2019年08月16日

奮闘記・第1089回 見聞録/長野県

●2019年● 長野県長野市

戸隠神社の奥社を再参拝!

〜到着時には、後頭部が「那智の滝」状態であった〜

【If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.(「Playback」Philip Marlowe)】



【プロローグ】
佐藤は、例のごとく、早朝に愛車・カナメイシ君(マツダのデミオ💛)をするすると駐車場から発進した。途中、ひゃ〜参謀を跳ね、車に押し込み(足を2回ほど、引いたことあり💛)、首都高速に滑り込んだ。

めざすは、長野県の戸隠神社?であるが、最終目的地は言わずもがな新潟市内である(笑)。新潟県の道中は、途中にある神社(群馬県や長野県)をできるだけ参拝しながら向かうことにしているわけ、ふふふ。

今回は、当初から戸隠神社三社(宝光社・中社・奥社ほか)の参拝を決めていた。

奥社に続く参道は、駐車場から約2キロほど続いている。緩やかな坂道の長い参道を歩き、途中から、まぁ緩やかには違いないが、完全な山道を登らないと辿り着けない所に鎮座しているのだ。

奥社にはかつて一度行ったことがある。

当時の戸隠神社の道案内の地図は、いかにも「(奥社なんて)ホイホイ行けちゃいますよ!」的なデフォルメされたイラストマップであった。

しかし、某スピリチュアルなんたらの先生もここを歩いたが、グロッキー。彼の書籍では(自分が行きにくい奥社よりも)中社(車で行けるからね💛)をより凄い聖地に認定したくらいだ(まぁそれはそれで間違いではないのだが・・・)。

当然、我々も当時、その道中は思いの外遠く感じたものだ。

その帰り道に、おそらくは地図に騙された(笑)であろう、スーツで登るヤケクソ気味のサラリーマンとすれ違った。そう、奥社は思いつきで行けるような場所にはなかったのだ。

そのため、以後、中社参拝どまりとなっていた(こちらの方が凄いって話だったし)。また、奥社への参道は、クマさんの出没(生息)地でもあり、食べ物の少ない時期に行ったら、クマさんとご対面となっても困る。ここは長野県のゆるキャラ「アルクマ」君(リアル・アルクマ)のホンモノに逢える可能性が高い場所なのだ。

といってもですな、今回は山に食べ物が豊富にある時期でもあるし、しかも生きた食・・・いや参拝客も多い時期。もし、クマさんに遭遇してもまぁ・・・他に美味そうなのはたくさんいるし、何とかなるであろうと考えた(笑)。

ということで、奥社再参拝を決めたのだ(それに体力が衰え、もう登れんかも知れんこともある)。


佐藤は、関越道を通り、高崎から上信越道へ入る。するとここらあたりから、カナメイシ君に異変が!!!!!

なんと、見慣れないマークの警告灯が点灯した。何が起きたかわからない(ただでさえ、機械音痴)。佐藤は、助手席の参謀にダッシュボードから取扱説明書を取り出してマークの正体を調べてもらった。

すると、ひゃ〜参謀「大将!それ、《エンジンマーク》でっせ!!何かエンジンに異変があるらしいですよ」とのこと。簡単に言うないw!

とは言え、心当たりがあった。

さる6月後半から、カナメイシ君には「要点検」?のマークらしきものが着くのだ。こわ〜っ。

なかなか時間が取れず放置していたが、ディ−ラーからの車検便りが届いたため、少し早めに車検予約を入れ、相談すると月に入ってからで良いのでは?ということでそのままの状況であった。

そちらのマークだけならば、オイル交換ぐらいだなとのんきに構えていたが、エンジンの警告灯となると尋常ではない。そこで、近くのパーキングを探すと某・横川サービスエリアにENEOSウイングがあった。そこで、警告灯を意識しつつ、ゆるゆると進み(ひゃ〜参謀からスピードは控えましょうとの警告)、めざすスタンドに車を入れた。

早速、係の方が近づいて来られたので、相談して見た。すると横の空きスペースに移動。状況を説明すると、早速カナメイシ君のボンネットを開けると、そのとたん、エンジンルームから白い煙がモア〜っと立ち上った。万事窮すか!

我々は思わず「わあ〜」「うひゃ〜」と叫んでしまった。

佐藤は慌てて車外へ出て状況を話を聞いた。


オイルが真っ黒で速やかに交換が必要とのこと。ただし、この車は軽油車だから、このSAで対応オイルがあるかどうかわからないらしい。そして倉庫にはいり、なにやらガイドブックを取り出して調べてくれたのだ。何という親切であろう?

「軽油車だから難しい」といって、放り出されても仕方が無い状況であったのだが(さすがにそれはやらないだろうが)。調べると、すぐ交換できること、料金はこのぐらいと提示してくださった。料金も通常と変わりはなし。もちろんお願いした。

通常、街中のお店でオイル交換をお願いすると、1時間くらいは時間を要する(まぁ混んでるし)。そこで我々が乗車したままで構わないかと尋ねると、すぐに済むからお待ち下さいとのこと。

この時は、今のような猛暑では無かったが、車の中にとどまり、オイル交換の様子を見守っていた。

係の方が大型の吸引器をカナメイシ君の腹部に差し込むと、そのチューブの中に真っ黒の液体が吸い込まれていく、同時に吸引器の中には、どろどろの黒い液体で満たされてしまった。なるほどねぇ・・・・、オイル交換はこのようになされるのか。佐藤はオイル交換を初めて見たのですごいぜ(そこまでほっとくほうがすごい)と感激していた(笑)。

十分に吸い取ると、今度はオイル色に輝く美しい液体をするするするするとカナメイシ君の腹部に注入し、エンジン部分にカバーを掛け、エンジンをかけてファンをまわして空ぶかしをし、作業は終了。丁寧にお礼を伝えたのは言うまでも無い。

カーメンテナンスのお客様控えには、作業担当者Tさん、ダブルチェック担当者Hさんとお2人のサインがあった(責任の所在がはっきりしている)。

Hさんは、「車は丁寧に見てあげれば長く乗れますからね💛」と笑顔で話してくれた。

お2人はたまたま担当日だったのかも知れないが、お2人からはベテランらしい車愛💛を感じることができた。とにかく自分の仕事に誇りを持っている方は輝いているのだ。素晴らしい! 本当に感謝である。さすがは群馬?である。


我々は、再び高速に乗り、戸隠を目指した。オイル交換をしたカナメイシ君はご機嫌でアメリカ並みの遵法速度でぐんぐんと我々を長野市内に誘ってくれた。もはや戸隠神社までの道のりは通いなれた道と行って良い。

途中七曲がりという急な坂も、対向車に注意しながらくねくねと登っていく。今回は、奥社参拝が目的である。奥社に行く前には、宝光社から参拝するしきたりがあるらしい。そこでまずは宝光社の駐車場に車を停めた。


ここで、戸隠神社のホームページを参考にご案内したい。

戸隠神社は霊山・戸隠山の麓に、奥社・中社・宝光社・九頭龍社・火之御子社の五社からなる、創建以来二千年余りに及ぶ歴史を刻む神社である。

その起こりは、遠い神世の昔の出来事である。天照大神素戔嗚尊の横暴ぶりに手を焼き、「天の岩戸」に隠れてしまった。そこで、八百万の神々が天の安河の川原に集まり、天照大神を岩戸より出てきていただくための対応を相談した。そして、思金神の案により、さまざまな儀式をおこなった。

そして、天宇受賣命が岩戸の前に桶を伏せて踏み鳴らし、神憑りして胸をさらけ出し、裳の紐を陰部までおし下げて踊った。すると、高天原が鳴り轟くように八百万の神が一斉に笑った。

これを聞いた天照大神は訝しんで天岩戸の扉を少し開け、「自分が岩戸に篭って闇になっているのに、なぜ、天宇受賣命は楽しそうに舞い、八百万の神は笑っているのか」と問うた。天宇受賣命が「貴方様より貴い神が表れたので、喜んでいるのです」というと、天児屋命布刀玉命天照大神に鏡を差し出した。

鏡に写る自分の姿をその貴い神だと思った天照大神が、その姿をもっとよくみようと岩戸をさらに開けると、隠れていた天手力男神がその手を取って岩戸の外へ引きずり出した。

そして、天手力男神はその岩戸を隠した場所が、この戸隠なのである。もちろん、戸隠神社の祭神は、この「天の岩戸開きの神事」に功績のあった神々が祭られているのだ。


とはいえ、戸隠は平安時代末は修験道の道場として都にまで知られた霊場でした。神仏混淆のころは戸隠山顕光寺と称し、当時は「戸隠十三谷三千坊」と呼ばれ、比叡山、高野山と共に「三千坊三山」と言われるほどに栄えていたのだ。

江戸時代には徳川家康の手厚い保護を受け、一千石の朱印状を賜り、東叡山寛永寺の末寺となり、農業、水の神としての性格が強まってきました。山中は門前町として整備され、奥社参道に現在もその威厳を伝える杉並木も植えられ、広く信仰を集めたのである。

戸隠は明治になって神仏分離の対象になり、寺は切り離され、宗僧は還俗して神官となり、戸隠神社と名前を変えて現在に至っている。奥宮の参道随神門から約500メートル続く樹齢400年を数えるクマスギの並木、ここの木の勢いは現在も衰えることなく参道の神性を保っている。 立冬と立春には太陽が参道に沿って真っ直ぐに昇っていくという。この参道杉並木を含む戸隠神社奥社社叢は長野県の史跡・天然記念物に指定されているのである。

いろいろとうるさい、ひゃ〜参謀も、

「まぁ言いたいことはいろいろあるけど、とりあえずそれ(由緒)はそれでいいですよ、別に」ですと(笑)。


【戸隠神社宝光社】
まずここ宝光社(ほうこうしゃ)。ご祭神は、天表春命(アメノウワハルノミコト)。武蔵国一の宮の1社、小野神社のご祭神だ。

ちなみに当時、武蔵国は国府(東京都府中市)に近い順に、一の宮、二の宮、三の宮・・・としていたと思われ、国府により近い小野神社が一の宮となり、距離がある大宮の氷川神社は三の宮であった。しかし、神社の規模も大きい氷川神社の方が力を持っていた。

さて、現在地への鎮座は康平元年(1058年)、天暦3年(949年)に奥社の相殿として創建されたもの。

祭神である天表春命は、中社の祭神である天八意思兼命(思兼命)の子どもである。ここは、参拝登山する前に山の神々様に失礼なきよう、「魔物祓い」を行い、ここまで着いて来た「モノ」を落としてから入ることになっている。


●宝光社の270段余りの階段を登る●.jpg

●宝光社の270段余りの階段を登る●



もともと修験の山には、必ずしも毎月、神様がいるわけではないらしく、いない時に登り、「変なもの」を拾って帰ってこないように、ある種のバリア(のようなもの)を張れってくれるという俗信がある。ご神徳には、学問や技芸・裁縫・安産など、婦女子の守り神とも言われている。


余談だが、その昔、戸隠も女人禁制の地であった(というか女人OKの仏教は本来あり得ない)。今も女人堂跡がある。当時の女性はこの女人堂より先には行けず、奥社は、遙拝所から拝礼するしかできなかった。

差別と言えなくもないが、良くも悪くも男のための宗教(当時仏教)だったんだから、必要なら「女性用の宗教」を確立すれば良かったのではなかったろうか。今ならそうなるだろう。まぁいいけど。

そもそも宗教の女人禁制は、古来、お寺や神社の近くには風俗店のようなものがあってですな、そこには男が・・・・(強制終了)

それはともかく、女人禁制を破り禁足地に足を踏み入れたものは石になったという。今でも掟を破り中に入った比丘尼が石になったとされる「比丘尼石」がある。ね? そう言われれば、男しかこれんでしょう(笑)。


必要があって奥社の相殿として創建されたのであるから、分離しても奥社参りの前に立ち寄るのは当然のこと(例外多数w)。駐車場から参道に入り、何と270段余り続く階段を登り、境内に入った。

ここが俗にいう、パワースポットである。いわゆる見えない力(神仏など)は、極端な人間の行動がお好き。完璧にまじめな聖職者か、(ここでも)良くも悪くも熱くなる人間の行為にこそ、神仏は宿るという。だからこその悪人正機説も存在するのだ。

宗教団体や霊能者と称する方々がいうのは、あくまで自分たちができない理想の形。神々様の好む自然は「あるがまま」の姿。場合によっては人間が見たら「汚い」光景だってある。

「山は荒れ・・・」などとよく言うが、山々に手を入れるのは「自然の法則に反する」ことだ。そういう形できれいになって嬉しいのは「人間」であることを忘れてはいけない。寺がきれいになれば坊さんたちが喜ぶが、仏様はそんなことで喜ばんし、第一、仏様は寺になど存在しないのだ。

しかしながら、人工物(ゴミ)を作るのも人間だけ。そんなものをバラまかず、片づけるのは当たり前のことである。

それはさておき、我々は、これから奥社をめざすことをお伝えし、無事に参拝ができるようにお願いしたw。おみくじは・・・www。さて、先へ進もう。

我々は駐車場へ戻り、車に乗って次の参拝所中社の駐車場へ移動したのである。


【戸隠神社中社】
ここは先ほど述べたように、すでに馴染みの場所。駐車場から、鳥居をくぐり手水舎にて体を清める。さすがに水は冷たく身が引き締まる思いだ。

外国人の参拝客も多く、異国の言葉が飛び交う。当然聞き慣れた外国の言葉ならばどこぞの国と言うことはわかるのだが、耳慣れない言葉を聞くと、そのたびのどこの国の言葉なんだろうか?とも考えるが、とりあえず日本文化が他国の方々に興味を持たれるのは良いことであろう。

さて、ここで、ひゃ〜参謀は以前頂いたお札をお返しする。中社には、拝殿横に、古いお札の回収ボックスが置かれているからだ。ひゃ〜参謀は、お返しするお札に、お守り頂いたお礼を伝え感謝を込めて丁寧に箱に収めていた。


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●おなじみの中社も参拝●



こちらは中社(ちゅうしゃ)という。いわゆる音読み(おそらく「呉音」)で、仏教用語に使われる漢字の読みである(伯耆大山の大山も「だいせん」と呉音読むのと同じ)。

ご祭神は、天八意思兼命(アメノヤゴコロオモイカネノミコト)である。いわゆる、日本三大知恵の神様である。ちなみに、1.思兼命、2.高木神、3.少彦名命の三神とされる(こちらは兄・父・弟の関係)。

我々の中では、思兼命は大策士として認識されている。なんせ、素戔嗚尊の度重なる非行に天照大神が天岩戸にお隠れになった時、岩戸神楽(太々神楽)を創案し、岩戸を開くきっかけを作られた神様だからねぇ。

ひゃ〜参謀はこの神楽に参加した神々様は「高天原クーデター」に参加した神で有り、思兼命はその首謀者。結果、クーデター失敗し、参加した神々様地上へ追い払われたとふんでいる。父親(高木神)越えはなかなか難しいのは当然であろう。


しかし、日常で二進も三進もいかない時には、かなり頼りにできる神様だ。なんせ発想が違う。神界でも「ナンバー1」とされる神様であるが、それでも全知全能とは言えないのだ。ご神徳はもちろん、学業成就・商売繁盛・開運・厄除・家内安全である。

こちらの社殿の天井には平成15年に復元された狩野派の天才絵師・河鍋暁斎(かわなべ きょうさい)によって描かれた「龍の天井絵」がある。一度上がらせて頂いたが見上げるとその大きさに圧倒された。

我々は拝殿で手を合わせ、佐藤は、事業の繁栄継続をお願いした。その後社務所に立ち寄りおみくじを依頼する。そう、戸隠神社では、神職に自分の数え年を告げ。すると神職が奥へ入り祝詞を唱え、


「こんな生年月日の奴が何かがどうなるか伺いたいそうですが、その首尾はどんなもんでしょうか?」


ってな感じで尋ね、数え年と性別を神様にお伝えし、シャカシャカとおみくじをひいて頂くのである。そして、にぎにぎしく戸隠神社と書かれた封筒におみくじを入れて渡して下さるのだ。そう、おみくじはあちこちに結ぶのではなくお持ち帰りするのだ。結果は・・・www。


境内には樹齢700年を超えるご神木、樹齢800年を超える三本杉があり、参拝客が思い思いの場所にたたずみ、おみくじ結果を眺めたり、写真を撮って過ごしているのを見守ってくれている。

さて! いよいよお目当ての奥社である。ただねぇ、早朝飛び出してきており、奥社へのぼるとなると腹ごしらえが必要である(いつもそれだ!)。

そこで我々は、昼食を摂ることにした。車を八十二森のまなびや付近の駐車スペースに置いて、徒歩にて、戸隠神社入り口へ移動。


●まずは奥社の入り口をめざす●JPG.jpg

●まずは奥社の入り口をめざす●



【そば処 奥社の茶屋】
そこで、そば処 奥社の茶屋に入った。こちらは店内は木調で整えられ、自然の中にいる雰囲気が漂っておりなんとも気持ちの良い空間であった。

我々は天ぷらそばを注文。天ぷらは、エビやなすカボチャの他にふきのとうが添えられており、山の香りを楽しむことができました。おそばはのどごしが良く、甘味のあるつゆとからまりそれはそれは美味しかった〜。値段もリーズナブルで大満足であった。


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●奥社前のそば処に入る●


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●天ぷらそばが逸品!●



準備万端。ここからいよいよ奥社をめざす。スタート地点には、杖が入ったボックスがあるが、これはかなり役立つので1本借りていったほうが良いかも知れない。おお、「クマ(熊)出没注意」と書かれたチラシもあった。

そう、ここからはクマの生息地、すでにもう、我々が来たことを察知しているに違いない。よほどなことがない限り、「利口なクマ」は人里には降りてこないという。問題はクマでも人間でもそうでない種類なのだ。

我々は、バックの中から鈴を外へ出して、ちりちりとならしながら進んだ(自己満足だが)。参道の両脇には、小さな川が流れており、周辺には高山植物が小さな蕾を付けていた。


●入り口に置かれたクマ出没注意のチラシ●.jpg

●入り口に置かれたクマ出没注意のチラシ●



我々は、お互いを励まし、ののしり合い(笑)ながら、登っていく。途中にある随神門をくぐったあたりから杉林が奥まで続く。

ここからが神仏の領域に入るのだから、ことさら失礼があってはいけない。だんだん、足場も石や砂利が多くなってきた頃、道は段々が付けられた道へと変化していく。





階段では無いのだが、なだらかな勾配をのぼりやすく工夫して有るようだ。このあたりにまでくると、様相を気にするゆとりはなくなり、徐々に汗も多くなってくる。でも以前のような時間の長さを感じない。一度来たことが心理的な影響が大きいのであろう。いよいよ、奥社の拝殿が見えてきた。


●まさに比丘尼?の様相になってくる●.jpg

●まさに比丘尼?の様相になってくる●


●奥社参道半ばの随神門は異空間への入り口だ●.jpg

●奥社参道半ばの随神門は異空間への入り口だ●



先ほどまでとは違い、他者とすれ違うために道の譲り合いが必要な狭さ。そうなるとお互いに、「こんにちは。お疲れ様です」などの励まし合うようになるから不思議である。

ようやく奥社にたどり着いたときには、頭から顔から汗がぼたぼたと流れ落ちる始末。ひゃ〜参謀いわく、


「大将、那智の滝のような汗ですよ!」


ですと(笑)。

神様に、無事に来られたことに感謝を伝え、再度、来るチャンスがありますようにお願いをした次第である。佐藤は、その後髪の毛を後方に束ねた。ホント、冗談無く汗の量がすごかったぁ〜。


【戸隠神社奥社】
ここ奥社(おくしゃ)のご祭神は、あの天手力雄命(アメノタヂカラオノミコト)である。

由緒は、日本神話にある、天照大神が天の岩屋にお隠れになった時、無双の神力をもって、天の岩戸を開き、天照大神をお導きになった天手力雄命を戸隠山の麓に奉斎したことに始まるとある。

ひゃ〜参謀によるとこの神様は、猿田彦大神でもあるらしいが、さて・・・。)

戸隠神社の御本社として、開運・心願成就・五穀豊熟・スポーツ必勝などのご神徳が全国に広宣され、多くの崇敬者が登拝されているという。


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●ようやく奥社にたどり着きました●



全参道は約2キロ、中程には先ほどの萱葺きの赤い随神門があり、その先は天然記念物にも指定されている樹齢約400年を超える杉並木が続いているという。その近くには、九頭龍社(くずりゅうしゃ)がある。ご祭神の九頭龍大神(クズリュウノオオカミ)である。

ご鎮座の年月は不詳であるが、天手力雄命が奉斎される以前に地主神として奉斎され、心願成就のご神徳が高く、特別なる信仰を集め、また古来より水の神、雨乞いの神、虫歯の神、縁結びの神として尊信されているという。ここはまさに聖地・戸隠の地主神であり、この地を治めている神様としてふさわしい。


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●こちらは地主神・九頭竜神社●



この奥社九頭龍社から、今登って来た方向を振り返ると、眼下には長野市までが眺望できる。佐藤は社務所横にたたずみ、汗のひくのを待った。そこには心地よい風がふき、我々の労をねぎらってくれていた。

さて、元気になったところで、おりますかね。2キロを登って来たと言うことは2キロ降りると言うことですからねぇ(笑)。でも、我々はお互い体重が以前より軽くなったせいか、以前参拝したときほど、苦痛は感じなかった。

それでも歳は歳。足腰に気遣いながら、ゆるゆると参道を降りた。我々の旅はまだまだ続く。足取り通り、ゆるゆるなので今回はここまで。次回は新潟の見聞録の予定です。

まだまだ暑きゆえ、皆さま、くれぐれもご注意ください。



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●この道は、森の学舎の裏手まで続くのだ●


(To Be Continued!)

posted by さとうはあまい at 20:22| 東京 ☀| Comment(0) | 見聞録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月11日

奮闘記・第1088回 研修会のツボ/新潟県

●2019年● 新潟県新潟市


新潟県ホームヘルパー協議会

令和元年度 新潟県訪問介護職員資質向上等事業
サービス提供責任者研修



皆さま、お久しぶりです。いや〜、ハハハ、暑い。今回は文字通りホットな今回は先月行われた研修会の報告です。

さて、新潟県では、訪問介護事業所で働くサービス提供責任者を対象として、サービス提供責任者研修を実施してきている。新潟県ホームヘルパー協議会さんでは、その研修を新潟県からの委託事業所として毎年開催しているのだ。

佐藤は、約10年余り、サービス提供責任者の職には、まだついていない訪問介護員を対象に「訪問介護の展開・訪問介護計画作成」の研修を担当してきた。

こちらの研修は、参加者の移動を考慮して、新潟市と長岡市で同じ内容を4日間かけて行っていた。ただ、その研修は年々参加者が少なくなった(サ責がそれだけの期間、現場を空けられない)こともあり、残念だが昨年度で一旦終了することになった。

今年、今まで役員の方々が講師を務めていたサービス提供責任者研修を、役員も現場を持っていることから、3日間から4日間とし、佐藤が講師の依頼を頂いた(会場は新潟会場のみ)。

この件については、昨年まで事務局をなさっ頂いた勢能さんから、新潟県からの委託によって、正式に次期事務局から依頼について相談は頂いていた。その勢能さんも昨年度で事務局を退職された。ちなみに勢能さんはすでに新潟ユニゾンプラザ内のとある事務局にて活躍されており、また会うこともできた(嬉しかった💛)次第である。

今年度に入り、事務局にしてトップの石黒さん(新潟県ホームヘルパー協議会前会長)から、正式依頼を頂いた。早々に参加者が定員をオーバーし、70名を超えたとのこと。嬉しい次第であった。

さて、この研修は4日間研修である。しかし、参加者の都合を考慮し、前期を2日間、後期を2日間として、あいだに1週間の期間を入れ、開催された。

佐藤は、前期は、研究所の一匹狼「ひゃ〜参謀」を同行させ、研究所の名車・カナメイシ君にて会場へ入った。後期は、他の研修との絡みから、上越新幹線にて移動し、今度は佐藤が一匹悪・・・いや狼となり、会場入りした(ということで後期の研修の写真は少な目だが、総数としてはてんこ盛りであるw)。

この研修の目的は『介護保険制度における、在宅サービスの中心となる訪問介護サービスの質の向上のため、現に訪問介護事業務を行っているものを対象として、高齢者の多様化するニーズに対応した介護の提供のために必要な知識・技術に関する研修を行うことを目的とします。』とのこと。

佐藤は、新潟の研修前に、市内の新潟総鎮守・白山神社への参拝が慣例となっており、研修の無事を祈念した。

この日は東京は梅雨の真っ最中であったが、新潟は初夏の陽気に包まれており、境内の池には、古代ハスが、ピンクの花弁を誇らしげに開いていた。

また、手水舎の水面には、色とりどりの紫陽花の花が浮かべられ華やかさが添えられ、神門と境内には、たくさんの風鈴がつり下げられて涼やかな音色を響かせている。

いやいや、各地域の神社も頑張っているね。御朱印などもそうだがいろいろ工夫がなされている。これはほんとうにまさしく、夏の白山さんって感じ。まずは拝殿にて手を合わせ、おみくじをひき。その後大黒様のお社で手を合わせて再度おみくじをひいた。結果は「繁盛大黒」様が大吉をくださいました(笑)。

ちなみに、写真は怒涛のように載せていきますw。


●白山神社の茅の輪くぐり●.jpg

●白山神社の茅の輪くぐり●


●境内にも風鈴が飾られていた●.jpg

●境内にも風鈴が飾られていた●


●今年も見事な花を付けた古代ハス●.jpg

●今年も見事な花を付けた古代ハス●



ささ、研修会場の新潟ユニゾンプラザへ行きませう。

会場では、担当となる石黒さんとお手伝いをしてくださる役員さんに参加者を出迎えて頂いた。佐藤は用意されたテーブルにて研修の準備をしていると、先に書いたように、前・事務局の勢能さんがあいさつに来てくださったのだ!

我々は再会できたことをともに喜び、近況を語り合った。もちろん、「ひゃ〜参謀」も懐かしそうに(といっても昨年も会っているのだがw)会話していた。各地の会場でこのような気遣いは非常にありがたいねぇ・・・。


●研修会場は大賑わい●.jpg

●研修会場は大賑わい●


●いよいよ研修がスタート!●.jpg

●いよいよ研修がスタート!●


●昼食は恒例の1Fレストランにて頂く●.jpg

●昼食は恒例の1Fレストランにて頂く●


●グループ内にて話し合いに参加する●.jpg

●グループ内にて話し合いに参加する●


●問い合わせに応じる佐藤●.jpg

●問い合わせに応じる佐藤●



また、会場には、すでに訪問介護員の研修時に参加していて、佐藤のことを覚えていてくれた方もおり、「先生、また、よろしくお願いしますね💛」とか、「少しスマートになられたみたい。体は大丈夫ですか?」と老体を気遣ってくれた。

もちろん、佐藤は元気ですよ、ハハハ、たぶん。皆さんに再会できて、こちらこそ、うれしいですね。今回もよろしくお願いしますねぇ。こうしてあちらこちらで会話が弾む中、研修がスタートした。

■研修で行ったこと
【研修内容】
●前期
【1】介護保険制度・訪問介護事業の制度全般について理解を深める。
   ケアマネジメントと訪問介護(指定基準をもとに理解を深める)。 
【2】サービス提供責任者の役割・具体的な訪問介護計画作成業務を修得する。
   サービス提供責任者の業務と責務・老計第10号について。

なお、「指定基準」とは、「指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準」の略である。

●後期
【3】接遇・マナーの向上を図る(ストレスマネジメント)。
   自己理解・他者理解を深め、自分の他者とのかかわる傾向性を理解する。
【4】事例検討
   各自の事例を共有しながら、お互いに学びや気づきを深める。
   今回の研修学んだこと。今後の取組についてまとめる。

前半の1日目である。

【1】介護保険制度・訪問介護事業の制度全般について理解を深める。
主に、居宅サービス事業所の指定基準と、訪問介護のサービス行為ごとの区分等(老計第10号)を示しながら、サービス提供責任者に課せられている責務と業務について説明を行い、訪問介護のサービス内容について解説を行った。

はじめに「ケアマネジメントと訪問介護の理解」として、介護支援専門員の役割とサービス提供責任者の役割を案内していった。


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●討議に耳を傾ける●


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●他のグループ内容を見学する●



(1)介護支援専門員とは、元々は保健・医療・福祉の各分野の専門職であるということ
介護支援専門員も、もとは保健・医療・福祉の専門職であり、いわゆるマネジメントの専門家では無い。その人々が、介護支援専門員実務研修受講試験に合格し、介護支援専門員の実務研修を受講することで、介護支援専門員の証を受け取ることができるのである。

佐藤は約10年間この実務研修を担当したが、当然のことであるが、参加者の元資格が様々であることもあって、各サービス内容を詳細に理解しているかというと疑問があった。そこで、介護支援専門員になった方々には、その後、専門研修などの研修が定期的に行われているのである(この研修内容や範囲にはもろもろ不満があったが、それ自体を変えることは難しいから、内容を工夫していくしかなかったが)。

そしてまた、実務研修はその名の通り、実務に就くために必要な技術を指導する場所なのであるが、指導する先生の専門性も様々だ。いや、様々ならばまだいい。

指導者は大学の先生が多いせいか、医療面はその分野の専門家である医師や看護師が担当することが多い。もちろん、各先生方は、ケアマネジメント分野についてはテキストに基づいてしっかり指導している、とは思う。ただ、実際の実務の面はというと、実践経験が無かったり、少なかったりで事例を用いての案内に弱い部分もある。

それどころか、ケアプランを作ったことがない人が作り方を教えて居たりする。いくら派閥力学が働いていても、そこはねぇ・・・。

でも、いくら現役でもいい加減なプランを作って来た方よりはいいかも知れない。所詮は、その現場で、その利用者さんと会って見なければ、すべて机上の空論やアドバイスになりかねないからなぁ。

まぁそこで実践の部分は先輩の主任介護支援専門員が担当しているのだが、それはそれで・・・。最近は取るのも、更新するのも、(地域さはあるにせよ)随分厳しくなった感のある主任介護支援専門員の資格ではあるが、以前はゆるゆるであった。コネはあるが能力は・・・。今はかなり変わっているから、そういう方々には厳しいかも知れない。でもせっかくなったんだから頑張ってほしいな。

さらに国や介護支援専門員協会は、介護支援専門員の育成は、主任介護支援専門員が行うことが相応であるとして、介護支援専門員の育成は、その地域の主任介護支援専門員が担当するようになったのである。これ自体はよいことだと思う。目的の大部分は、経費節減であったとしても、だ。

問題は、そこでの間違った慣例が、まだ定着していることも少なからずあることだ。

それが、居宅サービス計画書原案の提示が、サービス担当者会議の席上であること、居宅サービス事業所が「事前訪問」をしていないこと、この2点なのだ。これじゃ、経験がある介護支援専門員が教えても、旧態依然で意味がない気もしないでもない(笑)。だって法令遵守じゃないのだからね。

リハビリでは「ご利用者の日常生活における活動の質の向上」を図るために行われる、リハビリテーションマネジメント加算により、S(Survey調査)・P(Plan計画)・D(Do実行)・C(Check評価)・A(Action改善)のサイクル構築と、リハビリテーションの継続的な管理に対して加算が設けられ、事前訪問としての、S(Survey調査)が導入され、リハビリテーションの提供を促進している。

リハビリも、「とにかく専門資格を作ればいい」くらいの感覚で作られた資格(草創者の方々の本を読めばわかる)であったが、進んだり、後退したりしながらも、今日の前進に至っている。これは関係者の努力によるものであろう。介護や福祉も「そこの点」は学ばねばならないだろう。




さて、この問題の2点については、居宅サービス事業所のケアマネジメントの担当者(サービス提供責任者や相談員)が指定基準及びマネジメントの理解に欠ける所にもその原因があると考えられる。

そこで、佐藤は資料をもとに、居宅サービス計画書原案がどのように作成されるのかをひもときながら、どの段階で、居宅サービス計画書を提示して頂き、事前訪問がなぜ必要なのかを説明した。

(2)居宅サービス計画の作成手順を理解する
介護支援専門員は概ね下記の要領で居宅サービス計画書を作成する。

T.生活全体の解決すべき課題を抽出する。
@利用者の現在の状態を明らかにする。
A現状についての困りごとを明らかにする。
Bその困りごとを今後どうしたいのか、どうなりたいのかを明らかにする。
C困りごとや要望を伺い、それに介護支援専門員の意見や提案をすり合わせ協議する。

U.課題に対して長期目標を設定する。

@課題に対して、ゆくゆくはどうなりたいかを相談する。
A長期目標は将来的に達成可能な内容とする。
B生活機能分類(心身機能・活動・参加・環境)を意識して作成する。※注意1

V.長期目標を達成するために短期目標を設定する。
@長期目標に対して、すぐにはどうなりたいかを設定する。
A短期目標は長期目標を細分化して達成可能な内容とする。
B生活機能分類を意識して作成する。

W.短期目標を達成するために必要なサービス内容を導き出す。
@短期目標を更に細分化して、必要なサービス内容を導き出す。
Aサービス内容はひとつのサービス事業所に偏らずすべての事業所にあてはまるように意識する。

X.サービス内容に適したサービス種別を選別する。
@各サービス内容の提供に適したサービス種別を導き出しその理由を説明する。
 (ここでは、利用者が希望していたサービス種別と異なる場合もある。)
Aサービス内容はひとつのサービス事業所に偏らず全ての事業所にあてはまるように意識する。
※例えば、心身機能のサービスは、体調に関することで、医療系のサービスを想定するが、福祉系のサービスでも、体調チェックなどを行うし、活動の支援である、移動の見守りは、医療系のサービスが滞在している間は必要なサービス内容でもある。また、参加では、全てのサービス種別において、本人の意向を確認するとか、相談助言などがある。さらに、環境として、家族や地域との連携は不可欠なのだ。

居宅サービス計画書原案は、こうした過程を通って作成されるのだ。

おのずと、Xの段階まで来なければ、サービス種別は選定されないのである。もちろん、利用者や家族の意向や要望、介護支援専門員の専門的な視点から、初回面談の段階から、このようなサービスが必要であるという予測を立てることは可能で有ろう。しかし、そこには根拠が伴わないのだ。

さて、介護の「王道」通り、居宅サービス計画書が作成されたとした場合は、WからXの段階で、居宅サービス事業所に、問い合わせがくる(はず)。これが、相談受付である。サービス提供責任者には、指定基準において、この相談受付の段階で行うことが責務として標記されている。

それが指定基準の第28条「管理者及びサービス提供責任者の責務」にある、「サービスの申込みにける調整」である。サービス提供責任者は、介護支援専門員からの問いあわせ時には、ヘルパーさんの空き情報を確認して、そのサービスが提供可能かどうかを吟味して、受託の可否を介護支援専門員へ伝えるのだ。

さらに、可能な場合には、「利用申込み書」などを渡して必要事項を記入して頂き、併せて居宅サービス計画書原案の提示を求めるというわけだ。

参加者からは、ケースバイケースだけど、なるべく事前訪問に伺うようにしているという話し聞くことができた。そう、お互いに情報交換を行うことで様々な不安を解消できるのである。

(3)利用者ファイルの綴じ方について
次に、「個別の利用者ファイルの綴じ方について」説明を行った。介護保険は、利用者の申請により、介護認定を受け要介護度のついた方が、ケアプラン(居宅サービス計画書)に沿ったサービスを、要介護認定の期間に限り利用できる仕組みである。

言い換えれば、利用者が要介護認定の更新手続きをしなければ、サービス提供は、期間の終了時に終わりとなる。

そうであるならば、利用者ファイルは、要介護認定の期間ごとに更新する必要がある。そこで、佐藤は、利用者ファイルに綴じる必要がある物を示し、それらは、更新時にはすべてひとまとめにして、他封筒に収納するか、同じファイルの後方に納めるようにすること。

ここで重要なことは、居宅サービス計画書の更新とともに、利用者のフェイスシートやアセスメントシートを更新することである。

いつまでも、利用者ファイルの先頭のページに「当初の受け付け時のフェイスシートを綴じておかないように」と説明した。


●1日目の研修の終了を知らせる石黒さん●.jpg

●1日目の研修の終了を知らせる石黒さん●


●本日の夕食は、もちろんグリル神田ですよw●.jpg

●本日の夕食は、もちろんグリル神田ですよw●


●市内にある弘願寺の弘法大師像、デカい!●.jpg

●市内にある弘願寺の弘法大師像、デカい!●


●朱鷺メッセをバックに市内を散歩する●.jpg

●朱鷺メッセをバックに市内を散歩する●



●ホテルにて朝食を頂く●.jpg

●ホテルにて朝食を頂く●



前半の2日目である。

【2】サービス提供責任者の役割・具体的な訪問介護計画作成業務を修得する。サービス提供責任者の業務と責務・老計第10号について。
サービス提供責任者の役割については昨日の時点で指定基準に併せて説明したので、2日目は主に『老計第10号』について説明した。

国は、平成30 年度介護報酬改定においては、訪問介護について、身体介護に重点を置いて報酬を引き上げるとともに、生活機能向上連携加算の見直し、「自立生活支援のための見守り的援助」の明確化、訪問回数の多い利用者への対応を行うことにより、自立支援・重度化防止に資する訪問介護を推進・評価することにしている。

そこで、身体介護における「自立生活支援のための見守り的援助」の明確化を行い、「訪問介護におけるサービス行為ごとの区分等について」(平成12 年3月17日老計第10 号)の改正を行った。

これは、介護保険制度始まって依頼の改正であり、訪問介護事業所にはこの改正に沿ったサービス提供が求められている。そこで、サービス提供責任者が、改正のポイントを熟知している必要があるため、下記内容について説明を丁寧に行った。

佐藤は、改正老計第10号において、今回特に明確化された、「1−6 自立生活支援・重度化防止のための見守り的援助(自立支援、ADL・IADL・QOL向上の観点から安全を確保しつつ、常時介助できる状態で行う見守り等)」について、説明しやすいようにNo.を付けて解説を行った。


●ほらほら、ヘルパーのしていることを言葉にしてみて●.jpg

●ほらほら、ヘルパーのしていることを言葉にしてみて●


●新潟ユニゾンプラザからの風景●.jpg

●新潟ユニゾンプラザからの風景●



明確化された1−6 自立支援・重度化防止のための見守り的援助(自立支援・ADL・IADL・QOL向上の観点から安全を確保しつつ常時介助できる状態で行う見守り等)」
※No.は佐藤が加筆.

@ベッド上からポータブルトイレ等(いす)へ利用者が移乗する際に、転倒等の防止のため付き添い、必要に応じて介助を行う。
A認知症等の高齢者がリハビリパンツやパット交換を見守り・声かけを行うことにより、1人でできるだけ交換し後始末ができるように支援する。
B認知症等の高齢者に対して、ヘルパーが声かけと誘導で食事・水分摂取を支援する。
C入浴、更衣等の見守り(必要に応じて行う介助、転倒予防のための声かけ、気分の確認などを含む)。
D移動時、転倒しないように側について歩く(介護は必要時だけで、事故がないように常に見守る)。
Eベッドの出入り時など自立を促すための声かけ(声かけや見守り中心で必要な時だけ介助)。
F本人が自ら適切な服薬ができるよう、服薬時において、直接介助は行わずに、側で見守り、服薬を促す。
G利用者と一緒に手助けや声かけ及び見守りしながら行う掃除、整理整頓(安全確認の声かけ、疲労の確認を含む)。
Hゴミの分別が分からない利用者と一緒に分別をしてゴミ出しのルールを理解してもらう又は思い出してもらうよう援助。
I認知症の高齢者の方と一緒に冷蔵庫のなかの整理等を行うことにより、生活歴の喚起を促す。
K洗濯物を一緒に干したりたたんだりすることにより自立支援を促すとともに、転倒予防等のための見守り・声かけを行う。
L利用者と一緒に手助けや声かけ及び見守りしながら行うベッドでのシーツ交換、布団カバーの交換等。
M利用者と一緒に手助けや声かけ及び見守りしながら行う衣類の整理・被服の補修
N利用者と一緒に手助けや声かけ及び見守りしながら行う調理、配膳、後片付け(安全確認の声かけ、疲労の確認を含む)。
O車いすでの移動介助を行って店に行き、本人が自ら品物を選べるよう援助。
P上記のほか、安全を確保しつつ常時介助できる状態で行うもの等であって、利用者と訪問介護員等がともに日常生活に関する動作を行うことが、ADL・IADL・QOL向上の観点から、利用者の自立支援・重度化防止に資するものとしてケアプランに位置付けられたもの。

もはや、現在の訪問介護のサービスには、【指定介護予防訪問介護のサービス】は現存しない。だが、平成18年に介護予防のサービスがスタートしたときの介護予防訪問介護のサービスには、下記のような言葉が流行したのだ。

それが、

「利用者のしていることやできることは、本人にして頂き、ヘルパーは本人のできない部分を行います」

というものだ。

まさにエライ先生がたが、現場に「たまに」顔を出して、利用者さんも先生方も、「特別な顔」でニコニコしながら、歓談できるような関係でなければ、こんなきれいごとは言えないし、書けないだろう。

これを文章通りに受け取れば、ヘルパーは提供された時間に、利用者は自分のしていることやできることを行えば良いし、ヘルパーはできない部分のみを行えば良いという解釈になってしまうだろう(実際そうなった)。

その結果、ヘルパーからは、

「○○さんは、自分ができる▼■をしない」

などという報告が上がってきたのだ。

まぁ、誰が流行らせたのかは定かでは無いが(当時は誰もがみんな知っている、とも)、この流行言葉はヘルパーのサービス内容には不適切であったとしか言いようがないのだが。

本来の介護予防訪問介護のサービスとは、

「ヘルパーは、利用者のしている事やできることを、そばに寄り添い見守り、本人ができることを依頼し、本人がするように励まし、頑張っている姿に労をねぎらい、依頼に応じてくれたことに感謝を伝え、さらに、本人のできない部分を、本人の要望を伺いながら、本人がした気持ちになれるように支援する。さらに支援中は本人が怪我や転倒しないように注意喚起を行い、安全を見守る」

という内容が正しいのである。どう? 似て非なるものでしょう?

そこで、今回示された老計第10号の1−6であるが、そこには、「利用者と一緒に」という文言が随所に出てくる。その「利用者と一緒に」ヘルパーがしている「声かけ・見守り」を、計画のサービス内容には具体的に示す必要が出てくるのである。

ヘルパーが支援の中でしている「声かけ・見守り」とは、「本人のできることを依頼し、協力動作に感謝を伝え、労をねぎらい、励ます」あるいは「本人の頑張っている姿に敬意を示し、していることやできることを称賛し、さらに側に寄り添い、できるように励まし危険を回避できるように見守る」などである。

参加者は、佐藤が言葉で伝えた内容を一生懸命書き取っていた。


●本日はお肉を頂いた(ユニゾンプラザ1F・八彩茶屋)●.jpg

●本日はお肉を頂いた(ユニゾンプラザ1F・八彩茶屋)●



午後からは佐藤が作成した「新潟さん事例」を用いて、訪問介護計画の作成演習に挑戦である。

事例は、脳梗塞後遺症、左麻痺の方。本人は料理をするのが好きな方。ヘルパーは本人が福祉用具を使用して、少しでも自分がしたいように調理を行う手助けをするという老計第10号の1−6のサービスだ。

事例は、基本情報・課題整理総括表・居宅サービス計画書・訪問介護のアセスメント表・などを提示し、参加者には佐藤が示した訪問介護計画書のひな形を用いて、具体的なサービス内容を考えて頂いた。

ひな形は、4つの枠組みを設けてあり、心身機能・活動・参加・環境(家族・地域)に対する、それぞれの課題に、訪問介護の目標を示してある。

演習は、まずは自分で考える。次にグループで考える。最後に発表するという順番で行った。皆さんは熱心に事例と向き合い、具体的なサービス内容を思い思いの言葉で表現していた。

中には、分類が難しいとつぶやく人もいたのだが、それは当たり前のことであろう。ただ、わからないと投げることなく、知ろうと思う気持ちが大事。その方も、グループ演習で他者と語り合うときには、自分の考えを伝えていたから。良かったぁ(笑)。

さて、解答例として提示した具体的なサービス内容のみを記載しておこう💛
これがすべてではないが、ヘルパーは少なからずこのような支援をしていると思うのだ。

《心身機能に対する具体的なサービス》
@あいさつ後、感染予防のために洗面所にて手洗いうがいを行います。
A居間にて、再度あいさつをして体調を伺いますので、体の調子をお知らせください。必要に応じて、娘さんに相談します。
B服薬カレンダーを見て、服薬が継続できていることを把握します。飲み忘れている場合には、飲めるように助言します。

《活動に対する具体的なサービス》
@これからする事を説明し、同意を得ます。作業に入る前には、トイレにお誘いします。身支度に乱れがあるときには、お伝えし整えられるように支援します。
A移動時や、作業時には、そばに付き添い転ばないように注意を喚起し、転ばないように見守ります。

《参加に対する具体的なサービス》
@通所リハビリの献立表を参考に一緒に献立を考えます。
A食材を取り出し、テーブルにおいて、本人のできそうなことを相談します。
B野菜は、洗って切りやすいように渡しますので、片手まな板を使用して切って
ください。怪我をしないように注意喚起し、頑張っている姿を励まし、上手くできたことを共有します。また、協力動作には労をねぎらい感謝を伝えます。
C調理終了時には、好みの器に盛り付けられるように支援します。

《環境に対する具体的なサービス》
@地域の情報を収集し、必要な情報を提供します。
Aその日の支援内容を娘さんとの連絡帳に記入して連携をはかります。


さて、具体的な訪問介護計画書を作成したところで、前期の研修は終了である。佐藤は、皆さんから前期に提出して頂いた。事例(約60名分)を持ち帰り、後半までの期間に、1つひとつに目を通し、書いてある内容を添削して赤字を入れ、後半の研修に持参した。


●皆さんちょっと体をほぐしましょう●.jpg

●皆さんちょっと体をほぐしましょう●


●事務局の皆さんも真剣に事例を読み込む●.jpg

●事務局の皆さんも真剣に事例を読み込む●


●さてさて、まずは自分で考えてみましょう●.jpg

●さてさて、まずは自分で考えてみましょう●


●グループをめぐりながら直接助言する佐藤●.jpg

●グループをめぐりながら直接助言する佐藤●


●朱鷺メッセ・ばかうけ展望室から眺める弥彦山●.jpg

●朱鷺メッセ・ばかうけ展望室から眺める弥彦山●



3日目である。

【3】接遇・マナーの向上を図る(ストレスマネジメント)自己理解・他者理解を深め、自分の他者とのかかわる傾向性を理解する。
その約10日後、佐藤は再び新潟に移動した。今回は荷物の「ひゃ〜参謀」は置いて来たが、その代わり研究所の悟空やパイレーツが同行しております(笑)。

今回は、サービス提供責任者に求められる、指導者(スーパーバイザー)の能力についてから入り、その後は、1人ひとりが持参した事例検討を行う。

まずは資料を用いて、スーパーバイザーの役割について。その後、ストレスマネジメントという考え方をご案内。その後は、佐藤の研修ではおなじみの、自己理解・他者理解を深める研修である。

サービス提供責任者とはいえ、すべての方が、他者を指導できるかというと、そうではないのだ。しかし、サービス提供責任者となったからには、指導者としての振る舞いを身に付けて頂く必要がある。

そこで、まずは、自分とは何者で何ができて、何ができないのか、自分自身と向き合う時間を作ってみた。次に、2人で、自己紹介をしつつ、幼かった頃の楽しい思い出話しを語り合うという演習を行った。

そして、例のごとく、お互いが相手に抱いたイメージ、「あなたは、このような人に見えました」という感想を伝えあって頂いた。なかなか、日頃自分が思ったことをストレートに他者に伝える機会などないだろうし、他者から面と向かって「あなたはこのような人に見える」なんてこと言われたことも少ないであろう。まぁ「あんたは〇〇なんだよ!」とキレられたたりは・・・・ないよね。介護職は(笑)。

伝え合いの時間には、あっちでワーワーこっちでワーワーそれはそれは賑やかに語り合いが行われたなぁ。さすが、対人援助職の皆さんである。そう、本来は話好きで人好き。他者を思いやる気持ちがひしひしと伝わってきた。

余談だが、かつて介護・福祉業界に「お金を稼ぐためにやって来た」というツワモノがいた。しかし、そういう割には、仕事の基本は「話好きで人好き」のまさに介護・福祉向きの人間であった。そもそもまともな人間なら、お金を稼げる業界とは言いにくい(笑)。

さて、その後は、ヒューマンスキル開発センターさんが開発した、交流分析のツール「エゴグラム・ストローク表」を作成し、解説を参照して自己分析をして頂いた。皆さんは解説の通りだと感心されていたが、何事も表裏一体、他者と関わるときには、なるべく良い面を用いてかかわるように意識すると良いであろう。

その後、11時過ぎからは、提出して頂いた事例から、佐藤が選抜した事例を用いて、事例検討のデモンストレーションを行った。もちろん、事例提出者には、開講前に協力依頼した。

■事例検討の手法
(1)発表。
(2)質問をため込む。
(3)質問に答える。
(4)振り返り、共有・助言など。


事例検討の目的は、事例を通して、発表者はもちろん、他の参加者もその事例を通して、お互い気づきや学びを深めることだ。決して、こうした方が良いのはないかとか、そんなことはダメだよ、などと他者のしていることや行いを否定するような場になってはいけないのだ。

そのために、発表者は、警戒心を取り除き、あくまでも正直にオープンに積極的にかかわる気持ちが大切。

そして、参加者には守秘義務が課せられており、事例検討で出された内容は口外しないことが求められている。

デモンストレーションは、40分かけて行った。提供した方も、参加者もそれぞれ学びや、ヘルパーとしての気づきなどがあったようである。

午後からは、各グループ内で事例検討を行った。
1人ひとりの事例発表に約40分ずつ行ったが、各グループ内では、それはそれは有意義な検討が行われていた。

佐藤も、その都度、グループ内に留まり、事例検討の仲間入りをさせて頂いたが、まさしく今行っている出来事なので、それはリアルに展開されていくのだ。ただ、発表者は、自分が発表することで、自分が提出する際に抱いていた困りごとは、自分たちからの一方的な見方であったことに気付いたり、発表途中から、改善策を思いつくなど、面白い展開となった場面も見られた。

それは、参加者がお互いに、多かれ少なかれ、同じような事例に遭遇していることにより、新たな気づきや、助言を得ることにより、解決のヒントが得られる体験からくるものではないかなと思う。


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●幼い頃の思い出を語り合う●


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●演習を見守る仲間たち●



4日目いよいよ最終日である。

【4】事例検討
午前中は、今研修の振り返りと、今後の動向について資料を用いて解説した。社会保障審議会では、次回の介護報酬改正に向けて議論が行われていること。

そこでは利用者負担が1割から2割への議論と、要介護1及び要介護2の生活援助が地域支援事業へ移行するという議論や、居宅サービス計画書作成に付いて利用者負担を発生させるということなどが議題にのぼっていることを説明した。

それらを踏まえて、今訪問介護事業所がすべきことは、要介護1及び要介護2の方に提供している「生活援助」を老計第10号の1−6へ移行するように取り組むことではないかと伝えた。

その後は、まだ事例発表をしていない人についての検討会を再開した。もちろん、佐藤は各グループをまわり、追っかけ質問をしたり、助言などをしてまわっていく。

中には、話に夢中になってしまい、検討というより、座談会になっているグループもあったが、参加者がそれそれが前向きに議論しているので、それはそれで良かったと思う。

すべての人の事例検討をした後は、サービス提供責任者研修を通して、学んだことや気付いたことをまとめて頂いた。まずは自分で考え、次にグループで話し合い、まとめて頂いたのだ。

最後に、各グループで話し合った「学んだこと・気付いたこと」を1つずつ、ホワイトボードへ書き出して頂いたが、下記がその内容である。

1)身体介護と生活援助の見極め方が理解できた。
2)利用者の困りごとや要望を聞き取りながら提案をしても良いことがわかった。
3)情報収集の大切さとモニタリングの意味と意義がわかった。
4)「困りごと」を明確にすることを実銭していく。
5)本人・家族の価値観に沿うことの大切さが理解できた。
6)事前訪問時に、事業所の説明と、訪問介護のサービス内容を説明するのは、ケアマネではなくサービス提供責任者の役割であることがわかった。
7)アセスメントの重要性(帳票の余白の部分に書く内容がわかった)。
8)地域の情報をもっと知ることが大切。
9)サービス提供責任者の重要性と、ホームヘルパーが責任と誇りを持てる仕事であることを再認識できた。
10)利用者の能力を奪わない介護、質(介護技術の提供)を買って頂く。


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●他者の発表に耳を傾ける●


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●聞こえる位置に席を移動する●


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●気づきや学びを共有する●



さてさて、これにて、4日間の研修は終了。

ご多忙の中、参加して頂きました皆さま、また、同様にご多忙のおり、研修会を支えて頂いた石黒さんをはじめ新潟県ホームヘルパー協議会の皆さま、有り難うございました。また、勢能さんも顔を出してくれて有り難う!

今頃、参加した皆さんも、猛暑の中張り切っていると思います、とはいえ、今年の猛暑も半端では有りません。ご自分の体を大切にすることと、ヘルパーさんのお体も気遣いながら夏を乗り越えてくださいませ! またお会いできるのを楽しみにしております。重ねてご自愛ください。


(To Be Continued!)


posted by さとうはあまい at 00:54| 東京 ☀| Comment(0) | 研修会のツボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月31日

奮闘記・第1087回 研修会のツボ/東京都

●2019年● 東京都千代田区


公益財団法人 社会福祉振興・試験センター

2019年度 社会福祉法人等が経営する社会福祉施設・事業所職員向け合宿研修会
4日目「対人援助技術・介護記録の書き方トレーニング」
【第2部】



今回の研修は、2部構成である。第1部は、『対人援助技術』についてで、内容は前回の第1086回でにて報告済み。今回は第2部の『介護記録の書き方』についての報告である。

少し間があいたので、参加されている方について案内しておこう💛
この研修は公益財団法人 社会福祉振興・試験センターさんが主催している合宿研修であり、受講するにあたっての条件を定めて、その条件をクリアした人々が、この会場に集っているのだ。

その条件はいくつかあるが、かいつまんで案内する。

『公益的な活動を実施し地域貢献に取り組んでいる、または公益的な活動を計画し地域貢献に取り組むことを予定している社会福祉法人等が経営する介護報酬指定施設・事業所で働く生活相談員・介護職員・介助員・介護支援専門員等』
『介護業務の経験が通算して3年以上でかつ本研修受講後も引き続き当該施設や事業書に勤務する意志を有する者』
『本研修会に参加経験のない者で、研修開催機関において研修会場の宿泊施設に宿泊できる者』

となっている。

事務局の好漢・S氏曰く、「今回の参加者は3年目から上は20年を越える方が参加しています」とのこと、すなわち経験豊富な方が揃っているということなのである。

●思い出を語り合う●.jpg

●思い出を語り合う●



■研修会で行ったこと
(1)自己理解・他者理解
(2)自分のパーソナリティーを知り、他者と関わる傾向に気づく
(3)介護記録には何を書くのか
(4)事例を把握し、介護記録に挑戦する


※(1)(2)は前回報告済み。今回は、その第2部は、(3)(4)を報告したい。

■第2部
3.介護記録には何を書くのか
ここでは、テキストを用いて、ICF(International Classification of Functioning, Disability and Health)について説明を行った。そして、この考え方は平成14年に日本語に翻訳されて、厚労省のホームページに掲載されている。

まぁこの翻訳自体はいろいろあって、実際専門家のPTさんたちの中には「原語」(WHOゆえに仏語版もあるだろうが、とりあえず英語版)で読んだほうがいいという方もいる。

われわれ門外漢はそこまでやらんでもいいとは思うのだが、素人が比べても言葉のニュアンスが本来の意図とは微妙に変わっているように思えるくらいに「手が入って」いる。

それはさておき、さらに平成26年には、サービス提供事業所の果たす役割は「利用者の心身機能能維持向上・活動の維持向上・参加の促進」これらの役割を果たすことで「家族の(環境)の負担軽減」に繋がる、ということを説明。


●グループの会話に耳を傾ける●.jpg

●グループの会話に耳を傾ける●


●他者に気遣い肩をもむ●.jpg

●他者に気遣い肩をもむ●



そうであるならば、介護職が、利用者の介護計画に沿って必要な援助を行い、モニタリングをして、利用者の生活機能(心身機能。活動・参加・環境)が維持・改善・悪化しているか適切な評価を行う必要があるはず。

そこで、介護記録には、利用者の生活機能を意識した記録が求められるということを説明した。

そして、実際の介護記録の場合、多くは、利用者の健康状態の推移は記載されているのだが、利用者が日常生活動作で「していること」や、職員のかかわりによって「できたこと」の記載が少ない傾向がまだあり、逆に「できなくなったこと」については記載されていることが多いことが上げられる。

さらに、参加の項に至ると、「○○に参加した」という記録は有るのだが、その時々の利用者の状況や職員の意図的な介入などについては特段明記されないため、実際介護職の支援が「どのように利用者の意欲の向上に繋がったのか」が見えてこない記録が多いことである。


例えば、医療職は、利用者の健康状態を掌握することが専門であり、その記録は体温や、血圧、飲水量や、排せつの状況など、数値の記録が重要な意味をもってくる。また、「頭が痛いと言う」「腹痛を訴える」などの簡潔な記録が求められている。


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●昼食を頂く●


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●自分で考えるを見守る佐藤●



一方、介護職は、利用者の日常生活動作(活動)について、必要な援助をするたびに、利用者に対して、「これからすることを説明し、本人の意向を伺い、同意を得られた場合に必要な援助を行う」のだが、同意が得られない場合には、なぜ、それをしたくないのか理由などを聴いて、その方が必要な援助を受け入れて頂けるように「話し合う」のだ。

必要な援助を行うときには、その時々利用者の状況に合わせ(随時アセスメントし)、本人のしていることやできることは本人にして頂き(するように励まし)、本人のできない部分を、本人が希望する方法で行う。

これって、文章を読んだだけでも非常に手間のかかる作業なんだけど、経験を積んだ職員で有れば、このかかわりを瞬時に判断し、行ってしまうのである。

だから、職員にしたら当たり前の行為なので、そのためにした(行った)、「介護の手間」を省いてしまいがちである。その結果、文章は「車いすへ移乗すると、ひとりで食堂へ出られた」などとなってしまい、これではまるで「その方がひとりで車いすへ移乗し、食堂へ行った」かのようにとられてしまう記録ができ上がるのだ。

まあねぇ・・・、介護の手間の記録を書くと長くなりますからね。だったら、したことは、タイトルとして明記し、その下に介護技術を記載するようにしても良いのではないかなぁと思う。


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●発表者を選択●


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●記録を読み込む●



【タイトル】
『車いすへ移乗すると、ひとりで食堂へ出られた』
昼食のご案内に居室へ訪問する。本人はベッド上で、新聞を読まれていた。昼食の時間である旨を伝えると、「もうそんな時間か・・・」と言いながら時計を眺める。さらに「じゃあ起こしてくれるかな?」と言われたので、「もちろんです」と答える。そしてベッドサイドに車いすを置くと、自分で布団をめくり上げ、上半身を起こす。足をベッドサイドへ移動することを説明し、本人の動かし方に合わせて、両足を手前に引き寄せた。本人はサイドレールに手を置いて、体を回転させ、端座位をとった。車いすを所定の位置に置くと、自ら車いすのアームサポートに手をついて立ち上がると、向きを変えて車いすへ着座した。自分は、転ぶことが無いように注意を換気し、同時に転ぶことがないように見守った。

まぁ、これはほんの1例であるが、利用者のしていることやできること、さらに職員がしたことがリアルに伝わってくるのではないだろうか。

(文章が長くなるのは、これら例文の状況説明が「初めて語る」人々に向けて書かれていることにもよるだろう。初対面でいろいろな状況説明を省きまくるわけにもいかないからだ。これが同じ組織や団体の中で、ルール作りができて居れば、それ相応に短くできるはずである。)

職員は、利用者同士の交流や、家族や地域(環境)との交流の支援も行っている。これも、職員の意図的介入があってこそ、はじめて成り立つ支援と言える。

それが「○○さんと、七夕飾りをつくった」「園児との交流会に参加した」という記録(記載)にしてしまっては、「身近な観察者」としての職員の「存在の雰囲気」はわかるだろうが、「介護者としての職員の行動」は、読み手(他の職員や家族等)には伝わってこないだろう。

さらに、多くの施設では利用者の手段的日常生活動作(家事活動)を職員が代行していることが多い。それは、もしかしたら「利用者のできること」を奪っている可能性もある。

利用者の中には、そのような家事活動も個別によってできることや、(自分で)したいことなども有るはずだ(無い人もいる)。可能なことであれば、その作業に参加(役割の提供)して頂くことも重要なことではないかとも伝えた。ふう!

佐藤は、職員が利用者にしている「励まし」「注意喚起」「称賛」や、「協力動作を依頼する」「感謝を伝える」「労をねぎらう」など、これらの行動が一括りで「声かけ」という言葉に置き換えられ、明記されてしまうことが残念(書くのが楽だが、評価はされない)で仕方がない。 

加えて、「見守り」「放置」はイコールではないこと。見守りとは、「そばに付き添い、本人を励ましたり、できることを称賛する。また労をねぎらう」などの行動を指していることを伝えた。


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●仲間を励ます参加者●



4.事例を把握し、介護記録に挑戦する
午後からは、佐藤が得意としている、逐語文(ダイアローグ方式)のダイナミックな事例を元に皆さんに提供してみた。

皆さんにはその事例をひもといて、介護記録や相談員記録にチャレンジをして頂いた。今回の物語は、「お正月に外泊をしていた利用者が、予定より早く施設に戻ってくる」という内容である。まぁ、いわゆる想定外の出来事ですなぁ。

その出来事を、幅広い場所から捉える、いわゆる「鳥瞰」による説明と、相談員対家族、あるいは介護職対利用者による、「各場面設定」ごとの説明を行い、その上で実際の支援をし行っている場面を説明している。それらはタイムテーブルによって区切られているのだ。

簡単に案内してしまうと、お正月に外泊していた利用者が、予定を繰り上げて帰ってくる場面から物語が始まり、帰ってきた利用者の大腿部に打ち身と傷が・・・。

「やや、これはもしや娘宅で何かトラブルがあったのでは?」と思われるも、本人がなかなか素直に口を割らない(犯人かい!)。

そこで相談員や担当職員、看護師、介護支援専門員が密談し、それぞれの立場から利用者や家族にアプローチし、「いったい何があったのか?」と追い詰め、いや明確にしていくといった筋であり、まるで推理小説まがい(推理小説のまがい物とも)の事例なのである(笑)。

佐藤が「一人語り」で読み進める(ギターなどはなし)。
それでも最低15分はかかるのだ。いや〜、「また」大作をつくってしまった!(笑)

当然、この物語の登場人物の1人の介護記録をすべて書くことは無理。そこで、皆さんには、「時間別」に出来事を選択をして頂き、その場面で起こった内容について記録を書いて頂いた。

自分で考え、グループで語り合い、発表を行う。自分で考える時間は5分。

佐藤は皆さんが取り組んでいる間に会場をまわったが、皆さんは記録研修などいるのかいな?というくらい、ふつうに長文を書かいていた。

そこで「いつもこんな(長い)文章を書くの?」とたずねたら、「いつもは、『排泄介助・衣類着衣時痛みを訴える。医務室に連絡。』位かな?」ですとw。

「では、なぜ、今は長文なのか?」と畳みかけて質問すると、「ここに場面が書かれているからですよ。いつもは、自分がしていることを細かく覚えていないし(笑)、書く時間もないですから」

そうなんだ・・・。覚えてない(笑)って。これ、笑いごとではない。本来で有れば「ワンケア・ワン記録」が理想なのだから。

まぁ、職場内の環境にもよるが、常に書き込める環境で有って欲しいものである。また、記録は、手書きやパソコン入力であったり、中には、タブレットで入力をしている方もいた。機材については、まぁそれぞれ事業所の都合と言うところもあるだろうな。


●ささ、質疑応答の時間ですよ●.jpg

●ささ、質疑応答の時間ですよ●



さてさて、最後はグループ発表である。

発表したいチームに挙手を求めたが、(だいたいそうだがw)残念ながら手は上がらない。そこで、その日は7月4日だったので、7グループと、4グループ、最後は11グループに前にあるホワイトボードに板書を依頼した。

皆さんが選択した場面は、職員が実際に支援している排泄介助の場面で有る。それぞれ、必要事項を漏らさないように記載してあり、記録として何が求められているかは理解されている(ようであった)。

これは、ごくごく当たり前のことではあるが、職員は何を書くべきなのかを理解すればちゃんと記録はできるということでもある。まぁそこからが・・・これから・・・だね。

その上で、佐藤が作成した解答例を配布した。

佐藤は、例題に登場した専門職の、介護職員はもちろん、看護師・相談員・介護支援専門員の記録を解答例として作成しておいた。その記録は、各専門職が使用しているであろう帳票を用いて、今回の物語を、時系列に書いてある。

それらの記録物を、介護職員の記録を中心に、相談員や介護支援専門員の記録を案内した。特に介護職員の記録は項目欄(心身機能・活動・参加・環境)など、いわゆる生活機能分類の言葉を用いてその内容を記述した。

皆さんは実際に今自分たちが取り組んだ場面が細分化されて書かれていたことから、ため息混じりに「このような書き方もあるね・・・」などとつぶやく声も聞こえてきた(笑)。

まぁ、今回の記録の書き方は、あくまでも私が求めて(求め続けて)いる内容であり、このような記録があれば、職員同士に伝わる記録となる上、モニタリングやアセスメントもしやすくなると考える。第一、利用者や家族が読んでも「差し支えない」ものである。

佐藤は介護記録の研修を行う際に、声を大にして伝えていることがある。それは、各事業所に即した「介護記録のマニュアル」を作ることである。

皆さんから聞こえてくる声は、「時間がないから書けない」「上から簡潔に書けといわれている」「こんなに書けない」などなど。

そうであるならば、まずは各事業所に合った「介護記録マニュアル」を作ることから始めて欲しい。多くの事業所に「○○検討委員会」があれど、なぜか、「記録検討委員会」なるものの存在は聞かれない。

さらに、記録を書く時間がないのであれば、業務分担表に、記録の時間を設ければ良いはずだ。記録時間は5分程度である。忘れないうちに重要な要点を漏らさず書いておく。このように、まずはその段階で自分の事業所に適したマニュアルができていれば、さらに働きやすくなるのではないだろうか。

さてさて、最後に質疑応答の時間を5分間設けた。なぜならば、事務局の片倉氏からぜひ質疑応答の時間を取って欲しいと依頼されているし、卓上にそのように書かれたメモが置かれていたからだ(笑)。いつでも事務局さんに協力しないとね!

でも、「質問はないですか?」と前方から問われても、なかなか手をあげにくいのも人情である。そこで、佐藤は、会場をめぐりながら、特養にごとく、「いかがですか?」と促しつつ、たずねまわった。

すると、1人の方から「この項目に書かれている生活機能の言葉は、とらえ方によって項目も変わってくると思いますが、それはそれで良いですか?」という鋭い質問が出た。

そう、その通り! なぜならばICF(国際生活機能分類)の概念(概念図)には、相互作用がある。だから、その時々よって心身機能・活動・参加の項目が変化することもあるのだ。

佐藤は、質問の通りなので、その時々状況に合わせて利用するように、そしてそこに「この分類の概念」を使用したのは、心身機能に偏らない記録を求めているためである、ということを説明した。

さてさて、朝の9:00から、15:15までの長時間にわたる研修はこれにて終了。

最後に再度「これなんだ」さんが登場(何か?を飲み込んだうわばみの話)。これは、皆さんに、「同じ人」であっても、毎日「同じ状態」「同じ心境」ではないことを理解し、毎度新鮮な気持ちでかかわって欲しいということを伝えて、佐藤の研修の幕を閉じたので有る。

さてさて、参加者および主催者の皆様、お疲れ様でした。

長かった梅雨もドカンと明けて、一気に猛暑となってしまいました。皆様、どうぞ、ご自愛されながら、華やかな活躍を願いしますよ! ではまたいつかお会いしましょう!!



●諏訪坂をおりて帰ります●.jpg

●諏訪坂をおりて帰ります●


(To Be Continued!)
posted by さとうはあまい at 14:33| 東京 ☀| Comment(0) | 研修会のツボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月13日

奮闘記・第1086回 研修会のツボ/東京都

●2019年● 東京都千代田区 研修会のツボ/東京都

公益財団法人 社会福祉振興・試験センター

2019年度 社会福祉法人等が経営する社会福祉施設・事業所職員向け合宿研修会
4日目「対人援助技術・介護記録の書き方トレーニング」
【第1部】



今回の研修の主催者は、なんと、あの介護福祉士や社会福祉士や介護支援専門員の試験を掌っている法人(社会福祉振興・試験センターさん)であった。はじめメールを見たときには、「おや?自分の資格に何か問題でも?」と考えてしまったwww

メールを開いてみれば、なんということはない、研修講師の相談で有った(当たり前だ)。依頼文には、佐藤を紹介してくださった方の名前まで添えられていた。

それが、元介護保険指導室長にして、現NPO地域ケア政策ネットワークで活躍されている大物・氏であった。氏とは数度お仕事をさせて頂いたが、とても気さくで、話の随所にクレバーさを感じられるお人柄であった。

こうして佐藤のことを案内して頂いたとなれば、断る理由はない。実施日は1年も先のことであったため、日程は空いている(皆様もお待ちしております💛)。

さて、月日が流れ(笑)、研修当日。

あの九州豪雨の最終日、その前線が東京にも大雨を降らせる予想が出ている日であった。佐藤は、いつものように研究所のひゃ〜参謀を従え、朝の地下鉄南北線でうにうに激混みの永田町を目指した。

ところがこの朝のラッシュ時の地下鉄は、それはそれはすさまじく、ハンパなかった。なんせ、傘を持っている手と荷物を持っている手を持ち変えることはもちろん、体を動かすことすらままならない。

その上に、何でも前後の列車の時間間隔の調整を行うとやらで、各駅で少々駐車するのだからたまらない。しかも、駒込でも後楽園でも降りる人は少なく、その上に更に入って来る人がいるのだからたまらない。

目的地の永田町駅で車内から飛び出したときには、すでに息も絶え絶えであった、ハイ。

疲れた。近くで帰ろうかな・・・というつぶやきを聞きながら、佐藤は気分を切り替え、地上に出て、事務局の若き好漢・S氏が送ってくださった地図を頼りに会場を目指した。会場はホテルルポール麹町である。


「あっ、あった、ホントにあった。ここだね!」


と会場を確認しつつ、素通りした(笑)。

実は、ひゃ〜参謀のいい加減な調査によると、ご近所に平河天満宮があると言う。ご存知のように、我々は「神社検定参級」保持者、会場近くに神社があると知ったら、寄らないわけにはいかない。そこで、平河八幡宮へ立ち寄ったのだ。

雨に煙る神社の境内は非常に厳かで、趣がある。ここはかの早すぎた鬼才・高野長英先生の日本初の蘭学塾が近くにあったり、ヘレン・ケラーが慕ったという、いやそれがなくても天才国学者である塙保己一(はなわ・ほきいち)先生が大願をかけた神社である。


●雨の平河天満宮を参拝●.jpg

●雨の平河天満宮を参拝●



雨の中を我々の他にも参拝客がいた。我々は、はじめてここに参拝させて頂いたお礼を伝えつつ、本日の仕事の無事を願うのであった。参拝後はおみくじタイム。佐藤は末吉だが、ひゃ〜参謀大吉であった。ふふふ、お後がよろしいようで。


さて会場へ行くのだ!

会場はホテルの2階。豪華なシャンデリアが光り輝いている。早速、出迎えてくださった若き好漢・氏とあいさつ。事務手続きや、資料の確認をした後、会場に入った。


●いざ研修会場へ!●.jpg

●いざ研修会場へ!●



会場には参加者が席につき始めているところである。

参加されている方について、簡単にご案内しょう。実はセンターでは、受講するにあたっての条件を定めており、その条件をクリアした人々が、この会場に集っているのである。

その条件はいくつかあるが、かいつまんで案内すると、

『公益的な活動を実施し地域貢献に取り組んでいる、または公益的な活動を計画し地域貢献に取り組むことを予定している社会福祉法人等が経営する介護報酬指定施設・事業所で働く生活相談員・介護職員・介助員・介護支援専門員等』
『介護業務の経験が通算して3年以上でかつ本研修受講後も引き続き当該施設や事業書に勤務する意志を有する者』
『本研修会に参加経験のない者で、研修開催機関において研修会場の宿泊施設に宿泊できる者』


としているのだ。

事務局のS氏曰く、「今回の参加者は3年目から上は20年を越える方が参加しています」とのこと。すなわち、経験豊富な方が揃っているということでもある(佐藤は、この経験豊富な参加者の協力を得られたことで、研修を無事に終了することができた)。

■研修会で行ったこと
研修は、2部構成であり、第1部は対人援助技術についてで、第2部は介護記録の書き方である。

(1)自己理解・他者理解
(2)自分のパーソナリティを知り、他者と関わる傾向に気づく
(3)介護記録には何を書くのか
(4)事例を把握し、介護記録に挑戦する

まずは佐藤本人の自己紹介。そして、対人援助の研修にはつきものの、「これなんだ?」さんが登場。佐藤は、その品物が「何に見えるか?」を皆さんに問いかける。すると、私が掲げたもののイラストを描いている方を発見。佐藤は、その方にお願いしてホワイトボードにその絵を描いて頂いた。これがなかなかの名人芸。

佐藤は会場をまわり、皆さんが書いた「何に見えるか?」を確認していく。亀・つちのこ・恐竜・色は薄茶色・ベージュ・肌色などなど、相変わらず多彩である。

そう、同じものを見ていても、1人ひとり、とらえ方、見え方、表現の仕方は違うのである。人は自分と同じ考え(価値観)の集団にいると落ち着く。

しかし違う考えといると落ち着かなくなる。そこで、異なる価値観の相手とは、はじめてコミュニケーションを試み、共通点(あるいは非共通点)を探し始めるのだ。

「なんで、亀に見えたの?」「なぜ、薄茶色なの?」「どこをみて恐竜と思ったの?」などなど。そう、対人援助の始まりは、他者の存在や言動に興味を示すことから始まる。その後、佐藤が「これなんだ?」さんの正体を明かし、次へ進む(「これなんだ?」さんは実は最後にも登場するのですよ・・・)。


●参加者と語り合う●.jpg

●参加者と語り合う●



次は、グループ内で自己紹介を行って頂く。

自己紹介は1分間スピーチで行う。1グループ6名・最後のグループのみ7名で有った。今回のお題は「この研修に参加してみてどうであったか」

佐藤は、豚さんのタイマーを片手に、グループ内を移動してはとどまり、話している内容に耳を傾ける。

すると、初めて東京に来たので不安だったけど、皆さんと知り合えて良かった。仕事を離れての座りっぱなしの研修はきつい(笑)。先生達からいろいろ教えてもらって良かった。帰ってからの報告が大変、などなど。ここでも多彩で、いろいろな思いを聞くことができた。

さてさて、グループ内が和んだところで、本題へ入る。


●環境を気遣う事務局のS氏●.jpg

●環境を気遣う事務局のS氏●



■第1部
1.自己理解・他者理解
@自己理解
皆さんに5分差し上げ、「自分はどのような人間なのか」を思い描き、その自分のイメージを箇条書きで書き出して頂く。次に自分書いた自分に○×△を用いて評価をして、×がどちらが多いのか挙手して頂く。

今回のメンバーは、圧倒的にの方が多いと答えていた。×の方が多かった方は数人派で有った。佐藤は×を書いた方に、その中で10個以上の自分をかけた方がいたかどうかをたずねると、手をあげた方はいなかった(ホッ!)。

なぜならば、自分のマイナスな部分にばかり意識が行くと、それを表現する言葉が思いつかなくなってくる。これはまぁ当然であろう。

逆にの多かった方は、サクサクサクサク書き進め、3分くらいで10個以上かけてしまうのだ。

そこで、対人援助をする方は、自分の良いところ探しをするようにやる。さらに自分に厳しい方は、他者にも厳しくなる傾向があるので、他者と関わるときには、プラス思考でふるまうように伝えた。

A他者理解
ここでは、皆さんに2人1組になって頂き、語り合って頂いた。佐藤は、「会場内」であれば、誰でもどこでも構わない。相手を探しペアを作って欲しいと伝えたのだが、皆さん省エネタイプの方が多かったようで動きがない。中にはせっかくだから他の方と話したいと席を立った方もいるにはいたが、結局、他のグループメンバーの相手を探すことはできなかったようだ。残念!

ここでは、参加者数か奇数だったので、事務局のS氏の協力を得た。ここでの語り合うテーマは「幼かった頃の楽しい思い出」である(定番ですな)。

佐藤は豚さんタイマーのスイッチを入れ、皆さんの語り合いを傍観してみた。

すると、皆さんはすぐに自己開示状態となり、賑やかに語りはじめたではないか。そして、ときに非言語的コミュニケーションであるボディランゲージを駆使し、語りを深めている。さすがにベテラン集団だけはある。ちなみに、初対面の場合や新任職員の場合は、なかなかこうはいかない。最低でも15分は必要なのだが・・・、まぁね。

佐藤は8分間で語り合いを終了。皆さんに話し合った相手についてのイメージを「あなたはこのように見えました」シートに書いて頂いた。

そして、今書いた言葉を相手に言葉として伝え、言われた方は「ありがとう」と素直に受け取るように伝え、実践した。

すると、どうだろう? 会場は熱い空気に包まれて、すべての参加者が笑顔になっていた。他者と交流したのであれば、このように笑顔になるのが1番なのだ。実は、この幼かった頃の思いでは次の交流分析にも通じていくのだ。

【自己理解と他者理解の解説】
人は、他者と関わるとき(仕事でも)自分が捉えているマイナスの部分は、なるべく他者からはそのように見られないように(気づかれないように)振る舞っているのだ。

つまり、他者は自分の表面に現れている部分を中心に見て(話したり、関わり合って)、あなたという人物はこのような人物であると捉えている。

でも、人はこういう自分のやり方に対して、自分でやっているのにも関わらず、根っこの部分では少なからず「否定的な部分」を持つものでもあり、他者の評価をやすやすと「ありがとう」と自身では素直に受け取ることができないのだ。

でももう、すでにその負の部分を表面に出さずに振る舞えているので有れば、その負の部分は過去の扉に仕舞って置き、今他者から見られている自分もまた、現在の自分であると認めること。それが人間的成長であろう、などなどと説いた。

2.自分のパーソナリティを知り、他者と関わる傾向に気づく
ここでは、(株)ヒューマンスキル開発センターが開発した「エゴグラム」「ストロークプロフィールチェックリスト」を使用して、自分のパーソナリティと他者と関わる傾向性に気づいて頂いた。ここでも、参加者のスキルがさえ、グラフ作成がスムーズに行え、だいぶ時間が短縮でき、十分な解説を行うことができたのだ。

交流分析とは、誰との交流を指すのだろうか。それは自分を育んでくれた親及び地域の人々、さらには文化や伝統などである。

我々は幼かった頃に身につけた文化や伝統、あるいは親からの言葉や関わり合いによって、その人らしさを作り上げて来た。だから、「あんな親にはなりたくない」と思っていた自分がいざ親になると、いつの間にか自身が「あんな親」になっているなんてことがしばしばある(笑)。

その自分らしさは、ときに他者と関わるときの弊害になることもある。その弊害は相手に向けられたり、自分自身に向けられたりする。

だから、対人援助をする人は、よくよく自分を知った上で、対人援助を行うときには、自分の素敵な価値観はいったん箱の中に仕舞い、援助を必要とするその人の価値観や考えに沿った援助を行う必要がある。これは在宅介護を生業(なりわい)とする訪問系支援者には理解できる言葉だと思う。

ただし、施設ではこうはいかない。施設内ですでに「こうあるべきだ」「こうしなければいけない」などの制約があるし、なかなか個別の利用者本位の支援が提供できないいいわけが常態化している所もあるだろう。

そこで、介護職の中には「こんなはずではない」「こうしてあげたい」などの気持ちがわき上がって来ることもしばしば。しかし、それは一朝一夕に「なんとかする」ことは無理である。であるならば、自分の理想とする施設となるように、中長期的な計画を立てて変革していくことこそが重要であろう。

まぁ研修では、ここまでは伝えることはできませんけどね・・・。


●発表を聞く佐藤●.jpg

●発表を聞く佐藤●



佐藤はテキストを用いて、それぞれのパーソナリティの説明や、ストロークディスカウントについての説明した。ふう。ここまでで第1部の研修報告はおしまいである。

長くなったし、原稿を書いてるのが新潟県の研修中でもあったこともあり(笑)、第2部は、次の機会に回させて頂く。さてさて、東京は今日もまた雨。皆様くれぐれも体調にご注意ください



●他者と語り合う●.jpg

●他者と語り合う●


(To Be Continued!)
posted by さとうはあまい at 20:14| 東京 ☀| Comment(0) | 研修会のツボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月29日

奮闘記・第1085回 研修会のツボ/東京都

●2019年● 東京都世田谷区 研修会のツボ/東京都

世田谷区福祉人材育成・研修センター

2019年度 サービス提供責任者研修
「自立支援につながる訪問介護計画書」



いやいや寒いんだか、暑いんだか。皆さまお久しぶりです💛

さて、今年度も、世田谷区社会福祉事業団 世田谷区福祉人材育成・研修センターさんより、佐藤に世田谷区で働く訪問介護事業所のサービス提供責任者向け研修依頼を頂いた。

この日の天気予報はあいにく1日雨。梅雨のさなかにご丁寧に北から低気圧が南下してくるために気温が21℃くらいしか上がらないというのだ。21℃!ハハハ。

この前まで30℃を超えて厳しい暑さになるという日も少なからずあったのに、今度は一気に気温が下降するというのだから、全くもって着るものの調整に困ってしまうなぁ、ブツブツブツ。

とにかく、佐藤は、研究所員のひゃ〜参謀と新宿駅で待ち合わせ、小田急線で成城学園前を目指した。この日はラッシュアワーを避けるため、時間にゆとりを持って出て来たのだ。

そこで、我々は、各駅停車でのんびり座って行くことにした。ところが、なんと電車の座席が硬くて、腰痛持ちの我々には座っていても腰に痛みが走るという厳しい道中となってしまった(笑)。小田急おそるべし。その後、常連のカフェにて態勢を立て直してから、会場に入った。


●成城学園前駅のFORESTY CAFEにて朝食を頂く●JPG.jpg

●成城学園前駅のFORESTY CAFEにて朝食を頂く●



入口では、旧知の中村さんが笑顔で迎えてくれる。早速控え室にて事務手続きなどを行いながら、世田谷での現状把握を試みた。

すると、中村さんが開口一番、

「サービス提供責任者の方はなかなか参加していただけないんですよね。それに引き換え介護支援専門員研修は、すぐにいっぱいになるんですよ」

とのこと。

なぜ、介護支援専門員向け研修がすぐにいっぱいになるかというと、先の町田市の介護支援専門員の方々同様、介護支援専門員が、東京都の主任介護支援専門員研修を受講するためには、世田谷区より推薦を受ける必要があるためだ。

そこで介護支援専門員は、世田谷区が示す推薦要件にあてはまるように、積極的にせっせとスキルアップ(実績)を蓄えているわけだ。なお、世田谷区では、推薦要件が整ってれば、町田市のような、独自のテストや論文を書くことはないらしい。

最も、定員オーバーの場合は先着順となるらしいがwww・・・。業界でいうところの「スタンプラリー」方式であるな。

ひゃ〜参謀:「そういう方式(スタンプラリー)の方が(いらない人数を)減らしやすいからいいんじゃないの?論文なんか出させてたら、いきなり退場なんてさせにくいし。それにもうすぐケアマネさんが自分で集金しろってことになるから、けっこうやめてくんじゃないんですか?」

佐藤「」
(・・・・忘れてください。)


それはともかく、このような研修は各市区町村で行われており、何処の介護支援専門員も一様に

「介護支援専門員になっても、利用者の支援のスケジュールと、自分の法定研修のスケジュールを管理しないといけないので、なかなか大変ですよ」

とこぼされていた。佐藤も、そうだろうなぁと思う。これから生き残る介護支援専門員の皆さんは、より良き、主任となるように励んで頂きたいものである。

話を戻す。

まずは、この研修の目的から。

目的「一人ひとりに合った、自立支援に繋がるサービス提供を行うため、訪問介護計画書がとても重要になります。この研修では、訪問介護計画書の作成について基本から学びます。日々業務を振り返りながら、本人らしい自立した暮らしを支える訪問介護計画書について考えましょう。」である。


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●開会を伝える中村さん●



■研修で行ったこと
(1)訪問介護計画書の重要性(老計第10号をふまえて)
(2)訪問介護計画書の作成手順
(3)各手順について/ICFを活かした情報把握(アセスメント)・生活課題の特定など


まずは、恒例の自己紹介から。
佐藤が、介護職として働いた時代の話しを皆さんに伝えましたが、年号が変わっただけで、説明している自分自身が、自分が働いていた時代がずいぶん遠くにいってしまったなぁという実感がわいてくる。

佐藤の自己紹介の後は、恒例のグループ内で自己紹介である。自己紹介では、1分間の間に、自分の職場の良い所をアピールして頂いた。


●自己紹介は1分間スピ−チである●.jpg

●自己紹介は1分間スピ−チである●



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●グループで語り合う●



1.訪問介護計画書の重要性(老計第10号をふまえて)
そもそも、訪問介護の介護報酬は「指定居宅サービスに要する費用の額の算定に関する基準(以下略)」(平成12年3月1日付厚生省老人保健福祉局企画課長通知)において、その具体的な取扱いを示した。その上で、さらに、平成12年3月17日老計第10号に、訪問介護におけるサービス行為ごとの区分及び個々のサービス行為の一連の流れを例示したものである。

それが、平成30年度介護報酬改定において、身体介護における「自立生活支援のための見守り的援助」の明確化を行うため、「訪問介護におけるサービス行為ごとの区分等について」(平成12年3月17日老計第10 号)の見直しを行ったのである。

その結果、「自立生活支援のための見守り的援助」は、『自立生活支援・重度化防止のための見守り的援助(自立支援、ADL・IADL・QOL向上の観点から安全を確保しつつ常時介助できる状態で行う見守り等)』とされ、明確化された項目は、17項目にも及んでいる。

ここで、佐藤は早くも参加者に演習をして頂いた。それは、自分の家でした洗濯物を自分の家でいつもしているように干して頂くというもの。

もちろん、実際に干すのではなく、ノートに手順を書くのである。時間は5分。佐藤は、演習ノートにあらかじめ、「@洗濯機までいく」と記載しておいたのだ。なぜなら、佐藤が「洗濯物を干すを書いて」というと、いきなり、バスタオルはこうして、ああして、靴下はこうなどと、書き始める方々が必ず出て来るからである。

まぁ、それはそれで確かに洗濯物を干す手順ではある。しかし、私が表現して欲しいことは、あくまでも干す工程と各行為にかかる手間やその手順なのである。

佐藤が、その手順を書くと下記のようになる。もちろん、「あくまでも例示」である(笑)。

さて、@洗濯機までいく。A洗濯機の上の棚にある赤いバケツをそばにおろす。B洗濯機の蓋を開ける。C絡まっている洗濯物をほぐし、大きな物から取り出す。Dバスタオルは軽くたたんでパンパンと叩いて一番下に入れる。ETシャツを軽く四つ折りにする。Fパジャマ・靴下なども軽くたたんでパンパンと叩いておく。
G洗濯機の中が空になったことを目視で確認する。H赤いバケツを抱えて、階段を登り屋上へ行く。I赤いバケツを所定の位置へ置く。J屋上のドアを開けて、サンダルを履く。K屋上の踊り場にある棚から、使い捨てペーパータオルを取り出して、屋上にある竿まで移動して竿を拭く。
L再度踊り場まで戻り、拭いたペーパーを、棚のそばにあるゴミ箱へ入れる。Mピンチと角ハンガーと竿かけハンガーを持ち、物干し竿まで行き、角ハンガーを竿にかけたのち、そばにあるエアコンの室外機まで移動して、他の物品を室外機の上に置く。N再度踊り場まで戻り、赤いバケツを持って、同じく室外機まで移動してその上に赤いバケツを置く。

ふう、ここまで記載しても、まだまだ、洗濯物を干すことができないのだ(笑)。

一概に洗濯物を干すといっても、そこには様々な日常生活動作が隠れているのである。いや、そういう真っタダ中に入って行くのが仕事とも言える。

加えて、我々は自然(無意識)に行っていること(ドアを開けたり、移動したりする行為)は、当然行っている行為なので、あえて文字化していないのだ。

佐藤は、5分経過した後、グループ内でお互いの洗濯物の干し方について語りあって頂いた。すると、どうであろう? 発表者は一様に体を使って、自分がしていることをジェスチャーを交えて説明しているではないか。

しかも紙には書いていない、やれベランダの窓をあけて竿を拭くとか、やれバスタオルは縦に少しずらして左右をピンチで留めるとか。それはそれは賑やかに語っている。

佐藤はグループ内での発表が終了した時点で、ホワイトボードへ介護モジュールを描き、ヘルパーのしている支援を時系列に可視化して説明を行った。



●洗濯物の干し方について伝え合う●.jpg

●洗濯物の干し方について伝え合う●


●介護モジュールの書き方を説明する●.jpg

●介護モジュールの描き方を説明する●



もちろん、皆さんが書いたのは間違いではない。

ただ、我々は見落としがちであるが、支援の間ヘルパーは、利用者の安全確保の見守りや、注意喚起を行っている(いなければいけない)のだ。

だから、当然移動できる軽度者に行っている「掃除・洗濯・調理」は、「自立生活支援のための見守り的援助」として今回その名称が変更された、『自立生活支援・重度化防止のための見守り的援助(自立支援、ADL・IADL・QOL向上の観点から安全を確保しつつ、常時介助できる状態で行う見守り等)』となり、明らかに身体介護となるのである。

このような説明を加えたあと、資料に沿って老計第10号を案内した。この中で重要なことは、「声かけ・説明」をヘルパーのしている支援に変換することであろう。

例えば支援に入る前の「声かけ・説明」であれば、これからすることを説明(ないしは手順を相談)し、同意を得るとか。「利用者と一緒に手助けや声かけ及び見守りしながら行う掃除」であるならば、@利用者にできそうなことを依頼。本人が依頼に応えてくれた場合には、A協力動作に感謝を伝える。また、頑張っている姿があれば、B自分でできるようにそばに寄り添い、励ます。あるいは、C上手くしていることを称賛する。最後は、D上手くできたことをともに喜び、労をねぎらう。などなど。

そして、このようにヘルパーがしている「声かけ」「見守り」「説明・同意」を具体的に文字化することが重要であることを伝えた。

2.訪問介護計画書の作成手順
ここでは、介護保険制度とサービス提供責任者の業務の理解として、資料内にて、訪問介護計画書作成の手順を図表にしたものを利用して解説した。

はじめにサービス提供責任者は、介護支援専門員がどのようにして居宅サービス計画書を作成しているのか。その工程を理解している必要があるので、その部分をホワイトボードを使って説明した。

介護支援専門員が、サービス事業所へ空き情報を問い合せるタイミングは、まずはその利用者の「課題を抽出する」、「長期目標」と「短期目標」を設定する。その短期目標を達成するために必要な「サービス内容」導き出す。そして、そのサービスを提供するにふさわしい「サービス種別」を決めるのだ。

この種別の欄に「訪問介護」があがったときに、本来介護支援専門員は、皆さんの所に空き情報を問い合わせて来るわけだ(あくまでも本来・・・なのが悲しいが)。

これすなわち、居宅サービス計画書は、訪問介護のサービスが必要となった時点で作成されていなければ、ならないはずなのである。

こうして問い合わせがきたときに、サービス提供責任者がすることは、

@申込みにおける調整である。これはヘルパーの空き情報を確認して、サービス受託の可否を決める行為。
A受託可の場合には、利用申込み書とともに居宅サービス計画書を拝受する。
B事前訪問を行う。ここでは利用者のサービスの選択に資する援助を行う。すなわちパンフレットなどを用いて、自社サービスの説明及び契約に関する帳票を用いて説明を行う。さらに訪問介護計画書の作成方法を説明し同意を得る必要もある。その上でアセスメントを行い、帰社後情報をまとめて訪問介護計画書の原案を作成する。
Cサービス担当者会議へ参加し、他の事業所と統一した介護技術を提供できるように、支援方法を共有する。
D初回訪問では、まずはサービス提供責任者がやってみて、ケア手順などを明確にしておく。
Eヘルパーと同行訪問。ヘルパーに利用者の情報を提供し、介護計画などについて説明する。利用者に紹介後OJTを行う。OJT(On-the-Job Training)であるから、研修報告書が必要となる。そうサービス提供責任者はヘルパーを育成する役割もあるからねぇ・・・なんでもいかんでもあるからw。
F毎月月末には、実績をまとめ担当の介護支援専門員へ渡す。
G事業所によって異なるが、給付管理を行う場合もある。
H定期的に利用者宅を訪問しモニタリングを行い、計画の変更の必要性を検討する(必要な場合には担当者に助言する)。
I利用者の認定期間終了時には、居宅サービス計画書が更新される。
Bにもどり、再アセスメントを行う。この工程は終了になるまでくり返されることになる。

J利用者からの申出により事業所変更の希望があった場合や、長期入院や永眠された場合、そこでサービス終了となる。

佐藤は説明後、平成30年に改正された「居宅サービス等の事業の人員設備及び運営に関する基準」を資料として示し、特にサービス提供責任者に知っていて欲しい箇所を選択しながら説明した。ふう、これは、佐藤と参加者のため息なのだ(笑)。

本来で有れば、皆さん一人ひとりが、サービス提供責任者の職に任命された(した)ときに、管理者から、その仕事内容と仕事の進め方についての案内があることが望ましい、いやしない方がどうかしている。まぁされたとしてもピンと来ないかも知れないが。

それでも皆さんは熱心に佐藤の説明に付いてきてくれて、しきりにマーカーを入れたり、大きくうなずいていたから、多くは自分のやるべきことがわかっているようだ。

さて、午前中の講義演習は終了。

午後からはいよいよ事例をひもといて、ヘルパーのしている支援とは何か。訪問介護計画書を作成する。さぁて、あのハンバーガーにまた挑戦だな(笑)。


●キリーズ・フレッシュのアボカドバーガー・・・でかい●.jpg

●キリーズ・フレッシュのアボカドバーガー・・・でかい●



3.各手順について/ICFを活かした情報把握(アセスメント)・生活課題の特定など
平成26年の社会保障審議会介護給付費分科会では、居宅サービス事業所が果たす役割として、利用者の「心身機能の維持向上・活動の維持向上・参加の促進=家族介護者の負担の軽減」などが打ち出された。その結果、平成30年度には、自立生活支援・重度化防止に資するサービスを提供したら、インセンティブ(ご褒美💛)をつけるという議論がなされている。

この、「心身機能・活動・参加」とはICF(国際生活機能分類)で使われる言語である。佐藤は、このように、国がサービス提供事業所が果たす役割を明確化したのであれば、あらゆる計画の中で、生活機能が維持向上しているという評価ができる内容としている必要があると思う。

例えば、居宅サービス計画書である。

国は、すでに医療・福祉・保健の専門資格を持っている介護支援専門員が、それぞれの専門分野に偏ることなく、支援に必要な情報を収集できるようにと、「課題分析標準項目」を示している。でもインプットは統一してはいるが、課題抽出方法については、「このようにする(してくれ)」というアウトプットのやり方は示さなかった。

そこで、すでにサービス提供事業所側は、ご存知のように介護支援専門員のプランが統一性に欠けてしまうのである。

そこで、佐藤は、アウトプット(課題)をこの国際生活機能分類の言葉を利用することをずうっと提案し続けている。

すなわち、利用者の「心身機能に関する課題」「活動に関する課題」「参加に関する課題」「環境(家族や地域など)に関する課題」という具合に常に課題は4つとするということである。そうなれば、おのずと評価もしやすくなるというものだ。ハハハ。



●シャジー君も応援に加わる●.jpg

●シャジー君も応援に加わる●



そこで、ここでは、皆さんに演習用に用意した紙を利用して、「成城さん事例」
をひもときながら、ヘルパーのしている支援を「心身機能」「活動」「参加」「環境」に振り分けていただいたのであった。

(介護業界のブラック・ホールから、「君はしたい派かね?する派かね?」とか、「その人らしく云々」という、無責任な声が聞こえて来ても耳を傾けてはいけないのだ。)

さて、手法はというと、佐藤が用意した「成城さん物語」を読み、参加者はその物語を目で追いながら、下線などを引いて、心身・活動・参加・環境と書き入れ、解答用紙に転記していくのである。まずは自分で考えて、次にグループで考え、最後にホワイトボードに書き出して頂いた。

もちろん、生活機能はお互いに相互関係があるために、「これは活動」「これは参加」と明確に分類できないモノも多々あるだろう。それはそれで自分のとらえ方として、○○という理由から活動あるいは参加を選択した、など。その理由を伝えられれば良いのである。


●事例検討で訪問介護計画を作成●.jpg

●事例検討で訪問介護計画を作成●



佐藤はホワイトボードに書き終わった頃、解答例を配布した。いやはや、さすが現役の皆さん。佐藤が見落とした内容もあるため、佐藤はその部分を解答例に追加をして頂いたしだいである。

さてさて、最後は、訪問介護計画書である。

これもあらかじめ、佐藤が作成した帳票を用いて、皆さんに空白の部分を埋めて頂くというモノ。その帳票には、課題(居宅サービス計画書の短期目標)と、訪問介護の目標を記載している。皆さんには具体的なサービス内容を書いて頂くのだ。

再度伝えるが、項目は4つだ。

心身機能に対する具体的なサービス内容・活動に対する具体的なサービス内容・参加に対する具体的なサービス内容・環境に対する具体的なサービス内容である。まぁ必要な援助をNo.を用いて箇条書きに書いて頂いた。

その後、グループ討議をするときには、皆さんに持参して頂いた、各事業所の帳票類や計画書を参照しながら、情報交換を兼ねて語り合いをして頂いたのだ。

そして、最後に佐藤が作成した解答例を配布して解説を行った。すると、会場からは、すごい、なるほど、こう作れるといいなぁ、などの感想が聴こえて着た。

そこで佐藤は、皆さんの所には介護ソフトが導入され、そのソフトを利用して計画を作成していると思うこと。ソフトを変えることはお金もかかるので大変であること。そこで、せめてケア手順を書くときに、今回の活動や参加及び環境に対する支援を意識して書いて欲しいと言うことを伝えた。

佐藤は演習の間に、皆さんの各テーブルに入って、持参された帳票を見せて頂いた。そこにはサービス提供責任者の経過記録の様式があり、サービス提供責任者がプロセスを管理している用紙が記述されていた。また、ケア手順では、それはそれは細かな手順が示されており、これならば利用者もヘルパーさんも安心するのではないかと思われた。

また、これ以前に世田谷区の研修で伝えて来たことが、実際に利用され、記録が蓄積されているのことを実感できてと良かった。佐藤は伝えるのが商売である。皆さんは実践するのが商売と言えよう。まさに実践とは毎日のことであり、大変ある。どうか自分の身体を大事に取り扱うこともお忘れ無きよう、引き続き活躍を祈念したい。

皆さま、くれぐれもご自愛ください。


(To Be Continued!)
posted by さとうはあまい at 16:11| 東京 ☁| Comment(0) | 研修会のツボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月22日

奮闘記・第1084回 研修会のツボ/東京都

●2019年● 東京都町田市

町田市・町田市介護人材開発センター・共催

対人援助職に必要な能力
2019年度 相談援助研修・初級編(第3回)



3度目の報告で恐縮でありますが、町田市介護人材開発センターさんでは、町田市との共催で、町田市で働いている「相談援助業務」を行っている方々を対象に、スキルアップ研修を開催しているのだ。

この研修は全3回シリーズで行っており、今回はその第3回目、つまり最終回である(第1回目は、第1080回で、第2回は1083回にて報告済み)


さて、佐藤は、今回は時間が押していたこともあり、大國魂神社での茅の輪くぐりのあと、近場のコメダ珈琲店さんで昼食を済ませ、会場に入る前に、もはや恒例となった、町田健康福祉会館そばにひっそりと鎮座する、母智丘〈もちお)神社を参拝した。ふふふ、ひっそりの割には存在感が在り過ぎるのだが。


●いつもの立ち寄り地、大國魂神社の茅の輪●.jpg

●いつもの立ち寄り地、大國魂神社の茅の輪●


●お昼はコメダ珈琲店のハンバーガー●.jpg

●お昼はコメダ珈琲店のハンバーガー●


●本日も美しい母智丘神社の神明造りの本殿●.jpg

●本日も美しい母智丘神社の神明造りの本殿●



母智丘神社の境内にもある略記、及びホームページなどでは、この神社は、豊受姫大神を主祭神とし、大歳大神を併せてお祭りしている神社で五穀の神として崇められているという。

まぁ勧請してきた宮崎県都城市の母智丘神社は、豐受毘賣神大年神の表記であるが同じ神様である。本家はまさに火山の噴出によるのか、巨石群の中にうずもれていたりする。宮崎県らしいと言えばらしい神社である。

もともとは石峰稲荷明神という稲荷系のお社。豐受毘賣神 ・大年神の両祭神は明治になってから、地頭・三島通庸(みちつね)氏が荒れていた神社を再興し、合祀というかご祭神として届け出たものらしい。そりゃただのキツネさんというわけにもいかないのだろう。星の王子さまではないからな。

ちなみに「地頭」(じとう)とは、鎌倉&室町期に幕府が荘園・国衙領(公領)を管理支配するために設置した地頭職を指すと思われるが、もちろん明治期には存在しないが、江戸期でも地方の領主のことを地頭と呼んでいたというからその流れかと思われる。JRを国鉄というのにチトにているかも知れない(さして古くないか)。ハハハ。

さらに言うと、都城市の母智丘神社は、徳川時代中期頃までは、稲荷石とほら穴があっただけで、その後、お社ができたという。石器〜古墳時代を通じて人類が住居した遺跡がある場所にもかかわらず、「人格神」(人間体をもつ神)を必要としなかったのがいいな。

町田市の母智丘神社は、宮崎県都城市の母智丘神社のご分霊を勧請し(大正8年)、以後、いろいろ変遷を経て、近在の人々の崇敬を受けつつ、昭和21(1946)年・宗教法人の母智丘神社と改称し、今に至っている。

社殿は総檜、銅葺屋根で伊勢外宮に準えた唯一神明造の建物。神社の周囲は瑞垣とされ、透かし塀を以って囲ってあり、拝殿から、ぐるりと右奥へ回り込むと、その神明る造りを望むことができる。町中にこのような本殿を拝めるのはそうはないだろう。

佐藤は、拝殿前で手を合わせ、本日の研修の無事を祈願し、おみくじをひいた。

神の言葉が書かれ、つまるところ、
“こころを素直にし身持ちをただしくすればますます運よろしく何事も思うままになるでしょう。欲を離れて人のために尽くしなさい 大吉”
とありました。

そう、これで3連続の大吉ですよ。豊受姫大神は、わが研究所の守護神の1柱(もちろん、伊勢外宮のお札なのだ💛)でもある。


「長い」(笑)



むかし某県の神社の拝殿でご祈念をしていると、それを見ていた○潟天満宮の宮司の息子さんそう言われたことがある。もちろん大きなお世話である(笑)。

こうして、会場に入ると、すでに会場はできあがり、参加者も集まり賑やかであった。そして町田市の介護保健課の重鎮・高田氏も来ていらしていたので、あいさつする。

その後、町田市介護人材開発センターのボス・石原氏ともあいさつを交わした。石原氏は、私のブログを読んでくださり、「神社仏閣をまわるのが好きなんですか?」聞かれた。

佐藤は、あちこち出向いたときにその土地の文化や伝統を知ることで参加者と語りやすくなること(ホント)。研究所のひゃ〜参謀が熱心に調査して来ては、勝手に(笑)ブログにあげていることを伝えた。

ちなみに佐藤は、「神社検定参級」保持者なのである(実は忍者検定という噂もある)。


さてさて、話を研修に戻そう。

今回、研修開始時に町田市から報告があった。東京都では、介護支援専門員が主任介護支援専門員の研修を受講するためには、各市区町村より、推薦を受ける必要がある。

そこで、町田市では、推薦するにあたり、受講希望者を募り、希望者には試験と論文提出を課していた(ちなみに佐藤が担当しているこの研修も主任介護支援専門員になるための過程でもある)。

高田氏からは、今年度は、30名強の応募があり、17名の方を都に推薦できたという報告があった。推薦を受けられた方々。おめでとうございます。

今後は新たな研修もありますが、1つひとつが、自分を磨き上げるツールと思い、前向きにチャレンジしてくださいませ。なんせ、宝石は磨き続けることで輝きを増すものでもありますから。


●町田市介護保険課より主任介護支援専門員に関する報告があった●.jpg

●町田市介護保険課より主任介護支援専門員に関する報告があった●


●研修開始●.jpg

●研修開始●



■研修で行ったこと
(1)相談員の役割を体験から相談援助の展開(他者と語ろう)
(2)相談面接の実践。語り・記録し評価する
(3)総評



この研修は、佐藤の持ち時間は2時間だが、連絡事項があると時間が少なくなるのよねぇ、講師側もやりたいことがいっぱいある。でもしかたがないんだけどね(笑)。


1.相談員の役割を体験 〜相談援助の展開(他者と語ろう)〜
介護支援専門員をはじめ、相談業務につく人々は、相談面接の目的としっかりと理解している必要がある。

相談面接には、ただのコミュニケーションや意思疎通をはかるための代物ではなく、それを行う目的がある。その目的をきちんと認識していないと、その役割を十分に発揮できずに、かえってのちのちに自分が困ることになりかねない。

ただし、この目的は、それぞれが独立しているというわけではなく、相互に重複しているモノ。だから、相談面接を行いながら、自分はどの目的を果たしている段階なのかを認識している必要があるのだ。

まぁ、いうなれば、自分の相談面接場面の天井あたりに、自分の姿を客観的に捉えるビデオでも設置するようなモノかもしれない。また、相談面接の場面において、相手の趣旨に振り回されないためにも、自分で「今回の面談」の目的を設定していくと良いと思う。

◆相談面接の目的
@援助関係を構築する。
相談面接を行うためには、利用者や家族との専門職業的援助関係が不可欠であり、この関係を確立することが初期の面接での最大の目的となる。もちろん、この専門職業的援助関係は相談面接のためだけではなく、ケアマネジメント過程のすべてにおいて必須のものである。

A情報を収集する。
利用者が抱えている問題解決を援助するためには、それに関する情報を収集し理解する必要がある。この目的は、アセスメントの段階が中心になるが、すべてのケアマネジメントの過程で必要なことなのだ。情報を収集するための質問と、利用者や家族からの応答を通して、利用者や家族が問題に関する理解を深め、その解決に向かって進んで行くことを可能にしていく。

B問題解決に向けた援助を行う。
問題解決に向けた援助は、主にアセスメントケアプランの作成および実施、モニタリングにおける面接で行われる。利用者が自分の抱える問題を認識し、その解決に向けてどのような方法で対応するのかの決定を支援する。そして、その問題解決への対応がスムーズに進むように、利用者の環境を整備していく。同時に、専門的職業援助関係を基礎として、利用者が、自分の持つ問題解決能力や適応能力等を回復し、また向上できるように援助する。


2.相談面接の実践。語り・記録し評価する
ここでは、参加者の協力を得て、佐藤がこれから行う演習のデモンストレーションを行った。協力者はZ原さん(仮名:名前を公表して良いか聞かなかったw)。

なんと、彼女はこの研修のリピーターで、昨年に引き続き参加してくれている。この研修は、佐藤が以前、島根県の介護支援専門員の更新・専門研修などで行ってきた、一連のワークショップものである。当時も参加者から、「見本がみた〜い」(そんな甘ったれた言い方はせんがw)との声もあったことから今回も実施してみたのだ(笑)。

実は、これって、結構緊張するのだ。なんぜ、参加者は現役のプロの方々(都合上、ニンジンやカボチャと思ってくれとは言うがww)である。失敗はできんからね、ひゃ〜いだ。

さて、話す話題は「幼かったころの楽しい思い出」である。


●参加者の協力を得てデモる●.jpg

●参加者の協力を得てデモる●



佐藤:「さて、今回は、急にこのようなデモのお手伝いを依頼しました。きっと、協力してくださると思いますので、よろしくお願いしますね」

Z原:「はい。よろしくお願いします」

佐藤:「では、Z原さんの幼い頃の楽しかった思い出をお聞かせください」

すると、彼女は開口一番、
Z原:「私には楽しい思い出が無いんです」

と答えた(キタ〜、いきなりかい!)
とは、いや〜そこから無いとはな! 佐藤の心の声であった。

佐藤:「えー、楽しかった思い出が無いんですかぁ。それはなぜですか?」

Z原:「それはピアノをやらされていたからです」

佐藤:「ピアノ? なぜ、ピアノ?」

Z原:「それは当時ピアノが流行っていて、母が私にさせたくて無理矢理やらせたんです」

佐藤:「ということは、家にピアノがあったんですか?」

Z原:「そう、ピアノがありました。私が練習しているそばで母が仁王立ちして見て(聴いて?)いるんです」

佐藤:「なるほど、練習しているそばで仁王立ちして観ているとか。それは大変だぁ」

Z原:「そう、だからピアノは苦だけで、ちいとも楽しくなかったんです」

佐藤は、この段階から、ピアノについて、彼女が負の感情しか表現しないことを何とかプラスの表現に変えて行きたいと考えた。それで、家族状況などを伺いながら、さらに話を展開していく。

佐藤:「ところで、ピアノをやっていて、楽しかったこともあったんじゃ無いかしら? 例えば、発表会なんて。どう?」

Z原:「ああ、そうですね。発表会は良かったですねぇ〜」

佐藤:「(良かった!)なるほどね。舞台の上にピアノがあって。そこにおしゃれをしたZ原さんが座り、一生懸命練習した曲を弾く。そして終わると、まあ、これはお決まりなんだけど、奥から花束を持った方が来て花束をプレゼントしてくれる。その時の気持ちは・・・」

Z原:「そうですね。気持ちは良かったですよ」

ほっ! 少しは良かったことを思い出してくれたようである。
さらに佐藤は質問を続ける。

佐藤:「3歳から始めたピアノ。好きでもなく、楽しくもなかったことを、大学まで続けていたのはなぜなのかな?」

Z原:「私、中途半端は嫌いなんですよ、ええ。やるならとことんやるというか・・・」

佐藤:「なるほど、それって、幼い頃の仁王立ちのお母さんに負けたくないという気持ちが芽生えたのかしらねぇ」

Z原:「あ〜、確かに私負けじ魂強いですね(笑)」

佐藤:「ははは。それでその、(ピアノで)1番好きな曲はなあに?」

Z原:「それは、羽生選手がスケートで踊った曲です。私、最後の発表回で弾いたのですが、もう、あがっちゃって、ゆったりしたバラードのはずが、手指が先へ先へと走ってしまい、上手く行かなかったんですよねぇ・・・」

佐藤:「まあ、それは残念! そんでお母さんは喜んでくれましたか?」

Z原:「ええ(笑)、大学を卒業したときは、喜んでくれました」

佐藤:「それで、お母さんは何していますか?」

Z原:「母は、数年前に無くなったんです」

佐藤:「まあ、それば残念でしたね。それでその時はお母さんには《ありがとう》は言えたのかな?」

Z原:「ありがとうですか? 言えませんでしたねぇ・・・」

佐藤:「どう、いまなら言えそう」

Z原:「そうですね。言わないといけませんね!」

佐藤はさらに話を進め、今後の豊富などについても聞いてみた。すると、地域に根ざしたことをしていきたいとしっかりと口調で話してくれまた。

相談面接はこれにて終了。


面談の時間は8分でした。会話終了後、佐藤は彼女に感想をたずねた。Z原さんは、昨年同じ演習をしたときに、同じように「楽しかった思い出はない」と答えたら、聴き手の方はフリーズしてしまったそうな。

それで、うまく会話にならなかったという。今日は、「質問の仕方で、(相手の)答えも変わってくるんだ」と言うことを体験でき、楽しかった。それに昔を思い出せて良かったと笑顔で話してくれた。

さてさて、傍聴された皆さんはどのように感じたであろうか?
ということで、ここからは皆さんが主役である。


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●グループワークがスタート●



▼演習の目的
受け手が「十分に話を聞いてもらえた」と実感を得られること。

▼登場人物
聴き手 1名
受け手 1名
書 記 2名 ※@聴き手の語りを書記する。A受け手の語りを書記する。
観察者 2名

▼紙の取り扱い(参加者には前もって、A4判用紙が4枚配布されている。)
その白い紙4枚にそれぞれ自分の名前を書く。その紙は、自分が聴き手になったときに、書記及び観察者の方に1枚ずつ渡す。

▼演習問題
今回の演習課題は、「将来の夢」です。それは仕事でもプライベートでも構わないので、聴き手は相談援助技術を駆使して、受け手と「将来の夢」について語り合う。

▼時間配分
語り合い8分、グループ内振り返り2分。合計10分。


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●援助関係を構築する佐藤●



▼注意事項
受け手の方:聴き手(相談員役)の問い合わせに答える。その時々で話し安い場合は、話を続けて構わない。また、話したくない部分は伏せてもよい。ただし、なるべく聴き手に協力的な態度で応じること。

聴き手の方:8分間の内で、@援助関係を構築しながら、A情報収集を行い、B解決に向けた援助を行うこと(受け手が十分に話せた、あるいは聞いてもらえたという気持ちになれるように展開すること)。
書記の方 1:聴き手の話す内容を書き留めること。
書記の方 2:受け手の話す内容を書き留めること。ため息や笑い、感情表現なども書き留めておこう。
観察者の方:それぞれの視点で、効果的な質問や、態度行動で、良い所を書き留めておく。また、この部分はこうした方が良いのではというところがあれば助言を書く。

佐藤がその都度、「はじめてください」と言い、「終わり」の合図で終了し、振り返りを行う。最後に、書記と観察者の方の記録用紙を聴き手に戻す。

こうして、グループごとの演習が始まった。

はじめは、佐藤の説明が理解できなくて戸惑っていたグループもあったが、佐藤がグループに伺い演習方法を伝えると、理解して、演習をはじめることができた。


佐藤は、例のごとく《ぶたさんのタイマー》を抱えて、各グループをまわった。そして、聴き手に気付かれないように、聴き手の後方にいすを置いて、「ふたりの話」に耳を傾ける。もちろん、受け手やグループメンバーには佐藤の存在がばれているのだが(笑)。

でも、聴き手は、それどろこではない。
皆さん真剣に、受け手に質問をしている。中には、話しをどうやって展開しようと迷ってしまい、上手く質問ができない方や、聴き手が問いかけてもいないのに、自分のステージを繰り広げ話し続ける受け手などもいた(笑)。

佐藤は、その都度、そのメンバーや聴き手に助言をしてまわった。すると、佐藤の助言に涙ぐむメンバーもいて・・・・、おいおい私がいじめているように見えるじゃないかぁ。

その方は、ひとこと「私、いつも、うまく聞き出せないんです」とつぶやいた。こちらは演習を進めなければならんし、取り合えず、その場は先へ進んだ。

●会場は皆さんの熱気に包まれた●.jpg

●会場は皆さんの熱気に包まれた●


●聴き手の後ろに忍びこみ?話に耳を傾ける佐藤●.jpg

●聴き手の後ろに忍びこみ?話に耳を傾ける佐藤●



そして、研修終了後、佐藤は片付けているその方のそばへ伺い、「先ほどはごめんなさい」と謝った。

すると、その方は「いいえ、先生に気付いていただけただけでありがたかった」とまた涙。そして、「泣くなんていけませんよね」というので、「自分の感情をはき出すことは必要なこと。今は泣いて構わないから。我慢しないでね」と背中をなさすると、さらに涙があふれていました。

実は、これも相談面接には必要な技術でもある。相手の感情を表出させること、そうすると、その後は結構すっきりとして現実をみられるようになるからだ(むろん、そうでない者もいるから注意)。

私が、参加者全員の面接技術をみてあげることは不可能だけど、各グループメンバーはお互いの能力を頼りに演習に取り組み、最後は笑顔で終了することができたようだ。

これにて、佐藤が関わる研修は終了した。



●すべての研修を終えて講評する佐藤●.jpg

●すべての研修を終えて講評する佐藤●


●講評を見守る石原さん(三連続)●.jpg

●講評を見守る石原さん(三連続)●



皆さんにはこのあとさらに中級の研修があり、また、メンバーとの再会を楽しみにし、ご活躍くださいませ。

今月末は、いろいろな神社で大祓の儀が行われている。まぁ特にどの神様や仏様というのがないかたならば、お近くの神社で茅の輪くぐりなどが行われていたら、参加してみてはいかがでしょうか。ごっそり厄が落とせるかも、知れませんよ(取り扱い注意)。

ではまた! 皆さまご自愛ください。


(To Be Continued!)

posted by さとうはあまい at 12:24| 東京 ☁| Comment(0) | 研修会のツボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月04日

奮闘記・第1083回 研修会のツボ/東京都

●2019年● 東京都町田市

町田市・町田市介護人材開発センター・共催

対人援助職に必要な能力
2019年度 相談援助研修・初級編(第2回)


町田市介護人材開発センターさんでは町田市と共催して、町田市で働いている「相談援助業務」を行っている方々を対象に、スキルアップ研修を開催している。

この研修は全3回シリーズで行っており、今回はその第2回目なのだ(第1回目の内容は当ブログ・第1080回で報告済み)。

さて、研修会の前に町田市内で昼を頂き、神社にもまわってみた。そこで江戸時代までの町田の歴史をさらっと書いてみたい。あまり真面目に読まないように(笑)。


●昼は市内のSALVATORE CUOMO & BAR 町田で頂きました●.jpg

●昼は市内のSALVATORE CUOMO & BAR 町田で頂きました●


●今日も町田市福祉会館が会場です●.jpg

●今日も町田市福祉会館が会場です●




これらの歴史が今の町田市の文化・風土の育成されて行く上で、多少なりとも繋がっていると考えるのだ。

町田市は、旧・武蔵国多摩郡の南端に位置している。645年に起きたと噂される乙巳の変(いわゆる大化改新。でも実態は不明)で、政権は全国を支配する体制を整えると言いはり、地方をそれぞれ国に分けた。現・町田市はほとんどが武蔵国に含まれてしまう。

1335年、北条時行ら北条氏が中先代の乱を起し、町田村の井出の沢の戦いで足利直義を撃破し、院政期に市域には小山田荘になる。古代から、鎌倉・院政期まで戦乱が続くと、村(当時は町田村)としても戦いに嫌気がさしてくるに違いない。

それらの史跡が誇らしげに語られ、武神が神社に祭られている八王子市近辺とは違い、戦禍で焼失したにしても、武将たちの名前や事件さえ語られないのは対照的だ。だから八王子の史跡郡と町田市の歴史が容易に結びついて来ないのだ。

16世紀末・天正年間には、町田村が農地拡大のために近隣を開拓し、「原町田村」として分村する。後に「本村」の町田村を「本町田村」と村名を変更することになる。やはりプライドがあったのだろう。

江戸時代初期では、ここらの村の多くは幕府直轄領(天領)である。しかし数度の地方直し政策で、江戸中期までに旗本知行地となってしまい、多くが旗本数家あるいは幕府等との相給となり、幕末期、幕府直轄領の村は韮山代官の支配下になる。まぁ幕府も大所帯になり、旗本にあげる土地がここらへんくらいしかなくなったのだ。

幕末の旗本は、もはや家康のころの旗本三千騎と言われた「武装集団」ではなく、読み・書き・そろばんが求められる「能吏」(行政手腕のある役人)の片腕となる官僚的な人物が揃えられていたのだ。だから、あっさりそれはそれは、あっさりとペリーの脅しに屈してしまうことになる。その代わり、近代的な官僚制度にはすぐに移行できたともいえる。

さて、時代を越え、佐藤は研修に先立って、町田天満宮を参拝した。

研究所のはぐれ旗本・ひゃ〜参謀のリサーチによると町田は、あの菅原道真公の信仰を中心に団結し、お仕えしていた人々の地である。菅原道真公をお祭りしている神社が三社ある。いや他の神様が見当らない。

もともとは多摩は中臣氏が治めていた地であり、北野天満宮から道真公を勧請してくるのは不思議ではない。

町田天満宮のホームページによると、創建は、谷保天神などを中心とした武蔵国の天神信仰の流布により、京都の北野天満宮より戴いた菅原道真公の尊像を家の守り神としてお祀りしていた云々とある。

先に書いたように、天正10年(1582年)に原町田村本町田村と分かれて独立する。分村で原町田地区の神社がなくなり、加えて農民一揆が各地で起こるなど、農民の領主に対する怒りが鬱積していた時期でもあり、それに拍車をかけることになる。

当時、この地域の領主・北条氏輝氏照の間違い?わざと?)の社寺政策によって村民を統治しており、元々古い祠のあったこの地にも菅原道真公をお祭りした。だから町田天満宮の起こりは天正年中の1580年前後と推測できる。

でも、もし北条氏輝が、氏照ならば、その後、豊臣秀吉の小田原征伐に遭い、天正18年(1590年)に切腹となっているのだ。これらの争乱でもやはり多摩全土が戦乱に巻き込まれている。

ここでまた、町田村の方々は戦さより学問を好む傾向が強くなり、文人の代表で有る道真公を主祭神とする神社が好まれ、戦さの神様で有る山王社飯縄社(戸隠)が摂社に収まっているのだと思われる。

資料が戦乱で焼失しても、古い年号が記されているのは、記録が「どこかには残ってはいる」はずである。武将名や事件を記さなくても、「年号」を書いておけば、わかる人にはわかるからだ。

相模から町田、八王子まで、古代から戦国時代まで、つねに戦乱の巻き添えになっている。

これらは、ほぼ戦乱の史跡を「残さない」町田市は、戦乱の史跡郡や武神を祭る神社が多彩な八王子市と比べて対照的な「反戦姿勢」であろう。同じように戦禍に見舞われた寒川神社のある神奈川県高座郡や相模原市もあえて戦乱期についての歴史は書き残そうとはしてはいない。もちろん隠しているわけではない。

町田について長く書いたが、この地域としての性格形成、今の「町田市」の文治的な、学問を好み、戦いを好まない性格が作られて来た重要な要素として、戦乱が頻発した地域であることは頭に置かねばならないからである。

だからこそ、好戦的な「東京都の一員」としての位置付けなど、ハナから興味がないことが伺えるのだ。まぁ歴史好きのただの憶測かもしれないが優秀な能吏を多く輩出するのもうなずける。


さて、初めての町田天満宮である。

初めて参拝する神社では、自己紹介をして、こちらに来た理由をお伝えする。その上で、これから関わる人々と、長くつきあうことが出来るようにお願いをするのだ。

そして、社務所におかれているおみくじ箱からおみくじをひく。結果は大吉であった。争いを好まない神様に受け入れられて良かった。良いことがおきそうな予感がする。

その後、研修会場へ移動。もちろん、今回も会場のすぐそばにある母智丘神社を参拝。なんと、こちらでも大吉!その前に寄った大國魂神社から三連続である。好戦的なひゃ〜参謀は今回は全滅であった。どこかに豊国神社を探してみたが、かけらもなかった(あるわけない)。


●良さげな神社を見つけた喜び(町田天満宮)●.jpg

●良さげな神社を見つけた喜び(町田天満宮)●


●会場の近所の母智丘神社にも参拝(大吉三連続!)●.jpg

●会場の近所の母智丘神社にも参拝(大吉三連続!)●



では、今回の研修会の具体的なテーマはこれだ。

「私のアセスメント・自己覚知」
〜他者と交流し、自己理解を深める〜


■研修で行ったこと
(1)自己理解
(2)他者理解
(3)エゴグラム・ストローク表の作成・解説



さてさて、今回の研修では「これなんださん」に登場して頂いた。正体は不明である(笑)。
佐藤と一度関わった方にとっては、すでに馴染みの「これなんださん」ではあるが、やはり初めての方には、衝撃的な出会いとなったようだ。

「これなんださん」のところでは、いつものように、ものの見方は人それぞれであるということ。だから、お互いに意見交換をすることが重要であると言うことを案内した。ハハン!



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●前回の振り返りからスタート●


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●資料を確認する参加者●


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●「これなんださん」が登場●




(1)自己理解
ここでは、自分はどのような人間であるかを箇条書きにして頂いた。今回はなるべく自分の良い所を書き出して頂くように説明した。

それでもまだまだ、自分をネガティブに捉えてしまう方もいるのだが、対人援助をする人は、可能な限り、物事をポジティブに捉えるようにした方が良い。

なぜならば、相手と関わるときにも、そういう方は、ネガティブな考え方が先行してしまうから。そこで、相手はそれほど悪く思っていないことでも、かなり重く捉えてしまい、


「こんなにしているのに、わかってもらえない」



なんてことをつぶやくことになるかも知れない。長所と短所は紙一重と言われるが、ネガティブさが思い浮かんだら、その反対側の言葉を思い描くことと良いかも知れない。


「こんなになってしまった・・・」→「このくらいで済んで良かった!」ってな感じ。


ポジティブさとは能天気の中にこそ、あるものなのである。


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●参加者の答えを見守る●


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●一人ひとりが考える●


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●「大事なものは目に見えないんだよ!」(笑)●



(2)他者理解
ここでは、二人一組になって頂き、とある関わり合いを通して、相手に対してのイメージ「あなたはこのようなひとに見えた」を描いて頂くのだ。

ここでの関わり合いは、「お互いの幼かった頃の楽しい思い出を語り合う」というシンプルなもの。

佐藤が、演習方法を説明すると、皆さん二人一組になって、思い思いに語りはじめて行った。この速やかに演習に入れるあたりが素晴らしいと思う。

さすが、対人援助を生業にしている人々と言える。佐藤は12分を計った。本来は15分かけるのだが、そんなにかけなくても良さそうである。

案の定、12分経過し佐藤が「終了で〜す」と言っても皆さんは.話しが盛り上がり、まだまだ話したい様子であった。


そうそう、この演習は語り合った後が大事なのだ。


お互いに自分の名前を書いた紙を交換して、今語りあった他者について、「あなたはこのように見えた」というイメージを箇条書きで書く。可能であればその理由も沿えて、である。

その後は、今書いた内容を相手に伝える。はじめに二人でじゃんけんをして勝ち負けを決めて頂く。そして、勝った人が、負けた人に、今書いた言葉をなるべく紙を見ないで直接伝える。負けた人は、相手が何を言っても、「ありがとうございました」と感謝を伝えるのだ。

佐藤が説明し終わると、会場がざわついた。

どうやら皆さんは、自分が思い描いた他者のイメージを、文字ではなく、直接言葉で伝えるのが恥ずかしいらしい。さすが文人の子孫である(笑)。

そう、我々は自分が感じたことを素直に表現することが苦手なのだ。さらに、言われる方は、どんなことを言われても、素直に受け取るのって、まぁ結構難しいのだ。

たった、これだけのことなのだが、「伝え合いの場面」に、会場は多いに盛り上がり、笑いの渦に埋まっていった。中には、他者に言われた言葉に涙ぐむ方もいたり・・・。

そう、その涙は、嫌なことを言われた悔し涙ではなく、自分のことを理解してくれたという感激の涙なのである。まぁ言うなれば、「よくまあ、そこまでわかってくれましたねぇ・・・ううう」ってことかな。


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●ん?何か問題でも(笑)●



(3)エゴグラム・ストローク表の作成・解説
最後は、交流分析のツールを利用して更に自己理解を深めて頂いた。
ここで使用するのは、ご存じ(株)ヒューマンスキル開発センターさんの心理テスト「エゴグラムとストローク表」である。

我々が描く、自分とはこういう人間だとか、あなたはこのような人だというそもそもの判断基準は何処にあるのであろうか。逆に、我々一人ひとりの価値観や、ものごとの見方やとらえ方考え方は、いつ身についたのであろうか。

それは、紛れもなく、我々が育って来た環境の中にある。

すなわち、お父さんや、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、そしてその地域の文化や伝統などの影響を受けて身についたのである。

佐藤は、皆さんにエゴグラム・ストロークの図表を作成していただいた後、資料を用いてそれぞれの傾向性を解説していった。もちろん、エゴグラムも、ストロークも現在の皆さんの図表である。

この図は、おかれた環境によって大きく変化するので、今回の結果がすべてではない。ただ、そういう傾向があるという気づきだけで良いのである。

エゴグラムについては、解説の中にある「負の部分」に自分でも気付いていて、そこを何とかしたいと思うのであるならば(それを行動変容という)、今回のテストで「0」や「1」しか入れられなかったところを意識して行動してみるといい。

あるいは、グラフの中で突出している部分が、PやCの部分であるならば、それら突出した問題に「3」と書いた部分を意識して、それらの行動をやや抑え気味にしても良いであろう。いずれにしても、エゴグラムは、Aを真ん中になだらかな曲線が良いと言われているのだから。

さて次は、ストロークに付いてである。

ただ、ここの解説は、佐藤の時間配分ミスで、時間がたりなくなってしまった。ごめんねぇ。

ストローク図表は、自分自身の存在価値、あるいは他者の存在価値をどのくらい大事に捉えているかを測るツールなのだ。

佐藤はグラフを用いて、他者とかかわる傾向性について、自分が今いる環境の中で他者とどのようにかかわっているのか。また、自分が、他者からどのように捉えられていると感じているかなどをグラフの傾向を見ながら説明した。

三番目の柱は、自分自身へのストロークについて。これは自分自身が、どのくらい自分のことを大事にしているかを客観的に把握している。佐藤は、ここでは、ワイングラスの絵を描いて、自分自身が自分自身の存在を大事にし、その存在価値を満たすことで、はじめて援助が成り立つとことを話した。

例えば表面張力しているグラスに、ワインを一滴加えると、グラスからワインが滴り落ちる(実際は口から迎えに行くがw)。実は、この滴り落ちる部分が「対人援助」なのである。

だから、対人援助を生業にしている人は、せめて、自分自身の存在を、自らがないがしろに扱ってはならないのである。

では、どうすれば、自分自身の存在価値を自分が認められるようになるのか? それは、毎日3行日記を書く、しかもできたことを思い描いて記録する。できないことを書くと真言密教の呪文のようになり、苦しくなる(こともないか)。

また、ある時は、他者から評価を得ることも良い。そのためには、自分から、他者に「いかに頑張っているか」を伝えたり、「自分の事をどのように捉えているか」などを聞いていく勇気も必要なのだ。

この自分から他者に評価を求められるかどうかは、グラフの1番下の「ストロークの求め方」にあらわれている。ここが、少ないのは、他者に聞くことが、恥ずかしかったり、どうせ良いことは言われないから聞きたくないと思ったりする気持ちのあわれでもあるからだ。

これらの考えや気持ちは、どこから来るかというと、それは、幼い頃に親や、まわりの大人達に、気持ちよく相手をしてもらえなかったという経験から来るものかも知れない。

例えば、自分が、テストで良い点を取った時に、「ほら、すごいでしょう?」「ねぇ、見てみて」と関わりを求めた時に、

「すごいじゃない」「頑張ったものね」とか、「ガッテン承知」(?)などと言われた経験が無く、

「なんだ、あと20点取れば100点じゃないか。もっと頑張らないと」「だめ」「あとで」「今更、何言っているの」などと、かかわりを拒否をされた経験があるからかも知れない(最初のやり方は超一流のアスリートなどには有効な手法とされる)。


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●エゴグラムの解説をする佐藤●



いずれにしても、自分はもう相手をしてもらえなかった子どもではなく、大人なのだ。だから、もはや親や周囲の人々に振り回される存在では無いはずだ。だったら、他者が、受け取りやすい時を見計らい、他者と関わって評価を得ても良いのでは無いだろうか、と思うのだ。

ストローク図表は、概ね10ポイント以上あって、なだらかに縦線が出来るのが望ましい。余り凸凹していないことが望ましいのだが・・・。

このストロークについてはもう少し説明したかった。その分、資料には丁寧に解説してあるから、どうか残りは後自分で分析して見て下され。

最後に、再度、「これなんださん」に登場して頂いた。この最後の大どんでん返しは、結構インパクトがあるようで、皆さんがハッとする瞬間でもある。我々も日々変化しているのですから、毎日を新鮮な気持ちで過ごさないと、もったいないと思う(笑)。


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●「ボア」(「これなんださん」)再び●



さて、次回は、6月20日でね。いよいよ、梅雨の季節を迎えます。ある意味、ちゃんと梅雨がくればいいのですが、今の日本は何が起こるかわかりません。体調を崩しやすい季節に変わりはないので、皆様、ご自愛くださいませ。

ではまた!


(To Be Continued!)
posted by さとうはあまい at 11:40| 東京 ☀| Comment(0) | 研修会のツボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月29日

奮闘記・第1082回 研修会のツボ/東京都

●2019年● 東京都足立区

足立区社会福祉協議会

【2】サービス提供責任者の仕事術
〜サ責として大切なポイントをつかみ業務へ活かす〜


足立区社会福祉協議会主催の研修は連続して2回行われており、1回目はすでに 第1081回として報告済みである(上げたてのホヤホヤ)。

今回は訪問介護の要である、サービス提供責任者向け研修のご報告である。この研修は足立区で働くサービス提供責任者及び訪問介護員を対象に、13:30〜16:30の3時間で行われた。


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●参加者同士で語り合う●



サービス提供責任者の仕事術 〜サ責として大切なポイントをつかみ業務へ活かす〜



■研修で行ったこと
(1)介護支援専門員のPDCAを理解する。
(2)サービス提供事業所のPDCAを理解する。
(3)利用者支援に必要な帳票類の取り扱いについて。
(4)訪問介護計画書の作成。



今回は、日中開催であったが、サービス提供責任者は、介護支援専門員と違って、自らがヘルパーとして働かなければならないこともあり、人材不足のおり、相変わらず研修に参加したくても参加できない環境にあることもあり、参加者は12名であった。

もちろん、佐藤は、参加人数が少ないからといって手を抜いたりしない。少なければ少ないだけ、親身一体となった研修を行っている。うん?もちろん多くても手抜きはなしだ!w ということで、まずは自己紹介である。

皆さんにはいつものように1分間スピーチをして頂きつつ、佐藤は参加者の話に耳を傾けていた。

皆さんの言葉から聞こえて来たのは、なんと、サービス提供責任者になって数日しかたっていない!やら、5月になったばかり!などなど、多くのサービス提供責任者が新人のサービス提供責任者であるということがわかった。もちろん、手抜きはしない(くどい?)。

そこに、陰の声が“おいおいおいおい、そんな新人さんばかりで大丈夫なのか”。いやいや、どうしてサービス提供責任者は成り立てでも介護の経験は豊富な方ばかりだから大丈夫であろう。


はじめに簡単に介護保険制度の流れを説明した。ここで、サービス提供責任者にとって重要なことは、介護支援専門員との関係性なのだ。

多くの法人が、複数の事業所を持っており、居宅介護支援事業所と、訪問介護事業所が同居しているなんてことが少なくない。

そこで、各居宅介護支援事業所の介護支援専門員が、計画作成のルールに則り、サービス提供をしてくれていれば良いのだが・・・。

居宅サービス計画原案の作成もそこそこに、サービス担当者会議を開催してサービスがスタートしているというようなケースもまだまだ多いのである。まぁ上司も先輩もやれてないところでは、そりゃぁやりようもない。

そこで、ここからは、介護支援専門員の支援の流れと、サービス提供事業所の支援の流れについて資料をもとに説明を行った。


(1)介護支援専門員のPDCAを理解する

@受付(エントリーの段階)。
ここでは、利用者に介護保険制度と居宅介護支援について説明する。

A初回面接(利用者の選択に資する援助)。
利用者及び支援する側の双方がスクリーニング(選別する段階)を行うために、双方がお互いに必要な情報を提供し合い、吟味する。

BAにおいて、問題無し。
契約を目的とした面接に移行する。介護支援専門員は、利用者に居宅介護支援の方法(居宅サービス計画の作成法を含む)を説明し、利用料金などを伝え同意を得る段階である。

Cアセスメントを行う。
利用者情報を得て、生活全般の解決すべき課題を抽出する段階である。

D居宅サービス計画をまとめる段階。
課題・長期目標・短期目標・サービス内容・サービス提供種別を選別する。

Eサービス提供事業所に連絡を入れて空き情報を把握し、提供可能な事業所をピックアップする。
その情報を、利用者に案内して利用者が事業所を選択し、居宅サービス計画原案に事業所名が記されることになる。

Fサービス提供可能な事業所に、居宅サービス計画書原案(1)(2)(3)を提示する。

Gサービス担当者会議を開催し、居宅サービス計画書原案(1)(2)(3)について説明する。
サービス提供事業所より専門家による見地からの意見などを伺いながら居宅サービス計画の承認を受ける。

H居宅サービス計画に沿ってサービスが提供される。

I毎月モニタリングを行い計画の妥当性や、利用者の状態の変化などを把握する。

J要介護認定の期間終了前には再アセスメントを行い計画を更新する。
→Fにもどる。このプロセスは、終結まで循環して継続する。


(2)サービス提供事業所のPDCAを理解する

@受付「サービスの申込みにおける調整」を行う段階。
ヘルパーの空き情報を確認して、サービス受託の可否を判断する。

A介護支援専門員へ、サービスの可否を伝え、可能な場合には、居宅サービス計画の提示を依頼する。

B事前訪問の準備。
介護支援専門員から基本情報の提供を受け、利用者宅へアポイントをとり、事前訪問の日程を決める。

C初回面接を行う。
訪問介護の特徴について説明し、サービスの導入の意向を確認する。意向が把握できたら、契約を目的とする面談へ移行する。

契約書及び重要事項説明書・個人情報の取り扱いなどについて書面を用いて説明し同意を得る。

Dアセスメントを行う。
提供されたサービスについて、利用者のしていることや、できること、できないことなどを把握して、訪問介護員が行う援助方法などを相談したり助言したりする。

E事業所へ戻り、訪問介護計画書原案を作成する。

Fサービス担当者会議へ参加して、他の事業所と支援方法について共有する。会議録を作成する。

G可能であれば訪問介護計画書を説明し、同意を得て交付する。

Hサービスを開始する。

I定期的にモニタリングを行い、利用者状況を把握する。
介護支援専門員へ定期的に状況を報告して情報を共有する。毎月、介護支援専門員へ実績を報告する。国保連へ実績報告を行う。

J短期目標の期間終了時には、モニタリング及び評価を行い、居宅サービス計画の変更の有無を検討しその内容を介護支援専門員へ伝える。

K利用者の要介護認定の期間終了時には、モニタリング及び評価を行い、目標の達成の度合いなどについて報告をする。

L介護支援専門員の居宅サービス計画の更新に伴い、再アセスメントを行い、訪問介護計画書を更新する。
→Fへ戻る。サービスの終結までFからLを継続する。


本来は、この(1)(2)の各事業所の展開法が正しいが、現在多くの介護支援専門員がしている居宅介護支援のプロセスの多くは、サービス担当者会議の席上で「初めて」居宅サービス計画が提示されたりしている。一方のサービス提供事業所も、「事前に原案を頂き、利用者宅を事前訪問すること」を知らない方もいる・・・ふう。

まぁ、この仕組みが正しく展開しない限り、サービス提供責任者側もその責務を全うできないという現実もあるのだけれど。現状無い物ねだりに近いかな。

そうそう、一方では、国が通所介護や通所リハビリに対して、個別援助計画の加算条件として、事前に利用者宅を訪問し、調査(アセスメント)を行うことを推奨し、具体的な帳票を示してからは、通所系サービスは事前訪問をしているようではある。

でも「推奨」って便利なことばだよな・・・。

また、サービス提供責任者自身が、訪問介護の指定基準を理解していないという現実もあり、なかなか難しい所でもある。

そもそも、サービス提供責任者の業務内容については、管理者がその方をサービス提供責任者に任命する時に、しっかりと説明をする責務があるのだが、この管理者も雇われ管理者であり、その管理者自身が指定基準を十分に理解していないという可能性も否めない。

そこで、佐藤は、参加者1人ひとりが、自分がいる事業所の指定基準を把握する必要があることを伝えた。まぁこの繰り返しであるのだが、時代が令和になっても一向に変わらないだろうな。

(3)利用者支援に必要な帳票類の取り扱いについて

ここからは、利用者支援に必要な帳票類とその取り扱いについて事例を用いて説明を行った。

《利用者支援に必要な記録の種類》
(利用者ごと管理する)
 @基本台帳(フェースシート)
 A居宅サービス計画(介護支援専門員や相談支援専門員等が作成する計画)
 B訪問介護のアセスメントシート
 C訪問介護計画書
 Dモニタリングシート
 D評価表など。
 E経過記録(上に示した業務と責務を遂行したという経過がわかる記録)
 Fサービス提供票(伝票)サービス実施記録兼介護記録



これらの帳票は、利用者の要介護認定の期間毎に更新していく。
そこで、要介護認定が更新された場合には、それまでの@ABCDEFをひとまとめにして後方へ移動する(あるいは別封筒に保管)。

その上で、利用者のフェースシートを更新しファイルの前面におき、再度新たなA〜Fを作成するように伝えた(Eの経過記録は必要な情報もあるだろうから、取り扱いについて事業所で決めれば良い)。

今回の参加者は、その多くが、サービス付き高齢者住宅に訪問する、訪問介護事業所のサービス提供責任者であった。

と書くと聞こえが良い(?)が、実は、サービス高齢者住宅の職員を兼務しているサービス提供責任者なのだ。

当然、働くヘルパーも、ある時間はサービス高齢者住宅の職員として働き、個別の利用者の、居宅サービス計画に則り、排泄介助や入浴介助、家事活動の支援に入っているのである。

まあまあ、一般の訪問介護事業所の皆さんには、なかなか、難しい環境なのだが、今回は、自分の働く環境や、自分のしている事について他の方と情報を交換したり、大変さを共有することができて、新たな気づきを得ることができたようだ。

(4)訪問介護計画書の作成

ここでは、佐藤が作成した「須藤さん」事例を用いて、訪問介護計画書の作成方法について説明を行った。

平成27年の介護報酬の改訂に際して、国がサービス提供事業所に求めたのは、利用者の「生活機能の維持向上」である。

そこで、佐藤は、生活機能(心身機能・活動・参加・環境)を意識して作成した「居宅サービス計画書」を用いて「生活機能」について説明したのであった。

実は、この事例の説明は、なかなか、高度な内容で有ったのだが、研修終了後のアンケートには「ICFについて理解できた」「ICFの説明が聞けて良かった」などの感想が寄せられており、佐藤はこの説明を行って良かったと思ったしだいである(意外なところのレベルが高合ったりする)。こうなると、時代が変わることを期待したいな。


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●生活機能分類を支援に置き換え説明する●



いよいよ訪問介護計画の作成である。

ここでは、心身機能・活動・参加・環境のそれぞれに「課題(短期目標)訪問介護の目標・具体的なサービス内容・備考」の項目を設けた、訪問介護計画書の帳票を使用した。あらかじめ、佐藤が「課題と訪問介護の目標」を記載しておき、皆さんには、具体的なサービス内容を考えて頂いた。


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●演習用紙を配布する●


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●素敵な文章が書かれていた●


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●事例を解説する佐藤●



ところがだ、ここまで皆さんが熱心に研修に参加してくださったので、介護計画の演習時間が少なくなってしまったw。それでも皆さん考えつつ、頑張って書いてくださった。

最後に佐藤が作成した、訪問介護計画書を読み上げ、今回の研修はこれにて終了である。


佐藤は、久しぶりにサービス提供責任者の業務と責務について説明を行ったが、現場のサービス提供責任者の皆さんは仕組みも自分の役割もわからないまま、仕事に就いている方が多いということを再認識した。


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●参加者を見守る田嶋さん●



さて、訪問介護のサービス提供責任者は、介護福祉士か、ある一定の資格を持った方しか担当することができなくなりました。

そこで、法人では、施設や、通所介護で働く働いていた資格保持者を、サービス提供責任者に任命することが増えて来ました。

でも、その方々、介護技術の専門家であっても、いきなり在宅を訪問するヘルパーやサービス提供責任者の責務を果たせるとは限りません。そこは、法人内で、その方々働きやすい環境を整備する必要があるのでは無いでしょうか。

さてさて、これにて研修は終了です。

足りないところは、佐藤のブログ「寺子屋の休み時間」や、佐藤の書籍をひもといて頂けると(佐藤が)喜びますw。

季節外れの夏日もいったん落ちつくようです(でないと困る!)。それにしても気温の差が激しい季節。体調を崩さないようにご自愛くださいませ。ではまた!


(To Be Continued!)

posted by さとうはあまい at 15:17| 東京 ☁| Comment(0) | 研修会のツボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

奮闘記・第1081回 研修会のツボ/東京都

●2019年● 東京都足立区

足立区社会福祉協議会

【1】介護記録のポイントについて
〜記録の重要性を学び、支援記録に活かす〜



足立区社会福祉協議会では、足立区で働く介護職員へ向けて年間を通して研修を行っている。その中で佐藤は、「介護記録の書き方」「サービス提供責任者の仕事術」を担当している。

今年度は、2つの研修を連続で行ったので、2回分を一挙に連続してアップしたいと思います。

 
介護記録のポイントについて 〜記録の重要性を学び、支援記録に活かす〜
 

「記録は身を助ける…」こんな言葉を聞いたことがないだろうか? 今回の研修では、普段の業務に追われ、つい二の次になりがちな「記録」に焦点を当てて、「なぜ記録するのか?」「何を記録するのか?」「どう記録するのか?」を整理したいと思う。

この研修は、毎年訪問介護員を対象に行ってきたのであるが、今年度は、施設で働く人々にも参加を呼びかけた。17時半からの開催ということもあってか、会場には40名弱の方に集結して頂いた💛


■今回の研修で行ったこと
(1)なぜ記録するのか?
(2)何を記録するのか?
(3)どう記録するのか?



佐藤の研修の多くは、グループワーク方式をとっている。今回も1グループ6名で開始した。まずは、1分間スピーチである。

この自己紹介は、グループ内の緊張をほぐすのに欠かせないものである。また、本来介護職は話好きであるし、そうでなければ難しい職業だろう。その後、早速演習に入るのだ。

今回の研修の目的は、(1)なぜ記録するのか?、(2)何を記録するのか?、(3)どう記録するのか? である。

そこで、演習はこの3つに焦点を当てて、話を進めていく。

(1)なぜ記録するのか?では、「記録がないと困ること」をあげて頂いた。
(2)何を記録するのか?では、その「困ることを解決するために書く内容」について説明を加え考えて頂いた。
(3)どう記録するのか?では、各事業所で、「具体的な記入ほ方法を定めること」が重要とし、マニュアル化を推奨した



そして、後半では、事例をもとに介護記録を作成してみた。


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●介護記録に挑戦●



(1)なぜ記録をするのか ?= 記録がないと困ることがある。

@その時々の利用者の状況がわからず適切な援助ができない。
結果、利用者の情報を共有し適切に援助するため(アセスメントの記録)。
具体的には、利用者の健康状態や、日常生活動作能力(していること、できること)、家事活動への参加(協力動作の有無や意欲)意思疎通の状況(コミュニケーション能力)、認知機能の状況(理解力や記憶力)、家族の状態(家族の介護力やその状況)、関係者(関係者の有無や変化)からの連絡や相談、注意事項などなど。

A記録が無いと、前回の支援の日から、今回の支援までの利用者の状態も変化を知らないと、その時の適切な援助方法がわからない。
結果、利用者の状況の変化を把握し適切に援助するため(モニタリングの記録)。
具体的には、利用者の支援は、計画に沿って行われている。その結果、利用者のしていることやできること、したいことなどに変化が現れてくる。その状況の変化を記録し、状況の変化を把握して、計画変更の必要性を検討する。

B記録がないと介護報酬を請求できない。
結果、サービスを提供した証を残し、適切な報酬を得るため(サービス内容の記録)。
具体的には、訪問介護であれば、身体介護・生活援助・介護予防などなど。訪問介護は提供する、サービ内容によって報酬が違う。そこで、報酬に見合った働きをしたという記録を残す必要がある。

C記録が無いと、自分が提供した援助が正しいか否かの証明ができない。
結果、自分が提供した援助の正当性を証明するため(介護技術の記録)。
具体的には、その時々に提供した介護技術を具体的に残すことで、援助の正当性を証明することができる。特に、訪問介護は1人で援助を提供しているので、物損や事故には十分注意して、何か気になること(ヒヤリ・ハットを含む)がある場合には、記録に残す。

(2)何を記録するのか? その資料に基づいて説明を加え、皆さんに「何を書くのか」を考えて頂く。

「介護職員が残す記録の意義 = 利用者の有する生活機能の推移を把握するため」
介護職員の残す記録は、ずばり介護技術の記録である。介護職員は、介護技術を用いて利用者の自立を支援している。

そこで記録には、その時々アセスメント(利用者の状態)の記録、自分が提供した技術などを記録するのだ。

そもそも、利用者の有する生活機能の推移を把握するというが、この「生活機能とは何か」
それは、平成13(2001)年5月、世界保健機関(WHO)総会において採択された、「ICF(International Classification of Functioning, Disability and Health)」を指す。

ここでは、生活機能を(心身機能・活動・参加)としを、現在「していることやできること」などプラス面からみるように視点を転換し、さらに環境因子等の観点を加えている。その上で、介護職員には、利用者の生活機能の維持向上に向けた支援が求められていることを図を用いながら説明した。

さらに、佐藤は、ICFの言語である「心身機能」「活動」「参加」「環境」を介護の現場に落とし込んで説明を行った。

@『心身機能』に関すること
心身機能に関する内容:体調・服薬・痛み・歯の問題・栄養の問題・排便・排尿・飲料・嚥下・精神的なこと(悲観的・うつ傾向など)。

介護職員が利用者に対して行う心身機能の支援は、「体調把握・確認」である。あいさつをして体調を把握する。

訪問介護員の場合、その時々によって支援する内容が違うが、服薬確認が必要な利用者に対しては、訪問時に「薬を飲めているか」を伺って、薬カレンダーや薬箱等を観て、薬の飲み忘れが無いかを把握している。

また、飲めていないことを把握した場合には、「薬を飲む必要性について説明をしたり、なぜ、飲まないのか(飲めないのか)など、本人の訴えを傾聴する。その上で、必要に応じて、サービス提供責任者に収集した情報を報告しているのである。

A『活動』に関すること
活動に関する内容ADL(日常生活動作能力)である。そこにはIADL(手段的日常生活動作能力)も含まれる。

日常生活動作には、移動(起き上がり・移乗・立位・歩行に関すること)、食事(食べる行為・飲む行為)、排泄(物品準備・トイレのドアを開けて、排泄行為を行いトイレのドアを閉めるまでの一連の行為)、入浴(物品準備・脱衣所のドアを開けて、衣類を脱ぎ、脱衣室から浴室へ行き、体等を洗い、浴槽へ入り、浴槽から出て、浴室から脱衣室へ戻り、体を拭き、衣類を着て、脱衣室から出るまでの一連の行為)、口腔ケア(物品準備・義歯の取扱・清潔動作・後始末に関する一連の行為)、更衣(季節に見合った服装を選択・着脱する更衣・汚れ具合によっては他の服に着替える・日常着から寝巻へ(逆も))などがある。

手段的日常生活動作の主なものは、家事活動である。掃除(掃除に関する一連の行為)、洗濯(洗濯に関する一連の行為)、買い物(買い物に関する一連の行為)、調理(献立を考え、材料を揃え、手順に沿って調理を行い、食器に盛り付け、片づけるまでの一連の行為)、その他、電話を受けたりかけたり、必要な要件を受けたり、伝えたりする行為。必要な手続きに関する一連の行為のなど様々なのだ。

まぁ、いうなれば活動は、それぞれの行為に関する、はじめから終わりまでの一連の流れについて何ができて何ができないのかを把握する必要があり、介護の肝といえる部分なのだ。

この家事活動は、特別養護老人ホームや、老人保健施設等では、施設職員等が行っている場合が多いと思う。

また、訪問介護の場合、ヘルパーが全面的に行う家事代行は生活援助に区分されており、ここでいう活動には含まれないのだ。

B『参加』に関すること
参加は、他者との交流や、趣味や楽しみを行うことを指す。意思疎通の可否や、コミュニケーション能力も含まれる。

一方では役割を果たすことも参加である。役割には、主婦の役割・男としての役割・妻としての役割などがある。

「利用者の参加に関する介護職のサービスとは何か」
訪問介護の場合、利用者が、ヘルパーとかかわることも参加のひとつになるであろう。例えば、利用開始直後は、パジャマを着ていた利用者も、訪問介護を継続して利用するうちに、日常着に着替えたり、訪問を待っていてくれたりするようになる。これは訪問介護を通して、利用者が社会性を取り戻した行動といえる。

その他に、介護職員ならば、利用者支援の最中に必ず下記のようなことをしている。それが「役割の提供」であり、参加に関するサービス(支援)である。

「これからすることを説明し、本人の意向を把握すること」
「利用者に協力動作を求め、協力が得られたら、感謝を伝えること」
「利用者が頑張っている姿を励まし、うまくできたら、称賛したり、うまくできたことを共感すること」
「時に、頑張ったけど、うまくできずに落ち込んでしまったりすることもある。そんな時には頑張ったことに対して労をねぎらうこと」
「何かを依頼して、手伝ってくれた時には、労をねぎらい感謝を伝えること」


などなど。

えっ、そんなこと、意識してサービス支援していなかったって? おいおいおいおいおいおい(笑)。介護職が利用者のそばに寄り添い、している援助のすべては、この参加への支援「意欲の向上」への支援として肝に銘じておいて欲しい。

特に、訪問介護の場合は、『訪問介護におけるサービス行為ごとの区分等について』老計第10号の「身体介護1−6 」、『自立生活支援・重度化防止のための見守り的援助(自立支援、ADL・IADL・QOL向上の観点から安全を確保しつつ常時介助できる状態で行う見守り等)』において、支援している内容はまさしくこの参加に関する支援となのだよ。ヘルパーさん頑張れ!

C『環境』に関すること
環境への支援は、利用者家族に対する支援だ。施設では、家族が面会に来た時に利用者の様子を伝えたり、季節の変わり目には、衣類交換を依頼したりしていると思う。

また、施設サービス計画更新時には、家族に、サービス担当者会議への参加を依頼して情報を共有しているはず。だからこそ、介護職員は、面会時に家族と話す機会を設けて、環境に向けた支援の記録を残すようにする必要があるのだ。

地域の園児訪問や、ボランティアさんとの関わりも、行事記録に残すだけではなく、個人の介護記録にも記入するように心がけよう。一方、福祉用具に関する記録も必要である。もっともこれは活動を広げるための道具として捉えるのであれば、活動の補助具として記録しても良いだろう。

(3)どう記録するのか?
ここでは、佐藤が作成した足立さん事例を読み上げて、皆さんには、介護職員の新田さんになって頂き、新田さんがした介護の記録を作成して頂いた。

あらかじめ、佐藤が介護記録の様式を配布しており、皆さんにはその様式に、ICFの視点(@心身機能・A活動・B参加・C環境)を意識して記録を作成して頂いた。こちらには、その枠組みを使用したものでは無く、白い空欄へ書く記録を掲載しておく。この記録を読んでどのような支援が行われたのか伝われば良いと思う。

2019年5月15日
本日の献立。そうめん。卵焼き、トマトの乱切り、キュウリのスライス。

@体調確認。体調良く痛いところもない。暑くなってきたので水分補給するように助言。
A排泄は済まされており、伝い歩きにて台所へ移動。転ぶことが無いようにそばに付き添い、注意を喚起する。所定の椅子に座って頂き、片手まな板を置く。本人が包丁を用いて、トマトは乱切りに、いんげんは、へたを切って、半分に切る。キュウリは受け皿付きのスライサーの使用を提案。卵はお椀に右手で割り入れる。うまく割れたことを認めると「シェフのようだ」と笑顔で話す。胡麻和えの材料をお椀に入れる。和える作業は、「疲れた」との訴えにより自分が行う。工夫したことは、いんげんは、輪ゴムを使用してばらけないようにした。スライサー使用時には切り安いように、受け皿を抑えた。C娘さんより水出し麦茶の提供があり水分補給をするように言われたとのこと。受け皿付きスライサーをひとりでも使用できるように100円均一にあるゴムの敷物の購入を提案。連絡帳にて娘に依頼する。 援助中は本人のできることを依頼し、協力動作に感謝を伝え、うまくできたことをともに喜ぶ支援を行い意欲の向上に努めた。(新田)


佐藤が事例(ダイアローグ方式)を読み上げて、足立さんの支援を可視化して行くと、会場からは、これを45分でするのは無理!との声が聞こえた(生活援助2は45分だからね)。

そうなんですよ。これは、身体介護2、つまり1時間の支援なのである。また、ダイアローグの中には、介護職員の丁寧な関わりが見え隠れしており、参加者からは、こういう介護しているかな(笑)との声もあった。

もちろん、佐藤は、皆さんはもっともっと丁寧な介護をしていると思っている。ただし、それはもう自然の所作として行われていることでもあり、意識されていないのかも知れないけれど。

介護記録の研修はこれにて終了。今後は、それらの技術を意識して伝わる記録を残してくださいませ!



●情報を共有する●.jpg

●情報を共有する●



(To Be Continued!)

posted by さとうはあまい at 14:54| 東京 ☁| Comment(0) | 研修会のツボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月18日

奮闘記・第1080回 研修会のツボ/東京都

●2019年● 👊令和元年💨 東京都町田市


町田市・町田市介護人材開発センター・共催

対人援助職に必要な能力
2019年度 相談援助研修・初級編(第1回)



いやいや、皆さまお久しぶりです。町田市は令和に入っても熱い!(気温もだが) 

町田市介護人材開発センターさんでは町田市と共催して、町田市で働いている「相談援助業務」を行っている方々を対象に、スキルアップ研修を開催しているのだ。

この研修は「初級編」「上級編」があり、佐藤は、昨年に引き続き、導入部分である初級編を担当することになった。まずは街道筋(?)の大國魂神社へ寄り、令和元年の初大吉を頂き、町田市内では母智丘神社で挨拶を済ませて、会場の町田市健康福祉会館入りした。


●令和元年の初大吉ゲット!(大國魂神社也)●.jpg

●令和元年の初大吉ゲット!(我が大國魂神社也)●


●母智丘神社にも参拝●.jpg

●母智丘神社にも参拝●


●じゃ〜ん!おなじみ町田市健康福祉会館が会場である●.jpg

●じゃ〜ん!おなじみ町田市健康福祉会館が会場である●



研修に先立ち、町田市介護人材開発センターさんの事務局の方と、日程調整やら研修内容やらを打ち合わせ、いよいよ参加申込みを開始すると、何と言うことか、定員が50名が60名となり、定員を超えることになった。

もちろん、佐藤は、会場が広い場所を確保して頂いているので、MAX 80名位までは可能ではないかと伝えていた結果、80名弱の申込みとなったのだ。

こんなに参加者が多いのは、町田市では、主任介護支援専門員を希望する方々には、この研修と上級編の参加することを条件としているからだろう。

であるから、当然介護支援専門員の方が多いのであるが、その中にあっても、通所介護や訪問介護、施設の職員など、幅広い職種の方の参加があった。

人材がいないので、参加したくても出せないという話もある中で、こんなに多くの方が参加する地域であるのは、すごいことである。介護福祉業界は、全国ですっかり温度差が開いてしまった感がある。


この研修の目的は、

『「相談業務」と一言で言っても様々な役割の中で仕事を進めていきます。相談援助者として何をすればよいのか。どのように進めていけばよいのか等、分からないことがいっぱいあります。面接等に際し「御用聞き」にならず、専門性のある相談援助をするにはどのようにすればよいのか、利用者にとって正しいアセスメントとはなど、一緒に考えてみませんか。自分の仕事を説明する力、判断する力を身に付けたい方、相談援助者としてご自身を振り返りたい方など、初心に戻れる機会にできればと考えます。』

というもの。実際「御用聞き」にすらなっていないところもあって問題は深いのだが。

研修は全3回シリーズで行われ、今回はその第1回目であり、テーマは「相談援助の展開(PDCA)と記録 〜バイステックの原則について〜」である。

研修に入る前に、町田市と介護人材開発センター、双方から参加者へエールが送られたw。


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●定員を超える人々が集合した●


●開会を告げる山城氏●.jpg

●開会を告げる山城氏●



■研修で行ったこと
(1)相談援助の展開と記録
(2)演習 1⃣ 自己紹介
(3)演習 2⃣ ロールプレイ



今回は、開始直後に事務連絡などもあり、スタート時点でタイムスケジュールが大きく崩れてしまった(笑)。まぁ、そういうときは臨機応変に対応するしかない。

まずは、資料を用いて、バイステックの原則を案内。相談業務に就く人であれば、一度は聞いたことがある原則である。

ただし、実際の相談援助をしているときに、この原則を意識することは難しい。まして、原則通りに振り舞えるようになるのは相当な訓練が必要であろう。

とりあえず、原則を読み上げて、さらに介護支援専門員には、「専門職業的援助関係を構築する」ことが含まれると言うことを付け加えた。

なんせ、本来の相談援助というのは、本人が、相談者に相手をしてもらいながら、自分と向き合い、自分が抱えている困りごとを、明らかにし、それをどうしていくのかを本人が導き出せるように支援することなので、援助者の役割は、本人が決定できるように寄り添い、本人の気持ちを受容し、感情を表出させて、本人が自己決定できるようすることである。

とは言え、介護支援専門員には、「本人の困りごと」を明確にし、その困りごとを「本人がどうしたいの」を考えられるように寄り添い、その上で介護支援専門員や、他の専門職の意見、本人のこうしたいを実現するためには「○○が必要である」という助言をする役割があるのだ。しかしどうも介護支援専門員は本人の困りごとのほうが深いようで・・・。

さて、そのためには「専門職業的援助関係を構築する」ことが重要で、いわゆる利用者および家族から信頼を得られなければ、そもそも支援は成り立たない。

その、利用者および家族から信頼を得るための過程が、ケアマネジメントのプロセスである。
今回は、介護支援専門員の他にサービス提供事業所の参加もあったので、ケアマネジメントの正しいプロセスを案内した(参考資料:ケアマネジメントのプロセスをマニュアル化しよう)

【参照】ケアマネジメントの正しいプロセス. p.204〜『八訂 介護支援専門員基本テキスト:第1巻 介護保険制度と介護支援』(介護支援専門員テキスト編集委員会・編)、一般財団法人長寿社会開発センター・発行、2018.


(1)受付「利用の申込みの段階」
(2)初回面接相談「説明と同意」
(3)アセスメント「課題分析」「解決すべき課題(ニーズ)の把握」「居宅サービス計画原案の組み立て」
(4)居宅サービス計画原案の作成「原案を、利用者及びサービス提供事業所へ送付する」
(5)サービス担当者会議の開催「居宅サービス計画原案の説明・承認」「居宅サービス計画の交付・同意」「サービス事業書に各介護計画の提出を依頼する」
(6)サービス利用票及び利用票別表の作成交付「各介護計画書を確認する」「サービス開始」
(7)モニタリング
(8)終結


このプロセスで重要な所は、(3)(4)である。
現在はと言うか、いまだにと言うか、居宅サービス計画原案がサービス担当者会議の席上で配布されることが多いと聞く。

その原因は、なぜか? それは、その方法が正しいと捉えられているということと(それ自体、お話にならないわけだが)、介護支援専門員が、利用者に利用したいサービスを聞いて、そのサービス事業所の空き情報を得て、利用出来そうとなると、そのままサービスに繋げてしまうからではないかと考えられる(しかしこれならAI次第で簡単に居場所が奪われることは請け合いである)。

本来は、(3)のところで十分に相談援助スキル駆使して、「生活全体の解決すべき課題」を導き出し、その後「長期目標」「短期目標」相談したうえで、短期目標を達成するために必要な「具体的なサービス内容」を導き出し、そのサービスの提供にふさわしい「サービス種別」を提案するのであるはずだが・・・(まぁできぬものはできぬのでしょう)

その段階を経て、ようやくサービス種別が確定したことで、該当するサービス提供事業所に空き情報を問いあわせることが出来るのだ。

この段階を十分にクリアしていれば、おのずと「居宅サービス計画原案」は出来ているはずで、サービス提供事業所にも「居宅サービス計画原案」を提示出来るはずなのである。

しかしねぇ、というかやっぱりというか。実際にこの段階が大変なのである。利用者は人それぞれだし、ましてや家族もそれぞれ違う。一方では利用者と家族の思いや考えが統一しているなんてことはまずない(笑)。

だからこそ、相談援助技術が必要になるのである。自分を守る手段としても。

そうそう、サービス提供事業所は、介護支援専門員から、サービス提供の問い合わせがきたら「サービスの申込みにおける調整」を行い、サービス提供の可否を介護支援専門員へ報告します。そして、サービス提供が可能な場合には、事前訪問を行い、ケアマネジメントの言うところの(2)がスタートする。

介護支援専門員が、(3)において、利用者及び家族の困りごとや意向を十分に引き出して、必要なサービスに付いての説明がなさられていれば、相談員等が行う説明は少なくても良いのだが、逆に、本人達の同意が得られていない場合には、それこそ、サービス利用を拒まれるなんてこともあるかも知れないのだ。

それでも、相談員が丁寧に事業所の特徴や売りの部分を説明することで、利用者が利用したい気持ちになれば良いのだから、相談員は、常に「自社の売り」を蓄えて事前訪問に出向くようにしましょうよ。


●皆さんの話に耳を傾ける佐藤●.jpg

●皆さんの話に耳を傾ける佐藤●


●佐藤の解説に耳を傾ける参加者●.jpg

●佐藤の解説に耳を傾ける参加者●



演習 1⃣ 自己紹介
初級の研修は全3回シリーズで行い、グループメンバーは交代しない。そこで、各グループの中で、メンバー同士の交流を深めて頂く意味も込めて、自己紹介を行った。

話す内容は、「自己PR (自己紹介及び役割)と、事業所の売りである。聞いている皆さんが、利用したい気持ちになるように説明する」こととした。まぁこれが他の地域なら、書いた時点で暗澹たる気持ちになることが多いのだが、まずは町田市で良かったw。


自己紹介の時間は、1人・2分30秒で行った。話す順番は決めない。話した人が次の人を決めるというご指名制である。

佐藤は、話す人が持ち時間を目一杯使って、話しが出来るか否かは、実は聞く人の態度によっても左右されると考えており、聞く方も、相手に興味を持って聞くようにと伝えた。

そして、まずは、初回に話す人を決めて頂き、演習をスタート。さすが、皆さん相談業務を生業にしている方であるため、話しもうまいし、聞く態度も素晴らしい(いやな〜に)。

中には、時間まで持たずに終了してしまう方もいたが、皆さん何とか自己PRが出来たようである。


●ひゃ〜参謀と参加したウナギいぬ君●.jpg

●ひゃ〜参謀と参加したウナギいぬ君●



演習 2⃣ ロールプレイ
ここでは、相談員役が、利用者と娘に初回面接を行うという設定のもと、相談員が、情報を提供し、必要な情報を得るというロールプレイを行った。

私が、過去に行った「介護支援専門員の実務研修」では馴染みの演習である。

演習の設定
介護支援専門員の方
町田さん(女性78歳)の長女(現・伊藤さん)から、けやき居宅介護支援事業所に電話があり、介護認定を受けた結果が、要介護3であったので、早速ケアプランを作成して欲しいとのことでした。事業所では、担当者を誰にするかを相談した結果、福士さん(男性32歳)が担当することになりました。福士さんは長女に連絡を取り、日程調整を行い、初回訪問を行うことにしました。

その他の方
(自分は◇◇◇事業所の相談員です。※相談員を読み替えてください。)けやき居宅介護支援事業所の福士さんより、サービス提供依頼があり、本日は事前訪問として、町田さん宅を訪問しました。

いきなりの演習は難しいこともあり(人生誰でも初舞台💛)、佐藤が初回面接の悪い例を資料を参照しながら案内した。そして、皆さんに初回面接ですることを説明したのち、演習をスタートした。


●参加者の演習を笑顔で見守る石原氏●.jpg

●参加者の演習を笑顔で見守る石原氏●



ここでは1人5分間かけて行う。最初は、ロールプレイのやり方がわからずにいたグループもあったが、徐々にするべき演習を理解し、最後には各グループが盛り上がって行った(笑)。

ロールプレイは、ドイツの文豪・ゲーテの戯曲『ファウスト』みたいなもの。やはり二部(後編)から盛り上がるのだw。

まぁ、他の方が観ている前で、利用者役や娘さん役の方に、自分の役割を説明したり、本人の困りごとを聞き出したり、娘さんの気持ちを聞き出したりするのですから、最初は緊張しますよね。それでも、2人、3人と進んで行くうちに、皆さんがそれぞれの役を演じるのがうまくなって行った。特に、本人や、娘さんの役が板に付いていた(笑)。

しばしば慣れとはそういうものであるが、現実の仕事や関係性に慣れてしまうのは感心しない。

さてさて、中には、「自分はなんでも出来る」「何が問題なんだ」と言い張る利用者もいて(笑)、相談員役は、本人の訴えを受け取りつつ、日常生活動作をひもときながら、本人の出来ることや出来ないことを具体的に聞いていく姿には、「さすがだなぁ〜」と感激した。これなら、まぁ、素晴らしいと言えるのだ。

こうして、会場は皆さんの熱気に包まれて行ったのだ。そして、最後の方が終わったと同時に気付けば、もう16:00、終了時間である。

今回は質疑応答の時間を取れずにごめんなさいねぇ〜、理由はあれこれにありますので(笑)。

次回は、他者と語りながら、自分と向き合う時間を多く取ろうと考えています。佐藤は再会を楽しみにしていますよ。


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●ロールプレイは緊張しますねぇ●



さてさて、一見過ごしやすい季節を迎えましたが、急に暑くなったり、朝夕は涼しかったりと、体調を崩しやすい季節でもあります。どうぞご自愛くださいませ!



(この地上で過ごせる時間には限りがある。本当に大事なことを本当に一生懸命できる機会は、2つか3つくらいしかないのだ。スティーブ・ジョブズ。The end is the beginning!)
posted by さとうはあまい at 12:31| 東京 ☀| Comment(0) | 研修会のツボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする