〜宮崎神宮で神々をみた
?〜
縁
このために相当の人々が続々と宮崎入りするという。それはそれは、繁昌して結構なことである。
だが、このため飛行機のチケットはギリギリ、ゆきはANA(全日空)、帰りはJAL(日本航空)で何とかという状態であった。
●ANAにて宮崎空港へフライト中!●
しかし、ホテルを確保するのはアウト! そのホテルは、なんと宮崎県の事務局の方に対応して頂き、なんとか宮●観光ホテルがとれたのだ(相変わらず意味ない伏せ字)。
Yさん、有り難うございました!!
なんとか、宮崎空港に降り立つと、そこには椰子の木やブーゲンビリアが咲いていて南国の雰囲気がただよっていた。
(これは確かに、南国じゃ)
車は、相変わらずのデミオ君を調達。佐藤は、まず宮崎神宮を目指した。だがなかなか着かない。
宮崎地図で見れば、エリア地図の中でさらに「近効のアップ」で載っていそうなほど(実はそんなに近くない)、近い感じがするが、渋滞がひどく、空港エリアからも、なかなか出れないのだ。
宮崎の道路事情については、東国原知事殿がよく話に持ち出しているが確かに凄いぜ。こりゃ日本政府としてもなんとかしないといけませんな、麻生総理!って次の総理にお願いしたほうが早いかな?
それはともかく、まぁ、今回は実際に、一日宮崎を走ってどのようなことを感じるのかは楽しみ。見た目、宮崎市内は車線が多く走りやすそうではある、ここは渋滞中だが(笑)。
やっとその渋滞を抜け、市内に本格的に侵入。でも、ナビ様の指し示す方向がジグザグ。つまり、幹線道路がまっすぐでないのだ。なれないからそのように感じただけならよいが……。
宮崎神宮に近づくと、「宮崎神宮」関連の標識があちこちに出現。標識の先に視線を移すと確かに神宮らしき森がチラチラとみえる、おおやはりデカイ! しかし、ナビ様は決して妥協を許さない(?)。
結局は自分がはじめに決めた場所へ佐藤をいざなっていった(これは、「うながし」では?)。
そこには神宮脇の駐車場とは書いてあるが、整備されていない、広場であった(笑)。
ここには3年前にも来ているのだが、まるで覚えていない。出雲大社や厳島神社もそうだった……。だから、いつも新鮮(笑)。
まぁタクシーに乗って行ったからかもしれないが(いや、自分で行ってもそうであろう)。
キタキタ、キタ〜!!
さて、ご由緒はご定番の宮崎“神宮略記”によりかかる。
この宮崎神宮は、初代天皇(ここから神話ではない扱いとなる)である神武帝・神日本磐余彦尊(かみやまといわれひこのみこと)を主祭神とし、相殿には鵜葺草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと:神武帝の御父君)と玉依姫命(タマヨリヒメノミコト:神武帝の御母君)が奉斎されているとのこと。
●宮崎神宮にはご神気があふれている!●
天皇は45歳の時に天下統治に応しい地(ところ)を求めて日向国を出立し、数々の苦難の据えに大和地方を平定(という言い方もあるな)されて、初代天皇として即位された。
後に、五十鈴姫命(いすずひめのみこと:神武帝の皇后で、ふたりで橿原神宮のご祭神でもある)との間の皇子・神八井耳命(かむやいみみのみこと)の子供(神武帝の孫)である健磐龍命(たけいわたつのみこと)により、天皇の御神霊が当地(皇居高千穂宮の霊地)に鎮祭され、今日に至っているという(健磐龍命って、阿蘇神社のご祭神ですよ)。
●本殿では結婚式がたけなわだった●
古来より、神武天皇の宮は、神武天皇廟と称されて歴代領主の尊崇篤く明治維新に際し、神武創業の昔に復えるということで、特に注目・重視されたそうです。
実際は霧島山寄りの皇子原(おうじばる)の狭野(さの)神社あたりで生れ育ち、居を構えていた(そのころは狭野尊;さぬのみこと)というから、ここは神武帝とその父母とゆかりのある「何か」であったのだろう。
何もなくて、古くからの伝説を、いまに維持できるとは思えない。お孫さんが祀っているというのも何かがあったということ。
そして、宮崎神宮は、明治18年に官幣大社に昇格。社名も宮崎神社から宮崎宮へと改称され、さらに大正2年に現在の宮崎神宮になったという。
広い境内は、玉砂利が敷き詰められていて、なんともおごそかなご神気が漂っていました。そしてほんとうによく掃除が行き届いている。宮崎の神社はどこもきれいに掃除がされていた。
この日は、お日柄が良いようで拝殿では結婚式が行われていました。本殿からは、結婚式の祝詞が聞こえてきます。佐藤はそのような中で、再び宮崎に来る事が出来たお礼、その他を祈念した。
佐藤がひとしきり神様と語り合い、ふと目を開けると、不思議なことに拝殿周辺に白い靄が立ち込めていました。もしかしたら、神様が見守ってくれていたのかな?
白い靄はひとしきりそこにとどまっていたかと思うと、すぐにさやさやと見えなくなった。そのあと、先ほどまでの曇り空からお日様が姿をあらわした。
できすぎ!と思わう人もいるかも知れない、でもあるのだよ。世の中には不思議なことがさ。
その後、社務所に立ち寄り、引いたおみくじは見事に「大吉」よっしゃ! 社務所に来た時に、目が飛び出る達磨の根付をみつけた。そうそう、ここで手にいれたんだ。ん、何か問題でも?(問題しかねぇよ、記憶力のキャパにさ!)
おみくじをにぎりしめ、玉砂利を踏みしめて歩いていくと、もう一組のカップルに遭遇。いいねぇ〜。白内掛けに綿帽子!しゃなり、しゃなりと歩くお嫁さんだぁ。
そのとなりで誇らしげに歩くお婿さん、おめでとう! がんばれ日本♪と叫びたくなった(笑)。
でも神武帝は子供には恵まれたけど、最初の「離婚」経験者でもあったんだよなぁ、確か……。でも、この帝、一夫多妻とはしなかったところがいい。
まぁ、そこんとこは自分たちで頑張れ!!! 安産や出世は大丈夫だぞ〜!(笑) まだまだ日向路は続く!!
(日向国は朝は早いが夜も早い?!To Be Continued!!)


