな)の冒頭である。

かの作家の三島由紀夫氏や、大大ヒットした「広辞苑」(第二版)の編集委員長を務めた大野 晋先生がこの冒頭をよく口ずさみ、

「素晴らしい文章は外国語でも、日本語でも、いいリズムを持っている」

とベタ誉めであったそうな。ならば、ぜひネイティブでの音読も聞いてみたい気がする。だってハーン先生は、英語でセツさんに聞かせていただろうから。作品が翻訳されたのは戦後の話である。そもそも、ハーン先生の当時の読者は欧米人であり、英語で書かれていたのだ。

いや〜できれば、箱根の星の王子さまミュージアムのように、小さいスペースでもいいから、アメリカの新聞記者時代の「想定されるハーン先生の机まわり」も見てみたい(「ひゃ〜参謀」)。いろいろ興味は尽きないのであった。


また、新装記念館に話を戻す。

階段展示には、ハーン先生とその子ども達の写真も、多く展示されており、その表情は、写真を撮っているそばにいるであろう、ハーン先生やセツさんに向けてほほえみかけ全てに愛があふれているように見えた。そして、同時に凡先生の祖先を敬う気持ちがそこには現れていた。

このように、資料の研究など、ご子孫で一手に引き受けてくれるかたがいるのは、我々読者やファンには有り難いことである。

展示室3は企画展示コーナーとしてあり、現在は「八雲が愛した日本の美」として彫刻家荒川亀斎と小泉八雲と題して亀斎が八雲に見せた「気楽坊人形」が展示されている。

でも、申し訳ないが、「あの」人形は可愛くない感じがビンビンするんですけど(笑)。もし、家に置いてあったら、ちょっと怖い。昔のホラー映画のチャイルド・○レイを思い出しそう。でもハーン先生、布団に寝かせたりしてるんだよなぁ・・・、強メンタルとしか・・・。


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●記念館の催し物のご案内●



小泉八雲の記念館のホームページによれば、

荒川亀斎は、松江の雑賀横浜にて木工職人荒川茂蔵の子として誕生。幼少の頃より彫刻界の天童と謳われ、地元では名の通った彫刻家。

1890年8月に松江に赴任した小泉八雲が、散歩中に出会ったあるお寺の石地蔵に魅了され、その作者を尋ね、「荒川亀斎」という名を知り、さっそく亀斎の工房を訪ねます。小泉八雲はその腕前と名人気質に惚れ込み、二人は美術論をかわし意気投合したという。

ここでは、八雲が見出した郷土の作家・荒川亀斎の作品およびその周辺を紹介するとともに、著作や西田日記などの中に登場する亀斎とのエピソードをたどることで、小泉八雲の審美眼・美術観を探り八雲の新たな側面を紹介している。

また、小泉八雲記念館が所蔵する荒川亀斎の作品をはじめ、最近発見された亀斎が八雲に見せた「気楽坊人形」(人形劇の図書館蔵)を初公開しているのだ。

いやはや、凡先生、相変わらず飛ばしてますねぇ(笑)。1日いても見切れませんよ。ホント。解説文などは外国人さん向けには英語の案内もあるので、外国人さんも満足されること間違いない。


その後、我々は聖地・小泉八雲旧居を訪問。玄関先では瑠璃柳が可憐な紫の花を付け出迎えてくれていた。また、南向きの百日紅はまだ赤い花を付け、庭には、秋の花である吾亦紅と桔梗が咲き誇り、その上を赤とんぼが飛んでいた。


●もちろん、こちらの聖地・小泉八雲旧居にも参拝(?)●.jpg

●もちろん、こちらの聖地・小泉八雲旧居にも参拝(?)●


●こちらは写真も大丈夫!●.jpg

●こちらは写真も大丈夫!●


●ここで暮らしていたんだよ!ハーン先生が●.jpg

●ここで暮らしていたんだよ!ハーン先生が●



西の庭には、大きな木瓜の実がたわわとなっていた。受付の方曰く。今年は木瓜の実が多くなりましたとのことであった。確かにたくさん実っていた。北の庭の池は鏡のように池の周りの松や椿の木々を写していた。ここはやがて雪に覆われ銀世界となる。

さてさて、ズーッといたいところではあるが、そろそろ出雲空港へ向かわないといけない。帰りがてら、道の駅・秋鹿なぎさ公園にある、レストラン・フォーシーズンへ寄ってランチを頂いた。


●松江のたんぼ・たんぼ・たんぼ!●.jpg

●松江のたんぼ・たんぼ・たんぼ!●


●宍道湖はいつでも素晴らしい●.jpg

●宍道湖はいつでも素晴らしい●


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●道の駅・秋鹿なぎさ.公園に到着●



でも、やはり客商売のプロフェッショナルってすごいなと思った。佐藤がそれはそれは久しぶりに、スルッと入店したのだが、厨房の方から、わいわい話しながらチラと見て、

「いらっしゃませ!」

という声のあと、

「あれ? 今の佐藤さんじゃないの?」

という声がしたのだ(笑)。何年振りかで店内をスーッと通ってもなかなかわからないよね、ふつう。

いや〜、気付いてくださりありがとう。久しぶりに宍道湖を眺めつつ、食事を頂きました。食後、会計時に店長と歓談。お互いに体のことを気にかけあいました。


●やはりフォーシーズンはいいなぁ●.jpg

●やはりフォーシーズンはいいなぁ●


●これが「ひゃ〜参謀」のお気に入りバーグ●.jpg

●これが「ひゃ〜参謀」のお気に入りバーグ●



【追記】

もちろん、松江に寄って、白潟天満宮売布神社佐太神社などにも廻りました。


●久しぶりの白潟天満宮だが、手水舎の龍さんが消えていた(泣)●.jpg

●久しぶりの白潟天満宮だが、手水舎の龍さんが消えていた(泣)●


●売布神社でお塩入りのお茶を頂きました●.jpg

●売布神社でお塩入りのお茶を頂きました●


●こちらも懐かしの佐太神社●.jpg

●こちらも懐かしの佐太神社●



湖陵町差海のイタリアンのクッチーナ・バッカーノ(Cucina baccano)にも行きましたよ。一時期お休みしていたみたいですが、再開しており、ピザもパスタも以前の味のまま、美味しかった。こういうお店が再開するとうれしいです。皆さんもどうぞお近くを通ったら寄ってみてね! また島根県の見聞録が続くやも知れませんよ。さて?

島根には、湖のそばにうまい店有りですから(笑)。皆さま、くれぐれもご自愛ください!



●吾輩は初めて出雲空港に凱旋できた。ハハハ●.jpg

●吾輩は初めて出雲空港に凱旋できた。ハハハ●



(巨人の某S選手が若いころ、ボール球を振って三振。ベンチのH監督が「ボールを振るからダメなんだ!」という小言に、背中を向け「自分は(ボール球を)振らなかったんかよ!」と小声で悪態をついたそうな。監督はともかく、周りにはしっかり聞こえていたという。H監督はボールを振るどころか、ストライクだって見逃したから!To Be Continued!!)
posted by さとうはあまい at 19:46| 島根 ☁| Comment(0) | 見聞録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする