2009年01月09日

奮闘記・第392回 見聞録/宮崎県

●2008年12月13日● 宮崎県宮崎市


雨 まだまだ、日向の国・神話の世界を堪能するのだ!

〜江田神社、伝説のみそぎの池探訪! 目



 さて、ランチで贅沢に時間を使いすぎた。ピーンチ!パンチ(笑) でも美味かったからよい。ではでは先を急ぐとする。


 宮崎神宮からシーガイア方面をめざし30分ほど走ると日向国三の宮江田(えだ)神社に着く。ご祭神は伊邪那岐尊(イザナギノミコト)であり、伊邪那美尊(イザナミノミコト)が配祀されている。

●江田神社本殿横に立つ(上には立てないぜ)●.jpg

●江田神社本殿横に立つ(上には立てないぜ)●


 あまり言わない方がいいのかしれないが、あの江原敬之さんも著書の 『江原敬之 神紀行4 九州・沖縄』(マガジンハウス) などで紹介して、正月の参拝客が何倍にもなったという。はて、今年はどうだったろう?

 ここは、例の延喜式神名帳では小社に列し、日向国三の宮でもある。ちなみに一の宮は今回行けなかったが、都農(つの)神社である。ご祭神はなんと大己貴命、つまり出雲大社の大国様! 

 これが、単なる後世の付会でなければ、国譲りをさせておいて、天孫が九州に降りた意味が通る。

 日向国も出雲国の一部であったかもしれない。であれば天孫がここに降りてくるのがおかしくない。いずれにせよ大己貴命をお祭りする神社が一の宮というのは気にかかる。

「勝手に、ゆかりはないがご祭神にした」という人もいるが、明治政府は維新後、天孫系の神社を厚遇している。天孫降臨神話を持つ九州の神社は、格があがった。官幣社と国幣社では手に入るお金が格段と違うはずだ。

 もともと、宮崎に延喜式の大社はなく、維新後も軒並み並預官社(官社が預かる神社)である。そこへ“わざわざ”日向国一の宮のご祭神を国神(くにつかみ)の親分にするメリットがわからない。

 それはさておき、この神社は、天禄元年(970年)には、神階が最高位の正一位までに進むなど社勢を誇っていたという。

 しかし、寛文2年(1662年)の大津波により社殿を失ってからは衰退し、一村落の産土神の扱いになっていたそうな。これはいわゆる伊邪那岐尊のみそぎした「阿波岐原」がここではないと決めつけた江戸期のバカ学者(誰とはいわんが)のせいも大きいだろう。

 そいつは、みそぎの場所が鵜戸神宮と言いたいらしいが、潮水でみそぎはしないだろう。たとえしても、出てきて「穢れた」といっている海の近くでは意味がない。たとえは悪いが出てきたプールの水で目を洗うようなものだろう。少しは離れていないといかんでしょ。

 さて、ここは地域の人々からは「産母様」と呼ばれていたらしい。ちなみに江田神社の住所は「宮崎市阿波岐原町字産母127」である。その後、明治6年(1873年)、やっと県社に列格されている。神社の中は清らかに掃き清められ、すがすがしい風が流れていた。

 そのみそぎ(禊)とは、日本神話で、黄泉(よみ)国から帰還した伊邪那岐尊がみそぎを行ったという、神社で祈願する前に行う、祓えの祝詞で詠まれる、「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原」の地であるというのだ。まぁ、そうだろう。何が問題なのかわからない。

 そして、近くにある「みそぎ池(御池)」がその伊邪那岐尊がみそぎを行った池と伝えられ、かつては入江であったが、後に開墾されて「江田」と称された。

 佐藤は、江田神社にお参りをすませ、近くにあるというみそぎ池を探しに行った。すると、確かに池らしきものがある。そばに行くと、みそぎ池としてはいささか(というか全然)美しくない池であった。

 ひとまわりすると、そこには山崎ホタルピアと書かれた看板が出現! ふむふむ、地元の方々に守られて再生されているらしいね。やったぁー違うんだ(笑)。


●自然を守ることは大切なこと●.jpg

●自然を守ることは大切なこと●


 でも、夏になるとみそぎ池の周辺には蛍が飛び交うんだなぁ。みてみたいなぁ〜蛍。きっと素晴らしいことでしょう。このような自然は壊してはいけませんね。

 さすれば、みそぎ池はいずこに? ふたたび、原点にもどり右往左往。すると、阿波岐原みそぎ御殿!というものを発見した。


●阿波岐原のみそぎ御殿じゃ●.jpg

●阿波岐原のみそぎ御殿じゃ●


●まぁ、様々なものが鎮座されていた●.jpg

●まぁ、様々なものが鎮座されていた●


 こちらにもお参りしあった案内板よりみそぎ池方面を確認。その方向を見極めて森を歩いていくと、ようやくお目当ての池を発見することができた。

 池の周りには御幣が飾られ、いかにも神聖なる場所をかもし出しています。


●ようやくみつけたみそぎの池●.jpg

●ようやくみつけたみそぎの池●


 こちらで、あの伊邪那岐尊がみそぎし、(男神さまひとりから!)天照大御神素戔嗚尊月読尊がお生まれになったのです。不思議不思議。先ほどの御殿はそのお生まれになった記念の場所と書かれていた。

●みそぎの池は結構広いのじゃ!●.jpg

●みそぎの池は結構広いのじゃ!●


 佐藤が、森からみそぎ池の淵へでたあたりから、おりしも空からは雨が落ちてきた。その雨は、まるで、伊邪那岐尊がみそぎをされた池の水が空からしたたって来たかのようであった。

 佐藤は、雨に打たれながら、池のそばにひざまつき、禊の池の水を少しだけ手に触れさせて頂いた。これで、正真正銘、みそぎできたと思います!(何かやったんか?)

 さてさて、みそぎの池を探し回るのに、また時間を費やしてしまった。まだまだ行きたいところがあるので先を急がねば!


●空から雨が!まさにみそぎか?●.jpg

●空から雨が!まさにみそぎか?●


(ここの住所は宮崎市阿波岐原町字産母127、なんか凄い(笑) To Be Continued!)

posted by さとうはあまい at 17:54| 島根 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 見聞録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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