2010年09月22日

奮闘記・第633回 見聞録/福島県

●2010年● 奮闘記・第633回 見聞録/福島県



勢いで会津村に侵入じゃ!

〜巨大仏・会津慈母大観音様が呼んでいる!〜




皆様、お疲れ様です。東京もまだ暑いです。もう10月もすぐそこなのに。ははは。


そうそう。会津には今年の1月にも来ていたのだ(笑)。その時には会津藩校日新館に行くことが優先だったのであっさり通り過ぎた(奮闘記・555回)。


今回は、その時に通り過ぎた会津村へ行こうと思う。行く前は気づかなかったが、磐越自動車道からも、会津慈母大観音様が手を振っているのが見えたのだ(振るか!)。


もちろん、お目当てはその「会津慈母大観音」という巨大仏である。なんと57メートルだ。ジャイアント・ロボ(55メートル)や、ウルトラマン・ティガ(52メートル)より高いのだ。


あの名著、『晴れた日は巨大仏を見に』(宮田珠己・著、幻冬舎文庫)でも取り上げられている。駐車場に車を置き、車から降りねばならない。1回出る。また戻る。そしてまた出る(嘘)。でも、そうしたくなるくらい、外は暑いのだ。




●目指すはあの巨大仏●.jpg

●目指すはあの巨大仏●



しかも、こんな暑い中、あの巨大仏に昇らねばならん。佐藤は見えない糸に引っ張られて、気がつけば、大仏の下にいて、顔を見あげていた。


この会津慈母大観音様は、やすらぎの郷 会津村の中に鎮座している。


まぁ、この暑さではやすらぎというよりもいらつきを与えてくれそうだ。同じ福島県でも、郡山では向こうから来てくれるのだが、気のせいか、ここ会津では客の方から近寄って行かなければいけないようだ。


この会津村でも、お客がモノを落とした。その客は気づかないでスタスタと歩いていく。


あなたが係員なら、どうしますか? そう、拾って、その客を追いかけて声をかけるでしょう。ふつうそうだよね。ところがここでは違った。ゆっくり歩いて扇子を拾い、大きい声でお客を呼んで、「手招き」をして呼んだのだ。


客はスタスタと戻ってきますわな、用事はわからなくても。そして、戻って来た客に「これ、落としませんでしたか?」と聞くのだ。「ああ、有り難う」と客。そりゃそうだ。落としたのを見ていたのだから。


この傾向は、郡山はもちろん、猪苗代や福島市などではお目にかからない(と思う)。しかし、会津ではけっこう見るのだ。もちろん、会津にも郡山の出身もいるだろうに。


もし、これが会津流なら、ちょっと寂しい。会津はいいところだから、リピーターが増えて欲しいのだ。同じ福島県の郡山市や、群馬県の高崎市や前橋市はあらかた親切である。


そして、より積極的にサービスする広島市で研修したせいか、よけいそんなふうに感じるのかもしれない。なにしろ、広島は小学生が「おはようございます!今日はいい天気になりましたねぇ」と我々大人に挨拶してゆくのだ。子どもがこのくらい如才ないのだ。大人のサービスがより積極的なのは言うまでもない。広島恐るべし。


今回は郡山以外では、なかなか福島の良さが目に飛び込んで来なかった。ふだんはたくさん見えるからよけい残念である。


さて、会津村は、人々の篤い信仰の対象であった神の峰・磐梯山が近くにある。その麓の会津盆地を見渡すようにして会津村は拓かれている。六万坪あるという広大な庭園には、四季折々の花々が咲き、磐梯山を源とした水が流れ、野鳥が飛び交うという。




●上まで太陽の力を借りて昇ります(いらんて!)●.jpg

●上まで太陽の力を借りて昇ります(いらんて!)●




会津慈母大観音様は女性で、胸に抱かれている児は男の子。その胎内には1万体の十二支御守本尊が祭られている。


この観音様、その像のお姿が決定したのは昭和57年であったとか。また、創立者が57歳だったということにちなみその高さが57mと定められたという(昭和62年8月完成)。あ〜はいはい(笑)。


下から、見上げると、この観音様は、優しく目を開き、子どもを見つめているのであった。拝観料を支払い中に入る。すると、確かに、階層ごとに十二支の守本尊が祭られていた(キングあかべぇ君は下でお留守番でした)。




●見上げれば、優しい目をされたお顔があった(はいはい)●.jpg

●見上げれば、優しい目をされたお顔があった(はいはい)●




子(ね)千手観音菩薩(せんじゅかんのんぼさつ)。丑(うし)・寅(とら)虚空蔵菩薩(こくうぼさつ)。卯(う)文殊菩薩(もんじゅぼさつ)。辰(たつ)・巳(み)普賢菩薩(ふげんぼさつ)。午(うま)勢至菩薩(せいしぼさつ)。申(さる)・未(ひつじ)大日如来(だいにちにょらい)。酉(とり)不動明王(ふどうみょうおう)。亥(い)・戌(いぬ)阿弥陀如来(あみだにょらい)。


体内を登る階段は、中心に柱を蓄えた螺旋階段となっている。その柱は、くりぬかれ、その中に雛段があり、年ごとの小さな御本尊が奉られていた。台座には名前が記載されていたから、参拝者が奉納されたものなのであろう。


また、壁には生きたまま塗り込められた人が……夜な夜な……(まったくの嘘)、もとい、壁にはこの十二支の守本尊について説明書きがあった。佐藤も、ふむふむと読みながら登っていった。


階段途中には、小窓もあり、外を眺めることができる。佐藤も、涼しさを求めて外をのぞき見た。遠くに磐梯山も見えた。うううん。悪いが東京湾観音様のほうがなぁ……。海にも潜れるし、空だって……んなわけゃない)。




●体内から磐梯山を望む●.jpg

●体内から磐梯山を望む●



うううん。くるくると螺旋階段をのぼりつめると、そこには、男性のシンボルが2個(いらっしゃ〜い)。その前に大日如来様と、慈母大観音様のミニチュアがご鎮座されていた。みれば、菩薩様に抱かれていた子どもは指しゃぶりをしているではないか。そのお顔がなんともかわいい。


佐藤は、その像に参拝し、下へ降りることにした。登ったんだから降りなければならない。年老いた身には結構しんどいぜ(降りてこんでよい。誰?)。




●最上階に大日如来様がいた、どうもどうもって感じ●.jpg

●最上階に大日如来様がいた、どうもどうもって感じ●




体内から出ると、そこにはまぶしい日差しが広がっていた。とてもじゃないけど、会津村をゆるゆる散策する気持ちにはなれなかった。申し訳ない。


佐藤はへたりながら、会津村を出た。出るや否や、そばにあった食事処に入り、ソースとんかつ丼を食べた。



これがなんとも安くてうまい。
これがなんとも安くてうまい。
これがなんとも安くてうまい。
これがなんとも安くてうまい。
これがなんとも安くてうまい。
これがなんとも安くてうまい。
これがなんとも安くてうまい。



今までほめられない分、一挙にほめてみた(意味ないなぁ)。仕方ない、あんまりに暑いせいか、今回の見聞録は感心するような出来事が少なかったのだ。


ところが、研修会は違った。福島の方々のよい面をたくさん見せて頂いた。ほんとうに有り難かった。だから、福島では先に見聞録をやるほうがよいのかもしれない。今回は時間がなさ過ぎた。


さて、ソースとんかつ丼である。


ごはんに、しゃきしゃきのキャベツが乗っかり、その上にからりとあがったとんかつが鎮座。その上から甘みと酸味がからまったソースがかかっている。


いやはや、がっし、がっし、と食べた。いささかご飯が多かったようだが、つい完食。暑くったってうまいものは、食欲が落ちないらしい(笑)。




●巨大仏下の食事処にてソースかつ丼をゲット!●.jpg

●巨大仏下の食事処にてソースかつ丼をゲット!●




さて、そんな会津村で下記のような案内板を発見した。


青年賦

青年とは齢の若さをさすものではない。
精神の溌剌(はつらつ)さをいうのである。
青年とは豊かな頬、赤い唇、柔らかい肢体を言うのでは無く、
意志の力、創造力、感激性を指すのである。
齢を重ねるだけで、誰もが老いてゆくのでは無い。
理想を失い自信をなくした時にのみ、人は老いる。
常に明るい希望を持ち、勇気凛々、未来の夢に挑戦する人、
生命の歓喜を神仏に感謝する人であれば、五十歳であろうと、
七十歳であろうと、その人は青年である。
春たけなわの新鮮さこそ、青年のほんとうの姿である。



いやぁ、自分が遥か昔に五十を超え、だんだん身体的に老いていることを自覚している佐藤にとっては、この青年賦は、非常に励ましの言葉となった(というより責められているような)。こういう言葉が出てくる地域の人々が冷たいわけはない。人間わかり合うことは簡単ではないのだ。わかり合うためには、相手の声に耳を傾け、多くの人に会い、コミュニケーションを続けるしかないのだと思う。


佐藤も、いつまでも「精神の溌剌さ」を保ちたいものだ(でも漢字は読めんだろ)。それにしても、会津には「什の掟」といい、青年賦といい、素晴らしい言葉がたくさんあるなぁ! ではでは!
 

(さてさて、もうすぐ浜田の研修、暑さはどうなっていますやら!To Be Continued!!)
posted by さとうはあまい at 13:37| 島根 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 見聞録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック