菊祭り真っ最中の弥彦神社へ!
〜怒りの門前、奥宮も参拝客で大賑わい〜
例のごとく新潟駅で車を借りる。今日の愛車はマーチ君です、よろしくね! 佐藤は、猛発進で北陸自動車道を爆走! 弥彦神社を目指した。
●駅レンタの受付で手続き●
この新潟といって思い出すのは、大物中の大物政治家、そう「田中角栄」先生である。
この大先生、新潟県に高速道路と新幹線をひっぱったのだ。そして、大戦後の中国と国交を回復。その中国まで国境を越えて新幹線を通そうとした。
しかし、その構想はロッキード事件で夢と消えた。先生の功罪はともかく、その多くの伝説は消えないだろう。
この道路が出来て、新潟の寒村(当時)の子供や病人達が急病で亡くなることが減ったといわれる。県の役人に陳情しても、「高い道路なんかわざわざ作れないよ」と言われ、耐え忍んでいたそうな。そこをかの大先生が公約し、実現した。
田中先生が亡くなってもう15年(享年75歳)経つというのに、いまだに新潟の古老は、投票で「田中」という名前(もちろん田中角栄の身内)を書かなければ申し訳ないとさえいう。
いやただ用紙い名前を書ければ、その身内がどんなダメな政治家でも関係ない、恩返しになるとさえいうかたもいるそうだ。その是非は別に、そういう新潟の人々の心が伝わる。
まぁ政治家としての評価は別の方にして頂いて、あれだけパワーや影響力を持った政治家は思い浮かばない。
30代で戦後初の大臣となり、自民党幹事長にもなり、新潟県出身の初の総理大臣となったのだ。30代ですよ。今の政治家は70歳過ぎても頼りにならないのにいぃぃ。
生前の田中先生の口癖である「ま、そのおう〜」を子供達もみな、真似した。それがモノマネの基本でした。
佐藤は、越後平野をまっすぐ走る高速道路を走行しながら、田中先生の偉業を感じていたのでありました。
確か柏崎に記念館があるそうだから、今後の課題でもある。そのころは誰が総理になっているのかな?
いまの世の中、新たな織田信長や豊臣秀吉が出てきてほしいとはまったく思わないが、吉田 茂先生や、田中角栄先生のような政治家はほしいところであります。
高速道路をおりて、マーチ君はなおも、田んぼを左右に見て、まっすぐに走っていきます。新潟がほんとうに米どころだとわかる風景でした。
やがて、目標の弥彦山が見えてきました。というか高い山の少ない新潟ではかなり遠くからもこの山が見えるようだ。
ほどなく、鳥居そばの駐車場に到着。なんとぉ〜、すでに駐車場は満杯ですよ、えええ〜。佐藤は仕方がないので、鳥居からは少し離れた駐車場へ車を入れたのでした。
●やっと着きましたぁぁぁ弥彦神社門前●
【越後国一の宮・弥彦神社と新潟県菊花展覧会】
実は、この時期、越後国一の宮・弥彦神社は新潟県菊花展覧会の真っ最中なのです。
佐藤は、数年来、この時期の「前後」にお参りに来ているのですが、例年、開催時期と重ならず、菊を飾る棚だけを眺めていた(笑)。まぁその土地の大きいお祭りの日に研修はやらないか。
この新潟県菊花展覧会は毎年、11月1日から11月24日まで弥彦神社の境内を会場にして開催されているのです。上位に近いほど、本殿に近いところに飾られるのだ(笑)。
でもこの商店街のおじさんやおばさん達が、またあまりホスピタリティがないんだなぁ、これが。めんどいから詳しくは書かない。新潟県民の特徴でないことを祈る。
ちなみに、この展覧会は、新潟県、新潟県教育委員会、新潟県菊花連盟の共催で、その規模、施設、出品数、品目の多様な大展覧会として毎年好評を得ているという。
さらに、例年、愛好者から、続々と作品が出品され、その点数も6千株にのぼるとされる。そして、今や、「弥彦の菊まつり」と呼ばれてすっかり、秋の風物詩として、全国に知られ、越後は大勢の観菊者で賑わいを見せている。
そうですか、そうですか。いずれにしても神社が賑やかなことは嬉しいことです。まずは祓戸社に参拝し(なぜかみんな行かない、作法なのに)、佐藤も他の参拝客とともに、菊が飾られた参道を歩いて行きました。
●祓戸社の神様への挨拶が基本●
どの花が、どのように優秀とされたのかは、素人ではわからない。でも、ひとつひとつの鉢の菊花は、それぞれまことに優雅。とても菊の花とは思えない、まるいボンボリの形をしたものや、花弁が松の枝のように細く長いものなど、色も様々です。どうやって育てるのかな?
●菊で表現した「二見ヶ浦」●
こうした菊の鉢を堪能しながら、参道から境内にはいってまた驚いた。こちらは、1本の茎から出た枝を創意工夫していくつものお花をつけ、まるでシャンデリアみたいなのだ。
百聞は一見にしかず。これは写真でみてもらうしかない。ね!きれいでしょう。
●シャンデリアみたいだぁぁぁぁ〜●
さて、お花にばかり見とれているわけにはいかない。弥彦の神様に、新潟の研修の前半、折り返し地点が終了したお礼と、後半の研修がうまくいくようにお願いをしました。おみくじの結果は末吉(笑)。
●おみくじはポッケに預ける●
佐藤は、このあとは、弥彦山ロープウェイの麓駅へゆきの無料送迎バスに揺られ、ロープウェイで弥彦山の山頂を目指しました。
それにしても、いくら菊祭りと言っても参拝客が多い。例年なら、バスは並ばなくても乗れるのに、今日は整列乗車に協力をして、更に1台を見送ってようやく乗ることができたのだ。
今日は天気も良いので、弥彦山ロープウェイの麓駅から山頂駅での景色は最高! 栗の木や、ななかまどの葉っぱが紅葉していて、青い空に映えていました。
さて、山頂駅に着くと、ここからは奥宮までは軽い登山となる。その前にお腹を満たさねば登ることなどできない。だから、食堂を目指して一直線に登っていったのですが……。
ここで、ちょっとした「事件」が起こる。
(というほどのものでもないが、文句だから長いよ。)
なんと、いきつけの食堂の、階段に「本日、レストランは予約で満席です」と書いてあった。正直これには参った。というかちょっとひどい。これでは、江の島なみのサービスの悪さではないか?
予約されているのなら、神社の駐車場や、ロープーウェイゆきのバスを乗る前に告知しておくのが優しさであろう。
「写真、お取りしましょうか?」と寄って来て、参拝客が自分のカメラを渡そうとすると「(手数料が)千円ですけど?」と言うと断られる会話を何度か聴いた。冗談にしてはくどいし、商売ならあこぎであろう。
早めにわかれば、その前に調達することだって出来るのだ。団体予約でいっぺんにお客が入ったから他の客は知らない、というのでは優しさが無さ過ぎるだろう。
ついでに言うが、最近、新潟のお店で、全般的にサービスが悪くなったと感じる。もちろん、抜きん出てサービスの良い店もたくさんあるのだが。その割合を考えるとレアケースとなってしまい、とても一般的とは言えない。
ここらへんが、たまたまなのか、地域的な特徴なのか、技術の未熟さからくるのかは一概には言えない。
だが、この門前で出会ったような接客態度、客の足元を見るような値段、低レベルのサービス、どこにでもあるような土産品を特産と称するなどは、新潟県内ではけっこう遭遇しているから悲しい。
地元人どうしでなら、お互いさまでOKなのかもしれないが、他所から客には許せないことである。
新潟で、頑張っている店は多い。また、そういう店や経営者が成功する確率は他府県よりも高いのかもしれない。いくら新潟でも、質の悪いサービスで大成功することは難しいに違いないだろう。
さらに、新潟市内やサービスエリアのお店に、入口にお客を立たせて待たせたままのお店がけっこうある。でも、混んでいるわけではなく、中はガラガラ。
店員達の段取りが悪く、客を店内に誘導できない。入れると注文の確認すらできなくなるようだ。新潟というところは、新潟県民が思うより、素晴らしい、見どころの多い場所なのだ。
しかも、観光客だけはなく、仕事で来る者も多い。嫌なら行かなくてもよい江の島とは違うのだ。
もし、サービスが悪いのに、他の客に文句を言われないという店は、その客が今後その店に行かなくても困らないというだけなのだ。
ふう、気を取り直し、そこで、軽食コーナーで、田楽を頂いた。まぁ、これは熱くて美味しかったが。
いよいよ、奥宮へ登る。これで、何度目の登山になるのか? そうそう、雪が残っている中を登ったこともあった。自分のペースを保ちながら、汗をかきかき、やっとのことで奥宮を制覇。御神廟をお参りさせて頂いた。
御神廟の周りには、弁当を食べられるスペースがあるのだが、今日は何処もお客さんで一杯。そりゃ、このような雄大な景色を満喫できるのですから当たり前である(笑)。
●弥彦神社奥宮、御神廟に到着●
●笹団子ちゃんも郷里の風景にひゃー!●
しばし、たたずむと毎度のことながら、怒りが薄れてくる。ここが神社や自然のすごいところ。
癒された後、奥宮近くの社務所でおみくじをげっとぉぉぉぉ! ひゃ〜い!! 大吉でしたぁ。
いちおう、終わりよければ全てよし! ということで、機嫌を持ち直し、下山してきたのでありました。越後は、文句もたくさんあるが、良さも格別なのだ。
今後も、また、来て、怒り、癒されることでしょうねぇ(笑)。
早く新潟のホスピタリティが高くなり、もっともっと、いい所になってほしいなぁ。ロープーウェイ駅のゲームで弥彦ブラザース(?)をゲット! ではでは!!
●こうして、また研究所の仲間がふえていくのじゃ!●
●おおっ!あれにのって降りるのですね●
(ああいう店がなんであるのかねぇ、そこはもう行かないよ、悪いけどさの項終わり!To Be Continued!!)


