2010年04月05日

奮闘記・第577回 見聞録/愛知県

●2010年● 愛知県一宮市


東海地方・三県三社めぐりじゃ!

(番外編)

〜尾張(終わり)よければすべて良し(大吉)〜




お久しぶりです。いや〜訳あってくたくた。ここんところ、関東圏のお仕事で肉体的な疲れはないはずだが、本の校正等でむちゃくちゃであった。


「んんのやろぅぅぅ〜」的なパワーを振り絞って校正をお返しした。森さん、あとは任せましたぞ(誰?)。


さて、ずいぶん昔の話で恐縮だが、東海地方・三県三社のお話。再び名古屋の町へ戻ってきましたよ、まぁ、戻らんと帰れんけんね。尾張国一の宮真清田神社へ参拝した。


真清田神社がこちらへ鎮座されたのは、神武天皇33年という……、まぁなんだかね。古代悠遠の当国の開拓と日を同じくするものと伝わっているという。ここはある意味で、正統派の神社である。


この地域は、古くは、木曽川の灌漑用水による水田地帯として、清く澄んだ水によって水田を形成していた。そのために「真澄田」と名付けられたとも。


まあいうなれば、木曽川の流域と、その開拓によって、
尾張国一の宮の文化も栄えて行ったということらしい。そこでいきなりなんで恐縮であるが、尾張国にはもうひとつ「一の宮」と言われる神社が電車の線路を挟んで反対側にあるのだ。


こちらも式内社で、名神大社なのだが、旧社格は郷社である。その名は、大神(おおみわ)神社であり、近世までは三明神と呼ばれていた神社だ。そう、奈良県の大和国一の宮大神神社のご祭神と同じ、大物主大神である。


ここも多氏が関わっていると考えられるが、それは長くなるから違う機会にしますわい。さて、真清田神社である。


この神社は熱田神宮の神領であるという。一の宮が三の宮の神領というのも変な感じであるが仕方がない。熱田神宮の項でふれたが、とにもかくにも熱田神宮(以前は熱田神社といった)が出世したので仕方がない。


その真清田神社も、平安時代、国家から国幣の名神大社と認められ、神階は正四位上に叙せられ、尾張国一の宮として、国司を始め、人々の崇敬を集めていた。


鎌倉時代には、順徳天皇の崇敬をうけ、順徳天皇が多数の舞楽面をご奉納したという。その舞楽面は、現在も、重要文化財として保存されている。


江戸時代には、尾張藩主・徳川義直は、崇敬を篤くし、寛永8年(1631年)に神社の大修理を行い、さらに、明治18年には国幣小社、大正3年に国幣中社に列し、皇室国家から厚待遇を受けたという。


そして、戦後は、一宮市の氏神として、一宮市民はもちろん、尾張全体及び近隣からも厚い信仰心を寄せられている。境内は一宮市の中心、本通りの正面目抜きにあり、一宮市が、神社を中心として発達した町であることが分かる。




●神社の楼門の向かいは商店街じゃ〜●.jpg

●神社の楼門の向かいは商店街じゃ〜●




さて、問題なのがご祭神である。


古くから諸説あるが、現在は天火明命(あめのほあかりのみこと)とされている。この神様はまさに言い方が悪くて恐縮だがやや“くせ者”なのだ。


神武天皇33年(紀元前628年)は、この地を「尾張」と名づけて開拓したという。天香山命弥彦神社のご祭神)の父神とされ、天香山命の子孫が尾張氏である。物部氏と親戚のはずなのだが、向こうは天孫系ではないので、天皇中心の考え方では、正統派とはいいにくい。


尾張氏の祖神・天火明命がご祭神とされているのだが、実はよくわからないのだ。天香山命白山菊理媛神八幡神、そして国常立之大神などなど、いろいろな候補がいらっしゃる。これは尾張氏に関わる神々様を尾張国内の神社の分散して祭ろうとした結果、こうなった可能性が高い。


誰でも一族の祭る神の中で、より有力な神を祭りたい。これは愛知県全般を尾張氏が掌握していたからできることなのだが。


佐藤は、今回は大吉がなかったため、急遽、この大物の神社に登場願ったわけである(そんで4社め)。ことさら、心をこめて事業繁栄を願ったのであった。


ささ、おみくじですぞ。おんや? “大吉”やった〜! すべて、尾張、おっとまちがい。終わり良ければ全て吉、いや大吉ということで。めでたく、デミオ君を駅レンタカーの駐車場へお返ししたのであった。




●境内には参拝客が絶えない●.jpg

●境内には参拝客が絶えない●





【東京 竹葉亭名古屋店】
さて、その日の夕食についてである。


名古屋駅ビルは、実は広島駅と並ぶ、美味しいお店がひしめき合っている駅なのだ。しかし、新幹線の乗車時間も迫っている。困る困る困る困る困る困る困る困る困る〜(得意のやつ)。


ということで、佐藤は、迷わないように、駅から離れずJRセントラルタワーズ(駅ビル)の中で探した。そして、レストラン街を行ったり来たりして見つけたお店が、これだ!




東京 竹葉亭名古屋店である!



●竹葉亭名古屋店でひつまぶし!●.jpg

●竹葉亭名古屋店でひつまぶし!●




ここはJRセントラルタワーズの12Fにある。そこで、佐藤は「ひつまぶし名古屋風というのを食べた。


江戸前と名古屋風の違いは、江戸前は、鰻を蒸してから焼くが、名古屋は蒸さずに備長炭で、香ばしく焼いて、名古屋独特のたまりを使ったたれがかかる。


ビールを頂きながらお膳がくるのをまつ。すると、キタキタキタキタキ〜タ〜(これまた得意のやつ)。


豪華なお膳の真ん中に鰻の蒲焼きがどど〜んとのっかり、ご飯なぞ見えないおひつが! その上に食べ方が載っているシートが置かれていた。なになに?


1膳目は、なにも乗せずにそのままを召し上がれ。

2膳目は、好みに薬味を混ぜ合わせて召し上がれ。

3膳目は、だし汁をかけて召し上がれ。


ですって〜! まるで会津藩の、武士の心得、什の掟(じゅうのおきて)みたいだぜ。きゃ〜! 食べ方を指図されたぁぁぁぁ〜!!!!


まぁ、従いましょうかね(笑)。


1膳目。


なんということだ。鰻が、ウナギが、うなぎが、カリカリしているではないか。うなぎのカリカリ感と、ほんわかごはんが合うぅぅぅ〜♪


うんうん。しあわせ〜って(本日2回目でございます)。


2膳目。


薬味に、山椒の実と、のり、ごまなどがある。佐藤はふんだんに山椒の実をかけた。うんうん。山椒の実が口の中ではじけ、これまた、鰻の風味とマッチする。プチ。かり。もぐ。の三重奏だ! へへんだ、山椒の実だけに、しびれるぜ!


3膳目。


この時、間髪入れずお店の方が、熱々のだし汁を運んできた。


「こちらを振りかけて召し上がれ」


ときたもんだ。はいはい。おっしゃるとおりに。


おひつの中の、うなぎとご飯を茶碗に盛りこみ、いただいたばかりのだし汁をさわさわさわとかける。


ひひひ、いい香りじゃ。なんということだ!!! さきほどまでのうなぎのカリカリが、じんわり感にかわり、うなぎにしみ込んだたれの旨みがだし汁の中に溶け込んで口いっぱいに広がってしまう。


これまた、美味い。美味すぎるぅぅぅぅ〜♪♪ ああああ、ご無体な!! いやはや。参りました。ごちそうさま。東京に戻りま〜す(もうとっくに帰っている)。



●これがひつまぶしじや〜●.jpg

●これがひつまぶしじや〜●




追伸(その1)

さて、4月、5月は関東圏でのお仕事が中心で、あまり遠出がない。もちろん、呼んで頂ければ(空いている日なら)どんどん行きまっせ! 


といいつつ、6月以降もどんどん埋まりつつあるので、そちらのお仕事もお待ちしております。さてさて、しばし近隣の仕事に楽しく関わりながら、関東の名所を見聞しようと考えています。よろしければ御覧下さいませ。


追伸(その2)

いま、ひそかに某出版社で、施設系の介護記録の本を作成中です(4月末予定だそうな)。うううん、施設の皆様、お待たせして申し訳ない!(って誰も待ってないか……知らないものな。)


さて皆様。本が出来たら、研修会などいかがでしょうか?(営業し過ぎ) ご検討頂ければ喜びます。


佐藤は、主に居宅系がテリトリーではあるが、なにしろ、出が施設系なのだ。先月も、


にほんの福祉ネット代表・永峯治寿、www.fukunavi.or.jp/)


で、第三者評価者として、施設を走りまわっていた。


もちろん、色々とその施設の善し悪しを分析し、評価していくわけだが、見ていると、もっと関わりたくて、というか自分でもやりたくなってしかたがないぞ〜! ということで施設系のお仕事もお持ちしております(笑)。ではでは!


(佐藤は病院、いや美容院に行きました。だから、なんだと? さてなんでしょう(笑)ネタがありませんわい!To Be Continued!!)
posted by さとうはあまい at 14:30| 島根 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 見聞録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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