2008年05月19日

奮闘記・第218回 読んでみた!/東京都

●本の分野● ミステリー


宮部みゆき・作品

『火車』を読む!


(2008年4月某日 福島県福島市・岩瀬書店で購入)



 文庫になってからもずいぶん経ち、新潮文庫に入り、「このミステリーがすごい!」の記念ムック『もっとすごい!! このミステリーがすごい!』(宝島社)で過去20年間の読者アンケートの「ベスト・オブ・ベスト」国内編で1位に選ばれた作品なのだ。ただ、難しそうな感じで暫く避けていたものを読むことにした。ふふふ。

 この作品は直木賞の選考委員の意地悪だか嫉妬だかはわからないが、彼女が直木賞に選ばれず、別の作品(『理由』)でやっと取ったという覚えがある。恥ずかしいよ、あとあと歴史に残る作品にそういう評価をした作家センセはねぇ。

 第一、現役の書き手で、ライバル意識もある同業者に選考させるのはどうなんだろうねぇ。作家代表と、編集者あるいは、読者に投票させりゃいいだろう。あと該当者は一年にひとりでいい。芥川賞や直木賞作家が不要に多すぎる気がする。

 さて、物語は、交通事故で最愛の妻を亡くし、自分も捜査中の事故によるリハビリで仕事を休んでいる刑事が主人公。妻の親戚から失踪した婚約者をさがしてほしいと頼まれたところから始まる。

 その婚約者は、女性から「自分はクレジットカードを作れない人間」ということを聞かされていたという。

 主人公の刑事は、まだ不自由さが残る身体で、婚約者の女性の写真を手に、彼女の働いていた場所をまわって個人的な立場で捜索を始める。

 話を聞いた時点では、すぐに見つかりそうな人探しだった。だが、話を聞きまわり、調べていく内にその事件は大きな深みにはまっていく。探している女性(親戚の婚約者の女性)は、写真に写っている女性とは別人であることがわかるのだ。そう、婚約者はまったく違う名前・履歴を名乗っていたのだ。その女性の「存在」が消えてしまったのだ。

 ここから、物語は急速にどろどろとしてゆく。1人の人間が、他者に成りすます。北朝鮮を出すまでもなく、国際的な、国家レベルの話で言えば昔から多くあることだろう、密入国やスパイなら。

 日本で他人になりすますのは、できそうでできない。日本は、身元のわからない人間は生活しにくい国なのだ。よくも悪くも最近は崩れつつあるが。

 犯人がなぜ、そういう困難なことをしなければならなかったのか。そこには、経営破たん、家族離散、クレジットカードによる自己破産など、お金にまつわる誰でもが遭遇する可能性のある問題の不運な連鎖であった。

 これもミステリーなので詳しくは書けない。物語では、作中に弁護士を登場させ、クレジットの仕組み等、わかりにくい用語を自然な形で作中で啓発してゆく配慮がなされています。まぁ、それでも佐藤には、法律用語が続いているために少々難しかったが(笑)。

 後半、犯人像が絞り込めてくるに連れ、犯人が自分を消し去るために実行した手口が明らかにされてゆく。こうなってくるともう駄目(笑)。事件がどのように解決していくのか知りたくて、ページをめくるスピードがはやくなる(笑)。なにしろ、追えども、追えども「犯人」の実態に近づかない、姿が見えないのだ。

 弱者ゆえに罪を犯し続けてゆく犯人が、「強者」である刑事(でなけりゃ捕まえられない)を翻弄してゆくのだ。「もしかして殺人事件」などと悠長な標語を使っている警察ではちょっときついかもしれない。

 読み終えて、松本清張先生の『砂の器』が脳裏によぎった。弱者がおこなう犯罪を裁くのはつらい。まぁ「弱者」の定義にもよるのだろうが。

 二作品に共通するのは「追う者」より、「追われる者」に読者の気持ちが近づいてしまうことだ。日本人独特の感情かもしれない(いわゆる判官びいき?)。久しぶりに、読み応え十分のサスペンスでした。宮部みゆき恐るべし!


【本データ
 『火車』
  宮部みゆき・著、新潮文庫、1998年、857円(税別)


図1 読後の『火車』を手にする.jpg

図1 読後の『火車』を手にする


(To Be Continued!)
posted by さとうはあまい at 12:19| 島根 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読んでみた! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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