2011年05月16日

奮闘記・第707回 読んでみた!/東京都

●本の分野● ノンフィクション


まど・みちお『百歳日記』を読む

〜そうか、「ぞうさん」の作者はこのひとだったんだぁ!(笑)〜



読んだのは東京だが、この本は、島根のJR松江駅に隣接するシャミネの今井書店で手に入れた。


まぁ、微妙な本屋さんである。東京にあっても、使うかはどうかわからない規模の書店だが、松江にくれば、必ず利用する(笑)。やはりTPOと言うものは大事だよなぁ、と思う。今ごろ松江は大雪かも〜!(ないない)。ははは、この本を買った時の松江は雪だったのだ。ううん、懐かしい!!


さて、この本は2009年1月3日と1月30日にNHK総合テレビで放映された、NHKスペシャル「ふしぎがり〜 まど・みちお 百歳の詩」の取材記録と、本書(NHK出版生活人新書)編集部による追加取材をもとに再構成された本である。まぁ、かのN●K出版なら、たいがい外注さんに丸投げという噂もあるが、本の良し悪しには関係ないから追及しない(笑)。


佐藤は、この『百歳日記』という名前にひかれ手にしたのだが。取材本なので、日記はすべて、まどさんの語り口調で書かれている。


本の構成は、第1章・第2章・第3章・第4章。現在と、過去が交差する話の中に、まどさんの詩と絵が挿入されているのだ。


まどさんは、自分は、本当は絵描きになりたかったと言う。


ところどころに描かれている絵は、まるで落書きのようである(失礼)。


まるをいくつも積み重ねたものや、丸と四角をつなげたもの。ハート型の顔を持つ絵など。それらすべての絵には顔が付けられており、そのすべてが笑みを浮かべているのだ。


ページをめくるごとに、次はどんな絵が出てくるのかと楽しみになる。それらの絵には文字が添えられ日付が付けられていた。


まどさんのことは、この本のまどさんの略年譜を参照しながら紹介したい。


まど・みちお(本名:石田道雄)さんは、1909年11月16日、山口県徳山町(現在は周南市)に生まれる。


お父さんは、まどさんが3歳のころ、仕事の都合でひとり台湾へと渡る。


お母さんは、まどさんが、5歳の時に、なんと、まどさんだけ置いて、お兄さんと妹を連れて台湾へ行ってしまったという。


まどさんは、当時の事を振り返って、お母さんがいなくなったことは、それはそれは寂しく悲しいことだと話している。


だから、まどさんは、5歳から9歳まではおじいさんと暮らしている。おじいさんも優しかったけどお母さんにはかなわない。


10歳の時におばさんに連れられて、台湾の家族のもとへ行き、ようやく家族との生活がスタートしたそうです。


15歳の時には台北工業学校土木科に入学。在学中に、同人誌あゆみ』を創刊し、詩を発表しています。


どうも、将来、文学の道に名を連ねる人々は、学生時代にこのような同人誌を創っていますねぇ。


20歳の時、台湾総督府の道路港湾課に就職。


25歳の時、台湾を訪れていた北原白秋先生の講演を聴き、同年(1934年)、雑誌コドモノクニ』の童謡募集に応じて5篇を投稿する。


このうちの2篇が白秋先生により特選に選ばれました。まどさんは、これをきっかけに詩や童謡の投稿を本格的に行うようになる。


1936年には、山口保治氏によって、童謡ふたあつ』が作曲されている。


この「ふたあつ」は、なんとも懐かしい歌です。確かこんな詩だったような……。



ふたあつ、ふたあつ、なんでしょね。

お目々が いちに ふたつでしょお耳も ほらね ふたつでしょ

ふたあつ、ふたあつ、まだあって

まあるいあれよ かあさんの おっぱいほらね、ふたつでしょ




このおっぱいが印象的だったなぁ(笑)。


1937年には、同人誌昆虫列車』の創刊に加わり、1939年に廃刊するまで、同誌で活動することになる。


30歳の時、妻・寿美さんと出会い、結婚する。


寿美さんのことは『百歳日記』にも出てくる。現在は、二人とも病気になり、別々の病院へ入院しているという話。


現在は、ぼけてしまったといいながらも、妻をいとおしく思う気持ちが語られています。お互いが年をとり、ぼけてしまってきているが、その現状を困り事としてとらえていても、ちいとも悲観していないんですよ。それよりか、妻の面会を心待ちにしている。


まどさんに、夫婦円満の秘訣を聴いてみると、なかなか人には教えたくないんだけれどといいながら、


「ほかのひとに気があるようなそぶりをみせないことだ」と。


ううん、素晴らしい! いやはや、説得力のあるパワー(言語)は、何処から生まれてくるのでしょうか。あの良寛さんに通じるものがあるような気がします。


まどさんは、昭和18年(34歳)に召集を受け、戦争に駆り立てられました。入隊先は台湾の船舶工兵隊、ここで終戦までアジア各国を移動しながら、シンガポールで敗戦を知ることになる。


しかし、まどさんは、戦争中もひそかに日誌や詩、短歌や植物記を書き続けていたらしい。凄いじゃないですか! ねぇ?


昭和22年、37歳で帰還。


その後、1948年には出版社に入社し、雑誌チャイルドブック』の創刊にたずさわり、詩や童謡の発表をしながら子供のための雑誌、書籍の編集やカットに関わっていったという。


このような経緯を経て、42歳の時に、あの、「ぞうさん」が誕生。この歌は、こどものぞうが、自分が一番好きなお母さんを誇りに思っている歌なのだという。


なるほど。自分の長い鼻を見せびらかしながら歩くぞうさんに、だれがすきなのと聞けば、立派ななが〜い鼻を持っているお母さんが一番好きだと歌っているんですものね。


まどさん自身、お母さんが大好きで、立派な人だと思っているそうです。


そんな、まどさん。なんと、50歳で出版社を退社し、その後は、詩・童謡・絵画に専念していくのです


53歳の時(1963年)に、それまでに作った童謡を『ぞうさん まど・みちお子どもの歌100曲集』としてまとめている。


59歳で、はじめての詩集となる『てんぷらぴりぴり』を出版し、第6回野間児童文芸賞を受賞する。


その後も様々な賞を受賞されているのですから、いやはや素晴らしい!


今、まどさんのお仕事は、なんと「病気」であると(笑)。病院での暮らしは忙しいそうな。


次々にしなければならないことがある、と。その合間を縫って、絵を描いたり、詩を書いたりして、まどさんは「書かずにはおれない」と言う。そして、修正、修正、また修正。


人間は生きている限り、変化している。だから死ぬのはもったいない、とも。


佐藤も、まだ50代半ば。まどさんからみれば、まだ「ひよっこ」です。


まだ、先は長い(だろうな)。そんな佐藤は、この本から生き方のヒントを得たような気がしますね。皆さんも元気で長生きできるようがんばりましょう。これはもうがんばるしかないもの!



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●仕事、仕事!●


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●ちぇ〜、仕事だってさ●



■本のデータ

『百歳日記』まど・みちお著、NHK出版生活人新書、740円(税別)、2010年刊。

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●この本です●


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●この花の名前はなんでしょう?(ひゃ〜所有)●


(細川厚労相は「決してだましたような形で労働者を原発の作業で働かせるということがないよう措置を取った」とのこと。職業安定法違反というより詐欺であろう。今後、原発で働く人間はかわいい、かわいい社員だけかも。どうする東電!To Be Continued!!)
posted by さとうはあまい at 15:39| 島根 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読んでみた! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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