2019年06月04日

奮闘記・第1083回 研修会のツボ/東京都

●2019年● 東京都町田市

町田市・町田市介護人材開発センター・共催

対人援助職に必要な能力
2019年度 相談援助研修・初級編(第2回)


町田市介護人材開発センターさんでは町田市と共催して、町田市で働いている「相談援助業務」を行っている方々を対象に、スキルアップ研修を開催している。

この研修は全3回シリーズで行っており、今回はその第2回目なのだ(第1回目の内容は当ブログ・第1080回で報告済み)。

さて、研修会の前に町田市内で昼を頂き、神社にもまわってみた。そこで江戸時代までの町田の歴史をさらっと書いてみたい。あまり真面目に読まないように(笑)。


●昼は市内のSALVATORE CUOMO & BAR 町田で頂きました●.jpg

●昼は市内のSALVATORE CUOMO & BAR 町田で頂きました●


●今日も町田市福祉会館が会場です●.jpg

●今日も町田市福祉会館が会場です●




これらの歴史が今の町田市の文化・風土の育成されて行く上で、多少なりとも繋がっていると考えるのだ。

町田市は、旧・武蔵国多摩郡の南端に位置している。645年に起きたと噂される乙巳の変(いわゆる大化改新。でも実態は不明)で、政権は全国を支配する体制を整えると言いはり、地方をそれぞれ国に分けた。現・町田市はほとんどが武蔵国に含まれてしまう。

1335年、北条時行ら北条氏が中先代の乱を起し、町田村の井出の沢の戦いで足利直義を撃破し、院政期に市域には小山田荘になる。古代から、鎌倉・院政期まで戦乱が続くと、村(当時は町田村)としても戦いに嫌気がさしてくるに違いない。

それらの史跡が誇らしげに語られ、武神が神社に祭られている八王子市近辺とは違い、戦禍で焼失したにしても、武将たちの名前や事件さえ語られないのは対照的だ。だから八王子の史跡郡と町田市の歴史が容易に結びついて来ないのだ。

16世紀末・天正年間には、町田村が農地拡大のために近隣を開拓し、「原町田村」として分村する。後に「本村」の町田村を「本町田村」と村名を変更することになる。やはりプライドがあったのだろう。

江戸時代初期では、ここらの村の多くは幕府直轄領(天領)である。しかし数度の地方直し政策で、江戸中期までに旗本知行地となってしまい、多くが旗本数家あるいは幕府等との相給となり、幕末期、幕府直轄領の村は韮山代官の支配下になる。まぁ幕府も大所帯になり、旗本にあげる土地がここらへんくらいしかなくなったのだ。

幕末の旗本は、もはや家康のころの旗本三千騎と言われた「武装集団」ではなく、読み・書き・そろばんが求められる「能吏」(行政手腕のある役人)の片腕となる官僚的な人物が揃えられていたのだ。だから、あっさりそれはそれは、あっさりとペリーの脅しに屈してしまうことになる。その代わり、近代的な官僚制度にはすぐに移行できたともいえる。

さて、時代を越え、佐藤は研修に先立って、町田天満宮を参拝した。

研究所のはぐれ旗本・ひゃ〜参謀のリサーチによると町田は、あの菅原道真公の信仰を中心に団結し、お仕えしていた人々の地である。菅原道真公をお祭りしている神社が三社ある。いや他の神様が見当らない。

もともとは多摩は中臣氏が治めていた地であり、北野天満宮から道真公を勧請してくるのは不思議ではない。

町田天満宮のホームページによると、創建は、谷保天神などを中心とした武蔵国の天神信仰の流布により、京都の北野天満宮より戴いた菅原道真公の尊像を家の守り神としてお祀りしていた云々とある。

先に書いたように、天正10年(1582年)に原町田村本町田村と分かれて独立する。分村で原町田地区の神社がなくなり、加えて農民一揆が各地で起こるなど、農民の領主に対する怒りが鬱積していた時期でもあり、それに拍車をかけることになる。

当時、この地域の領主・北条氏輝氏照の間違い?わざと?)の社寺政策によって村民を統治しており、元々古い祠のあったこの地にも菅原道真公をお祭りした。だから町田天満宮の起こりは天正年中の1580年前後と推測できる。

でも、もし北条氏輝が、氏照ならば、その後、豊臣秀吉の小田原征伐に遭い、天正18年(1590年)に切腹となっているのだ。これらの争乱でもやはり多摩全土が戦乱に巻き込まれている。

ここでまた、町田村の方々は戦さより学問を好む傾向が強くなり、文人の代表で有る道真公を主祭神とする神社が好まれ、戦さの神様で有る山王社飯縄社(戸隠)が摂社に収まっているのだと思われる。

資料が戦乱で焼失しても、古い年号が記されているのは、記録が「どこかには残ってはいる」はずである。武将名や事件を記さなくても、「年号」を書いておけば、わかる人にはわかるからだ。

相模から町田、八王子まで、古代から戦国時代まで、つねに戦乱の巻き添えになっている。

これらは、ほぼ戦乱の史跡を「残さない」町田市は、戦乱の史跡郡や武神を祭る神社が多彩な八王子市と比べて対照的な「反戦姿勢」であろう。同じように戦禍に見舞われた寒川神社のある神奈川県高座郡や相模原市もあえて戦乱期についての歴史は書き残そうとはしてはいない。もちろん隠しているわけではない。

町田について長く書いたが、この地域としての性格形成、今の「町田市」の文治的な、学問を好み、戦いを好まない性格が作られて来た重要な要素として、戦乱が頻発した地域であることは頭に置かねばならないからである。

だからこそ、好戦的な「東京都の一員」としての位置付けなど、ハナから興味がないことが伺えるのだ。まぁ歴史好きのただの憶測かもしれないが優秀な能吏を多く輩出するのもうなずける。


さて、初めての町田天満宮である。

初めて参拝する神社では、自己紹介をして、こちらに来た理由をお伝えする。その上で、これから関わる人々と、長くつきあうことが出来るようにお願いをするのだ。

そして、社務所におかれているおみくじ箱からおみくじをひく。結果は大吉であった。争いを好まない神様に受け入れられて良かった。良いことがおきそうな予感がする。

その後、研修会場へ移動。もちろん、今回も会場のすぐそばにある母智丘神社を参拝。なんと、こちらでも大吉!その前に寄った大國魂神社から三連続である。好戦的なひゃ〜参謀は今回は全滅であった。どこかに豊国神社を探してみたが、かけらもなかった(あるわけない)。


●良さげな神社を見つけた喜び(町田天満宮)●.jpg

●良さげな神社を見つけた喜び(町田天満宮)●


●会場の近所の母智丘神社にも参拝(大吉三連続!)●.jpg

●会場の近所の母智丘神社にも参拝(大吉三連続!)●



では、今回の研修会の具体的なテーマはこれだ。

「私のアセスメント・自己覚知」
〜他者と交流し、自己理解を深める〜


■研修で行ったこと
(1)自己理解
(2)他者理解
(3)エゴグラム・ストローク表の作成・解説



さてさて、今回の研修では「これなんださん」に登場して頂いた。正体は不明である(笑)。
佐藤と一度関わった方にとっては、すでに馴染みの「これなんださん」ではあるが、やはり初めての方には、衝撃的な出会いとなったようだ。

「これなんださん」のところでは、いつものように、ものの見方は人それぞれであるということ。だから、お互いに意見交換をすることが重要であると言うことを案内した。ハハン!



●前回の振り返りからスタート●.jpg

●前回の振り返りからスタート●


●資料を確認する参加者●.jpg

●資料を確認する参加者●


●「これなんださん」が登場●.jpg

●「これなんださん」が登場●




(1)自己理解
ここでは、自分はどのような人間であるかを箇条書きにして頂いた。今回はなるべく自分の良い所を書き出して頂くように説明した。

それでもまだまだ、自分をネガティブに捉えてしまう方もいるのだが、対人援助をする人は、可能な限り、物事をポジティブに捉えるようにした方が良い。

なぜならば、相手と関わるときにも、そういう方は、ネガティブな考え方が先行してしまうから。そこで、相手はそれほど悪く思っていないことでも、かなり重く捉えてしまい、


「こんなにしているのに、わかってもらえない」



なんてことをつぶやくことになるかも知れない。長所と短所は紙一重と言われるが、ネガティブさが思い浮かんだら、その反対側の言葉を思い描くことと良いかも知れない。


「こんなになってしまった・・・」→「このくらいで済んで良かった!」ってな感じ。


ポジティブさとは能天気の中にこそ、あるものなのである。


●参加者の答えを見守る●.jpg

●参加者の答えを見守る●


●一人ひとりが考える●.jpg

●一人ひとりが考える●


●「大事なものは目に見えないんだよ!」(笑)●.jpg

●「大事なものは目に見えないんだよ!」(笑)●



(2)他者理解
ここでは、二人一組になって頂き、とある関わり合いを通して、相手に対してのイメージ「あなたはこのようなひとに見えた」を描いて頂くのだ。

ここでの関わり合いは、「お互いの幼かった頃の楽しい思い出を語り合う」というシンプルなもの。

佐藤が、演習方法を説明すると、皆さん二人一組になって、思い思いに語りはじめて行った。この速やかに演習に入れるあたりが素晴らしいと思う。

さすが、対人援助を生業にしている人々と言える。佐藤は12分を計った。本来は15分かけるのだが、そんなにかけなくても良さそうである。

案の定、12分経過し佐藤が「終了で〜す」と言っても皆さんは.話しが盛り上がり、まだまだ話したい様子であった。


そうそう、この演習は語り合った後が大事なのだ。


お互いに自分の名前を書いた紙を交換して、今語りあった他者について、「あなたはこのように見えた」というイメージを箇条書きで書く。可能であればその理由も沿えて、である。

その後は、今書いた内容を相手に伝える。はじめに二人でじゃんけんをして勝ち負けを決めて頂く。そして、勝った人が、負けた人に、今書いた言葉をなるべく紙を見ないで直接伝える。負けた人は、相手が何を言っても、「ありがとうございました」と感謝を伝えるのだ。

佐藤が説明し終わると、会場がざわついた。

どうやら皆さんは、自分が思い描いた他者のイメージを、文字ではなく、直接言葉で伝えるのが恥ずかしいらしい。さすが文人の子孫である(笑)。

そう、我々は自分が感じたことを素直に表現することが苦手なのだ。さらに、言われる方は、どんなことを言われても、素直に受け取るのって、まぁ結構難しいのだ。

たった、これだけのことなのだが、「伝え合いの場面」に、会場は多いに盛り上がり、笑いの渦に埋まっていった。中には、他者に言われた言葉に涙ぐむ方もいたり・・・。

そう、その涙は、嫌なことを言われた悔し涙ではなく、自分のことを理解してくれたという感激の涙なのである。まぁ言うなれば、「よくまあ、そこまでわかってくれましたねぇ・・・ううう」ってことかな。


●ん?何か問題でも(笑)●.jpg

●ん?何か問題でも(笑)●



(3)エゴグラム・ストローク表の作成・解説
最後は、交流分析のツールを利用して更に自己理解を深めて頂いた。
ここで使用するのは、ご存じ(株)ヒューマンスキル開発センターさんの心理テスト「エゴグラムとストローク表」である。

我々が描く、自分とはこういう人間だとか、あなたはこのような人だというそもそもの判断基準は何処にあるのであろうか。逆に、我々一人ひとりの価値観や、ものごとの見方やとらえ方考え方は、いつ身についたのであろうか。

それは、紛れもなく、我々が育って来た環境の中にある。

すなわち、お父さんや、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、そしてその地域の文化や伝統などの影響を受けて身についたのである。

佐藤は、皆さんにエゴグラム・ストロークの図表を作成していただいた後、資料を用いてそれぞれの傾向性を解説していった。もちろん、エゴグラムも、ストロークも現在の皆さんの図表である。

この図は、おかれた環境によって大きく変化するので、今回の結果がすべてではない。ただ、そういう傾向があるという気づきだけで良いのである。

エゴグラムについては、解説の中にある「負の部分」に自分でも気付いていて、そこを何とかしたいと思うのであるならば(それを行動変容という)、今回のテストで「0」や「1」しか入れられなかったところを意識して行動してみるといい。

あるいは、グラフの中で突出している部分が、PやCの部分であるならば、それら突出した問題に「3」と書いた部分を意識して、それらの行動をやや抑え気味にしても良いであろう。いずれにしても、エゴグラムは、Aを真ん中になだらかな曲線が良いと言われているのだから。

さて次は、ストロークに付いてである。

ただ、ここの解説は、佐藤の時間配分ミスで、時間がたりなくなってしまった。ごめんねぇ。

ストローク図表は、自分自身の存在価値、あるいは他者の存在価値をどのくらい大事に捉えているかを測るツールなのだ。

佐藤はグラフを用いて、他者とかかわる傾向性について、自分が今いる環境の中で他者とどのようにかかわっているのか。また、自分が、他者からどのように捉えられていると感じているかなどをグラフの傾向を見ながら説明した。

三番目の柱は、自分自身へのストロークについて。これは自分自身が、どのくらい自分のことを大事にしているかを客観的に把握している。佐藤は、ここでは、ワイングラスの絵を描いて、自分自身が自分自身の存在を大事にし、その存在価値を満たすことで、はじめて援助が成り立つとことを話した。

例えば表面張力しているグラスに、ワインを一滴加えると、グラスからワインが滴り落ちる(実際は口から迎えに行くがw)。実は、この滴り落ちる部分が「対人援助」なのである。

だから、対人援助を生業にしている人は、せめて、自分自身の存在を、自らがないがしろに扱ってはならないのである。

では、どうすれば、自分自身の存在価値を自分が認められるようになるのか? それは、毎日3行日記を書く、しかもできたことを思い描いて記録する。できないことを書くと真言密教の呪文のようになり、苦しくなる(こともないか)。

また、ある時は、他者から評価を得ることも良い。そのためには、自分から、他者に「いかに頑張っているか」を伝えたり、「自分の事をどのように捉えているか」などを聞いていく勇気も必要なのだ。

この自分から他者に評価を求められるかどうかは、グラフの1番下の「ストロークの求め方」にあらわれている。ここが、少ないのは、他者に聞くことが、恥ずかしかったり、どうせ良いことは言われないから聞きたくないと思ったりする気持ちのあわれでもあるからだ。

これらの考えや気持ちは、どこから来るかというと、それは、幼い頃に親や、まわりの大人達に、気持ちよく相手をしてもらえなかったという経験から来るものかも知れない。

例えば、自分が、テストで良い点を取った時に、「ほら、すごいでしょう?」「ねぇ、見てみて」と関わりを求めた時に、

「すごいじゃない」「頑張ったものね」とか、「ガッテン承知」(?)などと言われた経験が無く、

「なんだ、あと20点取れば100点じゃないか。もっと頑張らないと」「だめ」「あとで」「今更、何言っているの」などと、かかわりを拒否をされた経験があるからかも知れない(最初のやり方は超一流のアスリートなどには有効な手法とされる)。


●エゴグラムの解説をする佐藤●.jpg

●エゴグラムの解説をする佐藤●



いずれにしても、自分はもう相手をしてもらえなかった子どもではなく、大人なのだ。だから、もはや親や周囲の人々に振り回される存在では無いはずだ。だったら、他者が、受け取りやすい時を見計らい、他者と関わって評価を得ても良いのでは無いだろうか、と思うのだ。

ストローク図表は、概ね10ポイント以上あって、なだらかに縦線が出来るのが望ましい。余り凸凹していないことが望ましいのだが・・・。

このストロークについてはもう少し説明したかった。その分、資料には丁寧に解説してあるから、どうか残りは後自分で分析して見て下され。

最後に、再度、「これなんださん」に登場して頂いた。この最後の大どんでん返しは、結構インパクトがあるようで、皆さんがハッとする瞬間でもある。我々も日々変化しているのですから、毎日を新鮮な気持ちで過ごさないと、もったいないと思う(笑)。


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●「ボア」(「これなんださん」)再び●



さて、次回は、6月20日でね。いよいよ、梅雨の季節を迎えます。ある意味、ちゃんと梅雨がくればいいのですが、今の日本は何が起こるかわかりません。体調を崩しやすい季節に変わりはないので、皆様、ご自愛くださいませ。

ではまた!


(To Be Continued!)
posted by さとうはあまい at 11:40| 東京 ☀| Comment(0) | 研修会のツボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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