2008年01月29日

奮闘記・第131回 読んでみた!/東京都

●本の分野● エッセー


阿久 悠(あく・ゆう)・作品  
    

『歌謡曲の時代 〜歌もよう人もよう〜』を読む!


(2007年12月某日東京池袋リブロにて購入)



 昨年(2007年)8月、作詞家・阿久 悠(本名:深田公之 ふかだ・ひろゆき)先生が癌で逝去されましたね(享年70)。残念ですが寿命ではしかたがない。

 阿久 悠先生は、ご存じのように、作詞家としてだけではなく、小説家・放送作家など、文筆家としても活躍され、映画にもなった「瀬戸内少年野球団」(直木賞候補)、『殺人狂時代ユリエ』(第2回横溝正史ミステリ大賞、1982)なども多数書かれており、文章ももちろん達人。

 今回取り上げた『歌謡曲の時代』は、阿久 悠先生が、自分の作品のタイトルをテーマにしてその曲や当時の世相を回想して、新聞に書き続けたエッセーをひとつにまとめたものです。

 阿久 悠先生は歌謡曲という言葉が、時代が昭和から平成に変わるころ、存在感が薄くなったと語り出します。昭和が終わり、平成の始まりと同時に消えたという「俗説」に対し、歌謡曲というものの、底力、実力に関して述べていらっしゃいます。

 歌謡曲とは、ひ弱なものではない。時代を飲み込みながら巨大化してゆく、妖怪のようなもの。滅多なことでは滅びたりしない、と語っています。

 「平成の人間」の手には負えなくなったのだ、と考えたほうが良いともいう。また、昭和の歌の歌詞が「世間全般について語った」のに対し、平成の歌詞では「自分のことだけを語っている」ともいっています。

 それはそうだ。曲の良し悪しは別にして、最近の歌は、何をいいたいのかがよくわからない。そこにはある体験や経験を共有した(あるいはしたい)「私」と「君」しかいない。第3者が関与したり、共感したりする幅や深みを持っていない。つまり時代そのものを表現できていないのだろう。

 自分で詩や曲を書くようになり、自分の考えを発信することがはやり始めて久しい。確かに自分の気持ちや考えをそのまま述べることはできるだろうが、そうそう発信したいことばかりはないだろう。プロの作詞家が見た、その歌手に「求められているもの」をプロの作詞家が第3者の目で見て書いてもらうことも有意義なことではなかったか。

 しかし、未熟な輩(いったら悪いが)が、猫も杓子も自分で歌詞を書きまくり、需要が減り、プロの作詞家も消えていった。

 佐藤はまさしく阿久 悠先生がいう昭和の世間を渡ってきた人間である。この本を読み進めながら、そうそう、この歌が流行っていたころは、どこで、何をしていたか。その時に私のそばには誰がいてくれたかなどを思い起こして読んでいました。これは歌詞が個人的な体験や内容ではなく、時代の一片を共有している証だろう。

 阿久 悠先生の凄いところは、歌謡曲だけを作詞したのではなく、共に昭和の時代を駆け抜けたウルトラマンシリーズや、宇宙戦艦ヤマト、ピンポンパン体操など、あらゆるジャンルの唄も手がけ、その作品を我々に残してくれています。

 皆さん、信じられますか? 作詞・阿久 悠先生、作曲・小林亜星先生で「ピンポンパン体操」を作られた年、同コンビで「北の宿から」でレコード大賞を獲ってるんですよぉ(笑)。

 さらに、ウルトラマンタロウの主題歌でのエピソードでは、阿久 悠先生も親なんだなぁ〜としみじみとしました。お父さんがんばれ!と叫びたくなっちゃう(笑)。ふふふ、太郎さんというらしいんですよ、先生のお子さん(笑)。

 皆さんの中で、作詞家、阿久 悠先生を偲んで、暮れの紅白で阿久 悠先生に書いていただいた持ち歌を、和田アキ子、森進一、石川さゆり、五木ひろしが熱唱したことを覚えている方もいるでしょう。本の中でも、もちろんこれらの歌も出てきます。

 佐藤はその中で一番印象に残ったのは、和田アキ子が歌った「あの鐘をならすのはあなた」です。

 阿久 悠先生は、「「あなた」にはまだ逢えない」とサブタイトルをつけています。

 
あなたに逢えてよかった

 
あなたは希望の匂いがする


 この時代は、連合赤軍による浅間山荘事件などが起こり、ミュンヘンオリンピックもテロの標的になった年でもありました。こんな時代背景を受けてこの歌詞は作られました。この歌は一般的にはただのラブソングにも聞こえるのですが、さて、一体あの鐘を鳴らすのは誰なのでしょうか? 

 その問いに対して、鐘をならすのは聞いている我々の心の中にある誰か、自分を支えてくれる誰か、らしい。ただ、恋人というわけではないのそうです。

 だから、歌っている和田アキ子はもちろん、歌う人、聴く人が自分自身のその誰かを思い浮かべて歌えばよいそうな(彼女も歌詞に出てくる「あなた」は誰か?と先生に尋ねたところ、そういわれたそうです)。深いよ、歌謡曲は!

 昭和の時代は去り、平成の世はテレビゲームや、液晶テレビなど、確かに、物質的には豊かさにあふれています。もういくら昭和の時代が懐かしくてもあのころの文化程度にはもう戻れない(年配者も戻れるのではなく、前に進んでいないだけ)。

 むしろ問題なのは、たとえば地下鉄で、親が凄いスピードで席をとり、そこに子どもを座らせて親が立つ。その横に高齢者がいても無視! 子供は立たせたもんだよね、学割(ガキ割?)で乗ってるんだし、高齢者のような長年の社会貢献も何もないんだからさ。親も親だよ。こころのゆとりや豊かさ、マナーも何処かへ行っていませんか?

 だから、バカでわがままになるんじゃないの。その子が高校くらいになって世間で「大事件」を起こしてから、夫婦でお遍路さんやっても、子供にも社会にも何の責任を果たしたことにはならないと思うけどねぇ。

 まぁ子供の授業参観に出たら「日当」を学校に請求するスーパーバカ親(開いた口が塞がらない)もいるらしいから、やはり親のバカ化が先なのだろうな。

 気がつけば、もう平成生まれの子どもが介護の研修現場に登場するんです! 介護現場を応援する立場として「躾(できることを見守る)」ことと、「守る(保護)」の違いをしっかりと伝えて介護界に「半鐘」程度は鳴らさんとなぁぁぁ、と改めて考える機会ともなった本であります。もちろん、ただ読んでも面白いですけど(笑)。



【本データ】
■『歌謡曲の時代〜歌もよう人もよう』
  阿久 悠・著 新潮文庫、476円(税別)
  2007年


図1 読んでみた!(浜田市総合福祉センター講師控え室にて).jpg

図1 読んでみた!

(浜田市総合福祉センター講師控え室にて)


(To Be Continued!)

posted by さとうはあまい at 16:46| 島根 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 読んでみた! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
最近の歌についていけない私ですが、たまに解りやすい歌詞や親への気持ちの歌など一昔前の様なのも聞かれ、おや?と思うことがあります。
親の横暴については今日もテレビでやっていましたが、理解不能です。わが子さえよければ、という風潮があり、自分も子供も社会の一員という理解がなくなっていますよね。最近「人様」という言葉は死語になっていますよね。「人様の物だから。」とか「人様の前で。」と他人を敬う気持ちはいつから無くなったのでしょうか?
個人の尊厳にもつながるこの言葉復活させたいですね?
今日はお世話になりました。明日からもよろしくお願い致します。(浜田会場の一員です)
Posted by HIROKO at 2008年01月29日 23:09
まさしくその通りですね。「人様のものだから」とか「人様の前で」という他者を敬う感覚が薄れていることは確かでしょう。
佐藤は、介護を担う人には、自分の存在が他者にどのような影響を与えるか、他者の存在が自分にどのような影響をもたらすかを、常に意識してかかわるという視点を持って欲しいと思っています。
また、会場で会いましょう。
Posted by さとうhあまい at 2008年01月30日 03:48
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