2020年09月08日

奮闘記・第1106回 出東京録/神奈川県

●2020年● 神奈川県足柄下郡箱根町

最大熱波40℃越の東京から脱出!

〜ずい分遅れての夏を満喫するの巻(後編)〜


台風10号はすさまじい。関東も大雨でしたが、九州がさらに大変。皆さまの無事を祈ります。さてさて、今回は出東京録の後編です。


心の目を開くと見えないものが見えてくる:「星の王子さまミュージアム」にて、星の王子さまと再会💕

佐藤は、幼いころに『星の王子さま』(フランス語原題:Le Petit Prince)を読んだことがある。もちろん翻訳(内藤訳か、河野訳かは定かではない)で繰り返し読んできた。なんせ聖書についで世界で売れているというふれこみの本である。訳も世界中の言語で訳されている。

やがて大人になり(旧・対人援助スキルアップ研究所時代)、この箱根にて「星の王子さまミュージアム」なるものを発見した。

仕事で神奈川に来たときに時間を作り、入ってみた。すると、そこで穏やかに繰り広げられていたのは、佐藤が思い描いていたような、童話の『星の王子さま』の物語というわけではない(それもあるのだが)。

『星の王子さま』の作者、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(Antoine de Saint-Exupéry、1900年6月29日 - 1944年7月31日)の生涯を描いたミュージアムであり、正真正銘、“大人向けのミュージアム”であることが分かったのだ。そういえば、子供はあまり見かけない。

もっとも、『星の王子さま』の物語自体が、実は“大人向けの内容”なんだもの、当たり前だねぇ。ヘビ君!w

そして今夏、我々は何度目かの「星の王子さまミュージアム」への来訪となった。駐車場へ車を入れて、チケット売り場へ。ここでもJAFカードが威力を発揮し、まずはレストランにて腹ごしらえとなった。


レストラン・ル・プティ・プランス(Le Petit Prince)


レストランは、ミュージアムに入らずとも食事だけでも入店できる。今回は入店時のマスク着用はもちろん、フェイスシールドを付けた店員さんから、ガンタイプの非接触型体温計をおでこに近づけられての検温である。佐藤とひゃ〜参謀2人とも、36.0℃でクリア。


席は、テラス席と店内席とで選択できる。まぁEUあたりなら、テラス席は値段が安いが、日本では変わらない気がするので、我々は店内を選択した。お店の中は、すでに子供連れ夫婦、女の子どうし、若人のカップルたちでにぎわっている。案内された席には、時勢らしく、中央に仕切り版があった。

隣り合わせて座れるようになっている。とは言え、隣り合わせではかなり狭いので、向き合って座っても良いかと断りを入れて、向かい合って座ることにした。

まぁ知っている者どうしで、アクリル板の仕切りを挟んで食事をするのもなんだけれども、建前上のコロナ対策であるからね。ドラマで見るような拘置所の面会場面のような感じになってしまうのだw。

メニューから、ハンバーグセットを注文する。しばし待ち、やがてテーブルに置かれたお皿は、メインとサイドのお皿が2つ。メインディッシュはハンバーグ。サイドのお皿には、本日のスープ・新鮮野菜のサラダ・ドレッシング・丸パン(ライスも選択可)が2個・温泉卵が乗っている。

このお料理は、『星の王子さま』の物語に出てくる、火山をイメージしたもの。ハンバーグの上に、デミグラスソースがたっぷりかかり、その上にオニオンリングが乗っている。

店員さんいわく、「そのオニオンリングの上に、温泉卵を乗せて召し上がってください!」と明るくおっしゃった。

そのとおりに温泉卵をオニオンリングの上に乗せる・・・・つもりが、スルスルスルと、デミグラスソースの海に沈んで行った。ふん、まぁ良い(笑)。

そうそう、飲み物は、ジンジャエールを選択した。もちろん、イタリアンはたいがい、ウィルキンソンのジンジャエール (辛口)であるから、甘くない大人の味ですぞw。

運ばれてきたコップには、氷の上に何やら粉がかかっていた。いや、それは・・・・何? 店員さんはさりげなく、「バオバブの実の粉がかかっています♡」とのたまったのだが、バテていた、ひゃ〜参謀は「へぇ」とだけ答えた。

こんだけ物々しく、コロナ対策している中でもあり、大仰に会話することは慎まんと。しかしながら、店員さんはどこか物足りそうな顔でフェードアウトした。すまんね!

さて、後から知ったが、バオバブ(Baobab)パウダーには抗酸化物質であるポリフェノールやビタミンC が豊富に含まれているらしい。

佐藤は、温泉卵をデミソースの海に沈めたが、乗る予定だったオニオンリングをぱりぱりと頬ってみる。美味しい! 表面がカリカリしていて、中からは玉ねぎの甘いスープがあふれて、口いっぱいに広がった。

下のハンバーグはソースに絡めあんぐりと頂き、そのあとを追ってちぎったパンを食べる。これがパンがもちもちとしてソースとベストマッチングなのだ。

おおお、忘れてはいけない。ジャガイモの冷製スープ。コクリと飲み込む。もちろん、おいしい。温泉卵を崩して肉と絡め、スプーンでソースごと頂いた。ちなみに、このスプーンは最後まで大活躍である。

周りを見れば、隣の女子は、星の王子さまが描かれたパンケーキにクリームをたっぷり塗りたくり口へ運んでいた。こちらも大満足な顔である。おいしいものを頂くと幸せになるね。ごちそうさまでした。


●レストラン・プチ・プランスにて●.jpg

●レストラン・プチ・プランスにて●



会計を済ませ、店の戸外から入場する。チケットを持っているから、レストランからミュージアムへ行くことも可能であるが、あえて正面から入ることにした。ミュージアムの入口には、星に乗った王子さまが出迎えてくれるのだ

コロナ禍の中、このミュージアムも2020年4月9日〜5月31日まで臨時休園を余儀なくされたという。その後、緊急事態宣言解除を受けて、2020年6月1日から営業を再開させている。

スタッフは、再開するにあたって、感染予防の社会的距離を保ちつつも、心は、皆様と「Re(再び)」「union(ひとつになる)」、この新しい世界を皆様と団結することで乗り越えていきたい。そんな想いを2020年のテーマに掲げている。大雪や台風だけが敵ではないのである。

さて、入口をはいると、そこにはダリアの花がそこかしこに咲いていた。右手には、小さな白い花が咲き、その上をシジミチョウが乱舞している。そのうちの1匹は、佐藤が花を持っても逃げずにしばし指先にとどまっていた。まぁ、かわいい!(こわいもの知らず)

ローズガーデンには、真紅のバラが咲いていた。手入れをされている方は、花々と大事な関係性を築けていているのだろう。すべての花たちが美しくと輝いていた。


●出会いの庭●.jpg

●出会いの庭●



●王さま通り●.jpg

●王さま通り●


その先のクリスマスローズの花壇の奥には、ブロンズの王子さまが、ヒツジとキツネをそばに呼び、たたずんでいた。

その先の王さま通りには、フランス風の街並みが広がっている。建物や看板や、足元のマンホールまで、『星の王子さま』やサン=テグジュペリにゆかりあるアイテムがちりばめられていた。

壁際のウインドウの中をのぞくと、小さな王子さまや、キツネ、ヒツジなどがここかしこにいる。佐藤がそれらを見つけては手を振り、ひゃ〜参謀は写真を撮っていく。写真を撮るときにはマスクをしばしば外したが、他者と密になりそうなときには、しっかりとつけて歩かないといけない。


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●王さま通りのウインドウをのぞく●



その王さま通りを抜けると、正面に星の王子さまのモニュメント群が現れる。その王子さまを囲むように、物語に登場する様々な人物が並んでいるのだ。

右手1番目には、緋色のイタチの皮を羽織った王さま(モニュメント)の像。王子さまは、自分の星にいる「手のかかるバラ」と別れ、地球までに来る間に、王子さまは7個の星を訪れており、その1番最初に立ち寄った星が、この「王さま」のいる星であった。

この王さまは、無力なのに権威だけを求める大人を揶揄している(A総理・・・・もうすぐ前・・)。王さまは、王子さまに向かって、この世のすべてを支配していると威張るのだ。実態は何の力もない老人でしかない(Sさん?頼みますよ)。


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●サン=テグジュベリ時代の街並み●



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●サン=モリス・ド・レマンス城●



2番目には、実業家像がある。彼は自分の財力を保とうと星を数えることに精を出して「忙しくそうに」働いていた。王子さまが話しかけても、なかなか耳を貸さない。王子さまは「あなたのしていることはこの星の役にはたっていない」といって去っていった。まぁ、そのような人間は多くいる。それを地球で問われたら、地球人のほとんどは退場になるなw。

3番目は点灯夫像がある。彼は街灯の明かりをつけたり消したりしている。聞けば、当初は、日の出から日の入りまで時間があったので、休むことができた。しかし、だんだん星の自転が早くなったので、今では5分おきに日の出日の入りが生じて、休む暇もなくなったという。うん? 今のうちの若い者みたいだなw。大きい星(会社)から小さい星(会社)に移るとそうなるよな・・・・。

「なぜ、休まないの?」と聞くと「指令だから!」と答える。

ただ、王子さまは、今ままで、出会ったほかの人と同じように奇妙には思えないのだ。なぜならば、あの人は《自分以外のこと》に専念しているのだから。


●将・・・いや、点灯夫さん●.jpg

●将・・・いや、点灯夫さん●



●実業家通り●.jpg

●実業家通り●



そして、サン=テグジュペリ教会を挟んで向かい側には、地理学者像がある。彼は、地理学者なのに、自分の星がどうなっているか知らないという。ただ、探検家から話を聞くのが仕事らしい。

彼は王子さまに君の星のことを聞かせてくれと言う。すると、王子さまは、2つの火山と、1本のバラの話をした。すると、学者は「バラは記録しない」と言う。王子さまは「なぜ? 1番きれいなのに」と尋ねると、「バラはかないからね」と答えた。

そこで、王子さまは星に残してきた自分のバラが、はかないものであることを知るのであった。さらに地理学者に尋ねる。僕はどこへ行けばよいのかと。すると地理学者は地球を教えて「たいそう評判がいいよ」と言った。

実際の物語には、このほかにも続くが、詳しい内容は、星の王子さまの本にお任せする。佐藤は彼らと記念写真を撮ったあと、王子さまと同じく地球に向かった。

そこはサン=テグジュペリにちなんだ品物が展示されている展示ホールである。入口には、赤い飛行機が展示され、奥の映像ホールでは、サン=テグジュペリの生涯を紹介しつつ、星の王子さまの誕生秘話が語られている。何回見ても最後は悲しくなる。『星の王子さま』は彼の遺書でもあるからだ。


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●映像にて何度も落涙●



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●映像ホールと飛行機●



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●王子さまのバラの花●



展示ホールは、これらの情報を得たうえで、2階をめぐる仕組みになっており、1階から2階に上る吹き抜けには、本人や家族などの写真や手紙、また、友人との交流などを案内される。サン=テグジュペリの愛用品なども展示され、彼が幼少時代から過ごした当時の風景や、飛行機乗りになったのちに暮らした部屋などが再現されている。

展示ホールの最後の部屋は、飛び立とうとする飛行機が展示されており、離陸音とともに、光が前方に流れていく。そのスクリーンには、サン=テグジュペリの横顔から映し出され、やがてそれが暗転し緑色のマントをまとった星の王子さまの姿が映し出される。はかなくも、華麗に、彼はその生涯を空のかなたで閉じた。享年44。


「心で見なきゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ」(キツネ)


まさに至言である。心で見るためには、その人の「大事なもの」が心の中にあることが前提ではあるのだが。

入口近くで、企画展で展示されていた、ベルナール・ラモット(サン=テグジュペリの友人)のテーブル(複製品)が置かれている。机には、なんとマレーネ・デートリッヒ(ドイツの女優)、ジャン・ギャバン(フランスの俳優)、パブロ・ピカソサルバドール・ダリ(ともにスペインの画家)など、もんのすごいメンバーの、豪華なサイン(まぁ落書きです)が刻まれていた。

その中に、サン=テグジュペリの手による『原・星の王子さま』を想像する「少年の絵」が彫られていた。この絵には『星の王子さま』の物語誕生のエピソードなどがあり、ぜひぜひ見に来ていただきたい。

これだから何度も行きたくなるのだ。こころが折れそうになったとき、苦しいとき、『星の王子さま』を読むとピンチをチャンスに変える力がみなぎってくる。彼自身は、絶望に沈んでしまったが、我々には多くの勇気を与え続けてくれるのだ。


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●ベルナール・ラモットのテーブル(その1)●



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●ベルナール・ラモットのテーブル(その2)●



さて、我々は静かに階段を下り、外に出た。そこには明るい日の光がまぶしく降り注いでいた。以前に来た時には、出口近くにカフェがあり、一息つくことができたのだが、コロナ禍のせいか、その場所は救護所となっていた。

ルートに沿って歩くと、その先には「王子さまの井戸」がある。我々はその道をゆっくりと歩き、ミュージアムショップ(五億の鈴)でお土産を物色。お客さんもかなり入っていた。皆さん口々に「これかわいい」「これ良いんじゃない」などと言いながら買い物を楽しんでいた。

ちなみに、佐藤は関越自動車道の下り線・寄居PA(星の王子様パーキングエリア)にもよく立ち寄っている。

そちらにはグッズは少ないが、外国製のお菓子などがたくさん置かれていてそれなりに楽しいのだw。こちらの「五億の鈴」には、そのようなお菓子は見られず、大人向けのグッズを中心に揃えているように見える。佐藤は、記念に、新柄のポストカードと、折り畳みができるメモ帳を購入した。

さて、まだまだコロナは収束しませんが、「某記念日」に思いたって東京脱出を試みて、免疫力がアップしたように思えます。やはり、人間の免疫力をあげるためには、このような気分転換も必要ですねぇ。

都外の皆さん。東京人も人間ですからくれぐれも差別をしないでいただきたいです。ふふふ。ではまた!




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●さぁ帰るぞ!時速1000キロ!!●


(To Be Continued!)
posted by さとうはあまい at 14:02| 東京 ☀| Comment(0) | 出東京録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月01日

奮闘記・第1105回 出東京録/神奈川県

●2020年● 神奈川県足柄下郡箱根町


最大熱波40℃越の東京から脱出!

〜ずい分遅れての夏を満喫するの巻(前編)〜


どうも、芳しくない。いやなに、世間様の状況がですよw。すんごい暑いし。
コロナ禍において、板橋区の熊野神社から頂いた“疫病退散”の祝詞を日々あげているというのに、なかなか収まらない(無理言わんで!by熊野大神)。

どうも、こりゃ、さらに大きなお力を 持つ「絶対に絶対です・です・ですです・death!」と神々様にお願いするしかない!!

・・・という勝手な理由をつけて、ゆらゆら、すぃーと東京脱出を企て、あちこちの神々様の中から箱根の神様を伺うことに!


そんなわけで行先は、箱根になった。そう、箱根である。ここには暴力を振るう勢力(なんたら警察?)とやらはいないし。

なぜいないのか? そりゃ来客に暴力を振るっておいて、後日収まったら、「みなさん来てくださいね〜」と言われてもなかなかそういう気にはならない。そこんとこがわかってるんですよ。有名観光地は。だいたい岩手県くらいしか、そもそも安全地帯がないんだからさw。


その日は例の「ひゃ〜参謀」の記念すべき日(?)でもありますゆえ、「ひゃ〜参謀」の導くままに(笑)。

私は、例のごとく、早朝に愛車・デミオ(コードネーム? 「カナメイシ」君)に飛び乗り、途中「ひゃ〜参謀」を引きずり込み、一路に西南(実は西ルート)を目指した。今のところ、天一天上の期間だし。

「ひゃ〜参謀」が、“できれば、石川PA(パーキングエリア)へ寄ってから行きたいな”とのたまう(佐藤:“へいへい、合点承知!w”)。

“えっ、箱根行くんでしょう?なぜ、東名じゃないの? なぜ、中央道方面へ?”という疑問は、窓の外に置いておく(耳がついてないのかも知れない)。

とにかく石川PAを目指すのだ。ねえ高尾君(「ひゃ〜参謀」Σ(四熊)衆の一匹)。ちなみにそのマスコット君は、石川PA出身なのだw。


その日は、なんと土曜日。

東京は、表面だっては、まだまだ自粛ムードである。ならば高速はガラガラのはずと思いきや、他県から東京都にある高速道路を移動して、他県へ向かうという車で大混雑であった。

ずるいよ。東京人にこっちに来るなぁぁぁと言うならば、東京都にある高速道路を通らなければいいのにィィィ!と思いますな。ホント。

のろのろ渋滞中を移動する。まぁしかし、実はこの渋滞の中を移動するのも久しぶりゆえ、佐藤は結構楽しんでおりましたw。ハイ!カナメイシ君の中では、耳慣れた音楽が流れています。気分は最高(笑)。


さて、石川PAは八王子インターの手前にある。仕事柄、つい八王子や昭島に行きかねないので注意が必要だw。用心、用心。

余談だが、東京の土産をゲットするなら、こちらのPAをお勧め!次々に新しいお土産に入れ替えているから、目新しいお土産が見つかるのだ。さらに、飯時ならば、八王子ラーメンは一押しである。いやまじすごいのよ。玉ねぎがシャキシャキしていて、ほんとうに大人気の代物!

ただし、今回は昼時じゃないので、我々はパスした。その代わりに東京レトロなシベリアと八高線焼き(チーズクリームサンド)を入手。とにかく車移動には、甘いものが元気をくれるからね。

なんとか高尾君(赤いクマ)に生まれ故郷(?)を見せた我々は、八王子インターを通り抜け。圏央道に入る。一路厚木/東名高速道路を目指す。

圏央道に入ると、先ほどまでの渋滞がなかったかのごとく、スイスイと走れた。そう、人がいないのだ。やはり、高速はこうでなくっちゃねw。もちろん、法定速度は遵守していますよ!はい。


しばらく行くと、東名高速道路が見えてきた。俺の家もとおおおいぃぃぃ。佐藤はナビ様に導かれながら、箱根新道に入る。一応、ここは高速道路であるからにして、自転車や歩行者は通れない。案内板には自転車・歩行者を見かけたら警察へ!と書かれていた。さすがのウー〇ーでもねぇ・・・危ないよ。

まぁ、ここは「天下の険」(関所が厳しいって意味だろうけど)と言われる箱根の山を登っていくのだから、一般道と間違えるほどの狭い道なのだ。そして、須雲川インターチェンジで高速を降りる。景色は高原の雰囲気を大いに醸し出しているが、日差しはまだまだ暑い。

その後、芦ノ湖を左に見て、“あれ〜、海賊船だぁ。昔と変わって格好よくなった気がするね。やぼったさがなく、洗練されていた。ありゃ漫画のワンピースを意識しているのかなぁぁぁ”
などと話しながら、街道を登っていった。


【関東総鎮守・箱根神社】
主祭神は言わずと知れた、瓊瓊杵尊・木花咲耶姫命・彦火火出見尊である。創建・伝 孝昭天皇期。社格等・国幣小社にして、安定の別表神社である。

カナメイシ君は、箱根神社の駐車場の案内係に誘導され、涼やかな場所に鎮座させた。

駐車場には、他県からの車に交じって東京ナンバーの車も停まっていた。いや他県からも来ていた。うんうん、自粛ばかりじゃ神々様と交信できない(危ない?)ものねぇ。

さて、参道横にある手水舎はコロナ禍のために使用中止。


●新型コロナ禍はいつまで・・・●.jpg

●新型コロナ禍はいつまで・・・●



●関東総鎮守・箱根神社に来た!●.jpg

●関東総鎮守・箱根神社に来た!●



いやぁぁぁぁぁぁ〜、なんだかなぁぁぁぁぁと叫びつつ、階段を登った。

境内は、マスクを装着した人々でにぎわっておりました(なんか変な感じ)。もちろん、我々もマスクを着けている。ソーシャル・ディスタンシングに関してはどーも怪しいがw。


鳥居をくぐり、拝殿にて手を合わせる。

佐藤はコロナ禍の収束はもちろん、この4月に法人格を取得したことを報告して、事業繁栄を祈願したのでありました。おや? 佐藤の横では、金金金金金金金金金金金金金金金金金金という、素晴らしい超祈念波を感じたが、さて?・・・・。


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●箱根を背にするものは天下を制す●



ここで、まことに残念なご報告。なななななんと、社務所の前に並んでいたおみくじ箱がものの見事に撤去されていたのであった(泣)。痛恨の極みである。安倍・・・おっと辞め、いや止めとく。


もちろん、社務所にはコンビニ風、透明の幕が張られているし、「おみくじはこちら」などという、ステキな案内もどこに見当たらなかった。まぁね。こういうご時世だから、我々のおみくじ対決はお預け。境内の九頭龍神社新宮を参拝した。


【天空の宮・箱根元宮】
さて、次は、箱根神社の元宮(もとつみや)を目指した。元宮は、駒ケ岳山頂にあるため、箱根園の駐車場に入れた(代金1000円也)。

駒ケ岳には、ロープウエイ(ウエーと表記有り)で登る(往復1600円也)。佐藤はJAF会員なので会員証を見せ、1割引き×2人で2880円であった。3200円が2880円ですよ! JAFカードは有能だな(本来の用途では使いたくないけど)。

ロープウエイの乗車時間は8分間。もちろん、乗客は(相手がとることを期待して)社会的距離を意識しながら会話は少なめ。案内嬢の声が静かに流れていた。


●久しぶりのロープウェイ●.jpg

●久しぶりのロープウェイ●



駒ケ岳山頂駅を降りると、そよ吹く風は涼しかった。まぁ標高が1000メートルを超えているからね。しかし、駒ケ岳山頂駅の改札を出たとたん、「ひゃ〜参謀」が凍り付いた。

ななななななんと、箱根元宮の案内板に書かれている、元宮のご祭神の名前が変わっていたのだ!(外国から帰ったら恋人の苗字が変わってたどころじゃない!)。

本来であれば、そこには造化三神(天之御中主神・高皇産巣日之神・神皇産巣日之神)の御名(みな)が書かれていなければならなかった。いや、数年前まで書かれていたのだ。


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●問題の案内板●



“唱和ください神の名を!”

“・・・できんな”


里宮の箱根神社と同じ、瓊瓊杵尊・木花咲耶姫命・彦火火出見尊となっていたのだ。神様の好き嫌いの問題ではない。これは、なんとも理解できないのだ。あの、フレキシブルなO宮司ですも許さないであろう暴挙である。

なぜ、代々守ってきた神々の名前を変更する必要があるのだろう? いや、合祀して一緒に祭ってるよって言われても納得できない。

数年前にも伊豆山神社でもこんなことがあった。その時代、その時代の混乱時ならご祭神の混同もあるかもしれない。いくらコロナ禍であっても今までと変わるのはおかしいだろう。


実は、我々は以前ここの元宮の宮司さんに誘われ、神前でご一緒に祝詞をあげさせて頂いたことがあった。

そこでは神々様の名前を「アメノミナカヌシ」「タカミムスビノカミ」「カミムスビノカミ」と言っていたと思う。


「ひゃ〜参謀」も元宮でご祈祷をしたこともあるし、そもそも何十年も歴代の宮司さんとご祭神について話をして来たんだから、今更これは・・・・ひどいよ。

さて、ロープウエイ駅の案内板には、「本日は神職がいます」と書かれていたので、もし、O宮司(神道および政治コメンテーターとも)がいらしたならば真偽を伺おうと足早に拝殿を目指した。


●初めは天気が怪しい駒ケ岳●.jpg

●初めは天気が怪しい駒ケ岳●


●箱根元宮に到着●.jpg

●箱根元宮に到着●


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●それでもご神気が途切れない祠●


●龍神の森を歩いた●.jpg

●龍神の森を歩いた●




途中は砂利道なので、サンダル履きの佐藤にはちょっとキツイ。それでも秋の虫や花々に励まされ(関係性は不明)、どうにか階段を登ることができた。作法として、その前にまず我々は、白馬に乗って神様が降臨された岩と伝えられる、注連縄を張ってある馬降石の左側にある祠に手を合わせる。

その昔、こちらには小さな子狐さんと狛犬さんが祠をお守りしていたのだ。その子狐がひとつとなった。どうやら心無い罰当たりに盗まれたらしい。悲しいね、そんな奴がここに来るなんて。


「ひゃ〜参謀」は毎日その罰当たりの首が折れることを願っているらしい。この日は、なんと残った狐さんは祠の中に鎮座していた。なんで祠の中にいるのかは定かではないが・・・、ここの神社もまぁ・・・だなあ!


“しかし、神社にあるものを盗みに来るなんて。首が折れる? いや、もげればいいんだよ、ほんと!”とは「ひゃ〜参謀」。佐藤はこちらにも会社が新しくなったことをお伝えしたのであった。その後、いよいよ元宮に入った。

案内板のごとく、見知らぬ神職さんが、しきりに書をしたためていた。新しい神職さんは、我々が求めていたO宮司さんではなかった。

ならば聞いても仕方がない。テキトーな答えが欲しいわけではないからだ。それらの事情は果てしなく悲しいが、不二家三島駅店と違って、神社はまだ存在している。


拝殿で手を合わせ、再びここに来られたことを「今までどおりの神様」に伝えた(まぁ祭られているには祭られているらしいが)。

感謝を伝え、佐藤は会社の事業繁栄を祈念した。「ひゃ〜参謀」は御神札を、佐藤はもうひとりの社員用の「勝ち守」を頂いた(この若者がまた・・・、柄杓にセミがいてww)。

さて、ロープウエイ山頂駅までの帰り道、元宮までの草原を振り返り眺めていると、後方から子供を連れたお父さん(30代くらいかな)らしき方の声が聞こえてきた。

“ほら、みてごらん昆虫がとんでいるよ!”ですと。


そこを見るとトンボや蝶々が空中をふわふわと飛んでいた。・・・確かに間違いじゃない。しかしだな、こども相手に「昆虫が飛んでいるよ」というモノ言いはないだろう。こんな情けない情緒の大人がいるとはびっくりした。


“もしかしたら、あの方は昆虫学者だったのかもしれないね”

とは佐藤。

“そんな好意的にはなれんな。ただの、よくそこらにいるバカな大人だろう。いやだなぁ、ああいうの”

とは「ひゃ〜参謀」。


そんなこんなで、我々は再びロープウエイに乗って下界へ降りた。その途中、ロープウエイの窓から、駒ケ岳山頂からは観れなかった、富士山の上部が雲間からひょこっと顔を出してくれたのだ。救われるね、あのバカ親はともかく。

普段であれば、「富士山だよ!富士山だよ!富士山だよ!富士山だよ!」と4回くらい大きな声を出して周知をはかるところだが、そこは自粛。「ひゃ〜参謀」は控えめに小声で「大将、富士山が見えるよ・・・、雪がなくて黒いけど」と教えてくれた。

どうやら、ほかの乗客は気がつかなかったみたいだ。でもコロナ禍だからねぇ。静かにしていないと!


さて、次に狙うは「九頭龍神社本宮」である。カナメイシ君は、先の箱根園の駐車場にてそのまま待機。佐藤はスマホの地図を頼りに九頭龍神社本宮を目指した。

まずは、「神山通り九頭龍神社本宮への道」と立札のある道に入る。ここは徒歩と自転車などで行けるらしい。スマホでは徒歩15分(3キロがそれで行くかい!)と書かれている。神社関連の時間は決して信じては行けない。復路は、必ず実時間や距離が往路より長く書かれているからだ。

8月も終わりとはいえ、歩くと汗が噴き出てくる。おまけに持病の間歇跛行が出現。少し休んでストレッチ!

ゆるゆると歩いていくと、やがて芦ノ湖の湖岸がすぐそこに現れ、涼やかな風を送ってくれた。しばらくこのような大自然には接していなかったので、この景色には癒されたなぁ〜。


●ロープウェイから観える芦ノ湖●.jpg

●ロープウェイから観える芦ノ湖●




やがて九頭竜の森の入り口が見えてきた。ここは、ザ・プリンス箱根芦ノ湖とやらが管理しているところで、入場券が必要である。

以前は、プリンスホテルの宿泊客か、祭りのときに船で芦ノ湖を渡ってくるしかなかった。今は森の整備に使うお金として入場料を取っているがまぁいいでしょう。


我々は関所(?)入口で「九頭竜の森入場券」大人600円を支払い中に入った。すると、案内係の方が、“この先しばらく右側の道を行くとそこに九頭龍神社本宮があります。その前の弁財天社、最後にこちらの白龍神社へ参拝するのがルートです”とのこと。

またまた、余談だがここには「九頭竜カステラ」なるものがあり、まぁその食べ方を聴いていたら、馬鹿馬鹿しくなった。しかし、今になるとなんだか食べてみたい気がする。次期、菅政権?での課題かも知れないw。


話を戻す。我々はそのルートに則って散策を開始した。


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●芦ノ湖が観えてくる●


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●穏やかな芦ノ湖畔●



ここ九頭竜の森は、現在は箱根園が管理しており、多種多様な動植物と出会えるという。箱根九頭龍の森(龍の漢字は竜のほう)は、芦ノ湖畔の緑豊かな自然公園となっており、本州に分布する植物のうち約7割の種が自生しているらしい。

多様な植物のほか、野鳥・昆虫wなどを見ることができる。園内にはひろばの道・ヒメシャラの道・湖畔の道など総延長3.5キロ(15分じゃ行かねぇ〜)の遊歩道が整備され、休憩所や広場もあるため、緑に囲まれてゆったりとピクニックもできるのだ。

やがて、右手奥を進むと、だんだん赤いお社が見えてきた。


【超パワー・九頭龍神社本宮】
九頭龍神社本宮は、箱根神社を開いた万巻上人という坊さんが、毒龍を調伏し、祀るために建立した神社、いや寺系なんだけど(元宮は神社系)。まぁここらへん細かくなるんで抑えておく。

祭神の九頭龍大神は物事を実現させる力を持つため、境内は強力なパワースポットとして知られている。というより、箱根権現というのは、この九頭龍大神(神仏習合的には「大明神」)の神力(の評判)を中心に構成されたものと考えられるのだ。

万巻上人がそれほど重んじられていないことからもわかる。まぁこの方、鹿島神宮多度大社にも現れて好き勝手やってるらしい(「ひゃ〜参謀」)。

九頭龍大神は、特に縁結びのパワーがあると言われ(一部の女性・談)、毎月13日の月次祭を中心に多くの女性が参拝に訪れているとのこと。なるほど、だから、今日も女性の参拝客が多いのだな・・・まぁどうも、その・・・w。

佐藤は、実現してほしい物ごと、事業繁栄を願った。「ひゃ〜参謀」は円(ドルでも可)結びだそうな。



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●ここが九頭龍神社本宮●


●ここは、最後の社・白龍神社●.jpg

●ここは、最後の社・白龍神社●



さてさて、案内所の方が教えてくださったように、最後に白龍神社を参拝して、2人は、再度、森の中を歩いた。

行きには静かだった道も、帰りにはセミが鳴いていてかなり蒸し暑くなっていました。まぁ最近は死んだふりして、いきなり突っ込んでくる「セミ爆弾」や「セミファイナル」に注意せんとな!


ちなみに、この九頭龍の森へ続く道はセラピーロードと銘打っていて、確かに木々からあふれ出る癒しのパワーは、佐藤を日々の世知辛い事柄から解放してくれて思う存分リラックスした気分にさせてくれた。

久しぶりの箱根神社箱根元宮九頭龍神社本宮(初)を参拝した我々は、一路星の王子さまミュージアムを目指す。怒涛のいつ上がるかわからない(後編)へ続く。


(To Be Continued!)


posted by さとうはあまい at 22:18| 東京 ☁| Comment(0) | 出東京録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月29日

奮闘記・第1102回 出東京録/千葉県

●2020年● 千葉県館山市&勝浦市


安房神社にて茅の輪をくぐり、夏越の祓いに行くぞ!

〜遠見岬神社の階段はひな壇になるらしい〜


ようやく、非常事態宣言が解除され、県境を越えての移動が可能となりましたね。皆さんはいかがお過ごしでしょうか?

いやはや、これで県外(都外)に出かけられるぞ!と、社員と共に千葉県の安房神社へ夏越の祓いに詣でましたお話。

佐藤は、この4月に個人事業から法人格を取得し、一般社団法人TSK(旧・対人援助スキルアップ研究所、Taijinenjo Sukiruappu Kenkyujoの略)代表となりました。

社員は、旧・研究所から在籍している某氏・・いや広報部長)とド新人?の木森氏(営業部長)です。

今回も、愛車のデミオ(カナメイシ君)が我々を千葉へ誘います。ただし、今回の運転手は木森氏が担当します(ふふふ、これでヘ●メット2人組対応体制万全ですぜw)。まずは、東京湾にある海ほたるPAへ向かいます。

ここへ行くには、東京湾アクアラインを通って行く。ここは車で通れるトンネルとして、日本で第4位のアクアトンネル(川崎側の9,610m区間が東京湾アクアトンネル)があります。

得意の余談ですがw、以前、某氏と青森県と北海道をつなぐ青函トンネルを車で走破しようと考えました(無謀)。

しかし、ここは防災上の問題(主に火災)と、トンネルの長さが人間が走破できる限界を越えているため、車用を作ることすら考えていない究極のトンネルでございました。ハハハ。

人が運転して、まっすぐ走れるのは、どうやらその半分くらい?とも言われておるそうな。トンネル内だけを走り続けるとやがて平衡感覚を失い、壁にぶっかったりするらしい。ハハハ。なんせ青函トンネルは・・・全長53,850mもあるのだw(危険)。現時点で、交通機関用トンネルとしては世界第2位なのです。

ちなみに日本では、車が通れるトンネルは、第3位が飛騨トンネル(10,710m)、第2位が関越トンネル(11,055m)、そして第1位が山手トンネル(18,200m)というもの。

さて、話を戻しましょう。

今回のミッションは、TSKのパンフレットに掲載する写真を撮ること。なんせ、どこぞのロックダウン脅しの●ばさんのため、緊急事態宣言で、ステイホームとなってしまい、お世話になっている方々に新会社に移行したご挨拶にも行けませんでしたから。

そんなこころざしで動いたこの日の天気は、予報では晴れ・・・るはずであったのですが、「海ほたる」のデッキに立つと潮風が吹き荒み、小雨が降っておりました。ハイ。

佐藤は撮影スポットに立つのですが、風がスンゴくて、目の前を神奈川県の人が瞬時に千葉県に飛ばされたり(ウソ)、髪の毛が顔にかかり撮影どころではなかったのです。


●動くなと言われても・・・●.jpg

●動くなと言われても・・・●



本来であれば、太陽か輝き、青い海をバックに素敵な写真が撮れたはずなのになぁ。いや残念!

いやいや、もっと残念なのは、UFOキャッチャーで大きいサメ君が我々を呼んでいたのに、供給側の不備(まぁ取れやすくしてないってこと)により、弥彦山頂上のポンタ同様救出できなかったことに尽きます。次回こそ・・・。

思いを振り切り、車は今度は館山道を走っていきます。運転席には木森氏、助手席は某氏・・・)です。

某氏(広報部長)とは、かれこれ15年以上一緒に仕事をしております。まぁほんに神社好きw。佐藤は当初神社ことなどまったく知らなかった。なんせ高崎の観音様の前で拍手(神社の作法)を打ったくらいですから。

一緒に神社をまわった結果、そんな佐藤が最初の神社検定を受けると、見事合格!神社検定参級を取得いたしました(同時に受けた某氏も合格)。

いつものごとく、アクアラインを降りると、道の駅・富楽里とみやまに寄りました。ここの食事処・網納屋の海の幸は絶品!海鮮丼がお勧めなのですが、まだ11時前、さすがに今回は見送りました。またねぇぇぇ。

そして、我々は館山道を降りて国道127号に入り、無事に安房神社へ到着です。


●今回もチーバ君とぴーにゃっつ君と一緒●.jpg

●今回もチーバ君とぴーにゃっつ君と一緒●



【安房国一の宮・安房(あわ)神社】

神社の鳥居前の駐車場は満杯。修理中の大鳥居横の参道に沿って車止めがある場所へカナメイシ君を止めた。鳥居は2か所とも覆いが被さって居た。さてはコロナ禍で修理中か?(知らんがな)

この安房神社は、旧・対人援助スキルアップ研究所時代に、最初にブログで取り上げた神社で、それ以降も年1回は参拝している我々にとっての大切な神社なのです。

ここで交通安全のお守りを手に入れ、常にわが社の歴代の車を守って頂いておりますが、ここは日本三大金運神社でもあります。

「あとの2社は?」と広報部長に聞くと、「ハハハ。あとの2社はたいし・・・・」(強制終了)。相変わらず、危ない危ないw。

さて、駐車場から参道に入ると、階段上にやはりというか、さすが名神大社というか、有りましたよ、有りました。この時期恒例の「茅の輪」が組まれておりました(写真はないけどw)。

名神大社でこれがないと寂しいからね。北池のドンキ近くの中丸熊野神社という、小さいがステキなノリノリの神社があるんだけど、そこにもなんと茅の輪が設置された(ここの素晴らしさもそのうち紹介したい💛)。

この茅の輪を木森氏は、初めて見たという。そんなわけあるかいとは思うがまぁ新入りですから!わが社の玄関にも、以前に京都の八坂神社で手に入れた「蘇民将来守」がかけてあるんだけどねw。

「茅の輪くぐり」と「蘇民将来」について記しておきます。

この「物語」を単純に日本で比定(場所探し)すれば、おおむね『備後国の風土記』にあるように、現・広島県福山市の備後国一の宮の一社、素盞嗚(すさのお)神社内の疫隈国社(えのくまのくにつやしろ)界隈で良いかと思われます。

その話の流れとして、島根県大田市五十猛町湊と野梅の間にある山陰道の峠にある神別れ坂(イタケルノミコト、オオヤツヒメ、ツマツヒメの3人が別れた場所)と、その直前にスサノオノミコトが息子たちと別れております。

そこから、ここら(のちの備後、現・福山)に来たのではないかなと考えます。とは言え、そのころに大きい道(道ってけっこう新しいのですよ)がたくさんはないので、伝説とも言えますが、なんせ神様のお話ですから!

そう言いながら、このころのお話では「茅の輪」は身に付けているだけで、くぐるものではありません。そのずっとあとの平安時代の貴族の儀式でも、おおむね腰につけるものでしたが、中には変わり者?も当然いて、なんとかくぐれないこともない、輪っかを使ってMよろしく難儀してくぐった貴族もいらしたらしいがw。

室町から江戸時代くらいになると、民間や宮中でも地面に大きな茅の輪を作り、それをくぐるという形ができたとされています(『年中行事絵巻』常盤光長)。

もちろん、素盞嗚神社も、佐藤某氏で参拝したことが何度も有ります。蘇民神社と疱瘡神社という摂社にも参拝しております。


『備後国の風土記』では、昔、北の海に、勇ましい武塔(むたふ)の神がいて、南の海にいる女神を妻にしようと出かけました。途中日が暮れてしまい、宿を求めていた所、蘇民将来の二人の兄弟がいました。兄は、いと貧しく、弟は、裕福で屋倉を一百も持っていました。

その兄弟に、武塔の神が「宿処を借りたい」と願った所、弟は、富があるのに貸すのを惜しんで貸しませんでした。兄は貧しかったが、粟柄にて座るところをつくり、粟飯等を炊き、食事として出しました。

その後、年を経て、その神は八柱の子(これが八坂の八王子)を率いて再度兄の家に来ました。

「おれはあのとき世話になったお礼がしたい(これが恐い)。おまえの子孫はこの家にいるかい?」と尋ねました。

蘇民将来(スサノオに親切にした兄のほう💛)が答えて言うには、「私の子孫はその女の子だけです」とのこと。

「おおそうかい」。即座に答えると「(この)茅の輪をな、その子の腰の上あたりに着けさせておきなさい」と仰ったので、その言葉のままに娘に着けさせました。

当日の夜、当然ながらその蘇民の女の子1人を除いて、皆殺しにされ、弟の家は滅んだのである(定番)。

そのあと仰るには、「おれは速須佐雄の神だ(ここで名乗るのかい)。これ以後、また疫病が流行れば、「私は《蘇民将来の子孫です》と言って、茅の輪を腰に着ければ、そいつは助かるぞ」と仰られた。

ややや、TSKにある「蘇民将来守」は新型コロナウィルス感染症にも効いているのかも知れませんな。こうして、茅の輪をくぐることにより、半年の間に身に着いた穢れなどを払ってくれると言われていのですよ。

「水無月の夏越の祓する人は 千年のいのち 延ぶといふなり」安倍晋三、いや詠み人しらず

我々は、茅の輪くぐりのしきたりに則って、左、右、中央の順で茅の輪をくぐった。さてさて、これで後半は安泰になること間違いなし。ねぇ天太玉命様!(われいわく、ふとだまのおとうさん💛

我々は、修繕中の鳥居前の古いお札を納める場所に、感謝をこめてお返し、その後鳥居をくぐり境内に入りました。

そして・・・平常運転?で、手水舎へ行くと、なんと手水が流れていません。代わりに消毒用のアルコールのボトルがふんじばられておりましたw。感染防止のため、水を止めてアルコールを置いてあるのです。

ということで参道を歩きつつ、佐藤はこの神社に初めて来たという、木森氏に、千木(ちぎ)について説明しました。

千木とは神社の屋根の両端で交叉させた部材を指したあの部分の名称なのです。その千木の形には、先端が「外削ぎ」「内削ぎ」があります(さすがにんじゃ?検定合格者)。

一説によれば、祭神が男神を祭っているところは外削ぎ、女神を祭っているところは内削ぎになっているとか。でもまぁ長い間に混在しているところもありますね。ここなんかまさにそう(笑)。


●これが安房神社の本殿●.jpg

●これが安房神社の本殿●



安房神社のご祭神は、主祭神が天太玉命(あめのふとだまのみこと)です。日本の全ての産業創始の神様で、房総半島は、かつては、安房・上総・下総・常陸が1つの「房国」でありました。また、相殿神には、天比理刀当ス(あめのひりとめのみこと)で、天太玉命の妃神が祭られていらっしゃる(風の噂では婿養子ともw)。

うん?ということは、当然、本殿の 千木は外削ぎのはず。だがこちらの千木は内削ぎなのです。実はここの神社は神職さんがおおらか過ぎて間違えたらしい。

「・・・・そんなことを知っていると、神社参拝も楽しくなるわよ」と佐藤
「・・・へぇ、面白いですねぇ」(棒読み)とは木森氏w。

我々は、本殿(上の宮)の拝殿にて、儀式に則って参拝し、これからの事業繁栄を願いました(求めるものは自由、願うものは平和・・・)。その後、末社の琴平社にご挨拶したのち、下の宮(摂社)を参拝しました。


●若人に千木について説明する●.jpg

●若人に千木について説明する●


●仕事の電話にも即座に対応w●.jpg

●仕事の電話にも即座に対応w●



こちらのご祭神は 天富命(あめのとみのみこと、天太玉命の孫神)と天忍日命(あめのおしひのみこと、天太玉命の兄弟神)です。

その後、佐藤は、仕事関係の電話が入ったので、しばし境内で話しこみました(安房神社と宮崎の都農神社って、結構こういうことが起こる神社なんですよwww)。その後、撮影をして終わり。おみくじはノーコメントw。

そろそろ昼食時間。なぜか、営業部長が魚貝類が苦手(寿司を除く・・・って、わがまま?)。いろいろ右往左往した結果、安房神社へ行く途中、佐藤が目を付けていたピザが食べられるお店に移動しました。


【STELLA DI MARE(ステラ デイ マーレ)】

ここは、里見の湯さんの敷地内にあるイタリアンです。外観からは高級感が漂っていました。まぁ、今回はいってみれば社員旅行みたいなモンですから。美味しい物を食べましょうってことでw。

ドアを開けると、ソーシャルディスタンシング的、広い空間が広がっていました。お客さんも結構入っていましたし、でも混んでいるとは感じさせないくらいの広さがありました。我々は、奥の4人かけのテーブルに案内されました。

それぞれが食べたいものを注文。ランチには、スープと主食とサラダが付きます。飲み物は+200円で別オーダーです。

佐藤は、お肉がたっぷり乗ったピザを注文。木森氏はハンバーグ地野菜のサラダとナポリタン。某氏は、ミックスバーグ。ハンバーグ/海老フライ/クリームコロッケ。ちなみに、ソースは、きのこのデミグラスソースか、おろしポン酢を選択できます。

もちろん、ピザは3人でシェア。アイスコーヒーとミネソタローネのスープを頂きながら、しばし雑談すると、きましたよ。きました。佐藤のピザが(笑)。

ふたりに1/4枚を渡し、佐藤はちょっと量が多かったけど残りの1/2を食べました。

「油断すると、4/5くらい飛んで来るから気をつけて」(某氏)

「 」(木森氏)


●新入りの木森もよろしく●.jpg

●新入りの木森もよろしく●



ピザを堪能し終わり、雑談するも 2人の料理がなかなか来ません。あれ〜、時間だけが過ぎちゃうじゃないの!困ったなぁ〜と思っても、ここは仕方ないからじっくり待つことに。

ようやく、2人の料理が無事に運ばれてきた。お店のメニューによれば、ここのハンバーグは、里見伏姫牛を使用し、鮮魚は、南房総勝山より直接買いつけているとのこと。さて、次を目指します。

次は、勝浦にある遠見岬神社(安房神社から64キロ!)。ここは、佐藤も初めて行くところです。鴨川シーワールドを通り越し、ナビの導くままゆるゆると進むと、正面に鳥居とその奥に階段がある神社が有りました。


【遠見岬(とみさき)神社】

「冨が咲く」と言われ、縁起がいいですね。この神社のホームページによれば、「房総半島に技術と文化をもたらした天冨命(安房神社の天太玉命の孫で、下の宮のご祭神)をお祀りする古社」と有りました。

はるか昔、初代・神武天皇の御代、四国から房総へと渡られた天冨命は、関東全域の発展に寄与されたという。そして技術の伝承ののちに当地に住まわれたと伝えられる。ここはその屋敷跡とも言われ、今より海岸近くにあったが、津波でやられたので、この地に遷座したとも。

そして、勝浦は、江戸時代になると「勝浦三町江戸勝り」と例えられたほど繁栄し、現在では、レジャーや観光で賑わいを見せている。ちなみに天冨命は阿波忌部氏(祭りごと、占いの一族)の祖神でもあり、勝つための占いをする「勝占忌部」の名が地名の元とされています。

町全体がひな人形に彩られる『かつうらビッグひな祭り』など、全国から人々が集う地となっているので、その時にはこの神社の正面にある階段が見事なひな壇になるんですって。そのひな人形が、夜な夜な動いたり、参拝者に気合いを入れたり・・・はしないようですが、勝浦の朝市の前後に参拝する観光客でも賑わっているそうです。

やはりねぇ・・・。神様がお守りしている地域は繁栄しますわ。あやかりたいですねぇ。


●これがひな壇となる遠見岬神社の階段●.jpg

●これがひな壇となる遠見岬神社の階段●



●眼下に広がる太平洋と町並み●.jpg

●眼下に広がる太平洋と町並み●



さて、我々は鳥居をくぐって、正面にそびえる階段にチャレンジ。木森氏は一足遅れて、佐藤某氏が登る姿を動画で撮っていた。某氏は、見えていた階段を登り終えたところで、「ひえ〜まだ上に続いてやんの」と叫んでいます。

まぁ、そんなもんでしょうね。だって下から社殿が見えませんもの(笑)。

は、スカートにサンダル姿で、足元が不安でしたが、そこはほら、持って生まれた健脚(カンケツハコウ?)を駆使して元気に登って行きました。

遅れてついてきた若い木森氏も、階段上の本殿にたどり着く時には、息が上がっていました。何とか、3人とも無事に登ったところで、写真を撮り参拝です。


「初めて参拝させて頂きました。ムニャムニャ。ここのひな祭りは盛大だと伺いました。ムニャムニャ。佐藤は3月3日生まれです。ええ、ほんとです!ほんとです!ほんとですとも!今後も会社のため、世の中のために働きます。どうぞ、お力をお貸し願います」(佐藤・拝)

「 」(天冨命・受)


●遠見岬神社の神様、はじめまして●.jpg

●遠見岬神社の神様、はじめまして●



神様は佐藤の願いを引き受けてくれたでありましょう(笑)。我々は、登ってきた道を引き返し、社務所にておみくじを引きました。

ここのおみくじは金女(きんめ)みくじと勝男(かつお)みくじとなっていて、それぞれ魚の形をしたケースに入っています。結果は、まぁ末吉でした。お後がよろしいようで(笑)。

さてさて、これで今回の出東京録は終了。こんどはいつ出られるやらw。


帰りに、再度海ほたるPAに寄ってお土産を購入し、恒例のソフトクリームを頂き、無事に帰って来ました。

気づけば、来週はもう7月です。カレンダーも折り返しですが、新型コロナのせいで年間予定が大幅にくるいましたが、後半は、予定が崩れないことを願っております。

皆さんも引き続きご自愛頂き、暑い夏を乗り越えていきましょねぇぇ。ではまた!


(To Be Continued!)
posted by さとうはあまい at 21:35| 東京 ☀| Comment(0) | 出東京録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする