2019年06月29日

奮闘記・第1085回 研修会のツボ/東京都

●2019年● 東京都世田谷区 研修会のツボ/東京都

世田谷区福祉人材育成・研修センター

2019年度 サービス提供責任者研修
「自立支援につながる訪問介護計画書」



いやいや寒いんだか、暑いんだか。皆さまお久しぶりです💛

さて、今年度も、世田谷区社会福祉事業団 世田谷区福祉人材育成・研修センターさんより、佐藤に世田谷区で働く訪問介護事業所のサービス提供責任者向け研修依頼を頂いた。

この日の天気予報はあいにく1日雨。梅雨のさなかにご丁寧に北から低気圧が南下してくるために気温が21℃くらいしか上がらないというのだ。21℃!ハハハ。

この前まで30℃を超えて厳しい暑さになるという日も少なからずあったのに、今度は一気に気温が下降するというのだから、全くもって着るものの調整に困ってしまうなぁ、ブツブツブツ。

とにかく、佐藤は、研究所員のひゃ〜参謀と新宿駅で待ち合わせ、小田急線で成城学園前を目指した。この日はラッシュアワーを避けるため、時間にゆとりを持って出て来たのだ。

そこで、我々は、各駅停車でのんびり座って行くことにした。ところが、なんと電車の座席が硬くて、腰痛持ちの我々には座っていても腰に痛みが走るという厳しい道中となってしまった(笑)。小田急おそるべし。その後、常連のカフェにて態勢を立て直してから、会場に入った。


●成城学園前駅のFORESTY CAFEにて朝食を頂く●JPG.jpg

●成城学園前駅のFORESTY CAFEにて朝食を頂く●



入口では、旧知の中村さんが笑顔で迎えてくれる。早速控え室にて事務手続きなどを行いながら、世田谷での現状把握を試みた。

すると、中村さんが開口一番、

「サービス提供責任者の方はなかなか参加していただけないんですよね。それに引き換え介護支援専門員研修は、すぐにいっぱいになるんですよ」

とのこと。

なぜ、介護支援専門員向け研修がすぐにいっぱいになるかというと、先の町田市の介護支援専門員の方々同様、介護支援専門員が、東京都の主任介護支援専門員研修を受講するためには、世田谷区より推薦を受ける必要があるためだ。

そこで介護支援専門員は、世田谷区が示す推薦要件にあてはまるように、積極的にせっせとスキルアップ(実績)を蓄えているわけだ。なお、世田谷区では、推薦要件が整ってれば、町田市のような、独自のテストや論文を書くことはないらしい。

最も、定員オーバーの場合は先着順となるらしいがwww・・・。業界でいうところの「スタンプラリー」方式であるな。

ひゃ〜参謀:「そういう方式(スタンプラリー)の方が(いらない人数を)減らしやすいからいいんじゃないの?論文なんか出させてたら、いきなり退場なんてさせにくいし。それにもうすぐケアマネさんが自分で集金しろってことになるから、けっこうやめてくんじゃないんですか?」

佐藤「」
(・・・・忘れてください。)


それはともかく、このような研修は各市区町村で行われており、何処の介護支援専門員も一様に

「介護支援専門員になっても、利用者の支援のスケジュールと、自分の法定研修のスケジュールを管理しないといけないので、なかなか大変ですよ」

とこぼされていた。佐藤も、そうだろうなぁと思う。これから生き残る介護支援専門員の皆さんは、より良き、主任となるように励んで頂きたいものである。

話を戻す。

まずは、この研修の目的から。

目的「一人ひとりに合った、自立支援に繋がるサービス提供を行うため、訪問介護計画書がとても重要になります。この研修では、訪問介護計画書の作成について基本から学びます。日々業務を振り返りながら、本人らしい自立した暮らしを支える訪問介護計画書について考えましょう。」である。


●開会を伝える中村さん●JPG.jpg

●開会を伝える中村さん●



■研修で行ったこと
(1)訪問介護計画書の重要性(老計第10号をふまえて)
(2)訪問介護計画書の作成手順
(3)各手順について/ICFを活かした情報把握(アセスメント)・生活課題の特定など


まずは、恒例の自己紹介から。
佐藤が、介護職として働いた時代の話しを皆さんに伝えましたが、年号が変わっただけで、説明している自分自身が、自分が働いていた時代がずいぶん遠くにいってしまったなぁという実感がわいてくる。

佐藤の自己紹介の後は、恒例のグループ内で自己紹介である。自己紹介では、1分間の間に、自分の職場の良い所をアピールして頂いた。


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●自己紹介は1分間スピ−チである●



●グループで語り合う●.jpg

●グループで語り合う●



1.訪問介護計画書の重要性(老計第10号をふまえて)
そもそも、訪問介護の介護報酬は「指定居宅サービスに要する費用の額の算定に関する基準(以下略)」(平成12年3月1日付厚生省老人保健福祉局企画課長通知)において、その具体的な取扱いを示した。その上で、さらに、平成12年3月17日老計第10号に、訪問介護におけるサービス行為ごとの区分及び個々のサービス行為の一連の流れを例示したものである。

それが、平成30年度介護報酬改定において、身体介護における「自立生活支援のための見守り的援助」の明確化を行うため、「訪問介護におけるサービス行為ごとの区分等について」(平成12年3月17日老計第10 号)の見直しを行ったのである。

その結果、「自立生活支援のための見守り的援助」は、『自立生活支援・重度化防止のための見守り的援助(自立支援、ADL・IADL・QOL向上の観点から安全を確保しつつ常時介助できる状態で行う見守り等)』とされ、明確化された項目は、17項目にも及んでいる。

ここで、佐藤は早くも参加者に演習をして頂いた。それは、自分の家でした洗濯物を自分の家でいつもしているように干して頂くというもの。

もちろん、実際に干すのではなく、ノートに手順を書くのである。時間は5分。佐藤は、演習ノートにあらかじめ、「@洗濯機までいく」と記載しておいたのだ。なぜなら、佐藤が「洗濯物を干すを書いて」というと、いきなり、バスタオルはこうして、ああして、靴下はこうなどと、書き始める方々が必ず出て来るからである。

まぁ、それはそれで確かに洗濯物を干す手順ではある。しかし、私が表現して欲しいことは、あくまでも干す工程と各行為にかかる手間やその手順なのである。

佐藤が、その手順を書くと下記のようになる。もちろん、「あくまでも例示」である(笑)。

さて、@洗濯機までいく。A洗濯機の上の棚にある赤いバケツをそばにおろす。B洗濯機の蓋を開ける。C絡まっている洗濯物をほぐし、大きな物から取り出す。Dバスタオルは軽くたたんでパンパンと叩いて一番下に入れる。ETシャツを軽く四つ折りにする。Fパジャマ・靴下なども軽くたたんでパンパンと叩いておく。
G洗濯機の中が空になったことを目視で確認する。H赤いバケツを抱えて、階段を登り屋上へ行く。I赤いバケツを所定の位置へ置く。J屋上のドアを開けて、サンダルを履く。K屋上の踊り場にある棚から、使い捨てペーパータオルを取り出して、屋上にある竿まで移動して竿を拭く。
L再度踊り場まで戻り、拭いたペーパーを、棚のそばにあるゴミ箱へ入れる。Mピンチと角ハンガーと竿かけハンガーを持ち、物干し竿まで行き、角ハンガーを竿にかけたのち、そばにあるエアコンの室外機まで移動して、他の物品を室外機の上に置く。N再度踊り場まで戻り、赤いバケツを持って、同じく室外機まで移動してその上に赤いバケツを置く。

ふう、ここまで記載しても、まだまだ、洗濯物を干すことができないのだ(笑)。

一概に洗濯物を干すといっても、そこには様々な日常生活動作が隠れているのである。いや、そういう真っタダ中に入って行くのが仕事とも言える。

加えて、我々は自然(無意識)に行っていること(ドアを開けたり、移動したりする行為)は、当然行っている行為なので、あえて文字化していないのだ。

佐藤は、5分経過した後、グループ内でお互いの洗濯物の干し方について語りあって頂いた。すると、どうであろう? 発表者は一様に体を使って、自分がしていることをジェスチャーを交えて説明しているではないか。

しかも紙には書いていない、やれベランダの窓をあけて竿を拭くとか、やれバスタオルは縦に少しずらして左右をピンチで留めるとか。それはそれは賑やかに語っている。

佐藤はグループ内での発表が終了した時点で、ホワイトボードへ介護モジュールを描き、ヘルパーのしている支援を時系列に可視化して説明を行った。



●洗濯物の干し方について伝え合う●.jpg

●洗濯物の干し方について伝え合う●


●介護モジュールの書き方を説明する●.jpg

●介護モジュールの描き方を説明する●



もちろん、皆さんが書いたのは間違いではない。

ただ、我々は見落としがちであるが、支援の間ヘルパーは、利用者の安全確保の見守りや、注意喚起を行っている(いなければいけない)のだ。

だから、当然移動できる軽度者に行っている「掃除・洗濯・調理」は、「自立生活支援のための見守り的援助」として今回その名称が変更された、『自立生活支援・重度化防止のための見守り的援助(自立支援、ADL・IADL・QOL向上の観点から安全を確保しつつ、常時介助できる状態で行う見守り等)』となり、明らかに身体介護となるのである。

このような説明を加えたあと、資料に沿って老計第10号を案内した。この中で重要なことは、「声かけ・説明」をヘルパーのしている支援に変換することであろう。

例えば支援に入る前の「声かけ・説明」であれば、これからすることを説明(ないしは手順を相談)し、同意を得るとか。「利用者と一緒に手助けや声かけ及び見守りしながら行う掃除」であるならば、@利用者にできそうなことを依頼。本人が依頼に応えてくれた場合には、A協力動作に感謝を伝える。また、頑張っている姿があれば、B自分でできるようにそばに寄り添い、励ます。あるいは、C上手くしていることを称賛する。最後は、D上手くできたことをともに喜び、労をねぎらう。などなど。

そして、このようにヘルパーがしている「声かけ」「見守り」「説明・同意」を具体的に文字化することが重要であることを伝えた。

2.訪問介護計画書の作成手順
ここでは、介護保険制度とサービス提供責任者の業務の理解として、資料内にて、訪問介護計画書作成の手順を図表にしたものを利用して解説した。

はじめにサービス提供責任者は、介護支援専門員がどのようにして居宅サービス計画書を作成しているのか。その工程を理解している必要があるので、その部分をホワイトボードを使って説明した。

介護支援専門員が、サービス事業所へ空き情報を問い合せるタイミングは、まずはその利用者の「課題を抽出する」、「長期目標」と「短期目標」を設定する。その短期目標を達成するために必要な「サービス内容」導き出す。そして、そのサービスを提供するにふさわしい「サービス種別」を決めるのだ。

この種別の欄に「訪問介護」があがったときに、本来介護支援専門員は、皆さんの所に空き情報を問い合わせて来るわけだ(あくまでも本来・・・なのが悲しいが)。

これすなわち、居宅サービス計画書は、訪問介護のサービスが必要となった時点で作成されていなければ、ならないはずなのである。

こうして問い合わせがきたときに、サービス提供責任者がすることは、

@申込みにおける調整である。これはヘルパーの空き情報を確認して、サービス受託の可否を決める行為。
A受託可の場合には、利用申込み書とともに居宅サービス計画書を拝受する。
B事前訪問を行う。ここでは利用者のサービスの選択に資する援助を行う。すなわちパンフレットなどを用いて、自社サービスの説明及び契約に関する帳票を用いて説明を行う。さらに訪問介護計画書の作成方法を説明し同意を得る必要もある。その上でアセスメントを行い、帰社後情報をまとめて訪問介護計画書の原案を作成する。
Cサービス担当者会議へ参加し、他の事業所と統一した介護技術を提供できるように、支援方法を共有する。
D初回訪問では、まずはサービス提供責任者がやってみて、ケア手順などを明確にしておく。
Eヘルパーと同行訪問。ヘルパーに利用者の情報を提供し、介護計画などについて説明する。利用者に紹介後OJTを行う。OJT(On-the-Job Training)であるから、研修報告書が必要となる。そうサービス提供責任者はヘルパーを育成する役割もあるからねぇ・・・なんでもいかんでもあるからw。
F毎月月末には、実績をまとめ担当の介護支援専門員へ渡す。
G事業所によって異なるが、給付管理を行う場合もある。
H定期的に利用者宅を訪問しモニタリングを行い、計画の変更の必要性を検討する(必要な場合には担当者に助言する)。
I利用者の認定期間終了時には、居宅サービス計画書が更新される。
Bにもどり、再アセスメントを行う。この工程は終了になるまでくり返されることになる。

J利用者からの申出により事業所変更の希望があった場合や、長期入院や永眠された場合、そこでサービス終了となる。

佐藤は説明後、平成30年に改正された「居宅サービス等の事業の人員設備及び運営に関する基準」を資料として示し、特にサービス提供責任者に知っていて欲しい箇所を選択しながら説明した。ふう、これは、佐藤と参加者のため息なのだ(笑)。

本来で有れば、皆さん一人ひとりが、サービス提供責任者の職に任命された(した)ときに、管理者から、その仕事内容と仕事の進め方についての案内があることが望ましい、いやしない方がどうかしている。まぁされたとしてもピンと来ないかも知れないが。

それでも皆さんは熱心に佐藤の説明に付いてきてくれて、しきりにマーカーを入れたり、大きくうなずいていたから、多くは自分のやるべきことがわかっているようだ。

さて、午前中の講義演習は終了。

午後からはいよいよ事例をひもといて、ヘルパーのしている支援とは何か。訪問介護計画書を作成する。さぁて、あのハンバーガーにまた挑戦だな(笑)。


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●キリーズ・フレッシュのアボカドバーガー・・・でかい●



3.各手順について/ICFを活かした情報把握(アセスメント)・生活課題の特定など
平成26年の社会保障審議会介護給付費分科会では、居宅サービス事業所が果たす役割として、利用者の「心身機能の維持向上・活動の維持向上・参加の促進=家族介護者の負担の軽減」などが打ち出された。その結果、平成30年度には、自立生活支援・重度化防止に資するサービスを提供したら、インセンティブ(ご褒美💛)をつけるという議論がなされている。

この、「心身機能・活動・参加」とはICF(国際生活機能分類)で使われる言語である。佐藤は、このように、国がサービス提供事業所が果たす役割を明確化したのであれば、あらゆる計画の中で、生活機能が維持向上しているという評価ができる内容としている必要があると思う。

例えば、居宅サービス計画書である。

国は、すでに医療・福祉・保健の専門資格を持っている介護支援専門員が、それぞれの専門分野に偏ることなく、支援に必要な情報を収集できるようにと、「課題分析標準項目」を示している。でもインプットは統一してはいるが、課題抽出方法については、「このようにする(してくれ)」というアウトプットのやり方は示さなかった。

そこで、すでにサービス提供事業所側は、ご存知のように介護支援専門員のプランが統一性に欠けてしまうのである。

そこで、佐藤は、アウトプット(課題)をこの国際生活機能分類の言葉を利用することをずうっと提案し続けている。

すなわち、利用者の「心身機能に関する課題」「活動に関する課題」「参加に関する課題」「環境(家族や地域など)に関する課題」という具合に常に課題は4つとするということである。そうなれば、おのずと評価もしやすくなるというものだ。ハハハ。



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●シャジー君も応援に加わる●



そこで、ここでは、皆さんに演習用に用意した紙を利用して、「成城さん事例」
をひもときながら、ヘルパーのしている支援を「心身機能」「活動」「参加」「環境」に振り分けていただいたのであった。

(介護業界のブラック・ホールから、「君はしたい派かね?する派かね?」とか、「その人らしく云々」という、無責任な声が聞こえて来ても耳を傾けてはいけないのだ。)

さて、手法はというと、佐藤が用意した「成城さん物語」を読み、参加者はその物語を目で追いながら、下線などを引いて、心身・活動・参加・環境と書き入れ、解答用紙に転記していくのである。まずは自分で考えて、次にグループで考え、最後にホワイトボードに書き出して頂いた。

もちろん、生活機能はお互いに相互関係があるために、「これは活動」「これは参加」と明確に分類できないモノも多々あるだろう。それはそれで自分のとらえ方として、○○という理由から活動あるいは参加を選択した、など。その理由を伝えられれば良いのである。


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●事例検討で訪問介護計画を作成●



佐藤はホワイトボードに書き終わった頃、解答例を配布した。いやはや、さすが現役の皆さん。佐藤が見落とした内容もあるため、佐藤はその部分を解答例に追加をして頂いたしだいである。

さてさて、最後は、訪問介護計画書である。

これもあらかじめ、佐藤が作成した帳票を用いて、皆さんに空白の部分を埋めて頂くというモノ。その帳票には、課題(居宅サービス計画書の短期目標)と、訪問介護の目標を記載している。皆さんには具体的なサービス内容を書いて頂くのだ。

再度伝えるが、項目は4つだ。

心身機能に対する具体的なサービス内容・活動に対する具体的なサービス内容・参加に対する具体的なサービス内容・環境に対する具体的なサービス内容である。まぁ必要な援助をNo.を用いて箇条書きに書いて頂いた。

その後、グループ討議をするときには、皆さんに持参して頂いた、各事業所の帳票類や計画書を参照しながら、情報交換を兼ねて語り合いをして頂いたのだ。

そして、最後に佐藤が作成した解答例を配布して解説を行った。すると、会場からは、すごい、なるほど、こう作れるといいなぁ、などの感想が聴こえて着た。

そこで佐藤は、皆さんの所には介護ソフトが導入され、そのソフトを利用して計画を作成していると思うこと。ソフトを変えることはお金もかかるので大変であること。そこで、せめてケア手順を書くときに、今回の活動や参加及び環境に対する支援を意識して書いて欲しいと言うことを伝えた。

佐藤は演習の間に、皆さんの各テーブルに入って、持参された帳票を見せて頂いた。そこにはサービス提供責任者の経過記録の様式があり、サービス提供責任者がプロセスを管理している用紙が記述されていた。また、ケア手順では、それはそれは細かな手順が示されており、これならば利用者もヘルパーさんも安心するのではないかと思われた。

また、これ以前に世田谷区の研修で伝えて来たことが、実際に利用され、記録が蓄積されているのことを実感できてと良かった。佐藤は伝えるのが商売である。皆さんは実践するのが商売と言えよう。まさに実践とは毎日のことであり、大変ある。どうか自分の身体を大事に取り扱うこともお忘れ無きよう、引き続き活躍を祈念したい。

皆さま、くれぐれもご自愛ください。


(To Be Continued!)
posted by さとうはあまい at 16:11| 東京 ☁| Comment(0) | 研修会のツボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月22日

奮闘記・第1084回 研修会のツボ/東京都

●2019年● 東京都町田市

町田市・町田市介護人材開発センター・共催

対人援助職に必要な能力
2019年度 相談援助研修・初級編(第3回)



3度目の報告で恐縮でありますが、町田市介護人材開発センターさんでは、町田市との共催で、町田市で働いている「相談援助業務」を行っている方々を対象に、スキルアップ研修を開催しているのだ。

この研修は全3回シリーズで行っており、今回はその第3回目、つまり最終回である(第1回目は、第1080回で、第2回は1083回にて報告済み)


さて、佐藤は、今回は時間が押していたこともあり、大國魂神社での茅の輪くぐりのあと、近場のコメダ珈琲店さんで昼食を済ませ、会場に入る前に、もはや恒例となった、町田健康福祉会館そばにひっそりと鎮座する、母智丘〈もちお)神社を参拝した。ふふふ、ひっそりの割には存在感が在り過ぎるのだが。


●いつもの立ち寄り地、大國魂神社の茅の輪●.jpg

●いつもの立ち寄り地、大國魂神社の茅の輪●


●お昼はコメダ珈琲店のハンバーガー●.jpg

●お昼はコメダ珈琲店のハンバーガー●


●本日も美しい母智丘神社の神明造りの本殿●.jpg

●本日も美しい母智丘神社の神明造りの本殿●



母智丘神社の境内にもある略記、及びホームページなどでは、この神社は、豊受姫大神を主祭神とし、大歳大神を併せてお祭りしている神社で五穀の神として崇められているという。

まぁ勧請してきた宮崎県都城市の母智丘神社は、豐受毘賣神大年神の表記であるが同じ神様である。本家はまさに火山の噴出によるのか、巨石群の中にうずもれていたりする。宮崎県らしいと言えばらしい神社である。

もともとは石峰稲荷明神という稲荷系のお社。豐受毘賣神 ・大年神の両祭神は明治になってから、地頭・三島通庸(みちつね)氏が荒れていた神社を再興し、合祀というかご祭神として届け出たものらしい。そりゃただのキツネさんというわけにもいかないのだろう。星の王子さまではないからな。

ちなみに「地頭」(じとう)とは、鎌倉&室町期に幕府が荘園・国衙領(公領)を管理支配するために設置した地頭職を指すと思われるが、もちろん明治期には存在しないが、江戸期でも地方の領主のことを地頭と呼んでいたというからその流れかと思われる。JRを国鉄というのにチトにているかも知れない(さして古くないか)。ハハハ。

さらに言うと、都城市の母智丘神社は、徳川時代中期頃までは、稲荷石とほら穴があっただけで、その後、お社ができたという。石器〜古墳時代を通じて人類が住居した遺跡がある場所にもかかわらず、「人格神」(人間体をもつ神)を必要としなかったのがいいな。

町田市の母智丘神社は、宮崎県都城市の母智丘神社のご分霊を勧請し(大正8年)、以後、いろいろ変遷を経て、近在の人々の崇敬を受けつつ、昭和21(1946)年・宗教法人の母智丘神社と改称し、今に至っている。

社殿は総檜、銅葺屋根で伊勢外宮に準えた唯一神明造の建物。神社の周囲は瑞垣とされ、透かし塀を以って囲ってあり、拝殿から、ぐるりと右奥へ回り込むと、その神明る造りを望むことができる。町中にこのような本殿を拝めるのはそうはないだろう。

佐藤は、拝殿前で手を合わせ、本日の研修の無事を祈願し、おみくじをひいた。

神の言葉が書かれ、つまるところ、
“こころを素直にし身持ちをただしくすればますます運よろしく何事も思うままになるでしょう。欲を離れて人のために尽くしなさい 大吉”
とありました。

そう、これで3連続の大吉ですよ。豊受姫大神は、わが研究所の守護神の1柱(もちろん、伊勢外宮のお札なのだ💛)でもある。


「長い」(笑)



むかし某県の神社の拝殿でご祈念をしていると、それを見ていた○潟天満宮の宮司の息子さんそう言われたことがある。もちろん大きなお世話である(笑)。

こうして、会場に入ると、すでに会場はできあがり、参加者も集まり賑やかであった。そして町田市の介護保健課の重鎮・高田氏も来ていらしていたので、あいさつする。

その後、町田市介護人材開発センターのボス・石原氏ともあいさつを交わした。石原氏は、私のブログを読んでくださり、「神社仏閣をまわるのが好きなんですか?」聞かれた。

佐藤は、あちこち出向いたときにその土地の文化や伝統を知ることで参加者と語りやすくなること(ホント)。研究所のひゃ〜参謀が熱心に調査して来ては、勝手に(笑)ブログにあげていることを伝えた。

ちなみに佐藤は、「神社検定参級」保持者なのである(実は忍者検定という噂もある)。


さてさて、話を研修に戻そう。

今回、研修開始時に町田市から報告があった。東京都では、介護支援専門員が主任介護支援専門員の研修を受講するためには、各市区町村より、推薦を受ける必要がある。

そこで、町田市では、推薦するにあたり、受講希望者を募り、希望者には試験と論文提出を課していた(ちなみに佐藤が担当しているこの研修も主任介護支援専門員になるための過程でもある)。

高田氏からは、今年度は、30名強の応募があり、17名の方を都に推薦できたという報告があった。推薦を受けられた方々。おめでとうございます。

今後は新たな研修もありますが、1つひとつが、自分を磨き上げるツールと思い、前向きにチャレンジしてくださいませ。なんせ、宝石は磨き続けることで輝きを増すものでもありますから。


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●町田市介護保険課より主任介護支援専門員に関する報告があった●


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●研修開始●



■研修で行ったこと
(1)相談員の役割を体験から相談援助の展開(他者と語ろう)
(2)相談面接の実践。語り・記録し評価する
(3)総評



この研修は、佐藤の持ち時間は2時間だが、連絡事項があると時間が少なくなるのよねぇ、講師側もやりたいことがいっぱいある。でもしかたがないんだけどね(笑)。


1.相談員の役割を体験 〜相談援助の展開(他者と語ろう)〜
介護支援専門員をはじめ、相談業務につく人々は、相談面接の目的としっかりと理解している必要がある。

相談面接には、ただのコミュニケーションや意思疎通をはかるための代物ではなく、それを行う目的がある。その目的をきちんと認識していないと、その役割を十分に発揮できずに、かえってのちのちに自分が困ることになりかねない。

ただし、この目的は、それぞれが独立しているというわけではなく、相互に重複しているモノ。だから、相談面接を行いながら、自分はどの目的を果たしている段階なのかを認識している必要があるのだ。

まぁ、いうなれば、自分の相談面接場面の天井あたりに、自分の姿を客観的に捉えるビデオでも設置するようなモノかもしれない。また、相談面接の場面において、相手の趣旨に振り回されないためにも、自分で「今回の面談」の目的を設定していくと良いと思う。

◆相談面接の目的
@援助関係を構築する。
相談面接を行うためには、利用者や家族との専門職業的援助関係が不可欠であり、この関係を確立することが初期の面接での最大の目的となる。もちろん、この専門職業的援助関係は相談面接のためだけではなく、ケアマネジメント過程のすべてにおいて必須のものである。

A情報を収集する。
利用者が抱えている問題解決を援助するためには、それに関する情報を収集し理解する必要がある。この目的は、アセスメントの段階が中心になるが、すべてのケアマネジメントの過程で必要なことなのだ。情報を収集するための質問と、利用者や家族からの応答を通して、利用者や家族が問題に関する理解を深め、その解決に向かって進んで行くことを可能にしていく。

B問題解決に向けた援助を行う。
問題解決に向けた援助は、主にアセスメントケアプランの作成および実施、モニタリングにおける面接で行われる。利用者が自分の抱える問題を認識し、その解決に向けてどのような方法で対応するのかの決定を支援する。そして、その問題解決への対応がスムーズに進むように、利用者の環境を整備していく。同時に、専門的職業援助関係を基礎として、利用者が、自分の持つ問題解決能力や適応能力等を回復し、また向上できるように援助する。


2.相談面接の実践。語り・記録し評価する
ここでは、参加者の協力を得て、佐藤がこれから行う演習のデモンストレーションを行った。協力者はZ原さん(仮名:名前を公表して良いか聞かなかったw)。

なんと、彼女はこの研修のリピーターで、昨年に引き続き参加してくれている。この研修は、佐藤が以前、島根県の介護支援専門員の更新・専門研修などで行ってきた、一連のワークショップものである。当時も参加者から、「見本がみた〜い」(そんな甘ったれた言い方はせんがw)との声もあったことから今回も実施してみたのだ(笑)。

実は、これって、結構緊張するのだ。なんぜ、参加者は現役のプロの方々(都合上、ニンジンやカボチャと思ってくれとは言うがww)である。失敗はできんからね、ひゃ〜いだ。

さて、話す話題は「幼かったころの楽しい思い出」である。


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●参加者の協力を得てデモる●



佐藤:「さて、今回は、急にこのようなデモのお手伝いを依頼しました。きっと、協力してくださると思いますので、よろしくお願いしますね」

Z原:「はい。よろしくお願いします」

佐藤:「では、Z原さんの幼い頃の楽しかった思い出をお聞かせください」

すると、彼女は開口一番、
Z原:「私には楽しい思い出が無いんです」

と答えた(キタ〜、いきなりかい!)
とは、いや〜そこから無いとはな! 佐藤の心の声であった。

佐藤:「えー、楽しかった思い出が無いんですかぁ。それはなぜですか?」

Z原:「それはピアノをやらされていたからです」

佐藤:「ピアノ? なぜ、ピアノ?」

Z原:「それは当時ピアノが流行っていて、母が私にさせたくて無理矢理やらせたんです」

佐藤:「ということは、家にピアノがあったんですか?」

Z原:「そう、ピアノがありました。私が練習しているそばで母が仁王立ちして見て(聴いて?)いるんです」

佐藤:「なるほど、練習しているそばで仁王立ちして観ているとか。それは大変だぁ」

Z原:「そう、だからピアノは苦だけで、ちいとも楽しくなかったんです」

佐藤は、この段階から、ピアノについて、彼女が負の感情しか表現しないことを何とかプラスの表現に変えて行きたいと考えた。それで、家族状況などを伺いながら、さらに話を展開していく。

佐藤:「ところで、ピアノをやっていて、楽しかったこともあったんじゃ無いかしら? 例えば、発表会なんて。どう?」

Z原:「ああ、そうですね。発表会は良かったですねぇ〜」

佐藤:「(良かった!)なるほどね。舞台の上にピアノがあって。そこにおしゃれをしたZ原さんが座り、一生懸命練習した曲を弾く。そして終わると、まあ、これはお決まりなんだけど、奥から花束を持った方が来て花束をプレゼントしてくれる。その時の気持ちは・・・」

Z原:「そうですね。気持ちは良かったですよ」

ほっ! 少しは良かったことを思い出してくれたようである。
さらに佐藤は質問を続ける。

佐藤:「3歳から始めたピアノ。好きでもなく、楽しくもなかったことを、大学まで続けていたのはなぜなのかな?」

Z原:「私、中途半端は嫌いなんですよ、ええ。やるならとことんやるというか・・・」

佐藤:「なるほど、それって、幼い頃の仁王立ちのお母さんに負けたくないという気持ちが芽生えたのかしらねぇ」

Z原:「あ〜、確かに私負けじ魂強いですね(笑)」

佐藤:「ははは。それでその、(ピアノで)1番好きな曲はなあに?」

Z原:「それは、羽生選手がスケートで踊った曲です。私、最後の発表回で弾いたのですが、もう、あがっちゃって、ゆったりしたバラードのはずが、手指が先へ先へと走ってしまい、上手く行かなかったんですよねぇ・・・」

佐藤:「まあ、それは残念! そんでお母さんは喜んでくれましたか?」

Z原:「ええ(笑)、大学を卒業したときは、喜んでくれました」

佐藤:「それで、お母さんは何していますか?」

Z原:「母は、数年前に無くなったんです」

佐藤:「まあ、それば残念でしたね。それでその時はお母さんには《ありがとう》は言えたのかな?」

Z原:「ありがとうですか? 言えませんでしたねぇ・・・」

佐藤:「どう、いまなら言えそう」

Z原:「そうですね。言わないといけませんね!」

佐藤はさらに話を進め、今後の豊富などについても聞いてみた。すると、地域に根ざしたことをしていきたいとしっかりと口調で話してくれまた。

相談面接はこれにて終了。


面談の時間は8分でした。会話終了後、佐藤は彼女に感想をたずねた。Z原さんは、昨年同じ演習をしたときに、同じように「楽しかった思い出はない」と答えたら、聴き手の方はフリーズしてしまったそうな。

それで、うまく会話にならなかったという。今日は、「質問の仕方で、(相手の)答えも変わってくるんだ」と言うことを体験でき、楽しかった。それに昔を思い出せて良かったと笑顔で話してくれた。

さてさて、傍聴された皆さんはどのように感じたであろうか?
ということで、ここからは皆さんが主役である。


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●グループワークがスタート●



▼演習の目的
受け手が「十分に話を聞いてもらえた」と実感を得られること。

▼登場人物
聴き手 1名
受け手 1名
書 記 2名 ※@聴き手の語りを書記する。A受け手の語りを書記する。
観察者 2名

▼紙の取り扱い(参加者には前もって、A4判用紙が4枚配布されている。)
その白い紙4枚にそれぞれ自分の名前を書く。その紙は、自分が聴き手になったときに、書記及び観察者の方に1枚ずつ渡す。

▼演習問題
今回の演習課題は、「将来の夢」です。それは仕事でもプライベートでも構わないので、聴き手は相談援助技術を駆使して、受け手と「将来の夢」について語り合う。

▼時間配分
語り合い8分、グループ内振り返り2分。合計10分。


●援助関係を構築する佐藤●.jpg

●援助関係を構築する佐藤●



▼注意事項
受け手の方:聴き手(相談員役)の問い合わせに答える。その時々で話し安い場合は、話を続けて構わない。また、話したくない部分は伏せてもよい。ただし、なるべく聴き手に協力的な態度で応じること。

聴き手の方:8分間の内で、@援助関係を構築しながら、A情報収集を行い、B解決に向けた援助を行うこと(受け手が十分に話せた、あるいは聞いてもらえたという気持ちになれるように展開すること)。
書記の方 1:聴き手の話す内容を書き留めること。
書記の方 2:受け手の話す内容を書き留めること。ため息や笑い、感情表現なども書き留めておこう。
観察者の方:それぞれの視点で、効果的な質問や、態度行動で、良い所を書き留めておく。また、この部分はこうした方が良いのではというところがあれば助言を書く。

佐藤がその都度、「はじめてください」と言い、「終わり」の合図で終了し、振り返りを行う。最後に、書記と観察者の方の記録用紙を聴き手に戻す。

こうして、グループごとの演習が始まった。

はじめは、佐藤の説明が理解できなくて戸惑っていたグループもあったが、佐藤がグループに伺い演習方法を伝えると、理解して、演習をはじめることができた。


佐藤は、例のごとく《ぶたさんのタイマー》を抱えて、各グループをまわった。そして、聴き手に気付かれないように、聴き手の後方にいすを置いて、「ふたりの話」に耳を傾ける。もちろん、受け手やグループメンバーには佐藤の存在がばれているのだが(笑)。

でも、聴き手は、それどろこではない。
皆さん真剣に、受け手に質問をしている。中には、話しをどうやって展開しようと迷ってしまい、上手く質問ができない方や、聴き手が問いかけてもいないのに、自分のステージを繰り広げ話し続ける受け手などもいた(笑)。

佐藤は、その都度、そのメンバーや聴き手に助言をしてまわった。すると、佐藤の助言に涙ぐむメンバーもいて・・・・、おいおい私がいじめているように見えるじゃないかぁ。

その方は、ひとこと「私、いつも、うまく聞き出せないんです」とつぶやいた。こちらは演習を進めなければならんし、取り合えず、その場は先へ進んだ。

●会場は皆さんの熱気に包まれた●.jpg

●会場は皆さんの熱気に包まれた●


●聴き手の後ろに忍びこみ?話に耳を傾ける佐藤●.jpg

●聴き手の後ろに忍びこみ?話に耳を傾ける佐藤●



そして、研修終了後、佐藤は片付けているその方のそばへ伺い、「先ほどはごめんなさい」と謝った。

すると、その方は「いいえ、先生に気付いていただけただけでありがたかった」とまた涙。そして、「泣くなんていけませんよね」というので、「自分の感情をはき出すことは必要なこと。今は泣いて構わないから。我慢しないでね」と背中をなさすると、さらに涙があふれていました。

実は、これも相談面接には必要な技術でもある。相手の感情を表出させること、そうすると、その後は結構すっきりとして現実をみられるようになるからだ(むろん、そうでない者もいるから注意)。

私が、参加者全員の面接技術をみてあげることは不可能だけど、各グループメンバーはお互いの能力を頼りに演習に取り組み、最後は笑顔で終了することができたようだ。

これにて、佐藤が関わる研修は終了した。



●すべての研修を終えて講評する佐藤●.jpg

●すべての研修を終えて講評する佐藤●


●講評を見守る石原さん(三連続)●.jpg

●講評を見守る石原さん(三連続)●



皆さんにはこのあとさらに中級の研修があり、また、メンバーとの再会を楽しみにし、ご活躍くださいませ。

今月末は、いろいろな神社で大祓の儀が行われている。まぁ特にどの神様や仏様というのがないかたならば、お近くの神社で茅の輪くぐりなどが行われていたら、参加してみてはいかがでしょうか。ごっそり厄が落とせるかも、知れませんよ(取り扱い注意)。

ではまた! 皆さまご自愛ください。


(To Be Continued!)

posted by さとうはあまい at 12:24| 東京 ☁| Comment(0) | 研修会のツボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月04日

奮闘記・第1083回 研修会のツボ/東京都

●2019年● 東京都町田市

町田市・町田市介護人材開発センター・共催

対人援助職に必要な能力
2019年度 相談援助研修・初級編(第2回)


町田市介護人材開発センターさんでは町田市と共催して、町田市で働いている「相談援助業務」を行っている方々を対象に、スキルアップ研修を開催している。

この研修は全3回シリーズで行っており、今回はその第2回目なのだ(第1回目の内容は当ブログ・第1080回で報告済み)。

さて、研修会の前に町田市内で昼を頂き、神社にもまわってみた。そこで江戸時代までの町田の歴史をさらっと書いてみたい。あまり真面目に読まないように(笑)。


●昼は市内のSALVATORE CUOMO & BAR 町田で頂きました●.jpg

●昼は市内のSALVATORE CUOMO & BAR 町田で頂きました●


●今日も町田市福祉会館が会場です●.jpg

●今日も町田市福祉会館が会場です●




これらの歴史が今の町田市の文化・風土の育成されて行く上で、多少なりとも繋がっていると考えるのだ。

町田市は、旧・武蔵国多摩郡の南端に位置している。645年に起きたと噂される乙巳の変(いわゆる大化改新。でも実態は不明)で、政権は全国を支配する体制を整えると言いはり、地方をそれぞれ国に分けた。現・町田市はほとんどが武蔵国に含まれてしまう。

1335年、北条時行ら北条氏が中先代の乱を起し、町田村の井出の沢の戦いで足利直義を撃破し、院政期に市域には小山田荘になる。古代から、鎌倉・院政期まで戦乱が続くと、村(当時は町田村)としても戦いに嫌気がさしてくるに違いない。

それらの史跡が誇らしげに語られ、武神が神社に祭られている八王子市近辺とは違い、戦禍で焼失したにしても、武将たちの名前や事件さえ語られないのは対照的だ。だから八王子の史跡郡と町田市の歴史が容易に結びついて来ないのだ。

16世紀末・天正年間には、町田村が農地拡大のために近隣を開拓し、「原町田村」として分村する。後に「本村」の町田村を「本町田村」と村名を変更することになる。やはりプライドがあったのだろう。

江戸時代初期では、ここらの村の多くは幕府直轄領(天領)である。しかし数度の地方直し政策で、江戸中期までに旗本知行地となってしまい、多くが旗本数家あるいは幕府等との相給となり、幕末期、幕府直轄領の村は韮山代官の支配下になる。まぁ幕府も大所帯になり、旗本にあげる土地がここらへんくらいしかなくなったのだ。

幕末の旗本は、もはや家康のころの旗本三千騎と言われた「武装集団」ではなく、読み・書き・そろばんが求められる「能吏」(行政手腕のある役人)の片腕となる官僚的な人物が揃えられていたのだ。だから、あっさりそれはそれは、あっさりとペリーの脅しに屈してしまうことになる。その代わり、近代的な官僚制度にはすぐに移行できたともいえる。

さて、時代を越え、佐藤は研修に先立って、町田天満宮を参拝した。

研究所のはぐれ旗本・ひゃ〜参謀のリサーチによると町田は、あの菅原道真公の信仰を中心に団結し、お仕えしていた人々の地である。菅原道真公をお祭りしている神社が三社ある。いや他の神様が見当らない。

もともとは多摩は中臣氏が治めていた地であり、北野天満宮から道真公を勧請してくるのは不思議ではない。

町田天満宮のホームページによると、創建は、谷保天神などを中心とした武蔵国の天神信仰の流布により、京都の北野天満宮より戴いた菅原道真公の尊像を家の守り神としてお祀りしていた云々とある。

先に書いたように、天正10年(1582年)に原町田村本町田村と分かれて独立する。分村で原町田地区の神社がなくなり、加えて農民一揆が各地で起こるなど、農民の領主に対する怒りが鬱積していた時期でもあり、それに拍車をかけることになる。

当時、この地域の領主・北条氏輝氏照の間違い?わざと?)の社寺政策によって村民を統治しており、元々古い祠のあったこの地にも菅原道真公をお祭りした。だから町田天満宮の起こりは天正年中の1580年前後と推測できる。

でも、もし北条氏輝が、氏照ならば、その後、豊臣秀吉の小田原征伐に遭い、天正18年(1590年)に切腹となっているのだ。これらの争乱でもやはり多摩全土が戦乱に巻き込まれている。

ここでまた、町田村の方々は戦さより学問を好む傾向が強くなり、文人の代表で有る道真公を主祭神とする神社が好まれ、戦さの神様で有る山王社飯縄社(戸隠)が摂社に収まっているのだと思われる。

資料が戦乱で焼失しても、古い年号が記されているのは、記録が「どこかには残ってはいる」はずである。武将名や事件を記さなくても、「年号」を書いておけば、わかる人にはわかるからだ。

相模から町田、八王子まで、古代から戦国時代まで、つねに戦乱の巻き添えになっている。

これらは、ほぼ戦乱の史跡を「残さない」町田市は、戦乱の史跡郡や武神を祭る神社が多彩な八王子市と比べて対照的な「反戦姿勢」であろう。同じように戦禍に見舞われた寒川神社のある神奈川県高座郡や相模原市もあえて戦乱期についての歴史は書き残そうとはしてはいない。もちろん隠しているわけではない。

町田について長く書いたが、この地域としての性格形成、今の「町田市」の文治的な、学問を好み、戦いを好まない性格が作られて来た重要な要素として、戦乱が頻発した地域であることは頭に置かねばならないからである。

だからこそ、好戦的な「東京都の一員」としての位置付けなど、ハナから興味がないことが伺えるのだ。まぁ歴史好きのただの憶測かもしれないが優秀な能吏を多く輩出するのもうなずける。


さて、初めての町田天満宮である。

初めて参拝する神社では、自己紹介をして、こちらに来た理由をお伝えする。その上で、これから関わる人々と、長くつきあうことが出来るようにお願いをするのだ。

そして、社務所におかれているおみくじ箱からおみくじをひく。結果は大吉であった。争いを好まない神様に受け入れられて良かった。良いことがおきそうな予感がする。

その後、研修会場へ移動。もちろん、今回も会場のすぐそばにある母智丘神社を参拝。なんと、こちらでも大吉!その前に寄った大國魂神社から三連続である。好戦的なひゃ〜参謀は今回は全滅であった。どこかに豊国神社を探してみたが、かけらもなかった(あるわけない)。


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●良さげな神社を見つけた喜び(町田天満宮)●


●会場の近所の母智丘神社にも参拝(大吉三連続!)●.jpg

●会場の近所の母智丘神社にも参拝(大吉三連続!)●



では、今回の研修会の具体的なテーマはこれだ。

「私のアセスメント・自己覚知」
〜他者と交流し、自己理解を深める〜


■研修で行ったこと
(1)自己理解
(2)他者理解
(3)エゴグラム・ストローク表の作成・解説



さてさて、今回の研修では「これなんださん」に登場して頂いた。正体は不明である(笑)。
佐藤と一度関わった方にとっては、すでに馴染みの「これなんださん」ではあるが、やはり初めての方には、衝撃的な出会いとなったようだ。

「これなんださん」のところでは、いつものように、ものの見方は人それぞれであるということ。だから、お互いに意見交換をすることが重要であると言うことを案内した。ハハン!



●前回の振り返りからスタート●.jpg

●前回の振り返りからスタート●


●資料を確認する参加者●.jpg

●資料を確認する参加者●


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●「これなんださん」が登場●




(1)自己理解
ここでは、自分はどのような人間であるかを箇条書きにして頂いた。今回はなるべく自分の良い所を書き出して頂くように説明した。

それでもまだまだ、自分をネガティブに捉えてしまう方もいるのだが、対人援助をする人は、可能な限り、物事をポジティブに捉えるようにした方が良い。

なぜならば、相手と関わるときにも、そういう方は、ネガティブな考え方が先行してしまうから。そこで、相手はそれほど悪く思っていないことでも、かなり重く捉えてしまい、


「こんなにしているのに、わかってもらえない」



なんてことをつぶやくことになるかも知れない。長所と短所は紙一重と言われるが、ネガティブさが思い浮かんだら、その反対側の言葉を思い描くことと良いかも知れない。


「こんなになってしまった・・・」→「このくらいで済んで良かった!」ってな感じ。


ポジティブさとは能天気の中にこそ、あるものなのである。


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●参加者の答えを見守る●


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●一人ひとりが考える●


●「大事なものは目に見えないんだよ!」(笑)●.jpg

●「大事なものは目に見えないんだよ!」(笑)●



(2)他者理解
ここでは、二人一組になって頂き、とある関わり合いを通して、相手に対してのイメージ「あなたはこのようなひとに見えた」を描いて頂くのだ。

ここでの関わり合いは、「お互いの幼かった頃の楽しい思い出を語り合う」というシンプルなもの。

佐藤が、演習方法を説明すると、皆さん二人一組になって、思い思いに語りはじめて行った。この速やかに演習に入れるあたりが素晴らしいと思う。

さすが、対人援助を生業にしている人々と言える。佐藤は12分を計った。本来は15分かけるのだが、そんなにかけなくても良さそうである。

案の定、12分経過し佐藤が「終了で〜す」と言っても皆さんは.話しが盛り上がり、まだまだ話したい様子であった。


そうそう、この演習は語り合った後が大事なのだ。


お互いに自分の名前を書いた紙を交換して、今語りあった他者について、「あなたはこのように見えた」というイメージを箇条書きで書く。可能であればその理由も沿えて、である。

その後は、今書いた内容を相手に伝える。はじめに二人でじゃんけんをして勝ち負けを決めて頂く。そして、勝った人が、負けた人に、今書いた言葉をなるべく紙を見ないで直接伝える。負けた人は、相手が何を言っても、「ありがとうございました」と感謝を伝えるのだ。

佐藤が説明し終わると、会場がざわついた。

どうやら皆さんは、自分が思い描いた他者のイメージを、文字ではなく、直接言葉で伝えるのが恥ずかしいらしい。さすが文人の子孫である(笑)。

そう、我々は自分が感じたことを素直に表現することが苦手なのだ。さらに、言われる方は、どんなことを言われても、素直に受け取るのって、まぁ結構難しいのだ。

たった、これだけのことなのだが、「伝え合いの場面」に、会場は多いに盛り上がり、笑いの渦に埋まっていった。中には、他者に言われた言葉に涙ぐむ方もいたり・・・。

そう、その涙は、嫌なことを言われた悔し涙ではなく、自分のことを理解してくれたという感激の涙なのである。まぁ言うなれば、「よくまあ、そこまでわかってくれましたねぇ・・・ううう」ってことかな。


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●ん?何か問題でも(笑)●



(3)エゴグラム・ストローク表の作成・解説
最後は、交流分析のツールを利用して更に自己理解を深めて頂いた。
ここで使用するのは、ご存じ(株)ヒューマンスキル開発センターさんの心理テスト「エゴグラムとストローク表」である。

我々が描く、自分とはこういう人間だとか、あなたはこのような人だというそもそもの判断基準は何処にあるのであろうか。逆に、我々一人ひとりの価値観や、ものごとの見方やとらえ方考え方は、いつ身についたのであろうか。

それは、紛れもなく、我々が育って来た環境の中にある。

すなわち、お父さんや、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、そしてその地域の文化や伝統などの影響を受けて身についたのである。

佐藤は、皆さんにエゴグラム・ストロークの図表を作成していただいた後、資料を用いてそれぞれの傾向性を解説していった。もちろん、エゴグラムも、ストロークも現在の皆さんの図表である。

この図は、おかれた環境によって大きく変化するので、今回の結果がすべてではない。ただ、そういう傾向があるという気づきだけで良いのである。

エゴグラムについては、解説の中にある「負の部分」に自分でも気付いていて、そこを何とかしたいと思うのであるならば(それを行動変容という)、今回のテストで「0」や「1」しか入れられなかったところを意識して行動してみるといい。

あるいは、グラフの中で突出している部分が、PやCの部分であるならば、それら突出した問題に「3」と書いた部分を意識して、それらの行動をやや抑え気味にしても良いであろう。いずれにしても、エゴグラムは、Aを真ん中になだらかな曲線が良いと言われているのだから。

さて次は、ストロークに付いてである。

ただ、ここの解説は、佐藤の時間配分ミスで、時間がたりなくなってしまった。ごめんねぇ。

ストローク図表は、自分自身の存在価値、あるいは他者の存在価値をどのくらい大事に捉えているかを測るツールなのだ。

佐藤はグラフを用いて、他者とかかわる傾向性について、自分が今いる環境の中で他者とどのようにかかわっているのか。また、自分が、他者からどのように捉えられていると感じているかなどをグラフの傾向を見ながら説明した。

三番目の柱は、自分自身へのストロークについて。これは自分自身が、どのくらい自分のことを大事にしているかを客観的に把握している。佐藤は、ここでは、ワイングラスの絵を描いて、自分自身が自分自身の存在を大事にし、その存在価値を満たすことで、はじめて援助が成り立つとことを話した。

例えば表面張力しているグラスに、ワインを一滴加えると、グラスからワインが滴り落ちる(実際は口から迎えに行くがw)。実は、この滴り落ちる部分が「対人援助」なのである。

だから、対人援助を生業にしている人は、せめて、自分自身の存在を、自らがないがしろに扱ってはならないのである。

では、どうすれば、自分自身の存在価値を自分が認められるようになるのか? それは、毎日3行日記を書く、しかもできたことを思い描いて記録する。できないことを書くと真言密教の呪文のようになり、苦しくなる(こともないか)。

また、ある時は、他者から評価を得ることも良い。そのためには、自分から、他者に「いかに頑張っているか」を伝えたり、「自分の事をどのように捉えているか」などを聞いていく勇気も必要なのだ。

この自分から他者に評価を求められるかどうかは、グラフの1番下の「ストロークの求め方」にあらわれている。ここが、少ないのは、他者に聞くことが、恥ずかしかったり、どうせ良いことは言われないから聞きたくないと思ったりする気持ちのあわれでもあるからだ。

これらの考えや気持ちは、どこから来るかというと、それは、幼い頃に親や、まわりの大人達に、気持ちよく相手をしてもらえなかったという経験から来るものかも知れない。

例えば、自分が、テストで良い点を取った時に、「ほら、すごいでしょう?」「ねぇ、見てみて」と関わりを求めた時に、

「すごいじゃない」「頑張ったものね」とか、「ガッテン承知」(?)などと言われた経験が無く、

「なんだ、あと20点取れば100点じゃないか。もっと頑張らないと」「だめ」「あとで」「今更、何言っているの」などと、かかわりを拒否をされた経験があるからかも知れない(最初のやり方は超一流のアスリートなどには有効な手法とされる)。


●エゴグラムの解説をする佐藤●.jpg

●エゴグラムの解説をする佐藤●



いずれにしても、自分はもう相手をしてもらえなかった子どもではなく、大人なのだ。だから、もはや親や周囲の人々に振り回される存在では無いはずだ。だったら、他者が、受け取りやすい時を見計らい、他者と関わって評価を得ても良いのでは無いだろうか、と思うのだ。

ストローク図表は、概ね10ポイント以上あって、なだらかに縦線が出来るのが望ましい。余り凸凹していないことが望ましいのだが・・・。

このストロークについてはもう少し説明したかった。その分、資料には丁寧に解説してあるから、どうか残りは後自分で分析して見て下され。

最後に、再度、「これなんださん」に登場して頂いた。この最後の大どんでん返しは、結構インパクトがあるようで、皆さんがハッとする瞬間でもある。我々も日々変化しているのですから、毎日を新鮮な気持ちで過ごさないと、もったいないと思う(笑)。


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●「ボア」(「これなんださん」)再び●



さて、次回は、6月20日でね。いよいよ、梅雨の季節を迎えます。ある意味、ちゃんと梅雨がくればいいのですが、今の日本は何が起こるかわかりません。体調を崩しやすい季節に変わりはないので、皆様、ご自愛くださいませ。

ではまた!


(To Be Continued!)
posted by さとうはあまい at 11:40| 東京 ☀| Comment(0) | 研修会のツボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする