茨城の古社を巡る
〜水戸光圀公ゆかりの神社を行く〜
【酒列磯前(さかつらいそざき)神社】
この神社は、茨城県ひたちなか市にある。由緒によれば、斉衡(斉衡)3年に鹿島大洗磯前に神が降り立ち「我は大奈母知、少奈比古奈命であるが、国造りをおえて東海に去り、今また民を済けるために来帰した」という。
この由緒は、大洗磯前神社と同じ。ただ、神社の主祭神は、あちらが大己貴命(オオムナチノミコト)であるのに対して、こちらの主祭神は少名彦名命(スクナヒコナノミコト)の神様がメインです。
このように、酒列磯前神社と大洗磯前神社は深いかかわりを持ち2社で1つの信仰をなしている神社(すでに、佐藤は大洗磯前神社には、4月に参拝。見聞録200回にて紹介)。
さらに、こちらは元禄15(1702)年に水戸三代藩主・徳川綱枝(とくがわつなえだ)公が、光圀(みつくに)公の命により社地を整備し、にあたったという。明治18年には県社から国幣中社となった。
●境内の遺構も見学●
大洗磯前神社ほどではないが、鳥居から社殿までまともに歩くと参道はとても長い。ただ、駐車場からはショートカットができ、近いのだが(笑)。
ゆるゆる参道が続き、参道脇にはいくつかの摂社があった。多くの神様たちがいらっしゃいました。
佐藤は社殿近くの駐車場へ車をおいて、境内へ入ったのですが、なにやら、境内が騒がしい。どうやら、参集殿を新築しているとのことで、宮大工(かどうか)の方々が、精を出して働いていました。
その中を拝殿前にて参拝。お願い事はもちろん「無病息災・商売繁盛」です。おみくじ結果は 中吉 ! ううん、まっいいかぁ。大吉は逃しましたが、その代わりに、黄色に輝くまねきねこの金守りをいただいてまいりました(笑)。
ささ、帰路につきましょう。今日の車は、佐藤の愛車・ニッサンマーチ君です。もちろんナビ様はいません(笑)。だから、地図をかたてに水戸を目指していきます(帰らないのか?)。
●酒列磯前神社の拝殿●
【大井(おおい)神社】
水戸市街で道に迷いながらも、もうひとつ目指していた神社を見つけることができました。こちらのご祭神は、建借馬命(タケカシマノミコト、初代仲国の国造)です。木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメ)が配祀されていました。
階段下にあった由緒書きによると、第十代崇神天皇の御代、建借馬命が太平洋岸を北上し、潮来を通ってここへやってきた。
奈良時代になり、有力な郡領の宇治部氏が初代仲国国造である建借馬命を奉祭した。
建借馬命は、元は肥の国(佐賀・熊本)の意富臣(おうのおみ)であり、祖は神武天皇の長子、神八井耳命(カムヤイミミノミコト)とされる。
●ようやく見つけた大井神社の参道の階段●
この大井神社のもとは、意富比(おうひ)神社がいつのまにか大井になったらしい。この神社は水戸藩主・徳川光圀公の崇敬篤く、公は那珂川守護のために石段を奉納した。安政年間徳川斉昭公命において現在の拝殿が造営されたらしい。
また、鹿島神宮(ないしは香取神宮)の神を祀っているという話もある。だから、鹿島神宮が、意富比(おうひ)神社や、大生(おおう)神社 ―これもまた多氏、神八井耳命の子孫の神社― が元宮とされるのに、「鹿島」神宮とされているともいう。
建借馬命は、崇神天皇の御代、蝦夷を撃退した功績(退治とは言いたくない)によって、那珂国国造となり、奈良時代にここの祭神として奉祭されたという。
また、水戸市にある愛宕神社が、ご祭神・建借馬命の墳墓であるともいわれている。この神社のある高台から、自分が治めた国を眺められるよう神社が作られたのか、館があったのかもしれない。
江戸時代に焼失し、光圀によって再建されて、なぜか香取大明神として祀られた。後に大井神社の名称に戻されたのだが。むかしは鹿島と香取が「同神」と考えられ(その考えにはまったく賛成できないが)、そのようになったのかもしれない。
ただ、不思議なことに鹿島神宮は地元の人々より、他県の人々から慕われている(神奈川の寒川神社も同じだ)という噂もある。
昔からの地元の人たちは、常陸国二の宮・静神社を崇敬しているらしい。なにしろ、一番守ってもらわないとこまる、あの東海原発の中で祀ってあるお札は、「静神社」なのだ。
大和朝廷の軍事司令塔であった建借馬命と、常陸国の子孫であろう人々との間にはいまだに何かあるのかもしれない。
このように茨城や千葉の神社にかかわる話はいろいろあり、なかなか尽きない。でも鹿島神宮がいい神社であることになんら変わりはない。いまの大井神社に話は戻る。
ここは通りから垂直に伸びる階段の上にあり、鳥居の横には、御手洗井があり、水が湧き出していた。
階段を登っていくと、きれいに掃き清められていて、地域の人々に大切にされている神社であろうことがうかがえる。
杉の木が拝殿回りを囲んでおり、拝殿まわりにすがすがしさを漂わせていた。残念ながらおみくじはない。
●美しく彩られた拝殿でたたずむ●
こちらの神社から周りをみわたすと、あざやかな緑に彩られた水田地帯が続いていました。何があったにせよ、いまは平和なのだろう。ご祭神が見ていたであろう常陸国の田園風景を、しばし眺めていました。
神社の階段を降りて帰路につくと、田んぼの仕事を終えた耕耘機がガタガタとエンジン音もかろやかに走っていた。
あと一月もすれば、美味しいお米が取れることでしょう。平和が一番です。はやくイラクやアフガンの人々にも平和がくるといいのにな。ではでは!
(常陸ロードの項、終わり!To Be Continued!!)


