2019年12月13日

奮闘記・第1092回 見聞録/茨城県

●2019年● 茨城県常陸太田市&日立市


常陸国の超絶パワースポット💛

交通安全のお札を交換に行くぜ、御岩神社!


前回、我々は下総国香取神宮で無事に今年の穢れをたっぷり祓って頂いた。そして次なる目的は、常陸国(茨城県日立市)で幸運を頂くべく、御岩神社を目指すのだった。

研究所の愛車・カナメイシ君のナビ様に「おいわじんじゃ」と入れ、ルートを検索。佐藤は一般道を選択すると、なんとその移動距離140キロであったw。

先ほど亀甲堂さんで、釜めし定食を頂いたのでエネルギーは満タンだ(車には関係ない💛)。

佐藤はルンルン気分でアクセルを踏み込んだ。


「・・・大将、くれぐれも安全運転でお願いしますよ」


とは、ひゃ〜参謀の言。

はいはい、遵法速度(佐藤基準だが)で行くからご安心をw、と軽やかに香取神宮の駐車場を後にした。

なんせ、御岩神社の交通安全守をカナメイシ君の内にぶら下げてからはまったくヒヤリハットすらないのだ。でもでも油断は禁物、「制服を着た〇ルメットの2人組」にはゆめゆめ注意しなければならないのだw。


●さて、常陸国へと参りますか●.jpg

●さて、常陸国へと参りますか●



その後、文字通り国道を走りに走り走りに走り続けた。車内には、ひゃ〜参謀が持参したCDが懐かしの曲を奏でている。佐藤はそのリズムに合わせ、知っている曲は歌詞を口ずさみ、知らない曲は勝手に作詞して、ノリノリで移動した。

近所の山奥で〜、修行をしてぇぇぇ


なになに、歌詞が間違っているからおちおち寝るに寝れないってとは、ひゃ〜参謀
まぁまぁ、そう言わずに静かに寝ておれ(笑)。

こちら、茨城県内の国道である。周囲には田園風景が広がり、畑には大根の葉や、にんじんの葉が風に揺れている。

また、周囲の小山の木々は最後の力を振り絞り、紅葉した葉をしっかりつなぎ留め、我々の目を楽しませてくれた。

茨城の一般道はフリーウェイに近いせいか、信号機が少ないのと、周りの車が速やかに移動してくださることが重なり、思ったよりスピーディに移動できた。

一般道を移動していて頼りになるのが道の駅である。ちなみにひゃ〜参謀は道の駅のマグネットを集めており、事前にあちこち調べているのだ。

道中「道の駅・ひたちおおた」の文字を発見した。「あそこで一休みしませんか?」と聞くと、「よっても良いけどマグネットはないですぞ」とのこと。

まぁ、そうはいってもここら辺で休まないと、この先トイレ休憩ができないかも〜、ということで一休み。


【道の駅・ひたちおおた】
この道の駅は、2016年7月に茨城県内13番目に誕生したそうな。なんと水戸黄門さんの故郷だとか。

また、国土交通省より重点道の駅にも選定されており、地域の情報発信・交流拠点となっているらしい。


●道の駅・ひたちおおたで御岩神社のどら焼きを発見!●.jpg

●道の駅・ひたちおおたで御岩神社のどら焼きを発見!●



確かに、店内には、新鮮な野菜や加工品が並んでおり、この地域で取れた野菜が勢ぞろい。このまま帰宅できるのであればそれら新鮮野菜を購入したいところではあるが、我々がここで購入したのはおやつである。

ひゃ〜参謀は、魅惑的な餡が入った揚げパンを、佐藤はお豆がぎっしり詰まった豆大福をゲットした。すると、その店になんと御岩神社の神饌・どら焼きが売られていたのだ。

なんですと? 御岩神社ですと、それはぜひ手に入れねばなりますまいということで、


「御岩神社のどら焼きも2つ追加で!」


とこちらもめでたくゲットである。


●これが御岩神社の「神饌」のどら焼きだ●.jpg

●これが御岩神社の「神饌」のどら焼きだ●



こうして、お互いに食物プラスどら焼きを手に、再び車に乗り込んだ。やがて車は、市街地より山間部へ入っていく。

緩やかなカーブを曲がると、ナビ様が目的地は右に曲がり、後方に戻ります。お疲れ様でしたと案内を終了した。

そうそう、ここよ、ここよと佐藤は周囲を確認し、ハンドルを大きく右回転して、参道へ入り、めでたく車を駐車場へ入れた。気づけば、最初の到着予定より40分くらい短縮できた。


【御岩(おいわ)神社】
駐車場から、参道にもどるとそこに社務所がある。すでに陽は傾いており、参拝後にお札を購入できるか不安を覚えた。

佐藤は、「先にお札を交換しましょう」と提案し、ひゃ〜参謀を誘って社務所に向かい、社務所では目的の交通安全のお札をゲットした。


●御岩神社の本殿へ向かう●.jpg

●御岩神社の本殿へ向かう●


●こちらの神社にも立派な大杉が!●.jpg

●こちらの神社にも立派な大杉が!●


●だいぶまわりも暗くなってきた●.jpg

●だいぶまわりも暗くなってきた●



その後、鳥居をくぐり、左側にある祓戸社を参拝した。1年頑張って護ってくださったお札は、参道の途中にある納め場所に御礼を告げて納めた。

ここは何度も来ているが、知る人ぞ知る「日本一のパワースポット」(2019年12月現在)と評される神社である。まぁ寺社の好き嫌いは個人差があってもいいだろうが、戸隠神社(奥社)、榛名神社と並んで魅惑的な神社なのは確かであろう。


御岩神社のホームページに寄れば、創建の時期は不明だが、縄文晩期の祭祀遺跡の発掘や、日本最古の書の1つ『常陸國風土記』(721年)に


「浄らかな山かびれの高峰(御岩山の古称)に天つ神鎮まる」


と記されていることから、古代より信仰の聖地であったことが窺える。

御祭神は、国常立神・大国主神・伊邪那岐神・伊邪那美神。その他、大山祗神ほか20柱が御岩山総祭神188柱として祀られていた。みんななじみの神様ばかりだ。

中世には山岳信仰とともに神仏混淆の霊場となり、江戸時代に至っては水戸藩初代・徳川頼房公により出羽三山を勧請し、水戸藩の国峰と位置づけ、徳川光圀公(水戸黄門様)など藩主代々参拝を常例とする祈願所であったという。

まだ行ったことはないが、近くには水戸藩2代藩主・徳川光圀公の隠居所の西山荘もある。


●見えて来た本殿●.jpg

●見えて来た本殿●



ふむふむ。黄門様はともかく、佐藤が移動するところに国之常立神(国常立尊)の神様有りであるな。これはこの神様に呼ばれているとしか思えないw(ご都合主義💛)。

いやいや、高級神がいる神社は、呼ばれていない人はなかなか足を運べないという話もあるのだ。


さて、境内には小川が流れ、杉の木々が天に向かい枝を伸ばし、大地は緑色に苔むしておりその上に赤色のもみじが落ち日本庭園の風情を醸し出している。我々は玉砂利を踏みしめ、本殿を目指した。

御岩神社では、現在令和の大改修として、大日堂御造営と大日如来坐像の修復工事をしていた。我々は、途中工事の方々が、奏でる様々な音の中を案内板に沿って移動しながら、本殿に無事に着いた。

森に抱かれながら本殿まで行くと空気が凛と澄みわたり、周囲はおごそかな雰囲気に包まれる。我々は背筋を伸ばし、拝殿にて手を合わせた。

「おかげさまで、今年1年、大きな災いもなく無事に過ごすことができました。来年も無事に過ごせますように・・・・」


と深々と頭をたれ、祈念した。その後、途中で阿弥陀如来像を参拝。こちらでは無病息災をお願いした。なんせ、加齢に伴う体の痛みは少なからずあるのだ(泣)。


●たどり着いた本殿●.jpg

●たどり着いた本殿●




こうして、念願の御岩神社の参拝を無事に終え、佐藤は車に戻りさっそく新たな御札を駐車場で着けたのはいうまでもない。

さてさて、今回はここまで・・・・であるが、帰りにちょいと足を延ばして、竜神大吊橋も眺めて、渡ってみたw。いや〜、落ちたら死にますよこれ。


●竜神大吊橋の「龍神様」●.jpg

●竜神大吊橋の「龍神様」●


●いやいや凄い。死にますよ、落ちたらこれw●.jpg

●いやいや凄い。死にますよ、落ちたらこれw●


●バンジージャンプができるって・・・するかい!●.jpg

●バンジージャンプができるって・・・するかい!●


●竜神大吊橋は渡り切ったら戻ってくるのだ。ハハハ。橋じゃないんだ!●.jpg

●竜神大吊橋は渡り切ったら戻ってくるのだ。ハハハ。橋じゃないんだ!●



さてさて、皆様。気づけば、今年も残すところ後わずか。1日1日をお元気でお過ごしくださいませ!

(To Be Continued?)
posted by さとうはあまい at 14:55| 東京 ☁| Comment(0) | 見聞録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

奮闘記・第1091回 見聞録/千葉県

●2019年● 千葉県成田市&香取市

久しぶりの聖地来訪

東関東自動車道で下総へゆくのだ!



さてさて、気づけば今年も残り少なくなりましたが皆様いかがお過ごしでしょうか?
佐藤は、相変わらず日々の出来事に負われる日々を過ごしております。

さて、そんな中で今回は千葉県に出向くこともあり、このチャンスを見過ごすわけにはいかないので、久しぶりにブログを更新することにした(笑)。

この日は、例によって研究所・ひゃ〜参謀を車に押し込んで、いざ東関自動車道にて目指すは、千葉県の神社である。

最初に向かったのは台方麻賀多(まかた)神社である。

研究所の迷車・カナメイシ君に「まがたじんじゃ」と入れると、佐倉と台方が出てきた。もちろん佐藤が選択したのは台方のほうである。


本日の天気予報は晴れであるが、高速道路から眺める景色は、雲が垂れ込め、どんよりとし、今にも雨が降りそうな気配であった。

「あれ〜! 晴れるんじゃなかったの?」

とつぶやくと、

「大丈夫晴れますよ」

とは、ひゃ〜参謀。このかた、無類の晴れ男なのだ。

そして、車が東関自動車道に入るころには、まさしく「太陽さん、聞き耳立ててたでしょう?」と突っ込みたくなるくらいに、なんと、雲間から真ん丸な太陽が「お待たせしました!」と言わんばかりに顔を出した。

そうなると、冬の陽射しは真上でではなく前から襲ってくる。もう、まぶしくてまぶしくて仕方がない。佐藤はおもむろにサングラスをかけた(893?)。

東関東自動車道は、成田を越えると3車線が2車線になる。佐藤はナビ様に導かれるままに富里で降りる。ゆるゆると市内を走り、やがて車は田園風景が続く道を走って行った。

そして、着いたのは、なんと船形麻賀多神社(のちに判明)であった。実は、台方の麻賀多神社は初めてではないのだが・・・。


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●船形麻賀多神社(奥宮)●



ちょっと記憶にはない風景であった(ひゃ〜参謀は、ここは目的の神社と違うのでは?と言っていた)。

でも、ナビ様はここだといったから!といいつつ、駐車場を探した。近くには幼稚園があって、その駐車場有るが、神社の駐車場がわからん。

そこで、鳥居前の空き地へ置くことに。その後、幼稚園の第1駐車場が神社のものだと判明した。まぁ神社やお寺はやはり幼稚園を・・・ハハハ。

鳥居をくぐり中に入ると、右側に何やら小山のようなものがあった。それは伝 伊都許利命(イツコリノミコト)の墳墓であったのだ。

その時は、挨拶はあとでとスルーして奥へ向かった。

すると・・・・、なんと緋色の鳥居が傾いているではないか! 良く見れば、ロープが、鳥居に播かれ、それを近くの木に結びそれ以上倒れないように補強してあった。

もしかして、これは今年千葉を襲ったいくつかの台風の被害かもしれないなぁ。我々は、その鳥居をくぐり、拝殿にて参拝を無事に済ませましたが残念ながらおみくじはなかった。

その後、奥にあるはずの大杉を探した。実は台方の麻賀多神社にはパワースポットとされる大杉があり、周囲を一周できるようになっていたはずであったのだが。

すると、なんと、ここにも大杉はあるにはあったが・・・しかし、そこは枝木が放置されており整備されていない状態であった。

この時点で佐藤は、まだ場所を間違えているという気はない(笑)。

これまた、台風のせいでこうなったんだと思い、そのまま杉の木を1周した。それにしては境内がボロボロになった感があったのだ。もちろん、目的の台方麻賀多神社と比べてではあるが。

「あんなに整備されていた境内がこんなにボロボロになってしまうのか・・・(あくまでも台方と比べてである。ハイ)」

まさに台風の脅威に対し、驚愕した。しかし、だんだん目指していた麻賀多神社ではないかもという思いも強くなってきた(遅い)。

なにしろ、この近辺だけ、麻賀多神社は、印旛郡市の台方、成田市1社、佐倉市11社、酒々井町2社、富里市2社、八千代市1社と、印旛沼の東側から南にかけてにだけ存在する神社であるが18社くらいあるのだ。

もしかしたら、麻賀多神社でも、違う麻賀多神社かも知れないということになった(早く気づけよ)。

そしてさきほどの小山の側にあった案内板をみると、そこが伊都許利命の墳墓(つまり船形奥宮)であることが判明した(笑)。

●奥宮の伊都許利命の墳墓●.jpg

●奥宮の伊都許利命の墳墓●



案内板によれば、この墳墓は「先代旧事本記」の中の「国造本記」に見える“伝 印波国造伊都許利命の墳墓”となっている。

伝と付くのは、応神天皇(当時は大王)が実在するとしても、4世紀後半の大王であるが、この墳墓(公津原39号墳)は、7世紀になってからの築造と考えられ、伊都許利命の墳墓としては年代が合わないからだ。ゆえに「伝」と称されている。

まぁ厳密に在位年代を出すのは不可能であろう。それにそこを深く考える必要はあまり感じないし。「考古学」とはまた別のものなのだ。でなければ、他の宗教も、例えば聖書なども語ることが難しくなるだろう。恐竜の存在はイエス様より前なんだからさ・・・。

伊都許利命とは、神武天皇の皇子・神八井命(多氏の祖)の8代目の御孫で、応神天皇の命を受けて、印旛国造としてこの地方を平定され、産業の指導などに多くの功績を残したとあった。「麻」とは「房」(ふさ)であり、麻(あさ)や大麻(たいま)である。房総半島は麻の一大名産地であったのだ。

なるほど! ということで、我々は、墳墓の中に祭られている場所で手を合わせた。まぁ、もともと伊都許利命の墳墓にも挨拶する予定ではあったのだが、まさか別の神社の境内にあるとは思わなんだ。

「伊都許利命が“先に寄っていけ”って言われたんだよ。“起きたことに偶然なし”だからね」

とは、ひゃ〜参謀

●麻賀多神社船形奥宮の境内●.jpg

●麻賀多神社船形奥宮の境内●



車に戻り、再度台方の麻賀多神社を再検索。有りましたよ、有りました(当たり前である)。ここから1キロちょっとのところに目指す台方麻賀多神社があった。さてさて、不思議な気分をのまま、本来最初に目指し、麻賀多神社に着いた。こちらは神社脇にも駐車場がある。


先ほど通った道を反対から眺めると、なんと、その山自体がまさしく墳墓の形をしているではありませんか。やはり、神様がこちらにもいるか
ご祭神は船形奥宮が稚日女尊(ワカヒルメノミコト)で、天岩戸伝説の発端となる事件の被害神(?)である。

こちらの神社が本宮が稚産霊尊(ワカムスビノミコト)で、伊勢の外宮の祭神・豊受大御神(トヨウケノオオミカミ)の母神であり、鹿島神宮・香取神宮の姉神でもある。ここが両神宮を結んでいるとも言われている。

●こちらが台方麻賀多神社●.jpg

●こちらが台方麻賀多神社●



さっそく鳥居をくぐり中に入る。そして手水舎で清め。拝殿へ。こちらは落ち葉が掃き清められてすでに朝の掃除が済んでいた。

拝殿では、今年1年が無事に過ごせたことのお礼をお伝えし、来年も元気で過ごせるようにお願いした。その後、後方にある大杉へ。

●台方麻賀多神社の本殿●.jpg

●台方麻賀多神社の本殿●


●台方麻賀多神社の東日本一の大杉●.jpg

●台方麻賀多神社の東日本一の大杉●



こちらの大杉は、周囲をまわれるように足場もしっかりしていた。佐藤は無病息災を願い、大杉さんからパワーを頂いた。

もちろん、「日月神示」(ひつきしんじ)が降ろされた場所として知られる天日津久神社も参拝。ここはご神名は不明とされるが、われわれになじみの深い、マニアの中では国常立尊(クニトコタチノミコト)と呼ばれる高級神霊とされている。

その後は恒例のおみくじタイム。うっ! 結果は末吉。まだまだ時期尚早らしい、ハイ。ちなみにひゃ〜参謀大吉であった。どうやら良きことがあるようですな、ハハハ。

●境内社の天日津久神社、何か降りてくるかも●.jpg

●境内社の天日津久神社、何か降りてくるかも●



ささ、次を目指そう。次は香取神宮にて、1年の厄を払う大祓いの茅の輪をくぐらんとな! 

どーんと香取神宮に着いた。ここは本来「鏡」、鹿島神宮が「剣」、麻賀多神社が「勾玉」。そう、東国の「三種の神器」を象徴になっているものとも言われている。

主祭神の経津主大神(フツヌシオオカミ)は、真経津鏡(まふつのかがみ)に由来する。八咫鏡(やたのかがみ)の別名とも言われ、上代の長さ・大きさの尺度の1つで、親指と中指とを広げた長さの八倍の長さ、非常に大きいことを表している言葉だ。

また、韴靈(ふつのみたま)の剣とひっかけ、フツは剣を振ると出る音のことで、何かを切る音とも。「フツ」は刀剣の神の名前というが、そもそもそれがおかしい。

熱田神宮にしろ、石上神宮にしろ、誰かの持ち物を神格化するのがおかしいのだ。ふつう、その場合は持ち主の名前で祭るだろう。だから神様の名前で祭らないのはその名前を「書きたくない」のだ。

太古の経津主大神の神格を下げたい勢力の仕業であろうな。古代、房(ふさ)の国では、畿内とは関係なく、関東では香取神宮の神様が中心であったが、畿内勢力に随分とぼやかされてしまった感がある。

さて、天気は神社にいる時は晴れ、外にいる時は曇りという、変わった天気のままである。駐車場に車を置き、境内から坂道を登り、奥宮からまわった。

奥宮の入り口にも手水舎なるものができて居たが、どうも使いにくい(流水じゃないとね・・・)。

さらに鳥居の前に奥宮対策の御朱印所もできかけていた。とうとう御朱印ブームもここまできたかという感がある。

香取神宮奥宮をまわり、押手社要石にも挨拶。その他の摂末社に挨拶して、本殿にゆく、楼門をくぐると大祓の茅の輪くぐりがたけなわであった。

●香取神宮境内社もまわる●.jpg

●香取神宮境内社もまわる●



●香取神宮の要石、こちらは凸型である●.jpg

●香取神宮の要石、こちらは凸型である●



●香取神宮に設置された茅の輪くぐり●.jpg

●香取神宮に設置された茅の輪くぐり●



まず社務所で初穂料500円を納め、形代(かたしろ)茅の輪守りを分けて頂く。その形代に名前と住所を書き、息を吹きかけるのだ。それを奉納してから、左にまわって、右にまわり、また左にまわって・・・・と恒例の人気イベントである。


ひとしきりガンガン陽の照る久しぶりの香取神宮を満喫した。さぁおみくじは・・・まぁ・・・何でしたね(笑)。お昼には門前の亀甲堂で釜めしセットを頂いた。ここも錆びれがちの門前通りであるが、ここは元気に頑張って居るお店1つである。店内ではおなじみの店のマスコット・九官鳥のキューちゃんも元気であった。

店員さんたちは、なんとその「キューちゃんTシャツ」を着て、動き廻って居たのだ。いや〜メニューに増えた釜めしも絶品であった。味噌汁もいい。

●香取神宮門前の亀甲堂さん●.jpg

●香取神宮門前の亀甲堂さん●



このお店もだんだんとバージョンアップしている。負けずに佐藤もバージョンアップしていかないとなぁw。

さてさて、さらに常陸国の奥座敷の位置にある某神社も目的としている。次回は・・・かもしれませんw。またお会いしましょう。ではまた!



●お店のマスコット・キューちゃん●.jpg

●お店のマスコット・キューちゃん●



(To Be Continued?)
posted by さとうはあまい at 11:05| 東京 ☁| Comment(0) | 見聞録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする