2019年08月16日

奮闘記・第1089回 見聞録/長野県

●2019年● 長野県長野市

戸隠神社の奥社を再参拝!

〜到着時には、後頭部が「那智の滝」状態であった〜

【If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.(「Playback」Philip Marlowe)】



【プロローグ】
佐藤は、例のごとく、早朝に愛車・カナメイシ君(マツダのデミオ💛)をするすると駐車場から発進した。途中、ひゃ〜参謀を跳ね、車に押し込み(足を2回ほど、引いたことあり💛)、首都高速に滑り込んだ。

めざすは、長野県の戸隠神社?であるが、最終目的地は言わずもがな新潟市内である(笑)。新潟県の道中は、途中にある神社(群馬県や長野県)をできるだけ参拝しながら向かうことにしているわけ、ふふふ。

今回は、当初から戸隠神社三社(宝光社・中社・奥社ほか)の参拝を決めていた。

奥社に続く参道は、駐車場から約2キロほど続いている。緩やかな坂道の長い参道を歩き、途中から、まぁ緩やかには違いないが、完全な山道を登らないと辿り着けない所に鎮座しているのだ。

奥社にはかつて一度行ったことがある。

当時の戸隠神社の道案内の地図は、いかにも「(奥社なんて)ホイホイ行けちゃいますよ!」的なデフォルメされたイラストマップであった。

しかし、某スピリチュアルなんたらの先生もここを歩いたが、グロッキー。彼の書籍では(自分が行きにくい奥社よりも)中社(車で行けるからね💛)をより凄い聖地に認定したくらいだ(まぁそれはそれで間違いではないのだが・・・)。

当然、我々も当時、その道中は思いの外遠く感じたものだ。

その帰り道に、おそらくは地図に騙された(笑)であろう、スーツで登るヤケクソ気味のサラリーマンとすれ違った。そう、奥社は思いつきで行けるような場所にはなかったのだ。

そのため、以後、中社参拝どまりとなっていた(こちらの方が凄いって話だったし)。また、奥社への参道は、クマさんの出没(生息)地でもあり、食べ物の少ない時期に行ったら、クマさんとご対面となっても困る。ここは長野県のゆるキャラ「アルクマ」君(リアル・アルクマ)のホンモノに逢える可能性が高い場所なのだ。

といってもですな、今回は山に食べ物が豊富にある時期でもあるし、しかも生きた食・・・いや参拝客も多い時期。もし、クマさんに遭遇してもまぁ・・・他に美味そうなのはたくさんいるし、何とかなるであろうと考えた(笑)。

ということで、奥社再参拝を決めたのだ(それに体力が衰え、もう登れんかも知れんこともある)。


佐藤は、関越道を通り、高崎から上信越道へ入る。するとここらあたりから、カナメイシ君に異変が!!!!!

なんと、見慣れないマークの警告灯が点灯した。何が起きたかわからない(ただでさえ、機械音痴)。佐藤は、助手席の参謀にダッシュボードから取扱説明書を取り出してマークの正体を調べてもらった。

すると、ひゃ〜参謀「大将!それ、《エンジンマーク》でっせ!!何かエンジンに異変があるらしいですよ」とのこと。簡単に言うないw!

とは言え、心当たりがあった。

さる6月後半から、カナメイシ君には「要点検」?のマークらしきものが着くのだ。こわ〜っ。

なかなか時間が取れず放置していたが、ディ−ラーからの車検便りが届いたため、少し早めに車検予約を入れ、相談すると月に入ってからで良いのでは?ということでそのままの状況であった。

そちらのマークだけならば、オイル交換ぐらいだなとのんきに構えていたが、エンジンの警告灯となると尋常ではない。そこで、近くのパーキングを探すと某・横川サービスエリアにENEOSウイングがあった。そこで、警告灯を意識しつつ、ゆるゆると進み(ひゃ〜参謀からスピードは控えましょうとの警告)、めざすスタンドに車を入れた。

早速、係の方が近づいて来られたので、相談して見た。すると横の空きスペースに移動。状況を説明すると、早速カナメイシ君のボンネットを開けると、そのとたん、エンジンルームから白い煙がモア〜っと立ち上った。万事窮すか!

我々は思わず「わあ〜」「うひゃ〜」と叫んでしまった。

佐藤は慌てて車外へ出て状況を話を聞いた。


オイルが真っ黒で速やかに交換が必要とのこと。ただし、この車は軽油車だから、このSAで対応オイルがあるかどうかわからないらしい。そして倉庫にはいり、なにやらガイドブックを取り出して調べてくれたのだ。何という親切であろう?

「軽油車だから難しい」といって、放り出されても仕方が無い状況であったのだが(さすがにそれはやらないだろうが)。調べると、すぐ交換できること、料金はこのぐらいと提示してくださった。料金も通常と変わりはなし。もちろんお願いした。

通常、街中のお店でオイル交換をお願いすると、1時間くらいは時間を要する(まぁ混んでるし)。そこで我々が乗車したままで構わないかと尋ねると、すぐに済むからお待ち下さいとのこと。

この時は、今のような猛暑では無かったが、車の中にとどまり、オイル交換の様子を見守っていた。

係の方が大型の吸引器をカナメイシ君の腹部に差し込むと、そのチューブの中に真っ黒の液体が吸い込まれていく、同時に吸引器の中には、どろどろの黒い液体で満たされてしまった。なるほどねぇ・・・・、オイル交換はこのようになされるのか。佐藤はオイル交換を初めて見たのですごいぜ(そこまでほっとくほうがすごい)と感激していた(笑)。

十分に吸い取ると、今度はオイル色に輝く美しい液体をするするするするとカナメイシ君の腹部に注入し、エンジン部分にカバーを掛け、エンジンをかけてファンをまわして空ぶかしをし、作業は終了。丁寧にお礼を伝えたのは言うまでも無い。

カーメンテナンスのお客様控えには、作業担当者Tさん、ダブルチェック担当者Hさんとお2人のサインがあった(責任の所在がはっきりしている)。

Hさんは、「車は丁寧に見てあげれば長く乗れますからね💛」と笑顔で話してくれた。

お2人はたまたま担当日だったのかも知れないが、お2人からはベテランらしい車愛💛を感じることができた。とにかく自分の仕事に誇りを持っている方は輝いているのだ。素晴らしい! 本当に感謝である。さすがは群馬?である。


我々は、再び高速に乗り、戸隠を目指した。オイル交換をしたカナメイシ君はご機嫌でアメリカ並みの遵法速度でぐんぐんと我々を長野市内に誘ってくれた。もはや戸隠神社までの道のりは通いなれた道と行って良い。

途中七曲がりという急な坂も、対向車に注意しながらくねくねと登っていく。今回は、奥社参拝が目的である。奥社に行く前には、宝光社から参拝するしきたりがあるらしい。そこでまずは宝光社の駐車場に車を停めた。


ここで、戸隠神社のホームページを参考にご案内したい。

戸隠神社は霊山・戸隠山の麓に、奥社・中社・宝光社・九頭龍社・火之御子社の五社からなる、創建以来二千年余りに及ぶ歴史を刻む神社である。

その起こりは、遠い神世の昔の出来事である。天照大神素戔嗚尊の横暴ぶりに手を焼き、「天の岩戸」に隠れてしまった。そこで、八百万の神々が天の安河の川原に集まり、天照大神を岩戸より出てきていただくための対応を相談した。そして、思金神の案により、さまざまな儀式をおこなった。

そして、天宇受賣命が岩戸の前に桶を伏せて踏み鳴らし、神憑りして胸をさらけ出し、裳の紐を陰部までおし下げて踊った。すると、高天原が鳴り轟くように八百万の神が一斉に笑った。

これを聞いた天照大神は訝しんで天岩戸の扉を少し開け、「自分が岩戸に篭って闇になっているのに、なぜ、天宇受賣命は楽しそうに舞い、八百万の神は笑っているのか」と問うた。天宇受賣命が「貴方様より貴い神が表れたので、喜んでいるのです」というと、天児屋命布刀玉命天照大神に鏡を差し出した。

鏡に写る自分の姿をその貴い神だと思った天照大神が、その姿をもっとよくみようと岩戸をさらに開けると、隠れていた天手力男神がその手を取って岩戸の外へ引きずり出した。

そして、天手力男神はその岩戸を隠した場所が、この戸隠なのである。もちろん、戸隠神社の祭神は、この「天の岩戸開きの神事」に功績のあった神々が祭られているのだ。


とはいえ、戸隠は平安時代末は修験道の道場として都にまで知られた霊場でした。神仏混淆のころは戸隠山顕光寺と称し、当時は「戸隠十三谷三千坊」と呼ばれ、比叡山、高野山と共に「三千坊三山」と言われるほどに栄えていたのだ。

江戸時代には徳川家康の手厚い保護を受け、一千石の朱印状を賜り、東叡山寛永寺の末寺となり、農業、水の神としての性格が強まってきました。山中は門前町として整備され、奥社参道に現在もその威厳を伝える杉並木も植えられ、広く信仰を集めたのである。

戸隠は明治になって神仏分離の対象になり、寺は切り離され、宗僧は還俗して神官となり、戸隠神社と名前を変えて現在に至っている。奥宮の参道随神門から約500メートル続く樹齢400年を数えるクマスギの並木、ここの木の勢いは現在も衰えることなく参道の神性を保っている。 立冬と立春には太陽が参道に沿って真っ直ぐに昇っていくという。この参道杉並木を含む戸隠神社奥社社叢は長野県の史跡・天然記念物に指定されているのである。

いろいろとうるさい、ひゃ〜参謀も、

「まぁ言いたいことはいろいろあるけど、とりあえずそれ(由緒)はそれでいいですよ、別に」ですと(笑)。


【戸隠神社宝光社】
まずここ宝光社(ほうこうしゃ)。ご祭神は、天表春命(アメノウワハルノミコト)。武蔵国一の宮の1社、小野神社のご祭神だ。

ちなみに当時、武蔵国は国府(東京都府中市)に近い順に、一の宮、二の宮、三の宮・・・としていたと思われ、国府により近い小野神社が一の宮となり、距離がある大宮の氷川神社は三の宮であった。しかし、神社の規模も大きい氷川神社の方が力を持っていた。

さて、現在地への鎮座は康平元年(1058年)、天暦3年(949年)に奥社の相殿として創建されたもの。

祭神である天表春命は、中社の祭神である天八意思兼命(思兼命)の子どもである。ここは、参拝登山する前に山の神々様に失礼なきよう、「魔物祓い」を行い、ここまで着いて来た「モノ」を落としてから入ることになっている。


●宝光社の270段余りの階段を登る●.jpg

●宝光社の270段余りの階段を登る●



もともと修験の山には、必ずしも毎月、神様がいるわけではないらしく、いない時に登り、「変なもの」を拾って帰ってこないように、ある種のバリア(のようなもの)を張れってくれるという俗信がある。ご神徳には、学問や技芸・裁縫・安産など、婦女子の守り神とも言われている。


余談だが、その昔、戸隠も女人禁制の地であった(というか女人OKの仏教は本来あり得ない)。今も女人堂跡がある。当時の女性はこの女人堂より先には行けず、奥社は、遙拝所から拝礼するしかできなかった。

差別と言えなくもないが、良くも悪くも男のための宗教(当時仏教)だったんだから、必要なら「女性用の宗教」を確立すれば良かったのではなかったろうか。今ならそうなるだろう。まぁいいけど。

そもそも宗教の女人禁制は、古来、お寺や神社の近くには風俗店のようなものがあってですな、そこには男が・・・・(強制終了)

それはともかく、女人禁制を破り禁足地に足を踏み入れたものは石になったという。今でも掟を破り中に入った比丘尼が石になったとされる「比丘尼石」がある。ね? そう言われれば、男しかこれんでしょう(笑)。


必要があって奥社の相殿として創建されたのであるから、分離しても奥社参りの前に立ち寄るのは当然のこと(例外多数w)。駐車場から参道に入り、何と270段余り続く階段を登り、境内に入った。

ここが俗にいう、パワースポットである。いわゆる見えない力(神仏など)は、極端な人間の行動がお好き。完璧にまじめな聖職者か、(ここでも)良くも悪くも熱くなる人間の行為にこそ、神仏は宿るという。だからこその悪人正機説も存在するのだ。

宗教団体や霊能者と称する方々がいうのは、あくまで自分たちができない理想の形。神々様の好む自然は「あるがまま」の姿。場合によっては人間が見たら「汚い」光景だってある。

「山は荒れ・・・」などとよく言うが、山々に手を入れるのは「自然の法則に反する」ことだ。そういう形できれいになって嬉しいのは「人間」であることを忘れてはいけない。寺がきれいになれば坊さんたちが喜ぶが、仏様はそんなことで喜ばんし、第一、仏様は寺になど存在しないのだ。

しかしながら、人工物(ゴミ)を作るのも人間だけ。そんなものをバラまかず、片づけるのは当たり前のことである。

それはさておき、我々は、これから奥社をめざすことをお伝えし、無事に参拝ができるようにお願いしたw。おみくじは・・・www。さて、先へ進もう。

我々は駐車場へ戻り、車に乗って次の参拝所中社の駐車場へ移動したのである。


【戸隠神社中社】
ここは先ほど述べたように、すでに馴染みの場所。駐車場から、鳥居をくぐり手水舎にて体を清める。さすがに水は冷たく身が引き締まる思いだ。

外国人の参拝客も多く、異国の言葉が飛び交う。当然聞き慣れた外国の言葉ならばどこぞの国と言うことはわかるのだが、耳慣れない言葉を聞くと、そのたびのどこの国の言葉なんだろうか?とも考えるが、とりあえず日本文化が他国の方々に興味を持たれるのは良いことであろう。

さて、ここで、ひゃ〜参謀は以前頂いたお札をお返しする。中社には、拝殿横に、古いお札の回収ボックスが置かれているからだ。ひゃ〜参謀は、お返しするお札に、お守り頂いたお礼を伝え感謝を込めて丁寧に箱に収めていた。


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●おなじみの中社も参拝●



こちらは中社(ちゅうしゃ)という。いわゆる音読み(おそらく「呉音」)で、仏教用語に使われる漢字の読みである(伯耆大山の大山も「だいせん」と呉音読むのと同じ)。

ご祭神は、天八意思兼命(アメノヤゴコロオモイカネノミコト)である。いわゆる、日本三大知恵の神様である。ちなみに、1.思兼命、2.高木神、3.少彦名命の三神とされる(こちらは兄・父・弟の関係)。

我々の中では、思兼命は大策士として認識されている。なんせ、素戔嗚尊の度重なる非行に天照大神が天岩戸にお隠れになった時、岩戸神楽(太々神楽)を創案し、岩戸を開くきっかけを作られた神様だからねぇ。

ひゃ〜参謀はこの神楽に参加した神々様は「高天原クーデター」に参加した神で有り、思兼命はその首謀者。結果、クーデター失敗し、参加した神々様地上へ追い払われたとふんでいる。父親(高木神)越えはなかなか難しいのは当然であろう。


しかし、日常で二進も三進もいかない時には、かなり頼りにできる神様だ。なんせ発想が違う。神界でも「ナンバー1」とされる神様であるが、それでも全知全能とは言えないのだ。ご神徳はもちろん、学業成就・商売繁盛・開運・厄除・家内安全である。

こちらの社殿の天井には平成15年に復元された狩野派の天才絵師・河鍋暁斎(かわなべ きょうさい)によって描かれた「龍の天井絵」がある。一度上がらせて頂いたが見上げるとその大きさに圧倒された。

我々は拝殿で手を合わせ、佐藤は、事業の繁栄継続をお願いした。その後社務所に立ち寄りおみくじを依頼する。そう、戸隠神社では、神職に自分の数え年を告げ。すると神職が奥へ入り祝詞を唱え、


「こんな生年月日の奴が何かがどうなるか伺いたいそうですが、その首尾はどんなもんでしょうか?」


ってな感じで尋ね、数え年と性別を神様にお伝えし、シャカシャカとおみくじをひいて頂くのである。そして、にぎにぎしく戸隠神社と書かれた封筒におみくじを入れて渡して下さるのだ。そう、おみくじはあちこちに結ぶのではなくお持ち帰りするのだ。結果は・・・www。


境内には樹齢700年を超えるご神木、樹齢800年を超える三本杉があり、参拝客が思い思いの場所にたたずみ、おみくじ結果を眺めたり、写真を撮って過ごしているのを見守ってくれている。

さて! いよいよお目当ての奥社である。ただねぇ、早朝飛び出してきており、奥社へのぼるとなると腹ごしらえが必要である(いつもそれだ!)。

そこで我々は、昼食を摂ることにした。車を八十二森のまなびや付近の駐車スペースに置いて、徒歩にて、戸隠神社入り口へ移動。


●まずは奥社の入り口をめざす●JPG.jpg

●まずは奥社の入り口をめざす●



【そば処 奥社の茶屋】
そこで、そば処 奥社の茶屋に入った。こちらは店内は木調で整えられ、自然の中にいる雰囲気が漂っておりなんとも気持ちの良い空間であった。

我々は天ぷらそばを注文。天ぷらは、エビやなすカボチャの他にふきのとうが添えられており、山の香りを楽しむことができました。おそばはのどごしが良く、甘味のあるつゆとからまりそれはそれは美味しかった〜。値段もリーズナブルで大満足であった。


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●奥社前のそば処に入る●


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●天ぷらそばが逸品!●



準備万端。ここからいよいよ奥社をめざす。スタート地点には、杖が入ったボックスがあるが、これはかなり役立つので1本借りていったほうが良いかも知れない。おお、「クマ(熊)出没注意」と書かれたチラシもあった。

そう、ここからはクマの生息地、すでにもう、我々が来たことを察知しているに違いない。よほどなことがない限り、「利口なクマ」は人里には降りてこないという。問題はクマでも人間でもそうでない種類なのだ。

我々は、バックの中から鈴を外へ出して、ちりちりとならしながら進んだ(自己満足だが)。参道の両脇には、小さな川が流れており、周辺には高山植物が小さな蕾を付けていた。


●入り口に置かれたクマ出没注意のチラシ●.jpg

●入り口に置かれたクマ出没注意のチラシ●



我々は、お互いを励まし、ののしり合い(笑)ながら、登っていく。途中にある随神門をくぐったあたりから杉林が奥まで続く。

ここからが神仏の領域に入るのだから、ことさら失礼があってはいけない。だんだん、足場も石や砂利が多くなってきた頃、道は段々が付けられた道へと変化していく。





階段では無いのだが、なだらかな勾配をのぼりやすく工夫して有るようだ。このあたりにまでくると、様相を気にするゆとりはなくなり、徐々に汗も多くなってくる。でも以前のような時間の長さを感じない。一度来たことが心理的な影響が大きいのであろう。いよいよ、奥社の拝殿が見えてきた。


●まさに比丘尼?の様相になってくる●.jpg

●まさに比丘尼?の様相になってくる●


●奥社参道半ばの随神門は異空間への入り口だ●.jpg

●奥社参道半ばの随神門は異空間への入り口だ●



先ほどまでとは違い、他者とすれ違うために道の譲り合いが必要な狭さ。そうなるとお互いに、「こんにちは。お疲れ様です」などの励まし合うようになるから不思議である。

ようやく奥社にたどり着いたときには、頭から顔から汗がぼたぼたと流れ落ちる始末。ひゃ〜参謀いわく、


「大将、那智の滝のような汗ですよ!」


ですと(笑)。

神様に、無事に来られたことに感謝を伝え、再度、来るチャンスがありますようにお願いをした次第である。佐藤は、その後髪の毛を後方に束ねた。ホント、冗談無く汗の量がすごかったぁ〜。


【戸隠神社奥社】
ここ奥社(おくしゃ)のご祭神は、あの天手力雄命(アメノタヂカラオノミコト)である。

由緒は、日本神話にある、天照大神が天の岩屋にお隠れになった時、無双の神力をもって、天の岩戸を開き、天照大神をお導きになった天手力雄命を戸隠山の麓に奉斎したことに始まるとある。

ひゃ〜参謀によるとこの神様は、猿田彦大神でもあるらしいが、さて・・・。)

戸隠神社の御本社として、開運・心願成就・五穀豊熟・スポーツ必勝などのご神徳が全国に広宣され、多くの崇敬者が登拝されているという。


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●ようやく奥社にたどり着きました●



全参道は約2キロ、中程には先ほどの萱葺きの赤い随神門があり、その先は天然記念物にも指定されている樹齢約400年を超える杉並木が続いているという。その近くには、九頭龍社(くずりゅうしゃ)がある。ご祭神の九頭龍大神(クズリュウノオオカミ)である。

ご鎮座の年月は不詳であるが、天手力雄命が奉斎される以前に地主神として奉斎され、心願成就のご神徳が高く、特別なる信仰を集め、また古来より水の神、雨乞いの神、虫歯の神、縁結びの神として尊信されているという。ここはまさに聖地・戸隠の地主神であり、この地を治めている神様としてふさわしい。


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●こちらは地主神・九頭竜神社●



この奥社九頭龍社から、今登って来た方向を振り返ると、眼下には長野市までが眺望できる。佐藤は社務所横にたたずみ、汗のひくのを待った。そこには心地よい風がふき、我々の労をねぎらってくれていた。

さて、元気になったところで、おりますかね。2キロを登って来たと言うことは2キロ降りると言うことですからねぇ(笑)。でも、我々はお互い体重が以前より軽くなったせいか、以前参拝したときほど、苦痛は感じなかった。

それでも歳は歳。足腰に気遣いながら、ゆるゆると参道を降りた。我々の旅はまだまだ続く。足取り通り、ゆるゆるなので今回はここまで。次回は新潟の見聞録の予定です。

まだまだ暑きゆえ、皆さま、くれぐれもご注意ください。



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●この道は、森の学舎の裏手まで続くのだ●


(To Be Continued!)

posted by さとうはあまい at 20:22| 東京 ☀| Comment(0) | 見聞録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月11日

奮闘記・第1088回 研修会のツボ/新潟県

●2019年● 新潟県新潟市


新潟県ホームヘルパー協議会

令和元年度 新潟県訪問介護職員資質向上等事業
サービス提供責任者研修



皆さま、お久しぶりです。いや〜、ハハハ、暑い。今回は文字通りホットな今回は先月行われた研修会の報告です。

さて、新潟県では、訪問介護事業所で働くサービス提供責任者を対象として、サービス提供責任者研修を実施してきている。新潟県ホームヘルパー協議会さんでは、その研修を新潟県からの委託事業所として毎年開催しているのだ。

佐藤は、約10年余り、サービス提供責任者の職には、まだついていない訪問介護員を対象に「訪問介護の展開・訪問介護計画作成」の研修を担当してきた。

こちらの研修は、参加者の移動を考慮して、新潟市と長岡市で同じ内容を4日間かけて行っていた。ただ、その研修は年々参加者が少なくなった(サ責がそれだけの期間、現場を空けられない)こともあり、残念だが昨年度で一旦終了することになった。

今年、今まで役員の方々が講師を務めていたサービス提供責任者研修を、役員も現場を持っていることから、3日間から4日間とし、佐藤が講師の依頼を頂いた(会場は新潟会場のみ)。

この件については、昨年まで事務局をなさっ頂いた勢能さんから、新潟県からの委託によって、正式に次期事務局から依頼について相談は頂いていた。その勢能さんも昨年度で事務局を退職された。ちなみに勢能さんはすでに新潟ユニゾンプラザ内のとある事務局にて活躍されており、また会うこともできた(嬉しかった💛)次第である。

今年度に入り、事務局にしてトップの石黒さん(新潟県ホームヘルパー協議会前会長)から、正式依頼を頂いた。早々に参加者が定員をオーバーし、70名を超えたとのこと。嬉しい次第であった。

さて、この研修は4日間研修である。しかし、参加者の都合を考慮し、前期を2日間、後期を2日間として、あいだに1週間の期間を入れ、開催された。

佐藤は、前期は、研究所の一匹狼「ひゃ〜参謀」を同行させ、研究所の名車・カナメイシ君にて会場へ入った。後期は、他の研修との絡みから、上越新幹線にて移動し、今度は佐藤が一匹悪・・・いや狼となり、会場入りした(ということで後期の研修の写真は少な目だが、総数としてはてんこ盛りであるw)。

この研修の目的は『介護保険制度における、在宅サービスの中心となる訪問介護サービスの質の向上のため、現に訪問介護事業務を行っているものを対象として、高齢者の多様化するニーズに対応した介護の提供のために必要な知識・技術に関する研修を行うことを目的とします。』とのこと。

佐藤は、新潟の研修前に、市内の新潟総鎮守・白山神社への参拝が慣例となっており、研修の無事を祈念した。

この日は東京は梅雨の真っ最中であったが、新潟は初夏の陽気に包まれており、境内の池には、古代ハスが、ピンクの花弁を誇らしげに開いていた。

また、手水舎の水面には、色とりどりの紫陽花の花が浮かべられ華やかさが添えられ、神門と境内には、たくさんの風鈴がつり下げられて涼やかな音色を響かせている。

いやいや、各地域の神社も頑張っているね。御朱印などもそうだがいろいろ工夫がなされている。これはほんとうにまさしく、夏の白山さんって感じ。まずは拝殿にて手を合わせ、おみくじをひき。その後大黒様のお社で手を合わせて再度おみくじをひいた。結果は「繁盛大黒」様が大吉をくださいました(笑)。

ちなみに、写真は怒涛のように載せていきますw。


●白山神社の茅の輪くぐり●.jpg

●白山神社の茅の輪くぐり●


●境内にも風鈴が飾られていた●.jpg

●境内にも風鈴が飾られていた●


●今年も見事な花を付けた古代ハス●.jpg

●今年も見事な花を付けた古代ハス●



ささ、研修会場の新潟ユニゾンプラザへ行きませう。

会場では、担当となる石黒さんとお手伝いをしてくださる役員さんに参加者を出迎えて頂いた。佐藤は用意されたテーブルにて研修の準備をしていると、先に書いたように、前・事務局の勢能さんがあいさつに来てくださったのだ!

我々は再会できたことをともに喜び、近況を語り合った。もちろん、「ひゃ〜参謀」も懐かしそうに(といっても昨年も会っているのだがw)会話していた。各地の会場でこのような気遣いは非常にありがたいねぇ・・・。


●研修会場は大賑わい●.jpg

●研修会場は大賑わい●


●いよいよ研修がスタート!●.jpg

●いよいよ研修がスタート!●


●昼食は恒例の1Fレストランにて頂く●.jpg

●昼食は恒例の1Fレストランにて頂く●


●グループ内にて話し合いに参加する●.jpg

●グループ内にて話し合いに参加する●


●問い合わせに応じる佐藤●.jpg

●問い合わせに応じる佐藤●



また、会場には、すでに訪問介護員の研修時に参加していて、佐藤のことを覚えていてくれた方もおり、「先生、また、よろしくお願いしますね💛」とか、「少しスマートになられたみたい。体は大丈夫ですか?」と老体を気遣ってくれた。

もちろん、佐藤は元気ですよ、ハハハ、たぶん。皆さんに再会できて、こちらこそ、うれしいですね。今回もよろしくお願いしますねぇ。こうしてあちらこちらで会話が弾む中、研修がスタートした。

■研修で行ったこと
【研修内容】
●前期
【1】介護保険制度・訪問介護事業の制度全般について理解を深める。
   ケアマネジメントと訪問介護(指定基準をもとに理解を深める)。 
【2】サービス提供責任者の役割・具体的な訪問介護計画作成業務を修得する。
   サービス提供責任者の業務と責務・老計第10号について。

なお、「指定基準」とは、「指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準」の略である。

●後期
【3】接遇・マナーの向上を図る(ストレスマネジメント)。
   自己理解・他者理解を深め、自分の他者とのかかわる傾向性を理解する。
【4】事例検討
   各自の事例を共有しながら、お互いに学びや気づきを深める。
   今回の研修学んだこと。今後の取組についてまとめる。

前半の1日目である。

【1】介護保険制度・訪問介護事業の制度全般について理解を深める。
主に、居宅サービス事業所の指定基準と、訪問介護のサービス行為ごとの区分等(老計第10号)を示しながら、サービス提供責任者に課せられている責務と業務について説明を行い、訪問介護のサービス内容について解説を行った。

はじめに「ケアマネジメントと訪問介護の理解」として、介護支援専門員の役割とサービス提供責任者の役割を案内していった。


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●討議に耳を傾ける●


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●他のグループ内容を見学する●



(1)介護支援専門員とは、元々は保健・医療・福祉の各分野の専門職であるということ
介護支援専門員も、もとは保健・医療・福祉の専門職であり、いわゆるマネジメントの専門家では無い。その人々が、介護支援専門員実務研修受講試験に合格し、介護支援専門員の実務研修を受講することで、介護支援専門員の証を受け取ることができるのである。

佐藤は約10年間この実務研修を担当したが、当然のことであるが、参加者の元資格が様々であることもあって、各サービス内容を詳細に理解しているかというと疑問があった。そこで、介護支援専門員になった方々には、その後、専門研修などの研修が定期的に行われているのである(この研修内容や範囲にはもろもろ不満があったが、それ自体を変えることは難しいから、内容を工夫していくしかなかったが)。

そしてまた、実務研修はその名の通り、実務に就くために必要な技術を指導する場所なのであるが、指導する先生の専門性も様々だ。いや、様々ならばまだいい。

指導者は大学の先生が多いせいか、医療面はその分野の専門家である医師や看護師が担当することが多い。もちろん、各先生方は、ケアマネジメント分野についてはテキストに基づいてしっかり指導している、とは思う。ただ、実際の実務の面はというと、実践経験が無かったり、少なかったりで事例を用いての案内に弱い部分もある。

それどころか、ケアプランを作ったことがない人が作り方を教えて居たりする。いくら派閥力学が働いていても、そこはねぇ・・・。

でも、いくら現役でもいい加減なプランを作って来た方よりはいいかも知れない。所詮は、その現場で、その利用者さんと会って見なければ、すべて机上の空論やアドバイスになりかねないからなぁ。

まぁそこで実践の部分は先輩の主任介護支援専門員が担当しているのだが、それはそれで・・・。最近は取るのも、更新するのも、(地域さはあるにせよ)随分厳しくなった感のある主任介護支援専門員の資格ではあるが、以前はゆるゆるであった。コネはあるが能力は・・・。今はかなり変わっているから、そういう方々には厳しいかも知れない。でもせっかくなったんだから頑張ってほしいな。

さらに国や介護支援専門員協会は、介護支援専門員の育成は、主任介護支援専門員が行うことが相応であるとして、介護支援専門員の育成は、その地域の主任介護支援専門員が担当するようになったのである。これ自体はよいことだと思う。目的の大部分は、経費節減であったとしても、だ。

問題は、そこでの間違った慣例が、まだ定着していることも少なからずあることだ。

それが、居宅サービス計画書原案の提示が、サービス担当者会議の席上であること、居宅サービス事業所が「事前訪問」をしていないこと、この2点なのだ。これじゃ、経験がある介護支援専門員が教えても、旧態依然で意味がない気もしないでもない(笑)。だって法令遵守じゃないのだからね。

リハビリでは「ご利用者の日常生活における活動の質の向上」を図るために行われる、リハビリテーションマネジメント加算により、S(Survey調査)・P(Plan計画)・D(Do実行)・C(Check評価)・A(Action改善)のサイクル構築と、リハビリテーションの継続的な管理に対して加算が設けられ、事前訪問としての、S(Survey調査)が導入され、リハビリテーションの提供を促進している。

リハビリも、「とにかく専門資格を作ればいい」くらいの感覚で作られた資格(草創者の方々の本を読めばわかる)であったが、進んだり、後退したりしながらも、今日の前進に至っている。これは関係者の努力によるものであろう。介護や福祉も「そこの点」は学ばねばならないだろう。




さて、この問題の2点については、居宅サービス事業所のケアマネジメントの担当者(サービス提供責任者や相談員)が指定基準及びマネジメントの理解に欠ける所にもその原因があると考えられる。

そこで、佐藤は資料をもとに、居宅サービス計画書原案がどのように作成されるのかをひもときながら、どの段階で、居宅サービス計画書を提示して頂き、事前訪問がなぜ必要なのかを説明した。

(2)居宅サービス計画の作成手順を理解する
介護支援専門員は概ね下記の要領で居宅サービス計画書を作成する。

T.生活全体の解決すべき課題を抽出する。
@利用者の現在の状態を明らかにする。
A現状についての困りごとを明らかにする。
Bその困りごとを今後どうしたいのか、どうなりたいのかを明らかにする。
C困りごとや要望を伺い、それに介護支援専門員の意見や提案をすり合わせ協議する。

U.課題に対して長期目標を設定する。

@課題に対して、ゆくゆくはどうなりたいかを相談する。
A長期目標は将来的に達成可能な内容とする。
B生活機能分類(心身機能・活動・参加・環境)を意識して作成する。※注意1

V.長期目標を達成するために短期目標を設定する。
@長期目標に対して、すぐにはどうなりたいかを設定する。
A短期目標は長期目標を細分化して達成可能な内容とする。
B生活機能分類を意識して作成する。

W.短期目標を達成するために必要なサービス内容を導き出す。
@短期目標を更に細分化して、必要なサービス内容を導き出す。
Aサービス内容はひとつのサービス事業所に偏らずすべての事業所にあてはまるように意識する。

X.サービス内容に適したサービス種別を選別する。
@各サービス内容の提供に適したサービス種別を導き出しその理由を説明する。
 (ここでは、利用者が希望していたサービス種別と異なる場合もある。)
Aサービス内容はひとつのサービス事業所に偏らず全ての事業所にあてはまるように意識する。
※例えば、心身機能のサービスは、体調に関することで、医療系のサービスを想定するが、福祉系のサービスでも、体調チェックなどを行うし、活動の支援である、移動の見守りは、医療系のサービスが滞在している間は必要なサービス内容でもある。また、参加では、全てのサービス種別において、本人の意向を確認するとか、相談助言などがある。さらに、環境として、家族や地域との連携は不可欠なのだ。

居宅サービス計画書原案は、こうした過程を通って作成されるのだ。

おのずと、Xの段階まで来なければ、サービス種別は選定されないのである。もちろん、利用者や家族の意向や要望、介護支援専門員の専門的な視点から、初回面談の段階から、このようなサービスが必要であるという予測を立てることは可能で有ろう。しかし、そこには根拠が伴わないのだ。

さて、介護の「王道」通り、居宅サービス計画書が作成されたとした場合は、WからXの段階で、居宅サービス事業所に、問い合わせがくる(はず)。これが、相談受付である。サービス提供責任者には、指定基準において、この相談受付の段階で行うことが責務として標記されている。

それが指定基準の第28条「管理者及びサービス提供責任者の責務」にある、「サービスの申込みにける調整」である。サービス提供責任者は、介護支援専門員からの問いあわせ時には、ヘルパーさんの空き情報を確認して、そのサービスが提供可能かどうかを吟味して、受託の可否を介護支援専門員へ伝えるのだ。

さらに、可能な場合には、「利用申込み書」などを渡して必要事項を記入して頂き、併せて居宅サービス計画書原案の提示を求めるというわけだ。

参加者からは、ケースバイケースだけど、なるべく事前訪問に伺うようにしているという話し聞くことができた。そう、お互いに情報交換を行うことで様々な不安を解消できるのである。

(3)利用者ファイルの綴じ方について
次に、「個別の利用者ファイルの綴じ方について」説明を行った。介護保険は、利用者の申請により、介護認定を受け要介護度のついた方が、ケアプラン(居宅サービス計画書)に沿ったサービスを、要介護認定の期間に限り利用できる仕組みである。

言い換えれば、利用者が要介護認定の更新手続きをしなければ、サービス提供は、期間の終了時に終わりとなる。

そうであるならば、利用者ファイルは、要介護認定の期間ごとに更新する必要がある。そこで、佐藤は、利用者ファイルに綴じる必要がある物を示し、それらは、更新時にはすべてひとまとめにして、他封筒に収納するか、同じファイルの後方に納めるようにすること。

ここで重要なことは、居宅サービス計画書の更新とともに、利用者のフェイスシートやアセスメントシートを更新することである。

いつまでも、利用者ファイルの先頭のページに「当初の受け付け時のフェイスシートを綴じておかないように」と説明した。


●1日目の研修の終了を知らせる石黒さん●.jpg

●1日目の研修の終了を知らせる石黒さん●


●本日の夕食は、もちろんグリル神田ですよw●.jpg

●本日の夕食は、もちろんグリル神田ですよw●


●市内にある弘願寺の弘法大師像、デカい!●.jpg

●市内にある弘願寺の弘法大師像、デカい!●


●朱鷺メッセをバックに市内を散歩する●.jpg

●朱鷺メッセをバックに市内を散歩する●



●ホテルにて朝食を頂く●.jpg

●ホテルにて朝食を頂く●



前半の2日目である。

【2】サービス提供責任者の役割・具体的な訪問介護計画作成業務を修得する。サービス提供責任者の業務と責務・老計第10号について。
サービス提供責任者の役割については昨日の時点で指定基準に併せて説明したので、2日目は主に『老計第10号』について説明した。

国は、平成30 年度介護報酬改定においては、訪問介護について、身体介護に重点を置いて報酬を引き上げるとともに、生活機能向上連携加算の見直し、「自立生活支援のための見守り的援助」の明確化、訪問回数の多い利用者への対応を行うことにより、自立支援・重度化防止に資する訪問介護を推進・評価することにしている。

そこで、身体介護における「自立生活支援のための見守り的援助」の明確化を行い、「訪問介護におけるサービス行為ごとの区分等について」(平成12 年3月17日老計第10 号)の改正を行った。

これは、介護保険制度始まって依頼の改正であり、訪問介護事業所にはこの改正に沿ったサービス提供が求められている。そこで、サービス提供責任者が、改正のポイントを熟知している必要があるため、下記内容について説明を丁寧に行った。

佐藤は、改正老計第10号において、今回特に明確化された、「1−6 自立生活支援・重度化防止のための見守り的援助(自立支援、ADL・IADL・QOL向上の観点から安全を確保しつつ、常時介助できる状態で行う見守り等)」について、説明しやすいようにNo.を付けて解説を行った。


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●ほらほら、ヘルパーのしていることを言葉にしてみて●


●新潟ユニゾンプラザからの風景●.jpg

●新潟ユニゾンプラザからの風景●



明確化された1−6 自立支援・重度化防止のための見守り的援助(自立支援・ADL・IADL・QOL向上の観点から安全を確保しつつ常時介助できる状態で行う見守り等)」
※No.は佐藤が加筆.

@ベッド上からポータブルトイレ等(いす)へ利用者が移乗する際に、転倒等の防止のため付き添い、必要に応じて介助を行う。
A認知症等の高齢者がリハビリパンツやパット交換を見守り・声かけを行うことにより、1人でできるだけ交換し後始末ができるように支援する。
B認知症等の高齢者に対して、ヘルパーが声かけと誘導で食事・水分摂取を支援する。
C入浴、更衣等の見守り(必要に応じて行う介助、転倒予防のための声かけ、気分の確認などを含む)。
D移動時、転倒しないように側について歩く(介護は必要時だけで、事故がないように常に見守る)。
Eベッドの出入り時など自立を促すための声かけ(声かけや見守り中心で必要な時だけ介助)。
F本人が自ら適切な服薬ができるよう、服薬時において、直接介助は行わずに、側で見守り、服薬を促す。
G利用者と一緒に手助けや声かけ及び見守りしながら行う掃除、整理整頓(安全確認の声かけ、疲労の確認を含む)。
Hゴミの分別が分からない利用者と一緒に分別をしてゴミ出しのルールを理解してもらう又は思い出してもらうよう援助。
I認知症の高齢者の方と一緒に冷蔵庫のなかの整理等を行うことにより、生活歴の喚起を促す。
K洗濯物を一緒に干したりたたんだりすることにより自立支援を促すとともに、転倒予防等のための見守り・声かけを行う。
L利用者と一緒に手助けや声かけ及び見守りしながら行うベッドでのシーツ交換、布団カバーの交換等。
M利用者と一緒に手助けや声かけ及び見守りしながら行う衣類の整理・被服の補修
N利用者と一緒に手助けや声かけ及び見守りしながら行う調理、配膳、後片付け(安全確認の声かけ、疲労の確認を含む)。
O車いすでの移動介助を行って店に行き、本人が自ら品物を選べるよう援助。
P上記のほか、安全を確保しつつ常時介助できる状態で行うもの等であって、利用者と訪問介護員等がともに日常生活に関する動作を行うことが、ADL・IADL・QOL向上の観点から、利用者の自立支援・重度化防止に資するものとしてケアプランに位置付けられたもの。

もはや、現在の訪問介護のサービスには、【指定介護予防訪問介護のサービス】は現存しない。だが、平成18年に介護予防のサービスがスタートしたときの介護予防訪問介護のサービスには、下記のような言葉が流行したのだ。

それが、

「利用者のしていることやできることは、本人にして頂き、ヘルパーは本人のできない部分を行います」

というものだ。

まさにエライ先生がたが、現場に「たまに」顔を出して、利用者さんも先生方も、「特別な顔」でニコニコしながら、歓談できるような関係でなければ、こんなきれいごとは言えないし、書けないだろう。

これを文章通りに受け取れば、ヘルパーは提供された時間に、利用者は自分のしていることやできることを行えば良いし、ヘルパーはできない部分のみを行えば良いという解釈になってしまうだろう(実際そうなった)。

その結果、ヘルパーからは、

「○○さんは、自分ができる▼■をしない」

などという報告が上がってきたのだ。

まぁ、誰が流行らせたのかは定かでは無いが(当時は誰もがみんな知っている、とも)、この流行言葉はヘルパーのサービス内容には不適切であったとしか言いようがないのだが。

本来の介護予防訪問介護のサービスとは、

「ヘルパーは、利用者のしている事やできることを、そばに寄り添い見守り、本人ができることを依頼し、本人がするように励まし、頑張っている姿に労をねぎらい、依頼に応じてくれたことに感謝を伝え、さらに、本人のできない部分を、本人の要望を伺いながら、本人がした気持ちになれるように支援する。さらに支援中は本人が怪我や転倒しないように注意喚起を行い、安全を見守る」

という内容が正しいのである。どう? 似て非なるものでしょう?

そこで、今回示された老計第10号の1−6であるが、そこには、「利用者と一緒に」という文言が随所に出てくる。その「利用者と一緒に」ヘルパーがしている「声かけ・見守り」を、計画のサービス内容には具体的に示す必要が出てくるのである。

ヘルパーが支援の中でしている「声かけ・見守り」とは、「本人のできることを依頼し、協力動作に感謝を伝え、労をねぎらい、励ます」あるいは「本人の頑張っている姿に敬意を示し、していることやできることを称賛し、さらに側に寄り添い、できるように励まし危険を回避できるように見守る」などである。

参加者は、佐藤が言葉で伝えた内容を一生懸命書き取っていた。


●本日はお肉を頂いた(ユニゾンプラザ1F・八彩茶屋)●.jpg

●本日はお肉を頂いた(ユニゾンプラザ1F・八彩茶屋)●



午後からは佐藤が作成した「新潟さん事例」を用いて、訪問介護計画の作成演習に挑戦である。

事例は、脳梗塞後遺症、左麻痺の方。本人は料理をするのが好きな方。ヘルパーは本人が福祉用具を使用して、少しでも自分がしたいように調理を行う手助けをするという老計第10号の1−6のサービスだ。

事例は、基本情報・課題整理総括表・居宅サービス計画書・訪問介護のアセスメント表・などを提示し、参加者には佐藤が示した訪問介護計画書のひな形を用いて、具体的なサービス内容を考えて頂いた。

ひな形は、4つの枠組みを設けてあり、心身機能・活動・参加・環境(家族・地域)に対する、それぞれの課題に、訪問介護の目標を示してある。

演習は、まずは自分で考える。次にグループで考える。最後に発表するという順番で行った。皆さんは熱心に事例と向き合い、具体的なサービス内容を思い思いの言葉で表現していた。

中には、分類が難しいとつぶやく人もいたのだが、それは当たり前のことであろう。ただ、わからないと投げることなく、知ろうと思う気持ちが大事。その方も、グループ演習で他者と語り合うときには、自分の考えを伝えていたから。良かったぁ(笑)。

さて、解答例として提示した具体的なサービス内容のみを記載しておこう💛
これがすべてではないが、ヘルパーは少なからずこのような支援をしていると思うのだ。

《心身機能に対する具体的なサービス》
@あいさつ後、感染予防のために洗面所にて手洗いうがいを行います。
A居間にて、再度あいさつをして体調を伺いますので、体の調子をお知らせください。必要に応じて、娘さんに相談します。
B服薬カレンダーを見て、服薬が継続できていることを把握します。飲み忘れている場合には、飲めるように助言します。

《活動に対する具体的なサービス》
@これからする事を説明し、同意を得ます。作業に入る前には、トイレにお誘いします。身支度に乱れがあるときには、お伝えし整えられるように支援します。
A移動時や、作業時には、そばに付き添い転ばないように注意を喚起し、転ばないように見守ります。

《参加に対する具体的なサービス》
@通所リハビリの献立表を参考に一緒に献立を考えます。
A食材を取り出し、テーブルにおいて、本人のできそうなことを相談します。
B野菜は、洗って切りやすいように渡しますので、片手まな板を使用して切って
ください。怪我をしないように注意喚起し、頑張っている姿を励まし、上手くできたことを共有します。また、協力動作には労をねぎらい感謝を伝えます。
C調理終了時には、好みの器に盛り付けられるように支援します。

《環境に対する具体的なサービス》
@地域の情報を収集し、必要な情報を提供します。
Aその日の支援内容を娘さんとの連絡帳に記入して連携をはかります。


さて、具体的な訪問介護計画書を作成したところで、前期の研修は終了である。佐藤は、皆さんから前期に提出して頂いた。事例(約60名分)を持ち帰り、後半までの期間に、1つひとつに目を通し、書いてある内容を添削して赤字を入れ、後半の研修に持参した。


●皆さんちょっと体をほぐしましょう●.jpg

●皆さんちょっと体をほぐしましょう●


●事務局の皆さんも真剣に事例を読み込む●.jpg

●事務局の皆さんも真剣に事例を読み込む●


●さてさて、まずは自分で考えてみましょう●.jpg

●さてさて、まずは自分で考えてみましょう●


●グループをめぐりながら直接助言する佐藤●.jpg

●グループをめぐりながら直接助言する佐藤●


●朱鷺メッセ・ばかうけ展望室から眺める弥彦山●.jpg

●朱鷺メッセ・ばかうけ展望室から眺める弥彦山●



3日目である。

【3】接遇・マナーの向上を図る(ストレスマネジメント)自己理解・他者理解を深め、自分の他者とのかかわる傾向性を理解する。
その約10日後、佐藤は再び新潟に移動した。今回は荷物の「ひゃ〜参謀」は置いて来たが、その代わり研究所の悟空やパイレーツが同行しております(笑)。

今回は、サービス提供責任者に求められる、指導者(スーパーバイザー)の能力についてから入り、その後は、1人ひとりが持参した事例検討を行う。

まずは資料を用いて、スーパーバイザーの役割について。その後、ストレスマネジメントという考え方をご案内。その後は、佐藤の研修ではおなじみの、自己理解・他者理解を深める研修である。

サービス提供責任者とはいえ、すべての方が、他者を指導できるかというと、そうではないのだ。しかし、サービス提供責任者となったからには、指導者としての振る舞いを身に付けて頂く必要がある。

そこで、まずは、自分とは何者で何ができて、何ができないのか、自分自身と向き合う時間を作ってみた。次に、2人で、自己紹介をしつつ、幼かった頃の楽しい思い出話しを語り合うという演習を行った。

そして、例のごとく、お互いが相手に抱いたイメージ、「あなたは、このような人に見えました」という感想を伝えあって頂いた。なかなか、日頃自分が思ったことをストレートに他者に伝える機会などないだろうし、他者から面と向かって「あなたはこのような人に見える」なんてこと言われたことも少ないであろう。まぁ「あんたは〇〇なんだよ!」とキレられたたりは・・・・ないよね。介護職は(笑)。

伝え合いの時間には、あっちでワーワーこっちでワーワーそれはそれは賑やかに語り合いが行われたなぁ。さすが、対人援助職の皆さんである。そう、本来は話好きで人好き。他者を思いやる気持ちがひしひしと伝わってきた。

余談だが、かつて介護・福祉業界に「お金を稼ぐためにやって来た」というツワモノがいた。しかし、そういう割には、仕事の基本は「話好きで人好き」のまさに介護・福祉向きの人間であった。そもそもまともな人間なら、お金を稼げる業界とは言いにくい(笑)。

さて、その後は、ヒューマンスキル開発センターさんが開発した、交流分析のツール「エゴグラム・ストローク表」を作成し、解説を参照して自己分析をして頂いた。皆さんは解説の通りだと感心されていたが、何事も表裏一体、他者と関わるときには、なるべく良い面を用いてかかわるように意識すると良いであろう。

その後、11時過ぎからは、提出して頂いた事例から、佐藤が選抜した事例を用いて、事例検討のデモンストレーションを行った。もちろん、事例提出者には、開講前に協力依頼した。

■事例検討の手法
(1)発表。
(2)質問をため込む。
(3)質問に答える。
(4)振り返り、共有・助言など。


事例検討の目的は、事例を通して、発表者はもちろん、他の参加者もその事例を通して、お互い気づきや学びを深めることだ。決して、こうした方が良いのはないかとか、そんなことはダメだよ、などと他者のしていることや行いを否定するような場になってはいけないのだ。

そのために、発表者は、警戒心を取り除き、あくまでも正直にオープンに積極的にかかわる気持ちが大切。

そして、参加者には守秘義務が課せられており、事例検討で出された内容は口外しないことが求められている。

デモンストレーションは、40分かけて行った。提供した方も、参加者もそれぞれ学びや、ヘルパーとしての気づきなどがあったようである。

午後からは、各グループ内で事例検討を行った。
1人ひとりの事例発表に約40分ずつ行ったが、各グループ内では、それはそれは有意義な検討が行われていた。

佐藤も、その都度、グループ内に留まり、事例検討の仲間入りをさせて頂いたが、まさしく今行っている出来事なので、それはリアルに展開されていくのだ。ただ、発表者は、自分が発表することで、自分が提出する際に抱いていた困りごとは、自分たちからの一方的な見方であったことに気付いたり、発表途中から、改善策を思いつくなど、面白い展開となった場面も見られた。

それは、参加者がお互いに、多かれ少なかれ、同じような事例に遭遇していることにより、新たな気づきや、助言を得ることにより、解決のヒントが得られる体験からくるものではないかなと思う。


●幼い頃の思い出を語り合う●.jpg

●幼い頃の思い出を語り合う●


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●演習を見守る仲間たち●



4日目いよいよ最終日である。

【4】事例検討
午前中は、今研修の振り返りと、今後の動向について資料を用いて解説した。社会保障審議会では、次回の介護報酬改正に向けて議論が行われていること。

そこでは利用者負担が1割から2割への議論と、要介護1及び要介護2の生活援助が地域支援事業へ移行するという議論や、居宅サービス計画書作成に付いて利用者負担を発生させるということなどが議題にのぼっていることを説明した。

それらを踏まえて、今訪問介護事業所がすべきことは、要介護1及び要介護2の方に提供している「生活援助」を老計第10号の1−6へ移行するように取り組むことではないかと伝えた。

その後は、まだ事例発表をしていない人についての検討会を再開した。もちろん、佐藤は各グループをまわり、追っかけ質問をしたり、助言などをしてまわっていく。

中には、話に夢中になってしまい、検討というより、座談会になっているグループもあったが、参加者がそれそれが前向きに議論しているので、それはそれで良かったと思う。

すべての人の事例検討をした後は、サービス提供責任者研修を通して、学んだことや気付いたことをまとめて頂いた。まずは自分で考え、次にグループで話し合い、まとめて頂いたのだ。

最後に、各グループで話し合った「学んだこと・気付いたこと」を1つずつ、ホワイトボードへ書き出して頂いたが、下記がその内容である。

1)身体介護と生活援助の見極め方が理解できた。
2)利用者の困りごとや要望を聞き取りながら提案をしても良いことがわかった。
3)情報収集の大切さとモニタリングの意味と意義がわかった。
4)「困りごと」を明確にすることを実銭していく。
5)本人・家族の価値観に沿うことの大切さが理解できた。
6)事前訪問時に、事業所の説明と、訪問介護のサービス内容を説明するのは、ケアマネではなくサービス提供責任者の役割であることがわかった。
7)アセスメントの重要性(帳票の余白の部分に書く内容がわかった)。
8)地域の情報をもっと知ることが大切。
9)サービス提供責任者の重要性と、ホームヘルパーが責任と誇りを持てる仕事であることを再認識できた。
10)利用者の能力を奪わない介護、質(介護技術の提供)を買って頂く。


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●他者の発表に耳を傾ける●


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●聞こえる位置に席を移動する●


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●気づきや学びを共有する●



さてさて、これにて、4日間の研修は終了。

ご多忙の中、参加して頂きました皆さま、また、同様にご多忙のおり、研修会を支えて頂いた石黒さんをはじめ新潟県ホームヘルパー協議会の皆さま、有り難うございました。また、勢能さんも顔を出してくれて有り難う!

今頃、参加した皆さんも、猛暑の中張り切っていると思います、とはいえ、今年の猛暑も半端では有りません。ご自分の体を大切にすることと、ヘルパーさんのお体も気遣いながら夏を乗り越えてくださいませ! またお会いできるのを楽しみにしております。重ねてご自愛ください。


(To Be Continued!)


posted by さとうはあまい at 00:54| 東京 ☀| Comment(0) | 研修会のツボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする