2009年05月08日

奮闘記・第452回 首都圏/東京都

●2009年● 東京都台東区


連休を終えて上野公園を闊歩する

〜国宝・阿修羅様を堪能する〜




 5月の大型連休が終わりましたが、皆さんは、どのように連休を過ごされたでしょうか? 佐藤は家族奉公についやしておりました、ハイ。

 連休が終わり、お役目を務めた佐藤は(笑)、いそいそと上野公園へ向かった。

 上野公園には、ご存知のように東京国立博物館国立西洋美術館などの見聞施設がたくさんがあるのだ。

 ここは混んでいる時に行ったら死ぬ。実際連休中、しかもこどもの日に、無謀にも動物園に行ったが、やはりあえなく撃沈とあいなった。

 さて、連休明けの今回のお目当ては、「国宝・阿修羅展」と、「ルーブル美術館展―17世紀ヨーロッパ絵画」じゃ。

 朝から、京浜東北線が例のごとく、人身事故。そのためダイヤが乱れ、のろのろ運転であった。しかし、それにしても鈍い。やはり相互乗り入れをやり過ぎなのだろう。ダイヤが乱れると、その便の埋め合わせが容易ではない。

 景気の悪さもあって、自爆テロ、いや人身事故の多発は収まらない。こうなると、うかうか都内でも移動はできなくなる。

 山手線のように、ぐるりとひとまわり循環する路線であれば、動かず、のろのろ運転なんかするくらいなら、いっそのこと、電車をつなげてしまいたい気も、昔はしたものだ。

 その中を人間が歩いて移動したほうが早いとも考えたのだが、いつどこでも、「潜り込み自殺」が増え(格別痛そうである)、今以上に始終止まることは間違いない。

 しかも車中を歩いても、料金は同じ。だから損かもしれない(笑)。
結局、通常ならば10分くらいで移動できる距離を、イライラしながら、なんと30分以上かけて移動したのであった。

 そして、博物館へ向う。すでに入口には入場待ちの列が出来ているではないか!

 小雨がポツポツ落ちる中待つこと30分。いよいよ、開門である。ゲートが開くと、数人「日本人恒例」の小走りが出た。まぁ、たいして混んでいないのであまり意味はないが、まるでデイズニーランドのようだ。

 係りの人が「走らないでください!!」と叫ぶのだが、そんなに真剣に走っているわけではないから、注意するほどでもない。むしろ、係りの人々のほうが、連休の人々の喧騒をそのまま引きずっているのか、興奮している気がした(笑)。



●東京国立博物館じゃあ〜●.jpg

●東京国立博物館じゃあ〜●



 ここ、東京国立博物館にて、3月31日〜6月7日まで、興福寺創建1300年記念に、「国宝・阿修羅展」を開催しているのだ。

 まぁ、他にも国宝はたくさん展示されていたのだが、阿修羅様の人気は抜群だからしかたない(笑)。展示内容は4章で構成されている。



「第1章 興福寺創建と中金堂鎮壇具」のコーナー
 中金堂鎮壇具が展示されていた。

 パンフレットでは、興福寺は、藤原鎌足の子、不比等が、和銅3年(710年)に平城遷都に伴い、春日山の麓に創建した。その創建にかかわる遺物が豪華な中金堂鎮壇具だそうだ。

 こちらには、草花双蝶八花鏡や、銀椀。金銅大盤や銀大盤。更には、銀大刀柄頭や、刀子。丸く磨き上げられた水晶念珠や水晶丸玉、水晶碁石形玉などが飾られている。

 でも、みんなそんなのはほとんど、素っ飛ばして「阿修羅様」に一直線だ。なんか、違う気がするのだが……。何回も来ている方は別にして、阿修羅像だけみれればいい、というのはどうなのかなぁ?

 美術品の価値がわからない、わかろうともしない人々に見られる阿修羅様たちも大変だろうな(笑)。まぁ、人々が救われれば仏教守護神(あくまでも仏法の守り神だが)だから良いのかもしれない。

 佐藤は、凄い、きれい、きれい。当時の人々は水晶をどうやって丸くしたのかなぁ? なんてほとんどガキ、いや、子供に近い好奇心で、ガラスに顔を近づけて眺めていると、後から来た人々が、私の後方を風を切って先を目指して駆けていくのである。

 いくら佐藤でも、こうなると、気が焦ってくる。

 のんびりと眺めていることができない(笑)。大丈夫、阿修羅様はどこにも行かないから、と思うのだが(いや、わからんぞ)。

 もしや動き出したりして……と疑心暗鬼。ついつい早足になって、人々につられて、次の部屋に入ってしまったのである(笑)。


「第2章 国宝・阿修羅とその世界」のコーナー
 こちらには、八部衆像十大弟子等が展示されていた。

 ちなみに、興福寺に遺存する脱活乾漆像14体すべてが、興福寺境内の外で一堂(注釈つきだが)にそろうのは初めてらしい。ただし、交代で展示替えを行うので、いっぺんには観れない。ずるいというかビジネスライクというか(笑)。

 まぁ、それはそれ。興福寺では、阿修羅像を含む八部衆像と十大弟子像は、通常壁面のガラスケースの中で展示されているらしいが、ここでは、なんと、ガラスケースから飛び出し、露出展示されている。

 これらの仏像がまさしく触れることが出来そうな位置に、凛としてたたずみ、佐藤を迎えてくれたので(問い詰められている感がないでもないが)、思わず立ち止まってしまったのである(有罪!)。

 八部衆は、もともとはインドの神様で、仏教に取り入れられてその守護神となったという。「金光明最勝王経」や「法華経」などにその名前が出てくるが、仁王様でも「門番扱い」なのは少々気に入らない。国境を超えてくる宗教はえげつないものが多いようだ。

 そして、この中に三面六臂の阿修羅像を始め、鳥頭の迦楼羅(かるら)像や、一角を生やす緊那羅(きんなら)像などがあり、それらは皆、変わった姿でお立ちになられていた。

 それぞれ、たぶん当時の技法と宗教観なのだろう、ふっくらとした頬が特徴で、うっすらと笑みを浮かべているようにも見えるのだ。

 その中で、唯一鳥頭の迦楼羅(かるら)像だけは、目を光らせ、人の心を射抜くような視線を感じた(悪い奴は、迦楼羅様を恐れるのじゃ、ほほほ)。

 この八部衆の青年(?)達は、穏やかな表情で立っているが、明らかに日本人の顔立ちではなかった。ちなみに、この仏像の顔立ちが美少年なので、人気が高いらしい(うふ)。

 次の部屋には、十大弟子が展示されていた。

 十大弟子とは、釈迦に随った十人の高弟をいう。高弟にはそれぞれに特にすぐれた能力がそなわっている。たとえば、舎利仏は知徳第一。目健連は神通第一。大迦葉は頭陀(=ものごとにこだわらない)第一、等である。

 興福寺には6体の十大弟子像が現存しているという。十大弟子は、年を重ね修行を積んでいくにつれ、その身は細り、あばらなどが浮き彫りになっているのだが、皆、その表情は穏やかで気品が漂っていた。

 さて、いよいよ次の部屋には、イエス=キリ…、いや阿修羅像が展示されていた。阿修羅像は、一段低い、スロープを下りた場所の暗闇の中ライトアップされて浮かび上がって見えた。よく“大物”が展示されるフロアでもある。

 側によると、まさしく、なんのガラスカバーもなく露出されていた。

「……。もちろん、これ本物なんだろうなぁ……」

 それにしても、何かトラブルがあったら、大変だろうな。そこらへんの係のお姉さまやお兄様で対処できるとは思えないもの(笑)。



●阿修羅様が迎えてくれた●.jpg

●阿修羅様が迎えてくれた●



 と思いつつも観た。仏教系なのになんと神々しさであろうか(笑)。しかも、360度、どの方面からも違った表情の阿修羅像を見ることができるのだ。凄いのだ、これが。

 阿修羅像は3つの顔と、6本の腕をもつ可憐な像である。八部衆や十大弟子、そして、阿修羅像は脱活乾漆造(だっかつかんしつづくり)という技法でつくられており、胴体や腕はとても細い。顔立ちは、八部衆と同様ふくよかで、やや憂いがある。

 阿修羅は、インド神話では軍神。もともとは、ペルシア地方、ゾロアスター教の最高神・アスラがインドに入り、さらに中国で阿修羅として習合される。激しい怒りを表す「正義」の神とされるが、帝釈天と戦い、常に敗れているという。

 このインドの神々の最高神に常に負けるというのがいやらしい感じがする。この阿修羅と帝釈天との戦いがすさまじいので、戦う場を修羅場と呼ぶとか。

 ここに展示されている阿修羅の像には、その激しさは感じない。そばにいると、すがすがしい気持ちになる。佐藤は、優雅な気持ちに浸った後、次の部屋(これで修羅場をくぐったぜ、ははは)へ向かったのであった。


「第3章 中金堂再建と仏像」のコーナー
 ここは、四天王や薬王菩薩などが展示されていた。興福寺の中金堂は、平安時代以降7回焼失し、再建を繰り返しているが、享保2年(1717年)の火災の後で、仮の金堂が建てられ現在に至っている。

 そのため、興福寺では、来年に中金堂の立柱を予定して作業が進められている。この堂は創建時の中金堂をできる限り再現するというもので、完成後には現在の仮金堂に安置されている諸像が移される事になっているそうだ。

 今回は、その安置される予定の、薬王菩薩立像と、薬上菩薩立像四天王立像4体が展示されているというのであるから、見ごたえもひとしお! ふふふ。

 にらみをきかせ、勇ましい姿の四天王の先には、金色に輝く薬王菩薩と薬上菩薩の立像があった。いや〜、これらも、そう滅多にみることはできまい。佐藤は、唖然としてその姿を仰ぎ見てしまった。


「第4章 よみがえる興福寺中金堂、阿修羅像」のコーナー
 バーチャル映像が流れている。しかしじゃ。もはやここまで国宝だらけの展示物にいささか酔った。だから、せっかくだが、少し見てスキップ(キュルキュルキュル〜)。

 この時点で、すでに気がつけば1時間はたっぷりと見て過ごしていた(笑)。



●ホンモノに逢えたぞー●.jpg

●ホンモノに逢えたぞー●



 連休というものは、どうも人間は移動しないと気がすまないらしい。初めにかいたように、佐藤も移動を試みた。

 そう、由緒正しき、あの上野動物園である。初代園長はあの文豪・森鴎外先生であるという。ははは。

 他の方々は例のETC制度を活用して遠出をしているだろう。ふふふ、では都内はすいているに違いない、と考えての行動であったのだが……。甘かった。

 いやはや凄い人である。確かに道路はすいてはいたのだが。やれやれ、次はルーヴル美術館展じゃ! 

 中尾 彬さん(?)、待っててくださいよ! ふふふ、知る人ぞ、知る(笑)。ではでは!


(阿修羅様と「あやとり」をしたら、ちょっとやそっとの技量じゃ、受け取れないぜ!To Be Continued!!)

posted by さとうはあまい at 15:15| 島根 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 見聞録(首都圏版) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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