2008年02月21日

奮闘記・第148回 首都圏/神奈川県

●ちよみの感動● 烏帽子岩が遠くに見える


湘南をゆく

ちよみの海岸物語(?)

〜サザン通りからラチエン通りをわたる〜



(2008年2月某日 神奈川県茅ヶ崎市ほか)



 佐藤は、湘南といえば鎌倉・江の島、と決め付けていた。まぁ鎌倉はともかく、江の島は佐藤にとって死語となりつつある、といってもまた夏になったら江の島に行きたくならないとも限らない(笑)。

 やはりあんなもんのなのかどうか、という怖いもの見たさもある。でも、片瀬江ノ島の駅は使わないが。

 それはさておき、湘南といえば鎌倉・江の島という概念は間違いと気づいた。なぜなら、青春という言葉がぴったりの茅ヶ崎に行っちゃったからです(笑)。

 だって鎌倉・江の島は観光地としては有名だが湘南の匂いはしない、生活の匂いがしないといってもよいかな。良くも悪くも、鎌倉時代の文化を守り、昭和初期の海水浴から変わらない(悪いことでは決してない)。戦国時代や幕末の鎌倉ってあまり想像できないでしょ?

 ここ茅ヶ崎はまさに現在の湘南! 俳優で歌手の加山雄三さんが育った場所。彼は明治維新で活躍した公家・岩倉具視の玄孫(孫の孫)だそうです。

 いまならば湘南といえば歌手のサザンオールスターズの桑田佳祐さんを思い出すことでしょう。「夏をあきらめて」に出てくるパシフィックホテルはここ茅ヶ崎にあったんですよ(いまはない)。そして幼いころの桑田さんはここで加山雄三さんに会い、歌手になろうとしたらしい、と確か本人がラジオかなんかで言っていた。

 JR東海道本線・茅ヶ崎駅にて下車。南口に降り立ち重い荷物はコインロッカーへ。ふふふ。今回は中型ロッカーも完備されていましたよ。


図1 サザン通りを発見!.jpg

図1 サザン通りを発見!


図2 サザンサブレはまぁまぁです.jpg

図2 サザンサブレはまぁまぁです


 さて、茅ヶ崎のロータリーにある地図では、海に出るまでに数本の通りがある。素敵なことにその通りには湘南に関係している人物名がつけられているのです。サザン通り、雄三通りなど・・・。そうですか、そうですか。では、まずはサザン通りを行きましょう。

 ♪海岸で若い2人が恋をする物語〜♪

 などと、口ずさんで歩き出したのはいいのだが、これが結構長い。まぁ若い二入だったらこの道もロマンチックなのでしょうが。おばさんは、まだかまだか、いつ着くのかと必死に歩いて行き、ビーチに抜けるトンネルでかわいいイラストに励まされながら、やっとこさ、海岸に到着したのでした。

 おお!あれこそ♪チャコの海岸物語♪にでてくる烏帽子岩が遠くに見える。その烏帽子岩をめがけて、雲間からお日様の光がおりています。烏帽子岩はそのお日様の光を浴びて「俺の雄姿をしっかり見てくれ」といわんばかりにまばゆくひかっていました。

 その烏帽子岩を望む絶好の場所に、馬鹿でかいCの形をしたモニュメントを発見! 駐車場でトビに餌をやってるひとを発見!(まぁこれはどうでもいい) 

 早速、登って記念撮影。なになに?このモニュメントは若いカップルが端に立って空いている部分をふさげば〇になるとな。どうやら縁結びのモニュメントらしい。

 そばにあった、サザンビーチモニュメントの解説によれば、(前略〜)人々が抱える様々な問題に、いたわりや、譲り合う心を思い出し、不完全な円(縁を完成させ幸せな暮らしを形作る「思いやりの輪」〜後略だとのこと。そうそう、何事にも、いたわりや、譲り合う心が必要です。


図3 烏帽子岩がみえますか?(サザンビーチのモニュメントから).jpg

図3 烏帽子岩がみえますか?

(サザンビーチのモニュメントから)



【茅ヶ崎市・開高健記念館】
 佐藤は、ひたすら湘南海岸を江の島方面へ向けて歩いています。次に目指すはラチエン通り。

 その通りには、開高 健(かいこう・たけし)先生の記念館があるんだそうです。これがまた遠い、というか遠いところへ向かっているだけなのだが(笑)。

 あとでわかったのだが、茅ヶ崎駅を中心に、右がサザン通り、左がラチエン通りだから、その裾野は扇状に広がっているんです。佐藤は、広げた扇のはじからはじまでを歩いているんだもの。なんせ、地図の読めない(空気も読めない?)女でございますから、ほほほ。何か問題でも?

 ぶつぶつ言いながら歩いていると発見! やったぁ〜ようやく見つけた先生宅。ちなみに記念館は土・日・祝日のみの開館、平日は開いてません、ご注意ください。


図4 ガラス越しに見える開高健先生書斎.jpg

図4 ガラス越しに見える開高健先生書斎


図5 展示されている開高先生直筆原稿.jpg

図5 展示されている開高先生直筆原稿


 記念館といえども、個人宅でありますから普通の家。ドアは閉ざされていますから、庭で係りの方から「どうぞ、ごゆっくり」といわれても、開けて良いものやら悪いのやら(悪いわけない)と思いつつ、明けてみてびっくり! すでに何人もお客様がいて記念品を物色しているではありませんか!!

 佐藤は、記念館のかたに勧められてテレビの前に座りました。室内をぐるりとみまわすと、高い天井近くの壁には開高先生が、ジャーナリストとして、生と死の極限状態を生き抜いたベトナム戦争の従軍記者としての写真が、布にプリントされてはためきながらゆれていました。その横には、釣り師として巨大魚釣り上げて満面の笑みの先生の姿も飾られていました。

 佐藤は先生が出演しているビデオをながめ、「おおっ。開高節(ぶし)じゃ〜」と久しぶりに聞いた先生の声に大満足! その後、企画展として展示されている「ずばり東京」展を閲覧し(文春文庫、最近光文社文庫で出た)、先生の書斎はいったん家の外に出て、ガラス張りから部屋の中を見せていただきました。

 掘りごたつに座り、好きなたばこにワインをくゆらせ原稿用紙に丸文字を滑らせていく。先生独特の声が聞こえてきそうな空間でした。釣り上げた大魚など、いろいろな剥製がありました。ただ飼ってた猫の剥製はちょっとねぇ……(先生が亡くなったあとらしいが)。

 若いころの佐藤、ありますよ〜佐藤にも若い時が(笑)、は自然(今でいうノンフィクション)が好きでした。愛読書は、自然や野生を描いた書物が多かった。難しいものはパス! 先生の作品では、釣りを描いた作品を好んで読みました。いや、読んだつもりが目を通しただけかも〜(苦笑)。

 しばし、ゆったりと過ごさせていただきました。開高先生、そして丁寧に説明してくださった記念館の方々、有り難うございました! 9キロしか離れていない。どこそこの島とはえらい違いじゃ!!


図6 玄関脇にある石.jpg

図6 玄関脇にある石


図7 哲学者の小径.jpg

図7 哲学者の小径


 まぁ確かに街自体は少し寂れているかもしれない。もちろん住んでいる人々には不満もあるかもしれない(ないかもしれない)。パシフィックホテルでさえ、なくなった。

 でも人が暮らす、生活するということは、そういうこと(できたり、なくなったりする)なのではないのか? すべてが変わらなかったら思い出なんて美しくも懐かしくもないのかもしれない。良かれ悪しかれ、いまの湘南がありのまま、感じられるのだ。

 そして、湘南を歩くには今が一番良いかもしれない。湘南の車は湘南ナンバーだらけ。カッコイイ!(って湘南ナンバーしかないわい)。そこには、忘れていた青春の一コマが、ふと垣間見れたのかも知れません(笑)。



【寒川市・寒川神社】
 寒川神社がある宮山駅は茅ヶ崎駅からすぐ目と鼻の先。ですから行っちゃいました。お正月に行ったときには、富士山がはっきりと見え、「やはり近いな〜」と感激しましたが、今日はあいにく厚い雲に覆われてみることはできませんでした。

 ま、それはそれで仕方がない。別に富士山を見に来たわけじゃなし(そこまでいうな)。早速、参拝。研究所の安泰を願いました。おみくじは末吉・大吉でした。

 前者はふつうのおみくじ、後者は花みくじ。そんで入り口で末吉、出口を出たら花みくじで大吉、なのです。皆さん、ほんとうに欲しいものはあきらめちゃだめです(笑)。

 またどこかでお会いしましょう! ではでは!!


図8 寒川神社へ再襲.jpg

図8 寒川神社へ再襲


(To Be Continued!)

posted by さとうはあまい at 13:23| 島根 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 見聞録(首都圏版) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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