大宮公園をゆく!
〜武蔵国一の宮・氷川大社に初参拝!〜
天気予報は一日雨、所により雷雨だったが、その雨も朝のうちにやんでしまって太陽が出ていた。
佐藤はお日様に、気分をよくして傘を持たずに家を出た……、甘かった。
まず、「大社(たいしゃ)」とは、平安時代初期延喜式神名帳に列格される大きな規模の神社(492社、当時)の神社をいい、「おおやしろ」と読んだ。
本来、大社は、杵築大社(きづきのおおやしろ:明治維新以後、出雲大社とする)だけで、大社といえば出雲大社、神宮といえば伊勢神宮だった(まぁ神宮号は、鹿島神宮、香取神宮とも昔から「神宮」と与えられていた)。
戦後、旧官幣大社や国幣大社などの大社格の神社が名乗ったり、氷川神社、諏訪神社、住吉神社など、大派閥をもつ神社系のボス格が差別化をするために名乗らせてもらった。
(基本的には名乗れない、だから石碑は「氷川神社」とあるが文中では、おおむね氷川大社と書く。)
さて、氷川大社は、東京都・埼玉県を中心に、旧武蔵国内に多く見られる神社。氷川信仰の中心となる。なぜか関東の東京都・埼玉県以外では不思議だが「氷川神社」はあまりない。
元々は島根県にある斐伊神社(この見聞録196でも見聞済み)から勧請された(斐伊川→簸川→氷川)というも説もあるのだが定説はない。
氷川大社は、武蔵国一の宮とされているが、元々は三の宮であった。色々な政治的な変遷を経て、室町時代以降(それまでは小野神社)は、一の宮となっている。
また、この小野神社も「一の宮争い」をやる気があるのかないのか、はっきりしないのだ(笑)。
氷川大社社伝では、考昭天皇3年(473年)に創建された。日本武尊(やまとたけるのみこと)とのかかわりや、成務天皇の時代に出雲の兄多毛比命(えたもひのみこと)が武蔵国造となり、出雲族の神の当社を崇敬したとされる。
勅祭社でもあり、旧社格は官幣大社。須佐之男命(スサノオノミコト、男体社)、奇稲田姫命(クシイナダヒメノミコト、女体社)、大己貴命(オオナムチノミコト、簸王子社)を主祭神とする。
明治天皇は、明治維新で京都から東京に遷都の際、なぜか国神の神々様の祀られている(天皇家は天神の家系)、ここ氷川大社に第一に参拝し、都とすることを報告。
以後、宮中での四方拝など、宮中祭祀の対象に加えられ、皇室からも重んじられた。
この神社は、かなり複雑な経緯を経ていて、いまの大宮氷川神社は男体社で、女体社、簸王子社が浦和などに分祀されて、それぞれの氷川神社となっている説がある。つまりよくわからない(笑)。
また。スピリチュアル・カウンセラーの江原啓之氏が、最初に彼の守護神の須佐之男命に夢で啓示をいただいたのが、この氷川大社であったという。
●池に浮かぶ神橋●
大事な神社であるのに、このブログに出てくるのが遅くなった。いちおう、社史の近辺を粗粗だが書いてみた。一度は書かないとねぇ(笑)。
さて、この日、大宮公園は朝方降った雨で、ところどころぬかるみが出来ていた。佐藤は、足元が危うい中を、氷川大社を目指した。公園内の池では、大きな鯉が水面をゆらし、水鳥が飛び交っている。
桜の木がうっそうと繁る中をあるいて行くと(ちなみに、大宮公園は桜の花見スポットでもある)、大きな鳥居が見えてきた。
そばには、官幣大社氷川神社の文字が刻まれた石碑があった。この鳥居をくぐり中に入ると、右手に見事な赤い楼門があらわれた。
●武蔵国一の宮・氷川大社へ●
●見事な楼門●
その楼門をくぐり中へ入った。境内には細かな砂が敷き詰められていて、掃き清められた砂は箒の紋様を浮かべている。
氷川大社は、先に書いたように、須佐之男命を主祭神。この大宮氷川神社(氷川大社)がその総本山である
佐藤は、拝殿にて、今後の仕事の繁栄と家内安全をお願いしおみくじをひきました。
●ご神気ただよう境内●
●おみくじは吉●
おみくじの文言には流派があり、なぜかここは中臣系らしい。ラーメンと同じく占いの混合型だから流派という。いまは神社が、おみくじを作る会社にカタログをみて発注するだけらしいが(笑)。確かに、神社のおみくじは同じ内容、文面って多いものね。
くじ自体は『日本書記』の斉明天皇御世の籤がもと。いまのおみくじは比叡山で良源が始めたものの流れらしい。
でも、初めに(笑)ひいたおみくじは「平(へい)」でした。「ん?これは、はたしてよい結果なのか、どうなのか?気になるなぁ〜」ですから、恒例の再チャレンジ(何か問題でも?)
すると、今度は「吉」ほほう。平よりは吉のほうが良いでしょう。ということで、吉をお持ち帰りに決定。噂では、平は、可もなし不可もなし。
凶ではないが吉とはいえない普通の運勢らしい。多くは「凶」をあまり入れたくない神社(鹿島神宮や厳島神社ではない神社)や正月などに凶の代わりに入れたりするらしい。
一見悪いと考えがちだが、自分の力でどうにでもなる運気である。そこそこの吉ではたいした幸せは絶対こない。
ちなみに、神のことばには、「大国様」「えびす様」を信仰すべし(お参りしなさい)と書かれていた。
この神社のおみくじは末尾にどこどこを信仰すべしと書かれている。氷川大神を崇敬すべしというのもあるぐらいだから、状況に応じて信仰を変えてもよいらしい(笑)。
しかも、なんと境内に書かれる神社の摂社がたいがいあるから、そこで済ますこともできる(ひゃ〜)。佐藤は、さっそく、境内にある御嶽神社を参拝。
こちらには、大己貴命(オオナムチノミコト)と少彦名命(スクナヒコナノミコト)が祭られているからだ。これで、商売繁盛・家内安全はまちがいない(笑)。出雲大社にも行ってますしぃぃぃ。
それにしても暑い! 8月だから暑くても構わないのだが、東京はこのところ涼しく、このまま秋に突入するのかと思っていただけに、この暑さはこたえる。
境内を散策して歩くだけで汗が噴出してくる。その汗を拭きながら楼門前の池にかかる欄干のついた赤い橋を歩く。子供が鯉にエサをあげると、水柱をたてながら、鯉がエサを食べていた。
境内では、平日にもかかわらず、多くの参拝客とすれちがう。これだけ信仰されれば、神様たちもうれしいだろうなぁ〜!
佐藤もまた来ま〜す。もと来た道を引き換えし、涼を求めて、埼玉県立歴史と民俗の博物館に入ったのでした。
(武蔵国の神々様にご挨拶の項、終わり!To Be Continued!!)


