2020年01月12日

奮闘記・第1094回 研修会のツボ/千葉県千葉市

●2019年● 千葉県千葉市

千葉市社会福祉研修センター

令和元年 フォローアップ研修(2日目)
ICFを意識した介護記録の書き方講座
〜生活機能分類の項目を意識して記録を書いてみましょう〜


さて、今回は前回に引き続いて、フォローアップ研修、その2日目である。佐藤はまた宿泊先のそばにある千葉神社へ参拝後、会場へと向かった。会場には昨日からの参加者の他新たなメンバーも加わりさらに会場は賑やかであった。


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●千葉神社と「けろちゃん」●



今回の研修の題目は「ICFを意識した介護記録の書き方講座」である。昨日の研修に参加したかたは、このICFを意識することの重要性に気づかれていると思うが、本日から参加した方には急にその話をしても難しい。まぁ、ゆるゆると進めていきますわ。

■研修で行ったこと
(1)支援をするために必要な帳票(演習・講義)
(2)記録の書き方トレーニング(講義)
(3)手順について考える 生活の多様性について考え
(4)生活機能分類について(課題抽出法) ※事例参照
(5)記録の書き方トレーニング(演習)
(6)発表

記録と言っても利用者支援に必要な記録物って様々な種類がある。そのすべての帳票類に、何を、どのように、書けば良いのか知っているのだろうか? 

例えば、利用者の基本情報を記述する「フェースシート」それから計画作成に必要な「アセスメントシート」「個別援助計画書」「モニタリング記録」「会議録」「介護記録や支援経過記録」などなど。

ここでは、それらの帳票類はなぜ必要なのか? その根拠を書き出していただいた。まずは、自分で考えて、グループメンバーと語り合いからである。話し合い(談合ではない)はすべての基本であるからだ。

自分で考えているときは、「何となく必要だと思っていた帳票だけど、改めて考えてみるとそれなりの理由があることがわかった」らしい。ハハハ。

そうねぇ、例えば、基本台帳ひとつをとってみても、氏名や性別、年齢。障害の程度や、要介護度、生活歴や既往歴など、様々な情報が入っている。情報がなければ、利用者の名前を呼ぶことすらできない。それでほんとに呼ばないのがいるからねぇ・・・。まったく!


●なんのために記録するのか●.jpg

●なんのために記録するのか●



アセスメントシートもその方の現在の情報を知るためには必要なツールである。麻痺が「あるのか」「ないのか」、コミュニケーションは図れるのかなどなど、支援するのに即必要となる情報ばかりなのだ。

1.支援をするために必要な帳票(演習・講義)
そのような重要な帳票類であるが、皆さんの事業所にはこれらの帳票の書き方マニュアルはあるだろうか? 挙手を求めたが、残念ながらしっかり「はい」という方はいなかった。

前回にも述べたように本来、これらの帳票類には、書き方見本(凡例)というモノがあって、誰が書いても書いている内容が同じにならないといけないのだ。

そうであるならば、この帳票を用意した事業所が、書き方例を示すべきである。そこで必要になるのが、記録マニュアルなのだ。

なんでもマニュアル、マニュアルというわけではないが、マニュアルがないのは、たいがい「行き当たりばったりでやっている」か、「毎回違う方法で、同じやり方はできない」ことが多い。

介護技術を「理屈じゃない! 感覚で覚えるんだ!!」なんて言っている施設は、利用者さんを何回も転ばし続けることになるだろう。

むかしC市にでですな、マニュアルもなく、訓練もそこそこしかせずに開業し、3日目で3人ぐらい骨折者を出して、1か月で施設長が・・・。そういう所はともかく、マニュアルとは、それらの行為を十分に理解していないと書けないものなのだ。


●課題分析の情報源●.jpg

●課題分析の情報源●


●千葉のパティシエ(pâtissier)の「作品」を堪能する●.jpg

●千葉のパティシエ(pâtissier)の「作品」を堪能する●



さて、佐藤は、様々な場所で記録の書き方研修をしてきたが、参加者からは「書く時間がない」とか、「このように書くのは難しい」などといわれまくりなのだ(笑)。また、「簡潔な書き方はありませんか?」などといわれることも。そこで介護記録とは何か、そこで、必要となる内容はどのようなことなのか、いつ書けば良いのかなどを講義しながら、皆さんが中心になって、是非事業所独自のマニュアルを作成してみてはいかがでしょうかと提案しているのである。

2.記録の書き方トレーニング(講義)
ここでは、医療が求める記録と、介護が残す必要がある記録との違いについて話をした。

昭和62年に「社会福祉士及び介護福祉士法」が制定された後、我々、介護職を育成したのは、医療職(看護職)であった。むかしは医療報酬や加算が変わるたびに、看護師さんは医療と介護の現場を行ったり来たりさせられることも多かった。

しかし、今は、いったん介護現場で慣れてしまうと、医療現場にはなかなか怖くて戻れないという。それだけ医療の進化は凄まじいともいえる。

さて、そういうしがらみの中で、記録を指導するときには、「要点をまとめて簡潔に書くこと」が求められた。まぁ、いわゆる観察記録である。

しかし、平成の時代に入ると、介護保険法が制定され、介護に注目が及ぶようになる。いや、結局、医療費削減のため、医療と分離したはずの介護に再び医療を近づけたのだ。

したがって、いよいよ介護記録が重要視されるようになってきた。「お金が動く」ところではお役所は必ず、細かい記録を(誰も読まなくても)書かせたがるのだ。

でも、介護は、利用者の生活の多様性を支援する行為なのであり、「おむつ交換をしました」「風船バレーに参加しました」「腰痛の訴え有り」などという観察記録では、「どのような状態であったのか」がみえてこない。

いや、それだけでは「(介護職は)たいしたことやってないじゃないか」とお上に決めつけられかねないのだ。


●何を悩むのか? 千葉のハムレット・・・●.jpg

●何を悩むのか? 千葉のハムレット・・・●



ということで、もう少し詳細な記録、すなわち「関わりの記録」が求められるようになったのである。いや〜介護の自己防衛ですよ、これ。

佐藤は資料を用いて、各帳票がなぜ必要なのか、そこには何を書くのか、これらの帳票は更新する必要があることなどを説明した。皆さんは熱心にマーカーなどを使用して聞いていた。説明が終わると、このようなことははじめて聞いた。帳票を更新していないから更新しないと。などなど気づきを伝えてくれた。


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●介護職の関わりを表現できた●



3.手順について考える (生活の多様性について)(演習・講義)
ここでは1つひとつの介護には手順(介護技術を含む)があることそこでまず、皆さんが洗濯物を家で干す手順を書いていただいた。ただし、「その手順は、佐藤が皆さんの家に行って、その手順書をみれば洗濯物を干せるというような手順にして下さい」と伝え、演習はスタートした。

ここでは、訪問介護の方と施設職員の方の書き方に差が出ることになった(笑)。なぜならば、訪問介護の方々は、行為と手順は違うということをすでにご存知であったということである。もっとも、施設の方々利用者さんの洗濯物を干すようなことはなかなかしないからねぇ。

例えば、「洗濯機より洗濯物を取り出す」というのは行為である。手順とは、@洗濯機まで移動する(洗濯機は脱衣室にあるので、浴室のドアを手前に開ける)。A洗濯かごが洗濯機の上の棚にあるので、それを洗濯機の前におろす。B洗濯機の蓋を上に引き上げる。C洗濯機から、バスタオルを取り出してばさばさと揺すり軽くたたんでかごに入れいる。D大きな物を取り出したら、つぎに小物を取り出して、軽くパンパンとたたいてかごに入れる。などなど。

洗濯物を取り出す行為ひとつをあげてみても、その方の生活がみえてくるのだ。このような手順は、施設で行われる入浴や、排泄、食事、移動などの介助にも存在するはずだ。そのときに決して「うるさい利用者だから」という言葉をつけないでほしい(笑)。その方は自分の生活に主体的に関わっているのだから。

4.生活機能分類について(課題抽出法)※事例参照
さぁ、いよいよ本日の本題に入る。「アウトプット(課題の項目)」を統一するのだ。介護支援専門員の研修では、インプットは課題分析標準項目で行うこととして、統一しているが、アウトプットの出し方は統一されていない。

そこで、介護支援専門員自身の専門職カラーがうきぼりになってくる。例えば、医療職は健康状態に関することが優先され、介護福祉士は、日常生活動作が優先され、PT/OT/STなどの機能の訓練士たちは、訓練に関する内容が優先される傾向がある。そこで佐藤は、せっかく国際生活機能分類という考え方が承認されたのだから、その用語を使用することにした。

厚労省のホームページでは、計画作成の際にはICF(International Classification of Functioning, Disability and Health:国際生活機能分類)を意識して作成するようにとなっている。

そして、計画がそのように作成されれば、介護記録に記載する内容も項目を分類して書くことができる。後に記録を振り返り情報を得るときも、その項目を探せばみつかるというもの。ここでは、資料を用いてICFの構成要素「心身機能・活動・参加・環境」について、介護の現場でしていることを例題を用いて解説してみた。

5.記録の書き方トレーニング(演習)
今回の介護記録の演習課題は施設バージョンである。
施設には、介護職員の他に、看護師・介護支援専門員・相談員など様々な専門職が1人の利用者のために活躍している。

そこで、今回は、事例に相談員・介護支援専門員・看護師・介護職員に登場させて、1人の利用者にどのように関わって問題(?)を解決して行ったのか?というダイナミックな物語を想定して演習を行った。

佐藤が事例を読み上げる。次ぎにグループでどの場面の記録を書くかを相談する。グループで書く内容を決めたら、その後はその場面を各自で書いてみる。そして最後にグループでコンセンサスを得るという演習である。

佐藤が事例を読み上げる間、皆さんは興味津々に事例にマーカーをひいていた。そして、読み終わるとどこからともなくため息が(笑)。そうそう、このような問題は何処の施設でも起きるというしろもの。それを全体的に透視してみると、様々な葛藤がみえて来るはず。

皆さんはどの場面を選択して、どのような記録を書いてくださるか。もちろん記録を書くときには生活機能分類を意識して書くというルールは忘れないように。

もちろん、佐藤は演習の間、グループ内を見回り、あれこれアドバイスを伝えていった。しかし、驚いたことに、皆さんは事例をひもときながら、見事に関わりの記録を残しているではないか! 

約2時間半の演習後各グループで話し合いが行われ、ホワイトボードは介護記録で埋まっていく。実は、結果よりも、皆さんが語りあった内容が大事なのだ。なぜならば、そこではそう、しっかりと「ケースカンファレンス」が行われていたのだから。しかも、利用者にとっての最善策を考えていたし、素晴らしいと思う。

最後に佐藤から、解答例を示した。もちろん、解答例には、登場人物のそれぞれが残すであろう記録を書いて案内した。

1つのできごとを解決するために、様々な職種が連携していること。そんなことに気づいていただきき、さらにお互いにどのような記録が残っていると良いのかを理解していただければ良かったと思う。以上が千葉市で行われた研修である。


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●エンディング・・・To Be Continued!●



さて、本当はこの研修会のツボも昨年中にあげねばならなかったのですが、この時期になってしまいごめんなさいねぇ。

研修に参加された方々は、今も熱心にお仕事をされていると思います。どうぞ、皆さん、お元気でご活躍くださいませ! またどこかでお会いしましょう!!

(To Be Continued!)

posted by さとうはあまい at 21:15| 東京 ☁| Comment(0) | 研修会のツボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月07日

奮闘記・第1093回 研修会のツボ/千葉県

●2019年● 千葉県千葉市

千葉市社会福祉研修センター

令和元年 フォローアップ研修(1日目)
ICF視点で考える訪問介護計画書作成
〜訪問介護のサービスとその根拠とは〜


皆様、新年あけましておめでとうございます!

昨年は自然災害の多い年でしたが、何とか無事に過ごせました。
今年もトラブル無く過ごしたいと願っております。

もちろん、皆様にとっては幸多い年になりますよう祈念しておりますよ!

さてさて、2020年・年頭のブログは、昨年(2019年)12月に行った千葉市の研修会の報告からとなります💛

前日から千葉入りし、公園前の飲み屋さんで夕食。朝は千葉神社で挨拶から始まる。

●公園前の飲み屋さんでくつろぐ●DSCN1328.jpg

●公園前の飲み屋さんでくつろぐ●


●チーバ君とチーバ神社●DSCN1334.jpg

●チーバ君とチーバ神社●



そして、今年もやってきました、当然われわれの聖地となっている、千葉市ハーモニープラザである! この研修会場ともすでに10年来の付き合いである。

佐藤は、千葉市社会福祉研修センターの皆様とは、毎年七夕のごとく、年1回再会するのみなのだが、担当の山村氏とは常に交流しているような間柄と感じてしまう。存在感が凄いのだ。

だから、会場で出迎えて下さる姿をみても、懐かしいというよりも「また会えて良かった」という感じなのだ。お互い近況を伝え合う。それぞれが加齢に伴う悩みを抱えておりましたが・・・・はい。

さて、佐藤は、このフォロアップ研修では、2コマを担当している。本日は、介護計画作成で、明日は介護記録の書き方について、である。

まず今回は、介護計画作成の報告から。研修時間は9時半から16時半・昼食休憩は12時半から13時半である。


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●研修開始の案内をする●


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●待機する佐藤●



もちろん、その間にも順次休憩は取っていく。参加者は、訪問介護の関係者のみならず、通所介護やグループホーム、施設の職員など様々である。これが多様化ということなのだ。もちろん、訪問介護のベテランサービス提供者の方もいて、大いに心強かった。

佐藤は研修会のレジメを作成する際には、タイムテーブルを付けることにしている。これは参加者に対しての研修の進め方の案内とともに、自分自身で時間を管理できるようにするためである。

なんせ、脱線したら最後、話に夢中になって収集がつかなくなりますからねぇぇぇ、はい。もちろん、今回の研修にも、例の対人援助スキルアップ研究所のH参謀も同行している。

皆様、よろしくねぇ。

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●研修サポートグッズも待機(笑)●


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●グッズを持ちグループを移動する●



■今回の研修で行ったこと

(1)介護保険制度と訪問介護のPDCA(演習・講義)
(2)介護支援専門員とサービス提供責任者の役割(講義)
   サービス提供責任者が行う業務とその根拠 
(3)訪問介護がしているサービスとは何か(演習・講義)
(4)生活機能分類について(生活機能分類を用いた事例の理解)(講義)
(5)訪問介護計画書作成(演習)
(6)総括・質疑応答



1.介護保険制度と訪問介護のPDCA(演習・講義)
はじめに参加者に自己紹介をして頂き、どのようなメンバーが参加しているのかその情報を共有した。

佐藤からは、今日は訪問介護計画書を作成していくが、その内容はどの介護職にもあてはまるので、佐藤の言葉を自分のサービスに置き換えて参加して欲しい旨を伝えた。

まずは、PDCAという言葉について解説を行う。介護保険制度の仕組みはまさにこのPDCAにあるのだが、なかなか現場で活躍している介護職には浸透していかない部分でもあるのだ。とは言え、皆さんはすでにこの仕組みに基づいて、しっかりと働いているのであるから、この仕組みを理解して欲しいというものだ。

ただやるのではなく、キチンとした理論やメソッドに基づいて行われていないと、本来他者に教えることはできない。他者は、自分の頭の中の住人ではないからだ。
Do(実行)、Check(評価)、Action(改善)の頭文字を取ったものである。1950年代に、品質管理の父といわれるW・エドワーズ・デミングが提唱したフレームワーク(枠組み)なのだ。

この枠組みを介護保険制度にあてはめて考えてみる。介護保険制度は、介護支援専門員等が作成した居宅サービス計画に沿って、利用者の「生活全般の解決すべき課題」に対応すべくサービスのそれぞれが、

(P)個別援助計画を立てて、(D)必要な援助を行い、(C)一定期間を経たときに、モニタリング(振り返り)を行って利用者の状態の変化を測定し、(A)改善に至らなかった部分について再度検証を行い、再計画を立てているとことになる。

本来は、居宅サービス計画がこのPDCAに則って作成されていなければ、いかんのです
さて、PDCAとは、もちろん、Plan(計画)、がそれはまぁ、ここでは省くことにする。

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●アセスメントについて説明する●


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●演習に取り組む●



(P)とは、アセスメント(基本情報・課題分析)と目標の設定、訪問介護計画、その計画に沿ったケア手順を作成すること。

(D)とは、健康状態の維持向上・日常生活動作の維持・向上、本人に役割の提供を行い、意欲の向上につなげる。また、介護者や地域の方々や他事業所と連携を図ること。これらの支援を具体的に記録に残すことである。

(C)とは、定期的にモニタリング(振り返り)を行い、サービス開始時期より、本人の状態がどのように推移したのかを測ること。そして、モニタリングの結果から、利用者の状態がどのように推移したのかその結果を出すことだ。

 
なお、評価を行う時期は、短期目標の期間終了時と、長期目標の期間終了時期。利用者の認定期間終了時に行う必要がある。

これらの時期には、前回のモニタリングの終期の時期において、利用者の状態がどのように推移したのかを測り、その結果を(改善・維持・悪化)という評価の言葉で表す。

(A)とは、モニタリングの結果から、再アセスメントを行い、再計画の必要性を検討すること。

実は、この(C)と(A)は、常に、(D)の中に含まれている。なぜならば、利用者は常に初回(A)の状態の時と同じとは限らないからだ。しかし、軽微な状態の変化で計画を見直していたら、もう大変なこと! そこで、短期目標や、長期目標の期間で(C)を行うことが求められるということになる。

このサイクルを担っているのが、そうサービス提供責任者なのだ。皆さんには、訪問介護計画作成の手順(PDCA)を示し、その時々になぜ、そのような行為をするのか、その根拠を考えて頂き、グループで話し合って頂いた。そして、演習終了時には、佐藤が解答例を示して、解説した。

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●質問に応じる●



2.介護支援専門員とサービス提供責任者の役割(講義)
サービス提供責任者がおこなう業務とその根拠
ここでは、指定基準を読み説きながら、先ほど演習で行ったPDCAと絡めて、サービス提供責任者の業務と責務を解説した。

もちろん、通所介護の方々にも、同様なことが求められていること。さらに通所介護等には、平成27年に厚労省から「通所介護及び短期入所生活介護における個別機能訓練加算に関する事務処理手順及び様式例例の手順について」という通達が出されている。いわゆる、老振発0327第2号(平成27年3月27日)である。

ここでは、通所介護等は、事前に利用者宅を訪問して「居宅訪問チェックシート」をシートを作成し、利用者の「生活課題」を抽出することが求められたのだ。同時に「個別機能訓練加算(T)(U)」に対応する帳票案も示されているが、この帳票についてはすでに参加された方の中でも使用している方がいた。

3.訪問介護がしているサービスとは何か(演習・講義)
ここでは、1つの事例をもとにヘルパーのしている援助とは何かを考えて頂いた。その事例には、下線が引かれていて、下線の行為は下記の「ア・イ・ウ・エ」のどれにあてはまるのかを考えて頂いた。

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●学び舎の廊下●



そのア・イ・ウ・エの選択肢は下記の通り。

ア)健康に関する支援 
イ)日常生活動作に関する支援 
ウ)やる気、意欲に関する支援 
結果は、ヘルパーの支援では、「イ)の日常生活動作に関する支援」「ウ)やる気、意欲に関する支援」が圧倒的に多かったということになりましたね。そう、利用者の生活は多様性に富んでいる。そこで、医療がしている「治療」(心身機能に関する支援)とは異なる支援が主となるわけ。

そこで、そのような支援の情報を職員同士が共有する手段となるのが、介護記録である。ただ、現状では利用者の健康に関する情報のみの記述が多いように思われる。

えっ、どうしてそうなったのかって?

それは社会福祉士及び介護福祉士法が制定された昭和62年の段階において、その人々(介護職のたまご)の教育を担っていた多くの人々が、医療関係者(看護師など)だったということである。

そこで、当然、看護記録と同様な記録(観察記録)の書き方が指導されたというわけだ。誰もが自分の仕事や能力を基盤にしてしか、教えるこ
エ)他者と情報を共有するための支援
とは難しい。まだ、プロの介護職はこの時点では、ある意味、未完成の存在で有るから。

であるから、裏を返せば、医療職が必要とする記録を介護職に求めることにもつながっていく。その結果「記録は簡潔に」「尊敬語や謙譲語は不必要」「事実を客観的に書く」が中心になり、「本人の意向(こうして欲しい)」や「本人の価値観」は二の次になる。

そして、医療関係者は、正確さと速さが重要である。入院は短期間を想定しているから、多少不快でも、患者は大抵我慢する(させられる)。介護ではそうはいかない。不住になっても、それがもはや日常生活そのものなのだ。週2回のお風呂。お風呂好きのあなた、我慢できますか?

介護は、正確さと快適さが、本来求められて居るのだ。速さが大事なのは、介護が人手不足ということに過ぎない。

しかし、平成も30年が経過し、すでに令和という新しい時代になったのだから、そろそろ、「介護の記録」イ)やウ)に関する記録が増えて言っても良いのではないだろうか。

また、介護の主体はあくまでも本人である。近年、医療もカルテが開示されるようになるまで(これも裁判の結果で、である)、読まれることを想定して書かれていなかった。わざわざ外国語で書いたりもする。

よほど、読みにくい丁寧語はさておき、尊敬語や謙譲語は使用しても良いのではと佐藤は考えている。ということで、介護記録の書き方は明日研修で行いますので次回へまわしたい(笑)。

改めて、皆さんは介護という技術は「困っている部分を救済するだけではない」と言うことには気付かれたと思う。

佐藤はこの演習でも解答例を示し、解説した。そして、実はこのア・イ・ウ・エは、ICFの構成要素と同じ意味合いを持っていることを、ICF(国際生活機能分類)の相関図を示して説明した(ICF:International Classification of Functioning, Disability and Health)

心身機能:ア)健康に関する支援       
活  動:イ)日常生活動作に関する支援 
参  加:ウ)やる気、意欲に関する支援 
環  境:エ)他者と情報を共有するための支援


そうであるならば、居宅サービス計画も各項目別に課題抽出が成される必要があるのだが、現在の研修制度ではその域に達するのは、難しいのかも知れない。佐藤はずーとアウトプットをICFの言語で統一すれば良いのでは無いかと叫んでいるわけだが、なかなか・・・、聴く耳が・・・業界上層部に・・・・。ハイ、昼食休憩である。

4.生活機能分類について(生活機能分類を用いた事例の理解)(講義)
5.訪問介護計画書作成(演習)

さてさて、午後からは、約2時間半かけて、事例をひもときながら、介護計画を作成して頂いた。

はじめに佐藤が作成した「居宅サービス計画」(ICFバージョン)を用いて、先のICFを居宅サービス計画に結び付けて考えると、どのようになるのかを解説した。

そして、平成26年の社会保障審議会で示された居宅サービス事業所が果たす役割を示した図を用いて、居宅サービス事業所には、「利用者の心身機能の維持向上・活動の維持向上・参加の維持向上=介護者の負担の軽減」が求められていることを解説した。

ここでは、佐藤が作成した訪問介護計画書のひな形を使用して、皆さんには、具体的なサービス内容を考えて頂いた。

すでにひな形は、No.1No.2に分かれており、No.1は表紙で、サービス内容や訪問時間やサービス区分などが書いてある。

No.2は、4つの空欄があり、「課題」と「訪問介護の目標」と「具体的なサービス内容」と「備考欄」ある。

もちろん、課題は4つ。心身機能の課題・活動の課題・参加の課題・環境の課題である。そうそう、居宅サービス事業所の課題は、介護支援専門員が作成した「短期目標」となる。

そして、皆さんに考えて頂く内容は、もちろん、「心身機能に関する具体的なサービス内容」「活動に関する具体的なサービス内容」「参加に関する具体的なサービス内容」「環境(家族や地域)に関する具体的なサービス内容」となるわけである。

まずは自分で考えるzzz(いやぁ寝てはいけないぞzzz)
次にグループで話し合い、その内容をまとめて発表して頂く。

皆さんは、居宅サービス計画やアセスメント表などを見ながら、具体的なサービス内容を考えていく。そして、グループ演習では、お互いに現在使用して帳票などについても情報交換が出来た様子である。

もちろん、佐藤もグループ内に入り込んで、「声かけ」ってなにしているの?(H参謀には「肥えかけ」って聞こえるとか)。「見守りって」何をしているの?とあれこれ質問を投げかけてまわりました(笑)

すると、「え〜、声かけは声かけだよね。他のいい方って…。難しい!」ですと・・・。どうやら皆さんにはすっかり介護の専門用語が染みついちゃったみたいであった。

そして、最後はグループ演習でまとめた物をホワイトボードに書いて頂いた。今回は参加者同士が協力し合い、作り上げたサービス内容である。実際の現場でも他の職員(ヘルパーさん)を巻き込んでつくれると良いのだが。

さてさて、こちらには佐藤が考えた解答例(具体的なサービス内容のみ)を載せておこう。もちろん、参加した人々の中には、もっとリアルにかき上げた方がいたことは言うまでもない。

【心身機能に関する具体的なサービス内容】
@あいさつ後、感染予防のために洗面所にて手洗いうがいを行います。
A居間にて、再度あいさつをして体調をうかがいますので、体の調子をお知らせください。必要に応じて、娘さんに相談します。
B服薬カレンダーを見て、服薬が継続出来ていることを把握します。飲み忘れている場合には、飲めるように助言します。

【活動に関する具体的なサービス内容】
@これからすることを説明し、同意を得ます。作業に入る前には、トイレにお誘いします。身支度に乱れがあるときには、お伝えし整えられるように支援します。
A移動時や、作業時には、そばに付き添い転ばないように注意を喚起し、転ばないように見守ります。

【参加に関する具体的なサービス内容】
@通所リハビリの献立表を参考に一緒に献立を考えます。
A食材を取り出し、テーブルにおいて、本人のできそうなことを相談します。
B野菜は、洗って切りやすいように渡しますので、片手まな板を使用して切ってください。怪我をしないように注意喚起し、頑張っている姿を励まし、上手く出来たことを共有します。また、協力動作には労をねぎらい感謝を伝えます。
C調理終了時には、好みの器に盛り付けられるように支援します。

【環境に関する具体的なサービス内容】
@地域の情報を収集し、必要な情報を提供します。
Aその日の支援内容を娘さんとの連絡帳に記入して連携をはかります。

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●介護は奥が深いですねぇ●



皆さんは、サービス内容というよりも、自分たちの常日頃している介護を再度見つめる機会となったようであった。さてさて、これにて「本日の研修」は終了である。

次回は介護記録の書き方研修の報告としたい。ハハハ。ではまた!


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●寒い!ほんとうに寒い●


(To Be Continued!)

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2019年12月13日

奮闘記・第1092回 見聞録/茨城県

●2019年● 茨城県常陸太田市&日立市


常陸国の超絶パワースポット💛

交通安全のお札を交換に行くぜ、御岩神社!


前回、我々は下総国香取神宮で無事に今年の穢れをたっぷり祓って頂いた。そして次なる目的は、常陸国(茨城県日立市)で幸運を頂くべく、御岩神社を目指すのだった。

研究所の愛車・カナメイシ君のナビ様に「おいわじんじゃ」と入れ、ルートを検索。佐藤は一般道を選択すると、なんとその移動距離140キロであったw。

先ほど亀甲堂さんで、釜めし定食を頂いたのでエネルギーは満タンだ(車には関係ない💛)。

佐藤はルンルン気分でアクセルを踏み込んだ。


「・・・大将、くれぐれも安全運転でお願いしますよ」


とは、ひゃ〜参謀の言。

はいはい、遵法速度(佐藤基準だが)で行くからご安心をw、と軽やかに香取神宮の駐車場を後にした。

なんせ、御岩神社の交通安全守をカナメイシ君の内にぶら下げてからはまったくヒヤリハットすらないのだ。でもでも油断は禁物、「制服を着た〇ルメットの2人組」にはゆめゆめ注意しなければならないのだw。


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●さて、常陸国へと参りますか●



その後、文字通り国道を走りに走り走りに走り続けた。車内には、ひゃ〜参謀が持参したCDが懐かしの曲を奏でている。佐藤はそのリズムに合わせ、知っている曲は歌詞を口ずさみ、知らない曲は勝手に作詞して、ノリノリで移動した。

近所の山奥で〜、修行をしてぇぇぇ


なになに、歌詞が間違っているからおちおち寝るに寝れないってとは、ひゃ〜参謀
まぁまぁ、そう言わずに静かに寝ておれ(笑)。

こちら、茨城県内の国道である。周囲には田園風景が広がり、畑には大根の葉や、にんじんの葉が風に揺れている。

また、周囲の小山の木々は最後の力を振り絞り、紅葉した葉をしっかりつなぎ留め、我々の目を楽しませてくれた。

茨城の一般道はフリーウェイに近いせいか、信号機が少ないのと、周りの車が速やかに移動してくださることが重なり、思ったよりスピーディに移動できた。

一般道を移動していて頼りになるのが道の駅である。ちなみにひゃ〜参謀は道の駅のマグネットを集めており、事前にあちこち調べているのだ。

道中「道の駅・ひたちおおた」の文字を発見した。「あそこで一休みしませんか?」と聞くと、「よっても良いけどマグネットはないですぞ」とのこと。

まぁ、そうはいってもここら辺で休まないと、この先トイレ休憩ができないかも〜、ということで一休み。


【道の駅・ひたちおおた】
この道の駅は、2016年7月に茨城県内13番目に誕生したそうな。なんと水戸黄門さんの故郷だとか。

また、国土交通省より重点道の駅にも選定されており、地域の情報発信・交流拠点となっているらしい。


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●道の駅・ひたちおおたで御岩神社のどら焼きを発見!●



確かに、店内には、新鮮な野菜や加工品が並んでおり、この地域で取れた野菜が勢ぞろい。このまま帰宅できるのであればそれら新鮮野菜を購入したいところではあるが、我々がここで購入したのはおやつである。

ひゃ〜参謀は、魅惑的な餡が入った揚げパンを、佐藤はお豆がぎっしり詰まった豆大福をゲットした。すると、その店になんと御岩神社の神饌・どら焼きが売られていたのだ。

なんですと? 御岩神社ですと、それはぜひ手に入れねばなりますまいということで、


「御岩神社のどら焼きも2つ追加で!」


とこちらもめでたくゲットである。


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●これが御岩神社の「神饌」のどら焼きだ●



こうして、お互いに食物プラスどら焼きを手に、再び車に乗り込んだ。やがて車は、市街地より山間部へ入っていく。

緩やかなカーブを曲がると、ナビ様が目的地は右に曲がり、後方に戻ります。お疲れ様でしたと案内を終了した。

そうそう、ここよ、ここよと佐藤は周囲を確認し、ハンドルを大きく右回転して、参道へ入り、めでたく車を駐車場へ入れた。気づけば、最初の到着予定より40分くらい短縮できた。


【御岩(おいわ)神社】
駐車場から、参道にもどるとそこに社務所がある。すでに陽は傾いており、参拝後にお札を購入できるか不安を覚えた。

佐藤は、「先にお札を交換しましょう」と提案し、ひゃ〜参謀を誘って社務所に向かい、社務所では目的の交通安全のお札をゲットした。


●御岩神社の本殿へ向かう●.jpg

●御岩神社の本殿へ向かう●


●こちらの神社にも立派な大杉が!●.jpg

●こちらの神社にも立派な大杉が!●


●だいぶまわりも暗くなってきた●.jpg

●だいぶまわりも暗くなってきた●



その後、鳥居をくぐり、左側にある祓戸社を参拝した。1年頑張って護ってくださったお札は、参道の途中にある納め場所に御礼を告げて納めた。

ここは何度も来ているが、知る人ぞ知る「日本一のパワースポット」(2019年12月現在)と評される神社である。まぁ寺社の好き嫌いは個人差があってもいいだろうが、戸隠神社(奥社)、榛名神社と並んで魅惑的な神社なのは確かであろう。


御岩神社のホームページに寄れば、創建の時期は不明だが、縄文晩期の祭祀遺跡の発掘や、日本最古の書の1つ『常陸國風土記』(721年)に


「浄らかな山かびれの高峰(御岩山の古称)に天つ神鎮まる」


と記されていることから、古代より信仰の聖地であったことが窺える。

御祭神は、国常立神・大国主神・伊邪那岐神・伊邪那美神。その他、大山祗神ほか20柱が御岩山総祭神188柱として祀られていた。みんななじみの神様ばかりだ。

中世には山岳信仰とともに神仏混淆の霊場となり、江戸時代に至っては水戸藩初代・徳川頼房公により出羽三山を勧請し、水戸藩の国峰と位置づけ、徳川光圀公(水戸黄門様)など藩主代々参拝を常例とする祈願所であったという。

まだ行ったことはないが、近くには水戸藩2代藩主・徳川光圀公の隠居所の西山荘もある。


●見えて来た本殿●.jpg

●見えて来た本殿●



ふむふむ。黄門様はともかく、佐藤が移動するところに国之常立神(国常立尊)の神様有りであるな。これはこの神様に呼ばれているとしか思えないw(ご都合主義💛)。

いやいや、高級神がいる神社は、呼ばれていない人はなかなか足を運べないという話もあるのだ。


さて、境内には小川が流れ、杉の木々が天に向かい枝を伸ばし、大地は緑色に苔むしておりその上に赤色のもみじが落ち日本庭園の風情を醸し出している。我々は玉砂利を踏みしめ、本殿を目指した。

御岩神社では、現在令和の大改修として、大日堂御造営と大日如来坐像の修復工事をしていた。我々は、途中工事の方々が、奏でる様々な音の中を案内板に沿って移動しながら、本殿に無事に着いた。

森に抱かれながら本殿まで行くと空気が凛と澄みわたり、周囲はおごそかな雰囲気に包まれる。我々は背筋を伸ばし、拝殿にて手を合わせた。

「おかげさまで、今年1年、大きな災いもなく無事に過ごすことができました。来年も無事に過ごせますように・・・・」


と深々と頭をたれ、祈念した。その後、途中で阿弥陀如来像を参拝。こちらでは無病息災をお願いした。なんせ、加齢に伴う体の痛みは少なからずあるのだ(泣)。


●たどり着いた本殿●.jpg

●たどり着いた本殿●




こうして、念願の御岩神社の参拝を無事に終え、佐藤は車に戻りさっそく新たな御札を駐車場で着けたのはいうまでもない。

さてさて、今回はここまで・・・・であるが、帰りにちょいと足を延ばして、竜神大吊橋も眺めて、渡ってみたw。いや〜、落ちたら死にますよこれ。


●竜神大吊橋の「龍神様」●.jpg

●竜神大吊橋の「龍神様」●


●いやいや凄い。死にますよ、落ちたらこれw●.jpg

●いやいや凄い。死にますよ、落ちたらこれw●


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●バンジージャンプができるって・・・するかい!●


●竜神大吊橋は渡り切ったら戻ってくるのだ。ハハハ。橋じゃないんだ!●.jpg

●竜神大吊橋は渡り切ったら戻ってくるのだ。ハハハ。橋じゃないんだ!●



さてさて、皆様。気づけば、今年も残すところ後わずか。1日1日をお元気でお過ごしくださいませ!

(To Be Continued?)
posted by さとうはあまい at 14:55| 東京 ☁| Comment(0) | 見聞録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

奮闘記・第1091回 見聞録/千葉県

●2019年● 千葉県成田市&香取市

久しぶりの聖地来訪

東関東自動車道で下総へゆくのだ!



さてさて、気づけば今年も残り少なくなりましたが皆様いかがお過ごしでしょうか?
佐藤は、相変わらず日々の出来事に負われる日々を過ごしております。

さて、そんな中で今回は千葉県に出向くこともあり、このチャンスを見過ごすわけにはいかないので、久しぶりにブログを更新することにした(笑)。

この日は、例によって研究所・ひゃ〜参謀を車に押し込んで、いざ東関自動車道にて目指すは、千葉県の神社である。

最初に向かったのは台方麻賀多(まかた)神社である。

研究所の迷車・カナメイシ君に「まがたじんじゃ」と入れると、佐倉と台方が出てきた。もちろん佐藤が選択したのは台方のほうである。


本日の天気予報は晴れであるが、高速道路から眺める景色は、雲が垂れ込め、どんよりとし、今にも雨が降りそうな気配であった。

「あれ〜! 晴れるんじゃなかったの?」

とつぶやくと、

「大丈夫晴れますよ」

とは、ひゃ〜参謀。このかた、無類の晴れ男なのだ。

そして、車が東関自動車道に入るころには、まさしく「太陽さん、聞き耳立ててたでしょう?」と突っ込みたくなるくらいに、なんと、雲間から真ん丸な太陽が「お待たせしました!」と言わんばかりに顔を出した。

そうなると、冬の陽射しは真上でではなく前から襲ってくる。もう、まぶしくてまぶしくて仕方がない。佐藤はおもむろにサングラスをかけた(893?)。

東関東自動車道は、成田を越えると3車線が2車線になる。佐藤はナビ様に導かれるままに富里で降りる。ゆるゆると市内を走り、やがて車は田園風景が続く道を走って行った。

そして、着いたのは、なんと船形麻賀多神社(のちに判明)であった。実は、台方の麻賀多神社は初めてではないのだが・・・。


=

●船形麻賀多神社(奥宮)●



ちょっと記憶にはない風景であった(ひゃ〜参謀は、ここは目的の神社と違うのでは?と言っていた)。

でも、ナビ様はここだといったから!といいつつ、駐車場を探した。近くには幼稚園があって、その駐車場有るが、神社の駐車場がわからん。

そこで、鳥居前の空き地へ置くことに。その後、幼稚園の第1駐車場が神社のものだと判明した。まぁ神社やお寺はやはり幼稚園を・・・ハハハ。

鳥居をくぐり中に入ると、右側に何やら小山のようなものがあった。それは伝 伊都許利命(イツコリノミコト)の墳墓であったのだ。

その時は、挨拶はあとでとスルーして奥へ向かった。

すると・・・・、なんと緋色の鳥居が傾いているではないか! 良く見れば、ロープが、鳥居に播かれ、それを近くの木に結びそれ以上倒れないように補強してあった。

もしかして、これは今年千葉を襲ったいくつかの台風の被害かもしれないなぁ。我々は、その鳥居をくぐり、拝殿にて参拝を無事に済ませましたが残念ながらおみくじはなかった。

その後、奥にあるはずの大杉を探した。実は台方の麻賀多神社にはパワースポットとされる大杉があり、周囲を一周できるようになっていたはずであったのだが。

すると、なんと、ここにも大杉はあるにはあったが・・・しかし、そこは枝木が放置されており整備されていない状態であった。

この時点で佐藤は、まだ場所を間違えているという気はない(笑)。

これまた、台風のせいでこうなったんだと思い、そのまま杉の木を1周した。それにしては境内がボロボロになった感があったのだ。もちろん、目的の台方麻賀多神社と比べてではあるが。

「あんなに整備されていた境内がこんなにボロボロになってしまうのか・・・(あくまでも台方と比べてである。ハイ)」

まさに台風の脅威に対し、驚愕した。しかし、だんだん目指していた麻賀多神社ではないかもという思いも強くなってきた(遅い)。

なにしろ、この近辺だけ、麻賀多神社は、印旛郡市の台方、成田市1社、佐倉市11社、酒々井町2社、富里市2社、八千代市1社と、印旛沼の東側から南にかけてにだけ存在する神社であるが18社くらいあるのだ。

もしかしたら、麻賀多神社でも、違う麻賀多神社かも知れないということになった(早く気づけよ)。

そしてさきほどの小山の側にあった案内板をみると、そこが伊都許利命の墳墓(つまり船形奥宮)であることが判明した(笑)。

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●奥宮の伊都許利命の墳墓●



案内板によれば、この墳墓は「先代旧事本記」の中の「国造本記」に見える“伝 印波国造伊都許利命の墳墓”となっている。

伝と付くのは、応神天皇(当時は大王)が実在するとしても、4世紀後半の大王であるが、この墳墓(公津原39号墳)は、7世紀になってからの築造と考えられ、伊都許利命の墳墓としては年代が合わないからだ。ゆえに「伝」と称されている。

まぁ厳密に在位年代を出すのは不可能であろう。それにそこを深く考える必要はあまり感じないし。「考古学」とはまた別のものなのだ。でなければ、他の宗教も、例えば聖書なども語ることが難しくなるだろう。恐竜の存在はイエス様より前なんだからさ・・・。

伊都許利命とは、神武天皇の皇子・神八井命(多氏の祖)の8代目の御孫で、応神天皇の命を受けて、印旛国造としてこの地方を平定され、産業の指導などに多くの功績を残したとあった。「麻」とは「房」(ふさ)であり、麻(あさ)や大麻(たいま)である。房総半島は麻の一大名産地であったのだ。

なるほど! ということで、我々は、墳墓の中に祭られている場所で手を合わせた。まぁ、もともと伊都許利命の墳墓にも挨拶する予定ではあったのだが、まさか別の神社の境内にあるとは思わなんだ。

「伊都許利命が“先に寄っていけ”って言われたんだよ。“起きたことに偶然なし”だからね」

とは、ひゃ〜参謀

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●麻賀多神社船形奥宮の境内●



車に戻り、再度台方の麻賀多神社を再検索。有りましたよ、有りました(当たり前である)。ここから1キロちょっとのところに目指す台方麻賀多神社があった。さてさて、不思議な気分をのまま、本来最初に目指し、麻賀多神社に着いた。こちらは神社脇にも駐車場がある。


先ほど通った道を反対から眺めると、なんと、その山自体がまさしく墳墓の形をしているではありませんか。やはり、神様がこちらにもいるか
ご祭神は船形奥宮が稚日女尊(ワカヒルメノミコト)で、天岩戸伝説の発端となる事件の被害神(?)である。

こちらの神社が本宮が稚産霊尊(ワカムスビノミコト)で、伊勢の外宮の祭神・豊受大御神(トヨウケノオオミカミ)の母神であり、鹿島神宮・香取神宮の姉神でもある。ここが両神宮を結んでいるとも言われている。

●こちらが台方麻賀多神社●.jpg

●こちらが台方麻賀多神社●



さっそく鳥居をくぐり中に入る。そして手水舎で清め。拝殿へ。こちらは落ち葉が掃き清められてすでに朝の掃除が済んでいた。

拝殿では、今年1年が無事に過ごせたことのお礼をお伝えし、来年も元気で過ごせるようにお願いした。その後、後方にある大杉へ。

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●台方麻賀多神社の本殿●


●台方麻賀多神社の東日本一の大杉●.jpg

●台方麻賀多神社の東日本一の大杉●



こちらの大杉は、周囲をまわれるように足場もしっかりしていた。佐藤は無病息災を願い、大杉さんからパワーを頂いた。

もちろん、「日月神示」(ひつきしんじ)が降ろされた場所として知られる天日津久神社も参拝。ここはご神名は不明とされるが、われわれになじみの深い、マニアの中では国常立尊(クニトコタチノミコト)と呼ばれる高級神霊とされている。

その後は恒例のおみくじタイム。うっ! 結果は末吉。まだまだ時期尚早らしい、ハイ。ちなみにひゃ〜参謀大吉であった。どうやら良きことがあるようですな、ハハハ。

●境内社の天日津久神社、何か降りてくるかも●.jpg

●境内社の天日津久神社、何か降りてくるかも●



ささ、次を目指そう。次は香取神宮にて、1年の厄を払う大祓いの茅の輪をくぐらんとな! 

どーんと香取神宮に着いた。ここは本来「鏡」、鹿島神宮が「剣」、麻賀多神社が「勾玉」。そう、東国の「三種の神器」を象徴になっているものとも言われている。

主祭神の経津主大神(フツヌシオオカミ)は、真経津鏡(まふつのかがみ)に由来する。八咫鏡(やたのかがみ)の別名とも言われ、上代の長さ・大きさの尺度の1つで、親指と中指とを広げた長さの八倍の長さ、非常に大きいことを表している言葉だ。

また、韴靈(ふつのみたま)の剣とひっかけ、フツは剣を振ると出る音のことで、何かを切る音とも。「フツ」は刀剣の神の名前というが、そもそもそれがおかしい。

熱田神宮にしろ、石上神宮にしろ、誰かの持ち物を神格化するのがおかしいのだ。ふつう、その場合は持ち主の名前で祭るだろう。だから神様の名前で祭らないのはその名前を「書きたくない」のだ。

太古の経津主大神の神格を下げたい勢力の仕業であろうな。古代、房(ふさ)の国では、畿内とは関係なく、関東では香取神宮の神様が中心であったが、畿内勢力に随分とぼやかされてしまった感がある。

さて、天気は神社にいる時は晴れ、外にいる時は曇りという、変わった天気のままである。駐車場に車を置き、境内から坂道を登り、奥宮からまわった。

奥宮の入り口にも手水舎なるものができて居たが、どうも使いにくい(流水じゃないとね・・・)。

さらに鳥居の前に奥宮対策の御朱印所もできかけていた。とうとう御朱印ブームもここまできたかという感がある。

香取神宮奥宮をまわり、押手社要石にも挨拶。その他の摂末社に挨拶して、本殿にゆく、楼門をくぐると大祓の茅の輪くぐりがたけなわであった。

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●香取神宮境内社もまわる●



●香取神宮の要石、こちらは凸型である●.jpg

●香取神宮の要石、こちらは凸型である●



●香取神宮に設置された茅の輪くぐり●.jpg

●香取神宮に設置された茅の輪くぐり●



まず社務所で初穂料500円を納め、形代(かたしろ)茅の輪守りを分けて頂く。その形代に名前と住所を書き、息を吹きかけるのだ。それを奉納してから、左にまわって、右にまわり、また左にまわって・・・・と恒例の人気イベントである。


ひとしきりガンガン陽の照る久しぶりの香取神宮を満喫した。さぁおみくじは・・・まぁ・・・何でしたね(笑)。お昼には門前の亀甲堂で釜めしセットを頂いた。ここも錆びれがちの門前通りであるが、ここは元気に頑張って居るお店1つである。店内ではおなじみの店のマスコット・九官鳥のキューちゃんも元気であった。

店員さんたちは、なんとその「キューちゃんTシャツ」を着て、動き廻って居たのだ。いや〜メニューに増えた釜めしも絶品であった。味噌汁もいい。

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●香取神宮門前の亀甲堂さん●



このお店もだんだんとバージョンアップしている。負けずに佐藤もバージョンアップしていかないとなぁw。

さてさて、さらに常陸国の奥座敷の位置にある某神社も目的としている。次回は・・・かもしれませんw。またお会いしましょう。ではまた!



●お店のマスコット・キューちゃん●.jpg

●お店のマスコット・キューちゃん●



(To Be Continued?)
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2019年10月30日

奮闘記・第1090回 研修会のツボ/福岡県

●2019年● 福岡県福岡市

お茶の水ケアサービス学院

利用者の「自立生活支援」に向けた「訪問介護計画書作成」
及び「モニタリング」のための研修会



皆さまお久しぶりです!

今年度、佐藤はお茶の水ケアサービス学院さんからの依頼で、介護職員フォローアップ研修の講師を務めている。お茶の水ケアサービス学院さんは様々な研修を企画・運営しており、研修内容や対象者も多岐に渡っている。
(詳細はこちら https://www.o-careservice.com/

しかし、介護人材が不足している昨今では、なかなか現場で働く介護職員がこぞって外部研修に参加することは難しくなってきいるという。同学院もその状況を鑑み、なんと学院が開催している研修をそのまま録画し、会員に対してネット配信を行うという。

現在、佐藤が受け持っている研修は、介護記録の書き方、訪問介護のサービス提供責任者向け研修、通所介護計画の作成法などである。


研修は、ここまで福岡東京大阪広島名古屋と順調に進んでいる💛

久しぶりの研修会のツボでは、現在、福岡市内(福岡県消防会館)で訪問介護事業所に対してと、通所介護事業所に対しては、各計画書作成等に関する研修(後者)を、今まさに真っタダ中で行っていることもあり、速報で前者を紹介したい。


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●博多に入り、筥崎宮に参拝●


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●一晩あけて水鏡神社へ参拝●


●11歳の広田弘毅元総理による揮毫●.jpg

●11歳の広田弘毅元総理による揮毫●


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●会場の福岡県消防会館を眺む●



訪問介護事業所のサービス提供責任者向け研修は、すでに東京会場は収録済みである。テレビで司会者などがつけているような、集音マイクなんぞを胸につけ、研修をスタートした。佐藤の研修の特長は、参加者を巻き込んだ劇場型研修にある。だから研修を撮るカメラマンは大変であろう(笑)。

もちろん、その日は収録ということであったため、できるだけカメラ目線の視野を意識しながら話を進めた(つもり)。本当に協力的であったか否かは、編集してからのお楽しみである(笑)。

さて、今回は速報で訪問介護事業所のサービス提供責任者向け研修を行っており、佐藤が参加者と関わる中で気になったことも取り上げていこうと思う。

気になるのは、改正「老計第10号」は、訪問介護事業所のサービス提供責任者はもちろん、介護支援専門員に正しく理解されているのだろうか?である。
(※下方に詳細を転記している。)

改正前は「自立生活支援のための見守り的援助(自立支援、ADL向上の観点から安全を確保しつつ常時介助できる状態で行う見守り等)」であった文言が、改正後は「自立生活支援、重度化防止のための見守り的援助(自立支援ADL、lADL、QOL向上の観点から安全を確保しつつ常時介助できる状態で行う見守り等)」となったことにある。

これは場当たり的な改正しかできないお上にしては、画期的な改正であると言えるかもしれない。それは訪問介護のサービスが、重度化防止のための見守り的援助であり、IADLやQOLの向上を果たしているというのだから・・・。
を指すものであり、掃除・洗濯・買い物・調理が含まれている。

この掃除・洗濯・調理は、「生活援助」に分類されてしまう傾向がある。しかし、今回の改正では、訪問介護の支援内容が明確化され、そのような支援は「身体介護」と分類されるとしたのだ。

特にIADLとは、「手段的日常生活動作」そこで、その部分を利用者及び家族等に理解して頂けるように、訪問介護計画書に記載する必要がある。


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●研修風景(その1)●


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●研修風景(その2)●



利用者と一緒に手助けや声かけ、見守りをしながら行う掃除、整理整頓(安全確認の声かけ、疲労の確認を含む)。
こちらにこの支援のケア手順を想定する。
(1)あいさつをして体調を伺う。
(2)本日の支援内容について説明し、本人の意向を把握する。
(3)掃除の手順について相談する。
(4)間の片付けを行う。
(5)コタツの上にある、物品をどうするか相談して本人に指示して頂く。
(6)ヘルパーは、依頼された通りに物品を片付ける。
(7)掃除機をかけるために、本人にそばの椅子に移って頂く。着座を見守る。
(8)移動時には、そばに付き添い転倒しないように注意喚起を行う。歩き出したら、後方について転ぶことがないように見守る。
(9)掃除機をかける。本人の指示を仰ぎながら、丁寧に行う。
(10)本人が座った椅子の横にはゴミ箱がある。本人に持って頂くように依頼して、掃除機をかける。かけ終わったら、協力動作に感謝を伝え、ゴミ箱を元の位置へ戻して頂く。
(11)居間が終わったら、台所へ移動する。
(12)居間の掃除が終了したら、台所へ移動する。この時も転倒しないよう注意喚起を行い、転ぶことがないように見守る。
(13)台所についたら、椅子に座って頂く。着座を見守る。
(14)テーブルの上を片付ける。本人の意向に沿ってゴミを分別し、ゴミ箱に捨てる。
(15)床面はペーパーモップで拭く。下にゴミが落ちている時にはヘルパーが先に使用してゴミを集め拾う。その後、本人がモップを使用して手の届く範囲をかける。更に立ち上がってテーブルに捕まり移動しつつ、モップをかけるので、転ばないように注意喚起しつつ転ぶことが無いように見守る(本人から依頼がある場合にはヘルパーが本人の指示を依頼して依頼通りに行う)。この時に体調を伺い、痛みの訴え時には痛みに共感する。
(16)すべての掃除が終了したら、物品を元の位置へ戻して本人の了承を得る。下記に一例を示してみよう。
(17)居間に戻る。廊下を移動する時にはそばに付き添い、転倒しないように注意喚起を行い、転ぶことが無いように見守る。居間についたら好みの場所に座るので着座を見守る。
(18)振り返りを行う。本日の支援の中で本人が頑張ってしたことを称賛し労をねぎらう。また、本人が協力してくれたことに感謝を伝える。介護記録に本人の頑張ったことなどを記載して、サービス内容を記録する。
(19)忘れ物がないことを確認してサービスの終了を伝える。

これを訪問介護計画書に記載する。佐藤の計画書では、「ICF」(国際生活機能分類)を意識して作成している。


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●福岡市内、中洲のイタリアン バンビーノでお昼●


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●研修風景(その3)●



【利用者の「心身機能」(健康)に関する支援サービス内容のみ】
@ 訪問時、感染予防のための手洗い・うがいを行います。
A あいさつをして体調を伺いますので、その時々の具合をお知らせください。必要時には関係機関と連携し必要な手立てを講じます。
B 作業中は常に痛みや疲れ具合を気にかけ必要に応じて水分補給や休憩を依頼します。

【利用者の「活動」(ADL;日常生活動作)に関する支援】
@ 作業の前には、トイレ利用の有無について伺います。トイレを利用される際には、転倒することなくトイレ利用ができるように支援します。
A 室内を移動する時には転倒しないように注意喚起を行い、転ぶことがないように見守ります。
B 椅子に座る場合には、無事に座れるように見守ります。

【利用者の「参加」(役割や意思決定)に関する支援】
@ 本日することを説明して、作業手順を決めますのでご希望をお知らせください。
A その時々の状況に合わせて、本人の出来そうなことやしたいことを依頼しますので、無理のない範囲で協力をお願いします。
B その時々の作業をして頂いた時には、頑張って居る姿を称賛し、労をねぎらい感謝を伝えます。
C 本日の支援内容を振り返り、したことやできたことを共有し、更に新たな御希望の有無を伺います。

【「環境」に関する支援】
@ 支援の前には連絡帳を開いて内容を確認します。他のヘルパーと情報を共有する必要がある時には、その内容をサービス提供責任者に報告します。
A その時々に介護情報や、地域での集い等の情報を提供し、本人が興味を持てるように支援します。などなどなど。

このように、生活機能分類の言語を意識して、ヘルパーのしている支援を記載すれば、おのずと心身機能、活動、参加、環境という具合に各項目に沿ってモニタリングができ、各項目の評価(改善・維持・悪化)ができるのである。

研修に参加された皆さんは、お互いの存在を頼りに演習を終わらせ、清々しい顏で帰られた。

B サービス終了時には、本日の支援内容を振り返り、必要事項を連絡帳に記載します。


この内容を実践するのは皆さんお1人おひとりである。どうぞ他のヘルパーさんの能力を頼りに少しずつ作成して頂ければと思う。


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●研修風景(違う、そうじゃないw)●


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●研修風景(その4)●


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●研修風景(その5)●



下記、今回改正された老計第10号1−6「自立生活支援、重度化防止のための見守り的援助(自立支援ADL、lADL、QOL向上の観点から安全を確保しつつ常時介助できる状態で行う見守り等)」の明確化された内容である。赤字が新たに追加されたもの。このサービス内容を具体的に書くことで、身体介護の報酬を得ることができると思う。皆さん頑張って文章を作成して頂きたい。

ベッド上からポータブルトイレ等(いす)へ利用者が移乗する際に、転倒等の防止のため付き添い、必要に応じて介助を行う。
認知症等の高齢者がリハビリパンツやパットの交換をする際に見守り・声かけを行うことにより、1人で出来るだけ交換し後始末が出来るように支援する。
認知症等の高齢者に対して、ヘルパーが声かけと誘導で食事・水分摂取を支援する。
入浴、更衣等の見守り(必要に応じて行う介助、転倒予防のための声かけ、気分の確認などを含む)。
移動時、転倒しないように側について歩く(介護は必要時だけで、事故がないように常に見守る)。
ベッドの出入り時など自立を促すための声かけ(声かけや見守り中心で必要な時だけ介助)。
本人が自ら適切な服薬ができるように服薬時において、直接介助は行わずに、そばで見守り、服薬を促す。
利用者と一緒に手助けや声かけ、見守りをしながら行う掃除、整理整頓(安全確認の声かけ、疲労の確認を含む)。
ゴミの分別が分からない利用者と一緒に分別をしてゴミ出しのルールを理解してもらう、または思い出してもらうよう援助する。
認知症の高齢者と一緒に冷蔵庫のなかの整理等を行うことにより、生活歴の喚起を促す。
洗濯物を一緒に干したりたたんだりすることにより、自立支援を促すとともに、転倒予防等のための見守り・声かけを行う。
利用者と一緒に手助けや声かけ、見守りをしながら行うベッドでのシーツ交換、布団カバーの交換等。
利用者と一緒に手助けや声かけ、見守りをしながら行う衣類の整理・被服の補修。
利用者と一緒に手助けや声かけ、見守りをしながら行う調理、配膳、後片付け(安全確認の声かけ、疲労の確認を含む)。
車椅子等での移動介助を行って店に行き、本人が自ら品物を選べるよう援助する。
上記のほか、安全を確保しつつ常時介助できる状態で行うもの等であって、利用者と訪問介護員等がともに日常生活に関する動作を行うことが、ADL・IADL・QOL向上の観点から、利用者の自立支援・重度化防止に資するものとしてケアプランに位置付けられたもの。


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●研修は大円団を迎えた●


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●研修後、櫛田神社へ寄った。22:00まで営業中(?)●



さてさて、今回の福岡研修の速報はおわり。福岡県も魅力が満載です。筥崎宮や宗像大社、太宰府天満宮、そうそう大宰府政庁跡も良かったぁ。

最後に、今回西日本を中心とした研修会に各地で参加して頂きました皆さま、同学院の西日本で各地担当頂いたTさん、有り難うございました。またお会いできるのを楽しみにしております。舛木さん、会えて良かったです。

季節も変わり目、寒くなって参りました。どうか皆さま、くれぐれもご自愛ください!



(To Be Continued!)
posted by さとうはあまい at 15:06| 東京 ☀| Comment(0) | 研修会のツボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月29日

お知らせとお詫び💛

お皆さまご無沙汰しております。

ただ今、業務が立て込んでおり、ブログの更新が思うようにできておりません。

粛々と再会できるように頑張っております💛 気長にお待ち頂けると喜びます。

とり急ぎ、お詫びまで。ご自愛ください。


店主



出雲大社 2019.jpg

posted by さとうはあまい at 16:39| 東京 ☀| Comment(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月16日

奮闘記・第1089回 見聞録/長野県

●2019年● 長野県長野市

戸隠神社の奥社を再参拝!

〜到着時には、後頭部が「那智の滝」状態であった〜

【If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.(「Playback」Philip Marlowe)】



【プロローグ】
佐藤は、例のごとく、早朝に愛車・カナメイシ君(マツダのデミオ💛)をするすると駐車場から発進した。途中、ひゃ〜参謀を跳ね、車に押し込み(足を2回ほど、引いたことあり💛)、首都高速に滑り込んだ。

めざすは、長野県の戸隠神社?であるが、最終目的地は言わずもがな新潟市内である(笑)。新潟県の道中は、途中にある神社(群馬県や長野県)をできるだけ参拝しながら向かうことにしているわけ、ふふふ。

今回は、当初から戸隠神社三社(宝光社・中社・奥社ほか)の参拝を決めていた。

奥社に続く参道は、駐車場から約2キロほど続いている。緩やかな坂道の長い参道を歩き、途中から、まぁ緩やかには違いないが、完全な山道を登らないと辿り着けない所に鎮座しているのだ。

奥社にはかつて一度行ったことがある。

当時の戸隠神社の道案内の地図は、いかにも「(奥社なんて)ホイホイ行けちゃいますよ!」的なデフォルメされたイラストマップであった。

しかし、某スピリチュアルなんたらの先生もここを歩いたが、グロッキー。彼の書籍では(自分が行きにくい奥社よりも)中社(車で行けるからね💛)をより凄い聖地に認定したくらいだ(まぁそれはそれで間違いではないのだが・・・)。

当然、我々も当時、その道中は思いの外遠く感じたものだ。

その帰り道に、おそらくは地図に騙された(笑)であろう、スーツで登るヤケクソ気味のサラリーマンとすれ違った。そう、奥社は思いつきで行けるような場所にはなかったのだ。

そのため、以後、中社参拝どまりとなっていた(こちらの方が凄いって話だったし)。また、奥社への参道は、クマさんの出没(生息)地でもあり、食べ物の少ない時期に行ったら、クマさんとご対面となっても困る。ここは長野県のゆるキャラ「アルクマ」君(リアル・アルクマ)のホンモノに逢える可能性が高い場所なのだ。

といってもですな、今回は山に食べ物が豊富にある時期でもあるし、しかも生きた食・・・いや参拝客も多い時期。もし、クマさんに遭遇してもまぁ・・・他に美味そうなのはたくさんいるし、何とかなるであろうと考えた(笑)。

ということで、奥社再参拝を決めたのだ(それに体力が衰え、もう登れんかも知れんこともある)。


佐藤は、関越道を通り、高崎から上信越道へ入る。するとここらあたりから、カナメイシ君に異変が!!!!!

なんと、見慣れないマークの警告灯が点灯した。何が起きたかわからない(ただでさえ、機械音痴)。佐藤は、助手席の参謀にダッシュボードから取扱説明書を取り出してマークの正体を調べてもらった。

すると、ひゃ〜参謀「大将!それ、《エンジンマーク》でっせ!!何かエンジンに異変があるらしいですよ」とのこと。簡単に言うないw!

とは言え、心当たりがあった。

さる6月後半から、カナメイシ君には「要点検」?のマークらしきものが着くのだ。こわ〜っ。

なかなか時間が取れず放置していたが、ディ−ラーからの車検便りが届いたため、少し早めに車検予約を入れ、相談すると月に入ってからで良いのでは?ということでそのままの状況であった。

そちらのマークだけならば、オイル交換ぐらいだなとのんきに構えていたが、エンジンの警告灯となると尋常ではない。そこで、近くのパーキングを探すと某・横川サービスエリアにENEOSウイングがあった。そこで、警告灯を意識しつつ、ゆるゆると進み(ひゃ〜参謀からスピードは控えましょうとの警告)、めざすスタンドに車を入れた。

早速、係の方が近づいて来られたので、相談して見た。すると横の空きスペースに移動。状況を説明すると、早速カナメイシ君のボンネットを開けると、そのとたん、エンジンルームから白い煙がモア〜っと立ち上った。万事窮すか!

我々は思わず「わあ〜」「うひゃ〜」と叫んでしまった。

佐藤は慌てて車外へ出て状況を話を聞いた。


オイルが真っ黒で速やかに交換が必要とのこと。ただし、この車は軽油車だから、このSAで対応オイルがあるかどうかわからないらしい。そして倉庫にはいり、なにやらガイドブックを取り出して調べてくれたのだ。何という親切であろう?

「軽油車だから難しい」といって、放り出されても仕方が無い状況であったのだが(さすがにそれはやらないだろうが)。調べると、すぐ交換できること、料金はこのぐらいと提示してくださった。料金も通常と変わりはなし。もちろんお願いした。

通常、街中のお店でオイル交換をお願いすると、1時間くらいは時間を要する(まぁ混んでるし)。そこで我々が乗車したままで構わないかと尋ねると、すぐに済むからお待ち下さいとのこと。

この時は、今のような猛暑では無かったが、車の中にとどまり、オイル交換の様子を見守っていた。

係の方が大型の吸引器をカナメイシ君の腹部に差し込むと、そのチューブの中に真っ黒の液体が吸い込まれていく、同時に吸引器の中には、どろどろの黒い液体で満たされてしまった。なるほどねぇ・・・・、オイル交換はこのようになされるのか。佐藤はオイル交換を初めて見たのですごいぜ(そこまでほっとくほうがすごい)と感激していた(笑)。

十分に吸い取ると、今度はオイル色に輝く美しい液体をするするするするとカナメイシ君の腹部に注入し、エンジン部分にカバーを掛け、エンジンをかけてファンをまわして空ぶかしをし、作業は終了。丁寧にお礼を伝えたのは言うまでも無い。

カーメンテナンスのお客様控えには、作業担当者Tさん、ダブルチェック担当者Hさんとお2人のサインがあった(責任の所在がはっきりしている)。

Hさんは、「車は丁寧に見てあげれば長く乗れますからね💛」と笑顔で話してくれた。

お2人はたまたま担当日だったのかも知れないが、お2人からはベテランらしい車愛💛を感じることができた。とにかく自分の仕事に誇りを持っている方は輝いているのだ。素晴らしい! 本当に感謝である。さすがは群馬?である。


我々は、再び高速に乗り、戸隠を目指した。オイル交換をしたカナメイシ君はご機嫌でアメリカ並みの遵法速度でぐんぐんと我々を長野市内に誘ってくれた。もはや戸隠神社までの道のりは通いなれた道と行って良い。

途中七曲がりという急な坂も、対向車に注意しながらくねくねと登っていく。今回は、奥社参拝が目的である。奥社に行く前には、宝光社から参拝するしきたりがあるらしい。そこでまずは宝光社の駐車場に車を停めた。


ここで、戸隠神社のホームページを参考にご案内したい。

戸隠神社は霊山・戸隠山の麓に、奥社・中社・宝光社・九頭龍社・火之御子社の五社からなる、創建以来二千年余りに及ぶ歴史を刻む神社である。

その起こりは、遠い神世の昔の出来事である。天照大神素戔嗚尊の横暴ぶりに手を焼き、「天の岩戸」に隠れてしまった。そこで、八百万の神々が天の安河の川原に集まり、天照大神を岩戸より出てきていただくための対応を相談した。そして、思金神の案により、さまざまな儀式をおこなった。

そして、天宇受賣命が岩戸の前に桶を伏せて踏み鳴らし、神憑りして胸をさらけ出し、裳の紐を陰部までおし下げて踊った。すると、高天原が鳴り轟くように八百万の神が一斉に笑った。

これを聞いた天照大神は訝しんで天岩戸の扉を少し開け、「自分が岩戸に篭って闇になっているのに、なぜ、天宇受賣命は楽しそうに舞い、八百万の神は笑っているのか」と問うた。天宇受賣命が「貴方様より貴い神が表れたので、喜んでいるのです」というと、天児屋命布刀玉命天照大神に鏡を差し出した。

鏡に写る自分の姿をその貴い神だと思った天照大神が、その姿をもっとよくみようと岩戸をさらに開けると、隠れていた天手力男神がその手を取って岩戸の外へ引きずり出した。

そして、天手力男神はその岩戸を隠した場所が、この戸隠なのである。もちろん、戸隠神社の祭神は、この「天の岩戸開きの神事」に功績のあった神々が祭られているのだ。


とはいえ、戸隠は平安時代末は修験道の道場として都にまで知られた霊場でした。神仏混淆のころは戸隠山顕光寺と称し、当時は「戸隠十三谷三千坊」と呼ばれ、比叡山、高野山と共に「三千坊三山」と言われるほどに栄えていたのだ。

江戸時代には徳川家康の手厚い保護を受け、一千石の朱印状を賜り、東叡山寛永寺の末寺となり、農業、水の神としての性格が強まってきました。山中は門前町として整備され、奥社参道に現在もその威厳を伝える杉並木も植えられ、広く信仰を集めたのである。

戸隠は明治になって神仏分離の対象になり、寺は切り離され、宗僧は還俗して神官となり、戸隠神社と名前を変えて現在に至っている。奥宮の参道随神門から約500メートル続く樹齢400年を数えるクマスギの並木、ここの木の勢いは現在も衰えることなく参道の神性を保っている。 立冬と立春には太陽が参道に沿って真っ直ぐに昇っていくという。この参道杉並木を含む戸隠神社奥社社叢は長野県の史跡・天然記念物に指定されているのである。

いろいろとうるさい、ひゃ〜参謀も、

「まぁ言いたいことはいろいろあるけど、とりあえずそれ(由緒)はそれでいいですよ、別に」ですと(笑)。


【戸隠神社宝光社】
まずここ宝光社(ほうこうしゃ)。ご祭神は、天表春命(アメノウワハルノミコト)。武蔵国一の宮の1社、小野神社のご祭神だ。

ちなみに当時、武蔵国は国府(東京都府中市)に近い順に、一の宮、二の宮、三の宮・・・としていたと思われ、国府により近い小野神社が一の宮となり、距離がある大宮の氷川神社は三の宮であった。しかし、神社の規模も大きい氷川神社の方が力を持っていた。

さて、現在地への鎮座は康平元年(1058年)、天暦3年(949年)に奥社の相殿として創建されたもの。

祭神である天表春命は、中社の祭神である天八意思兼命(思兼命)の子どもである。ここは、参拝登山する前に山の神々様に失礼なきよう、「魔物祓い」を行い、ここまで着いて来た「モノ」を落としてから入ることになっている。


●宝光社の270段余りの階段を登る●.jpg

●宝光社の270段余りの階段を登る●



もともと修験の山には、必ずしも毎月、神様がいるわけではないらしく、いない時に登り、「変なもの」を拾って帰ってこないように、ある種のバリア(のようなもの)を張れってくれるという俗信がある。ご神徳には、学問や技芸・裁縫・安産など、婦女子の守り神とも言われている。


余談だが、その昔、戸隠も女人禁制の地であった(というか女人OKの仏教は本来あり得ない)。今も女人堂跡がある。当時の女性はこの女人堂より先には行けず、奥社は、遙拝所から拝礼するしかできなかった。

差別と言えなくもないが、良くも悪くも男のための宗教(当時仏教)だったんだから、必要なら「女性用の宗教」を確立すれば良かったのではなかったろうか。今ならそうなるだろう。まぁいいけど。

そもそも宗教の女人禁制は、古来、お寺や神社の近くには風俗店のようなものがあってですな、そこには男が・・・・(強制終了)

それはともかく、女人禁制を破り禁足地に足を踏み入れたものは石になったという。今でも掟を破り中に入った比丘尼が石になったとされる「比丘尼石」がある。ね? そう言われれば、男しかこれんでしょう(笑)。


必要があって奥社の相殿として創建されたのであるから、分離しても奥社参りの前に立ち寄るのは当然のこと(例外多数w)。駐車場から参道に入り、何と270段余り続く階段を登り、境内に入った。

ここが俗にいう、パワースポットである。いわゆる見えない力(神仏など)は、極端な人間の行動がお好き。完璧にまじめな聖職者か、(ここでも)良くも悪くも熱くなる人間の行為にこそ、神仏は宿るという。だからこその悪人正機説も存在するのだ。

宗教団体や霊能者と称する方々がいうのは、あくまで自分たちができない理想の形。神々様の好む自然は「あるがまま」の姿。場合によっては人間が見たら「汚い」光景だってある。

「山は荒れ・・・」などとよく言うが、山々に手を入れるのは「自然の法則に反する」ことだ。そういう形できれいになって嬉しいのは「人間」であることを忘れてはいけない。寺がきれいになれば坊さんたちが喜ぶが、仏様はそんなことで喜ばんし、第一、仏様は寺になど存在しないのだ。

しかしながら、人工物(ゴミ)を作るのも人間だけ。そんなものをバラまかず、片づけるのは当たり前のことである。

それはさておき、我々は、これから奥社をめざすことをお伝えし、無事に参拝ができるようにお願いしたw。おみくじは・・・www。さて、先へ進もう。

我々は駐車場へ戻り、車に乗って次の参拝所中社の駐車場へ移動したのである。


【戸隠神社中社】
ここは先ほど述べたように、すでに馴染みの場所。駐車場から、鳥居をくぐり手水舎にて体を清める。さすがに水は冷たく身が引き締まる思いだ。

外国人の参拝客も多く、異国の言葉が飛び交う。当然聞き慣れた外国の言葉ならばどこぞの国と言うことはわかるのだが、耳慣れない言葉を聞くと、そのたびのどこの国の言葉なんだろうか?とも考えるが、とりあえず日本文化が他国の方々に興味を持たれるのは良いことであろう。

さて、ここで、ひゃ〜参謀は以前頂いたお札をお返しする。中社には、拝殿横に、古いお札の回収ボックスが置かれているからだ。ひゃ〜参謀は、お返しするお札に、お守り頂いたお礼を伝え感謝を込めて丁寧に箱に収めていた。


●おなじみの中社も参拝●JPG.jpg

●おなじみの中社も参拝●



こちらは中社(ちゅうしゃ)という。いわゆる音読み(おそらく「呉音」)で、仏教用語に使われる漢字の読みである(伯耆大山の大山も「だいせん」と呉音読むのと同じ)。

ご祭神は、天八意思兼命(アメノヤゴコロオモイカネノミコト)である。いわゆる、日本三大知恵の神様である。ちなみに、1.思兼命、2.高木神、3.少彦名命の三神とされる(こちらは兄・父・弟の関係)。

我々の中では、思兼命は大策士として認識されている。なんせ、素戔嗚尊の度重なる非行に天照大神が天岩戸にお隠れになった時、岩戸神楽(太々神楽)を創案し、岩戸を開くきっかけを作られた神様だからねぇ。

ひゃ〜参謀はこの神楽に参加した神々様は「高天原クーデター」に参加した神で有り、思兼命はその首謀者。結果、クーデター失敗し、参加した神々様地上へ追い払われたとふんでいる。父親(高木神)越えはなかなか難しいのは当然であろう。


しかし、日常で二進も三進もいかない時には、かなり頼りにできる神様だ。なんせ発想が違う。神界でも「ナンバー1」とされる神様であるが、それでも全知全能とは言えないのだ。ご神徳はもちろん、学業成就・商売繁盛・開運・厄除・家内安全である。

こちらの社殿の天井には平成15年に復元された狩野派の天才絵師・河鍋暁斎(かわなべ きょうさい)によって描かれた「龍の天井絵」がある。一度上がらせて頂いたが見上げるとその大きさに圧倒された。

我々は拝殿で手を合わせ、佐藤は、事業の繁栄継続をお願いした。その後社務所に立ち寄りおみくじを依頼する。そう、戸隠神社では、神職に自分の数え年を告げ。すると神職が奥へ入り祝詞を唱え、


「こんな生年月日の奴が何かがどうなるか伺いたいそうですが、その首尾はどんなもんでしょうか?」


ってな感じで尋ね、数え年と性別を神様にお伝えし、シャカシャカとおみくじをひいて頂くのである。そして、にぎにぎしく戸隠神社と書かれた封筒におみくじを入れて渡して下さるのだ。そう、おみくじはあちこちに結ぶのではなくお持ち帰りするのだ。結果は・・・www。


境内には樹齢700年を超えるご神木、樹齢800年を超える三本杉があり、参拝客が思い思いの場所にたたずみ、おみくじ結果を眺めたり、写真を撮って過ごしているのを見守ってくれている。

さて! いよいよお目当ての奥社である。ただねぇ、早朝飛び出してきており、奥社へのぼるとなると腹ごしらえが必要である(いつもそれだ!)。

そこで我々は、昼食を摂ることにした。車を八十二森のまなびや付近の駐車スペースに置いて、徒歩にて、戸隠神社入り口へ移動。


●まずは奥社の入り口をめざす●JPG.jpg

●まずは奥社の入り口をめざす●



【そば処 奥社の茶屋】
そこで、そば処 奥社の茶屋に入った。こちらは店内は木調で整えられ、自然の中にいる雰囲気が漂っておりなんとも気持ちの良い空間であった。

我々は天ぷらそばを注文。天ぷらは、エビやなすカボチャの他にふきのとうが添えられており、山の香りを楽しむことができました。おそばはのどごしが良く、甘味のあるつゆとからまりそれはそれは美味しかった〜。値段もリーズナブルで大満足であった。


●奥社前のそば処に入る●.jpg

●奥社前のそば処に入る●


●天ぷらそばが逸品!●JPG.jpg

●天ぷらそばが逸品!●



準備万端。ここからいよいよ奥社をめざす。スタート地点には、杖が入ったボックスがあるが、これはかなり役立つので1本借りていったほうが良いかも知れない。おお、「クマ(熊)出没注意」と書かれたチラシもあった。

そう、ここからはクマの生息地、すでにもう、我々が来たことを察知しているに違いない。よほどなことがない限り、「利口なクマ」は人里には降りてこないという。問題はクマでも人間でもそうでない種類なのだ。

我々は、バックの中から鈴を外へ出して、ちりちりとならしながら進んだ(自己満足だが)。参道の両脇には、小さな川が流れており、周辺には高山植物が小さな蕾を付けていた。


●入り口に置かれたクマ出没注意のチラシ●.jpg

●入り口に置かれたクマ出没注意のチラシ●



我々は、お互いを励まし、ののしり合い(笑)ながら、登っていく。途中にある随神門をくぐったあたりから杉林が奥まで続く。

ここからが神仏の領域に入るのだから、ことさら失礼があってはいけない。だんだん、足場も石や砂利が多くなってきた頃、道は段々が付けられた道へと変化していく。





階段では無いのだが、なだらかな勾配をのぼりやすく工夫して有るようだ。このあたりにまでくると、様相を気にするゆとりはなくなり、徐々に汗も多くなってくる。でも以前のような時間の長さを感じない。一度来たことが心理的な影響が大きいのであろう。いよいよ、奥社の拝殿が見えてきた。


●まさに比丘尼?の様相になってくる●.jpg

●まさに比丘尼?の様相になってくる●


●奥社参道半ばの随神門は異空間への入り口だ●.jpg

●奥社参道半ばの随神門は異空間への入り口だ●



先ほどまでとは違い、他者とすれ違うために道の譲り合いが必要な狭さ。そうなるとお互いに、「こんにちは。お疲れ様です」などの励まし合うようになるから不思議である。

ようやく奥社にたどり着いたときには、頭から顔から汗がぼたぼたと流れ落ちる始末。ひゃ〜参謀いわく、


「大将、那智の滝のような汗ですよ!」


ですと(笑)。

神様に、無事に来られたことに感謝を伝え、再度、来るチャンスがありますようにお願いをした次第である。佐藤は、その後髪の毛を後方に束ねた。ホント、冗談無く汗の量がすごかったぁ〜。


【戸隠神社奥社】
ここ奥社(おくしゃ)のご祭神は、あの天手力雄命(アメノタヂカラオノミコト)である。

由緒は、日本神話にある、天照大神が天の岩屋にお隠れになった時、無双の神力をもって、天の岩戸を開き、天照大神をお導きになった天手力雄命を戸隠山の麓に奉斎したことに始まるとある。

ひゃ〜参謀によるとこの神様は、猿田彦大神でもあるらしいが、さて・・・。)

戸隠神社の御本社として、開運・心願成就・五穀豊熟・スポーツ必勝などのご神徳が全国に広宣され、多くの崇敬者が登拝されているという。


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●ようやく奥社にたどり着きました●



全参道は約2キロ、中程には先ほどの萱葺きの赤い随神門があり、その先は天然記念物にも指定されている樹齢約400年を超える杉並木が続いているという。その近くには、九頭龍社(くずりゅうしゃ)がある。ご祭神の九頭龍大神(クズリュウノオオカミ)である。

ご鎮座の年月は不詳であるが、天手力雄命が奉斎される以前に地主神として奉斎され、心願成就のご神徳が高く、特別なる信仰を集め、また古来より水の神、雨乞いの神、虫歯の神、縁結びの神として尊信されているという。ここはまさに聖地・戸隠の地主神であり、この地を治めている神様としてふさわしい。


●こちらは地主神・九頭竜神社●.jpg

●こちらは地主神・九頭竜神社●



この奥社九頭龍社から、今登って来た方向を振り返ると、眼下には長野市までが眺望できる。佐藤は社務所横にたたずみ、汗のひくのを待った。そこには心地よい風がふき、我々の労をねぎらってくれていた。

さて、元気になったところで、おりますかね。2キロを登って来たと言うことは2キロ降りると言うことですからねぇ(笑)。でも、我々はお互い体重が以前より軽くなったせいか、以前参拝したときほど、苦痛は感じなかった。

それでも歳は歳。足腰に気遣いながら、ゆるゆると参道を降りた。我々の旅はまだまだ続く。足取り通り、ゆるゆるなので今回はここまで。次回は新潟の見聞録の予定です。

まだまだ暑きゆえ、皆さま、くれぐれもご注意ください。



●この道は、森の学舎の裏手まで続くのだ●.jpg

●この道は、森の学舎の裏手まで続くのだ●


(To Be Continued!)

posted by さとうはあまい at 20:22| 東京 ☀| Comment(0) | 見聞録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月11日

奮闘記・第1088回 研修会のツボ/新潟県

●2019年● 新潟県新潟市


新潟県ホームヘルパー協議会

令和元年度 新潟県訪問介護職員資質向上等事業
サービス提供責任者研修



皆さま、お久しぶりです。いや〜、ハハハ、暑い。今回は文字通りホットな今回は先月行われた研修会の報告です。

さて、新潟県では、訪問介護事業所で働くサービス提供責任者を対象として、サービス提供責任者研修を実施してきている。新潟県ホームヘルパー協議会さんでは、その研修を新潟県からの委託事業所として毎年開催しているのだ。

佐藤は、約10年余り、サービス提供責任者の職には、まだついていない訪問介護員を対象に「訪問介護の展開・訪問介護計画作成」の研修を担当してきた。

こちらの研修は、参加者の移動を考慮して、新潟市と長岡市で同じ内容を4日間かけて行っていた。ただ、その研修は年々参加者が少なくなった(サ責がそれだけの期間、現場を空けられない)こともあり、残念だが昨年度で一旦終了することになった。

今年、今まで役員の方々が講師を務めていたサービス提供責任者研修を、役員も現場を持っていることから、3日間から4日間とし、佐藤が講師の依頼を頂いた(会場は新潟会場のみ)。

この件については、昨年まで事務局をなさっ頂いた勢能さんから、新潟県からの委託によって、正式に次期事務局から依頼について相談は頂いていた。その勢能さんも昨年度で事務局を退職された。ちなみに勢能さんはすでに新潟ユニゾンプラザ内のとある事務局にて活躍されており、また会うこともできた(嬉しかった💛)次第である。

今年度に入り、事務局にしてトップの石黒さん(新潟県ホームヘルパー協議会前会長)から、正式依頼を頂いた。早々に参加者が定員をオーバーし、70名を超えたとのこと。嬉しい次第であった。

さて、この研修は4日間研修である。しかし、参加者の都合を考慮し、前期を2日間、後期を2日間として、あいだに1週間の期間を入れ、開催された。

佐藤は、前期は、研究所の一匹狼「ひゃ〜参謀」を同行させ、研究所の名車・カナメイシ君にて会場へ入った。後期は、他の研修との絡みから、上越新幹線にて移動し、今度は佐藤が一匹悪・・・いや狼となり、会場入りした(ということで後期の研修の写真は少な目だが、総数としてはてんこ盛りであるw)。

この研修の目的は『介護保険制度における、在宅サービスの中心となる訪問介護サービスの質の向上のため、現に訪問介護事業務を行っているものを対象として、高齢者の多様化するニーズに対応した介護の提供のために必要な知識・技術に関する研修を行うことを目的とします。』とのこと。

佐藤は、新潟の研修前に、市内の新潟総鎮守・白山神社への参拝が慣例となっており、研修の無事を祈念した。

この日は東京は梅雨の真っ最中であったが、新潟は初夏の陽気に包まれており、境内の池には、古代ハスが、ピンクの花弁を誇らしげに開いていた。

また、手水舎の水面には、色とりどりの紫陽花の花が浮かべられ華やかさが添えられ、神門と境内には、たくさんの風鈴がつり下げられて涼やかな音色を響かせている。

いやいや、各地域の神社も頑張っているね。御朱印などもそうだがいろいろ工夫がなされている。これはほんとうにまさしく、夏の白山さんって感じ。まずは拝殿にて手を合わせ、おみくじをひき。その後大黒様のお社で手を合わせて再度おみくじをひいた。結果は「繁盛大黒」様が大吉をくださいました(笑)。

ちなみに、写真は怒涛のように載せていきますw。


●白山神社の茅の輪くぐり●.jpg

●白山神社の茅の輪くぐり●


●境内にも風鈴が飾られていた●.jpg

●境内にも風鈴が飾られていた●


●今年も見事な花を付けた古代ハス●.jpg

●今年も見事な花を付けた古代ハス●



ささ、研修会場の新潟ユニゾンプラザへ行きませう。

会場では、担当となる石黒さんとお手伝いをしてくださる役員さんに参加者を出迎えて頂いた。佐藤は用意されたテーブルにて研修の準備をしていると、先に書いたように、前・事務局の勢能さんがあいさつに来てくださったのだ!

我々は再会できたことをともに喜び、近況を語り合った。もちろん、「ひゃ〜参謀」も懐かしそうに(といっても昨年も会っているのだがw)会話していた。各地の会場でこのような気遣いは非常にありがたいねぇ・・・。


●研修会場は大賑わい●.jpg

●研修会場は大賑わい●


●いよいよ研修がスタート!●.jpg

●いよいよ研修がスタート!●


●昼食は恒例の1Fレストランにて頂く●.jpg

●昼食は恒例の1Fレストランにて頂く●


●グループ内にて話し合いに参加する●.jpg

●グループ内にて話し合いに参加する●


●問い合わせに応じる佐藤●.jpg

●問い合わせに応じる佐藤●



また、会場には、すでに訪問介護員の研修時に参加していて、佐藤のことを覚えていてくれた方もおり、「先生、また、よろしくお願いしますね💛」とか、「少しスマートになられたみたい。体は大丈夫ですか?」と老体を気遣ってくれた。

もちろん、佐藤は元気ですよ、ハハハ、たぶん。皆さんに再会できて、こちらこそ、うれしいですね。今回もよろしくお願いしますねぇ。こうしてあちらこちらで会話が弾む中、研修がスタートした。

■研修で行ったこと
【研修内容】
●前期
【1】介護保険制度・訪問介護事業の制度全般について理解を深める。
   ケアマネジメントと訪問介護(指定基準をもとに理解を深める)。 
【2】サービス提供責任者の役割・具体的な訪問介護計画作成業務を修得する。
   サービス提供責任者の業務と責務・老計第10号について。

なお、「指定基準」とは、「指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準」の略である。

●後期
【3】接遇・マナーの向上を図る(ストレスマネジメント)。
   自己理解・他者理解を深め、自分の他者とのかかわる傾向性を理解する。
【4】事例検討
   各自の事例を共有しながら、お互いに学びや気づきを深める。
   今回の研修学んだこと。今後の取組についてまとめる。

前半の1日目である。

【1】介護保険制度・訪問介護事業の制度全般について理解を深める。
主に、居宅サービス事業所の指定基準と、訪問介護のサービス行為ごとの区分等(老計第10号)を示しながら、サービス提供責任者に課せられている責務と業務について説明を行い、訪問介護のサービス内容について解説を行った。

はじめに「ケアマネジメントと訪問介護の理解」として、介護支援専門員の役割とサービス提供責任者の役割を案内していった。


●討議に耳を傾ける●.jpg

●討議に耳を傾ける●


●他のグループ内容を見学する●.jpg

●他のグループ内容を見学する●



(1)介護支援専門員とは、元々は保健・医療・福祉の各分野の専門職であるということ
介護支援専門員も、もとは保健・医療・福祉の専門職であり、いわゆるマネジメントの専門家では無い。その人々が、介護支援専門員実務研修受講試験に合格し、介護支援専門員の実務研修を受講することで、介護支援専門員の証を受け取ることができるのである。

佐藤は約10年間この実務研修を担当したが、当然のことであるが、参加者の元資格が様々であることもあって、各サービス内容を詳細に理解しているかというと疑問があった。そこで、介護支援専門員になった方々には、その後、専門研修などの研修が定期的に行われているのである(この研修内容や範囲にはもろもろ不満があったが、それ自体を変えることは難しいから、内容を工夫していくしかなかったが)。

そしてまた、実務研修はその名の通り、実務に就くために必要な技術を指導する場所なのであるが、指導する先生の専門性も様々だ。いや、様々ならばまだいい。

指導者は大学の先生が多いせいか、医療面はその分野の専門家である医師や看護師が担当することが多い。もちろん、各先生方は、ケアマネジメント分野についてはテキストに基づいてしっかり指導している、とは思う。ただ、実際の実務の面はというと、実践経験が無かったり、少なかったりで事例を用いての案内に弱い部分もある。

それどころか、ケアプランを作ったことがない人が作り方を教えて居たりする。いくら派閥力学が働いていても、そこはねぇ・・・。

でも、いくら現役でもいい加減なプランを作って来た方よりはいいかも知れない。所詮は、その現場で、その利用者さんと会って見なければ、すべて机上の空論やアドバイスになりかねないからなぁ。

まぁそこで実践の部分は先輩の主任介護支援専門員が担当しているのだが、それはそれで・・・。最近は取るのも、更新するのも、(地域さはあるにせよ)随分厳しくなった感のある主任介護支援専門員の資格ではあるが、以前はゆるゆるであった。コネはあるが能力は・・・。今はかなり変わっているから、そういう方々には厳しいかも知れない。でもせっかくなったんだから頑張ってほしいな。

さらに国や介護支援専門員協会は、介護支援専門員の育成は、主任介護支援専門員が行うことが相応であるとして、介護支援専門員の育成は、その地域の主任介護支援専門員が担当するようになったのである。これ自体はよいことだと思う。目的の大部分は、経費節減であったとしても、だ。

問題は、そこでの間違った慣例が、まだ定着していることも少なからずあることだ。

それが、居宅サービス計画書原案の提示が、サービス担当者会議の席上であること、居宅サービス事業所が「事前訪問」をしていないこと、この2点なのだ。これじゃ、経験がある介護支援専門員が教えても、旧態依然で意味がない気もしないでもない(笑)。だって法令遵守じゃないのだからね。

リハビリでは「ご利用者の日常生活における活動の質の向上」を図るために行われる、リハビリテーションマネジメント加算により、S(Survey調査)・P(Plan計画)・D(Do実行)・C(Check評価)・A(Action改善)のサイクル構築と、リハビリテーションの継続的な管理に対して加算が設けられ、事前訪問としての、S(Survey調査)が導入され、リハビリテーションの提供を促進している。

リハビリも、「とにかく専門資格を作ればいい」くらいの感覚で作られた資格(草創者の方々の本を読めばわかる)であったが、進んだり、後退したりしながらも、今日の前進に至っている。これは関係者の努力によるものであろう。介護や福祉も「そこの点」は学ばねばならないだろう。




さて、この問題の2点については、居宅サービス事業所のケアマネジメントの担当者(サービス提供責任者や相談員)が指定基準及びマネジメントの理解に欠ける所にもその原因があると考えられる。

そこで、佐藤は資料をもとに、居宅サービス計画書原案がどのように作成されるのかをひもときながら、どの段階で、居宅サービス計画書を提示して頂き、事前訪問がなぜ必要なのかを説明した。

(2)居宅サービス計画の作成手順を理解する
介護支援専門員は概ね下記の要領で居宅サービス計画書を作成する。

T.生活全体の解決すべき課題を抽出する。
@利用者の現在の状態を明らかにする。
A現状についての困りごとを明らかにする。
Bその困りごとを今後どうしたいのか、どうなりたいのかを明らかにする。
C困りごとや要望を伺い、それに介護支援専門員の意見や提案をすり合わせ協議する。

U.課題に対して長期目標を設定する。

@課題に対して、ゆくゆくはどうなりたいかを相談する。
A長期目標は将来的に達成可能な内容とする。
B生活機能分類(心身機能・活動・参加・環境)を意識して作成する。※注意1

V.長期目標を達成するために短期目標を設定する。
@長期目標に対して、すぐにはどうなりたいかを設定する。
A短期目標は長期目標を細分化して達成可能な内容とする。
B生活機能分類を意識して作成する。

W.短期目標を達成するために必要なサービス内容を導き出す。
@短期目標を更に細分化して、必要なサービス内容を導き出す。
Aサービス内容はひとつのサービス事業所に偏らずすべての事業所にあてはまるように意識する。

X.サービス内容に適したサービス種別を選別する。
@各サービス内容の提供に適したサービス種別を導き出しその理由を説明する。
 (ここでは、利用者が希望していたサービス種別と異なる場合もある。)
Aサービス内容はひとつのサービス事業所に偏らず全ての事業所にあてはまるように意識する。
※例えば、心身機能のサービスは、体調に関することで、医療系のサービスを想定するが、福祉系のサービスでも、体調チェックなどを行うし、活動の支援である、移動の見守りは、医療系のサービスが滞在している間は必要なサービス内容でもある。また、参加では、全てのサービス種別において、本人の意向を確認するとか、相談助言などがある。さらに、環境として、家族や地域との連携は不可欠なのだ。

居宅サービス計画書原案は、こうした過程を通って作成されるのだ。

おのずと、Xの段階まで来なければ、サービス種別は選定されないのである。もちろん、利用者や家族の意向や要望、介護支援専門員の専門的な視点から、初回面談の段階から、このようなサービスが必要であるという予測を立てることは可能で有ろう。しかし、そこには根拠が伴わないのだ。

さて、介護の「王道」通り、居宅サービス計画書が作成されたとした場合は、WからXの段階で、居宅サービス事業所に、問い合わせがくる(はず)。これが、相談受付である。サービス提供責任者には、指定基準において、この相談受付の段階で行うことが責務として標記されている。

それが指定基準の第28条「管理者及びサービス提供責任者の責務」にある、「サービスの申込みにける調整」である。サービス提供責任者は、介護支援専門員からの問いあわせ時には、ヘルパーさんの空き情報を確認して、そのサービスが提供可能かどうかを吟味して、受託の可否を介護支援専門員へ伝えるのだ。

さらに、可能な場合には、「利用申込み書」などを渡して必要事項を記入して頂き、併せて居宅サービス計画書原案の提示を求めるというわけだ。

参加者からは、ケースバイケースだけど、なるべく事前訪問に伺うようにしているという話し聞くことができた。そう、お互いに情報交換を行うことで様々な不安を解消できるのである。

(3)利用者ファイルの綴じ方について
次に、「個別の利用者ファイルの綴じ方について」説明を行った。介護保険は、利用者の申請により、介護認定を受け要介護度のついた方が、ケアプラン(居宅サービス計画書)に沿ったサービスを、要介護認定の期間に限り利用できる仕組みである。

言い換えれば、利用者が要介護認定の更新手続きをしなければ、サービス提供は、期間の終了時に終わりとなる。

そうであるならば、利用者ファイルは、要介護認定の期間ごとに更新する必要がある。そこで、佐藤は、利用者ファイルに綴じる必要がある物を示し、それらは、更新時にはすべてひとまとめにして、他封筒に収納するか、同じファイルの後方に納めるようにすること。

ここで重要なことは、居宅サービス計画書の更新とともに、利用者のフェイスシートやアセスメントシートを更新することである。

いつまでも、利用者ファイルの先頭のページに「当初の受け付け時のフェイスシートを綴じておかないように」と説明した。


●1日目の研修の終了を知らせる石黒さん●.jpg

●1日目の研修の終了を知らせる石黒さん●


●本日の夕食は、もちろんグリル神田ですよw●.jpg

●本日の夕食は、もちろんグリル神田ですよw●


●市内にある弘願寺の弘法大師像、デカい!●.jpg

●市内にある弘願寺の弘法大師像、デカい!●


●朱鷺メッセをバックに市内を散歩する●.jpg

●朱鷺メッセをバックに市内を散歩する●



●ホテルにて朝食を頂く●.jpg

●ホテルにて朝食を頂く●



前半の2日目である。

【2】サービス提供責任者の役割・具体的な訪問介護計画作成業務を修得する。サービス提供責任者の業務と責務・老計第10号について。
サービス提供責任者の役割については昨日の時点で指定基準に併せて説明したので、2日目は主に『老計第10号』について説明した。

国は、平成30 年度介護報酬改定においては、訪問介護について、身体介護に重点を置いて報酬を引き上げるとともに、生活機能向上連携加算の見直し、「自立生活支援のための見守り的援助」の明確化、訪問回数の多い利用者への対応を行うことにより、自立支援・重度化防止に資する訪問介護を推進・評価することにしている。

そこで、身体介護における「自立生活支援のための見守り的援助」の明確化を行い、「訪問介護におけるサービス行為ごとの区分等について」(平成12 年3月17日老計第10 号)の改正を行った。

これは、介護保険制度始まって依頼の改正であり、訪問介護事業所にはこの改正に沿ったサービス提供が求められている。そこで、サービス提供責任者が、改正のポイントを熟知している必要があるため、下記内容について説明を丁寧に行った。

佐藤は、改正老計第10号において、今回特に明確化された、「1−6 自立生活支援・重度化防止のための見守り的援助(自立支援、ADL・IADL・QOL向上の観点から安全を確保しつつ、常時介助できる状態で行う見守り等)」について、説明しやすいようにNo.を付けて解説を行った。


●ほらほら、ヘルパーのしていることを言葉にしてみて●.jpg

●ほらほら、ヘルパーのしていることを言葉にしてみて●


●新潟ユニゾンプラザからの風景●.jpg

●新潟ユニゾンプラザからの風景●



明確化された1−6 自立支援・重度化防止のための見守り的援助(自立支援・ADL・IADL・QOL向上の観点から安全を確保しつつ常時介助できる状態で行う見守り等)」
※No.は佐藤が加筆.

@ベッド上からポータブルトイレ等(いす)へ利用者が移乗する際に、転倒等の防止のため付き添い、必要に応じて介助を行う。
A認知症等の高齢者がリハビリパンツやパット交換を見守り・声かけを行うことにより、1人でできるだけ交換し後始末ができるように支援する。
B認知症等の高齢者に対して、ヘルパーが声かけと誘導で食事・水分摂取を支援する。
C入浴、更衣等の見守り(必要に応じて行う介助、転倒予防のための声かけ、気分の確認などを含む)。
D移動時、転倒しないように側について歩く(介護は必要時だけで、事故がないように常に見守る)。
Eベッドの出入り時など自立を促すための声かけ(声かけや見守り中心で必要な時だけ介助)。
F本人が自ら適切な服薬ができるよう、服薬時において、直接介助は行わずに、側で見守り、服薬を促す。
G利用者と一緒に手助けや声かけ及び見守りしながら行う掃除、整理整頓(安全確認の声かけ、疲労の確認を含む)。
Hゴミの分別が分からない利用者と一緒に分別をしてゴミ出しのルールを理解してもらう又は思い出してもらうよう援助。
I認知症の高齢者の方と一緒に冷蔵庫のなかの整理等を行うことにより、生活歴の喚起を促す。
K洗濯物を一緒に干したりたたんだりすることにより自立支援を促すとともに、転倒予防等のための見守り・声かけを行う。
L利用者と一緒に手助けや声かけ及び見守りしながら行うベッドでのシーツ交換、布団カバーの交換等。
M利用者と一緒に手助けや声かけ及び見守りしながら行う衣類の整理・被服の補修
N利用者と一緒に手助けや声かけ及び見守りしながら行う調理、配膳、後片付け(安全確認の声かけ、疲労の確認を含む)。
O車いすでの移動介助を行って店に行き、本人が自ら品物を選べるよう援助。
P上記のほか、安全を確保しつつ常時介助できる状態で行うもの等であって、利用者と訪問介護員等がともに日常生活に関する動作を行うことが、ADL・IADL・QOL向上の観点から、利用者の自立支援・重度化防止に資するものとしてケアプランに位置付けられたもの。

もはや、現在の訪問介護のサービスには、【指定介護予防訪問介護のサービス】は現存しない。だが、平成18年に介護予防のサービスがスタートしたときの介護予防訪問介護のサービスには、下記のような言葉が流行したのだ。

それが、

「利用者のしていることやできることは、本人にして頂き、ヘルパーは本人のできない部分を行います」

というものだ。

まさにエライ先生がたが、現場に「たまに」顔を出して、利用者さんも先生方も、「特別な顔」でニコニコしながら、歓談できるような関係でなければ、こんなきれいごとは言えないし、書けないだろう。

これを文章通りに受け取れば、ヘルパーは提供された時間に、利用者は自分のしていることやできることを行えば良いし、ヘルパーはできない部分のみを行えば良いという解釈になってしまうだろう(実際そうなった)。

その結果、ヘルパーからは、

「○○さんは、自分ができる▼■をしない」

などという報告が上がってきたのだ。

まぁ、誰が流行らせたのかは定かでは無いが(当時は誰もがみんな知っている、とも)、この流行言葉はヘルパーのサービス内容には不適切であったとしか言いようがないのだが。

本来の介護予防訪問介護のサービスとは、

「ヘルパーは、利用者のしている事やできることを、そばに寄り添い見守り、本人ができることを依頼し、本人がするように励まし、頑張っている姿に労をねぎらい、依頼に応じてくれたことに感謝を伝え、さらに、本人のできない部分を、本人の要望を伺いながら、本人がした気持ちになれるように支援する。さらに支援中は本人が怪我や転倒しないように注意喚起を行い、安全を見守る」

という内容が正しいのである。どう? 似て非なるものでしょう?

そこで、今回示された老計第10号の1−6であるが、そこには、「利用者と一緒に」という文言が随所に出てくる。その「利用者と一緒に」ヘルパーがしている「声かけ・見守り」を、計画のサービス内容には具体的に示す必要が出てくるのである。

ヘルパーが支援の中でしている「声かけ・見守り」とは、「本人のできることを依頼し、協力動作に感謝を伝え、労をねぎらい、励ます」あるいは「本人の頑張っている姿に敬意を示し、していることやできることを称賛し、さらに側に寄り添い、できるように励まし危険を回避できるように見守る」などである。

参加者は、佐藤が言葉で伝えた内容を一生懸命書き取っていた。


●本日はお肉を頂いた(ユニゾンプラザ1F・八彩茶屋)●.jpg

●本日はお肉を頂いた(ユニゾンプラザ1F・八彩茶屋)●



午後からは佐藤が作成した「新潟さん事例」を用いて、訪問介護計画の作成演習に挑戦である。

事例は、脳梗塞後遺症、左麻痺の方。本人は料理をするのが好きな方。ヘルパーは本人が福祉用具を使用して、少しでも自分がしたいように調理を行う手助けをするという老計第10号の1−6のサービスだ。

事例は、基本情報・課題整理総括表・居宅サービス計画書・訪問介護のアセスメント表・などを提示し、参加者には佐藤が示した訪問介護計画書のひな形を用いて、具体的なサービス内容を考えて頂いた。

ひな形は、4つの枠組みを設けてあり、心身機能・活動・参加・環境(家族・地域)に対する、それぞれの課題に、訪問介護の目標を示してある。

演習は、まずは自分で考える。次にグループで考える。最後に発表するという順番で行った。皆さんは熱心に事例と向き合い、具体的なサービス内容を思い思いの言葉で表現していた。

中には、分類が難しいとつぶやく人もいたのだが、それは当たり前のことであろう。ただ、わからないと投げることなく、知ろうと思う気持ちが大事。その方も、グループ演習で他者と語り合うときには、自分の考えを伝えていたから。良かったぁ(笑)。

さて、解答例として提示した具体的なサービス内容のみを記載しておこう💛
これがすべてではないが、ヘルパーは少なからずこのような支援をしていると思うのだ。

《心身機能に対する具体的なサービス》
@あいさつ後、感染予防のために洗面所にて手洗いうがいを行います。
A居間にて、再度あいさつをして体調を伺いますので、体の調子をお知らせください。必要に応じて、娘さんに相談します。
B服薬カレンダーを見て、服薬が継続できていることを把握します。飲み忘れている場合には、飲めるように助言します。

《活動に対する具体的なサービス》
@これからする事を説明し、同意を得ます。作業に入る前には、トイレにお誘いします。身支度に乱れがあるときには、お伝えし整えられるように支援します。
A移動時や、作業時には、そばに付き添い転ばないように注意を喚起し、転ばないように見守ります。

《参加に対する具体的なサービス》
@通所リハビリの献立表を参考に一緒に献立を考えます。
A食材を取り出し、テーブルにおいて、本人のできそうなことを相談します。
B野菜は、洗って切りやすいように渡しますので、片手まな板を使用して切って
ください。怪我をしないように注意喚起し、頑張っている姿を励まし、上手くできたことを共有します。また、協力動作には労をねぎらい感謝を伝えます。
C調理終了時には、好みの器に盛り付けられるように支援します。

《環境に対する具体的なサービス》
@地域の情報を収集し、必要な情報を提供します。
Aその日の支援内容を娘さんとの連絡帳に記入して連携をはかります。


さて、具体的な訪問介護計画書を作成したところで、前期の研修は終了である。佐藤は、皆さんから前期に提出して頂いた。事例(約60名分)を持ち帰り、後半までの期間に、1つひとつに目を通し、書いてある内容を添削して赤字を入れ、後半の研修に持参した。


●皆さんちょっと体をほぐしましょう●.jpg

●皆さんちょっと体をほぐしましょう●


●事務局の皆さんも真剣に事例を読み込む●.jpg

●事務局の皆さんも真剣に事例を読み込む●


●さてさて、まずは自分で考えてみましょう●.jpg

●さてさて、まずは自分で考えてみましょう●


●グループをめぐりながら直接助言する佐藤●.jpg

●グループをめぐりながら直接助言する佐藤●


●朱鷺メッセ・ばかうけ展望室から眺める弥彦山●.jpg

●朱鷺メッセ・ばかうけ展望室から眺める弥彦山●



3日目である。

【3】接遇・マナーの向上を図る(ストレスマネジメント)自己理解・他者理解を深め、自分の他者とのかかわる傾向性を理解する。
その約10日後、佐藤は再び新潟に移動した。今回は荷物の「ひゃ〜参謀」は置いて来たが、その代わり研究所の悟空やパイレーツが同行しております(笑)。

今回は、サービス提供責任者に求められる、指導者(スーパーバイザー)の能力についてから入り、その後は、1人ひとりが持参した事例検討を行う。

まずは資料を用いて、スーパーバイザーの役割について。その後、ストレスマネジメントという考え方をご案内。その後は、佐藤の研修ではおなじみの、自己理解・他者理解を深める研修である。

サービス提供責任者とはいえ、すべての方が、他者を指導できるかというと、そうではないのだ。しかし、サービス提供責任者となったからには、指導者としての振る舞いを身に付けて頂く必要がある。

そこで、まずは、自分とは何者で何ができて、何ができないのか、自分自身と向き合う時間を作ってみた。次に、2人で、自己紹介をしつつ、幼かった頃の楽しい思い出話しを語り合うという演習を行った。

そして、例のごとく、お互いが相手に抱いたイメージ、「あなたは、このような人に見えました」という感想を伝えあって頂いた。なかなか、日頃自分が思ったことをストレートに他者に伝える機会などないだろうし、他者から面と向かって「あなたはこのような人に見える」なんてこと言われたことも少ないであろう。まぁ「あんたは〇〇なんだよ!」とキレられたたりは・・・・ないよね。介護職は(笑)。

伝え合いの時間には、あっちでワーワーこっちでワーワーそれはそれは賑やかに語り合いが行われたなぁ。さすが、対人援助職の皆さんである。そう、本来は話好きで人好き。他者を思いやる気持ちがひしひしと伝わってきた。

余談だが、かつて介護・福祉業界に「お金を稼ぐためにやって来た」というツワモノがいた。しかし、そういう割には、仕事の基本は「話好きで人好き」のまさに介護・福祉向きの人間であった。そもそもまともな人間なら、お金を稼げる業界とは言いにくい(笑)。

さて、その後は、ヒューマンスキル開発センターさんが開発した、交流分析のツール「エゴグラム・ストローク表」を作成し、解説を参照して自己分析をして頂いた。皆さんは解説の通りだと感心されていたが、何事も表裏一体、他者と関わるときには、なるべく良い面を用いてかかわるように意識すると良いであろう。

その後、11時過ぎからは、提出して頂いた事例から、佐藤が選抜した事例を用いて、事例検討のデモンストレーションを行った。もちろん、事例提出者には、開講前に協力依頼した。

■事例検討の手法
(1)発表。
(2)質問をため込む。
(3)質問に答える。
(4)振り返り、共有・助言など。


事例検討の目的は、事例を通して、発表者はもちろん、他の参加者もその事例を通して、お互い気づきや学びを深めることだ。決して、こうした方が良いのはないかとか、そんなことはダメだよ、などと他者のしていることや行いを否定するような場になってはいけないのだ。

そのために、発表者は、警戒心を取り除き、あくまでも正直にオープンに積極的にかかわる気持ちが大切。

そして、参加者には守秘義務が課せられており、事例検討で出された内容は口外しないことが求められている。

デモンストレーションは、40分かけて行った。提供した方も、参加者もそれぞれ学びや、ヘルパーとしての気づきなどがあったようである。

午後からは、各グループ内で事例検討を行った。
1人ひとりの事例発表に約40分ずつ行ったが、各グループ内では、それはそれは有意義な検討が行われていた。

佐藤も、その都度、グループ内に留まり、事例検討の仲間入りをさせて頂いたが、まさしく今行っている出来事なので、それはリアルに展開されていくのだ。ただ、発表者は、自分が発表することで、自分が提出する際に抱いていた困りごとは、自分たちからの一方的な見方であったことに気付いたり、発表途中から、改善策を思いつくなど、面白い展開となった場面も見られた。

それは、参加者がお互いに、多かれ少なかれ、同じような事例に遭遇していることにより、新たな気づきや、助言を得ることにより、解決のヒントが得られる体験からくるものではないかなと思う。


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●幼い頃の思い出を語り合う●


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●演習を見守る仲間たち●



4日目いよいよ最終日である。

【4】事例検討
午前中は、今研修の振り返りと、今後の動向について資料を用いて解説した。社会保障審議会では、次回の介護報酬改正に向けて議論が行われていること。

そこでは利用者負担が1割から2割への議論と、要介護1及び要介護2の生活援助が地域支援事業へ移行するという議論や、居宅サービス計画書作成に付いて利用者負担を発生させるということなどが議題にのぼっていることを説明した。

それらを踏まえて、今訪問介護事業所がすべきことは、要介護1及び要介護2の方に提供している「生活援助」を老計第10号の1−6へ移行するように取り組むことではないかと伝えた。

その後は、まだ事例発表をしていない人についての検討会を再開した。もちろん、佐藤は各グループをまわり、追っかけ質問をしたり、助言などをしてまわっていく。

中には、話に夢中になってしまい、検討というより、座談会になっているグループもあったが、参加者がそれそれが前向きに議論しているので、それはそれで良かったと思う。

すべての人の事例検討をした後は、サービス提供責任者研修を通して、学んだことや気付いたことをまとめて頂いた。まずは自分で考え、次にグループで話し合い、まとめて頂いたのだ。

最後に、各グループで話し合った「学んだこと・気付いたこと」を1つずつ、ホワイトボードへ書き出して頂いたが、下記がその内容である。

1)身体介護と生活援助の見極め方が理解できた。
2)利用者の困りごとや要望を聞き取りながら提案をしても良いことがわかった。
3)情報収集の大切さとモニタリングの意味と意義がわかった。
4)「困りごと」を明確にすることを実銭していく。
5)本人・家族の価値観に沿うことの大切さが理解できた。
6)事前訪問時に、事業所の説明と、訪問介護のサービス内容を説明するのは、ケアマネではなくサービス提供責任者の役割であることがわかった。
7)アセスメントの重要性(帳票の余白の部分に書く内容がわかった)。
8)地域の情報をもっと知ることが大切。
9)サービス提供責任者の重要性と、ホームヘルパーが責任と誇りを持てる仕事であることを再認識できた。
10)利用者の能力を奪わない介護、質(介護技術の提供)を買って頂く。


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●他者の発表に耳を傾ける●


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●聞こえる位置に席を移動する●


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●気づきや学びを共有する●



さてさて、これにて、4日間の研修は終了。

ご多忙の中、参加して頂きました皆さま、また、同様にご多忙のおり、研修会を支えて頂いた石黒さんをはじめ新潟県ホームヘルパー協議会の皆さま、有り難うございました。また、勢能さんも顔を出してくれて有り難う!

今頃、参加した皆さんも、猛暑の中張り切っていると思います、とはいえ、今年の猛暑も半端では有りません。ご自分の体を大切にすることと、ヘルパーさんのお体も気遣いながら夏を乗り越えてくださいませ! またお会いできるのを楽しみにしております。重ねてご自愛ください。


(To Be Continued!)


posted by さとうはあまい at 00:54| 東京 ☀| Comment(0) | 研修会のツボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月31日

奮闘記・第1087回 研修会のツボ/東京都

●2019年● 東京都千代田区


公益財団法人 社会福祉振興・試験センター

2019年度 社会福祉法人等が経営する社会福祉施設・事業所職員向け合宿研修会
4日目「対人援助技術・介護記録の書き方トレーニング」
【第2部】



今回の研修は、2部構成である。第1部は、『対人援助技術』についてで、内容は前回の第1086回でにて報告済み。今回は第2部の『介護記録の書き方』についての報告である。

少し間があいたので、参加されている方について案内しておこう💛
この研修は公益財団法人 社会福祉振興・試験センターさんが主催している合宿研修であり、受講するにあたっての条件を定めて、その条件をクリアした人々が、この会場に集っているのだ。

その条件はいくつかあるが、かいつまんで案内する。

『公益的な活動を実施し地域貢献に取り組んでいる、または公益的な活動を計画し地域貢献に取り組むことを予定している社会福祉法人等が経営する介護報酬指定施設・事業所で働く生活相談員・介護職員・介助員・介護支援専門員等』
『介護業務の経験が通算して3年以上でかつ本研修受講後も引き続き当該施設や事業書に勤務する意志を有する者』
『本研修会に参加経験のない者で、研修開催機関において研修会場の宿泊施設に宿泊できる者』

となっている。

事務局の好漢・S氏曰く、「今回の参加者は3年目から上は20年を越える方が参加しています」とのこと、すなわち経験豊富な方が揃っているということなのである。

●思い出を語り合う●.jpg

●思い出を語り合う●



■研修会で行ったこと
(1)自己理解・他者理解
(2)自分のパーソナリティーを知り、他者と関わる傾向に気づく
(3)介護記録には何を書くのか
(4)事例を把握し、介護記録に挑戦する


※(1)(2)は前回報告済み。今回は、その第2部は、(3)(4)を報告したい。

■第2部
3.介護記録には何を書くのか
ここでは、テキストを用いて、ICF(International Classification of Functioning, Disability and Health)について説明を行った。そして、この考え方は平成14年に日本語に翻訳されて、厚労省のホームページに掲載されている。

まぁこの翻訳自体はいろいろあって、実際専門家のPTさんたちの中には「原語」(WHOゆえに仏語版もあるだろうが、とりあえず英語版)で読んだほうがいいという方もいる。

われわれ門外漢はそこまでやらんでもいいとは思うのだが、素人が比べても言葉のニュアンスが本来の意図とは微妙に変わっているように思えるくらいに「手が入って」いる。

それはさておき、さらに平成26年には、サービス提供事業所の果たす役割は「利用者の心身機能能維持向上・活動の維持向上・参加の促進」これらの役割を果たすことで「家族の(環境)の負担軽減」に繋がる、ということを説明。


●グループの会話に耳を傾ける●.jpg

●グループの会話に耳を傾ける●


●他者に気遣い肩をもむ●.jpg

●他者に気遣い肩をもむ●



そうであるならば、介護職が、利用者の介護計画に沿って必要な援助を行い、モニタリングをして、利用者の生活機能(心身機能。活動・参加・環境)が維持・改善・悪化しているか適切な評価を行う必要があるはず。

そこで、介護記録には、利用者の生活機能を意識した記録が求められるということを説明した。

そして、実際の介護記録の場合、多くは、利用者の健康状態の推移は記載されているのだが、利用者が日常生活動作で「していること」や、職員のかかわりによって「できたこと」の記載が少ない傾向がまだあり、逆に「できなくなったこと」については記載されていることが多いことが上げられる。

さらに、参加の項に至ると、「○○に参加した」という記録は有るのだが、その時々の利用者の状況や職員の意図的な介入などについては特段明記されないため、実際介護職の支援が「どのように利用者の意欲の向上に繋がったのか」が見えてこない記録が多いことである。


例えば、医療職は、利用者の健康状態を掌握することが専門であり、その記録は体温や、血圧、飲水量や、排せつの状況など、数値の記録が重要な意味をもってくる。また、「頭が痛いと言う」「腹痛を訴える」などの簡潔な記録が求められている。


●昼食を頂く●.jpg

●昼食を頂く●


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●自分で考えるを見守る佐藤●



一方、介護職は、利用者の日常生活動作(活動)について、必要な援助をするたびに、利用者に対して、「これからすることを説明し、本人の意向を伺い、同意を得られた場合に必要な援助を行う」のだが、同意が得られない場合には、なぜ、それをしたくないのか理由などを聴いて、その方が必要な援助を受け入れて頂けるように「話し合う」のだ。

必要な援助を行うときには、その時々利用者の状況に合わせ(随時アセスメントし)、本人のしていることやできることは本人にして頂き(するように励まし)、本人のできない部分を、本人が希望する方法で行う。

これって、文章を読んだだけでも非常に手間のかかる作業なんだけど、経験を積んだ職員で有れば、このかかわりを瞬時に判断し、行ってしまうのである。

だから、職員にしたら当たり前の行為なので、そのためにした(行った)、「介護の手間」を省いてしまいがちである。その結果、文章は「車いすへ移乗すると、ひとりで食堂へ出られた」などとなってしまい、これではまるで「その方がひとりで車いすへ移乗し、食堂へ行った」かのようにとられてしまう記録ができ上がるのだ。

まあねぇ・・・、介護の手間の記録を書くと長くなりますからね。だったら、したことは、タイトルとして明記し、その下に介護技術を記載するようにしても良いのではないかなぁと思う。


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●発表者を選択●


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●記録を読み込む●



【タイトル】
『車いすへ移乗すると、ひとりで食堂へ出られた』
昼食のご案内に居室へ訪問する。本人はベッド上で、新聞を読まれていた。昼食の時間である旨を伝えると、「もうそんな時間か・・・」と言いながら時計を眺める。さらに「じゃあ起こしてくれるかな?」と言われたので、「もちろんです」と答える。そしてベッドサイドに車いすを置くと、自分で布団をめくり上げ、上半身を起こす。足をベッドサイドへ移動することを説明し、本人の動かし方に合わせて、両足を手前に引き寄せた。本人はサイドレールに手を置いて、体を回転させ、端座位をとった。車いすを所定の位置に置くと、自ら車いすのアームサポートに手をついて立ち上がると、向きを変えて車いすへ着座した。自分は、転ぶことが無いように注意を換気し、同時に転ぶことがないように見守った。

まぁ、これはほんの1例であるが、利用者のしていることやできること、さらに職員がしたことがリアルに伝わってくるのではないだろうか。

(文章が長くなるのは、これら例文の状況説明が「初めて語る」人々に向けて書かれていることにもよるだろう。初対面でいろいろな状況説明を省きまくるわけにもいかないからだ。これが同じ組織や団体の中で、ルール作りができて居れば、それ相応に短くできるはずである。)

職員は、利用者同士の交流や、家族や地域(環境)との交流の支援も行っている。これも、職員の意図的介入があってこそ、はじめて成り立つ支援と言える。

それが「○○さんと、七夕飾りをつくった」「園児との交流会に参加した」という記録(記載)にしてしまっては、「身近な観察者」としての職員の「存在の雰囲気」はわかるだろうが、「介護者としての職員の行動」は、読み手(他の職員や家族等)には伝わってこないだろう。

さらに、多くの施設では利用者の手段的日常生活動作(家事活動)を職員が代行していることが多い。それは、もしかしたら「利用者のできること」を奪っている可能性もある。

利用者の中には、そのような家事活動も個別によってできることや、(自分で)したいことなども有るはずだ(無い人もいる)。可能なことであれば、その作業に参加(役割の提供)して頂くことも重要なことではないかとも伝えた。ふう!

佐藤は、職員が利用者にしている「励まし」「注意喚起」「称賛」や、「協力動作を依頼する」「感謝を伝える」「労をねぎらう」など、これらの行動が一括りで「声かけ」という言葉に置き換えられ、明記されてしまうことが残念(書くのが楽だが、評価はされない)で仕方がない。 

加えて、「見守り」「放置」はイコールではないこと。見守りとは、「そばに付き添い、本人を励ましたり、できることを称賛する。また労をねぎらう」などの行動を指していることを伝えた。


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●仲間を励ます参加者●



4.事例を把握し、介護記録に挑戦する
午後からは、佐藤が得意としている、逐語文(ダイアローグ方式)のダイナミックな事例を元に皆さんに提供してみた。

皆さんにはその事例をひもといて、介護記録や相談員記録にチャレンジをして頂いた。今回の物語は、「お正月に外泊をしていた利用者が、予定より早く施設に戻ってくる」という内容である。まぁ、いわゆる想定外の出来事ですなぁ。

その出来事を、幅広い場所から捉える、いわゆる「鳥瞰」による説明と、相談員対家族、あるいは介護職対利用者による、「各場面設定」ごとの説明を行い、その上で実際の支援をし行っている場面を説明している。それらはタイムテーブルによって区切られているのだ。

簡単に案内してしまうと、お正月に外泊していた利用者が、予定を繰り上げて帰ってくる場面から物語が始まり、帰ってきた利用者の大腿部に打ち身と傷が・・・。

「やや、これはもしや娘宅で何かトラブルがあったのでは?」と思われるも、本人がなかなか素直に口を割らない(犯人かい!)。

そこで相談員や担当職員、看護師、介護支援専門員が密談し、それぞれの立場から利用者や家族にアプローチし、「いったい何があったのか?」と追い詰め、いや明確にしていくといった筋であり、まるで推理小説まがい(推理小説のまがい物とも)の事例なのである(笑)。

佐藤が「一人語り」で読み進める(ギターなどはなし)。
それでも最低15分はかかるのだ。いや〜、「また」大作をつくってしまった!(笑)

当然、この物語の登場人物の1人の介護記録をすべて書くことは無理。そこで、皆さんには、「時間別」に出来事を選択をして頂き、その場面で起こった内容について記録を書いて頂いた。

自分で考え、グループで語り合い、発表を行う。自分で考える時間は5分。

佐藤は皆さんが取り組んでいる間に会場をまわったが、皆さんは記録研修などいるのかいな?というくらい、ふつうに長文を書かいていた。

そこで「いつもこんな(長い)文章を書くの?」とたずねたら、「いつもは、『排泄介助・衣類着衣時痛みを訴える。医務室に連絡。』位かな?」ですとw。

「では、なぜ、今は長文なのか?」と畳みかけて質問すると、「ここに場面が書かれているからですよ。いつもは、自分がしていることを細かく覚えていないし(笑)、書く時間もないですから」

そうなんだ・・・。覚えてない(笑)って。これ、笑いごとではない。本来で有れば「ワンケア・ワン記録」が理想なのだから。

まぁ、職場内の環境にもよるが、常に書き込める環境で有って欲しいものである。また、記録は、手書きやパソコン入力であったり、中には、タブレットで入力をしている方もいた。機材については、まぁそれぞれ事業所の都合と言うところもあるだろうな。


●ささ、質疑応答の時間ですよ●.jpg

●ささ、質疑応答の時間ですよ●



さてさて、最後はグループ発表である。

発表したいチームに挙手を求めたが、(だいたいそうだがw)残念ながら手は上がらない。そこで、その日は7月4日だったので、7グループと、4グループ、最後は11グループに前にあるホワイトボードに板書を依頼した。

皆さんが選択した場面は、職員が実際に支援している排泄介助の場面で有る。それぞれ、必要事項を漏らさないように記載してあり、記録として何が求められているかは理解されている(ようであった)。

これは、ごくごく当たり前のことではあるが、職員は何を書くべきなのかを理解すればちゃんと記録はできるということでもある。まぁそこからが・・・これから・・・だね。

その上で、佐藤が作成した解答例を配布した。

佐藤は、例題に登場した専門職の、介護職員はもちろん、看護師・相談員・介護支援専門員の記録を解答例として作成しておいた。その記録は、各専門職が使用しているであろう帳票を用いて、今回の物語を、時系列に書いてある。

それらの記録物を、介護職員の記録を中心に、相談員や介護支援専門員の記録を案内した。特に介護職員の記録は項目欄(心身機能・活動・参加・環境)など、いわゆる生活機能分類の言葉を用いてその内容を記述した。

皆さんは実際に今自分たちが取り組んだ場面が細分化されて書かれていたことから、ため息混じりに「このような書き方もあるね・・・」などとつぶやく声も聞こえてきた(笑)。

まぁ、今回の記録の書き方は、あくまでも私が求めて(求め続けて)いる内容であり、このような記録があれば、職員同士に伝わる記録となる上、モニタリングやアセスメントもしやすくなると考える。第一、利用者や家族が読んでも「差し支えない」ものである。

佐藤は介護記録の研修を行う際に、声を大にして伝えていることがある。それは、各事業所に即した「介護記録のマニュアル」を作ることである。

皆さんから聞こえてくる声は、「時間がないから書けない」「上から簡潔に書けといわれている」「こんなに書けない」などなど。

そうであるならば、まずは各事業所に合った「介護記録マニュアル」を作ることから始めて欲しい。多くの事業所に「○○検討委員会」があれど、なぜか、「記録検討委員会」なるものの存在は聞かれない。

さらに、記録を書く時間がないのであれば、業務分担表に、記録の時間を設ければ良いはずだ。記録時間は5分程度である。忘れないうちに重要な要点を漏らさず書いておく。このように、まずはその段階で自分の事業所に適したマニュアルができていれば、さらに働きやすくなるのではないだろうか。

さてさて、最後に質疑応答の時間を5分間設けた。なぜならば、事務局の片倉氏からぜひ質疑応答の時間を取って欲しいと依頼されているし、卓上にそのように書かれたメモが置かれていたからだ(笑)。いつでも事務局さんに協力しないとね!

でも、「質問はないですか?」と前方から問われても、なかなか手をあげにくいのも人情である。そこで、佐藤は、会場をめぐりながら、特養にごとく、「いかがですか?」と促しつつ、たずねまわった。

すると、1人の方から「この項目に書かれている生活機能の言葉は、とらえ方によって項目も変わってくると思いますが、それはそれで良いですか?」という鋭い質問が出た。

そう、その通り! なぜならばICF(国際生活機能分類)の概念(概念図)には、相互作用がある。だから、その時々よって心身機能・活動・参加の項目が変化することもあるのだ。

佐藤は、質問の通りなので、その時々状況に合わせて利用するように、そしてそこに「この分類の概念」を使用したのは、心身機能に偏らない記録を求めているためである、ということを説明した。

さてさて、朝の9:00から、15:15までの長時間にわたる研修はこれにて終了。

最後に再度「これなんだ」さんが登場(何か?を飲み込んだうわばみの話)。これは、皆さんに、「同じ人」であっても、毎日「同じ状態」「同じ心境」ではないことを理解し、毎度新鮮な気持ちでかかわって欲しいということを伝えて、佐藤の研修の幕を閉じたので有る。

さてさて、参加者および主催者の皆様、お疲れ様でした。

長かった梅雨もドカンと明けて、一気に猛暑となってしまいました。皆様、どうぞ、ご自愛されながら、華やかな活躍を願いしますよ! ではまたいつかお会いしましょう!!



●諏訪坂をおりて帰ります●.jpg

●諏訪坂をおりて帰ります●


(To Be Continued!)
posted by さとうはあまい at 14:33| 東京 ☀| Comment(0) | 研修会のツボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月13日

奮闘記・第1086回 研修会のツボ/東京都

●2019年● 東京都千代田区 研修会のツボ/東京都

公益財団法人 社会福祉振興・試験センター

2019年度 社会福祉法人等が経営する社会福祉施設・事業所職員向け合宿研修会
4日目「対人援助技術・介護記録の書き方トレーニング」
【第1部】



今回の研修の主催者は、なんと、あの介護福祉士や社会福祉士や介護支援専門員の試験を掌っている法人(社会福祉振興・試験センターさん)であった。はじめメールを見たときには、「おや?自分の資格に何か問題でも?」と考えてしまったwww

メールを開いてみれば、なんということはない、研修講師の相談で有った(当たり前だ)。依頼文には、佐藤を紹介してくださった方の名前まで添えられていた。

それが、元介護保険指導室長にして、現NPO地域ケア政策ネットワークで活躍されている大物・氏であった。氏とは数度お仕事をさせて頂いたが、とても気さくで、話の随所にクレバーさを感じられるお人柄であった。

こうして佐藤のことを案内して頂いたとなれば、断る理由はない。実施日は1年も先のことであったため、日程は空いている(皆様もお待ちしております💛)。

さて、月日が流れ(笑)、研修当日。

あの九州豪雨の最終日、その前線が東京にも大雨を降らせる予想が出ている日であった。佐藤は、いつものように研究所のひゃ〜参謀を従え、朝の地下鉄南北線でうにうに激混みの永田町を目指した。

ところがこの朝のラッシュ時の地下鉄は、それはそれはすさまじく、ハンパなかった。なんせ、傘を持っている手と荷物を持っている手を持ち変えることはもちろん、体を動かすことすらままならない。

その上に、何でも前後の列車の時間間隔の調整を行うとやらで、各駅で少々駐車するのだからたまらない。しかも、駒込でも後楽園でも降りる人は少なく、その上に更に入って来る人がいるのだからたまらない。

目的地の永田町駅で車内から飛び出したときには、すでに息も絶え絶えであった、ハイ。

疲れた。近くで帰ろうかな・・・というつぶやきを聞きながら、佐藤は気分を切り替え、地上に出て、事務局の若き好漢・S氏が送ってくださった地図を頼りに会場を目指した。会場はホテルルポール麹町である。


「あっ、あった、ホントにあった。ここだね!」


と会場を確認しつつ、素通りした(笑)。

実は、ひゃ〜参謀のいい加減な調査によると、ご近所に平河天満宮があると言う。ご存知のように、我々は「神社検定参級」保持者、会場近くに神社があると知ったら、寄らないわけにはいかない。そこで、平河八幡宮へ立ち寄ったのだ。

雨に煙る神社の境内は非常に厳かで、趣がある。ここはかの早すぎた鬼才・高野長英先生の日本初の蘭学塾が近くにあったり、ヘレン・ケラーが慕ったという、いやそれがなくても天才国学者である塙保己一(はなわ・ほきいち)先生が大願をかけた神社である。


●雨の平河天満宮を参拝●.jpg

●雨の平河天満宮を参拝●



雨の中を我々の他にも参拝客がいた。我々は、はじめてここに参拝させて頂いたお礼を伝えつつ、本日の仕事の無事を願うのであった。参拝後はおみくじタイム。佐藤は末吉だが、ひゃ〜参謀大吉であった。ふふふ、お後がよろしいようで。


さて会場へ行くのだ!

会場はホテルの2階。豪華なシャンデリアが光り輝いている。早速、出迎えてくださった若き好漢・氏とあいさつ。事務手続きや、資料の確認をした後、会場に入った。


●いざ研修会場へ!●.jpg

●いざ研修会場へ!●



会場には参加者が席につき始めているところである。

参加されている方について、簡単にご案内しょう。実はセンターでは、受講するにあたっての条件を定めており、その条件をクリアした人々が、この会場に集っているのである。

その条件はいくつかあるが、かいつまんで案内すると、

『公益的な活動を実施し地域貢献に取り組んでいる、または公益的な活動を計画し地域貢献に取り組むことを予定している社会福祉法人等が経営する介護報酬指定施設・事業所で働く生活相談員・介護職員・介助員・介護支援専門員等』
『介護業務の経験が通算して3年以上でかつ本研修受講後も引き続き当該施設や事業書に勤務する意志を有する者』
『本研修会に参加経験のない者で、研修開催機関において研修会場の宿泊施設に宿泊できる者』


としているのだ。

事務局のS氏曰く、「今回の参加者は3年目から上は20年を越える方が参加しています」とのこと。すなわち、経験豊富な方が揃っているということでもある(佐藤は、この経験豊富な参加者の協力を得られたことで、研修を無事に終了することができた)。

■研修会で行ったこと
研修は、2部構成であり、第1部は対人援助技術についてで、第2部は介護記録の書き方である。

(1)自己理解・他者理解
(2)自分のパーソナリティを知り、他者と関わる傾向に気づく
(3)介護記録には何を書くのか
(4)事例を把握し、介護記録に挑戦する

まずは佐藤本人の自己紹介。そして、対人援助の研修にはつきものの、「これなんだ?」さんが登場。佐藤は、その品物が「何に見えるか?」を皆さんに問いかける。すると、私が掲げたもののイラストを描いている方を発見。佐藤は、その方にお願いしてホワイトボードにその絵を描いて頂いた。これがなかなかの名人芸。

佐藤は会場をまわり、皆さんが書いた「何に見えるか?」を確認していく。亀・つちのこ・恐竜・色は薄茶色・ベージュ・肌色などなど、相変わらず多彩である。

そう、同じものを見ていても、1人ひとり、とらえ方、見え方、表現の仕方は違うのである。人は自分と同じ考え(価値観)の集団にいると落ち着く。

しかし違う考えといると落ち着かなくなる。そこで、異なる価値観の相手とは、はじめてコミュニケーションを試み、共通点(あるいは非共通点)を探し始めるのだ。

「なんで、亀に見えたの?」「なぜ、薄茶色なの?」「どこをみて恐竜と思ったの?」などなど。そう、対人援助の始まりは、他者の存在や言動に興味を示すことから始まる。その後、佐藤が「これなんだ?」さんの正体を明かし、次へ進む(「これなんだ?」さんは実は最後にも登場するのですよ・・・)。


●参加者と語り合う●.jpg

●参加者と語り合う●



次は、グループ内で自己紹介を行って頂く。

自己紹介は1分間スピーチで行う。1グループ6名・最後のグループのみ7名で有った。今回のお題は「この研修に参加してみてどうであったか」

佐藤は、豚さんのタイマーを片手に、グループ内を移動してはとどまり、話している内容に耳を傾ける。

すると、初めて東京に来たので不安だったけど、皆さんと知り合えて良かった。仕事を離れての座りっぱなしの研修はきつい(笑)。先生達からいろいろ教えてもらって良かった。帰ってからの報告が大変、などなど。ここでも多彩で、いろいろな思いを聞くことができた。

さてさて、グループ内が和んだところで、本題へ入る。


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●環境を気遣う事務局のS氏●



■第1部
1.自己理解・他者理解
@自己理解
皆さんに5分差し上げ、「自分はどのような人間なのか」を思い描き、その自分のイメージを箇条書きで書き出して頂く。次に自分書いた自分に○×△を用いて評価をして、×がどちらが多いのか挙手して頂く。

今回のメンバーは、圧倒的にの方が多いと答えていた。×の方が多かった方は数人派で有った。佐藤は×を書いた方に、その中で10個以上の自分をかけた方がいたかどうかをたずねると、手をあげた方はいなかった(ホッ!)。

なぜならば、自分のマイナスな部分にばかり意識が行くと、それを表現する言葉が思いつかなくなってくる。これはまぁ当然であろう。

逆にの多かった方は、サクサクサクサク書き進め、3分くらいで10個以上かけてしまうのだ。

そこで、対人援助をする方は、自分の良いところ探しをするようにやる。さらに自分に厳しい方は、他者にも厳しくなる傾向があるので、他者と関わるときには、プラス思考でふるまうように伝えた。

A他者理解
ここでは、皆さんに2人1組になって頂き、語り合って頂いた。佐藤は、「会場内」であれば、誰でもどこでも構わない。相手を探しペアを作って欲しいと伝えたのだが、皆さん省エネタイプの方が多かったようで動きがない。中にはせっかくだから他の方と話したいと席を立った方もいるにはいたが、結局、他のグループメンバーの相手を探すことはできなかったようだ。残念!

ここでは、参加者数か奇数だったので、事務局のS氏の協力を得た。ここでの語り合うテーマは「幼かった頃の楽しい思い出」である(定番ですな)。

佐藤は豚さんタイマーのスイッチを入れ、皆さんの語り合いを傍観してみた。

すると、皆さんはすぐに自己開示状態となり、賑やかに語りはじめたではないか。そして、ときに非言語的コミュニケーションであるボディランゲージを駆使し、語りを深めている。さすがにベテラン集団だけはある。ちなみに、初対面の場合や新任職員の場合は、なかなかこうはいかない。最低でも15分は必要なのだが・・・、まぁね。

佐藤は8分間で語り合いを終了。皆さんに話し合った相手についてのイメージを「あなたはこのように見えました」シートに書いて頂いた。

そして、今書いた言葉を相手に言葉として伝え、言われた方は「ありがとう」と素直に受け取るように伝え、実践した。

すると、どうだろう? 会場は熱い空気に包まれて、すべての参加者が笑顔になっていた。他者と交流したのであれば、このように笑顔になるのが1番なのだ。実は、この幼かった頃の思いでは次の交流分析にも通じていくのだ。

【自己理解と他者理解の解説】
人は、他者と関わるとき(仕事でも)自分が捉えているマイナスの部分は、なるべく他者からはそのように見られないように(気づかれないように)振る舞っているのだ。

つまり、他者は自分の表面に現れている部分を中心に見て(話したり、関わり合って)、あなたという人物はこのような人物であると捉えている。

でも、人はこういう自分のやり方に対して、自分でやっているのにも関わらず、根っこの部分では少なからず「否定的な部分」を持つものでもあり、他者の評価をやすやすと「ありがとう」と自身では素直に受け取ることができないのだ。

でももう、すでにその負の部分を表面に出さずに振る舞えているので有れば、その負の部分は過去の扉に仕舞って置き、今他者から見られている自分もまた、現在の自分であると認めること。それが人間的成長であろう、などなどと説いた。

2.自分のパーソナリティを知り、他者と関わる傾向に気づく
ここでは、(株)ヒューマンスキル開発センターが開発した「エゴグラム」「ストロークプロフィールチェックリスト」を使用して、自分のパーソナリティと他者と関わる傾向性に気づいて頂いた。ここでも、参加者のスキルがさえ、グラフ作成がスムーズに行え、だいぶ時間が短縮でき、十分な解説を行うことができたのだ。

交流分析とは、誰との交流を指すのだろうか。それは自分を育んでくれた親及び地域の人々、さらには文化や伝統などである。

我々は幼かった頃に身につけた文化や伝統、あるいは親からの言葉や関わり合いによって、その人らしさを作り上げて来た。だから、「あんな親にはなりたくない」と思っていた自分がいざ親になると、いつの間にか自身が「あんな親」になっているなんてことがしばしばある(笑)。

その自分らしさは、ときに他者と関わるときの弊害になることもある。その弊害は相手に向けられたり、自分自身に向けられたりする。

だから、対人援助をする人は、よくよく自分を知った上で、対人援助を行うときには、自分の素敵な価値観はいったん箱の中に仕舞い、援助を必要とするその人の価値観や考えに沿った援助を行う必要がある。これは在宅介護を生業(なりわい)とする訪問系支援者には理解できる言葉だと思う。

ただし、施設ではこうはいかない。施設内ですでに「こうあるべきだ」「こうしなければいけない」などの制約があるし、なかなか個別の利用者本位の支援が提供できないいいわけが常態化している所もあるだろう。

そこで、介護職の中には「こんなはずではない」「こうしてあげたい」などの気持ちがわき上がって来ることもしばしば。しかし、それは一朝一夕に「なんとかする」ことは無理である。であるならば、自分の理想とする施設となるように、中長期的な計画を立てて変革していくことこそが重要であろう。

まぁ研修では、ここまでは伝えることはできませんけどね・・・。


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●発表を聞く佐藤●



佐藤はテキストを用いて、それぞれのパーソナリティの説明や、ストロークディスカウントについての説明した。ふう。ここまでで第1部の研修報告はおしまいである。

長くなったし、原稿を書いてるのが新潟県の研修中でもあったこともあり(笑)、第2部は、次の機会に回させて頂く。さてさて、東京は今日もまた雨。皆様くれぐれも体調にご注意ください



●他者と語り合う●.jpg

●他者と語り合う●


(To Be Continued!)
posted by さとうはあまい at 20:14| 東京 ☀| Comment(0) | 研修会のツボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする