2018年10月30日

奮闘記・第1068回 研修会のツボ/新潟県

●2018年● 新潟県長岡市&新潟市


新潟県ホームヘルパー協議会

《訪問介護計画作成研修(怒涛の前期研修)》



皆さま、お元気でしょうか。暖かい(?)新潟から帰って参りました。でもなんか物足りない。さてなんだろう? 
こう、なんというか・・・。あれよあれ!なにかが足りない。ドカっと・・・こう、いや止めておきましょう。
どうも言霊はこわい。来週早々にも・・・。うーん!


それはともかく、この研修は、新潟県からの委託事業として新潟県ホームヘルパー協議会さんが開催している研修である。

この研修の目的は『新潟県訪問介護資質向上推進事業は、介護保険制度における在宅サービスの中心になる訪問介護サービスの資質向上のため、現に訪問介護保険業務を行っているものを対象に、高齢者の多様化するニーズに対応した介護の提供のために必要な知識技術的に関する研修を行うものである。』としている。

佐藤がこの研修に携わらせて頂いて、はや10年余りが経過している。有り難いことである。当初、この研修は4日間の連続研修で新潟会場のみ。

その後、研修会場を長岡会場新潟会場の2箇所で開催することになった。もちろん、会場には、新潟県ホームヘルパー協議会の会員皆様をはじめ、会員で無い方も参加していた。

とは言え、年々4日間連続しての研修参加が難しくなっているとの意向を受け、今年は、前半2日後半2日間で行うことになった。もちろん、佐藤は、長岡駅から新潟駅を移動して計4日間(前・後泊を含め、6日間)連続して滞在することに変わりはない。ハハハ。


●JR長岡駅の良寛さんに再会!●.jpg

●JR長岡駅の良寛さんに再会!●


●長岡花火の花火玉、街中にいろいろなものがある(JR長岡駅にて)●.jpg

●長岡花火の花火玉、街中にいろいろなものがある(JR長岡駅にて)●



今回は前期研修の報告である。会場には、ホームヘルパー協議会の事務局を一手に引き受けている勢能さんが出迎えてくれた。どこの団体も、この事務局の力がないと研修は開催できないのだ。事務局は大切にしないとねぇ!

この研修では、参加者の方から1事例を提出して頂いている。勢能さんはその事例を取りまとめて佐藤に送ってくれ、佐藤は送られてきた事例を一つひとつ丁寧に読み込み、赤字で添削を行い、シュルシュルと当日持参した。

いや〜、事例といえど、皆さんが張り切って仕事をしていることが伝わって来る。佐藤にとってはかけがえのない、有意義な時間であった。

余談だが、せっかくの有意義な時間のあと、東京に帰って来ると、まぁ変なのに、某書類の文章を変なふうに書き替えられることがあって、晴れていた気分が塞いでしまった(笑)。そういうときこそ、「そうだ。新潟に行こう!」である。


●佐藤と応援する仲間たち●.jpg

●佐藤と応援する仲間たち●



さて、前期の研修は長岡会場新潟会場の順番で行われた。

◆前期研修で行ったこと

【第1日目】
(1)介護保険制度とサービス提供責任者の業務の理解
(2)訪問介護サービスの内容に関する管理及び指導業務(演習)
(3)訪問介護サービス内容(生活機能分類と訪問介護)

【第2日目】
(1)訪問介護計画の作成と展開(老計第10号について)
(2)緊急時対応と及びリスクマネジメント
(3)訪問介護サービス内容に関する管理及び指導業務(講義)


●長岡会場の研修風景●.jpg

●長岡会場の研修風景●



【第1日目】

1.介護保険制度とサービス提供責任者の業務の理解
訪問介護員であるならば「介護保険制度」について正しい知識を蓄えていて欲しい。そこで、はじめに、介護保険制度の歴史と、利用者さんが介護保険制度を利用するまでの仕組みを説明した。

@介護保険制度を利用するまでの道のり
ステップ 1
利用者が介護保険制度は申請制度により、利用する人々が、市区町村(保険者)に申請(利用を希望することを表明する)ことからスタートする。

申請を受け付けた保険者は、パンフレットなどを用いて、利用希望者に介護保険制度の仕組みを説明する(はず)。その上で、要介護認定を受ける必要があることを説明し、要介護認定申請書の提出を支援する。

ステップ 2
利用希望者は要介護認定の申請を行い、認定調査員による調査を受けた後、やがて(おおむね1か月)判定結果が届くのである。その要介護認定の結果は、新たな介護保険証と共に利用者に交付されるのだ。

その通知には、居宅介護支援事業所一覧(見たってわからんだろうに)が同封されており、介護保険制度を利用するためには、居宅サービス計画を作成する必要があること、その計画は居宅介護支援事業所の介護支援専門員が作成するので、自分で居宅介護支援事業所を選択するよう云々などと書かれているのだ。

ステップ 3
要介護認定が降りたのちには、居宅サービス計画を作成しないと介護保険はまぁ、利用できない。そのため、利用者は、居宅介護支援事業所に介護保険を利用したいということを相談する。現在は地域包括支援センターへの相談が多いようだが・・・。

相談を受けた居宅介護支援事業所は、介護保険の利用方法について説明し、介護保険制度を利用する意向の有無を確認する。

次に、介護支援専門員の役割について説明する。そして、利用者が居宅介護支援事業所を選択できるように支援するのだ(自社を選んで来たとしても、この時点で他の事業所も選択できることを説明しないといかんですよ)。

その上で、利用者の意向を受け、当該事業所の重要事項などを説明し、利用料金等について説明するのだ。

今は、居宅介護支援事業所の利用料金は、全額保険給付されているが、やがては利用料金が発生するような議論がなされているからね。お上は下々が困ることならなんでも導入するくらい考えておかないといけない。

本音はさておき、いくらかかるかをしっかり伝えないとね。もちろん、居宅サービス計画は自分でも作成できるということも説明しないと。

「ここまで」が利用者の介護保険制度を利用する際のいわゆる「入り口」の部分にあたる。

A介護支援専門員の役割
さて、新潟県が北陸地方ではなく、中部地方であるのと同じくらい、知っているようで、正しく理解されていないのが、介護支援専門員の役割ではないだろうか。でも岐、・・・やめておこう。

介護支援専門員は、利用者に居宅サービス計画を作成する。そして利用者とサービス事業所を結び付け、給付を管理するのが役割である。そこで介護支援専門員は、利用者等が市区町村へ「居宅サービス計画作成依頼書」を提出するように支援するのだ。

もちろん、市区町村への提出は利用者等の依頼を受けた介護支援専門員が代行できることを説明するのである。

市区町村へ「居宅サービス計画作成依頼書」が提出されると、担当する「居宅介護支事業所の名称」が記載された介護保険証が利用者宅に届くのである。結果、その居宅介護支援事業所が該当する利用者の給付管理ができるというか、まぁ「全振り」に近いのだが。

B居宅サービス計画作成の手順
契約が締結したら、介護支援専門員は利用者の家を訪問して、居宅サービス計画の作成方法について説明する。

介護支援専門員は、フェイスシートやアセスメントシートなどを用いて、国が定めた課題分析標準項目に沿って、利用者の現在の状態を把握する。

その上で、利用者及び、家族それぞれの困りごとを明確にしていく。そして、その困りごとをどうしたいのか? どうなりたいのか?の意向や要望を把握する。さらに、支援の専門職としての意見を伝え、それらをすり合わせて、生活全般の解決すべき課題を導き出すのである。

実は、この課題を導き出す方法が、介護支援専門員によって様々なのである(またはデ●ラメとも)。

なぜならば、国はインプット(課題分析標準項目)の内容は統一したが、アウトプット(課題を導き出す視点)を統一しなかったのである。わが国は全く・・・。

ここで、佐藤は、平成14年に「かなりわかりにくい」が、一応日本語訳にはなっている「生活機能分類」について説明した。まぁ聞く耳はともかく、この訳がもっとわかりやすかったら、もう少し普及していたかも知れない。

さて、平成27年度の介護報酬改定において、居宅サービス事業所が果たす役割として「心身機能の維持向上」「活動の維持向上」「参加の促進」生活援助(家事代行)介護負担の軽減が示されたことについても説明した。

であるならば、「生活全般の解決すべき課題」 「心身機能の課題」「活動の課題」「参加の課題」「環境(家事代行・家族・地域)などの課題」と分類することで、アウトプットが統一できるのではないか?と説明した。

さてさて、こうして「生活全般の解決すべき課題」を明確にしたのちには、「長期目標」を設定し、長期目標を達成するために「細分化された短期目標」を設定するのだ。

そして、その短期目標を達成するために「必要なサービス内容」を導き出す。その上で、そのサービス内容を担当するにふさわしい「サービス種別」を選出するのである。

介護支援専門員は、この時点で利用者に「サービス事業者一覧」などを示し、利用者がサービス事業者を選択できるように支援することを説明した。

いや〜、利用者がサービスを利用するまでは、このように本当に長い道のりがあるんですよ。お上は、よほど「使わせたくないんじゃないか?」と思ったほど。

でも、「持続可能な介護保険制度について、(少しでも)念頭にありましたか?」と聞いてみたくなるほど、ジャブジャブと介護保険を使わせたんだから、「使わせたくない」わけではなかったのだろう、ただ、医療保険の二の舞になっただけで・・・。

さてさて、利用者がサービス事業者を選択したら、介護支援専門員はその事業者にサービス提供が可能か否かの問い合わせを行う。

訪問介護事業所では、サービス提供責任者(サ責)が受託可能かどうか、「サービスの申し込みにおける調整」を行い、受託の可否を担当の介護支援専門員へ伝える。そして、受託可能な場合には「居宅サービス計画(原案)」を提示して頂くのである。

Cサービス提供責任者の役割
C−@サービス内容の説明及び選択に資する援助
さてさて、ここからがサービス提供責任者の業務と責務の説明である。
ここからは「居宅サービス等の事業の人員設備及び運営に関する基準」を用いて説明した。

本来であれば、管理者がサ責をはじめ、訪問介護員へ説明する責務があるのだが、なかなか浸透していない。まぁ無駄かも知れないが管理者の責務を全うして頂きたいと切に願う次第である。

居宅サービス計画(原案)を受け取ったのちは、利用者に事前訪問を行うための連絡を取る。そしてサ責として事前訪問を行い、利用者の選択に資する援助を行うのである。

サ責は、事前訪問にて重要事項説明書などを用いて、訪問介護の人員やサービス内容及び費用について説明を行い、利用者の選択に資する援助を行う。その上で、利用者からの選択(契約)を受けて、訪問介護計画の作成方法を説明するというわけである。

C−A訪問介護計画の作成の手順を説明する
サ責は、居宅サービス計画内で、提供された「サービス内容」に沿って「利用者のしていることやできることできないこと」を利用者と共に明らかにする(アセスメント)

そして、ヘルパーが行う「具体的なサービス内容(援助方法)」を明確にする。その上で事業所へ戻り、訪問介護計画を作成するのだ。

Dサービス担当者会議へ参加する
そして、居宅介護支援専門員が開催するサービス担当者会議に参加し、他のサービス事業者と情報を共有した上で、居宅サービス計画の承認が行われる。

サ責が、サービス担当者会議へ参加するのは責務のひとつである。ただし、サ責がサービス担当者会議へ参加しても、そのための介護報酬なぞはついていない。だから、会議は速やかに進め、スルスルと迅速に終了して頂きたい。

そのためには、事前準備が必要となる。

そこで2回目以降は、モニタリング後、担当ヘルパーとケアカンファレンスも行い、短期目標の達成の度合いをなんとか把握し、居宅サービス計画が更新されるように支援する必要がある。

そこで、モニタリング時には、利用者の「心身機能」「活動」「参加」「環境」について情報をまとめて参加するように心がけることを伝えた。

なんせ、生活機能を意識しないと、医療関係者に忖度し過ぎなのか?サービス担当者会議の検討する項目が、利用者の健康状態の推移に始終しかねないのだ。

Eサービスが開始される
サービス提供は、サ責がヘルパーにオリエンテーションをはじめることからスタートである。もちろん、サ責は初回訪問を行い、ケア手順などを明確にしておく必要はあるのだが・・・。

ヘルパーに対する利用者情報伝達の手立てには、「居宅サービス計画」「利用者の基本情報」「訪問介護計画」「ケア手順」である。

サ責が、ヘルパーと同行訪問を行い、利用者にヘルパーを紹介する。そして、サービスの提供方法を実践しながらヘルパーに注意事項などを伝達するのだ。ここまでできて、いわゆるOJT(実践研修)となる(これは研修であるからにして、ヘルパーには研修報告を書いて頂くことになる)。

Fその後定期的にモニタリングを行い利用者の状態の変化を把握して介護支援専門員へ報告をする
そして、利用者の状態の変化に応じて、居宅サービス計画が更新されるように支援する。その後、居宅サービス計画の更新ごとに、訪問介護サービス計画も更新されていくのだ。

この時点で、参加者は、介護支援専門員の役割やサービス提供責任者の役割を知って、介護保険を利用することがいかに時間を要することなのかを理解されたようである。

2.指導業務(演習)
ここでは対人援助をする人々に対して、「自己理解」を深めて頂いた。手法はもちろん交流分析である。皆さんは自分と向き合い、自分のパーソナリティや、他者と関わる傾向を数値やグラフで知り、一人ひとりが「なにか」に気づかれたようであった

3.訪問介護サービス内容(生活機能分類)とは何か
ここでは、再度生活機能分類について説明を行った。

心身機能の課題とは、健康状態についての課題であること。活動の課題とは、ADL日常生活動作。IADL手段的日常制活動作の課題であること。参加の課題とは、利用者の役割・他者との交流・趣味活動に関する課題であること。

そして、介護保険制度を利用している人々は、IADL(手段的日常制活動作)が必ずしも一人できるとは限らない。そこで、利用者に可能な範囲を手伝って頂きながら、一緒に掃除や洗濯や調理をするのであれば、それは利用者に役割を提供していることとなる。そこで、一緒に行う支援(役割の提供)は参加となるのだ。

環境の課題とは、家族や地域、及び家事代行に関する課題である。そもそも、家事代行(生活援助)は家族が担う部分である。

それが、一人暮らしや家族が病気などで家事ができない場合に、訪問介護の生活援助が提供されるのである。さすれば家事代行は環境整備の課題となるであろう。

また、介護には家族の力が不可欠であるし、利用者は地域の中の一員であるならば、地域とのかかわりも課題となる。

生活機能分類は、馴染みのうすい言葉でもあり、最初は抵抗があるかも知れないが、この程度に納めておけば、常日頃皆さんが支援している内容となるので、比較的理解しやすいのではないだろうか。


【第2日目】

1.訪問介護計画の作成と展開(老計第10号について)
ここでは、老計第10号について今年の介護報酬改定で見直された内容と、テキスト(拙著『よくわかり、すぐ使える 新訪問介護計画のつくりかた』(日本医療企画・刊)を併用して解説した。

そもそも「老計第10号」とは、平成12年3月17日付で、厚生省老人保健福祉局老人福祉計画課長から、各都道府県の各都道府県介護保険主管部(局)長宛に通知された訪問介護のサービス行為ごとの区分等である。

これが、現役の訪問介護員である皆さんも知らないということに、佐藤は驚いてしまった(だいたい知ってたけど)。介護支援専門員が知らないのは有名(これで介護保険の番人とは!)であるが、現役の皆さんまでが知らないとは・・・。

ここでも管理者にはしっかり説明して頂きたいのだが、まぁ管理者も知らなかったりする方が多いから、なんともなんとも・・・。

実は、このstrong>老計第10号が、<今回の介護報酬改定で、なんと設定以来、はじめて見直しが成されたのである。いや、長年「無かったこと」とされ、忘れ去られていたものが、突然発見されて、世界遺産になったようなものである。当然無視していた人々は驚愕(おおげさ?)しただろう。

つまり、平成30 年度介護報酬改定においては、訪問介護について、身体介護に重点を置いて報酬を引き上げるとともに、生活機能向上連携加算の見直し、「自立生活支援のための見守り的援助」の明確化。訪問回数の多い利用者への対応を行うことにより、自立支援・重度化防止に資する訪問介護を推進・評価することとしたのだ。

ここでは、佐藤が作成した「須藤さん事例」をもとに、生活機能を意識して作成した居宅サービス計画と訪問介護計画を説明した。その上で、佐藤が添削した皆さんの事例をこの段階で皆様にお戻した。すると、皆さんは、佐藤からのメッセージを、それはそれは、真剣に読まれていた(笑)。

次に佐藤が作成した「須藤さん事例」の訪問介護計画書を参考に、皆さん一人ひとりが持参した事例をもとに訪問介護計画書を「生活機能分類」を意識した計画に作成仕直して頂いた。

といいつつも、演習時間が短かったこともあり、結局宿題となってしまったのだが。参加者の皆さ〜ん! 日々のお仕事も大変だとは思いますが、ぜひ宿題を仕上げて後半に持参願いしますよ!!

午後からは、2つの項目をKJ法を用いて、わいわいがやがやと取り組んで頂いた。

2.緊急時対応と及びリスクマネジメント
リスクとは、文字通り「危険」なことを指す。訪問介護ならば、いわゆる介護事故であろう。まぁ、恐ろしいのは、介護職のヒヤリ・ハットは、たいがいがすでに「アウト」なのだが・・・。

そこで、訪問介護事業所では、リスク(介護事故)を回避するために「ヒヤリ・ハット」を残しヘルパー同士が共有できるようにしている。は、ヒヤリ・ハットの段階でヒヤリを未然に防ぐということをしていないからと考えられる。

そこで、ここではヒヤリ・ハットからそのヒヤリを未然に防ぐ手立てを考えて頂いた。そもそも、ヒヤリ・ハットは、「転倒したが怪我が無かった」などというものでは無い。怪我が無くても、側に付いていて、転倒したらそれはすでにアウト! そうもう事故なのである。

そこで、「ヘルパーならでは」のヒヤリ・ハットが続々と出てきた。例えば「ネズミの糞を見つけてヒヤリとした」「スズメバチが巣を作っていてヒヤリとした」など。

あるいは、「洗う前のお茶碗にヒビが入っていてヒヤリとした」とか。まぁ、出るわ出るわ。
一人の意見にみんなが重ねて、みるみる模造紙は、付箋でいっぱいになっていった。

佐藤は、付箋が出そろったところで次の作業を伝えた。

@皆さんが出した内容で似たような仲間を集めてひとまとまりとする。
Aそのヒヤリを眺めて、放置したら、考えられる「介護事故」を書き出す。
Bそのヒヤリや事故を未然に防ぐ手立てを考えて、介護事故の下に書く。

この作業をはじめると、皆さんジーッとはしていられなくなり、ついつい立ち上がる。この常日頃では体験できないところがいいよねぇ。

皆さんが作成した模造紙はホワイトボードに掲示して、それぞれにスマホ等のカメラで写して、各自お持ち帰りをして頂いた。


●「ヒヤリ」を書き出す●.jpg

●「ヒヤリ」を書き出す●


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●想定される事故と対応策●


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●「ヒヤリ」が勢揃い●


●長岡会場の紅葉●.jpg

●長岡会場の紅葉●


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●ヒヤリハットを共有●


●研修計画を作成し発表した●.jpg

●研修計画を作成し発表した●


●JR長岡駅でレルヒさんがお見送り!ん?●.jpg

●JR長岡駅でレルヒさんがお見送り!ん?●




3.訪問介護サービス内容に関する管理及び指導業務(講義・演習)
しかし、「ヒヤリ・ハット」を共有しても、事故を完全に防ぐことは難しい。しかし、減らすことはできるはずだが、できていない。その原因

さーて、2日目最後は、指導業務(スーパービジョン)について簡単に講義を行った。そして、皆さんは対人援助の専門職なので、一人ひとりがある時はスーパーバイジーであったり、またある時はスーパーバイサーになり得ることを説明した。

次に、各グループで研修計画を作成した。ここでも模造紙と付箋が大活躍。模造紙を12等分にして、いざ研修計画作成研修のスタートである。

付箋に書き出すこと
@ヘルパーが行くことで利用者が助かっていること。
A訪問介護員同士、お互いの支援に対して困っていること。

その次は、付箋を眺めて同じような内容に分類する。この時に12個にまとめるように指示を出した。そして、12等分した枠内に付箋を収めるように伝えた。

まず、模造紙に線を引き、12か月を入れ込み、付箋を眺めて、研修名を書くのだが、ありきたりの研修名では、ヘルパーさんの参加が見込めない。

そこで、ヘルパーさんが参加したくなるような「キャッチ・コピー」を考えるのだ。皆さんは、すでに先ほどのヒヤリ・ハット(のブレインストーミング)で頭を使い切っているようだ。

そのせいか、なかなか付箋が増えていかない。もしかして飽きてしまったのか?(笑) なんせ、フリーチャイルド(FC)は、まぁ瞬発力はあるが継続がなかなかできないからねぇ・・・。自己理解!自己理解!自己理解!

それでも「ブタさんタイマー」が時を刻むに連れ、模造紙は付箋でいっぱいになっていった。終了30分前には、見事に研修計画を作成できたのだ。


●さて、こちらは新潟会場●.jpg

●さて、こちらは新潟会場●


●自分の事例で計画を作成する●.jpg

●自分の事例で計画を作成する●


●夢中になると立ち上がるらしい●.jpg

●夢中になると立ち上がるらしい●


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●メンバ−4人でも頑張れる●


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●新潟会場のヒヤリハット●



佐藤は、ラスト30分を使って、皆さんにグループ発表をして頂いた。最初は会場の参加者に向けて、自分がどこから来たのか自己紹介を行う。その後、研修計画を発表するというわけだ。

ラストにマイクを持った人が、「ええ、まさか自分が発表者なのお?」という感じで他のメンバ−から押し出されて発表をするのだが・・・。どの方も、堂々としており、上手に発表されたのが印象深かった。これにて研修の前半戦が終了である。


●みんなで発表ドキドキ●.jpg

●みんなで発表ドキドキ●


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●男性が大活躍!●




皆さま、次回は11月6日からスタートです。今度は新潟会場から始まります。新潟の方々、宿題をやる期間が短いですが、どうぞ張り切ってくださいね。長岡の皆さま、宿題をする時間が新潟の方より少し長いです。どうぞ、頑張って仕上げてくださいませ!

佐藤は皆様との再会を楽しみにしています。ではでは!



(どこかの某国がまた暴走している。うるさいから一刻も早くビザを復活して、互いに入国制限の上、入国審査の厳格化がいい。そうすればお互い会わなくて済むし、互いに嫌な音楽も聞かなくて済むからな!To Be Continued!!)
posted by さとうはあまい at 13:07| 島根 ☀| Comment(0) | 研修会のツボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月21日

奮闘記・第1067回 研修会のツボ/東京都

●2018年● 東京都葛飾区


葛飾区高齢者総合相談センター

ケアマネジメント支援研修
〜 課題分析標準項目の書き方研修 〜



皆さまお久しぶりですね。気づけば、10月も20日が過ぎてしまいました。こういうのが歳をとる秘訣なんだよなwww。

佐藤はこのところの気温の変化ですっかり風邪をひいてしまったようですね。鼻声となり、しかも耳の聞こえも悪くなり(前から?)、マイクを通して聞こえてくる自分の声が聞きにくく難儀しております。

そのような中で、葛飾区で活躍している介護支援専門員の方々と関わって来ましたので早速ご報告しましょう。


【課題分析標準項目の書き方研修】
「あの、白い空欄には、いったい何を書けばいいのか?」
〜 書くことがわかれば、質問の方法もわかるというもの 〜


今回のお題は標記の通り、「課題分析標準項目」の、あの白い空間には何を書けば良いのかという研修です。

いつもどおり、亀有香取神社で必勝祈願した。ん? 境内にはおしゃれなカフェが出来ていた。ケーキがおいしいお店ですぞ。


●今日も亀有香取神社に立ち寄り●.jpg

●今日も亀有香取神社に立ち寄り●


●境内には、なんとカフェが!●.jpg

●境内には、なんとカフェが!●




それはさておき、佐藤はむかし、某県で介護支援専門員の実務研修を長らく担当していた。

某県の実務研修では、参加者は前期終了後に実習を行い、課題を作成する。その課題を決められた期日までに仕上げて、事務局へ提出することになっていた。

事務局では、提出された課題をまとめて佐藤の所に郵送し、佐藤は送られてきた課題を全件チェックして添削をしていたのだ。まぁ、良くも悪くも、参加者の作成した課題を全件チェックする講師など皆無に等しいであろう(笑)。

実はこの全件チェック、自分の講義が参加者にどのくらいわかりやすく伝わったのか? それを把握できるツールにもなっていたのだ。

そして、全件チェックをしていると、介護支援専門員の試験に合格したからといって、この課題分析標準項目がすらすら書ける物ではないということがわかった。まぁケアマネ業務もそうなのだが。

なぜあの試験ができるとケアマネ業務ができると思うのか? 国の考えもよくわからないのだが(笑)。

それはそれ。もちろん、記入方法はテキストに沿って伝えた。でも、いくら書く内容が理解できたとしても、その材料を入手しなければ書くことはできない。

その入手方法が、利用者及び家族とのコミュニケーション(相談援助や対人援助)なのだ。


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●スタート前に現状把握する●



●自分が持参した帳票を確認して頂く●.jpg

●自分が持参した帳票を確認して頂く●



■研修で行ったこと
(1)課題分析とはどうすることなのか。
(2)各項目を収集する視点について。
(3)資料を用いて書く内容を説明。
(4)参加者同士で情報共有。



研修時間は2時間。参加者は40名とのこと。主催した方々はこんなに参加することは珍しいと話されていた(昨年も全3回シリーズで研修をしたこともあり、皆さんが参加しやすかったのではとのこと)。佐藤は簡単に自己紹介の後、その後、一気に話に入った(笑)。


1.課題分析とはどうすることなのか
課題分析=真のニーズを見つけ出すということ。その手法は下記のような状態となる。重要な点は、@〜Cは重なり合っていることにある。

 @ 利用者の現状を把握する。
   A 現状においての困りごとを把握する(改善・維持・悪化の判断材料)。
     B 困りごとをどうしたいか・どうなりたいかを把握する(目標の把握)。
       C 介護支援専門員等の意見を記入する(必要な手立てを提案する)。


そこで、介護支援専門員が利用者の現在の状態を把握する時に、それぞれが偏った情報収集をしないように、国が情報収集する項目として定めた物がこの「課題分析標準項目」なのだ。


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●説明に耳を傾ける参加者●



2.各項目を収集する視点について
この課題分析標準項目は、「基本情報に関する項目」と「課題分析(アセスメント)に関する項目」とに分かれている。

まずは、基本情報に関する項目や、アセスメントにに関する項目は、どのような内容なのかをしっかりと把握しておく必要がある。そして、これからする事を利用者やご家族に、この課題分析標準項目が記載された帳票をみせて、これらの情報を伺うことを、丁寧に説明する必要がある。

断りもなくいきなり紙を出して、メモられるほど不愉快なこともない。もちろん、利用者や家族は、ここまで来る過程で、そのような失礼な取り扱いにはうんざりするほど突き合って来ている。

介護支援専門員が、帳票をみせてこのような情報を入手したいと、丁寧に依頼すれば、利用者や家族も協力してくれるだろう。なんせ、ことを早く終わらせたいのはお互いさまなのだ。

すでに住所や氏名などは、ここまでに来る段階で入手しているであろう(なきゃこれないし、それ以前の問題だが)。それらの情報は前もって転記しておくと良いであろう。もちろん、書類を開いた段階で「これは○×包括支援センターの○○さんより伺いましたが・・・」などと説明しても良いのだが。

その後は自分が知りたい情報から入手する。この時に、落としどころ(生活全体の解決すべき課題)を見極めている必要がある。そう、この落としどころこそ、自立支援の視点と生活機能分類の視点なのである。

自立支援の視点は、本人のしていることやできることを奪わないということ。

もちろん、本人や家族は「できないこと」を中心に訴えて来る。時には怒涛のように訴えてくる。なんせ、困っているのだ。

そのできないことに振り回されず、その中でも「していること」「できること」を把握すること。その上で困りごとを具体的に聞き出し、「それをどうしたいと思うか」を把握するということである。
合わせて、家族のしていることやできることも奪わないことが重要。支援をしていると、介護者(妻や夫、娘や息子)などが、それはそれは丁寧な介護をしている場合がある。そのような方は、「介護が大変だ」という方と、「自分が介護をしたいから大丈夫」という方などとそれはそれは様々なのだ。

もちろん、家族は、介護支援専門員に介護の大変さを訴える。でも、それは代わりの物品がただ欲しくて訴えているというわけでは無い(中には物品やヘルプ自体を求める方もいる)。その多くの方は、「自分のがんばりを認めて欲しい、聞いて欲しい」と思っている。

介護支援専門員は、人さまの話を伺うこと(聞くこと)も商売のうちである。

聞くということは、すなわち、傾聴・共感・受容・感情の表出を支援するということ。間違っても、初回面接時に「そんなに大変ならばショートステイを利用したらいかがでしょうか?」なんて、いきなり御用聞きに変貌してはいけない。なんでも順序よいうものがある。


◆生活機能分類の視点とは
心身機能の課題・活動の課題・参加の課題・環境の課題を意識するということ。介護支援専門員の多くは、サービスを入れ込む視点はお持っているのだが、課題を振り分ける視点となると難しいようだ(笑)。

もちろん、研修でも、「関係性がある物はまとめましょう」とは言うには言うのだが。介護支援専門員の主観も入りまくるから、課題が多かったり少なかったりしてしまう。だったら、生活機能分類の4つの視点を持つことで、情報も得やすくなるというもの。

特に着目して欲しいのが「ADL」と「IADL」だ。

「ADL」は、主に基本的日常生活動作BADL、つまりBasic ADL)。「IADL」は、手段的日常生活動作である。

基本的日常生活動作は、生活機能分類では「活動」に分類される。手段的日常制活動作は、別名家事活動ともいわれ同じく「活動」に分類されている。

ここで、介護保険制度を利用している方々は、この家事活動に不自由さが出てくるのだ。ただ、ただ、自分の思いどうりにいかない、まどろっこしさや不自由さからは他者のやることに対して「不満」が出やすくなる。

そこで、ヘルパーさん達などに「こうして欲しい」「ああやって」「違うわよ! こうして欲しいの!!」などと要望を伝えてくることになる。

そこで「賢い方」は、その要望を出すということを利用者の役割として設定するのだ。役割は、生活機能分類ではいわゆる「参加」に分類される。

当然、利用者は自分の要望を伝えるときには、ヘルパーさんの側に付いてくる。そうなると、ヘルパーは一つひとつ確認したり、時には「どうやるのですか?」と伺ってお手本を示して頂いたりする。

このような支援は、「老計第10号(訪問介護のサービスごとの区分等)」の1−6自立支援のための見守り的援助となり、報酬区分は「身体介護」となるわけだ。

一方、重度の利用者さんは、自分の身体のことでもう精一杯。だから家事活動に要望を伝えることなんぞ諦めている。

そのような方に対しての支援は、生活援助(家事代行)となるであろう。その家事代行が「生活機能分類の何処に入るか?」というと、実は何処にも含まれないのだ。

そこで、本来は家族や支援をする方がいれば、必要の無い支援であり、環境に入れても良いであろう。


●体を張って伝える佐藤(平常運転?)●.jpg

●体を張って伝える佐藤(平常運転?)●



3.資料を用いて書く内容を説明
さて、落としどころを意識することを伝えたので、ここからは資料を用いて項目に沿って説明した。

実はここの内容は、2012年に出した摂著、『ケアマネジャー最強のアセスメント力養成講座』に基づいて再校正をかけて内容を展開した。ここではその内容は省略する。

皆さんは、マイク越しに響く佐藤の声を聞きながら、時々うなずき、時々「うーん」とうなりながら最後まで静聴して頂いた。限られた時間であるから、泣く泣くはしょったが、資料は良いできだと自負している。引き続き困ったら引っ張り出して確認して頂ければ幸いである。


4.参加者同士で情報共有
さてさて、今回は皆さんに自分が使用しているアセスメント用紙を持参して頂いている。そこで、残り30分はお互いに現実どうしているのかを語り合って頂いた。

佐藤もグループ内を渡り歩き、質問を伺ったり、答えたりした。持参されたものの中には「課題整理総括表」「リ・アセスメントシート」なども散見された。ウ〜ンさすが現役のケアマネさんだ。カッコいいね。


●グループからの質問に答えてまわる●.jpg

●グループからの質問に答えてまわる●



会場内を周りながら聞こえてきたのは、「ソフトに入っているのは、チェックを入れるだけなのよね。困りごとや、要望なんてかけないのよ」とのつぶやきや、「課題分析標準項目のシートだけでは、ニーズを引き出すことは無理よねぇ。だって現状だけでは根拠にならないもの」とか。

「すいません。別の質問なんですが、いいですか?」
「はいはい。いいですよ」
「居宅サービス計画原案は、サービス担当者会議の前に事業所に渡すと」
「はいそうですよ」
「そして、サービス事業所が、アセスメントを行うということですか?」
「はい、そうですね」
「そんなこと、相談員さんやサービス提供責任者さんができるのですか?」
「そうですね。指定基準ではそうなっているんですが」


など個別に対応。そして、残り5分になったところで、今、伺った質問内容を皆さんにもお返した。


(1)課題分析標準項目だけでは、現状把握に留まってしまう。
そこで、意図的に、困りごとや要望を聞き出して記録すること。まぁ、過去に使用した「アセスメントチェックポイントシートは使いやすかったですね」と補足した。

(2)サービス担当者会議の前に、居宅サービス計画原案を配布する事について。
各サービス事業所には「あらかじめ」利用者や家族に、サービス内容や重要事項(費用も含む)を説明の機会をとって頂く必要があること。その時には、利用者に対して「サービスの選択に資する援助をしてい頂くことが必要であることを説明しました(介護支援専門員は、居宅サービス事業所の指定基準も遵守しないと!)。

ちなみに、サービス担当者会議の前に、居宅サービス計画原案を配布することは、『八訂 介護支援専門員基本テキスト1巻 介護保険制度と介護支援』pp.204〜208にイラストで案内されているのでご確認くだされ。

さてさて、本日の研修はこれにて終了!


●さて、〆の時間です●.jpg

●さて、〆の時間です●



次回は「支援経過記録の書き方」について行います。ご自分の支援経過記録をお持ちくださいませ! くれぐれも皆さまご自愛ください。

追伸
新潟県のサ責の皆さま! 佐藤は、来週は長岡市・新潟市に研修で出没予定ですぞ! まさか雪はまだ降らない・・・ことを祈りつつ、お会いできるのを楽しみにしております!!



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●アリオのポムズファームでお昼●



(ドタキャンでもジュリーは意外と好印象。なんせ、さいたまスーパーアリーナは自分には大きすぎると事前に言ってたらしい。いろいろあるけど、ジュリーを見てケンタッキー・フライド・チキンが食べたくなったなというのがもっぱらの噂だぜ!To Be Continued!!)
posted by さとうはあまい at 16:01| 島根 ☀| Comment(0) | 研修会のツボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月13日

奮闘記・第1066回 見聞録/島根県

●2018年● 島根県松江市

新装!小泉八雲記念館を訪問するの巻

〜 館長が探求した曽祖父の面影 〜


皆さま、いかがお過ごしでしょう? 

すっかり寒くなってしまいましたねぇ。でもまぁあの暑さが懐かしくなることはまずありませんが・・・。

さてさて、前回紹介したハンザケ(オオサンショウウオ)君の子ども達であるが、ハンザケ自然館さんのブログによりますと、館内入り口に展示しているケージの中で、子ども達が、それぞれのたまごの中ですくすくと育ち、誕生間近とのこと。

もう、この館が近くにあったら毎日でもいきたいところですがね・・・。

近いどころか東京スカイツリーより高いビルをひっそり作っててもわからないくらい、のどかな良い場所ですから。それはまぁ羨ましいが。佐藤は自然館のブログを見ながら誕生を心待ちにしているのである。


今回まずは、そのころに立ち寄った小泉八雲記念館と小泉八雲旧居のお話。まあ、佐藤のブログでもおなじみの場所である。この記念館は2016年に改装している。であるからして、今回は改装してからは初めての訪問となる。

ここ、小泉八雲記念館は、昭和9(1934)年に、小泉八雲(ラフヵディオ・ハーン)先生とその妻・セツさんが、明治24年5月から11月までの6か月間新婚生活を過ごした小泉八雲旧居の西隣に新築された木造平屋建ての和風建築の館であり、松江市立の文学館なのだ。指定管理者制度により、今は、NPO法人松江ツーリズム研究会さんが管理・運営している。それはまぁいい。

それが2016年7月に、展示構成を拡充・一新し、ライブラリーやホール、ミュージアムショップを備えた小泉八雲記念館として、初代の小泉八雲記念館開館から82年、日本人・小泉八雲が誕生して120年の歳月を経て生まれ変わったのだ。もちろん、館長は島根県立大学教授の小泉 凡(こいずみ ぼん)先生である。先生は、小泉八雲(ハーン)先生のご曾孫である。

ちなみに

「私はその人を常に先生と呼んでいた・・・。私はその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ「先生」といいたくなる・・・。よそよそしい頭文字かしらもじなどはとても使う気にならない。」

これはまぁ某・夏目金之助先生の文章である。ハーン先生や司馬遼太郎先生など、文章が好きな作家の方々については、拙文のなどでも「先先」と付けてしまうので、そこんところはまぁスールーして頂きたい。

小泉八雲旧居に来るようになって数年の時。旧居に入る前に、「ひゃ〜参謀」のケータイに東京から電話があり、「今日、旧居に凡先生がいるら・・・」というところで切れた(笑)。

すると、たまたま旧居で、小泉 凡先生が、子供たちに、激しく「小泉八雲学」をレクチャーしている熱き凡先生を目の当たりにした。

全然違うのよ、ふだんは紳士なのにほんとうに熱く語ってたのよ。後に、凡先生にお話したら、「いや〜そうでしたか」と照れてましたが(笑)。

そう、佐藤は凡先生と、2013年に一度お会いしているのだ。そして、なんと彼が奏でるピアノを目の前で観たことがある(奮闘記・第901回)。

佐藤は、当時松江ツーリズム研究会さんが企画・運営していた伝説の「松江ゴーストツアー」に参加したことがあるのだ。もう、ほとんど追っかけ。

松江に通うようになってから松江駅前の松江テルサにあるチラシを手に取るようになり、その中の1枚にこの「松江ゴーストツアー」のチラシがあったのだ。それから、このツアーに参加したい、参加したいと思っていたのだが、なかなか日程が合わなかった。

それが、ある時、宿泊を前倒しにすれば参加できることがわかり、思い切って「ひゃ〜参謀」に同行を依頼。そしてそれがついに実現したのだ。

このツアーには、《カラコロコース》《へるんコース》があった。へるんコースでは、蓬莱吉日庵で、凡先生の講演を聴講し、そのまま蓬莱吉日庵で夕食を頂き、その後にカラコロコースの人々と合流し、『怪談』ゆかりの地を巡るというものであった(そのうち凡先生が多忙なのかへるんコースは無くなったようだ)。

なんと、この日の参加者は、我々ともうひと組のカップルのみ。チラシには参加人数が少ない場合は中止と書かれていたが、参加者が遠方からの場合は無碍にできないと案内をしてくれたかたが話してくれた。

ということで、我々は凡先生を独り占め状態(尋問に近い)にして、話を伺うことができたのだ(笑)。

いよいよスライドを交えた凡先生による講演が始まった。凡先生の講演は、ハーン先生の生い立ち、彼が歩んだ地域、その地域の方々(外国の方々)との細やかな出来事や関わりの報告が主な内容であった。

凡先生は、ハーン先生の足跡を現地に出向き、今でも恐らく丁寧に調査研究をしているという。曽祖父の軌跡が残る場所を踏みしめるように何度も訪問し、情報を更新しているのだ。いいよ、ほんと。

でも、昨今は、ヨーロッパもアメリカもテロが多過ぎて、凡先生が巻き込まれてないかが心配になるのだが。曽孫の凡先生が語るハーン先生の姿は、身内としての愛情がそこかしこにあふれていた。

凡先生は、自分が目にした風景を写真に撮り、それらを紹介しながら話を続けた。ハーン先生ゆかりの建物を訪れ、門前払いにされ、塩をまかれた話や、その同じ家で持ち主が変わると、家に入れて温かく迎え入れてくれてもらったりしたそうな。写真の日付がどんどん若返って行く。

ご存じのようにハーン先生は、アイルランド人の父と、ギリシャ人の母との間に生まれている。出身地は、レフカダ島(リューカディア)である。凡先生は、レフカダ島の写真を解説する。その写真に描かれた風景は、紫煙る靄にしまなみが浮かび、眺めていると、松江の宍道湖の風景と重なった。

その後、ハーン先生2歳の時、アイルランドのダブリンに移り住む。まもなく父母は離婚し、同じダブリンに住む大叔母に引き取られることとなる。これでは宍道湖の夕日と重ねるようなゆとりはないかも知れない。恐らく、ほんとうに単純に宍道湖が好きだったのかも知れない。

凡先生は、ハーン先生の母・ローザさんについて、こう語る。

「ギリシャ生まれの彼女は、イングランドの気候に慣れなかったのも離婚の一因ではないかと」話してくれた。まぁ、しかしあの気候に慣れるのは、日照時間の短い秋田県に関東人が住みにくいのと似ているかも知れない(笑)。つまり難しい。

また、画家・安野光雅氏が、ハーン先生の母親の面影を求めて ギリシャへと渡り、その親戚であるという女性の家を訪ねた。そこで彼女が写った写真の存在について調べ、情報を収集して、アドバイスを受けながら、一枚の肖像画を描いたという。その安野さんが描いたローザさんの肖像画もスライドで見せて頂いた。

凡先生によれば、ハーン先生は、2歳の時に別れた母・ローザさんのことを慕っており、ずーと会いたかったという。母の肖像画が存在するならば、全財産をつぎ込んでも手に入れたい、と語っていたという。

その後も、ハーン先生には、阪神タイガースのK前監督や八戸学院大学の監督さんのような不幸が重なっていた。

イングランドの神学校に在学中、16歳の時に左眼を失明し、父が病死。翌年に大叔母が破産するなどで学校を退学する。その前後にはフランスでも教育を受けているのだ。19歳でアメリカへ渡り、24歳の時には、新聞記者となる。凡先生は、アメリカでハーン先生が暮らした場所も詳細に調査し、写真に収めている。

ニューオーリンズにも、同じようにゴーストツアーが存在し、そのツアーを大人たちも進んで参加し、楽しんでいるという話も伺った。

その後、ゴーストツアーにちなんだ、西洋社会でのゴーストや精霊たちにまつわる話をしてくれた。ハーン先生が生まれたギリシャにも精霊たちの話があり、こちらではゴーストツアーもあるという。そのツアーも大人が参加し、定番になっているという。キリスト教の世界観ではちょっと考えにくいものである。

まぁ最終的にハーン先生は、日本の阿弥陀信仰(仏教)とキリスト教の類似点を見出し、総合的にキリスト教に回帰していったのだろうと勝手に思っているのだが。さて・・・。これはイエス様やお釈迦様が云々という観点ではわかりにくいかも知れないが、宗教はあんまり得意ではないのでここまで。

こうして凡先生は、約小1時間、ハーン先生の遍歴を織り混ぜながら、世界で、小泉八雲の功績が高く評価されていること、小泉八雲が晩年を過ごした日本でも、このゴーストツアーを行うことにより、小泉八雲こと、ハーン先生が日本に残してくれたものを継承したいと考えているようであった。

そして最後になんと凡先生がピアノを弾いてくれたのだ。しかもその曲は、聞き覚えのある曲であった。なんとも胸の奥から哀愁があふれ、思わず胸が熱くなっていた。

凡先生はピアノで2曲披露してくださり、講演は終了となった。

「実は僕、楽譜は読めないんですよ(笑)」

と照れながら話してくれた。真偽はともかく、とても素晴らしい演奏であった。

「凡先生が譜面が読めない? まさかそんなぁ。だって世田谷区生まれのボ・・・(強制終了!)。恐らく読めるはず」

とは「ひゃ〜参謀」www。危ない!


あれから5年。佐藤は、今回、新装・小泉八雲記念館を訪問して、あの日に凡先生が語ってくれたことを思い出していた。


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●新装・小泉八雲記念館である!●



今でこそ、ハーン先生がセツさんとは、晩年あまりうまくいっていなかっただろうこともわかるし、松江から出て以降、海に行くのも、たいがいは太平洋側、そう海の向こうにアメリカが恋しかったに違いない。おそらく穏便に別れられれば、アメリカには一雄さん(長男)を連れて帰りたいという願望があったのだろう。

ハーン先生は、日本の食べ物は得意ではなかったし、日本語もあまり覚えていない。これも当初は帰国する気であったからだろう。

でも、これは批難しているのではない。よく故郷に帰りたい思いの中でその不満を漏らさず、死ぬまで日本で頑張ってくれたなぁと感謝の気持ちしかないのである。欧米から日本に来るなんて、東京から島根に住むどころではないのだ。

しかし、ハーン先生は、日本人は口にしなければ、そして文章にも残さなければ、それらの(アメリカに帰りたいという)気持ちを「なかったもの」として考える性質であることを知っていた。

日本人は明治時代から「文献主義」(文字に残って居ないものは、存在しないという共同幻想)なのだ。ハーン先生は、良き日本の喪失に対する不満以外は、日本や日本人を批判する著作がないのを見てもわかる。先生は、それが母国や欧米でできなかったからこそ、各国を転々としていたのだから・・・。


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●館内は相変わらず写真ではお見せできません●



さて、館内には、3つの展示室と、2階へあがる階段のスペースを活用した階段展示があり、2階は多目的スペースと書庫となっていた。

展示室1は、「その眼が見たもの」「その耳が聞いたもの」「その心に響いたもの」というコンセプトのもとに、ハーン先生の生涯を編年で紹介している。

壁には、ハーン先生の生涯が、年表で綴られており、その周囲には関係者の写真などが掲示されている。これこそ、凡生生が長年、ハーン先生の面影を求めて、諸外国をまわったときに、実際にみた物、聞いたもの、心に響いたものだったのではないだろうか。

佐藤はハーン生生の人生を振り返りつつ、この軌跡を追い求めた、凡先生の姿を追っていたようにも思う。

それはまさしく5年前のあの蓬莱吉日庵で凡生生から直接話を聞くことがなかったら、このような思いは持たなかったであろう。まさしく時はつながっているんだな〜とつくづく思うのだ。

そして、展示室2には、ハーン先生の事績や思考の特色を「再話」「クレオール」「いのち」など8つの切り口から描き出している。ここには、ハーン先生が利用していた机や椅子と共に、静岡県焼津の山口乙吉さん宅が再現されていたのだ。


もちろん、佐藤は静岡県の焼津市の記念室へも行ったし、愛知県の明治村でもこの乙吉宅の部屋と、だるまをみている。また、島根県の隠岐の島の所縁の品々も展示されていて、すべてが懐かしく走馬燈のように私の周りを回ってた。

そうそう、展示室1から展示室2に入って。すぐの左には大人が2人程度が入れる空間がある。それが「再話コーナー」である。そこでは、なんと、『怪談』の朗読を聞くことができる。

ナレーターは、もちろん島根県出身・佐野史郎氏。静かな空間の中にあの声が響く(笑)佐藤は「かきつばた」を聞いてしまった。いやぁ。佐野さんの声がおどろおどろしく、暗闇から追いかけて来そうであった(笑)。

外国人向けの英語の解説だけではなく、英語のネイティブの朗読による『KWAIDAN』も聞くことができたら喜びます。

もしや外国人向けの解説の中に一部あるかもしれない。いや、知らないだけですでにあったのかも知れないが、それなら次回のお楽しみである。

On the Akasaka Road, in Tokyo, there is a slope called Kii-no-kuni-zaka・・・・.

これは、有名なハーン先生の原文の『KWAIDAN』MUJINA(むじな)の冒頭である。

かの作家の三島由紀夫氏や、大大ヒットした「広辞苑」(第二版)の編集委員長を務めた大野 晋先生がこの冒頭をよく口ずさみ、

「素晴らしい文章は外国語でも、日本語でも、いいリズムを持っている」

とベタ誉めであったそうな。ならば、ぜひネイティブでの音読も聞いてみたい気がする。だってハーン先生は、英語でセツさんに聞かせていただろうから。作品が翻訳されたのは戦後の話である。そもそも、ハーン先生の当時の読者は欧米人であり、英語で書かれていたのだ。

いや〜できれば、箱根の星の王子さまミュージアムのように、小さいスペースでもいいから、アメリカの新聞記者時代の「想定されるハーン先生の机まわり」も見てみたい(「ひゃ〜参謀」)。いろいろ興味は尽きないのであった。


また、新装記念館に話を戻す。

階段展示には、ハーン先生とその子ども達の写真も、多く展示されており、その表情は、写真を撮っているそばにいるであろう、ハーン先生やセツさんに向けてほほえみかけ全てに愛があふれているように見えた。そして、同時に凡先生の祖先を敬う気持ちがそこには現れていた。

このように、資料の研究など、ご子孫で一手に引き受けてくれるかたがいるのは、我々読者やファンには有り難いことである。

展示室3は企画展示コーナーとしてあり、現在は「八雲が愛した日本の美」として彫刻家荒川亀斎と小泉八雲と題して亀斎が八雲に見せた「気楽坊人形」が展示されている。

でも、申し訳ないが、「あの」人形は可愛くない感じがビンビンするんですけど(笑)。もし、家に置いてあったら、ちょっと怖い。昔のホラー映画のチャイルド・○レイを思い出しそう。でもハーン先生、布団に寝かせたりしてるんだよなぁ・・・、強メンタルとしか・・・。


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●記念館の催し物のご案内●



小泉八雲の記念館のホームページによれば、

荒川亀斎は、松江の雑賀横浜にて木工職人荒川茂蔵の子として誕生。幼少の頃より彫刻界の天童と謳われ、地元では名の通った彫刻家。

1890年8月に松江に赴任した小泉八雲が、散歩中に出会ったあるお寺の石地蔵に魅了され、その作者を尋ね、「荒川亀斎」という名を知り、さっそく亀斎の工房を訪ねます。小泉八雲はその腕前と名人気質に惚れ込み、二人は美術論をかわし意気投合したという。

ここでは、八雲が見出した郷土の作家・荒川亀斎の作品およびその周辺を紹介するとともに、著作や西田日記などの中に登場する亀斎とのエピソードをたどることで、小泉八雲の審美眼・美術観を探り八雲の新たな側面を紹介している。

また、小泉八雲記念館が所蔵する荒川亀斎の作品をはじめ、最近発見された亀斎が八雲に見せた「気楽坊人形」(人形劇の図書館蔵)を初公開しているのだ。

いやはや、凡先生、相変わらず飛ばしてますねぇ(笑)。1日いても見切れませんよ。ホント。解説文などは外国人さん向けには英語の案内もあるので、外国人さんも満足されること間違いない。


その後、我々は聖地・小泉八雲旧居を訪問。玄関先では瑠璃柳が可憐な紫の花を付け出迎えてくれていた。また、南向きの百日紅はまだ赤い花を付け、庭には、秋の花である吾亦紅と桔梗が咲き誇り、その上を赤とんぼが飛んでいた。


●もちろん、こちらの聖地・小泉八雲旧居にも参拝(?)●.jpg

●もちろん、こちらの聖地・小泉八雲旧居にも参拝(?)●


●こちらは写真も大丈夫!●.jpg

●こちらは写真も大丈夫!●


●ここで暮らしていたんだよ!ハーン先生が●.jpg

●ここで暮らしていたんだよ!ハーン先生が●



西の庭には、大きな木瓜の実がたわわとなっていた。受付の方曰く。今年は木瓜の実が多くなりましたとのことであった。確かにたくさん実っていた。北の庭の池は鏡のように池の周りの松や椿の木々を写していた。ここはやがて雪に覆われ銀世界となる。

さてさて、ズーッといたいところではあるが、そろそろ出雲空港へ向かわないといけない。帰りがてら、道の駅・秋鹿なぎさ公園にある、レストラン・フォーシーズンへ寄ってランチを頂いた。


●松江のたんぼ・たんぼ・たんぼ!●.jpg

●松江のたんぼ・たんぼ・たんぼ!●


●宍道湖はいつでも素晴らしい●.jpg

●宍道湖はいつでも素晴らしい●


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●道の駅・秋鹿なぎさ.公園に到着●



でも、やはり客商売のプロフェッショナルってすごいなと思った。佐藤がそれはそれは久しぶりに、スルッと入店したのだが、厨房の方から、わいわい話しながらチラと見て、

「いらっしゃませ!」

という声のあと、

「あれ? 今の佐藤さんじゃないの?」

という声がしたのだ(笑)。何年振りかで店内をスーッと通ってもなかなかわからないよね、ふつう。

いや〜、気付いてくださりありがとう。久しぶりに宍道湖を眺めつつ、食事を頂きました。食後、会計時に店長と歓談。お互いに体のことを気にかけあいました。


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●やはりフォーシーズンはいいなぁ●


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●これが「ひゃ〜参謀」のお気に入りバーグ●



【追記】

もちろん、松江に寄って、白潟天満宮売布神社佐太神社などにも廻りました。


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●久しぶりの白潟天満宮だが、手水舎の龍さんが消えていた(泣)●


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●売布神社でお塩入りのお茶を頂きました●


●こちらも懐かしの佐太神社●.jpg

●こちらも懐かしの佐太神社●



湖陵町差海のイタリアンのクッチーナ・バッカーノ(Cucina baccano)にも行きましたよ。一時期お休みしていたみたいですが、再開しており、ピザもパスタも以前の味のまま、美味しかった。こういうお店が再開するとうれしいです。皆さんもどうぞお近くを通ったら寄ってみてね! また島根県の見聞録が続くやも知れませんよ。さて?

島根には、湖のそばにうまい店有りですから(笑)。皆さま、くれぐれもご自愛ください!



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●吾輩は初めて出雲空港に凱旋できた。ハハハ●



(巨人の某S選手が若いころ、ボール球を振って三振。ベンチのH監督が「ボールを振るからダメなんだ!」という小言に、背中を向け「自分は(ボール球を)振らなかったんかよ!」と小声で悪態をついたそうな。監督はともかく、周りにはしっかり聞こえていたという。H監督はボールを振るどころか、ストライクだって見逃したから!To Be Continued!!)
posted by さとうはあまい at 19:46| 島根 ☁| Comment(0) | 見聞録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする